I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「トゥー・トライブス」フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド

2017.08.11

category : 1980年代

Frankie Goes To Hollywood - Two Tribes1 Frankie Goes To Hollywood - Two Tribes2


~ “終戦の日”の思い ~

8月のこの時期は“お盆”や“終戦の日”など、今は亡きご先祖や昔のことに思いを致すもの…
故郷で懐かしい顔ぶれと再会し、穏やかにその時を過ごしたいと願っておられた方も多いと思いますが、今年は“あの国”がそうさせてはくれないようです。

でも昔、日本はアメリカに無謀な戦争を仕掛け多くの人命を失い、国土の大半は焦土となりました。
そして、人と人が憎しみ、争うことがどんなに醜いか…
「Two Tribes」が教えてくれるでしょう。



~概要~

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(FGTH)はバグルス/イエスのトレヴァー・ホーンに見出され1983年にデビューしたイギリス・リヴァプール出身のバンドで、過激な歌詞と先鋭的なサウンド、凝った映像で短命ではあったものの強烈なインパクトを残しました。

「トゥー・トライブス」は日本でも知名度の高いデビュー曲「Relax」に続く1984年6月発売の2枚目のシングルで、全英9週連続No.1という金字塔を打ち立て、これは1980年代最長のNo.1となっています。
また、2015年のITV“favourite 1980s number one in a poll”の投票では14位にランクされるなど、長く国民に親しまれている作品です。
一方アメリカでは、PVが“アレ(後述)”のためかBillboard Hot 100で43位と、期待外れに終わっています。
当時最先端のサウンドを構築したのはプロデューサーのトレヴァー・ホーンによる功績で、シングルは12インチを含む7種類のミックスがリリースされ、イギリスだけで200万枚近くのセールスを挙げました。

「Two Tribes」のインスピレーションの起源は1981年12月に公開された映画『マッドマックス2(Mad Max2:The Road Warrior)』の中での【when two great warrior tribes go to war】というラインからの引用だそうで(未確認)、楽曲自体は翌1982年にイギリスBBCの名物ラジオ番組『Peel Session』に出演した際すでに披露されています。
“【Two Tribes(2つの部族)】が戦争しても何の得にはならない”という明確な反戦メッセージは、当時約6万発の核兵器(2014現在は約9000発)を保有していたアメリカとソ連を中心とする“東西冷戦”への批判であり、1984年の『アイヴァー・ノヴェロ賞』(ソングライター・作曲家のための賞)で“Best Song Musically and Lyrically”も受賞しています。

また、「Two Tribes」というと楽曲以上にPVが人気で、80年代の名作ミュージック・ビデオの企画では高頻度で紹介される作品です。
制作したのはエイジアの「Heat Of The Moment」(過去ログ)やハービー・ハンコックの「Rock It」、ポリスやデュラン・デュランの多くのPVで斬新なアイデアを発表し80年代を代表する映像ディレクターと評されたゴドレイ&クレーム(Godley & Creme)で、ここでもそれを如何なく発揮しています。
「Two Tribes」の歌詞には【On the air America】(⇒映画『Love is On the Air』で初主演)や【I modelled shirts by Van Heusen】(⇒アパレル・メーカー『Phillips-Van Heusen Corporation(PVH Corp)』の宣伝キャラクターに起用)など、ロナルド・レーガンの経歴を匂わせるキーワードが組み込まれていること、作品のテーマが東西冷戦であることから当時アメリカ大統領だったレーガンとソ連の最高指導者コンスタンティン・チェルネンコが直接対決するというパロディーになっています。


 
 



~When two tribes go to war... ~

2017年8月、北朝鮮情勢が一触即発の状態に達しています…

金正恩総書記就任以降北朝鮮は核・ミサイル開発を加速させ、日米韓は安保法整備や合同軍事演習・経済制裁・国連決議などの圧力を形成し、これに対抗しようと試みてきました。
近年北朝鮮による日本の排他的経済水域(EEZ)への弾道ミサイル落下はもはや常態化していましたがこの10日、“中距離弾道ミサイル[火星12]4発を島根・広島・高知上空を経由し、アメリカ空軍及び海軍基地のある米領グアム島周辺30~40キロの水域(接続水域)に向けて着水させる作戦計画を今月中旬までに完成し、発射待機態勢を維持したまま金正恩朝鮮労働党委員長の命令を待つ”旨を表明しました。
(※恐らくこれは前日8/9、アメリカが北朝鮮の弾道ミサイル発射基地への先制・精密爆撃のためのB1戦略爆撃機をグアム基地に配備させたことその他への対抗措置と思われる)

これを受けてのトランプ大統領のツイッターでの一々の応答は“省略”するとして、元海上自衛隊海将・伊藤俊幸氏ら日本の専門家の多くは“接続水域にミサイルを撃ち込まれたらアメリカは迎撃する”とみているようです。
(※但し接続水域にあたる海域は国際法上は[公海]で、法的には“本件の迎撃は正当な自衛とはいえない”

もちろんアメリカは北朝鮮と水面下で交渉を継続していると伝えられていますが積年かけて合意できなかった相手との交渉が今回に限って上手くいく保証はなく、8月21日から予定される米韓合同軍事演習が予定どおり実施されるようだと合意形成に失敗した可能性が高く、これを口実として北朝鮮はミサイルを撃ってくるという最悪のシナリオへと足を踏み入れてしまうことも考えられます。


また、平和裏に北朝鮮問題を解決するために不可欠なのが北朝鮮の唯一の軍事同盟国・中国です。
元々中国は“朝鮮半島の核化には絶対に反対”であり、“(米韓、朝)どちら側の武力的挑戦(戦争)にも反対”で、“朝鮮半島の緊張について、平和的手段をもって解決されるべき”との立場を主張してきましたが、8月11日に共産党機関紙・人民日報傘下の『環球時報』は、以下のような踏み込んだ見解を表明しています。

北朝鮮が先に米国に向けてミサイルを発射し、米国が反撃した場合、中国は中立を保つ。
米国と韓国が先制攻撃を仕掛けた場合、中国は阻止する。 (←“武力で”とは言っていない?)

一方、マティス米国防長官は14日、“北朝鮮が米国をミサイル攻撃すれば直ちに戦争に発展する恐れがある”と述べています。
ミサイルを撃つと直ちに体制崩壊への戦争となり、しかも同盟国である中国も味方してくれないという状況下で、果たして北朝鮮はこのままミサイルを発射するのでしょうか…。



~Epilogue~

…翻って、私たち日本はどうなるのでしょう?

安保法成立で集団的自衛権の行使が可能(※但し違憲の疑いに変わりはない)となった日本は、10日の衆院安全保障委員会で小野寺五典防衛大臣が“北朝鮮のミサイルが米領グアムに向けて発射された場合(武力行使の)新3要件に合致すれば(イージス艦による)迎撃可能”といった旨の答弁をしています。
つまりその行使については国際法違反(自国領土・領海外での迎撃)や技術的な問題があるため可能性は低いものの、アメリカに要請されれば実行せざるを得ないという含みなのかもしれません。
しかしこれを実行した場合、自国が武力攻撃を受けたわけでもなく当該国(アメリカと北朝鮮)で武力衝突が生じる前に日本が北朝鮮の所有物に対し攻撃を加えることは【先制攻撃】とみなされる可能性(戦争の始まりとなる可能性)があり、この国が戦後70年大切にしてきた【専守防衛】の精神とは相反する領域に足を踏み入れることになります。

そうした国の防衛任務を担う防衛省は今年、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加した陸上自衛隊の活動記録【日報】の隠ぺい問題で世間を騒がせ、この影響を受け防衛大臣と防衛事務次官・陸上幕僚長のトップ3人が辞任に追い込まれるという前代未聞の不祥事がありました。
【森友学園問題】【加計学園問題】など相次ぐ疑惑の連発に安倍総理は内閣の改造を断行、“深く反省し、謙虚に、丁寧に一つ一つ結果を出していく”と国民の前で誓ったことは記憶に新しい所です。
…しかし今月8日に公表された『2017年版の防衛白書』(防衛省・自衛隊の1年間のできごとなどを記載)には日報問題について一切記載せず、10日の参議院外交防衛委員会でも小野寺防衛大臣が“日報問題の再調査は必要ない”と答弁するなど、組織腐敗の究明をせず、問題を無かったことにしようとする彼らの本質は何も変わっていないように見えます。

北朝鮮情勢が緊迫する中、こうした政府の腐敗を追及している場合ではないとお考えの方もおられるでしょう。
しかし戦争へと向かいかねない今だからこそ、軍事を担う防衛省や自衛隊の最高指揮官であり安全保障を統括する安倍首相の権力運営が適正か、国民がしっかり注視する必要があると思うのです。
何故なら、そうした権力者による不都合な事実の隠ぺいや不正な情報操作・統制の積み重ねを許すとどれほど深刻な事態を引き起こすか、72年前の敗戦は教えてくれています。


今回の事態の最終決断を下すことになるトランプ大統領“戦争が起きるなら向こうでやる。大勢が死ぬが、米国ではなく向こう側で死ぬ”と発言していますが、権力者とは古今東西そんなものです。
“戦争を始めるのは権力者”であり、“真っ先に生命・財産・自由を奪われるのは一般市民”と相場が決まっているため、権力者は他人事として安易に戦争を始めてしまうのです。

戦争とは、自国民のみならず同盟国、敵国それぞれの人間の命を同時に奪うこと…
他人(ひと)の痛みがわからない人間に、国民の命を預かる資格はありません。

When two tribes go to war
2つの部族が戦争へと突き進んだ時
A point is all you can score
得られるのは、たった1ポイント

 “それでも戦争したいなら、他人をアテにせず戦いたい当人同士が気の済むまで殴り合え!”



「トゥー・トライブス」

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「ウォーキング・オン・サンシャイン」カトリーナ&ザ・ウェイヴス

2017.05.12

category : 1980年代

Katrina The Waves - Walking On Sunshine1 Katrina The Waves - Walking On Sunshine2


Katrina & The Waves - Walking On Sunshine (1985年)



~心に輝く一つの太陽~

カトリーナ&ザ・ウェイヴスとかいわれて耳慣れない方も多いかもしれませんが、曲名やバンド名は知らなくても歌を聴けば思い出せることって、よくあるでしょう?

実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」は、『ザ・一発屋 2リターンズ われらが青春の日々』という企画盤CDにも収録されていた作品。
“一発屋”というカテゴリに入れられていることについて不本意に思われる方もおられるでしょうが、時代の流れと共にいずれ褪せゆく宿命にある流行文化の中に於いて、たとえ一つでも人々の心にインパクトを与えることができたというのは、考えてみればとても名誉なことです。

この時代に流行した幾つかの文化を思い出しながら、お楽しみください…。



~概要~

「ウォーキング・オン・サンシャイン」を歌っているカトリーナ・レスカニックはアメリカ人ですがお父さんの仕事の関係で1976年頃からイングランドに移住、程なくボーイフレンドのヴィンス・デ・ラ・クルーズらとバンド活動(Mama's Cookin')を始めます。
1981年頃ドラムスのアレックス・クーパーが過去に所属していた【The Waves】の中心人物だったキンバリー・リューを勧誘し、その後バンド名も【Katrina & The Waves】となりました。

1983年、彼らはLPを制作しレコード会社に売り込むも、契約してくれたのは大西洋を越えたカナダのマイナー・レーベルAttic Recordsだけでした。
同年カナダで発売されたこのデビュー・アルバムは『Walking on Sunshine』といい、タイトルからわかるように実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」はこの時初めて発表された作品です。
(このアルバムにはバングルスが1984年にカバーすることになる「Going Down to Liverpool」も収録)

更にもう1作キャリアを重ね1985年、ついにアメリカ大手キャピトル・レコードと契約、カナダ時代の2枚のアルバムから10曲を選曲しリミックスしたのがアルバム『Katrina and the Waves』でした。
もちろん「Walking on Sunshine」もこれに収録されましたが、この時点で「Going Down to Liverpool」と共に新しくレコーディングし直され、本曲は1stシングルとしてリリース、Billboard Hot 100で9位(年間75位)と大ヒットを記録しています。

しかし日本の多くの方が知る彼らの活躍は恐らくここではなく、1987年に“あの映画”の挿入曲として起用されたことではなかったでしょうか?
その映画とは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で当時世界のアイドルとなっていたマイケル・J・フォックス主演のコメディー映画『摩天楼はバラ色に(The Secret of my Success)』です。
このサウンドトラックにはナイト・レンジャー(主題歌「The Secret Of My Success」)やパット・ベネター、バナナラマなど錚々たる顔ぶれが揃っているにも拘らず、恐らく多くの人にとって最も印象的に残っている曲は「Walking on Sunshine」だったかもしれません。
(但し、本曲は『摩天楼はバラ色に』のオリジナル・サウンドトラックには収録されていない)

 



~Lyrics~

I used to think maybe you loved me,
あなたは私を好きかも…って思っていたけれど
now, baby, I'm sure
今じゃ、確信してる

『摩天楼はバラ色に』の主人公ブラントリー(マイケル・J・フォックス)は就職に困って遠い親戚のおじさんが社長を務める会社のメール・ボーイとして採用されますがある日、社内で絶世の美女クリスティ(ヘレン・スレイター)と出逢い一目惚れしてしまいます。
ブラントリーは何とか彼女とお近づきになろうとするも、何せ自分はブルーカラーの下っ端、相手は会社の重役で洟(はな)もひっかけてもらえません。
そんな彼にとっての、“起死回生”とは…? 




And I just can't wait till the day
…だからその日を待ちきれなかったの
when you knock on my door
あなたがこの扉をノックしてくれるまで

一方“待ちきれなかった”のは、美しさを持て余し気味の社長夫人。
ブラントリーが彼女の運転手に配置されると彼を気に入り、熱烈にアタック!
…あれっ、でもこの二人の関係って…!? 




I feel alive, I feel the love,
生きてる…愛してるって実感する
I feel the love that's really real
本物の愛を

「Walking on Sunshine」は、劇中ではブラントリーが社内で“二足のわらじ”を履き替え走り出した場面で使われています。
一方“私生活”でも“二刀流”が形成され始めるなど、戦士に昼も夜も休息の暇などありません。
“The Secret of My Success”は、こうした彼の弛みない努力が実を結んだ成果だったというワケです…。

…ホンマかいな? 





~Epilogue~

映画『摩天楼はバラ色に』は、大都会での成功を夢みる一人の青年が“裸一貫”から大成功を手にするサクセス・ストーリー。
その秘訣について、主題歌「The Secret of My Success」は次のように語っています。

The secret of my success is I'm living 25 hours a day
成功の秘密は、“1日に25時間生きること”

どこかで聞いたようなフレーズですが“努力”を代弁したある意味ベタな回答で、実際劇中の主人公が公私に亘って“二刀流”を繰り広げるさまは、まさに歌のとおりです。


一方、「Walking on Sunshine」の主人公は“自分は愛されている”という確信によって、心が躍っているような印象を受けます。
しかしそれに反してPVに描かれる空は“曇天”で、一人半袖で笑顔を振りまきロンドンの街を闊歩するカトリーナ以外のメンバーは厚ぼったいコートの襟を立てて、何だか寒そうです。
(それにしても、カトリーナの“アメカジ+【CONVERSE】”ファッションに心が躍る方も多いのでは? 

この点はよく指摘されるギャップですが、現実のお天気には曇りや雨、雪の日もあれば嵐の日もあります。
雨の日もあるからこそ、“人智”の大切さがあるような気がします。


Now I'm walking on sunshine, whoa
今、お陽さまの光を浴びて歩いてる...
And don't it feel good
それって、ステキじゃない?

空に輝く太陽は、お天気次第
“心の中のSunshine”は、あなた次第



「ウォーキング・オン・サンシャイン」

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「ユー・スピン・ミー・ラウンド」デッド・オア・アライヴ

2016.10.28

category : 1980年代

Dead Or Alive - You Spin Me Round1 Dead Or Alive - You Spin Me Round2


Dead Or Alive - You Spin Me Round (Like a Record) (1984年)



~急逝、ピート・バーンズ~

1980年代、バブル時代を象徴するイケイケなダンス・ミュージックとして日本人の記憶に刻まれるデッド・オア・アライヴのヴォーカリスト、ピート・バーンズ(Pete Burns)が10月23日に心不全のため亡くなりました(享年57)。
同時代に活躍し、何かと比較されることの多かったカルチャー・クラブのボーイ・ジョージは“胸が張り裂けそうだ。彼は本物の偉大なる変わり者(※)の一人で、僕の人生の大きな一部だった。信じられない…。”とコメントしています(※【eccentrics;変わり者】の言い回しには、“この二人だからこそ言い合えるもの”がありそう…)。

今日は、ピート・バーンズに追悼を込めてお送りいたします。



~概要~

デッド・オア・アライヴは1980年にゴシック・ロック・バンドとしてイギリスでシングル「I'm Falling/ Flowers」でデビューを果たしていますがそれを含め数年間はヒットを出せていませんでした。
転機となったのがKC&ザ・サンシャイン・バンドの有名なダンス・ナンバー「That's The Way [I Like It]」をカバーしたことで、これが1984年に全英22位まで上昇し初めてのヒット曲となります。

同年11月、ダンス・ユニットに転身した彼らは「You Spin Me Round (Like a Record)」をリリースすると、チャートを17週かけてじわじわ上昇し、翌年3月にとうとう全英No.1にまで到達しました。
この余波は国内に止まらず世界に波及、カナダやアイルランド、スイスでもNo.1を獲得する大ヒットとなり、8月にはアメリカBillboard Hot 100でも11位を記録しています。

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」の特徴的な打ち込みビートを聴いて1980年代後半に世界的ブームとなったユーロ・ビートのサウンドを思い起こす方も多いと思いますが、それもそのはず、本曲はそのユーロ・ビートの仕掛け人であるストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)のプロデュース作品であり、SAWにとっても最初の全英No.1ヒットでした。
この大ヒットを駆って85年5月には本曲を収録した2ndアルバム『Youthquake』が発売され全英9位を記録、Billboard 200も31位まで上昇しています。
ちなみに【Youthquake】は1960-70年代に若者に広がった、体制に対する反抗と過激主義に基づいた“若者の反乱”のことで、彼らのバンド名【Dead Or Alive】といい、その思想背景が窺えます。

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」にインスピレーションを与えた楽曲についてピート・バーンズはルーサー・ヴァンドロスの「I Wanted Your Love」を挙げており、ギターはワーグナーの「Ride Of The Valkyries」に基づいているともいわれます。
デッド・オア・アライヴとワーグナー…
何の接点もなさそうな2人ですが、いわれてみると意外な共通点!?

 
 



~You Spin Me Round (Like a Record)~

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」は、お目当ての相手が儘(まま)ならず恋に焦(じ)れる男の物語。
イケイケな曲の勢いの割には意外とウブな一面が隠されていて、私は何だか“ピート自身のキャラと実像のギャップ”を想像してしまいます。
ダンス・ナンバーなので詞のストーリー自体は深いものではありませんが、テーマに関連する“【spin】は軸を中心にすばやくクルクル回転する”イメージで、コマの回転やスケートのスピンが直感的です。
それを【record】に喩えるのはいかにもミュージシャンらしいですが、21世紀の日本の若者にレコードの回転という喩えは理解してもらえるでしょうか…。


You spin me right round, baby
キミは、ボクの心を釘づけにして目眩(めまい)させる
Right round like a record, baby
まるで、レコードのように

レコードのようにぐるぐる回す…

直訳すれば“ただそれだけの意味”しか持たない言葉ですが、少しだけ妄想を働かせるとちょっと面白いことに気づきます。
ストーリーからは、主人公が意中の人にゾッコンなのに、肝心のお相手には“多くの中の一人”としか認識してもらえず苦悩している様子が伝わってきます。

レコードはプレーヤーの軸にその身を固定して回転させて初めて真価を発揮するものであり、それは宿命です。
恋も、意中の相手という軸に心を固定しストーリーを展開させるものですが、それは必ずしも想いのままになるものでもなく、だからといって相手のそば(軸)から容易に離れることもできずその周りをぐるぐると回り続ける…

人生とレコードって、意外に似てる…? 



~ピート・バーンズの生涯~

ピート・バーンズはリヴァプール生まれで、お母さんは人目を引くほどオシャレでとても美しい人だったそうです。
しかし彼女はイギリスの風習に馴染めず(ドイツ系ユダヤ人)アルコールに溺れ精神を病むようになったため、ピートも十分な母の愛情を受けることができず生育したといわれます。
そのためかは定かではありませんが、ピートは少年時代から自分の容姿に強いコンプレックスを持ち、顔に絵の具を塗ったり化粧をしたり、髪を染め眉毛を剃って奇抜なファッションに身を纏(まと)ったため周囲から浮いた存在だったようです。

デッド・オア・アライヴとして人気を欲しいままにしてからも自分の顔へのコンプレックスは消えることはなく、お金があるだけその望むままに“究極の変身”である整形手術に依存するようになっていきました。
最初は鼻を整形する程度であったもののそれがエスカレートし、いつしか収入のほとんどを整形費用につぎ込むようになり、度重なる手術の失敗による炎症、果ては失明の危機や腎不全、腸障害など重篤な後遺症が次々と彼を苛(さいな)みました。
治療費を捻出するため貯蓄を使い果たし3億円の自宅も売却、更には楽曲の著作権まで売り払ったそうです。
(亡くなる1年前には自己破産に追い込まれていたと報じられる)
11/1追記;ピートは財産を全く残しておらず葬儀代にも事欠くありさまだったそうですが、ボーイ・ジョージが全ての費用の負担を申し出、無事執り行われることになったようです(詳細)。

しかしそれでもピートは整形依存を止められず、担当医からは“もう顔が元に戻ることはない”と告げられていたにも拘らず手術を重ね、近年の彼の写真は痛々しくて私には直視できません。
今年初めのピートの発言によると彼はこれまで300回以上の整形手術歴があるらしく、それによって命の危機すら経験しながらも“完璧なルックスを手に入れるための整形を止められないだろう”と語っていたそうです。

Dead Or Alive - You Spin Me Round3 Pete Burns 1959-2016
ケミカルピーリングやボトックスは定期的にやっている。習慣になっているんだ。人々は何年かおきに部屋の模様替えをするだろう?僕の整形もそれと同じ。顔を変えるのは、新しいソファーを買うようなものなんだ


ピート・バーンズが旅立った先に、身も心も安らかなる世界がありますよう…。  R.I.P.



「ユー・スピン・ミー・ラウンド」

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「夢見るトレイシー」トレイシー・ウルマン

2016.04.22

category : 1980年代

Tracey Ullman - They Dont Know1 Tracey Ullman - They Dont Know2


Tracey Ullman - They Don't Know (1983年)



~They Don't Know~

あなたは、トレイシー・ウルマンをご存知でしょうか?
トレイシーはミュージカル出身のイギリスの女優ですが日本では知名度は決して高くはないと思うので、まずは彼女がどんな人物かを手っ取り早く知るのに最適の動画をご用意いたしました。
“登場するのはトレイシーただ一人”の映像になっているので、迷いは無いハズですよ♪




…えっ?
ますます正体がわからなくなった!? 



~概要~

トレイシー・ウルマンは元々ダンスを学び16歳でミュージカル女優としてショー・ビズの世界を歩み始めますが、その才能がより高く評価されたのはユーモアたっぷりな話術やモノマネなどを含めた複合的なタレント性でした。
1980年代初頭からBBCのコメディ番組で人気を獲得し、81~82年頃にはイギリスでお馴染みの存在となっていたのです。

1983年にはその人気に目を付けたレコード会社と契約、デビュー曲「涙のブレイク・アウェイ(Breakaway)」は全英4位の大ヒットを記録します。
この曲は1964年のアーマ・トーマスがオリジナル(作者はジャッキー・デシャノン)ですが、トレイシーver.は楽曲的にもヴィジュアル的にも日本のおニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」の“ヒント”になったとか、ならなかったとか…? 

続く2ndシングルが「They Don't Know」で、全英2位とデビュー曲から更にランク・アップさせると翌84年にはアメリカにも人気が飛び火しBillboard Hot 100で8位(年間71位)という最大のヒットを記録することになります。
楽曲はシンガー・ソングライターのカースティ・マッコール(Kirsty MacColl)が1979年に発表したもので、彼女のバージョン(音源は記事最後の“Lyrics動画”でどうぞ♪)は当時Music Weekのエアプレイ・チャートで2位まで上昇したもののレコード販売業者のストライキに遭いシングルが適切に販売されず残念ながらセールスには結びつきませんでした。
1983年にトレイシーがこの“幻のヒット曲”をカバーすることになりますが、トレイシーver.にはそのカースティがバック・コーラスとして参加しています。

ビリー・ジョエル「Uptown Girl」(過去ログ)やポール・キャラック「When You Walk in the Room」(過去ログ)のような60’sのハート・ウォーミングなポップ・テイストを受け継いだ「夢見るトレイシー」はJ-Popと相性が良く、1987年に女性デュオ“BaBe”がデビュー・シングル「Give Me Up」(これも洋楽カバー)のB面として日本語カバー(作詞;森雪之丞)しました。
…サスガに本人の名前の入った邦題は継承されておらず、「THEY DON'T KNOW ~悲しみは朝の雫のように~」というサブ・タイトルが示すように原作とは正反対の失恋ソングになっています。
でもBaBeの2ndシングルが「I Don't Know!」というタイトルなのは、偶然?(これも作詞は森雪之丞)

 



~Lyrics~

You've been around for such a long time now
アナタはこれまでずっとそばにいてくれたというのに
Oh, maybe I could leave you but I don't know how
アタシ、お構いなしだったかもしれないね…でもどうすればいい?

相手と離れるきっかけがあって、改めてその存在の大切さに気づいたというストーリーでしょうか…
幼なじみだと、よくありそうな展開?
同じ頃、日本ではあだち充の漫画が流行っていました。

♪ 呼吸を止めて一秒 あなた真剣な目をしたから…


And I don't listen to the guys
ほかの連中の言うことなんて、聞きたくもない
Who say that you're bad for me
アナタはアタシを不幸にするとか

…相手の人、彼女の周囲の評判は芳しくないようです。
確かにPVの彼は、彼女そっちのけで自分の髪型やヒゲばかり気にしているようにも見えますが…。
でも相手が大金持ちだったなら、きっとみんなも“こっちから襲ってでもモノにしなさい”と逆のことを言うのかもしれませんネ!
PVの最後に登場する“彼”のように? 

トレイシーはこの頃ポール・マッカートニー主演の映画『ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards to Broadstreet)』に出演しており、これはその縁でのサプライズだったと思われます。
2013年、ポールの「Queenie Eye」のPVにはジョニー・デップやメリル・ストリープなど多数の豪華ゲストが参加していますが、トレイシーもその中の一人でした。

 


Baby, there's no need for living in the past
過去という時間に生きる必要なんてない
Now I've found good loving, gonna make it last
今ここに、素敵な最後の恋を見つけたんだもの

過ぎ去った時間の中に生きる…
現在が満ち足りている人は、過去に想いを巡らそうなどとは思いません。
この瞬間に心をとどめることが、一番の幸福なのですから。
だからこそ人は、“それ”を見つけたいと願う…。



~Epilogue~

ところで、突然ですが現在のドイツの首相をご存知でしょうか?
…そう、米経済誌フォーブスが昨年まで5年連続で“世界一影響力ある女性”の1位に選出しているアンゲラ・メルケル氏です。

 そこで、クエスチョン! 本物のメルケル首相は、どれでしょう?

Tracey Ullman - They Dont Know3Tracey Ullman - They Dont Know4

実は、このうちの2つはトレイシー・ウルマンです!
冒頭の動画に加え、彼女の立ち位置がおワカりになったでしょう?




トレイシーが、ウディ・アレンの妻役を演じた2000年の映画『おいしい生活(Small Time Crooks)』

前科歴のある自称“天才犯罪者”レイ(ウディ)が新たな銀行強盗を計画、地下トンネルを掘る目的で銀行近くの空き家を借り、カモフラージュとしてそこで妻フレンチー(トレイシー)にクッキー店を開かせます。
強盗は未遂のまま失敗したものの想定外にクッキー店が当たり、二人は念願の大金持ちに!
しかし生活の変化により互いの価値観にズレが生じ、夫婦はパートナー以外の相手に癒やしを求めるようになってゆきます。
やがて二人の“おいしい生活”は突然の破産によって呆気なく失われますが、それによって夫婦は“本当に大切なもの”を取り戻す…というストーリー。

'Cause they don't know about us
だってあの人たち、二人のことわかってない
And they've never heard of love
ホントの恋を、知りもしないんだもの

わかってないのは、きっと他人だけじゃない。
恋は、試練を乗り越えることで一歩一歩ホンモノに近づいてゆくもの…。



「夢見るトレイシー」

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「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」ホワイトスネイク

2015.10.23

category : 1980年代

Whitesnake - Here I Go Again1 Whitesnake - Here I Go Again2


Whitesnake - Here I Go Again (1987年)



~Whitesnake 来日~

今年デイヴィッド・カヴァデールのディープ・パープル時代の楽曲をセルフ・カバーしたアルバム『The Purple Album』が日本のオリコンでTop10入りを記録したイギリスのロック・バンド、ホワイトスネイク。
そのホワイトスネイクが『THE PURPLE TOUR』で現在、来日中です(10/20~11/2)。

正直“HRのヴォーカリストが還暦を過ぎてステージに立つ”ということ自体想像するのも難しいですが、この9月に64歳を迎えたデイヴィッド・カヴァデールは今年のパフォーマンスを見る限りまだまだ“現役”のようです♪





~概要~

ホワイトスネイクは日本でもとりわけ人気の高いロック・バンド“ディープ・パープル(Deep Purple)”に1973~76年頃在籍したヴォーカリストデイヴィッド・カヴァデールが、脱退した翌年に結成したバンドです。
しかしデイヴィッドを語る際ディープ・パープルやホワイトスネイクの名を挙げるより、日本のみなさんには木村拓哉をフィーチャーした“『タマホーム』CMソングの元歌を歌っている人”と言った方が分かり易いのではないでしょうか?
元歌はデイヴィッドがヴォーカルを務めたディープ・パープルの「Burn」で、このCMを歌っているのは元ポイズン/MR.BIGのリッチー・コッツェンによるカバーですが、驚くほどデイヴィッドの歌声と似ています)



「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」は1987年の7thアルバム『白蛇の紋章~サーペンス・アルバス(Whitesnake)』からの2ndシングルで、Billboard Hot 100のNo.1(1週/年間7位)を獲得したホワイトスネイクの代表曲です。
元々は1981年にデイヴィッドと当時のギタリスト、バーニー・マースデンによって作曲され、翌年5thアルバム『Saints & Sinners』の収録曲として全英34位を記録しました《写真・右》。
このオリジナルver.には元ディープ・パープルのジョン・ロード(key)とイアン・ペイス(但し、映像でドラムスをプレイしているのは元レインボーのコージー・パウエル)も参加しており、特にジョン・ロードのキーボードが“淋しげなテイスト”を演出しているのが特徴といえるでしょうか…。

1987年、移籍先のゲフィン・レコードの要望により再録音された「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」は“ドラマティックなテイスト”に生まれ変わり、悲願である全米No.1を成し遂げました。
ここからのシングルver.《写真・左》はアルバム/PVとは違うアレンジが施され“ポップなテイスト”となっており(音源も別)、そのことを知らずPVをイメージしてシングル・レコードを購入した私は思わず“コレじゃない…”とガッカリした思い出があります。

PVは同時代のボン・ジョヴィ「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー」やバッド・イングリッシュ「ホエン・アイ・シー・ユー・スマイル」と同様HR/HMのカッコよさだけでなく、女性も楽しめる洗練された映像美が見所となっています。
デイヴィッドをはじめイケメンというより“美しい”と形容すべき面立ちと長い髪を誇るメンバーですが、実はアルバムのレコーディングに携わったメンバーのほとんどはこの直前に解雇されており、シングルver.の演奏とPV出演は新メンバ-によるものということになります。
また、デイヴィッドとやたらイチャイチャしているセクシー美女はアメリカのモデル/女優タウニー・キタエン(Tawny Kitaen)で、この頃「Still Of The Night」や「Is This Love」などホワイトスネイクのPVに出まくっていました。
映像の雰囲気からお察しの通り二人は“ただならぬ仲”であり、1989年に結婚を遂げるも2年後に破局…という、何とも“ロックなカップル(?)”でした!

 
 



~Lyrics~

I don't know where I'm goin'
何処へ向かっているかなんて、わからない
But I sure know where I've been
ただ、そこに俺が存在したことははっきりしている

あなたには、“それ”が分かりますか?
人生に何が待ち受けているかなんて予見は至難なことですが、自分の興味関心が職業となり、理想の人が伴侶となり、無病息災で天寿を全うする…
そんな思うままの人生を辿れる人は、ごく稀なことでしょう。
後ろを振り返り足跡を鑑(かんが)みると、自分がどれだけ過ちを犯してきたかがはっきり記されています。
だけどそれこそ、あなたがこの世に存在した証…。


I never seem to find what I'm looking for
どうやら、俺には見つけられそうもない
Oh Lord, I pray you give me strength to carry on
おぉ神よ、弛まぬ力を与え給え

“探しものは何ですか? 見つけにくいものですか?”
…そんな風に、神サマが声を掛けてくれたらいいのに!

“苦しい時の神頼み”とは人間の心理を見事に言い表したことわざですが、“探しもの”が見つからない時って世の中の災厄が自分だけ降り注いでいるような…そんな気分になるでしょう?
でもそれは、すぐ身近にあるのに何故か当人だけ見えておらず、呆れた誰かが“目の前にあるじゃん!”って教えてくれたりするものです。
“人生の探しもの”も、案外そうやって見つかるものかもしれません…。


Like a drifter I was born to walk alone
流離(さすらい)人の如く、唯ひとり歩む宿命の下
An' I've made up my mind, I ain't wasting no more time
決めたんだ…もう時を無駄にはしない

1982年のオリジナルとはアレンジが違うと先述しましたが、実はこの歌詞の一部も【hobodrifter】と変更されています。
その理由についてデイヴィッド本人は“[hobo]を【homo(ホモ)と誤解されるから】”と、コメントしているようです。
意味としてはどちらも“渡り歩く者”といったニュアンスがあって大差はありませんが、このフレーズに於いては【drifter】の方が圧倒的に音の響きがカッコいいような気がします。

“孤独を生きる星の下に生まれた”といえば不幸な人のように思えますが、私たち人間は誰もがそんな宿命を背負って生きているのかもしれません…。



~Epilogue~

この歌は、何らかの理由で孤独の道を歩む決意した男の物語です。
タイトルの「Here I go again」はその心情を端的に表していると思われますが、歌詞全体を見渡すとそこには“よし、もう一度やってやる!”という意気込みより、“仕方ない、またやり直そう…。”という迷いと傷心が内包されているようにも感じ取れます。
一方、音楽的要素に耳を傾けてみると82年ver.は淋しげで“後者”を、87年ver.は力強さが増して“前者”の心情を代弁しているようにも思えるのです。

“人生楽ありゃ苦もあるさ”
長い人生、時が変われば境遇も心情も変わるもの…。


Here I go again on my own
ここからまた一人、始めるさ
Goin' down the only road I've ever known
歩むべき、唯一つの道を下り

「Here I Go Again」は、デイヴィッドが1974年に結婚した最初の妻Julia Borkowskiとの破局の際の心情を綴ったものともいわれます。
また、この頃そうした家庭内の不安定が影響してか彼はドラッグに溺れ、仕事でも人間関係や金銭問題にトラブルを抱えバンドも空中分解…といった公私共にどん底な時期にあったようです。
時が移り、新たな恋人タウニーと出会い、痛めていた喉の手術も成功し3年振りに制作されたのがアルバム『Whitesnake』でした。
実生活に光が射せば物事の解釈も楽観的になるもので、孤独を歌ったはずの「Here I Go Again」が“よし、もう一度やってやる!”に変わったとしても無理からぬことでしょう。
(…にしても、PVでのタウニーとのイチャイチャはやり過ぎ!?


Here I Go Again...
あなたはこの言葉に、どんな想いを込めますか?



「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」

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