I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「エボニー・アンド・アイボリー」ポール・マッカートニー&スティーヴィー・ワンダー

2017.08.18

category : Beatles & Solo

Paul McCartney & Stevie Wonder - Ebony and Ivory (1982年)

あぁ神さま…僕らはどうして、ピアノの鍵盤のように白と黒の素敵なハーモニーを奏でることができないの?
《解説記事は、後ほど》


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「トゥー・トライブス」フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド

2017.08.11

category : 1980年代

Frankie Goes To Hollywood - Two Tribes1 Frankie Goes To Hollywood - Two Tribes2


~ “終戦の日”の思い ~

8月のこの時期は“お盆”や“終戦の日”など、今は亡きご先祖や昔のことに思いを致すもの…
故郷で懐かしい顔ぶれと再会し、穏やかにその時を過ごしたいと願っておられた方も多いと思いますが、今年は“あの国”がそうさせてはくれないようです。

でも昔、日本はアメリカに無謀な戦争を仕掛け多くの人命を失い、国土の大半は焦土となりました。
そして、人と人が憎しみ、争うことがどんなに醜いか…
「Two Tribes」が教えてくれるでしょう。



~概要~

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(FGTH)はバグルス/イエスのトレヴァー・ホーンに見出され1983年にデビューしたイギリス・リヴァプール出身のバンドで、過激な歌詞と先鋭的なサウンド、凝った映像で短命ではあったものの強烈なインパクトを残しました。

「トゥー・トライブス」は日本でも知名度の高いデビュー曲「Relax」に続く1984年6月発売の2枚目のシングルで、全英9週連続No.1という金字塔を打ち立て、これは1980年代最長のNo.1となっています。
また、2015年のITV“favourite 1980s number one in a poll”の投票では14位にランクされるなど、長く国民に親しまれている作品です。
一方アメリカでは、PVが“アレ(後述)”のためかBillboard Hot 100で43位と、期待外れに終わっています。
当時最先端のサウンドを構築したのはプロデューサーのトレヴァー・ホーンによる功績で、シングルは12インチを含む7種類のミックスがリリースされ、イギリスだけで200万枚近くのセールスを挙げました。

「Two Tribes」のインスピレーションの起源は1981年12月に公開された映画『マッドマックス2(Mad Max2:The Road Warrior)』の中での【when two great warrior tribes go to war】というラインからの引用だそうで(未確認)、楽曲自体は翌1982年にイギリスBBCの名物ラジオ番組『Peel Session』に出演した際すでに披露されています。
“【Two Tribes(2つの部族)】が戦争しても何の得にはならない”という明確な反戦メッセージは、当時約6万発の核兵器(2014現在は約9000発)を保有していたアメリカとソ連を中心とする“東西冷戦”への批判であり、1984年の『アイヴァー・ノヴェロ賞』(ソングライター・作曲家のための賞)で“Best Song Musically and Lyrically”も受賞しています。

また、「Two Tribes」というと楽曲以上にPVが人気で、80年代の名作ミュージック・ビデオの企画では高頻度で紹介される作品です。
制作したのはエイジアの「Heat Of The Moment」(過去ログ)やハービー・ハンコックの「Rock It」、ポリスやデュラン・デュランの多くのPVで斬新なアイデアを発表し80年代を代表する映像ディレクターと評されたゴドレイ&クレーム(Godley & Creme)で、ここでもそれを如何なく発揮しています。
「Two Tribes」の歌詞には【On the air America】(⇒映画『Love is On the Air』で初主演)や【I modelled shirts by Van Heusen】(⇒アパレル・メーカー『Phillips-Van Heusen Corporation(PVH Corp)』の宣伝キャラクターに起用)など、ロナルド・レーガンの経歴を匂わせるキーワードが組み込まれていること、作品のテーマが東西冷戦であることから当時アメリカ大統領だったレーガンとソ連の最高指導者コンスタンティン・チェルネンコが直接対決するというパロディーになっています。


 
 



~When two tribes go to war... ~

2017年8月、北朝鮮情勢が一触即発の状態に達しています…

金正恩総書記就任以降北朝鮮は核・ミサイル開発を加速させ、日米韓は安保法整備や合同軍事演習・経済制裁・国連決議などの圧力を形成し、これに対抗しようと試みてきました。
近年北朝鮮による日本の排他的経済水域(EEZ)への弾道ミサイル落下はもはや常態化していましたがこの10日、“中距離弾道ミサイル[火星12]4発を島根・広島・高知上空を経由し、アメリカ空軍及び海軍基地のある米領グアム島周辺30~40キロの水域(接続水域)に向けて着水させる作戦計画を今月中旬までに完成し、発射待機態勢を維持したまま金正恩朝鮮労働党委員長の命令を待つ”旨を表明しました。
(※恐らくこれは前日8/9、アメリカが北朝鮮の弾道ミサイル発射基地への先制・精密爆撃のためのB1戦略爆撃機をグアム基地に配備させたことその他への対抗措置と思われる)

これを受けてのトランプ大統領のツイッターでの一々の応答は“省略”するとして、元海上自衛隊海将・伊藤俊幸氏ら日本の専門家の多くは“接続水域にミサイルを撃ち込まれたらアメリカは迎撃する”とみているようです。
(※但し接続水域にあたる海域は国際法上は[公海]で、法的には“本件の迎撃は正当な自衛とはいえない”

もちろんアメリカは北朝鮮と水面下で交渉を継続していると伝えられていますが積年かけて合意できなかった相手との交渉が今回に限って上手くいく保証はなく、8月21日から予定される米韓合同軍事演習が予定どおり実施されるようだと合意形成に失敗した可能性が高く、これを口実として北朝鮮はミサイルを撃ってくるという最悪のシナリオへと足を踏み入れてしまうことも考えられます。


また、平和裏に北朝鮮問題を解決するために不可欠なのが北朝鮮の唯一の軍事同盟国・中国です。
元々中国は“朝鮮半島の核化には絶対に反対”であり、“(米韓、朝)どちら側の武力的挑戦(戦争)にも反対”で、“朝鮮半島の緊張について、平和的手段をもって解決されるべき”との立場を主張してきましたが、8月11日に共産党機関紙・人民日報傘下の『環球時報』は、以下のような踏み込んだ見解を表明しています。

北朝鮮が先に米国に向けてミサイルを発射し、米国が反撃した場合、中国は中立を保つ。
米国と韓国が先制攻撃を仕掛けた場合、中国は阻止する。 (←“武力で”とは言っていない?)

一方、マティス米国防長官は14日、“北朝鮮が米国をミサイル攻撃すれば直ちに戦争に発展する恐れがある”と述べています。
ミサイルを撃つと直ちに体制崩壊への戦争となり、しかも同盟国である中国も味方してくれないという状況下で、果たして北朝鮮はこのままミサイルを発射するのでしょうか…。



~Epilogue~

…翻って、私たち日本はどうなるのでしょう?

安保法成立で集団的自衛権の行使が可能(※但し違憲の疑いに変わりはない)となった日本は、10日の衆院安全保障委員会で小野寺五典防衛大臣が“北朝鮮のミサイルが米領グアムに向けて発射された場合(武力行使の)新3要件に合致すれば(イージス艦による)迎撃可能”といった旨の答弁をしています。
つまりその行使については国際法違反(自国領土・領海外での迎撃)や技術的な問題があるため可能性は低いものの、アメリカに要請されれば実行せざるを得ないという含みなのかもしれません。
しかしこれを実行した場合、自国が武力攻撃を受けたわけでもなく当該国(アメリカと北朝鮮)で武力衝突が生じる前に日本が北朝鮮の所有物に対し攻撃を加えることは【先制攻撃】とみなされる可能性(戦争の始まりとなる可能性)があり、この国が戦後70年大切にしてきた【専守防衛】の精神とは相反する領域に足を踏み入れることになります。

そうした国の防衛任務を担う防衛省は今年、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加した陸上自衛隊の活動記録【日報】の隠ぺい問題で世間を騒がせ、この影響を受け防衛大臣と防衛事務次官・陸上幕僚長のトップ3人が辞任に追い込まれるという前代未聞の不祥事がありました。
【森友学園問題】【加計学園問題】など相次ぐ疑惑の連発に安倍総理は内閣の改造を断行、“深く反省し、謙虚に、丁寧に一つ一つ結果を出していく”と国民の前で誓ったことは記憶に新しい所です。
…しかし今月8日に公表された『2017年版の防衛白書』(防衛省・自衛隊の1年間のできごとなどを記載)には日報問題について一切記載せず、10日の参議院外交防衛委員会でも小野寺防衛大臣が“日報問題の再調査は必要ない”と答弁するなど、組織腐敗の究明をせず、問題を無かったことにしようとする彼らの本質は何も変わっていないように見えます。

北朝鮮情勢が緊迫する中、こうした政府の腐敗を追及している場合ではないとお考えの方もおられるでしょう。
しかし戦争へと向かいかねない今だからこそ、軍事を担う防衛省や自衛隊の最高指揮官であり安全保障を統括する安倍首相の権力運営が適正か、国民がしっかり注視する必要があると思うのです。
何故なら、そうした権力者による不都合な事実の隠ぺいや不正な情報操作・統制の積み重ねを許すとどれほど深刻な事態を引き起こすか、72年前の敗戦は教えてくれています。


今回の事態の最終決断を下すことになるトランプ大統領“戦争が起きるなら向こうでやる。大勢が死ぬが、米国ではなく向こう側で死ぬ”と発言していますが、権力者とは古今東西そんなものです。
“戦争を始めるのは権力者”であり、“真っ先に生命・財産・自由を奪われるのは一般市民”と相場が決まっているため、権力者は他人事として安易に戦争を始めてしまうのです。

戦争とは、自国民のみならず同盟国、敵国それぞれの人間の命を同時に奪うこと…
他人(ひと)の痛みがわからない人間に、国民の命を預かる資格はありません。

When two tribes go to war
2つの部族が戦争へと突き進んだ時
A point is all you can score
得られるのは、たった1ポイント

 “それでも戦争したいなら、他人をアテにせず戦いたい当人同士が気の済むまで殴り合え!”



「トゥー・トライブス」

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「ワンダーウォール」オアシス

2017.08.04

category : Oasis

Oasis - Wonderwall1 Oasis - Wonderwall2


Oasis - Wonderwall (1995年)



~リアム・ギャラガー来日公演~

イギリスのロック・バンド、オアシス(Oasis)の元ヴォーカリストであるリアム・ギャラガー(Liam Gallagher)が8月17日にZEPP TOKYOで一夜限りの単独公演を行います。
今回の来日では、引き続きロック・フェスティバル『SUMMER SONIC 2017』への参加も予定されています。


ところでオアシス名物といえば[兄ノエルvs.弟リアムの兄弟ゲンカ]ですが、その終わりなき[百年戦争の発端]について、リアムが最近出演した『Howard Stern Show』で明かしています。

15歳の時、外で飲んで家に帰ったら(酔って)電気のスイッチも見つけられなくて、そしたら小便漏れそうになってその場で出したらノエルが買った新しい音響システムに小便をしちまってたんだ。あれは根に持ってると思う
(※要約編集;原文はもっとヤバい…)


「Wonderwall」の最新のパフォーマンスも披露してくれました♪



~概要~

「ワンダーウォール」は1995年10月にリリースしたオアシスの2ndアルバム『モーニング・グローリー[(What's the Story) Morning Glory?]』の収録曲で、3rdシングルとしてカットされ全英2位/126万枚売り上げ、アメリカBillboard Hot 100で8位(1996年の年間56位)を記録、オアシスにとってアメリカで唯一のTop10シングルです。
作者はノエル・ギャラガーで、リハーサルで初めて違うベース・ラインでこの曲を弾いた時、リアムは“バカ野郎、何やってんだ!オアシスはファンク・バンドじゃない”と気に入らない風だったものの、後になって彼が歌うことを希望したため自分で歌いたい気持ちを抑えてリアムに譲った経緯がありました。
…にも拘らず1996年の『MTVアンプラグド』に出演した際、喉の不調を理由にリアムが収録直前に突然歌うのを降りてしまったため(彼の場合“よくあること”ですが)、代わりにノエルが「Wonderwall」を含めた全曲でヴォーカルを務めています。

2012年のロンドン・オリンピックの閉会式に於いて、オアシスは既に解散していたため、ノエル以外のメンバーで構成されるビーディ・アイ (Beady Eye)が「Wonderwall」をパフォーマンスしたことをご記憶の方も多いでしょう。
しかし兄弟仲が悪かったせいかその際わざわざ兄であり仲間であるノエルの承諾を窺う必要があったそうで、実はこの時ノエルも参加を打診されていたものの彼は“イランの核開発のプログラムとか、そんな感じのトップ・シークレットの問題が関わっている”との理由で断ったとか!? 


モノクロで描かれるPVは、1996年のブリット・アウォーズで“Best British Video”を受賞した名作です。
この映像で特徴的な“回転するレコード”を見るたび同時期日本でヒットしたスピッツの「ロビンソン」と重なり“スピッツがマネした?”と当時思い込んだものですが、発売日を調べると「ロビンソン」が1995年4月、「Wonderwall」が1995年10月なのでマネしたのはオアシス…
…なワケないですね?

ちなみに、「Wonderwall」のPVでは2番の歌詞の所でチェロを演奏していることになっていますが、実際にレコーディングで使用された楽器はポール・ "ボーンヘッド" ・アーサーズによるメロトロンでした。
“意外なこと”にこの曲はドラッグ撲滅キャンペーンの一環を担っており、PVも1995年にMDMA(エクスタシー)摂取により18歳で亡くなったイギリスの女子高校生の葬式をサポートしたそうです。


「Wonderwall」について、U2のジ・エッジやBlurのアレックス・ジェームス、Metallicaのラーズ・ウルリッヒらが“自分が書けていたら”と嫉妬するなど、多くのミュージシャンにカバーされています。
作者ノエルのお気に入りはアメリカのシンガー・ソングライターのライアン・アダムス(Ryan Adams)で、彼のアコースティック・テイストを“お前にこの曲をやるよ。俺たちはこんなに上手くやれなかったから”と賞賛し、自らも彼のようなアレンジで演奏していました。
逆にお気に召さなかったのがワン・ダイレクション(One Direction)で、“陳腐なポップ・ミュージックをやるクソバカども”と例によってボロ[クソ]にこき下ろしています。


 
 



~Lyrics~

Back beat, the word is on the street
“Back beat”...通りで噂が囁かれてる
That the fire in your heart is out
君の心の火はもう消えてしまったって

【back beat】は音楽用語で、四分の四拍子の曲で二拍目と四拍目にアクセントを置くスタイルですが、ここでの意味は不明です。
但し「Wonderwall」発表の前年、デビュー前のビートルズを描いた映画『Backbeat』が公開となっており、ビートルズ・マニアのノエルがこれを観ていないとは考えられません!




And all the roads we have to walk are winding
二人が歩まなければならない全ての道は曲がりくねり
And all the lights that lead us there are blinding
導く全ての光は、目を眩(くら)ませる

【the roads ... winding】も、ビートルズ・ファンならピンとくるでしょ?
「The Long And Winding Road」(過去ログ)はビートルズ末期の作品で、当時のポール・マッカートニーの心境を綴ったとされる名曲です。

ビートルズ解散直前のポールの心情は“推して知るべし”ですが、果たして「Wonderwall」の主人公は…?


I don't believe that anybody
…そして、今この瞬間も信じない
Feels the way I do about you now
僕ほど君を求め、感じる誰かが他にいるなんて

ちょっとばかり表現を盛っていますが、ご容赦を。
1996年にノエル自身がNMEに語ったところによると、「Wonderwall」は当時の恋人メグ・マシューズ(Meg Mathews)のために書かれたものだそうです(97年に結婚)。
しかし彼女と離婚した後には“これは想像上の友だちがやってきて、あんたを自分自身から救ってくれる話”と説明するようになったとか…?



~Epilogue~

本曲のタイトル【Wonderwall】は直訳すると[不思議な壁]ですが、言葉としては一般的ではありません。
この特殊な言葉についてリアムは“[Wonderwall]はどのようにも捉えることのできる、美しい言葉だよ。バスのチケットを探し回り、そいつをやっと見つけて、引っぱり出す。畜生、[Wonderwall]はそういう時のための言葉さと、独特の言い回しで解説しています。


一方、【Wonderwall】はジョージ・ハリスンがビートルズ在籍中の1968年に発表ししたソロ・アルバム『不思議の壁(Wonderwall Music)』に依るといわれています。

ノエルの“ビートルズは俺にとって、すべてはそれに尽きる最も重要な存在。そこに始まり、そこで終わる”という発言からも、彼がどれほどビートルズに多大な影響を受けているか想像に難くはないでしょう。
ただしこのアルバムは映画のためのサウンドトラックであり、収録される「Wonderwall To Be Here」ほか19曲の殆んどはインストゥルメンタルの上、多くはインドのボンベイで録音されたという通りのサウンドで、そこからはオアシスの「Wonderwall」をイメージさせるものは感じられません。

むしろ興味深いのは、映画のストーリーです。

この映画はある老科学者が、ジェーン・バーキン演じる若い娘(ちなみに、ここでの彼女の役名は“Penny Lane”!)の美しさに心を奪われてしまう…という物語ですが、二人はアパートの隣人であり、彼は接する部屋の【wall(壁)】の穴から日夜彼女を覗き見ることで想いを慰めています。



And after all
そして、やっぱり
You're my wonderwall
君こそ、僕の“wonderwall”だから

彼と彼女の不思議なカンケイ…
映画で[wall]の果たした役割を考えると、「Wonderwall」の意味も“見えてくる”かもしれませんネ? 


Oasis - Wonderwall3

…ところで余談ですが今回、この映画に登場する老科学者のストーカーっぽい行いは、私が子どもの頃に見た強烈な記憶を思い出させました。
昔『土曜ワイド劇場』の名物シリーズで天知茂が名探偵・明智小五郎を演じる“江戸川乱歩の美女シリーズ”というのがあって、その中でも鮮烈なイメージが残っている「人間椅子」(ドラマでのタイトルは 「禁断の実の美女」)のエピソードです。
醜貌のため女性と縁遠い椅子職人(レオナルド熊)が、自分が入れる革張りの椅子を作ってそこに座った美女の感触を密かに楽しむ…という、衝撃的(変態的?)な内容。
ここでの椅子職人の心境を題材にすると、もっと“濃い”歌が出来上がりそう? 



「ワンダーウォール」

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「ティアーズ・オン・マイ・ピロー」リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズ

2017.07.28

category : ~1960年代

Little Anthony The Imperials - Tears On My Pillow1 Little Anthony The Imperials - Tears On My Pillow2


Little Anthony and the Imperials - Tears On My Pillow (1958年)



~ Oldies but goodies ~

前回は1950~60年代の音楽へのオマージュを込めた80年代の作品でしたが、今回は本物の1950年代の作品です。
今回の「Tears On My Pillow」はブログをご覧になる殆んどの方にとって生まれる前の歌であり、全くご存知ない方も多いことでしょう。
でもその血脈は後世の音楽の中にもたくさんの要素が受け継がれており、きっとあなたも何処かでその“テイスト”に触れられているはず。

“Oldies but goodies”...
暫し、時を休めてお付き合いください♪



~概要~

リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズは1957年、ニューヨーク・ブルックリンで活動をしていたドゥーワップ・グループ[the Chesters]に、[the Duponts]のヴォーカリストだったAnthony Gourdine(後の"Little Anthony")が加わって[the Imperials]になり、1958年に「Tears On My Pillow」でレコード・デビューしました。
ラジオで曲が流れるようになると、人気DJアラン・フリードが当時18歳だったアンソニーを"Little Anthony"と呼んだことがきっかけとなり、その後グループ名が正式に【Little Anthony and the Imperials】となったようです。

「Tears On My Pillow」はいきなりBillboard Hot 100で4位(年間34位)を記録しR&Bチャートも2位まで上昇、インペリアルズにとって最初にして最高のミリオンセラーを達成した作品となりました。
大ヒットに反して低予算でレコーディングされており、当時レコード会社の資金難による経費節減のため、1954年にペンギンズがヒットさせた「Earth Angel」と同じバッキング・トラックを使って録音されたそうです。
日本盤には邦題も付けられており、曰く「夜のなみだ」!(う~む…

本曲の魅力は何といってもソウル/R&Bバラードの王道といえる、とろけるように甘いテイスト。
リトル・アンソニーの少年っぽい清潔感あるハイトーン・ヴォイスと、やさしく包み込むようなドゥーワップ・コーラスが醸し出す心地よさにあるといえるでしょう。
しかし、実際はタイトルにあるように「Tears On My Pillow」(枕の上の涙)がテーマであり“失恋ソング”となっているので、ご活用の際はご注意を!

 



~カイリー・ミノーグver.~

オーストラリアのポップ・クイーン、カイリー・ミノーグが1989年の2ndアルバム『Enjoy Youself』でカバーしたバージョンは全英No.1に輝いたほか世界的にヒットしたので、「ティアーズ・オン・マイ・ピロー」は彼女がオリジナルと思っておられた方も多いでしょう。
ムービー仕立てのPVは同年カイリーが主演した50年代のオーストラリアを舞台とした映画『恋に走って(The Delinquents)』の映像が編集されています。




~それ以外のカバー~

1978年にオリビア・ニュートン=ジョン主演の大ヒット学園ミュージカル映画『Grease』で、アメリカのロック・バンドのシャ・ナ・ナ(Sha Na Na)もカバーしています。

また、1986年にR&Bグループのニュー・エディションがカバーした際はリトル・アンソニー本人がゲスト・ヴォーカルに参加していますが、今回それを実演している映像を発見しました!

 



~Epilogue~

“声”は人類史上、及び個別の人生に於いて最初に授かる楽器です。
声色は感情を伝え、言語はそれを細部まで表現し、歌はそれをもっと強く心に作用させます。
[ドゥーワッ]とか[シュビドゥビ]といったコーラスを重ねるドゥーワップは元々アメリカの黒人奴隷の労働歌の一つであり、奴隷解放宣言後も、楽器を買う経済的事情や教育に恵まれなかった彼らにとっての音楽の手段でした。
声は、最も身近に音楽を授けてれる楽器でもあるのです。

その後、テクノロジーの発展に伴い楽器や音響・録音機材などが進化を遂げ、それらによる表現の可能性の広がりにより、(コーラスなど)声が果たす楽器としての役割は相対的に低下し、今日に至ります。
しかし最近のポップ・ミュージックについて、長年デヴィッド・ボウイのプロデューサーを務めてきたトニー・ヴィスコンティは“ラジオをつけて聴こえてくるのは90%コンピュータで加工された声で、あまりに完璧なポップ・サウンドでつまらない”と評しています。

確かに近年は声にエフェクト(音響効果)を加えたヴォーカルが主流であり、音声合成システム『VOCALOID』によるバーチャル・アイドル“初音ミク”関連CDがヒットしたことも記憶に新しい所です。
わざわざ人が歌わなくても、コンピュータが歌声らしき音声データを生成してくれる…
そんな時代だからこそ、余計“生の声”にノスタルジーを覚えてしまうのかもしれません。


最後に、「Tears On My Pillow」の流れを汲む日本のドゥーワップの名曲を届けいたします。
この作品は大瀧詠一が作詞/作曲し1976年に吉田美奈子の歌として発表され、1996年にラッツ&スターがカバーし広く知られるようになったスロー・ナンバー。

あなたがやさしい“夢に逢える”ことを祈って…。





「ティアーズ・オン・マイ・ピロー」

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「メイク・ミー・ルーズ・コントロール」エリック・カルメン

2017.07.21

category : Eric Carmen

Eric Carmen - Make Me Lose Control1 Eric Carmen - Make Me Lose Control2


Eric Carmen - Make Me Lose Control (1988年)



~「Make Me Lose Control」とかけて、“桜田淳子”と解く。その心は…? ~

 “ある狼”のつぶやき…

今回のテーマ曲「Make Me Lose Control」を1976年桜田淳子風に訳すと、“心の鍵を甘くさせて”…
でも彼女の歌ではそれじゃ“あぶない あぶない”と、女の子たちに“ご用心”って呼び掛けているよ。
しかも作詞家の阿久悠センセイときたらピンク・レディーにも“男は狼”なんて歌わせ、ボクら狼をレディーに対し手当たり次第ちょっかい出すケダモノみたいな言い方するんだ、失礼しちゃうよね!
 (※狼は基本、一夫一妻型で繁殖期は冬)

…さて、“なぞかけ”の答えはおわかりになりましたか(曲名です)? 


昭和歌謡を代表する作曲家、平尾昌晃先生のご冥福をお祈りいたします(私はこの曲が好き)。



~概要~

エリック・カルメンというとやっぱりスタンダード・ナンバーともいえる1975年の名曲「All by Myself」が有名ですが、これは彼にとって記念すべきソロ・デビュー曲が全米2位という、非常に恵まれたスタートでもありました。
しかし人生とは分からないもので、それを頂点として以降10年、徐々に下降線を辿ってゆくことになります。
ようやく運が巡って来たのは1987年に映画『ダーティ・ダンシング』のサウンドトラックに参加して「Hungry Eyes」を歌ったことで、これが「All by Myself」以来の大ヒットとなり劇的復活として脚光を浴びました。


「Hungry Eyes」にヒントを見出したエリックは友人ディーン・ピッチフォードと共にロックン・ロールへのオマージュを込めた「Long Live Rock And Roll」という曲の創作を始めます。
ちなみにディーン・ピッチフォードは1984年の映画『フットルース』の脚本家であり、エリックとは挿入曲「パラダイス~愛のテーマ」(歌ったのはアン・ウィルソン&マイク・レノ)の共作を通して友情を築き、同年エリックのアルバム『Eric Carmen』でも2曲共作をした仲でした。

しかし「Long Live Rock And Roll」は出来上がったものの満足に至らず、結局サビの歌詞を書き換えています。
原因は当初のフレーズが“あまりにノスタルジック過ぎた”ことで、話し合いによって“もっと[immediate(直接の、差し迫った、接近した)]が必要だ”という結論に至りました。
そして二人が知恵を絞った末エリックに浮かんだのが“How about Make Me Lose Control?”で、ディーンも“O.K.”と賛同し「Make Me Lose Control」のストーリーが仕上げられていったそうです。


「メイク・ミー・ルーズ・コントロール」は1988年5月にシングル・カットされBillboard Hot 100で3位(年間38位)、同アダルト・コンテンポラリー・チャートで3週No.1に輝きました。
この頃「Hungry Eyes」に加えてソウル・オリンピックの企画アルバムに「Reason to Try」を提供し、さらにここで「メイク・ミー・ルーズ・コントロール」を大ヒットさせるなどデビュー以来の活躍ぶりでしたがオリジナル・アルバム制作の動きは見せておらず、本曲は同年発売された『The Best of Eric Carmen』に収められています。


 



~Lyrics~

We go cruisin' so close,
心を寄せ合い、出掛けよう
The way they did long ago
昔の恋人たちがしていたみたいに…

若い二人は7月のある暑い日、父親の車を借りてデートに出掛けます。
デートのコンセプトがこのラインで示されており、ここでいう【they】とは歌詞に含まれる4曲の“1950~60年代のヒット曲に登場する恋人たち”なのでしょう。
例えば「Uptown」はロイ・オービソン1959年の歌、「Back in My Arms Again」はシュープリームス(スプリームス)1965年の全米No.1曲といった具合です。

 


Jennifer's singin' "Stand By Me,"
ジェニファーは"Stand By Me"を歌ってる
And she knows every single word by heart
アイツときたら、言葉の一つひとつ覚えている

「Stand By Me」はもちろんベン・E・キング1961年のヒット曲で、1986年公開の映画『スタンド・バイ・ミー』のテーマとしても有名です。
“20世紀にアメリカのラジオ・TV番組で最も多く放送された曲第4位”に認定されたといわれますが、まさに“二人っきり”の車の中で聴くにはぴったりのラブ・ソング。
作者であるベン・E・キングは「Stand By Me」について、“妻へのまっすぐな思いを歌った曲”と語っています。


"Be My Baby" comes on, and were movin' in time
"Be My Baby"がかかると、二人のダンス・タイム
And the heat from your touch makes me feel
その火照った肌が触れるだけで

「Be My Baby」は、女性ヴォーカル・グループ“ロネッツ”による1963年の大ヒット。
1987年に、60年代を舞台とした映画『ダーティ・ダンシング』に起用され、80年代の若者たちにも大いに共感を呼びました。
「Stand By Me」は“一途”なところが魅力ですが、「Be My Baby」は恋する女の子の健気さがとにかくかわいくて、誰もが彼女を応援したくなります♪



~Epilogue~

1949年生まれのエリック・カルメンにとって1950~60年代はまさに彼自身の青春時代と重なっており、「Make Me Lose Control」はこの年代の音楽に対するオマージュを込めた作品です。
PVの映像も“1962年の夏、あなたはどこにいましたか(Where were you in '62?)”のキャッチフレーズで1973年に大ヒットしたジョージ・ルーカス監督の青春映画『アメリカン・グラフィティ』をモチーフにしており、これはベトナム戦争に突入する前の“アメリカの楽しい時代の象徴”ともいえます。

「Make Me Lose Control」では1980年代の若者がオールディーズと共に恋人とドライブへと出掛けるストーリーですが、私もそれをイメージして選曲してみました♪

Jan & Dean - She's My Summer Girl
Jackie DeShannon. When You Walk In The Room
Ricky Nelson - Hello Mary Lou
The Supremes - You Can't Hurry Love
The Diamonds - Little Darlin'
Chordettes - Lollipop

Ritchie Valens - La Bamba
The Temptations - Get Ready
Chubby Checker - Let's Twist Again

Joanie Sommers - One Boy

…お楽しみいただけましたか?
曲は知らなくても、何となく“ほわっ”と心地よいでしょ♪
テクノロジーの発展は楽器や音響・録音機材の発展であり、1960年代中頃以降ミュージシャンの関心が新たな機材での“サウンド表現の追及”となっていったように思います。

しかしそれらがまだ不十分だった60年代前半頃まではその不足分を人の声や拍手、フィンガー・スナップ(指パッチン)など極めて原始的な“楽器”がサウンドの重要な役割を担っていました。
そのため1950~60年代前半までの音楽は“Oldies (懐メロ)”扱いされるようになってしまうわけですが、1980年代になってもエリック・カルメンをはじめビリー・ジョエル「Uptown Girl」やエルトン・ジョン「ブルースはお好き?」、ライオネル・リッチー「You Are」らがオールディーズ・テイストの作品をヒットさせているように、時代が移り変わってもそのファンが絶えることはありません。


“声は最高の楽器”

どんなに機材が進化しても、声ほど私たちの感情を表現し得る楽器はありません。
1950~60年代の音楽には、“ドゥーワップ (doo-wop)”など色彩豊かなコーラスによる“ぬくもり”が溢れています。
私たちが覚える“郷愁”とは、そうした感情をいうのかもしれませんね。

(Keep) keep this feelin' alive
ずっと、このフィーリングのまま
Make me lose control
いつまでも、この胸を熱くさせていておくれ

後半、アカペラ・コーラスがなぞるこのライン…
私の胸を熱くさせて止まないのは、こんなフィーリング♪



「メイク・ミー・ルーズ・コントロール」

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tags : 音楽 Lyrics 和訳 洋楽 

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