I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「恋する二人」ビートルズ

2017.06.23

category : Beatles & Solo

Beatles - I Should Have Known Better1 Beatles - I Should Have Known Better2


The Beatles - I Should Have Known Better (1964年)



~ビートルズ記念日~

6月29日は、“ビートルズ記念日”。
ビートルズが羽田空港に降り立った日です(公演は6月30日~)。
今年は“『サージェント・ペパーズ』50周年”ということで何かと話題豊富ですが、最近は難しいネタばかり扱っていたので、このくらいシンプルな方がいいでしょう?

今日は、心置きなくお楽しみください♪



~概要~

「恋する二人」はビートルズ1964年のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!(A Hard Day's Night)』の収録曲です。
同アルバムのA面(前半7曲)はビートルズ初主演同名映画のサウンドトラックとなっており、「恋する二人」は乗り込んだ[列車内でビートルズがトランプをするシーン]、もう一つは[最後のライブ・シーン]で使われています。
本アルバムからは何といっても「A Hard Day's Night」(過去ログ)と「Can't Buy Me Love」が世界的大ヒットを遂げていますが、イギリスでは「I Should Have Known Better」のシングル・カットはなく(1976年に「Yesterday」のB面としてリリース)、アメリカでは「A Hard Day's Night」のB面曲としてBillboard Hot 100で53位、日本ではA面(B面は「I'll Cry Instead」)として4位(ミュージック・マンスリー洋楽チャート)を記録しました。

「I Should Have Known Better」の作者はジョン・レノンで、ヴォーカルも彼によるダブル・トラックです。
他にはジョージ・ハリスンの12弦ギターとジョンのハーモニカが印象的でフォーク・ロック調のテイストとなっていますが、これはジョンがボブ・ディランの『The Freewheelin' Bob Dylan』(過去ログ)の影響を受けたことによるもので、この頃彼はかなりディランにカブレていました。
また、本曲はモノラルとステレオ・ヴァージョン(メイン動画)の2種類があり、イントロのジョンのハーモニカでモノラルは同じフレーズを2度繰り返すのに対し、ステレオは2度目の最後に“溜め”が入ります。

ライブは1964年10月から僅か1カ月足らずのイギリス・ツアーでセットリスト入りしただけなのでyoutube上にも見当たらず、今回は“デモ音源”と“BBCでのスタジオ・ライブ”を見つけました。
また、興味深いカバーとしてはビーチ・ボーイズが1965年のアルバム『Beach Boys' Party!』で取り上げており、これもまた楽しいテイストなのでご紹介いたします。

 
 



~Lyrics~

Whoa, oh, I never realized what a kiss could be
気づかなかった、キスがこんなに素敵だったこと
This could only happen to me
まるで、幸せを一人占めした気分

この歌の魅力は、何といってもこの“素直さ”といってよいのではないでしょうか?
作者のジョンもこの歌を“この映画のベスト3に入る”と、お気に入りの曲だったそうです。
当時ジョンがそう思っていたであろう相手はもちろん、奥さまのシンシア。

ところが1980年になると、ジョンはこの曲について“貶(けな)すほどではないけれど、ただの歌さ”と評したといわれます! 
(もちろん、この時の奥さまはオノ・ヨーコですが…)


That when I tell you that I love you, oh
“I love you”ってささやくと
You're gonna say you love me too, oh
“I love you”って返してくれる

人は、“現在の自分が未熟な過去の進化形”であると思いたいもので、若い頃に抱いた価値観を“未熟”と捉えがちです。
でも私は、若い頃のジョンが書いたこの歌も40歳の彼の作品と同様“いいもの”があるように思えてなりません。

むしろ“このフレーズのこと”って、若い頃は湧きあがる心のまま言葉にすればよいだけですが、年を重ねるほど心に意識を刻んでおかないと互いを結びつけているのが“そういう感覚”であることさえ忘れてしまうような気がします…。



~Epilogue~

記事を編集していて楽しいことの一つは、“思わぬトリビア”に出あった時。
今回発見して思わず笑ったのは、映画『A Hard Day's Night』のテレビ版でビートルズの日本語吹替を担当した声優さんについてです。
だって…

Beatles - I Should Have Known Better3 を Beatles - I Should Have Known Better4 Mr.BOO!(声は広川太一郎さん)

Beatles - I Should Have Known Better5 の声を Beatles - I Should Have Known Better6 うっかり八兵衛(高橋元太郎さん)

…が担当したというのです! すんごいギャップでしょ? 


話を本筋に戻します…

映画『A Hard Day's Night』の撮影に入った時、ビートルズ4人のうち3人は実生活でも既に妻や恋人をもつ“恋する二人”でした。
しかしこの映画によって“残りの一人”も運命の人と出逢い、そしてまさに「恋する二人」の仲間入りを果たすこととなります。

Beatles - I Should Have Known Better7

その二人とは、ジョージ・ハリスンパティ・ボイド
パティはこの映画で同じ列車に乗り合わせた女子学生の一人を演じていますが、「恋する二人」の撮影の頃にはすでにジョージと“特別な仲”になっていたのかこのシーンで他の女の子たちが金網の外に隔てられているのに対し、彼女だけはビートルズと同じ金網の中に置かれています(ポールの近くに座っている)。
このパティこそ後のハリスン夫人であり彼に「Something」を創作させ、その親友エリック・クラプトンに「Layla」(過去ログ)と叫ばせた伝説の女性です。

ジョージがインド文化に傾倒していたことは有名ですが実はパティも元々東洋神秘学に関心があり、ジョージがヒンドゥー教の神学者マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーと会うことを勧めたのも彼女だったといわれます。
しかしその後ジョージは益々宗教へとのめり込み、その事が著しく彼の性格を変えて“取り返しがつかないほど彼女を遠ざけた”として二人の離婚の一因となってしまいました。
後にパティがジョージとの離婚を悔やむ結果となったことを考えれば、「I Should Have Known Better」はジョージとパティの出逢いの予言であり、“どんな時もその気持ちを忘れずに”という神さまから二人へのアドバイスだったようにも思えてきます。


I should have known better with a girl like you
もっと、ちゃんと気づくべきだった
That I would love everything that you do
君が何かするたび、胸がときめこうとしてたこと

出逢った頃も、歳月を重ねた後も、その大切さに変わりはありません。



「恋する二人」

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「007 美しき獲物たち」デュラン・デュラン

2017.05.26

category : Duran Duran

Duran Duran - A View To a Kill1 Duran Duran - A View To a Kill2


Duran Duran - A View To a Kill (1985年)



~Sir Roger George Moore 1927 - 2017 R.I.P.~

半世紀以上の歴史を誇るイギリスの人気スパイ・アクション映画『007シリーズ』に於いて、歴代6人中最多の7作でジェームズ・ボンドを演じたイギリスの俳優ロジャー・ムーアが、5月23日ガンのため亡くなりました(享年89)。
ロジャーの訃報に際し初代ショーン・コネリー、5代目ピアース・ブロスナン、6代目ダニエル・クレイグら歴代ボンド俳優からの追悼に加え、彼が出演したボンド作品のテーマ曲を歌ったポール・マッカートニーやデュラン・デュランからもそれぞれ哀悼の意が示されました。

本記事はロジャー・ムーアへの追悼を込めて、彼が最後に出演した1985年の『007 美しき獲物たち』のテーマ曲をお届けいたします。



~概要~

デュラン・デュランのデビューは1981年、時はアメリカの音楽専門ケーブル・テレビ・チャンネル『MTV』が開局した年であり、美しいヴィジュアルを備えた彼らはまさに“MTV時代の申し子”といえる存在で、当時女の子に最も影響力のあったロック・バンドといえるでしょう。
特に1983~84年頃は同じイギリスのカルチャー・クラブらとBritish Invasion(イギリスの侵略)の中心としてアメリカのヒット・チャートを席巻するほどの勢いがありました。

1985年、デュラン・デュランはイギリスの国民的映画[007]シリーズ第14作『007 美しき獲物たち(A View to a Kill)』の主題歌を担当しイギリスで3週2位、アメリカBillboard Hot 100で2週No.1(年間35位)に輝く大ヒットを記録、これは007主題歌史上初の快挙であり、今日までも唯一の達成です。
ちなみに、2012年にBillboardは007の50周年を記念して『007ベストテーマソング・トップ10』を発表していますが、その映えある1位こそ「A View to a Kill」であり、奇しくもロジャー・ムーア時代の作品が上位4曲を独占しました。

この頃“時の人”だったデュラン・デュランがこのタイミングで007の主題歌を歌うことはごく自然な流れに思われますが、実はその背景にはメンバーのジョン・テイラーによる“隠れた功績”がありました。
ジョンはボンド・スタイルのアストン・マーティンを所有し『007 オクトパシー』のボンド・ガールの一人 Janine Andrews と交際するなど、自他共に認める長年来の“007 オタク”で、そんな彼はあるパーティーで『007』シリーズの映画プロデューサーであるアルバート・R・ブロッコリと会う機会を得ています。
そこで、ここ数年の『007』の音楽に満足していなかったジョンは酔った勢いを借りて“いつになったらあなたの映画の主題歌をちゃんと歌える誰かを起用するの?”と、アルバートに自分を売り込んだそうです。
こうして、ジョンのこの強引な売り込みがきっかけでデュラン・デュランは“大役”を任されることになりました。

…しかしこの頃のデュラン・デュランは、メンバーが【パワー・ステーション】と【アーケイディア】という2つのユニットに分かれそれぞれ違った色合いの作品を発表するなど、音楽的にも精神的にもバラバラな状況にありました。
一方で「A View to a Kill」はデュラン・デュランと007シリーズの作曲を手掛けるジョン・バリーによる共作となっており、メンバーによると彼との連携はそれぞれ[作曲]と[オーケストラ・アレンジ]という明確な役割分担により、非常にスムーズに進行したそうです。
…それどころか、本曲のプロデュースには外遊先であるパワー・ステーションからプロデューサーのバーナード・エドワーズを参加させ、これにより“あのエフェクト”の効いたキレのあるロック・テイストと、ジョン・バリーのスリリングなオーケストラの融合が実現、見事に“007のアクション・イメージ”を代弁するサウンドに仕上がりました。

そして、同年7月13日に催された世紀のイベント『LIVE AID』当日はまさに「A View to a Kill」がHot 100でNo.1に就いた日であり、バンドにとっては最高の気分で迎えるべきステージでしたが、この日一部のメンバーは同じ舞台でパワー・ステーションとしてもパフォーマンスを披露していることが予兆であるかのように、これを最後にアンディ・テイラーとロジャー・テイラーはバンドを去ってしまいます。
結果、「A View to a Kill」はデュラン・デュランの黄金期(第4期)を形成した5人が創作した最後のシングルとなってしまいました。

 



~Lyrics~

Meeting you, with a view to a kill
心に殺意を秘め、お前と見(まみ)える
Face to face in secret places, feel the chill
恐怖と興奮を背に、人知れず相見(まみ)える

本作の原作はイアン・フレミングの『バラと拳銃(From a View to a Kill )』という短編集で、映画では語呂が悪いとの理由から[From]を省いて『A View to a Kill 』としたそうです。
また、劇中で誰かが映画タイトルをセリフにするのがこのシリーズの恒例となっていますが、今回は飛行船から見下ろすサンフランシスコ湾の眺望をメイデイ(グレース・ジョーンズ)が“What a view!(なんて素晴らしい眺め)”と感嘆した場面、そこに透かさずゾーリン(クリストファー・ウォーケン)が“...to a kill”と付け加える形でフレーズを完成させています。

ゾーリンはこの地に人工的な大地震を起こし都市を壊滅させる計画を企てており“...to a kill”はそういう意味と考えられますが、【kill】には[うっとりさせる]というニュアンスもあるため、“大量殺戮=うっとりさせる”という彼の残虐的な内面まで匂わせる一言であるような気もします。

ちなみに、歌詞で使われている【view】も単に[眺望]といった意味ではなく“計画・目的”といった意味合いを意図していると思われ、007が敵対する女性に相対する際の複雑な心境をイメージさせます。


Night fall covers me,
夜の闇がこの身を隠そうと
but you know the plans I'm making
お前は俺の心などお見通し

『007』シリーズの魅力は何といってもジェームズ・ボンドと敵対側が繰り広げる、ハラハラするド迫力の戦い…
任務の遂行のためには、互いの生死は問いません。

一方で、“お約束の楽しみ”は美しい【ボンド・ガール】とのドキドキのラブ・シーン…
しかし名うてのプレイボーイであるジェームズの“物色”の対象は、女性であれば敵味方を問いません!
映画を見ている私たちにとっては彼の前に美女が現れたら、たとえ敵であろうと最終的に二人が“いい関係”になることは、誰もがお見通しですよね? 


Still oversea,
海の向こう
could it be the whole world opening wide
世界を股にかけた駆け引きとなるだろう

今回はシベリア(実際はアイスランドとスイス)やフランス、アメリカなどを舞台としてストーリーが展開しており、前半の目玉の一つはエッフェル塔で007とメイデイが繰り広げる追跡劇です。
そして「A View to a Kill」のPVは、このシーンに沿わせるように、デュラン・デュランのメンバーがそれぞれの役割を演じて展開します。

近未来的な装置を備えた車から映像を交信するロジャー・テイラーと、カメラマンに扮しながら情報収集するニック・ローズ。
一方、携帯型カセットプレイヤーに偽装した爆破装置を操るサイモン・ル・ボンと、展望台の望遠鏡を利用するスナイパーのジョン・テイラー、そしてアコーディオンを武器とした盲目の暗殺者アンディ・テイラー。
最後は任務を完了させ、すっかり007気取りのサイモンが、ついうっかり…!? 



~Epilogue~

…さて、1973年から1985年まで約12年間/7作もの長きに亘りジェームズ・ボンドを演じたロジャー・ムーア。
しかし1927年生まれの彼は、実は初代ボンドのショーン・コネリーより年長であり、役を受け継いだ時すでに46歳、最後の作品となった『007 美しき獲物たち』では57歳でした。
このため本作が同年の世界興行成績5位を挙げたにも拘らず、“これ以上やったら殺される”と言ってボンド役を降板したそうです(本作のボンド・ガール、タニア・ロバーツの母親より自分が年上だったことにショックを受けたという説もある)。

Duran Duran - A View To a Kill3

…そして、私が物心ついた時ボンドだったのがロジャー・ムーアであり、エレガントでユーモアがあって物腰柔らかな英国紳士という私にとっての“ジェームズ・ボンドのイメージの雛型”となったのが、彼でした。
このキャラクター像はそれ以前の概念だった[ボンド=タフでワイルドなショーン・コネリー]の殻を打ち破るために正反対の路線を目指したといわれますが、一方でそれはロジャー生来の持ち味でもあったようです。
そのことは、それぞれが決して仲の良くない007シリーズの制作者たちとも親交を築けていることや、記者への応答で“アクション映画は楽だ。覚えるセリフは少ないし、危険なシーンは代役がいる”と発言をしてもユーモアと解され問題視されることのない彼のエピソードからしても、その人柄を物語っています。

Duran Duran - A View To a Kill4

また、ロジャー・ムーアの出演作で私の大好きな映画に1981年の『キャノンボール』があり、ここで彼は“ロジャー・ムーアを自称し、怪しげな特殊装備を施したボンド・カー(アストンマーティン・DB5)を乗り回すボンド・オタクの御曹司役”を演じていますが、本物のボンドがリアルタイムでヒーローである自分のパロディーを演じるというこの気の利いた演出は、彼のキャラクターと心の広さがあって初めて実現したといえるのでしょう。

[007=万能の人]というイメージがありますが、ロジャーのボンドは必ずどこかに[完全ではない隙(⇒人間らしさ)]みたいなものがあり、それが彼独特の魅力に繋がっている気がします。
しかし彼についてそれ以上に意外なのは、ボンドが最も得意とするはずの[運動とラブ・シーンが苦手]というコト!
それさえも“ラブ・シーンは全部スタントマンが演じている”と自らジョークにするユーモア精神は、ボンドには決してなれそうもない私たち凡人の人生にも良い教訓になりそうです。
そんな彼にとっても、ガンとの闘いは苦しかったことでしょう。
長い間、本当にお疲れさまでした。
…そして、ありがとう。

Duran Duran - A View To a Kill5
Sir Roger George Moore R.I.P.



「007 美しき獲物たち」

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「ウォーキング・オン・サンシャイン」カトリーナ&ザ・ウェイヴス

2017.05.12

category : 1980年代

Katrina The Waves - Walking On Sunshine1 Katrina The Waves - Walking On Sunshine2


Katrina & The Waves - Walking On Sunshine (1985年)



~心に輝く一つの太陽~

カトリーナ&ザ・ウェイヴスとかいわれて耳慣れない方も多いかもしれませんが、曲名やバンド名は知らなくても歌を聴けば思い出せることって、よくあるでしょう?

実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」は、『ザ・一発屋 2リターンズ われらが青春の日々』という企画盤CDにも収録されていた作品。
“一発屋”というカテゴリに入れられていることについて不本意に思われる方もおられるでしょうが、時代の流れと共にいずれ褪せゆく宿命にある流行文化の中に於いて、たとえ一つでも人々の心にインパクトを与えることができたというのは、考えてみればとても名誉なことです。

この時代に流行した幾つかの文化を思い出しながら、お楽しみください…。



~概要~

「ウォーキング・オン・サンシャイン」を歌っているカトリーナ・レスカニックはアメリカ人ですがお父さんの仕事の関係で1976年頃からイングランドに移住、程なくボーイフレンドのヴィンス・デ・ラ・クルーズらとバンド活動(Mama's Cookin')を始めます。
1981年頃ドラムスのアレックス・クーパーが過去に所属していた【The Waves】の中心人物だったキンバリー・リューを勧誘し、その後バンド名も【Katrina & The Waves】となりました。

1983年、彼らはLPを制作しレコード会社に売り込むも、契約してくれたのは大西洋を越えたカナダのマイナー・レーベルAttic Recordsだけでした。
同年カナダで発売されたこのデビュー・アルバムは『Walking on Sunshine』といい、タイトルからわかるように実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」はこの時初めて発表された作品です。
(このアルバムにはバングルスが1984年にカバーすることになる「Going Down to Liverpool」も収録)

更にもう1作キャリアを重ね1985年、ついにアメリカ大手キャピトル・レコードと契約、カナダ時代の2枚のアルバムから10曲を選曲しリミックスしたのがアルバム『Katrina and the Waves』でした。
もちろん「Walking on Sunshine」もこれに収録されましたが、この時点で「Going Down to Liverpool」と共に新しくレコーディングし直され、本曲は1stシングルとしてリリース、Billboard Hot 100で9位(年間75位)と大ヒットを記録しています。

しかし日本の多くの方が知る彼らの活躍は恐らくここではなく、1987年に“あの映画”の挿入曲として起用されたことではなかったでしょうか?
その映画とは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で当時世界のアイドルとなっていたマイケル・J・フォックス主演のコメディー映画『摩天楼はバラ色に(The Secret of my Success)』です。
このサウンドトラックにはナイト・レンジャー(主題歌「The Secret Of My Success」)やパット・ベネター、バナナラマなど錚々たる顔ぶれが揃っているにも拘らず、恐らく多くの人にとって最も印象的に残っている曲は「Walking on Sunshine」だったかもしれません。
(但し、本曲は『摩天楼はバラ色に』のオリジナル・サウンドトラックには収録されていない)

 



~Lyrics~

I used to think maybe you loved me,
あなたは私を好きかも…って思っていたけれど
now, baby, I'm sure
今じゃ、確信してる

『摩天楼はバラ色に』の主人公ブラントリー(マイケル・J・フォックス)は就職に困って遠い親戚のおじさんが社長を務める会社のメール・ボーイとして採用されますがある日、社内で絶世の美女クリスティ(ヘレン・スレイター)と出逢い一目惚れしてしまいます。
ブラントリーは何とか彼女とお近づきになろうとするも、何せ自分はブルーカラーの下っ端、相手は会社の重役で洟(はな)もひっかけてもらえません。
そんな彼にとっての、“起死回生”とは…? 




And I just can't wait till the day
…だからその日を待ちきれなかったの
when you knock on my door
あなたがこの扉をノックしてくれるまで

一方“待ちきれなかった”のは、美しさを持て余し気味の社長夫人。
ブラントリーが彼女の運転手に配置されると彼を気に入り、熱烈にアタック!
…あれっ、でもこの二人の関係って…!? 




I feel alive, I feel the love,
生きてる…愛してるって実感する
I feel the love that's really real
本物の愛を

「Walking on Sunshine」は、劇中ではブラントリーが社内で“二足のわらじ”を履き替え走り出した場面で使われています。
一方“私生活”でも“二刀流”が形成され始めるなど、戦士に昼も夜も休息の暇などありません。
“The Secret of My Success”は、こうした彼の弛みない努力が実を結んだ成果だったというワケです…。

…ホンマかいな? 





~Epilogue~

映画『摩天楼はバラ色に』は、大都会での成功を夢みる一人の青年が“裸一貫”から大成功を手にするサクセス・ストーリー。
その秘訣について、主題歌「The Secret of My Success」は次のように語っています。

The secret of my success is I'm living 25 hours a day
成功の秘密は、“1日に25時間生きること”

どこかで聞いたようなフレーズですが“努力”を代弁したある意味ベタな回答で、実際劇中の主人公が公私に亘って“二刀流”を繰り広げるさまは、まさに歌のとおりです。


一方、「Walking on Sunshine」の主人公は“自分は愛されている”という確信によって、心が躍っているような印象を受けます。
しかしそれに反してPVに描かれる空は“曇天”で、一人半袖で笑顔を振りまきロンドンの街を闊歩するカトリーナ以外のメンバーは厚ぼったいコートの襟を立てて、何だか寒そうです。
(それにしても、カトリーナの“アメカジ+【CONVERSE】”ファッションに心が躍る方も多いのでは? 

この点はよく指摘されるギャップですが、現実のお天気には曇りや雨、雪の日もあれば嵐の日もあります。
雨の日もあるからこそ、“人智”の大切さがあるような気がします。


Now I'm walking on sunshine, whoa
今、お陽さまの光を浴びて歩いてる...
And don't it feel good
それって、ステキじゃない?

空に輝く太陽は、お天気次第
“心の中のSunshine”は、あなた次第



「ウォーキング・オン・サンシャイン」

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comment(12) 

「イン・ザ・モーニング」ビー・ジーズ

2017.05.05

category : Bee Gees

Bee Gees - In The Morning1 Bee Gees - In The Morning2


Bee Gees - In The Morning (1971年)



~「Morning Of My Life」をいつまでも~

5月は、私の大好きな月。
暑くもなく寒くもなく、若葉が溢れ風が爽やかで、空にはそよそよ鯉のぼり…
でもそんなやさしい季節が巡ってくると、必ず心に浮かんでくる映画があります。

…それにしても前回のピンク・フロイドのブキミな映像を創った同じ人が、この映画の脚本を書いたなんて信じられないでしょ?
まぁ、その2つを続けて取り上げる本ブログも相当“ツンデレ”ですが…? 



~概要~

「イン・ザ・モーニング」は1971年公開の映画『小さな恋のメロディ(Melody/S.W.A.L.K)』の挿入曲として有名ですが、実は日本でよく知られるこのバージョンがオリジナルではありません。
元々は1965年にバリー・ギブが書き、翌66年ビー・ジーズの『Spicks and Specks』のセッションで演奏されたのが最初の録音で、この音源は4年後(1970年)の編集盤『Inception / Nostalgia』に収められるまで未発表のままでした。

そのため最初のレコード化はビー・ジーズによってではなく1967年6月にRonnie Burnsという人によってなされ、同年Esther and Abi Ofarimもドイツでヒットさせたほか、68年にはニーナ・シモンもジャズ・アレンジでカバーするなど複数の歌手によって歌われました。

その後1969~1970年中頃のビー・ジーズは分裂状態で、心機一転再起を目指し3兄弟が集結した1970年9月30日のセッションで「In The Morning」は再レコーディングされています。
そしてこの時の音源が『小さな恋のメロディ』のサウンドトラックに収録され、本曲のもつ静かなテイストは朝焼けを背景に映画のイントロダクションとして印象的な演出効果を果たしました。
残念ながら映画自体は欧米でヒットしなかったため、この映画に起用されたビー・ジーズの珠玉の楽曲の数々が脚光を浴びることはありませんでしたが日本は例外で映画もアルバムも大ヒット、「In The Morning」もシングルとしてオリコン36位を記録しています。


 
 



~Lyrics~

In the morning when the moon is at its rest,
朝、お月さまがおやすみする頃
You will find me at the time I love the best
僕の一番好きなこの時、二人は出逢う

2行目の【find】は、1966年の最初の録音では【see】だったのが改められたものです。
2番の同じラインに揃えたのか…でも、【find】だからこそ“見つける⇒出逢う”ニュアンスが強まった気がします。

スクリーンでの二人の出逢いは、ダニエルが覗いた女の子たちのバレエのレッスンの中にいたメロディに一目惚れしたことでした。
このシーンのメロディの女性としての美しさ、ダニエルが恋に落ちる瞬間に見せる大人の表情、そんな親友の表情から彼が彼女に夢中となり自分が取り残される不安を抱いたオーンショー…
短いシーンの中で、3人の表情の移ろいが印象的です。

Bee Gees - In The Morning3


In the daytime I will meet you as before.
お昼は君と会おう…昔みたいに
You will find me waiting by the ocean floor,
海の底で待ち合わせして

素朴なギモン…
何で、わざわざ[海の底]で会うの? 

 ダニエル、待った?
 メロディ…ここなら、誰も二人の邪魔はできないね
 それじゃあダニエル、ご飯にする? お風呂にする? …それとも、“寝る?”

 …コぉラぁ~! 二人がそんなハシタナイ会話するかぁ~っ!!
(※もちろん、劇中にこんな会話はありません)



Another day to swing on clothes lines
また別の日は、物干し綱でブランコしよう
May I be yawning
あくびなんかして…

月へとデートしたり、一緒にブランコしたり…
3番の歌詞がとてもステキです。
でもどんなに楽しいからって、夜遊びが過ぎてはいけませんよ?

もう一刻も離れていたくない二人は、遂に学校をサボって海岸と遊園地にデートに出掛けてしまいます。
“子どもは遊びを通して成長する”といいますが、この“「二人だけのデート」から持ち帰ったもの”は大人の想像をはるかに超える答えでした…。

Bee Gees - In The Morning4



~Epilogue~

In The Morning...
この作品は“朝”をテーマとしていますが、あなたは朝がお好きですか?

“1日のうちで好きな時間帯”を問うあるアンケートによると1位は深夜(43%)/2位が晩(23%)と夜の時間帯が全体の66%を占めるなど圧倒的に多く、4位・明け方(7%)/5位午前中(6%)/10位・朝(1%)と朝の時間帯は14%と少数派です。

確かに早朝は空気がきれいで静かですが、多くの人が活動を始める頃は準備や通勤など一日のうちで最も慌ただしい時間帯で、満員電車に押し込められるのは誰にとってもストレスになります。
本ブログでは過去に「マニック・マンデー」を取り上げましたが、やはり週(仕事)の始まりである月曜は不人気で、静から動へ転じなければならない朝が【manic(躁病の)】扱いされてしまうのは宿命といえるのでしょう。

でもそれだけに、朝が好きな人は朝の魅力を堪能できる早朝に起床する習慣を身につけている人であり、それを維持できるということは時間や気持ちのコントロールも上手で、人の意見に流されずダラダラ長い時間を仕事に費やさない“デキる人”のイメージがありますが…ちょっとホメ過ぎ? 


tis the morning of my life
それは、人生のはじまり

日本で「In The Morning」というタイトルで知られるこの曲は、欧米では1971年のバージョンが「Morning Of My Life」と呼ばれています。
【the morning】は朝以外にも“初め(初期)”の意味があり、【the morning of life】だと“人生の夜明け,青春時代”という意味合いにもなります。
「In The Morning」は【the morning】【the daytime(昼間)】【the evning(晩)】という三部構成となっており、【the morning=青春時代】と解釈すると、それぞれ意味する年代も浮かび上がってくるはずです。

映画『小さな恋のメロディ』は11歳の少年少女が展開する伝説的な純愛物語として有名ですが、一方で墓地での初デートで“50年夫婦として連れ添うこと”について言及するなど、単なるおままごとの恋愛にはない長い人生を想定した大人びた一面もみられます。
(もっとも、現実的なのはいつもメロディであり、ダニエルは思いついたらすぐ実行せずにはいられないタイプ)
大人は子どもを“大人の未熟形”と見なし一段劣った存在と考えがちですが、それは間違いなのです。

子どもたちが遊びの中で見せるあの笑顔…
“心の中にある、大人が忘れてしまった大切なもの”を、甦らせよう 

Another day to swing on clothes lines
また別の日は、物干し綱でブランコしよう
In the morning
“あの頃”に戻って...



「イン・ザ・モーニング」

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「ザ・ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライヴズ~アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」ピンク・フロイド

2017.04.28

category : Pink Floyd

Pink Floyd - Another Brick In The Wall1 Pink Floyd - Another Brick In The Wall2


Pink Floyd - The Happiest Days Of Our Lives / Another Brick In The Wall (1979年)



~今、そこにある危機~

本記事構想は4月上旬、新聞に“文部科学省が新学習指導要領で中学校体育の武道種目に【銃剣道】を明記”との記事を見つけ、驚いたことでした。
あまりの突拍子のなさに思わず[柔剣道]の誤植かと自分の目を疑いましたが、読み進めてゆくとどうやら誤植ではありません…。

ご存知ない方のために説明を加えると【銃剣道】は17世紀フランス伝来の西洋式銃剣術で、兵士が携帯する小銃(ライフル銃)の先に短剣を装着し、白兵戦の際に槍のようにして敵を刺突する戦闘術です。
明治時代に日本の軍隊に導入されましたが火砲が主力の時代に実用性などあるはずもなく、“弾が尽きたら槍で突撃”という精神性が重視され訓練が継続、第二次大戦で敗戦直前に女性や子供に火砲を持ったアメリカ軍に竹槍で突撃せよと訓練したのも日本式銃剣術でした。
(※現在も銃剣道は自衛隊の近接戦闘術として木銃を用いて競技・訓練が続けられています)

そんな“忌まわしき過去の遺物”が、なぜ今さら現代の子供たちの教育に復活?



~概要~

「ザ・ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライヴ」「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」は“五大プログレ・バンド”に数えられるイギリスのロック・バンド、ピンク・フロイド1979年のアルバム『ザ・ウォール (The Wall)』の収録曲です。

本アルバムはメンバーのロジャー・ウォーターズが自身を模した“ピンク”を主人公とするロック・オペラの形式を採ったコンセプト・アルバムとなっており、この2曲はロジャーが演じるピンクの人生の物語の一部を構成しています。
当時ピンク・フロイドは資産運用が失敗し大きな損失を出してしまったため、それを補てんし得る大規模なプロジェクトの必要性に迫られ、ロジャーが壮大な構想を練り上げました。
しかしこの試みは想定以上に当たり、『The Wall』はBillboard 200で15週連続No.1を記録、現在まで売り上げ3000万枚までに達するなど、“世界で最も売れた2枚組アルバム”となっています。

一方でこの構想は直後のツアー『The Wall Performed Live』にも反映され、ステージに“The Wall”を築き、アルバムの1枚目・2枚目をそれぞれ第一部・第二部として前例のないスケールで再現するなど、ローリングストーン誌に“ロック・コンサートの概念を一夜にして変えた”とまで絶賛されたものの、そのあまりのスケールの大きさに経費がかさんでしまい思ったほどの収益が挙げられなかったとか…?

さらに構想は続き、1982年には『The Wall』の音楽とストーリーをそのまま映像化した映画『ピンク・フロイド ザ・ウォール(Pink Floyd The Wall)』が制作されたものの、ほとんどセリフもなくあまりに難解でシリアスな内容だったため、こちらはヒットせず…
…しかし!
それから35年経った今年、ロジャーの25年ぶりの新作『Is This the Life We Really Want?』リリースを記念して、6月21日(水)にZepp DiverCity(TOKYO)とZepp Namba(OSAKA)で“ライヴ絶響上映(スタンディング&歓声OK)”が決定しているそうです(ちなみに今年はピンク・フロイドデビュー50周年でもある)!


『The Wall』自体、作者であるロジャーの半生を投影したといえる作品ですが、「The Happiest Days Of Our Lives」は特にその青春時代を反映したもので、本人によると学校教育を否定的に思える経験が実際にあったようです。

「Another Brick in the Wall」はアルバムではPart IからIIIまでありPart Iは“Reminiscing(回顧)”、Part IIは“Education(教育)”、Part IIIが“Drugs(薬物)”という仮タイトルで呼ばれていました。
このうち【Part II】が先行シングルとして発売され、Billboard Hot 100で4週No.1(1980年の年間2位)を記録するなど世界中で大ヒットに至っています。
また、ローリング・ストーン誌“The 500 Greatest Songs of All Time 375位”にランクされた名曲でもあります。

 
 



~Lyrics~

You! Yes, you! Stand still laddy
(おまえ!…そう、おまえだ! 小童、そこを動くな!)

この「The Happiest Days Of Our Lives」の導入部分での“叫び声”は、非常にインパクトがあります。
アルバムでこのフレーズを叫んでいるのはロジャー・ウォーターズですが、映画(メイン動画)で叫んでいるのは教師役を演じたAlex McAvoyというスコットランドの俳優さんで《写真・左》、正直彼(Alex McAvoy)の声の方が迫力があって怖いです!(顔も?)
ちなみに【laddy】もスコットランドの方言(若い人)で、当初このシーンに“教師の人形”を登場させるつもりであったもののしっくりいかず、彼を立たせたのだとか…。

Pink Floyd - Another Brick In The Wall3 Pink Floyd - Another Brick In The Wall4

There were certain teachers who would
そこには、ありとあらゆる手段を講じてまでも
Hurt the children any way they could
子どもを傷つけようとする教師たちがいた

…ところでこの映画の学校の感じや登場する教師の子どもに対する威圧的な態度は、何処かで見たことがあるような気がしませんか(生徒のお尻を叩くところとか)?
実はこの映画の監督アラン・パーカーは日本でも有名な1971年の学園映画『小さな恋のメロディ』の脚本を書いた人であり、とても同一人物が手掛けたとは思えないほどの世界観のギャップがあります。

意外といえばこの映画で主役を演じたボブ・ゲルドフ《写真・右》は後にあのバンド・エイドやライヴ・エイドの仕掛け人となった人で、当初はロジャー自身が主役を務める予定でしたがあまりにも演技がヘタだったため降ろされたのだとか…。


All in all it's just another brick in the wall
…でもつまりは、壁の中のレンガの一つになれというんでしょ?
All in all you're just another brick in the wall
あなたたちが、そうであるように…

「Another Brick in the Wall」の特徴的な一つは、フレーズを“子どもたちのコーラス”に丸々歌わせていることでしょう。
子どもたちのコーラスを入れるアイデアはアリス・クーパーの「School's Out」のプロデューサーも務めたボブ・エズリンによるものですが、当初は“単なるバック・コーラス”のつもりでした。
しかし依頼して手元に届いたコーラスは“子どもたち一人ひとりに違う歌い方で歌わせた24トラックの音源”だったそうで、デヴィッド・ギルモアによると“あまりに素晴らしい出来だったのでそのまま使うことにした”のだそうです。

…しかし後日談が、“アチラのお国柄”らしいといえます。
このコーラスの提供により学校側には1000ポンド支払われていたそうですが、この曲のあまりの大ヒットと作品に対する貢献度の大きさから、2004年に彼らから追加のロイヤリティを請求されてしまったそうです!



~昭和、憲法、そして子どもの未来~

この所、銃剣道だけでなく【道徳の教科化】や【道徳教科書検定】など学校教育に関して“権力の一連”を思わせる動きが続きました。
また、安倍首相夫人が名誉校長を務めることが決まっていた(問題の発覚で辞任)学校法人・森友学園が、所属する幼稚園児に戦前の教育勅語や軍歌を唱えさせ、中国人や在日韓国人を蔑視するような宣誓をさせていたり、あるいは自衛隊を司る現役の稲田防衛大臣が“教育勅語の核の部分は取り戻すべき”と国会で発言するなど、戦前の軍国教育の象徴である【教育勅語】に今の最高権力者周辺人物が共感を覚えている言及も目立ちました。

【教育勅語】は明治~終戦までの教育の最高規範であり、“孝行・仲良く・信じ合え・慎め・慈愛・勉学仕事に励め・秩序に従え…”など一見当たり前な徳目が説かれる一方で、日本を戦争の大惨禍へと導いたその精神の中核こそが次の一文です。

一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ
万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。

Wikipediaによると、教育勅語は明治天皇が時の内閣総理大臣・山県有朋に対し与えた【勅語(天皇が口頭により発したお言葉)】とする体裁は採っているものの、実際は第1次山縣内閣が起草(案文を作る)したものです。
山縣有朋氏は【治安警察法】など自由民権運動を弾圧し天皇と国家神道支配を強化、軍事拡大を推し進め【国軍の父】【日本軍閥の祖】の異名を取った陸軍軍人で、安倍首相にとっては尊敬すべき同郷(長州)の先人に当たります。

教育勅語の原文は漢文調で一般には現代語訳を必要としますが、多くの保守系政治・思想家の人が引用する【国民道徳協会】の訳文では“皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ(皇室国家の為につくせ)”という本文最大の目的であるはずの言葉を用いることなく紹介されています。
調べてみるとこの国民道徳協会なる団体は、戦時中に[海軍大本営情報局に従事し戦後自民党の国会議員]となった佐々木盛雄氏がつくった団体で、“学生暴動は教育勅語を廃止したせい”、“国益を無視した個人の権利主張は一億総無責任”、“デモを規制しろ”といった[極右思想を持った人物による訳文]でした。

この訳文が1979年に明治神宮や生長の家など宗教右派団体が中心となって運営する【日本を守る会(現在の[日本会議]の前身)】らの教育勅語キャンペーンに採用され、現在も彼らの思想信条の正当性を示す根拠となっているのです。
しかし、こうした極端な思想を広く国民に対してそのまま記述すると拒否反応を示されることは彼ら自身もよく承知しており、それが故に最大の障壁である“皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ”を訳文には入れず[ソフトな印象を与え支持者拡大を図る狙い]があって作られたと思われます。


また、憲法改定が最大の目標である安倍政権は“【教育無償化】を改憲の突破口に!”という動きもあります。
ご存知のように憲法26条第2項は“義務教育は、これを無償とする”としていますが、彼らはこれを“義務教育以外は無償化できない”と曲解することで改憲の賛同を得ようというのです(純粋に読めば、この一文は“義務教育は無償”一点のみを規定し、それ以外は何も言及(制限)していない)。

そもそも教育無償化は貧困家庭の就学支援が最大の目的であり、そうであるなら改憲などという不確実で歳月を要する手段を採るより議会の圧倒的多数を持つ自民党が【返済不要の給付型奨学金】の法案を提出すればすぐに彼らを救えます(現に低所得世帯の大学生らを対象にした【改正日本学生支援機構法】はこの3/31に成立、4/1から施行されている)。


先頃メディアを賑わせた森友学園の、園児に対する軍国・極右教育に衝撃を覚えつつも、どこか“あれは例外的”と自分には関係のない別世界のことと思っておられる方も多いことでしょう。
私もそうでした、【中学校体育で銃剣道】の記事を見るまでは…。
もちろん銃剣道は選択肢の一つであって必修ではありませんが、公教育の場でそれが実施されるという点に於いて微小な森友学園とは影響力の規模が違います。
これまで安倍政権は【特定秘密保護法】や【マイナンバー法】、そして現在審議中の【テロ等準備罪(共謀罪)法案】など[国民の自由や権利を削ぎ自らの統制力を拡大するための法整備]を強引に推し進めてきましたが、今回調べてみて安倍氏の国民統制への執念は想像以上で、ここに来てさらに[個人の思想信条や各家庭内での子育てなどへの統制を加速]させる動きをみせており、戦前復古が現実のものとなる危機感を私の心に募らせる結果となりました。

その一つは安倍氏とも親しい元小学校教諭・向山洋一氏が代表を務める【TOSS(教育技術法則化運動)】に全国1万人超の小中学校の教師を集め[日本の正しいすがた(日本の領土・領海、日本の歴史、靖国神社の位置づけなど)]を子どもに広める教育を推進させ、また安倍首相自らもその私的セミナーにメッセージを送るなどの力の入れようで、TOSSは[安倍教育親衛隊]とも呼ばれているそうです。
更に、各家庭の統制について自民党は今国会で【家庭教育支援法】の成立を目指しており、この法律は名目上[教育支援]となっていますがその実は“戦前の価値観に基づき、愛国的で国家に貢献する子どもを育成する家庭を支援する”もので、もちろんこれも日本会議(高橋史朗氏)監修による思想統制の一つです。


教育と矯正、宗教、暗示、催眠、洗脳、統制、強制、・・・・・・・・・・・奴隷

これらは、“誰かの働きかけによって他者を意図した方向へ誘導し得る行為”という意味に於いて同質です。
辞書によると【教育】とは“他人に対して意図的な働きかけを行うことによって,その人を[望ましい方向]へ変化させること”であり、誤るとそれは【奴隷】(人間としての権利・自由を認められず,他人の所有物として取り扱われる人)扱いと変わりありません。

【強制】から、愛や尊敬は生まれない。
愛や尊敬を求めるなら、まずあなた自身がそれに値する徳を備えなければならない。



We don't need no education
教育なんていらない
We don't need no thought control
洗脳なんて、いらない

一つの価値しか認めない働きかけは、公教育ではない。



「ザ・ハピエスト・デイズ・オブ・アワ・ライヴズ~アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」

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