I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「ルール・ザ・ワールド」ティアーズ・フォー・フィアーズ

2017.05.19

category : Tears For Fears

Tears For Fears - Everybody Wants To Rule The World1 Tears For Fears - Everybody Wants To Rule The World2


Tears For Fears - Everybody Wants To Rule The World (1985年)



~Everybody Wants To Rule The World~

【rule】とは物事を執り行う上での規則であり、対象となる人すべてに公平・公正であるべきものです。
しかしソウル・オリンピック水泳の鈴木大地選手が“バサロ泳法”で金メダルを獲得したり、長野オリンピック・スキージャンプで[日の丸飛行隊]が大活躍すると、その後突然国際ルールが日本に不利な基準に変更されるなど、案外“ruleとは誰かの思惑によって移り変わる[unfair(不公平)]なもの”という一面もあります。

…そして、それはスポーツに限らず一国のruleを定めた【法律】も同様であると痛感させられます。
衆院を通過した【共謀罪(政府称;テロ等準備罪)】法案は金田勝年法相が“保安林でのキノコ狩りや、花見で地図・双眼鏡・メモ帳などを持っているとこれに抵触する可能性がある”旨の例を示すなど、国民にとってこれまでの法認識とは著しいギャップを強いられる法案であるにも拘らず、問題が解決されぬままスケジュールありきで審議が打ち切られてしまっているからです。

“Everybody Wants To Rule The World”
私たちの大切な人権を著しく奪う可能性を秘めた法律がまた一つ、生まれようとしている…。



~概要~

ティアーズ・フォー・フィアーズ(以下;TFF)は1981年にデビューしたイギリスのバンドで、ローランド・オーザバル(Roland Orzabal)とカート・スミス(Curt Smith)の2人の友人関係が礎となっています。
「Everybody Wants to Rule the World」は1984年の2ndアルバム『シャウト(Songs from the Big Chair)』の収録曲で、Billboard Hot 100では2週No.1(年間7位)に輝きました。
本曲を歌っているのは主にカートですが、作者はローランドとイアン・スタンリー(key)、プロデューサーのクリス・ヒューズで、当初の歌詞は[everybody wants to go to war]だったそうです。

日本を含め、多くの国では「Shout」が1stシングルを飾っているのに対しアメリカでは「ルール・ザ・ワールド」を持ってきているように、この曲は明確にアメリカのマーケットを意識した作品でした。
アルバム制作が大詰めに入り、残り1曲をどうするとなった時点で候補が3曲あり、その中からプロデューサーのクリスが推したのがローランドの作りかけだった「ルール・ザ・ワールド」だったそうです。
しかしローランド本人はあまり気に入ってはおらず後ろ向きだったものの(実際イギリスでは24位という成績に終わっている)、“アメリカ人はドライブ・ミュージックが好きらしい”という理由により選曲され、3日で仕上げてアルバムが完成しました。
こうした歌詞の世界観とは全く関係ない[ドライブ・ミュージック]というコンセプトはPVにも大いに反映され、本曲のアメリカでの大ヒットに一役買うこととなりました。

また、TFFの活躍した1985年は20世紀最大のライブ・イベント『LIVE AID』が発生した年であり、もちろん彼らも参加の予定があったもののツアー・メンバーの調整がつかず参加は叶いませんでした。
その埋め合わせかどうかはわかりませんが、翌86年に同じボブ・ゲルドフが発起人となったチャリティー・スポーツ・イベント『Sport Aid』ではテーマ・ソングとして本曲が採用され、TFFは「Everybody Wants To Run The World」という替え歌を提供しています。

 



~【共謀罪】とは?~

冒頭に示したように、ルールを変えることは物事の概念を一変させ得るインパクトがあり、法律が変わる(加わる)ことは世の中全体のありようを根底から変え得るものです。
しかし【共謀罪】について、何故これまで3回も廃案になるほど危険視されてきたのでしょう…
私たち国民みんなにとって今が重要な分岐点となると思うので、少し丁寧に調べてみました。


“すべての人間は、生まれながらにして自由”というのは有名な『世界人権宣言 第1条』ですが、実際に私たちの自由は社会秩序を保持するためにさまざまな[rule]によって制限されており、2017年(平成29年)2月1日現在日本国の【法令(法律+命令)】数は8,305あるそうです。

これを犯したものが[犯罪]であり、これを実行して遂げたものが[既遂](殺人罪など)、実行して遂げられなかったものが[未遂](殺人未遂罪など)の罪となります。
また、実際に犯罪そのものに着手していなくても、犯罪を計画し準備を実行した時点で検挙・処罰可能にする(例えば、殺人を行う目的で包丁を買うなど)【予備罪】が用意されているものあります。
日本には殺人、身代金目的拐取、強盗、内乱、外患、私戦、放火、通貨偽造など70以上の予備罪が既に整備されている)

今回安倍政権が提出した[共謀罪]こと【テロ等準備罪】法案(正式名称;組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案)は、“(テロリズム集団を含む)組織的犯罪集団が犯罪の[予備]を実行する前段階[準備行為(資金の用意・現場の下見)]を行った時点で検挙・処罰可能にすることを目的”とし、“2人以上の者による共謀で適用”となります。
政府や法務省その新設理由に大規模テロや組織犯罪の多発、オリンピック警備を挙げており、国民に対して“国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約)締結のためにテロ等準備罪が必要”と説明してきました。


ただし5/16の『報道ステーション』の取材によると、パレルモ条約に入るための国連の[立法ガイド]を書いた国際刑法の専門家ニコス・パッサス教授は、この条約について以下のように説明しています。

条約はマフィアなど犯罪組織の物理的(経済)利益を取り締まる目的で制定された
テロのような思想に由来する犯罪は条約の趣旨から外れているため、テロは対象犯罪から除外されている
条件を満たしていなくても条約批准は可能(そもそも国連には条約の適否を審査する機関は存在しない)
凶悪なテロに対する国連決議は既に機能しており、日本もその主要な条約13本を既に批准、法整備まで完了している
日本の現在の法体系で、オリンピックのテロ対策として対応できない点は見当たらない

法律うんぬんより、署内で8000万円盗まれるような警察であることの方が心配だなぁ…。 



~懸念される点~

テロ等準備罪法案についてはさまざまな分野から懸念や問題点が指摘されており、法律の専門組織である日本弁護士連合会も“テロ等準備罪は共謀罪です 名前を変えてもその危険性は変わりません”と、この法案に反対の立場をとっており、その理由を以下のように挙げています。

犯罪組織やテロ犯罪と無縁の犯罪も対象とされている
 (※この点について、共謀罪の取りまとめ役である自民党法務部会長・古川俊治参院議員も、この法案がテロだけが取り締まりの目的ではないことを認める発言をしている)

判断は捜査機関が行い、一般市民も対象となり得る
 (※この点についても、古川俊治参院議員が沖縄の基地反対や原発反対運動などに共謀罪を適用させる可能性があることを、同じテレビ番組で明言している。
また、盛山正仁法務副大臣“何らかの嫌疑がある段階で一般の人ではないと考える”と衆院法務委員会で答弁しています。

準備行為を対象に入れたことは、犯罪の何ら歯止めにならない

捜査は通信傍受(盗聴)の拡大につながり、監視社会を招く
(これについては5/20放送の『報道特集』で、共謀罪がまだ施行されていない現時点でさえ想像以上に市民への監視が進んでいる実態に私は衝撃を覚えましたが、これも【改正通信傍受法】による弊害でしょうか…)
岐阜県大垣市では大垣警察署が地元の行政や事業に不都合な考え(風力発電・護憲・反原発など)を持つ市民を調査し、実際に彼らがその運動に参加していない(イベントがあることさえ知らない)さえ問わず、その思想信条や学歴・病歴・最近の動向・人間関係などの個人情報を極秘で収集し、さらに事業者側と対処を計るためその個人情報を提供していたことが発覚し、市民から訴訟を起こされていた…というのです!

警察という組織が守るべき安全・安心って、何? 



~Epilogue~

“ルールを制する者は世界を制す”

法治国家であるこの国に於いて、まさに“法律こそが力の根源”です。
そして、言うまでもなく民主主義国家であるこの国の主権者は国民一人ひとりであり、“政治家や役人ら公人はその権利の代行人に過ぎません”。
しかしその代行職を家業のように何世代にも亘って受け継いできた者にとって、委ねられたその絶大な権力は“代々当家に与えられた特権”と錯覚しているかのようにも見えます。

特定秘密保護法、マイナンバー法、改正通信傍受法(盗聴法)、そして共謀罪法…
これまで安倍氏は“自分たちの権利の取り分”を増やそうと、実に精力的に国民から権利を奪う法律の数々を成立させてきました。
[マイナンバー法]で資産~病歴まで高度な個人情報を統合し、[盗聴法][共謀罪法]でこれまで非合法だったやり方で個人の思想信条や人間関係までも簡単に盗み出すことを可能とする一方で、[特定秘密保護法]で国民の知る権利を奪い政府や国に不都合な真実を隠ぺい。
強大な権力の“おこぼれ”にすり寄る“お友だち”が列をなし、権力を畏怖する小心者は“忖度”によって保身を図り、そうして富と権力が自分に集中するルール作り…。


治安か、人権か…
国民にとってはその何れも大事なものであり、それだけの対比なら十分論議に値するテーマです。
しかしルールを取り決める“安倍氏とその周辺に纏わる人々”の言動をみていると、その職務が純粋に国民にため公正に執り行われているのか疑念を抱かずにはいられません。

安倍首相夫人と親しい関係にあった森友学園が、異例の8億円値引きで国有地が払い下げられた問題。
このとき格安で国有地売却した責任者(財務省理財局長)は、実は安倍氏と同郷の官僚で、土地取引の直前、異例なほど頻繁に官邸に出入りしていたといわれます。

最大96億円の助成がなされるという、安倍首相の“腹心の友”が理事長を務める学校法人[加計学園]問題。
52年間に亘って認可が下りなかった獣医学部の新設が首相自らが座長を務める国家戦略特区によって“異例の経過”で承認され、ここでも“総理のご意向”という名フレーズを生みました。

しかしこの頃となると、どんなに閣僚スキャンダルや致命的な不祥事を連発しようと“神がかり的に内閣支持率は下がることもなく”、共謀罪審議を中継しないNHKをはじめメディアの報道も政権問題にはシラケ気味となりました。
奇しくも、森友に国有地売却した安倍首相と同郷の財務官僚が2016年6月に“国税庁長官”に就任していることは、ただの偶然?
 オレ様に手を出すと、腹を空かせた“番犬”がオマエの稼ぎを骨までしゃぶりに行くからな!) 

そして、最近『週刊新潮』がスクープした“準強姦事件・逮捕状もみ消し疑惑”
“その男”は元民放テレビ局記者で、安倍氏とは一緒に靖国神社に参拝するなど親しい間柄であり、事件発覚までメディアにも出ていました。
2015年に女性への準強姦罪容疑を起こし逮捕状が出されたものの(警視庁案件)、“菅義偉官房長官の秘書官を務めた経歴のある警視庁刑事部長(当時)の決裁で逮捕は取り消された”といわれています。

…別に、悪口のために列挙したわけではありません。
もしもこれらが事実だったとしたら“公の最高権力者はどれだけ私のために権力を行使しているか”ということであり、最高公人なのだから“証拠はない、悪魔の証明はできない”ではなく自ら率先して主権者に対し納得ゆくまで説明してください。
特に最後の、準強姦罪容疑について一旦逮捕状が出されたにも拘わらず、政権の意のままにそれを取り下げる警察組織…
彼らが共謀罪の巨大な権力を扱う未来を想像すると、ゾッとします。
(逆に、余りに強力な権力を握った警察が暴走し、弱みを握られた政権が操られるという説もある)


Turn your back on mother nature
たとえ母なる自然に背いても
Everybody wants to rule the world
人は、誰もが世界を我がものとしたい

共謀罪に纏わる不公正は、これだけではありません。
安倍政権は一般国民に著しい人権侵害を強いる法律を押し付けるにも拘らず、彼ら政治家に関する『公職選挙法』『政治資金規正法』などを共謀罪の適用対象から外しているそうです。
つまり政治家とその関係者が組織的に選挙違反を計画し、政治資金規正法に触れることを共謀しても、彼らだけは問答無用で捜査もされなければ、処罰の対象にもならないのです。

あなたは、共謀罪の正義を信じますか?



「ルール・ザ・ワールド」

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「ウォーキング・オン・サンシャイン」カトリーナ&ザ・ウェイヴス

2017.05.12

category : 1980年代

Katrina The Waves - Walking On Sunshine1 Katrina The Waves - Walking On Sunshine2


Katrina & The Waves - Walking On Sunshine (1985年)



~心に輝く一つの太陽~

カトリーナ&ザ・ウェイヴスとかいわれて耳慣れない方も多いかもしれませんが、曲名やバンド名は知らなくても歌を聴けば思い出せることって、よくあるでしょう?

実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」は、『ザ・一発屋 2リターンズ われらが青春の日々』という企画盤CDにも収録されていた作品。
“一発屋”というカテゴリに入れられていることについて不本意に思われる方もおられるでしょうが、時代の流れと共にいずれ褪せゆく宿命にある流行文化の中に於いて、たとえ一つでも人々の心にインパクトを与えることができたというのは、考えてみればとても名誉なことです。

この時代に流行した幾つかの文化を思い出しながら、お楽しみください…。



~概要~

「ウォーキング・オン・サンシャイン」を歌っているカトリーナ・レスカニックはアメリカ人ですがお父さんの仕事の関係で1976年頃からイングランドに移住、程なくボーイフレンドのヴィンス・デ・ラ・クルーズらとバンド活動(Mama's Cookin')を始めます。
1981年頃ドラムスのアレックス・クーパーが過去に所属していた【The Waves】の中心人物だったキンバリー・リューを勧誘し、その後バンド名も【Katrina & The Waves】となりました。

1983年、彼らはLPを制作しレコード会社に売り込むも、契約してくれたのは大西洋を越えたカナダのマイナー・レーベルAttic Recordsだけでした。
同年カナダで発売されたこのデビュー・アルバムは『Walking on Sunshine』といい、タイトルからわかるように実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」はこの時初めて発表された作品です。
(このアルバムにはバングルスが1984年にカバーすることになる「Going Down to Liverpool」も収録)

更にもう1作キャリアを重ね1985年、ついにアメリカ大手キャピトル・レコードと契約、カナダ時代の2枚のアルバムから10曲を選曲しリミックスしたのがアルバム『Katrina and the Waves』でした。
もちろん「Walking on Sunshine」もこれに収録されましたが、この時点で「Going Down to Liverpool」と共に新しくレコーディングし直され、本曲は1stシングルとしてリリース、Billboard Hot 100で9位(年間75位)と大ヒットを記録しています。

しかし日本の多くの方が知る彼らの活躍は恐らくここではなく、1987年に“あの映画”の挿入曲として起用されたことではなかったでしょうか?
その映画とは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で当時世界のアイドルとなっていたマイケル・J・フォックス主演のコメディー映画『摩天楼はバラ色に(The Secret of my Success)』です。
このサウンドトラックにはナイト・レンジャー(主題歌「The Secret Of My Success」)やパット・ベネター、バナナラマなど錚々たる顔ぶれが揃っているにも拘らず、恐らく多くの人にとって最も印象的に残っている曲は「Walking on Sunshine」だったかもしれません。
(但し、本曲は『摩天楼はバラ色に』のオリジナル・サウンドトラックには収録されていない)

 



~Lyrics~

I used to think maybe you loved me,
あなたは私を好きかも…って思っていたけれど
now, baby, I'm sure
今じゃ、確信してる

『摩天楼はバラ色に』の主人公ブラントリー(マイケル・J・フォックス)は就職に困って遠い親戚のおじさんが社長を務める会社のメール・ボーイとして採用されますがある日、社内で絶世の美女クリスティ(ヘレン・スレイター)と出逢い一目惚れしてしまいます。
ブラントリーは何とか彼女とお近づきになろうとするも、何せ自分はブルーカラーの下っ端、相手は会社の重役で洟(はな)もひっかけてもらえません。
そんな彼にとっての、“起死回生”とは…? 




And I just can't wait till the day
…だからその日を待ちきれなかったの
when you knock on my door
あなたがこの扉をノックしてくれるまで

一方“待ちきれなかった”のは、美しさを持て余し気味の社長夫人。
ブラントリーが彼女の運転手に配置されると彼を気に入り、熱烈にアタック!
…あれっ、でもこの二人の関係って…!? 




I feel alive, I feel the love,
生きてる…愛してるって実感する
I feel the love that's really real
本物の愛を

「Walking on Sunshine」は、劇中ではブラントリーが社内で“二足のわらじ”を履き替え走り出した場面で使われています。
一方“私生活”でも“二刀流”が形成され始めるなど、戦士に昼も夜も休息の暇などありません。
“The Secret of My Success”は、こうした彼の弛みない努力が実を結んだ成果だったというワケです…。

…ホンマかいな? 





~Epilogue~

映画『摩天楼はバラ色に』は、大都会での成功を夢みる一人の青年が“裸一貫”から大成功を手にするサクセス・ストーリー。
その秘訣について、主題歌「The Secret of My Success」は次のように語っています。

The secret of my success is I'm living 25 hours a day
成功の秘密は、“1日に25時間生きること”

どこかで聞いたようなフレーズですが“努力”を代弁したある意味ベタな回答で、実際劇中の主人公が公私に亘って“二刀流”を繰り広げるさまは、まさに歌のとおりです。


一方、「Walking on Sunshine」の主人公は“自分は愛されている”という確信によって、心が躍っているような印象を受けます。
しかしそれに反してPVに描かれる空は“曇天”で、一人半袖で笑顔を振りまきロンドンの街を闊歩するカトリーナ以外のメンバーは厚ぼったいコートの襟を立てて、何だか寒そうです。
(それにしても、カトリーナの“アメカジ+【CONVERSE】”ファッションに心が躍る方も多いのでは? 

この点はよく指摘されるギャップですが、現実のお天気には曇りや雨、雪の日もあれば嵐の日もあります。
雨の日もあるからこそ、“人智”の大切さがあるような気がします。


Now I'm walking on sunshine, whoa
今、お陽さまの光を浴びて歩いてる...
And don't it feel good
それって、ステキじゃない?

空に輝く太陽は、お天気次第
“心の中のSunshine”は、あなた次第



「ウォーキング・オン・サンシャイン」

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comment(12) 

「イン・ザ・モーニング」ビー・ジーズ

2017.05.05

category : Bee Gees

Bee Gees - In The Morning1 Bee Gees - In The Morning2


Bee Gees - In The Morning (1971年)



~「Morning Of My Life」をいつまでも~

5月は、私の大好きな月。
暑くもなく寒くもなく、若葉が溢れ風が爽やかで、空にはそよそよ鯉のぼり…
でもそんなやさしい季節が巡ってくると、必ず心に浮かんでくる映画があります。

…それにしても前回のピンク・フロイドのブキミな映像を創った同じ人が、この映画の脚本を書いたなんて信じられないでしょ?
まぁ、その2つを続けて取り上げる本ブログも相当“ツンデレ”ですが…? 



~概要~

「イン・ザ・モーニング」は1971年公開の映画『小さな恋のメロディ(Melody/S.W.A.L.K)』の挿入曲として有名ですが、実は日本でよく知られるこのバージョンがオリジナルではありません。
元々は1965年にバリー・ギブが書き、翌66年ビー・ジーズの『Spicks and Specks』のセッションで演奏されたのが最初の録音で、この音源は4年後(1970年)の編集盤『Inception / Nostalgia』に収められるまで未発表のままでした。

そのため最初のレコード化はビー・ジーズによってではなく1967年6月にRonnie Burnsという人によってなされ、同年Esther and Abi Ofarimもドイツでヒットさせたほか、68年にはニーナ・シモンもジャズ・アレンジでカバーするなど複数の歌手によって歌われました。

その後1969~1970年中頃のビー・ジーズは分裂状態で、心機一転再起を目指し3兄弟が集結した1970年9月30日のセッションで「In The Morning」は再レコーディングされています。
そしてこの時の音源が『小さな恋のメロディ』のサウンドトラックに収録され、本曲のもつ静かなテイストは朝焼けを背景に映画のイントロダクションとして印象的な演出効果を果たしました。
残念ながら映画自体は欧米でヒットしなかったため、この映画に起用されたビー・ジーズの珠玉の楽曲の数々が脚光を浴びることはありませんでしたが日本は例外で映画もアルバムも大ヒット、「In The Morning」もシングルとしてオリコン36位を記録しています。


 
 



~Lyrics~

In the morning when the moon is at its rest,
朝、お月さまがおやすみする頃
You will find me at the time I love the best
僕の一番好きなこの時、二人は出逢う

2行目の【find】は、1966年の最初の録音では【see】だったのが改められたものです。
2番の同じラインに揃えたのか…でも、【find】だからこそ“見つける⇒出逢う”ニュアンスが強まった気がします。

スクリーンでの二人の出逢いは、ダニエルが覗いた女の子たちのバレエのレッスンの中にいたメロディに一目惚れしたことでした。
このシーンのメロディの女性としての美しさ、ダニエルが恋に落ちる瞬間に見せる大人の表情、そんな親友の表情から彼が彼女に夢中となり自分が取り残される不安を抱いたオーンショー…
短いシーンの中で、3人の表情の移ろいが印象的です。

Bee Gees - In The Morning3


In the daytime I will meet you as before.
お昼は君と会おう…昔みたいに
You will find me waiting by the ocean floor,
海の底で待ち合わせして

素朴なギモン…
何で、わざわざ[海の底]で会うの? 

 ダニエル、待った?
 メロディ…ここなら、誰も二人の邪魔はできないね
 それじゃあダニエル、ご飯にする? お風呂にする? …それとも、“寝る?”

 …コぉラぁ~! 二人がそんなハシタナイ会話するかぁ~っ!!
(※もちろん、劇中にこんな会話はありません)



Another day to swing on clothes lines
また別の日は、物干し綱でブランコしよう
May I be yawning
あくびなんかして…

月へとデートしたり、一緒にブランコしたり…
3番の歌詞がとてもステキです。
でもどんなに楽しいからって、夜遊びが過ぎてはいけませんよ?

もう一刻も離れていたくない二人は、遂に学校をサボって海岸と遊園地にデートに出掛けてしまいます。
“子どもは遊びを通して成長する”といいますが、この“「二人だけのデート」から持ち帰ったもの”は大人の想像をはるかに超える答えでした…。

Bee Gees - In The Morning4



~Epilogue~

In The Morning...
この作品は“朝”をテーマとしていますが、あなたは朝がお好きですか?

“1日のうちで好きな時間帯”を問うあるアンケートによると1位は深夜(43%)/2位が晩(23%)と夜の時間帯が全体の66%を占めるなど圧倒的に多く、4位・明け方(7%)/5位午前中(6%)/10位・朝(1%)と朝の時間帯は14%と少数派です。

確かに早朝は空気がきれいで静かですが、多くの人が活動を始める頃は準備や通勤など一日のうちで最も慌ただしい時間帯で、満員電車に押し込められるのは誰にとってもストレスになります。
本ブログでは過去に「マニック・マンデー」を取り上げましたが、やはり週(仕事)の始まりである月曜は不人気で、静から動へ転じなければならない朝が【manic(躁病の)】扱いされてしまうのは宿命といえるのでしょう。

でもそれだけに、朝が好きな人は朝の魅力を堪能できる早朝に起床する習慣を身につけている人であり、それを維持できるということは時間や気持ちのコントロールも上手で、人の意見に流されずダラダラ長い時間を仕事に費やさない“デキる人”のイメージがありますが…ちょっとホメ過ぎ? 


tis the morning of my life
それは、人生のはじまり

日本で「In The Morning」というタイトルで知られるこの曲は、欧米では1971年のバージョンが「Morning Of My Life」と呼ばれています。
【the morning】は朝以外にも“初め(初期)”の意味があり、【the morning of life】だと“人生の夜明け,青春時代”という意味合いにもなります。
「In The Morning」は【the morning】【the daytime(昼間)】【the evning(晩)】という三部構成となっており、【the morning=青春時代】と解釈すると、それぞれ意味する年代も浮かび上がってくるはずです。

映画『小さな恋のメロディ』は11歳の少年少女が展開する伝説的な純愛物語として有名ですが、一方で墓地での初デートで“50年夫婦として連れ添うこと”について言及するなど、単なるおままごとの恋愛にはない長い人生を想定した大人びた一面もみられます。
(もっとも、現実的なのはいつもメロディであり、ダニエルは思いついたらすぐ実行せずにはいられないタイプ)
大人は子どもを“大人の未熟形”と見なし一段劣った存在と考えがちですが、それは間違いなのです。

子どもたちが遊びの中で見せるあの笑顔…
“心の中にある、大人が忘れてしまった大切なもの”を、甦らせよう 

Another day to swing on clothes lines
また別の日は、物干し綱でブランコしよう
In the morning
“あの頃”に戻って...



「イン・ザ・モーニング」

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「ザ・ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライヴズ~アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」ピンク・フロイド

2017.04.28

category : Pink Floyd

Pink Floyd - Another Brick In The Wall1 Pink Floyd - Another Brick In The Wall2


Pink Floyd - The Happiest Days Of Our Lives / Another Brick In The Wall (1979年)



~今、そこにある危機~

本記事構想は4月上旬、新聞に“文部科学省が新学習指導要領で中学校体育の武道種目に【銃剣道】を明記”との記事を見つけ、驚いたことでした。
あまりの突拍子のなさに思わず[柔剣道]の誤植かと自分の目を疑いましたが、読み進めてゆくとどうやら誤植ではありません…。

ご存知ない方のために説明を加えると【銃剣道】は17世紀フランス伝来の西洋式銃剣術で、兵士が携帯する小銃(ライフル銃)の先に短剣を装着し、白兵戦の際に槍のようにして敵を刺突する戦闘術です。
明治時代に日本の軍隊に導入されましたが火砲が主力の時代に実用性などあるはずもなく、“弾が尽きたら槍で突撃”という精神性が重視され訓練が継続、第二次大戦で敗戦直前に女性や子供に火砲を持ったアメリカ軍に竹槍で突撃せよと訓練したのも日本式銃剣術でした。
(※現在も銃剣道は自衛隊の近接戦闘術として木銃を用いて競技・訓練が続けられています)

そんな“忌まわしき過去の遺物”が、なぜ今さら現代の子供たちの教育に復活?



~概要~

「ザ・ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライヴ」「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」は“五大プログレ・バンド”に数えられるイギリスのロック・バンド、ピンク・フロイド1979年のアルバム『ザ・ウォール (The Wall)』の収録曲です。

本アルバムはメンバーのロジャー・ウォーターズが自身を模した“ピンク”を主人公とするロック・オペラの形式を採ったコンセプト・アルバムとなっており、この2曲はロジャーが演じるピンクの人生の物語の一部を構成しています。
当時ピンク・フロイドは資産運用が失敗し大きな損失を出してしまったため、それを補てんし得る大規模なプロジェクトの必要性に迫られ、ロジャーが壮大な構想を練り上げました。
しかしこの試みは想定以上に当たり、『The Wall』はBillboard 200で15週連続No.1を記録、現在まで売り上げ3000万枚までに達するなど、“世界で最も売れた2枚組アルバム”となっています。

一方でこの構想は直後のツアー『The Wall Performed Live』にも反映され、ステージに“The Wall”を築き、アルバムの1枚目・2枚目をそれぞれ第一部・第二部として前例のないスケールで再現するなど、ローリングストーン誌に“ロック・コンサートの概念を一夜にして変えた”とまで絶賛されたものの、そのあまりのスケールの大きさに経費がかさんでしまい思ったほどの収益が挙げられなかったとか…?

さらに構想は続き、1982年には『The Wall』の音楽とストーリーをそのまま映像化した映画『ピンク・フロイド ザ・ウォール(Pink Floyd The Wall)』が制作されたものの、ほとんどセリフもなくあまりに難解でシリアスな内容だったため、こちらはヒットせず…
…しかし!
それから35年経った今年、ロジャーの25年ぶりの新作『Is This the Life We Really Want?』リリースを記念して、6月21日(水)にZepp DiverCity(TOKYO)とZepp Namba(OSAKA)で“ライヴ絶響上映(スタンディング&歓声OK)”が決定しているそうです(ちなみに今年はピンク・フロイドデビュー50周年でもある)!


『The Wall』自体、作者であるロジャーの半生を投影したといえる作品ですが、「The Happiest Days Of Our Lives」は特にその青春時代を反映したもので、本人によると学校教育を否定的に思える経験が実際にあったようです。

「Another Brick in the Wall」はアルバムではPart IからIIIまでありPart Iは“Reminiscing(回顧)”、Part IIは“Education(教育)”、Part IIIが“Drugs(薬物)”という仮タイトルで呼ばれていました。
このうち【Part II】が先行シングルとして発売され、Billboard Hot 100で4週No.1(1980年の年間2位)を記録するなど世界中で大ヒットに至っています。
また、ローリング・ストーン誌“The 500 Greatest Songs of All Time 375位”にランクされた名曲でもあります。

 
 



~Lyrics~

You! Yes, you! Stand still laddy
(おまえ!…そう、おまえだ! 小童、そこを動くな!)

この「The Happiest Days Of Our Lives」の導入部分での“叫び声”は、非常にインパクトがあります。
アルバムでこのフレーズを叫んでいるのはロジャー・ウォーターズですが、映画(メイン動画)で叫んでいるのは教師役を演じたAlex McAvoyというスコットランドの俳優さんで《写真・左》、正直彼(Alex McAvoy)の声の方が迫力があって怖いです!(顔も?)
ちなみに【laddy】もスコットランドの方言(若い人)で、当初このシーンに“教師の人形”を登場させるつもりであったもののしっくりいかず、彼を立たせたのだとか…。

Pink Floyd - Another Brick In The Wall3 Pink Floyd - Another Brick In The Wall4

There were certain teachers who would
そこには、ありとあらゆる手段を講じてまでも
Hurt the children any way they could
子どもを傷つけようとする教師たちがいた

…ところでこの映画の学校の感じや登場する教師の子どもに対する威圧的な態度は、何処かで見たことがあるような気がしませんか(生徒のお尻を叩くところとか)?
実はこの映画の監督アラン・パーカーは日本でも有名な1971年の学園映画『小さな恋のメロディ』の脚本を書いた人であり、とても同一人物が手掛けたとは思えないほどの世界観のギャップがあります。

意外といえばこの映画で主役を演じたボブ・ゲルドフ《写真・右》は後にあのバンド・エイドやライヴ・エイドの仕掛け人となった人で、当初はロジャー自身が主役を務める予定でしたがあまりにも演技がヘタだったため降ろされたのだとか…。


All in all it's just another brick in the wall
…でもつまりは、壁の中のレンガの一つになれというんでしょ?
All in all you're just another brick in the wall
あなたたちが、そうであるように…

「Another Brick in the Wall」の特徴的な一つは、フレーズを“子どもたちのコーラス”に丸々歌わせていることでしょう。
子どもたちのコーラスを入れるアイデアはアリス・クーパーの「School's Out」のプロデューサーも務めたボブ・エズリンによるものですが、当初は“単なるバック・コーラス”のつもりでした。
しかし依頼して手元に届いたコーラスは“子どもたち一人ひとりに違う歌い方で歌わせた24トラックの音源”だったそうで、デヴィッド・ギルモアによると“あまりに素晴らしい出来だったのでそのまま使うことにした”のだそうです。

…しかし後日談が、“アチラのお国柄”らしいといえます。
このコーラスの提供により学校側には1000ポンド支払われていたそうですが、この曲のあまりの大ヒットと作品に対する貢献度の大きさから、2004年に彼らから追加のロイヤリティを請求されてしまったそうです!



~昭和、憲法、そして子どもの未来~

この所、銃剣道だけでなく【道徳の教科化】や【道徳教科書検定】など学校教育に関して“権力の一連”を思わせる動きが続きました。
また、安倍首相夫人が名誉校長を務めることが決まっていた(問題の発覚で辞任)学校法人・森友学園が、所属する幼稚園児に戦前の教育勅語や軍歌を唱えさせ、中国人や在日韓国人を蔑視するような宣誓をさせていたり、あるいは自衛隊を司る現役の稲田防衛大臣が“教育勅語の核の部分は取り戻すべき”と国会で発言するなど、戦前の軍国教育の象徴である【教育勅語】に今の最高権力者周辺人物が共感を覚えている言及も目立ちました。

【教育勅語】は明治~終戦までの教育の最高規範であり、“孝行・仲良く・信じ合え・慎め・慈愛・勉学仕事に励め・秩序に従え…”など一見当たり前な徳目が説かれる一方で、日本を戦争の大惨禍へと導いたその精神の中核こそが次の一文です。

一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ
万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。

Wikipediaによると、教育勅語は明治天皇が時の内閣総理大臣・山県有朋に対し与えた【勅語(天皇が口頭により発したお言葉)】とする体裁は採っているものの、実際は第1次山縣内閣が起草(案文を作る)したものです。
山縣有朋氏は【治安警察法】など自由民権運動を弾圧し天皇と国家神道支配を強化、軍事拡大を推し進め【国軍の父】【日本軍閥の祖】の異名を取った陸軍軍人で、安倍首相にとっては尊敬すべき同郷(長州)の先人に当たります。

教育勅語の原文は漢文調で一般には現代語訳を必要としますが、多くの保守系政治・思想家の人が引用する【国民道徳協会】の訳文では“皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ(皇室国家の為につくせ)”という本文最大の目的であるはずの言葉を用いることなく紹介されています。
調べてみるとこの国民道徳協会なる団体は、戦時中に[海軍大本営情報局に従事し戦後自民党の国会議員]となった佐々木盛雄氏がつくった団体で、“学生暴動は教育勅語を廃止したせい”、“国益を無視した個人の権利主張は一億総無責任”、“デモを規制しろ”といった[極右思想を持った人物による訳文]でした。

この訳文が1979年に明治神宮や生長の家など宗教右派団体が中心となって運営する【日本を守る会(現在の[日本会議]の前身)】らの教育勅語キャンペーンに採用され、現在も彼らの思想信条の正当性を示す根拠となっているのです。
しかし、こうした極端な思想を広く国民に対してそのまま記述すると拒否反応を示されることは彼ら自身もよく承知しており、それが故に最大の障壁である“皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ”を訳文には入れず[ソフトな印象を与え支持者拡大を図る狙い]があって作られたと思われます。


また、憲法改定が最大の目標である安倍政権は“【教育無償化】を改憲の突破口に!”という動きもあります。
ご存知のように憲法26条第2項は“義務教育は、これを無償とする”としていますが、彼らはこれを“義務教育以外は無償化できない”と曲解することで改憲の賛同を得ようというのです(純粋に読めば、この一文は“義務教育は無償”一点のみを規定し、それ以外は何も言及(制限)していない)。

そもそも教育無償化は貧困家庭の就学支援が最大の目的であり、そうであるなら改憲などという不確実で歳月を要する手段を採るより議会の圧倒的多数を持つ自民党が【返済不要の給付型奨学金】の法案を提出すればすぐに彼らを救えます(現に低所得世帯の大学生らを対象にした【改正日本学生支援機構法】はこの3/31に成立、4/1から施行されている)。


先頃メディアを賑わせた森友学園の、園児に対する軍国・極右教育に衝撃を覚えつつも、どこか“あれは例外的”と自分には関係のない別世界のことと思っておられる方も多いことでしょう。
私もそうでした、【中学校体育で銃剣道】の記事を見るまでは…。
もちろん銃剣道は選択肢の一つであって必修ではありませんが、公教育の場でそれが実施されるという点に於いて微小な森友学園とは影響力の規模が違います。
これまで安倍政権は【特定秘密保護法】や【マイナンバー法】、そして現在審議中の【テロ等準備罪(共謀罪)法案】など[国民の自由や権利を削ぎ自らの統制力を拡大するための法整備]を強引に推し進めてきましたが、今回調べてみて安倍氏の国民統制への執念は想像以上で、ここに来てさらに[個人の思想信条や各家庭内での子育てなどへの統制を加速]させる動きをみせており、戦前復古が現実のものとなる危機感を私の心に募らせる結果となりました。

その一つは安倍氏とも親しい元小学校教諭・向山洋一氏が代表を務める【TOSS(教育技術法則化運動)】に全国1万人超の小中学校の教師を集め[日本の正しいすがた(日本の領土・領海、日本の歴史、靖国神社の位置づけなど)]を子どもに広める教育を推進させ、また安倍首相自らもその私的セミナーにメッセージを送るなどの力の入れようで、TOSSは[安倍教育親衛隊]とも呼ばれているそうです。
更に、各家庭の統制について自民党は今国会で【家庭教育支援法】の成立を目指しており、この法律は名目上[教育支援]となっていますがその実は“戦前の価値観に基づき、愛国的で国家に貢献する子どもを育成する家庭を支援する”もので、もちろんこれも日本会議(高橋史朗氏)監修による思想統制の一つです。


教育と矯正、宗教、暗示、催眠、洗脳、統制、強制、・・・・・・・・・・・奴隷

これらは、“誰かの働きかけによって他者を意図した方向へ誘導し得る行為”という意味に於いて同質です。
辞書によると【教育】とは“他人に対して意図的な働きかけを行うことによって,その人を[望ましい方向]へ変化させること”であり、誤るとそれは【奴隷】(人間としての権利・自由を認められず,他人の所有物として取り扱われる人)扱いと変わりありません。

【強制】から、愛や尊敬は生まれない。
愛や尊敬を求めるなら、まずあなた自身がそれに値する徳を備えなければならない。



We don't need no education
教育なんていらない
We don't need no thought control
洗脳なんて、いらない

一つの価値しか認めない働きかけは、公教育ではない。



「ザ・ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライヴズ~アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」

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「恋することのもどかしさ」ポール・マッカートニー

2017.04.21

category : Beatles & Solo

Paul McCartney - Maybe Im Amazed1 Paul McCartney - Maybe Im Amazed2


Paul McCartney - Maybe I'm Amazed (1970年)



~ポール・マッカートニー ワン・オン・ワン ジャパン・ツアー2017~

23日(日)19:09、ポール・マッカートニーが羽田空港に到着、いよいよ25日からポールの来日公演が始まります!
今回は日本武道館と東京ドームでの4公演のみの予定ですが、愛妻家の彼らしくナンシー夫人を同行し、いつもの元気な笑顔をみせてくれました。

ワン・オン・ワン ジャパン・ツアーについてはポール本人から日本のみなさんにたくさんのメッセージが届けられているので、ご本人にご紹介いただきましょう♪
(…それにしてもただのプロモ動画なのに、いちいち演出が派手!?

 



~概要~

「恋することのもどかしさ」はポール・マッカートニーが1970年4月17日に発表した1stソロ・アルバム『ポール・マッカートニー(McCartney)』の収録曲です。
当時のシングル・カットはありませんでしたが、その後ポールが結成したウイングス(Wings)のワールド・ツアーで演奏され、そのアメリカ公演の模様を記録した1976年のライブ・アルバム『Wings Over America』から「Maybe I'm Amazed」のライブver.がシングルとしてリリース、US Billboard Hot 100で10位を記録しました。
(このバージョンは日本でもシングル・カットされましたが、それには「ハートのささやき」という1970年と異なる邦題が付けられていました…《写真》)

『McCartney』は、1970年4月10日のポールの“ビートルズ脱退表明”以前に制作されたものであり、収録曲は何れも彼がビートルズ在籍時に創作したものです。
しかしレコーディングの多くは音楽スタジオでさえないポール所有の別荘で、しかも楽器演奏とプロデュースを殆んど彼一人で行った荒削りなサウンドであったため、アルバム自体は当時の評論家から酷評されました。

一方「Maybe I'm Amazed」はロッド・スチュワートが在籍したフェイセズが1971年にカバーするなど評価が高く、ローリング・ストーン誌も“The 500 Greatest Songs of All Timeの338位”と、極めて高い評価を与えています(ビートルズ以外でランクインするポールの唯一の曲)。
ポール自身も“このアルバムで最高の作品”と認めているお気に入りで、ウイングス時代から彼のツアーの殆んどで演奏されてきたセット・リストの常連曲です。

時代を超えて愛され続ける要因には、ビートルズ時代に培った「The Long And Winding Road」の“哀愁”と、「Helter Skelter」の“熱情”を一つの作品の中で両立する至難を具現させていることにあるといえるのでしょう…。
こうした至難は、その対極にあるテイストを難なく歌いこなすポールのヴォーカリストとしての表現力の豊かさがあって初めて成立するものであり、それこそが甘いだけのバラードにはないこの曲の魅力となっているのです。

 
 



~Lyrics~

Baby, I'm amazed at the way
驚いてる
you love me all the time
どんなときも、僕を愛してくれる君に

“驚かせる”というと【surprise】が一般的ですがこれは特に“予期しないことで驚かせる”ことを意味し、辞書によると【amaze】は相手がおろおろしたり途方に暮れたりするくらいの驚きを与える“びっくり仰天させる”と定義されています。

「All My Loving」や「And I Love Her」ほか、ビートルズ時代のポールによる数々のラブ・ソングが捧げられた女優ジェーン・アッシャーとは1967年のクリスマスに婚約まで至っているものの、それから僅か約7ヶ月後には婚約破棄という結果に終わってしまいました。
たぶんポールがリンダを生涯の伴侶に選んだ最大の要因はこの【you love me all the time】で、それに対しジェーンはポールの妻であることより女優である自分に価値を置いていたといわれます。
(もっとも、ジェーンの側からすると別れた原因はポールの浮気 


Who's in the middle of something
もやもやした何かの中で
That he doesn't really understand.
“答え”を見出せず、彷徨っているだけの

1967年末~1970年頃、ポールに“もやもや”を与えていたのはジェーンとの破局だけではありませんでした。

『サージェント・ペパーズ~』で“史上最高”の評価を得るもののそれは同時に次作以降への重荷を背負うことであり、ますますバンドとしての結束を必要としていた時にマネージャーのブライアン・エプスタインを亡くし、これによりそれまで彼が担ってきたメンバー間の調整やビジネス経営、著作権の管理など、実に多岐に亘る問題を彼ら自身が突き付けられることとなります。

しかし、その何れも上手く回ってはゆかず…。


you pulled me out of time,
君が、時間の外へと連れ出し
You hung me on the line
境界線にいる僕を見守り続けてくれたこと

そんな内憂外患な【time】から逃れるためにポールはこの時期“浮き名”を流すようなことも重ねていたようですが、所詮それらは一時凌ぎにしかなりませんでした。
何故なら、【on the line】にいる人を一時的に【pulled me out of time(時間の外へと引き出す)】ことはできても、最後まで【hang on(手放すことなくじっと見守る)】ことは誰にでもできることではないからです。

しかし、とうとうポールはその相手を見つけました…。 



~Epilogue~


ポールの苦悩…
それは1969年9月20日、ビートルズの長年の相棒ジョン・レノンの一言に極まりました。
この日ビートルズの4人はキャピトル・レコードとの契約更新のサインのためアップル社で会していますが、その席上で“小規模なギグからコンサートを再開したい”というポールの提案に対し、ジョンはこう言い放ちました…

お前はアホか?…もうたくさんだ、俺は辞める!

ジョンによる“脱退宣言”は契約違反のため公にはされなかったものの、これ以降彼がビートルズとしてスタジオに戻ることはありませんでした。
この事件によって、誰よりもビートルズ存続を強く願い続けてきたポールの希望は完全に断たれ、そのあまりのショックに彼はスコットランド・キンタイア岬にある自宅農場に3カ月もの間引きこもり、外部との関係を閉ざしてしまいました(このことが都市伝説“ポール死亡説”の一因となる)

僕は不安になり、偏執症になっていた。
役立たずに思え、何をしたらよいかもわからなくなってしまっていた。
夜は眠れず朝はいつまでも起きず、ひげも剃らず、ウィスキーに手を伸ばしただぼーっとしていたんだ…



Paul McCartney - Maybe Im Amazed31

そんなポールを救ったのは、1969年3月12日に結婚式を挙げたばかりの新妻リンダでした。
本来なら大スターの妻として都会で華やかな生活を送るべきところ、彼女に待っていたのは絶望に沈む夫との慣れない田舎暮らしで、ネズミは出てもお湯は出ない掘っ立て小屋での隠遁生活だったのです。

しかしリンダは衣服を着飾ったり立身出世よりも自然や動物と接することを愛し、自由で自然なスタイルの生き方を望み、家族のために世話をすることを厭わない人で、この時の田舎暮らしも“家族にとって、最良の時だった”と語っているそうです。
そんなリンダがそばで見守っていてくれたからこそポールは安心して“落ち込みに専念”し、そして立ち上がることができたのでしょう。

Baby, I'm a man,
…そうさ、僕はただ一人ぼっちの男
And maybe you're the only woman who could ever help me.
そして君は、それを救い得るただ一人の女


 ありがとうリンダ、君と出逢えて本当によかった…

…あなたにも、ポールの声が聞こえてきませんか?
(※リンダ・マッカートニーは1998年4月17日、乳癌のため天国へと旅立ちました…)



「恋することのもどかしさ」

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