I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「ベイビーズ・イン・ブラック」ビートルズ

2017.04.14

category : Beatles & Solo

Beatles - Babys In Black1 Beatles - Babys In Black2


The Beatles - Baby's In Black (1964年)



~ポール・マッカートニー日本武道館公演~

2015年4月の『Out There! Tour』から2年ぶりに、ポール・マッカートニーが日本へ帰ってきます♪
今回のポールの来日というと、昨年大晦日の第67回NHK紅白歌合戦に彼が映像で出演し“2017年、日本に行くからね”というサプライズ・メッセージを発表したことが日本中の話題となりましたが、追加となった4月25日(火)の日本武道館公演もポール本人のサプライズとして3月9日に届けられたものでした。



前回の武道館公演当時、本ブログでは“1966年のビートルズ公演のセット・リストの再現”を期待し「I'm down」(過去ログ)を特集しましたが、フタを開けてみると意外にも“当時の再現”に対するポールのこだわりはなかったようで、残念ながら通常の『Out There! Tour』のセット・リスト(「ペイパーバック・ライター」(過去ログ)と「イエスタデイ」が該当)以外にビートルズ公演で演奏された曲はありませんでした。

しかし、本ブログでは性懲りもなく2017年武道館公演直前特集として、ビートルズ公演のセット・リストの1曲「Baby's In Black」をご紹介いたします!



~概要~

「ベイビーズ・イン・ブラック」は1964年12月4日に発売された4枚目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ビートルズ・フォー・セール(Beatles for Sale)』の収録曲です。
本作はビートルズのアルバムの中ではカバー曲も多く一般的に地味なイメージがある作品ですが、当ブログではこれまで「Eight Days a Week」や「Mr. Moonlight」、「Rock and Roll Music」の3曲を取り上げており、こうしてみるとなかなかインパクトのあるナンバーが揃っていると思いませんか?

レノン=マッカートニー作品はその名に反し実はどちらか一方だけによる創作が多いですが、「抱きしめたい」(過去ログ)などジョンとポールが終始2人でヴォーカルを分け合うものは本当の共作(貢献度が同等)の場合が多く、2人で歌い通す「Baby's In Black」は数少ない“リアル Lennon–McCartney”の一つです。
あまりロックっぽくない6/8拍子の楽曲をジョンとポールが同時に1本のマイクでヴォーカル録音した臨場感あるハーモニーが全体に豊かな色彩を添えており、どちらがメインのメロディーかの問いに対し、ポールは“どちらもメインさ”と答えています。

「Baby's In Black」はシングル・カットこそなかったものの、アルバム・リリース後1965年6月のヨーロッパ・ツアーからビートルズ最後の公演となる1966年8月29日のサンフランシスコ・キャンドルスティック・パークでのコンサートまで演奏され続けたセットリスト曲で、もちろん日本公演でも披露されました。
その間1965年にアメリカのハリウッド・ボウルで演奏されたライブ音源は1996年にアンソロジー・プロジェクトの一環としてリリースされたマキシ・シングル「Real Love」や、ビートルズ唯一の公式ライブ・アルバム『The Beatles at the Hollywood Bowl』が2016年に初CD化された際のボーナス・トラックに収録されています。



 
 



~Lyrics~

Oh dear, what can I do?
あぁ…一体、どうすればいいっていうの?
Baby's in black and I'm feeling blue
愛しい君は黒い服、僕の心はブルーなんて

【black】と【blue】の対比が効いています。
でも、彼女はなぜ黒を着るのでしょう…。

黒は重厚感や高級感、存在感があり、強さや神秘性を与える色のイメージ効果があります。
反面、無彩で光を反射せず色を吸収・遮断するので、絶望・孤独・恐怖など暗い(マイナスの)気持ちの象徴です。


She thinks of him and so she dresses in black
アイツのことで頭がいっぱいで、君は黒を纏(まと)う
And though he'll never come back, she's dressed in black
決して戻っては来ないのに、黒を纏う

彼女は「恋の奴隷」に? 
“あなた好みの女”になるため、黒を纏うというのでしょうか…。

確かに黒を纏った女性は“ミステリアス&セクシー”なイメージで、それを望む男性も多いでしょう。
でも、彼が決して戻っては来ないのに着続ける理由とは?



~Epilogue~

「Baby's In Black」は、ビートルズに纏(まつ)わる一人の女性がモデルになっているといわれます。
ジョンが美術を学んだリヴァプール・カレッジ・オブ・アートの親友で、1960年ごろビートルズのベーシストとして一時在籍したスチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)という人がいますが、彼の当時のガール・フレンドだったアストリッド・キルヒヘル(Astrid Kirchherr)です《写真》。

二人はビートルズのハンブルク巡業で出逢い、恋に落ちます(アストリッドはドイツ人)。
程なくスチュアートは単身ドイツに残り画家を志し、アストリッドと婚約することになりますが、1962年4月10日に脳出血のため21歳の若さで亡くなってしまいました。

I think of her, but she thinks only of him
僕は君で頭がいっぱいなのに、君はアイツのことばかり
And though it's only a whim, she thinks of him
ただの気まぐれなのに、アイツのことばかり…


しかしアストリッドがビートルズに与えた影響は、「Baby's In Black」だけではありません。
彼女はファッションやデザインに鋭い感覚の持ち主で、彼女が恋人であるスチュアートに施した[moptop]の髪型や彼に着せた[round neck]のジャケットは後に【マッシュルーム・カット】【襟なしスーツ】としてビートルズのヴィジュアル・イメージに大いに貢献した、というのがファンの間での定説となっています。
ただし、アストリッド本人によると[moptop]は当時既にドイツの男の子の間で流行しており、その髪型を大いに気に入ったスチュアートが彼女にカットしてもらったのが実情で、[round neck]のジャケットも彼女の洋服を借りて彼がステージで着用したのが始まりだったそうです。
これに対し、当時革ジャン&リーゼント(いわゆる典型的な不良スタイル)がトレードマークだったビートルズのメンバーは、そんなスチュアートのスタイルを“ママのジャケット”とからかったといいます。

彼女がもたらしたものはそれに止まらず、当時アストリッドは写真家の卵でハンブルク時代のビートルズを被写体として多く撮影していますが、彼女の写し出すモノクロの“half shadow(半影)”スタイルが斬新で、それを大いに気に入っていたビートルズは2ndアルバム『With the Beatles』のアルバム・ジャケットにこの手法を用いました(撮影はロバート・フリーマン)。
また、『With the Beatles』と並びアート・デザインとして人気のビートルズの7thアルバム『Revolver』のジャケット・デザインを手掛けたクラウス・フォアマン(後にマンフレッド・マンのベーシスト)も、アストリッドとの縁によるものです(彼女の元恋人)。

Beatles - Babys In Black3 Beatles - Babys In Black4 Beatles - Babys In Black5


23歳の女性にとって婚約者と死別することは、それを経験したことのない者の想像など決して及ばぬ辛い悲しみであることでしょう。
しかし、同じく“唯一無二”の親友を失ったジョンはアストリッドに対し“生きるか死ぬかはっきりしろ、悩む余地なんてないだろ?”と声を掛けたといいます。
かなり際どい言い回しですが、“生きなきゃならないのだから、前を見ろ”という彼なりの叱咤激励でした。

斯(か)くしてジョンの“愛のムチ”が功を奏したかは定かではありませんがアストリッドはその悲しみを乗り越え、スチュアートの死から5年後(1967年)にビートルズのライバルだったロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズでリンゴ・スターの後任ドラマーとなったGibson Kempと結婚を果たしました。

アストリッドはビートルズとの関係を、こう振り返っています…
“私が彼らと築いた最も大切なもの、それは[友情]です。”



「ベイビーズ・イン・ブラック」

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「ドント・ノー・ホワイ」ノラ・ジョーンズ

2017.04.07

category : Norah Jones

Norah Jones - Dont Know Why1 Norah Jones - Dont Know Why2


Norah Jones - Don't Know Why (2002年)



~ノラ・ジョーンズ、4年半ぶりの来日公演~

21世紀を代表する“癒しの歌姫”、ノラ・ジョーンズの日本公演が4/9からスタートいたしました(~4/21)!
昨年10月、ノラは自身6枚目となるオリジナル・アルバム『Day Breaks』をリリースしており、今回の来日はその『Daybreaks World Tour』の一環です。

ノラはこのアルバムでデビュー以来、実に15年ぶりに原点であるジャズとピアノ弾き語りのスタイルに回帰したことが話題を呼んでいますが、近年の彼女にとっては最愛のパートナーと2つの小さな生命を授かったことも大きな原動力になっています。
結婚や出産という大きな人生経験を重ねて熟成された「Don't Know Why」も、楽しみですね♪





~概要~

「ドント・ノー・ホワイ」はノラ・ジョーンズ2002年のデビュー・アルバム『ノラ・ジョーンズ(Come away with me)』の収録曲で、2ndシングルとしてBillboard Hot 100の30位(2003年の97位)を記録した作品です。
ノラ・ジョーンズというと日本でもファンが多く、デビューから全米No.1が当たり前のイメージがありますがそれはアルバムに於いてであり、これまでHot 100でTop 40に入ったのは本曲のみという意外な側面もあります。

ノラ・ジョーンズの代表曲であり、彼女はシンガー・ソングライターでもあることから「Don't Know Why」はノラが作曲したものと思いがちですが実はカバーで、作者はジェシー・ハリス(Jesse Harris)という“男性”です(アメリカのシンガー・ソングライター)。
「Don't Know Why」はジェシー・ハリスが1999年に自身のアルバム『Jesse Harris and the Ferdinandos』で発表した作品で、そこに学業(北テキサス大学でジャズ・ピアノを専攻)よりニューヨークのソングライターたちとのセッションに刺激を受け、そこに入り浸るようになっていたノラが意気投合し彼のバンドに参加するようになりました。
それがきっかっけでノラが歌うようになった一つが「Don't Know Why」で、その歌声に惚れ込んだブルーノート・レーベル社長ブルース・ランドヴァル(Bruce Lundvall)直々の引きで、2001年1月には契約を交わすに至っています。

圧巻は第45回グラミー賞(2003年)で、『Come away with me』の創作により8部門ノミネートで8部門受賞、うちノラが主要3部門を含む5部門を受賞、曲目「Don't Know Why」は“最優秀レコード賞(Record of the Year)”と“最優秀楽曲賞(Song of the Year)”、最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス賞(Best Female Pop Vocal Performance)の3部門を受賞しました!
グラミー8冠はマイケル・ジャクソンの『スリラー』と同規模であり、この年の主要4部門独占したことを考え合わせれば本作が史上稀にみる快挙であったことは疑いありません。
(※主要4部門独占のうち最優秀楽曲賞は作者ジェシー・ハリスに対してであり、アーティスト自身が全て獲得しての主要4部門独占は、現在も1981年のクリストファー・クロスのみです)


それ以外のエピソードとして、アメリカの子ども向けテレビ教育番組『セサミストリート(SESAME STREET)』はご存知の方も多いと思いますが、アルファベットの文字“Y(ワイ)”がいなくなってしまった寂しさをノラ・ジョーンズが「Don't Know Why」の替え歌として番組の名物マペット“エルモ(Elmo)”と歌うシーンがあります。
公式日本語字幕版も公開されているので、ぜひお楽しみください♪

また、ノラに負けない透明感が魅力の日本の原田知世も近年(2015年)カバー・アルバム『恋愛小説』の中で本曲をカバーしており、ここではオリジナルの作者ジェシー・ハリスとのデュエットを実現させています!


 
 



~Lyrics~

When I saw the break of day
夜明けを見届けたとき
I wished that I could fly away
このまま、飛んでゆけたらと思った

【fly away(飛び去る・飛び立つ)】というと、今回ふと「気球にのってどこまでも」を思い出しました。
空を飛べない私たち人間にとって大空を舞うことは永遠の憧れであり、その純粋な想いを描いたこの曲は子どもたちの清らかな歌声が良く似合います。

でもこのラインに続くセンテンスに綴られているとおり、大人になると“別の意味”で飛び去りたくなることも…?


Out across the endless sea
終わりない海の向こう
I would die in ecstasy
恍惚の中、人生を終えるつもりだったけれど

鳥は、なぜ渡るのか…
一般には、食料や繁殖の事情、冬の寒さを逃れるためと言われますが、つまり飛び立った先には“より良い環境”が想定されるが故です。
でも人間って、“渡り鳥”でしたっけ…? 


I waited 'til I saw the sun
お日さまにあうまで、待っていた
I don't know why I didn't come
でも、どうして私は行かなかったのだろう…

冒頭のこのライン、主人公はなぜ太陽を待っていたのでしょう…
【the sun】はそのまま“太陽”と捉えて不都合はありませんが、“何かの象徴”と仮定するなら、これは単なる情景描写ではなく、主人公にとって非常に大きな意味を指し示しているようにも思えてきます。

例えば、太陽は多くの生物の活動にとって欠かせぬものであり、【saw the sun】によってそれは始まります。
主人公にとっても、それは静から動へと転じる“転機の瞬間”を意味するものであったとしたら…? 



~Epilogue~

タイトルにもなっている【(I) don't know why】は、歌詞中では【I didn't come】についての言及となっています。
どうやら“なぜ自分は~しなかったのかわからない”が主題となっていることは理解できますが、その不明の対象である【come】がなかなかクセ者で、素直に適用すると“なぜ自分は来なかったのかわからない”と文章として不自然で、何だかモヤモヤした気分になるでしょう。
ただ、【come】という言葉に内包されている意味を掘り下げてみると、その隠されたメッセージに近づくことができるような気もします。

【come】は[go(行く)]の範囲を限定した言葉であり、わざわざ行き先を補足しなくても通常は“動作者が話し手のいる方へ近づく(=来る)”意味が含まれます。
しかし話し手自身が動作者でもある場合“自分が自分に近づく”矛盾が生じてしまい、これをそのまま適用することができません。
ただし、これが話し手の心理的視点が相手の所にある場合主体は入れ替わって“話し手が相手のいる方へ近づく(=行く)”と解釈することが可能で、この歌の【I didn't come】も、そうした解釈をすることができそうです。


主人公は【die in ecstasy(恍惚の中、人生を終える)】ことを夢みて大切な人を【the house of fun(楽しみの家)】に置き去りにしてしまったものの、それが一時の迷いであったことにすぐ気づき、【come(あなたの所へ戻りたい)】と願う。
…とはいえ、身勝手をした自分からそれを口にすることもできず【Driving down the road alone(このまま一人、道を下ってゆくだろう)】と自分に言い聞かせた。
だけど…

My heart is drenched in wine
どれほど心にワインを浸しても
But you'll be on my mind
胸の中には、あなたがいる

…ロックより、ジャズの方が“大人の味”がします。 



「ドント・ノー・ホワイ」

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「ホワット・イット・テイクス」エアロスミス

2017.03.31

category : Aerosmith

Aerosmith - What It Takes1 Aerosmith - What It Takes2


Aerosmith - What It Takes (1989年)



~スティーヴン・タイラー、初のソロ公演~

世界的なロック・バンド“Aerosmith”のヴォーカリスト、スティーヴン・タイラーがその長いキャリアで初となるソロでの単独公演を日本で行います(4/8、4/11)。
“現役3大ロック・スター”といっていいポール・マッカートニーやミック・ジャガー、エリック・クラプトンから比べると少し若いものの、それでも3月26日に69歳を迎えたスティーヴン。
昨年(7月)はエアロスミスの盟友ジョー・ペリーがジョニー・デップやアリス・クーパーらとのユニット“Hollywood Vampires”のコンサート中に倒れ、地元の病院に搬送されたというニュースが世界に衝撃を与えました(当初は心停止と伝えられたものの、脱水症と疲労が原因だった)。

いつまでも日本を忘れず現役で来日してくれるのはうれしいことですが、“このクラス”になるとまず無事に公演が遂げられることを何より願ってしまう…。
(2014年のポールの日本公演直前での緊急入院騒ぎもあるし)



~概要~

「ホワット・イット・テイクス」はエアロスミス1989年の10thアルバム『パンプ(PUMP)』の収録曲で、3rdシングルとしてBillboard Hot 100の9位(1990年の91位)まで上昇しました。
エアロスミスといえば1998年の映画『アルマゲドン』の主題歌「I Don't Want to Miss a Thing」が特に有名ですが本曲もそうした切ないテイストのバラードで、スティーヴン&ジョーに加えてバンド外のソングライター、デスモンド・チャイルドが共作者として参加しています。
デスモンド・チャイルドは前作『Permanent Vacation』で「Dude (Looks Like a Lady)」や「Angel」の作曲に携わった人であり、本作でも複数楽曲を提供するなどエアロスミス復活の立役者の一人です。
また、同じころ彼はアリス・クーパーの『Trush』のプロデュースを担当しており、その縁からかブラッド・ウィットフォード以外の4人のメンバーもそのアルバムのレコーディングに参加しています。

アコーディオンやビートルズの「A Day in the Life」風のピアノ、アコースティック・ギターなどをフィーチャーしたハード・ロック・バンドらしからぬソフト・サウンドであり、ライブではスティーヴンがアカペラで歌い始める演出もなされてきた作品です。
こうした情感たっぷりでありながらの爽やかテイストは“エアロスミス史上最高のバラード”とファンからの評価も高く、日本の人気ロック・ユニットB'zも1991年のアルバム『IN THE LIFE』で“アメリカのロック・バンドを意識した(稲葉)”というロック・バラード「憂いのGYPSY」を発表し話題を呼びましたが、その“影響力”の大きさを感じさせます。
しかしB'zほど明白ではないものの、Mr.Childrenの「終わりなき旅」や「Everything (It's you)」にも“同じ系譜”が垣間見えるように、エアロスミスが「What It Takes」で確立したスタイルが1990年代J-Rock全盛の雛型の一つであったと言っても過言ではないのでしょう。


ミュージックビデオは2種類あって、一つはテキサス州ダラスにあるカントリー・ダンス・ホール『Longhorn Ballroom』で撮影された映像で、これは今回のメイン動画に掲載いたしました。
もう一つはアルバム『パンプ』の制作過程を撮影したビデオ作品『The Making of Pump』に収録された映像で、こちらは本項に紹介いたします。

 



~Lyrics~

Girl, before I met you I was F.I.N.E. Fine
おまえに出逢うまで、こんなんじゃなかった
but your love made me a prisoner, yeah my heart's been doing time
おまえの愛が俺を虜にし、心は囚われたまま

実はここでの[F.I.N.E.]は本作『パンプ』収録の「F.I.N.E.」という曲に引っ掛けており、[heart's been doing time]も前作『パーマネント・ヴァケイション』の「Heart's Done Time」との関連によるものと考えられます。
また、この部分以外にも[leave your life to the toss of the dice]は『パンプ』の「Love in an Elevator」の歌詞に関連させています。

こういう“お遊び”を見つけるのも、ファンにとっては楽しいものです ♪


It was easy to keep all your lies in disguise
おまえにとって嘘を装うなど、いと容易いこと
'Cause you had me in deep with the devil in your eyes
だって、その瞳の中の悪魔に魅入られた男が相手なのだから

【催眠】は“意識レベルから批判能力を除外する潜在意識レベルに誘導すること”ともいわれるそうですが、この場合もそれと似ているのかもしれません。
つまり元々“特定の願望”を潜在意識に持っている人は常にその願望を叶えたいと思っているわけで、その気持ちが強いほどそれを実現させる(あるいはその可能性を信じられる)外的刺激に誘導され易いというわけです。

 …まぁオレたちの世界じゃ、常識だけどね?


You spent me up like money,
おまえは銭金のように俺を浪費し
then you hung me out to dry
干上がらせた

【money】の喩え…
…だからといって、干上がらせてはいけませんね!?
お金の使い方の表現に消費・投資・浪費がありますが、簡単に図式化すると[消費]は支払=効果、[投資]は支払<効果、[浪費]は支払>効果、といった概念でしょうか…。
でも、どんなお金持ちも浪費ばかりではいつか破産するように、愛情も浪費ばかりではやがて破綻を来します。

そんなふうに求めてばっかりじゃ…”って、JUDY AND MARYも言ってるし? 



~Epilogue~

「I Don't Want to Miss a Thing」と並び、
エアロスミスの最高傑作バラードの一つに数えられる「What It Takes」…

「I Don't Want to Miss a Thing」は、本来“目の前の君があまりに愛おしくて、一瞬たりとも目を離したくない”という微笑ましいラブ・ソングですが、どうしても映画『アルマゲドン』で娘の命を守るために自ら死地へと赴く父(ブルース・ウィリス)の心情と重なってしまうため、究極的な切なさを覚えてしまいます。


Tell me what it takes to let you go
おまえを忘れるために、どうすればいい?
Tell me how the pain's supposed to go
この胸の痛みを消し去るため、どうすれば…

一方、「What It Takes」は“別れた君があまりに愛おしくて、一瞬たりとも心から離れない”切なさでしょうか…。
その苦しさから逃れるため、【what it takes(何が必要?)】と問い掛けているわけです。

ある者は、“飲んで、飲んで、飲みつぶれて寝むるまで飲んで”
またある者は、“泣いて、泣いて、泣きつかれて寝むるまで泣いて”…(河島英五「酒と泪と男と女」

 …あなたは、どっち派? 

また、『好きだった人を忘れるために有効な手段』(NTTドコモ「みんなの声」)についてのアンケートによると1位は“次の恋をする”(10682票)、2位は“連絡先を削除”(3172票)、3位は“忙しくする”(2775票)という結果で、“思いっきり泣く”は4位でした(ただし“酒を飲む”は圏外で、有効な手段ではない?)。

この結果を大別すると凡そ相手との“物理的接触を断つ”こと、“思い出す機会を断つ”ことが有効なようで、
つまり本気で忘れたいならこの2つを断つことが必要と考えられますが…


Tell me that my lovin' didn't mean that much
俺の愛など、大した意味もなかったと
Tell me you ain't dyin' when you're cryin' for me
たとえ俺のために涙することがあろうと、死ぬほどの苦しみもないと言っておくれ…

ナンダカ、彼は一筋縄ではいかなそう…? 



「ホワット・イット・テイクス」

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「ジョニー・B.グッド」チャック・ベリー

2017.03.24

category : ~1960年代

Chuck Berry - Johnny B Goode1 Chuck Berry - Johnny B Goode2


Chuck Berry - Johnny B. Goode (1958年)



~Charles Edward Anderson Berry 1926-2017 R.I.P.~

ビートルズやローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズをはじめ多くのミュージシャンに多大な影響を及ぼしたアメリカのロックン・ローラー/ギタリスト、チャック・ベリーが3月18日に亡くなりました(享年90)。
彼の遺したものの大きさは、その訃報を受けたポール・マッカートニーの“one of rock 'n' roll's greatest poets”、リンゴ・スター“Mr. rock 'n' roll music”、ブライアン・ウィルソン“a big inspiration!”、ロッド・スチュワート“It started with Chuck Berry.”、キース・リチャーズ“One of my big lights”…という追悼の言葉が物語っています。

また、ツアー中のジーン・シモンズとボン・ジョヴィは、それぞれの公演でチャックの代表曲の一つ「Johnny B. Goode」をパフォーマンスし、彼の冥福を祈りました。

 



~概要~

「ジョニー・B.グッド」はチャック・ベリー1958年のシングルでBillboard Hot 100の8位を記録、翌年3rdアルバム『Chuck Berry Is on Top』に収録された作品です。
作詞・作曲はチャック自身、彼の創作を代表するキャラクターとなった本作の主人公ジョニー・B.グッドは「Bye Bye Johnny」(ローリング・ストーンズもカバー)、「Go Go Go」、「Johnny B. Blues」といったほかの作品にも登場しています。

一方、ロックン・ロールを象徴するギター・フレーズとして多くのミュージシャンに引用されたイントロはチャックの創作ではなく、ジャンプ・ブルースを代表する歌手ルイ・ジョーダン(Louis Jordan)1946年の曲「Ain't That Just Like a Woman (They'll Do It Every Time)」でギターを弾いた Carl Hogan のコピーといわれています。

本作はローリング・ストーン誌“500 Greatest Songs of All Time”7位、同誌“100 Greatest Guitar Songs of All Time”1位にも選ばれるロックン・ロールのスタンダード・ナンバーの一つであり、エルヴィス・プレスリーやビーチ・ボーイズ、ジミ・ヘンドリックス、AC/DC、プリンスなどロック界を代表するスターたちがカバーしています。
ジョン・レノンが“ロックン・ロールに別名を与えるとすれば‘Chuck Berry’だ”と言及するほど彼を敬愛して止まないビートルズは彼の「Roll Over Beethoven」や「Rock & Roll Music」(過去ログ)を正式にレコーディングしているものの、「Johnny B. Goode」はそれが為されてはおりません。
ただし1960年代前半にBBCラジオで定期的に行っていたスタジオ・ライブでこれを披露しており(ヴォーカルはジョン)、この音源は1994年に発売された『Live at the BBC』に収録、またジョンは後年アメリカの人気トーク番組『マイク・ダグラス ショー』で憧れのチャックとの共演が実現しています。


そして、多くの人にとって「Johnny B. Goode」の魅力を再認識させられたのがマイケル・J・フォックス主演の1985年の映画『Back to the Future』ではなかったでしょうか?
ここではチャックのバージョンを背景に流すのではなく主人公マーティがダンス・パーティで歌唱する形が採られていますが、マイケル・J・フォックスのパフォーマンスが圧巻で、このシーンで本曲を知り、好きになった方も少なくないはずです(ただし実際の歌とギター音源はポール・ハンセンという人のもの)。

また、この映画はマーティが1985年から1955年にタイムスリップするというストーリーとなっていますが、創作と現実を巧みに織り混ぜた“小ネタ”が秀逸です。
1955年は現実にチャックが「ジョニー・B.グッド」を発表する3年前という設定であり、劇中では未来からやって来たマーティが歌うこの曲に閃きを覚えたマーヴィン・ベリーというギタリストが従兄弟のチャック・ベリーに演奏の模様を電話で生中継するシーンが組み込まれており、“「ジョニー・B.グッド」はマーティの歌からチャックにもたらされた”というジョークとなっています。

加えてここでマーティはチャックの代名詞でもある“ダックウォーク”のパフォーマンスを披露していますが、調子に乗った彼はベンチャーズのクロマティック・ラン奏法(テケテケ)やピート・タウンゼントのウインドミル奏法、ジミ・ヘンドリックスの背面弾き、エドワード・ヴァン・ヘイレンのライトハンド奏法、果ては機材を破壊する未来の過激なパフォーマンスにまで発展させてしまい、会場全体の冷たい視線を浴びてしまうことになります。
その場を後にする彼が放つ“みんなにはちょっと早かった。君たちの子供は気に入るよ”の捨てゼリフは、日本人にとっては植木等の“お呼びでない?お呼びでないね…”を思い起こさせる親しみ易いオチではないでしょうか…? 

 
 




~Lyrics~

Deep down in Louisiana close to New Orleans,
ルイジアナをずっと南に下り、ニュー・オーリンズの程近く
Way back up in the woods among the evergreens
枯れることもない緑の森へと道を遡ると

ルイジアナ(州)とかニュー・オーリンズ(都市)といわれてもピンとこない方も多いと思いますが、【evergreen(常緑樹)】が物語るようにアメリカ南部・メキシコ湾に面した温暖で水が豊かである一方で標高が低く、有名な2005年の“ハリケーン・カトリーナ”上陸の際は1,500人以上の死者を出しました。
また、ニューオーリンズは“ジャズの発祥地”とされ、ジャズ以外にもさまざまな音楽が息づいている土地柄です。


There stood a log cabin made of earth and wood,
土と丸太の掘っ建て小屋があって
Where lived a country boy named Johnny B. Goode
ジョニー・B・グッドってカントリー・ボーイが住んでいる

“【log cabin(丸太小屋)】に土?”と疑問に思い確認のため調べてみたのですが、確かに土も使うようです。
丸太小屋はアメリカでは開拓精神の象徴で、その建築法を新大陸に伝えたのはスウェーデン人でした。
私は丸太だけで組み立てると思い込んでいましたが、木材の隙間を埋めるために泥や木屑などを用いたりするそうです。

日本では[ログハウス(log house)]の名称が一般的ですが、英語ではより小さなものを【log cabin】として区別されており、ジョニーの暮らしぶりが詳しく伝わってきます…。


Oh, the engineers would see him sitting in the shade,
機関士たちにとっても、それはいつもの光景
Strumming with the rhythm that the drivers made.
機関車との“リズムの協奏”に

【driver】というと運転手が一般的ですが、ここは“(車・列車などの)駆動輪”を想像しました。
【strum】は“軽くかき鳴らす”という意味で、ジョニーがギターの名手になれた背景にはこうした日々の“機関車相手の猛特訓”があったからなのかもしれませんね? 

先に“ニュー・オーリンズは音楽の町”ということをご紹介しましたが、このように日常何気ない生活の音一つひとつが音楽に繋がっているとしたら、当地に暮らす人々の音楽への“おおらかな愛着”を伝えているようで、とても素敵なフレーズに思えました。



~Epilogue~

チャック・ベリーはミズーリ州セントルイス生まれで両親は建設請負業と教師という中流家庭に育ち、美容・理容の資格を取得するなど学歴に相違点はあるものの、「ジョニー・B.グッド」はチャックの人生の断片を織り交ぜた創作であるといわれています。
彼は1953年にジャズ・ピアニストのジョニー・ジョンソン(Johnnie Johnson)率いるバンドに加入していますが、タイトルの一部である【Johnny】は彼に由来するもので、ちなみに後年ジョニー・ジョンソンは自ら「Johnnie B. Bad」という作品を発表しました。
また、それに続く【B.】は自身の[Berry]、【Goode】はチャックが実際に住んでいたセントルイスの通り[2520 Goode Avenue]から採られているそうです。


それから、間もなく60年…
チャックに憧れロックの世界に足を踏み入れたポール・マッカートニーやミック・ジャガーが70代半ばにして今も世界を駆け巡り、そして90歳のチャック自身も今年6月16日にニュー・アルバム『CHUCK』のリリースを控え、新曲「Big Boys」の音源を公開しており、ここでの彼のギターと歌声はとても90歳とは思えません!

「ジョニー・B.グッド」が“今これからの少年”を主人公としていたように、当初ロックは若者の夢と希望を代弁するものでしたが、[創造者]であるチャック自らが更なる道を拓いてくれたことによりロックは“90歳でも現役でいられる”ことが証明されました。
時代は変わり、移ろうのがその宿命であるとはいえ、それは同時に古い時代の常識を打ち破る“新たな可能性”をもたらすものでもあります。
それは、私たちが少年の日に芽生えさせた夢を90歳になっても抱き続けることができるという希望であり、また難病・パーキンソン病を患ったマイケル・J・フォックスを再びステージに甦らせることでもあるのです。


Go, Johnny, go, go...
Johnny B. Goode

この作品は、そんなあなたへの応援歌
あの日芽生えた夢を、いつまでも大切に…




「ジョニー・B.グッド」

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「レディオ・ガ・ガ」クイーン

2017.03.17

category : Queen

Queen - Radio Ga Ga1 Queen - Radio Ga Ga2


Queen - Radio Ga Ga (1984年)



~3月22日は“放送記念日”~

3月22日は、1925年(大正14年)にNHKラジオ第1放送がラジオの仮放送を開始した“放送記念日”。
携帯端末でテレビが見ることができる今日、ラジオというと少し時代遅れな情報媒体のイメージさえありますが、あなたは“ラジオがどのような仕組みで音声という情報を運んでいるか”ご存知でしょうか?

 “そんなの考えたこともないョ…”

…そう呟いたのは、カレだけ? 


~概要~

「レディオ・ガ・ガ」はクイーン1984年の11thアルバム『ザ・ワークス(The Works)』からの1stシングルでアメリカBillboard Hot 100で16位、イギリスで2位、そして世界19カ国でNo.1を獲得する世界的大ヒットとなった作品です。
フレディ・マーキュリーが歌うこの曲の作者はメンバーのロジャー・テイラー(Dr)で、これが彼の記念すべき初ヒット・シングルとなりました。
1980年にシンセサイザーを導入したクイーンにとってもはやこの便利な機材は無くてはならないものとなっており、ロジャーもRoland Jupiter-8とドラムマシンを使って作曲したそうです。
当時はメンバーがそれぞれソロ作品を試みていた時期でもあり、当初ロジャーは自身のソロ用にと「Radio Ga Ga」の創作を始めましたが、これを聴いたメンバーは大ヒットを予感しジョン・ディーコンはベースラインを、フレディ・マーキュリーはトラックを再構成し歌詞やハーモニーに手を加えクイーンの作品として完成させました。

MTV Video Music Awardにノミネートされたプロモーション・ビデオを制作したのはデヴィッド・ボウイやAC/DCの一連の映像で有名なデヴィッド・マレット(David Mallet)で、彼はQueen & Davidの「Under Pressure」やクイーンの「Bicycle Race」、フレディの「I Was Born to Love You」も手掛けた人。
このビデオで特徴的なのは1927年のドイツのSFモノクロ・サイレント映画『メトロポリス(Metropolis)』を編集していることですが、これはマレットが普通のバンド演奏シーンによる内容とは違う映像を構想していた折、フレディからメトロポリスのコンセプトの提案があったことによります。
これには、同年に映画音楽の巨匠ジョルジオ・モロダーが無声である1927年の『メトロポリス』に自らが作曲したロック調の音楽を編集した映画を制作したこと、そのサウンドトラックにフレディが「Love Kills」という曲で参加したことが関係しているようです。

もう一つ、このPVの特徴として挙げられるのは“サビのフレーズで拳を高く掲げ、群衆と一体となって合唱・拍手するパフォーマンス”です。
ロジャーによるとこのパフォーマンスは“映画メトロポリスに登場する労働者たちの心のコントロールを描写するもの”でしたが、一部の音楽評論家から“極めてファシズム的”と批判されました。
しかし翌年のLIVE AIDでクイーンは観衆と一体となってこのパフォーマンスを再現し他を圧倒する支持を獲得したことで、以来彼らのライブでは欠かせない“お約束”となっています。
(ただし病状の悪化により、フレディが演じたのは1986年の『マジック・ツアー』が最後)

 
 



~Lyrics~

I'd sit alone and watch your light
一人じっと座り、その光源を見つめ続けたあの頃…
My only friend through teenage nights
十代の夜、君は僕のたった一人の友だった

この時代のティーンエイジャーの夜の過ごし方というと、居間で歌番組やドラマを見た後、自室でマンガやラジオを楽しむ…といった流れが典型だったのではないでしょうか?
でも各自がインターネットやテレビ、ゲーム、音楽に接続できるパソコンやモバイルを常に所持している現代のティーンエイジャーはどうなのだろう…
ラジオが友だちより人間の友だちの方が良いとはいえ、帰宅してからも同じ友だちとの繋がりを確かめ合わねばならないとしたら、ちょっと息苦しいかも?

一人ゆったりラジオと気のおけない時間を過ごしたあの頃…。


You gave them all those old time stars
古い時代のスターたちのことや
Through wars of worlds invaded by Mars
火星人襲来による世界戦争

このラインは、2005年にもスティーヴン・スピルバーグ&トム・クルーズでリメイクしたことでも話題を呼んだH・G・ウェルズ原作の『宇宙戦争(The War of the Worlds/1898年)』を言及していると思われ、同作品は1938年にアメリカで“ラジオ・ドラマ”としても放送されました。

この物語は火星人が地球を侵略するSF(サイエンス・フィクション)ですが、それを知らずラジオを聴いた多くのリスナーが現実のニュースと勘違いしパニックを起こす騒ぎがあったそうです。
この事件がきっかけとなりラジオでフィクションを放送する際に一定の規制を課す法律が制定されましたが、一説によると当時“新メディア”であったラジオの台頭に危機感を抱いた新聞各社が事態を煽り立てて騒ぎを大きくしたとか、しないとか…?


All we hear is Radio ga ga
ラジオが“ga ga...”って叫んでる
Radio goo goo
“goo goo...”って魅惑してる

【Lady Gaga】の名前の由来となった、あまりに有名な一節。
レディー・ガガは本名;[Stefani Joanne Angelina Germanotta]といいますが、デビュー・アルバムのプロデューサー、ロブ・フサーリが彼女の声のスタイルをフレディ・マーキュリーに準え、彼女をスタジオに迎える際の入場曲として「Radio Ga Ga」を歌い、それをメールで「Lady Gaga」とミスして送ったところ彼女が大いに気に入り、以来その名前を名乗るようになったそうです。

ちなみに「Radio Ga Ga」の由来は作者ロジャー・テイラーの幼い息子さんがラジオを聴いていて【Radio caca】と言ったことにあります。
それを[caca(うんち)]じゃマズいからと、ロジャーが【gaga(夢中になった)】に変更したのが「Radio Ga Ga」でした。
韻を踏んだ他の言葉も実はちゃんと意味があって、【goo-goo(色っぽい)】【blah-blah(などなど/おしゃべり)】…といった具合です。



~Epilogue~

新聞や雑誌、ラジオやテレビ、そしてインターネット…
私たちは日頃、さまざまな媒体を通して実に多くの情報を得ています。
新聞はローマ帝国や中国の唐時代、ラジオ放送は1920年(アメリカ)、テレビ放送は1935年(ドイツ)、インターネットは1990年代前半(一般利用)にサービスが始まり、古いメディアは新しいメディアに領域を奪われながらもこれまで何とか共存を遂げてきました。

今回の主役であるラジオは、当時既存の新聞に比べ“無線の電波により遠方まで音波を運ぶ”という点で極めて革新的なメディアでした。
そもそも電波と音波はそれぞれ性質や周波数がまったく異なっており、これを組み合わせるために生み出された変調方法こそお馴染みのAM(Amplitude Modulation;振幅変調)やFM(Frequency Modulation;周波数変調)で、今ではやや時代遅れの感があるこの方法も、改めて考えてみると日進月歩の科学技術の世界の中で100年経っても使われ続けているのですから、むしろ凄いとさえ思えます。

「Radio Ga Ga」はもう30年以上前の作品ですが、本作が言及しているとおりこの時点で既にラジオは時代遅れを指摘されていました。
しかしこの頃音楽を聴き始めた私にとっては、まさにラジオに“gaga(夢中になった)”でした。
確かにインターネットはキーワードさえ入力すれば対象への膨大な情報へと導いてくれるし、Youtubeに接続すればすぐにでも好きな曲を聴くこともできるでしょう。

You had your time, you had the power
君は時代を築き、強い力があった
You've yet to have your finest hour
でも最も素晴らしい時を迎えるのは、まだこれからさ
Radio...

“ラジオにgaga”だった頃、私は未知なる音楽をラジオで貪(むさぼ)るように探し求めていました。
でもラジオで放送される曲は必ずしも私の好きな曲ばかりではなく、好み以外の曲にも随分と時間を費やされました。
ただ後で思うと、だからこそ元々好みの曲調だけでなく未知の領域にある“いろいろなテイスト”に触れる機会が与えられた気がするのです。
ネット検索は極めて効率が良い反面、“キーワードさえ知らないものは調べようがない”という盲点があります。
しかしラジオは他人の選曲によるため“回り道はするけれど、だからこそ思わぬ出あいがある”のがメリットなのです。

“…なぁんだ、それだけ?”と思われたかもしれませんが、それが音楽だけなら趣味の問題で済むものの、“自分の興味・知識ある分野の範囲しか知らないし、それ以外は興味もない”というネット検索特有の習性は、社会情勢に対する認識や人格形成に於いてはどうでしょう?
特に、人生で最も多くの知識や技能、人格形成を育むべき大事な成長期に“好きなものしか見ないし耳を傾けない”という習慣を身につけてしまうのは、その後の人生に悪影響を及ぼす気がします。


“急がば回れ”もいいじゃない?
人は、思わぬ出あいにこそ胸を躍らせる
ラジオは、そんな“gaga”をたくさん与えてくれる
“I Wish”も、そんな出あいを届けたい…



「レディオ・ガ・ガ」

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