I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「ウォーキング・オン・サンシャイン」カトリーナ&ザ・ウェイヴス

2017.05.12

category : 1980年代

Katrina The Waves - Walking On Sunshine1 Katrina The Waves - Walking On Sunshine2


Katrina & The Waves - Walking On Sunshine (1985年)



~心に輝く一つの太陽~

カトリーナ&ザ・ウェイヴスとかいわれて耳慣れない方も多いかもしれませんが、曲名やバンド名は知らなくても歌を聴けば思い出せることって、よくあるでしょう?

実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」は、『ザ・一発屋 2リターンズ われらが青春の日々』という企画盤CDにも収録されていた作品。
“一発屋”というカテゴリに入れられていることについて不本意に思われる方もおられるでしょうが、時代の流れと共にいずれ褪せゆく宿命にある流行文化の中に於いて、たとえ一つでも人々の心にインパクトを与えることができたというのは、考えてみればとても名誉なことです。

この時代に流行した幾つかの文化を思い出しながら、お楽しみください…。



~概要~

「ウォーキング・オン・サンシャイン」を歌っているカトリーナ・レスカニックはアメリカ人ですがお父さんの仕事の関係で1976年頃からイングランドに移住、程なくボーイフレンドのヴィンス・デ・ラ・クルーズらとバンド活動(Mama's Cookin')を始めます。
1981年頃ドラムスのアレックス・クーパーが過去に所属していた【The Waves】の中心人物だったキンバリー・リューを勧誘し、その後バンド名も【Katrina & The Waves】となりました。

1983年、彼らはLPを制作しレコード会社に売り込むも、契約してくれたのは大西洋を越えたカナダのマイナー・レーベルAttic Recordsだけでした。
同年カナダで発売されたこのデビュー・アルバムは『Walking on Sunshine』といい、タイトルからわかるように実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」はこの時初めて発表された作品です。
(このアルバムにはバングルスが1984年にカバーすることになる「Going Down to Liverpool」も収録)

更にもう1作キャリアを重ね1985年、ついにアメリカ大手キャピトル・レコードと契約、カナダ時代の2枚のアルバムから10曲を選曲しリミックスしたのがアルバム『Katrina and the Waves』でした。
もちろん「Walking on Sunshine」もこれに収録されましたが、この時点で「Going Down to Liverpool」と共に新しくレコーディングし直され、本曲は1stシングルとしてリリース、Billboard Hot 100で9位(年間75位)と大ヒットを記録しています。

しかし日本の多くの方が知る彼らの活躍は恐らくここではなく、1987年に“あの映画”の挿入曲として起用されたことではなかったでしょうか?
その映画とは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で当時世界のアイドルとなっていたマイケル・J・フォックス主演のコメディー映画『摩天楼はバラ色に(The Secret of my Success)』です。
このサウンドトラックにはナイト・レンジャー(主題歌「The Secret Of My Success」)やパット・ベネター、バナナラマなど錚々たる顔ぶれが揃っているにも拘らず、恐らく多くの人にとって最も印象的に残っている曲は「Walking on Sunshine」だったかもしれません。
(但し、本曲は『摩天楼はバラ色に』のオリジナル・サウンドトラックには収録されていない)

 



~Lyrics~

I used to think maybe you loved me,
あなたは私を好きかも…って思っていたけれど
now, baby, I'm sure
今じゃ、確信してる

『摩天楼はバラ色に』の主人公ブラントリー(マイケル・J・フォックス)は就職に困って遠い親戚のおじさんが社長を務める会社のメール・ボーイとして採用されますがある日、社内で絶世の美女クリスティ(ヘレン・スレイター)と出逢い一目惚れしてしまいます。
ブラントリーは何とか彼女とお近づきになろうとするも、何せ自分はブルーカラーの下っ端、相手は会社の重役で洟(はな)もひっかけてもらえません。
そんな彼にとっての、“起死回生”とは…? 




And I just can't wait till the day
…だからその日を待ちきれなかったの
when you knock on my door
あなたがこの扉をノックしてくれるまで

一方“待ちきれなかった”のは、美しさを持て余し気味の社長夫人。
ブラントリーが彼女の運転手に配置されると彼を気に入り、熱烈にアタック!
…あれっ、でもこの二人の関係って…!? 




I feel alive, I feel the love,
生きてる…愛してるって実感する
I feel the love that's really real
本物の愛を

「Walking on Sunshine」は、劇中ではブラントリーが社内で“二足のわらじ”を履き替え走り出した場面で使われています。
一方“私生活”でも“二刀流”が形成され始めるなど、戦士に昼も夜も休息の暇などありません。
“The Secret of My Success”は、こうした彼の弛みない努力が実を結んだ成果だったというワケです…。

…ホンマかいな? 





~Epilogue~

映画『摩天楼はバラ色に』は、大都会での成功を夢みる一人の青年が“裸一貫”から大成功を手にするサクセス・ストーリー。
その秘訣について、主題歌「The Secret of My Success」は次のように語っています。

The secret of my success is I'm living 25 hours a day
成功の秘密は、“1日に25時間生きること”

どこかで聞いたようなフレーズですが“努力”を代弁したある意味ベタな回答で、実際劇中の主人公が公私に亘って“二刀流”を繰り広げるさまは、まさに歌のとおりです。


一方、「Walking on Sunshine」の主人公は“自分は愛されている”という確信によって、心が躍っているような印象を受けます。
しかしそれに反してPVに描かれる空は“曇天”で、一人半袖で笑顔を振りまきロンドンの街を闊歩するカトリーナ以外のメンバーは厚ぼったいコートの襟を立てて、何だか寒そうです。
(それにしても、カトリーナの“アメカジ+【CONVERSE】”ファッションに心が躍る方も多いのでは? 

この点はよく指摘されるギャップですが、現実のお天気には曇りや雨、雪の日もあれば嵐の日もあります。
雨の日もあるからこそ、“人智”の大切さがあるような気がします。


Now I'm walking on sunshine, whoa
今、お陽さまの光を浴びて歩いてる...
And don't it feel good
それって、ステキじゃない?

空に輝く太陽は、お天気次第
“心の中のSunshine”は、あなた次第



「ウォーキング・オン・サンシャイン」

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「ユー・スピン・ミー・ラウンド」デッド・オア・アライヴ

2016.10.28

category : 1980年代

Dead Or Alive - You Spin Me Round1 Dead Or Alive - You Spin Me Round2


Dead Or Alive - You Spin Me Round (Like a Record) (1984年)



~急逝、ピート・バーンズ~

1980年代、バブル時代を象徴するイケイケなダンス・ミュージックとして日本人の記憶に刻まれるデッド・オア・アライヴのヴォーカリスト、ピート・バーンズ(Pete Burns)が10月23日に心不全のため亡くなりました(享年57)。
同時代に活躍し、何かと比較されることの多かったカルチャー・クラブのボーイ・ジョージは“胸が張り裂けそうだ。彼は本物の偉大なる変わり者(※)の一人で、僕の人生の大きな一部だった。信じられない…。”とコメントしています(※【eccentrics;変わり者】の言い回しには、“この二人だからこそ言い合えるもの”がありそう…)。

今日は、ピート・バーンズに追悼を込めてお送りいたします。



~概要~

デッド・オア・アライヴは1980年にゴシック・ロック・バンドとしてイギリスでシングル「I'm Falling/ Flowers」でデビューを果たしていますがそれを含め数年間はヒットを出せていませんでした。
転機となったのがKC&ザ・サンシャイン・バンドの有名なダンス・ナンバー「That's The Way [I Like It]」をカバーしたことで、これが1984年に全英22位まで上昇し初めてのヒット曲となります。

同年11月、ダンス・ユニットに転身した彼らは「You Spin Me Round (Like a Record)」をリリースすると、チャートを17週かけてじわじわ上昇し、翌年3月にとうとう全英No.1にまで到達しました。
この余波は国内に止まらず世界に波及、カナダやアイルランド、スイスでもNo.1を獲得する大ヒットとなり、8月にはアメリカBillboard Hot 100でも11位を記録しています。

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」の特徴的な打ち込みビートを聴いて1980年代後半に世界的ブームとなったユーロ・ビートのサウンドを思い起こす方も多いと思いますが、それもそのはず、本曲はそのユーロ・ビートの仕掛け人であるストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)のプロデュース作品であり、SAWにとっても最初の全英No.1ヒットでした。
この大ヒットを駆って85年5月には本曲を収録した2ndアルバム『Youthquake』が発売され全英9位を記録、Billboard 200も31位まで上昇しています。
ちなみに【Youthquake】は1960-70年代に若者に広がった、体制に対する反抗と過激主義に基づいた“若者の反乱”のことで、彼らのバンド名【Dead Or Alive】といい、その思想背景が窺えます。

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」にインスピレーションを与えた楽曲についてピート・バーンズはルーサー・ヴァンドロスの「I Wanted Your Love」を挙げており、ギターはワーグナーの「Ride Of The Valkyries」に基づいているともいわれます。
デッド・オア・アライヴとワーグナー…
何の接点もなさそうな2人ですが、いわれてみると意外な共通点!?

 
 



~You Spin Me Round (Like a Record)~

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」は、お目当ての相手が儘(まま)ならず恋に焦(じ)れる男の物語。
イケイケな曲の勢いの割には意外とウブな一面が隠されていて、私は何だか“ピート自身のキャラと実像のギャップ”を想像してしまいます。
ダンス・ナンバーなので詞のストーリー自体は深いものではありませんが、テーマに関連する“【spin】は軸を中心にすばやくクルクル回転する”イメージで、コマの回転やスケートのスピンが直感的です。
それを【record】に喩えるのはいかにもミュージシャンらしいですが、21世紀の日本の若者にレコードの回転という喩えは理解してもらえるでしょうか…。


You spin me right round, baby
キミは、ボクの心を釘づけにして目眩(めまい)させる
Right round like a record, baby
まるで、レコードのように

レコードのようにぐるぐる回す…

直訳すれば“ただそれだけの意味”しか持たない言葉ですが、少しだけ妄想を働かせるとちょっと面白いことに気づきます。
ストーリーからは、主人公が意中の人にゾッコンなのに、肝心のお相手には“多くの中の一人”としか認識してもらえず苦悩している様子が伝わってきます。

レコードはプレーヤーの軸にその身を固定して回転させて初めて真価を発揮するものであり、それは宿命です。
恋も、意中の相手という軸に心を固定しストーリーを展開させるものですが、それは必ずしも想いのままになるものでもなく、だからといって相手のそば(軸)から容易に離れることもできずその周りをぐるぐると回り続ける…

人生とレコードって、意外に似てる…? 



~ピート・バーンズの生涯~

ピート・バーンズはリヴァプール生まれで、お母さんは人目を引くほどオシャレでとても美しい人だったそうです。
しかし彼女はイギリスの風習に馴染めず(ドイツ系ユダヤ人)アルコールに溺れ精神を病むようになったため、ピートも十分な母の愛情を受けることができず生育したといわれます。
そのためかは定かではありませんが、ピートは少年時代から自分の容姿に強いコンプレックスを持ち、顔に絵の具を塗ったり化粧をしたり、髪を染め眉毛を剃って奇抜なファッションに身を纏(まと)ったため周囲から浮いた存在だったようです。

デッド・オア・アライヴとして人気を欲しいままにしてからも自分の顔へのコンプレックスは消えることはなく、お金があるだけその望むままに“究極の変身”である整形手術に依存するようになっていきました。
最初は鼻を整形する程度であったもののそれがエスカレートし、いつしか収入のほとんどを整形費用につぎ込むようになり、度重なる手術の失敗による炎症、果ては失明の危機や腎不全、腸障害など重篤な後遺症が次々と彼を苛(さいな)みました。
治療費を捻出するため貯蓄を使い果たし3億円の自宅も売却、更には楽曲の著作権まで売り払ったそうです。
(亡くなる1年前には自己破産に追い込まれていたと報じられる)
11/1追記;ピートは財産を全く残しておらず葬儀代にも事欠くありさまだったそうですが、ボーイ・ジョージが全ての費用の負担を申し出、無事執り行われることになったようです(詳細)。

しかしそれでもピートは整形依存を止められず、担当医からは“もう顔が元に戻ることはない”と告げられていたにも拘らず手術を重ね、近年の彼の写真は痛々しくて私には直視できません。
今年初めのピートの発言によると彼はこれまで300回以上の整形手術歴があるらしく、それによって命の危機すら経験しながらも“完璧なルックスを手に入れるための整形を止められないだろう”と語っていたそうです。

Dead Or Alive - You Spin Me Round3 Pete Burns 1959-2016
ケミカルピーリングやボトックスは定期的にやっている。習慣になっているんだ。人々は何年かおきに部屋の模様替えをするだろう?僕の整形もそれと同じ。顔を変えるのは、新しいソファーを買うようなものなんだ


ピート・バーンズが旅立った先に、身も心も安らかなる世界がありますよう…。  R.I.P.



「ユー・スピン・ミー・ラウンド」

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「夢見るトレイシー」トレイシー・ウルマン

2016.04.22

category : 1980年代

Tracey Ullman - They Dont Know1 Tracey Ullman - They Dont Know2


Tracey Ullman - They Don't Know (1983年)



~They Don't Know~

あなたは、トレイシー・ウルマンをご存知でしょうか?
トレイシーはミュージカル出身のイギリスの女優ですが日本では知名度は決して高くはないと思うので、まずは彼女がどんな人物かを手っ取り早く知るのに最適の動画をご用意いたしました。
“登場するのはトレイシーただ一人”の映像になっているので、迷いは無いハズですよ♪




…えっ?
ますます正体がわからなくなった!? 



~概要~

トレイシー・ウルマンは元々ダンスを学び16歳でミュージカル女優としてショー・ビズの世界を歩み始めますが、その才能がより高く評価されたのはユーモアたっぷりな話術やモノマネなどを含めた複合的なタレント性でした。
1980年代初頭からBBCのコメディ番組で人気を獲得し、81~82年頃にはイギリスでお馴染みの存在となっていたのです。

1983年にはその人気に目を付けたレコード会社と契約、デビュー曲「涙のブレイク・アウェイ(Breakaway)」は全英4位の大ヒットを記録します。
この曲は1964年のアーマ・トーマスがオリジナル(作者はジャッキー・デシャノン)ですが、トレイシーver.は楽曲的にもヴィジュアル的にも日本のおニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」の“ヒント”になったとか、ならなかったとか…? 

続く2ndシングルが「They Don't Know」で、全英2位とデビュー曲から更にランク・アップさせると翌84年にはアメリカにも人気が飛び火しBillboard Hot 100で8位(年間71位)という最大のヒットを記録することになります。
楽曲はシンガー・ソングライターのカースティ・マッコール(Kirsty MacColl)が1979年に発表したもので、彼女のバージョン(音源は記事最後の“Lyrics動画”でどうぞ♪)は当時Music Weekのエアプレイ・チャートで2位まで上昇したもののレコード販売業者のストライキに遭いシングルが適切に販売されず残念ながらセールスには結びつきませんでした。
1983年にトレイシーがこの“幻のヒット曲”をカバーすることになりますが、トレイシーver.にはそのカースティがバック・コーラスとして参加しています。

ビリー・ジョエル「Uptown Girl」(過去ログ)やポール・キャラック「When You Walk in the Room」(過去ログ)のような60’sのハート・ウォーミングなポップ・テイストを受け継いだ「夢見るトレイシー」はJ-Popと相性が良く、1987年に女性デュオ“BaBe”がデビュー・シングル「Give Me Up」(これも洋楽カバー)のB面として日本語カバー(作詞;森雪之丞)しました。
…サスガに本人の名前の入った邦題は継承されておらず、「THEY DON'T KNOW ~悲しみは朝の雫のように~」というサブ・タイトルが示すように原作とは正反対の失恋ソングになっています。
でもBaBeの2ndシングルが「I Don't Know!」というタイトルなのは、偶然?(これも作詞は森雪之丞)

 



~Lyrics~

You've been around for such a long time now
アナタはこれまでずっとそばにいてくれたというのに
Oh, maybe I could leave you but I don't know how
アタシ、お構いなしだったかもしれないね…でもどうすればいい?

相手と離れるきっかけがあって、改めてその存在の大切さに気づいたというストーリーでしょうか…
幼なじみだと、よくありそうな展開?
同じ頃、日本ではあだち充の漫画が流行っていました。

♪ 呼吸を止めて一秒 あなた真剣な目をしたから…


And I don't listen to the guys
ほかの連中の言うことなんて、聞きたくもない
Who say that you're bad for me
アナタはアタシを不幸にするとか

…相手の人、彼女の周囲の評判は芳しくないようです。
確かにPVの彼は、彼女そっちのけで自分の髪型やヒゲばかり気にしているようにも見えますが…。
でも相手が大金持ちだったなら、きっとみんなも“こっちから襲ってでもモノにしなさい”と逆のことを言うのかもしれませんネ!
PVの最後に登場する“彼”のように? 

トレイシーはこの頃ポール・マッカートニー主演の映画『ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards to Broadstreet)』に出演しており、これはその縁でのサプライズだったと思われます。
2013年、ポールの「Queenie Eye」のPVにはジョニー・デップやメリル・ストリープなど多数の豪華ゲストが参加していますが、トレイシーもその中の一人でした。

 


Baby, there's no need for living in the past
過去という時間に生きる必要なんてない
Now I've found good loving, gonna make it last
今ここに、素敵な最後の恋を見つけたんだもの

過ぎ去った時間の中に生きる…
現在が満ち足りている人は、過去に想いを巡らそうなどとは思いません。
この瞬間に心をとどめることが、一番の幸福なのですから。
だからこそ人は、“それ”を見つけたいと願う…。



~Epilogue~

ところで、突然ですが現在のドイツの首相をご存知でしょうか?
…そう、米経済誌フォーブスが昨年まで5年連続で“世界一影響力ある女性”の1位に選出しているアンゲラ・メルケル氏です。

 そこで、クエスチョン! 本物のメルケル首相は、どれでしょう?

Tracey Ullman - They Dont Know3Tracey Ullman - They Dont Know4

実は、このうちの2つはトレイシー・ウルマンです!
冒頭の動画に加え、彼女の立ち位置がおワカりになったでしょう?




トレイシーが、ウディ・アレンの妻役を演じた2000年の映画『おいしい生活(Small Time Crooks)』

前科歴のある自称“天才犯罪者”レイ(ウディ)が新たな銀行強盗を計画、地下トンネルを掘る目的で銀行近くの空き家を借り、カモフラージュとしてそこで妻フレンチー(トレイシー)にクッキー店を開かせます。
強盗は未遂のまま失敗したものの想定外にクッキー店が当たり、二人は念願の大金持ちに!
しかし生活の変化により互いの価値観にズレが生じ、夫婦はパートナー以外の相手に癒やしを求めるようになってゆきます。
やがて二人の“おいしい生活”は突然の破産によって呆気なく失われますが、それによって夫婦は“本当に大切なもの”を取り戻す…というストーリー。

'Cause they don't know about us
だってあの人たち、二人のことわかってない
And they've never heard of love
ホントの恋を、知りもしないんだもの

わかってないのは、きっと他人だけじゃない。
恋は、試練を乗り越えることで一歩一歩ホンモノに近づいてゆくもの…。



「夢見るトレイシー」

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「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」ホワイトスネイク

2015.10.23

category : 1980年代

Whitesnake - Here I Go Again1 Whitesnake - Here I Go Again2


Whitesnake - Here I Go Again (1987年)



~Whitesnake 来日~

今年デイヴィッド・カヴァデールのディープ・パープル時代の楽曲をセルフ・カバーしたアルバム『The Purple Album』が日本のオリコンでTop10入りを記録したイギリスのロック・バンド、ホワイトスネイク。
そのホワイトスネイクが『THE PURPLE TOUR』で現在、来日中です(10/20~11/2)。

正直“HRのヴォーカリストが還暦を過ぎてステージに立つ”ということ自体想像するのも難しいですが、この9月に64歳を迎えたデイヴィッド・カヴァデールは今年のパフォーマンスを見る限りまだまだ“現役”のようです♪





~概要~

ホワイトスネイクは日本でもとりわけ人気の高いロック・バンド“ディープ・パープル(Deep Purple)”に1973~76年頃在籍したヴォーカリストデイヴィッド・カヴァデールが、脱退した翌年に結成したバンドです。
しかしデイヴィッドを語る際ディープ・パープルやホワイトスネイクの名を挙げるより、日本のみなさんには木村拓哉をフィーチャーした“『タマホーム』CMソングの元歌を歌っている人”と言った方が分かり易いのではないでしょうか?
元歌はデイヴィッドがヴォーカルを務めたディープ・パープルの「Burn」で、このCMを歌っているのは元ポイズン/MR.BIGのリッチー・コッツェンによるカバーですが、驚くほどデイヴィッドの歌声と似ています)



「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」は1987年の7thアルバム『白蛇の紋章~サーペンス・アルバス(Whitesnake)』からの2ndシングルで、Billboard Hot 100のNo.1(1週/年間7位)を獲得したホワイトスネイクの代表曲です。
元々は1981年にデイヴィッドと当時のギタリスト、バーニー・マースデンによって作曲され、翌年5thアルバム『Saints & Sinners』の収録曲として全英34位を記録しました《写真・右》。
このオリジナルver.には元ディープ・パープルのジョン・ロード(key)とイアン・ペイス(但し、映像でドラムスをプレイしているのは元レインボーのコージー・パウエル)も参加しており、特にジョン・ロードのキーボードが“淋しげなテイスト”を演出しているのが特徴といえるでしょうか…。

1987年、移籍先のゲフィン・レコードの要望により再録音された「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」は“ドラマティックなテイスト”に生まれ変わり、悲願である全米No.1を成し遂げました。
ここからのシングルver.《写真・左》はアルバム/PVとは違うアレンジが施され“ポップなテイスト”となっており(音源も別)、そのことを知らずPVをイメージしてシングル・レコードを購入した私は思わず“コレじゃない…”とガッカリした思い出があります。

PVは同時代のボン・ジョヴィ「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー」やバッド・イングリッシュ「ホエン・アイ・シー・ユー・スマイル」と同様HR/HMのカッコよさだけでなく、女性も楽しめる洗練された映像美が見所となっています。
デイヴィッドをはじめイケメンというより“美しい”と形容すべき面立ちと長い髪を誇るメンバーですが、実はアルバムのレコーディングに携わったメンバーのほとんどはこの直前に解雇されており、シングルver.の演奏とPV出演は新メンバ-によるものということになります。
また、デイヴィッドとやたらイチャイチャしているセクシー美女はアメリカのモデル/女優タウニー・キタエン(Tawny Kitaen)で、この頃「Still Of The Night」や「Is This Love」などホワイトスネイクのPVに出まくっていました。
映像の雰囲気からお察しの通り二人は“ただならぬ仲”であり、1989年に結婚を遂げるも2年後に破局…という、何とも“ロックなカップル(?)”でした!

 
 



~Lyrics~

I don't know where I'm goin'
何処へ向かっているかなんて、わからない
But I sure know where I've been
ただ、そこに俺が存在したことははっきりしている

あなたには、“それ”が分かりますか?
人生に何が待ち受けているかなんて予見は至難なことですが、自分の興味関心が職業となり、理想の人が伴侶となり、無病息災で天寿を全うする…
そんな思うままの人生を辿れる人は、ごく稀なことでしょう。
後ろを振り返り足跡を鑑(かんが)みると、自分がどれだけ過ちを犯してきたかがはっきり記されています。
だけどそれこそ、あなたがこの世に存在した証…。


I never seem to find what I'm looking for
どうやら、俺には見つけられそうもない
Oh Lord, I pray you give me strength to carry on
おぉ神よ、弛まぬ力を与え給え

“探しものは何ですか? 見つけにくいものですか?”
…そんな風に、神サマが声を掛けてくれたらいいのに!

“苦しい時の神頼み”とは人間の心理を見事に言い表したことわざですが、“探しもの”が見つからない時って世の中の災厄が自分だけ降り注いでいるような…そんな気分になるでしょう?
でもそれは、すぐ身近にあるのに何故か当人だけ見えておらず、呆れた誰かが“目の前にあるじゃん!”って教えてくれたりするものです。
“人生の探しもの”も、案外そうやって見つかるものかもしれません…。


Like a drifter I was born to walk alone
流離(さすらい)人の如く、唯ひとり歩む宿命の下
An' I've made up my mind, I ain't wasting no more time
決めたんだ…もう時を無駄にはしない

1982年のオリジナルとはアレンジが違うと先述しましたが、実はこの歌詞の一部も【hobodrifter】と変更されています。
その理由についてデイヴィッド本人は“[hobo]を【homo(ホモ)と誤解されるから】”と、コメントしているようです。
意味としてはどちらも“渡り歩く者”といったニュアンスがあって大差はありませんが、このフレーズに於いては【drifter】の方が圧倒的に音の響きがカッコいいような気がします。

“孤独を生きる星の下に生まれた”といえば不幸な人のように思えますが、私たち人間は誰もがそんな宿命を背負って生きているのかもしれません…。



~Epilogue~

この歌は、何らかの理由で孤独の道を歩む決意した男の物語です。
タイトルの「Here I go again」はその心情を端的に表していると思われますが、歌詞全体を見渡すとそこには“よし、もう一度やってやる!”という意気込みより、“仕方ない、またやり直そう…。”という迷いと傷心が内包されているようにも感じ取れます。
一方、音楽的要素に耳を傾けてみると82年ver.は淋しげで“後者”を、87年ver.は力強さが増して“前者”の心情を代弁しているようにも思えるのです。

“人生楽ありゃ苦もあるさ”
長い人生、時が変われば境遇も心情も変わるもの…。


Here I go again on my own
ここからまた一人、始めるさ
Goin' down the only road I've ever known
歩むべき、唯一つの道を下り

「Here I Go Again」は、デイヴィッドが1974年に結婚した最初の妻Julia Borkowskiとの破局の際の心情を綴ったものともいわれます。
また、この頃そうした家庭内の不安定が影響してか彼はドラッグに溺れ、仕事でも人間関係や金銭問題にトラブルを抱えバンドも空中分解…といった公私共にどん底な時期にあったようです。
時が移り、新たな恋人タウニーと出会い、痛めていた喉の手術も成功し3年振りに制作されたのがアルバム『Whitesnake』でした。
実生活に光が射せば物事の解釈も楽観的になるもので、孤独を歌ったはずの「Here I Go Again」が“よし、もう一度やってやる!”に変わったとしても無理からぬことでしょう。
(…にしても、PVでのタウニーとのイチャイチャはやり過ぎ!?


Here I Go Again...
あなたはこの言葉に、どんな想いを込めますか?



「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」

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「ベティ・デイビスの瞳」キム・カーンズ

2015.10.02

category : 1980年代

Kim Carnes - Bette Davis Eyes1 Kim Carnes - Bette Davis Eyes2


Kim Carnes - Bette Davis Eyes (1981年)


~伝説の女優“ベティ・デイヴィス”~

あなたは、“ベティ・デイヴィス”をご存知ですか?
私もほとんど予備知識はなかったのですが、調べてみると彼女の舞台デビューは少し前に記事として取り上げた“満州事変(1931年)”と同じ時代、1929年のことだったそうです!
ピンと来ないのも無理はないかぁ…。

そんなベティ・デイヴィスが亡くなったのが、1989年10月6日(満81歳没)。
サスガに彼女との映画での接点はないかと思いきや、ミステリー好きの私には『ナイル殺人事件』(1978年/アガサ・クリスティ原作)がありました!
でも、歌が創られるほどの“伝説の瞳”、一体どんな女性だったのでしょう…。





~概要~

キム・カーンズは高校を卒業してすぐ小さなクラブで歌い始め、1966年にケニー・ロジャースやジーン・クラーク(The Byrds)らも参加したフォーク・グループのニュー・クリスティ・ミンストレルズ(The New Christy Minstrels)に一時参加、その後ソロとしても何枚かのレコードを出しますがヒットには恵まれませんでした。
転機は1978年にEMIに移籍した辺りで、この頃から旧友ケニー・ロジャースとのデュエットを含め徐々にヒット作も出るようになっています。

決定打となったのは1981年、往年の女優ベティ・デイヴィスをテーマにした「ベティ・デイビスの瞳(Bette Davis Eyes)」がBillboard Hot 100で9週No.1&年間No.1に輝いたことでした。
「Bette Davis Eyes」は翌年のグラミーでも“Record of the Year”“Song of the Year”の主要2部門を独占し、さらに2013年にはBillboard Hot 100の55年を総括する“The All-Time Top 100 Songs”で堂々の14位にランクされる歴史的大ヒット曲でもあります。

あまりの大ヒットのためキム・カーンズのオリジナルと思われる方も多いでしょうがカバー作品で、作詞;ドナ・ワイス / 作曲;ジャッキー・デシャノンのコンビによって生まれ、作者のジャッキーが1975年に自身のアルバム『New Arrangement』で発表したのが最初です。
このオリジナルは、多くの人がイメージするキム・カーンズver.の“セクシーさ”は強調されておらず、ゆったりとした“ジャズ・テイスト”でした。

その後、1980年『Romance Dance』の頃にドナから「Bette Davis Eyes」の紹介があったものの元々カントリー畑を歩んできたキムには魅力的な作品ではなく、この時これを断っています。
しかし翌年の『Mistaken Identity』で再びドナからのラブ・コールがあり、新しく招かれたプロデューサーのヴァル・ギャレイに“イメージを変えるチャンス”と説得されアレンジを大胆に変更、これが功を奏して大ヒットに繋がったというわけです。
その一つに、途中で連打される“ダダン・ダン”というシンセ・ドラムのリズムが挙げられますが、その響きが何を表現したものかはPVをご覧になってのお楽しみっ!? 

 



~Lyrics~

Her hair is Harlowe gold
髪は、ハーロウ・ゴールド
Her lips sweet surprise
唇は、予期せぬ甘いスコール

【Harlowe】は、1930年代に活躍し26歳の若さで夭折したアメリカの女優ジーン・ハーロウ(Jean Harlow)を指しています。
彼女の金髪は【Blonde bombshell(ブロンド爆弾)】と形容され、マリリン・モンローと共に20世紀のアメリカ女性を代表するセックス・シンボルとして有名です。
特にジーンは、西洋社会に於いて一般女性が髪を脱色する慣習をもたらせた人物としてしばしば引用されるほど影響を及ぼしました。
AFIが1999年に選定した『映画スターベスト100』女優部門22位

Kim Carnes - Bette Davis Eyes3 


She got Greta Garbo stand off sighs
グレタ・ガルボの孤高の溜息…

グレタ・ガルボは1920年代のサイレント映画時代から活躍したスウェーデン出身の女優で、1941年に僅か36歳の若さで自ら引退の道を選びました。
彼女の作品を7本手がけた映画監督からは“ある人物に対して嫉妬の目を向けるときも、別の人物に対して愛情に満ちた目を向けるときも、彼女は自身の表情を変える必要はなかった。ガルボはその眼差しだけですべてを表現することができた。”と評される実力派で、『映画スターベスト100』の女優部門第5位にランクされる歴史上重要な意味を持つ俳優です。

映画での“一人で…”のセリフが代名詞となっていた彼女は実生活でも人嫌いで知られ、その寡黙さと畏怖をも抱かせるオーラは彼女の神秘的なイメージを増幅させたといわれます。
一方、彼女は“史上もっとも美しい女性”として『ギネスブック』に掲載されたこともあるそうです。

Kim Carnes - Bette Davis Eyes4 


She's ferocious and she knows just
女は残忍で、まるで熟知している
What it takes to make a pro blush
“頬を染めるプロ”に欠かせぬものとは、何かを

う~ん…
女性のみなさんは、“その正体”を隠しておきたいのでは? 

実はオリジナルのジャッキー・デシャノンの歌詞とは一部異なる部分が存在し、これは単純ミスとも“故意”ともいわれるとか?
【pro blush】はオリジナルでは【crow blush(カラスの赤面)】という言葉が用いられており、20世紀初頭・アメリカ中西部で使われた俗語【could make a crow blush(人は、労せずして誰かを不安に陥れることができる)】に由来しているそうです。



~Epilogue~

ベティ・デイヴィスは1930年代から亡くなる1989年まで第一線で活躍していますが1963年までにアカデミー賞ノミネート11回という記録を誇り(現在の最多記録はメリル・ストリープの19回)、AFI『映画スターベスト100』の女優部門第2位に位置づけられています。
曲のタイトルに挙げられるように、印象的な大きな瞳と強烈な個性を武器に“ハリウッド映画史上屈指の演技派女優”として現在も若い俳優から尊敬を集める特筆すべき女優です。

ベティ・デイヴィスの有名な言葉に“男がやると尊敬される。女がやると嫌われる。”というのがありますが、これは当時の男性優位社会を皮肉ったものだそうです。
ベティが若かりし頃は、「ドント・アンサー・ミー」(アラン・パーソンズ・プロジェクト/過去ログ)に語られるように、良く言えば“男がピカピカのキザでいられた”・悪く言えば“ききわけのない女の頬をひとつふたつ張り倒す”時代であり(えっ?歌が違う!?)、まだまだ女性は抑圧されていました。
この時代グレタ・ガルボやキャサリン・ヘプバーン、そしてベティ・デイヴィスら個性的で実力ある偉大な女優を多く排出し得たのには、気が強く・男に寄りかからず自立し・むしろ彼らを引っ張るくらいのパワーを持ち合わせた彼女らの姿に世の女性たちが憧れ、励まされ、そしてまた彼女らを応援したからなのかもしれません。

Kim Carnes - Bette Davis Eyes5 

She's pure as New York snow
冷めることない小さな手は、熱情を蓄え
She got Bette Davis eyes
ベティ・デイビスの瞳を湛える女

「Bette Davis Eyes」のインスピレーションについて作者のドナ・ワイスは、ベティが“アカデミー主演女優賞”を受賞した1938年の映画『黒蘭の女(Jezebel)』を挙げています。
主人公は“気の強いわがまま娘”という設定のようですがここで参照のシーンだけでもそれが窺え、相手役のヘンリー・フォンダは“しっかり振り回されて”います!
でも“セクシーな悪女”を想像させるキム・カーンズver.に比べたら、実際はとても可愛らしい女性…?

「ベティ・デイビスの瞳」の大ヒットの後、ドナ・ワイスらの元にベティ本人から手紙が届けられたといいます。
その手紙にはドナに対する感謝と共に、“孫息子が私を尊敬するようになって、グラミー賞の時はバラの花束を贈ってくれたのよ。”という喜びの言葉も綴られていたそうです。
どんなに偉大な女優であっても、家族からのリスペクトが何よりの賜物なのでしょうね…。



「ベティ・デイビスの瞳」

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