I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「ディス・ワン」ポール・マッカートニー

2017.03.10

category : Beatles & Solo

Paul McCartney - This One1 Paul McCartney - This One2


Paul McCartney - This One (1989年)



~ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンの誕生日を祝う~

去る2月25日、ポール・マッカートニーはTwitterに《写真・右上》を投稿しました。
この日は旧友・故ジョージ・ハリスンの誕生日で、以下のような言葉を添えています。

“My lovely friend George! Still celebrating his birthday.
Lucky to have had him in my life.”

僕の素敵な友人、ジョージ!今も彼の誕生日を祝っている。
僕の人生に彼がいてくれたのはラッキーだった。


一方、3月9日(木)には【#ThrowbackThursday #tbt】(“木曜日は、思い出の画像を投稿しよう”という意味)のハッシュタグに、以下のような画像を付けて投稿しました。

Paul McCartney - This One3

 “Sir” Paul McCartney ♪ 



~概要~

「ディス・ワン」はポール・マッカートニー1989年の8thソロ・アルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート(Flowers In The Dirt)』からの2ndシングルで、イギリスでは1stシングル「My Brave Face」と同じ18位とそこそこヒットしましたが、アメリカBillboard Hot 100では94位と、ポールらしからぬ散々な成績に終わりました。
ただしアルバム自体は全英No.1に輝くなど好調で、80年代では1982年の『Tug of War』に次ぐ評価を得た作品といえるでしょう。
近年ポールは次々と旧作の“アーカイヴ・コレクション”をリリースしていますが、その第10弾としてこの3月24日に『Flowers In The Dirt』が発売されることになっています。

「This One」で特筆すべきといえばその“インド志向”で、ビートルズ・ファンが懐かしさを感じるサウンドにはポール自らが奏でるインド弦楽器“シタール”があります。
また、その志向は「ディス・ワン」のシングル・ジャケットやPVを見れば一目瞭然で、これらに登場する横笛を吹く白鳥に乗った青い肌の少年はヒンドゥー教の“神聖さ、愛、知、美の神”クリシュナであり、映像の中でポールとリンダは慣れない(?)あぐらをかいて瞑想しています。
ただし、ビートルズ時代インドでの修行を真っ先に逃げ出した前科のある彼はじっと瞑想などしていられるはずもなく、“目蓋に創意”(上で紹介の写真)を凝らすなど、全く世俗を忘れることができていません! 

『Flowers In The Dirt』はポールが成田空港での“あの事件”以来約10年ぶりにワールド・ツアーに復帰するきっかけとなった作品で、「This One」もその1989年9月からのツアー『The Paul McCartney World Tour(通称;ゲット・バック・ツアー)』で演奏されました。
その後ポールは何度もワールド・ツアーを重ねていますがあまりにヒット曲が多いポールのセット・リスト入りは至難であり、恐らくその後一度も演奏されたことはないと思われます。
ただし今回は『Flowers In The Dirt』の再発プロモのお陰で当時の貴重な音源も公開されていたので、それらも併せてお楽しみください。


 
 



~Lyrics~

The Swan Is Gliding Above The Ocean,
神さまをその背に乗せ
A God Is Riding Upon His Back
海に上を優雅に飛びゆく白鳥

「This One」の創作の経緯を、ポールは次のように語っています(要約)。

【this one】という言葉から【this swan】が浮かび、白鳥というとインドで見掛けたクリシュナのポスターを思い出したんだ。彼がピンクのユリを持ち白鳥に乗って澄んだ池の上を漂っているその絵はとてもスピリチィアルで、心を落ち着かせるものがあった。僕は特定の宗教は信仰していないけど、ああいう絵からはいい瞬間が得られるね

…って、きっかけは“ダジャレ”かいっ!? 


Did I Ever Take You In My Arms,
これまで君を腕の中に抱いて
Look You In The Eye, Tell You That I Do,
その瞳を見つめ語りかけたこと、あったかな

ポールによると、「This One」は“基本的にはラブ・ソング”だそうです。
ビートルズ時代は恋人ジェーン・アッシャーへ宛てて数々のラブ・ソングを書いてきた彼ですが、結婚後は愛妻のリンダ一筋!
ポールとリンダの“おしどり”ぶりは、ロック界でも有名でした。
果たして、本作はリンダへ宛てられたもの…?


Did I Ever Open Up My Heart
心を開いて
And Let You Look Inside.
この胸の内を見せたことが…

一方で、ポールはこの歌を“【後悔】がテーマ”と説明しています。
どんな時に後悔するかについて彼は[口論]を挙げており、冷静になって“君の方が正しい”と言えなかったことを悔いているそうです。

ポールの仲違いというと真っ先にジョン・レノンとのことを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、それはビートルズ解散の前後数年のことで、彼が“…でもしばらくして僕からジョンに電話をするようになって、最終的にはまた仲良くなれたんだ。ジョンに赤ちゃんが生まれて僕も育児中だった頃は、子育ての話もよくしたよ”と語るように、ジョンが亡くなるまでにポールが何度も彼を訪ねるほどの関係を取り戻していたそうです。



~Epilogue~

ジョンとは比較的早く関係を修復できたポールでしたが、同じく法廷で争った元ビートルズのジョージ・ハリスンとは十数年経ってもなかなかきっかけさえ掴めませんでした。
僕は幸運だった。ジョンが死ぬ直前には親友に戻れたから。
でもジョージは最後までジョンと話をしなかったから、とても悔やんだと思うんだ…


しかしこれは、当時ジョージと仲直りを果たせぬままだったポールにとっての悔いでもありました。
“だからこの曲を作った。いま言わなければもう言えないかもしれない。だからいま好きだよって言おうって…”


There Never Could Be A Better Moment
でもそれに相応しい瞬間って外にないんじゃないかな
Than This One, This One.
今、この時を於いて

…そう、「This One」にちりばめられた“インド”は、インドの文化に傾倒しヒンドゥー教徒でもあったジョージへの、ポールからの“サイン”だったのです!
直接この曲がきっかけとなったかは分かりませんが、ポールのこの思いは1993年からの『The Beatles Anthology』プロジェクトに於いて、天国のジョンを含めたビートルズ4人の共演が実現したことに結実します。
ご存知のようにその後まもなくジョージは癌を発症、2001年11月29日に58歳の若さで亡くなってしまいますが、群がるマスコミを遠ざけ家族と静かな最期の時を過ごせるよう国外の別荘を提供したのもポールだったといわれます。
ポールは語っています…。

過去を振り返り、未来を夢みる人が多いけど、今を大事にしてない。
生きているこの瞬間をもっと大切にすれば、人生がよりよいものになる気がするんだ


This One(今、この瞬間)… 



「ディス・ワン」

※本記事はYoutube上で「This One」のPVが視聴できることを前提に編集しましたが、公開当日になって突然動画が視聴不可となってしまい、Youtube動画は現時点で掲載できません。

検索の結果、こちらのサイトで視聴可能ですので、ご希望の方はそちらでご覧下さい。


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comment(8) 

「ジェラス・ガイ」ジョン・レノン

2016.12.02

category : Beatles & Solo

John Lennon - Jealous Guy1 John Lennon - Jealous Guy2


John Lennon - Jealous Guy (1971年)



~I'm just a jealous guy...?~

先ごろ、ジョン・レノンとオノ・ヨーコがビートルズ解散後の1971年にポール・マッカートニーとその妻のリンダへ宛てた非難の手紙が約30000ドル(約330万円)で落札されたと報じられました。
この年ジョンとポールは“ビートルズが残した負の遺産”を法廷で争っただけでは飽き足らず、それぞれのソロ作品上でも激しく互いを批判し合っていたのは有名な話です。

今回の報道を知った時、ジョンがポールに宛ててメッセージしたとされる「How Do You Sleep?(眠れるかい?)」を反射的に思い浮かべましたが、正直これは“詩というより子どものケンカ”なので、もっとジョンの魅力を伝えるに相応しい“Jealous Guy”を選曲いたしました…。



~概要~

「ジェラス・ガイ」は、1971年に発表されたジョン・レノンの2ndアルバム『イマジン(Imagine)』の収録曲です。
当時シングル・カットはされておらずジョンの死後、1981年に東芝EMIが日本独自の追悼シングルとして発売しました。
また、同年にはイギリスのロック・グループであるロキシー・ミュージックがやはり追悼としてシングルをリリースしており、彼らにとって初の全英チャート1位獲得曲となっています。

本楽曲はビートルズ時代の1968年、インド滞在中に創作されたものがベースになっており、この時点からメロディーは「Jealous Guy」と同じであるものの、歌詞はヒンドゥー教に由来する超越瞑想の創立者マハリシ・マヘシ・ヨギの思想に影響されたものとなっており、タイトルも「Child of Nature」でした。
しかしすぐにジョンがマハリシに失望したためか、完成度に満足できなかったかは不明ですが同年発表の『ホワイトアルバム』のリストからは除外されています。
さらにこの曲は1969年1月の“Get Back Session”でも試みられたもののこれも『Let It Be』の選曲から漏れてており、結局その一部は2003年発売の『Let It Be... Naked』のボーナスCD『Fly on the Wall』に収録されました。

その後「Child of Nature」は、ソロとなったジョンが1971年にメロディーをそのまま生かし歌詞を書き換えて「Jealous Guy」としてようやく完成させました。
「Jealous Guy」は1988年にジョンの自伝的映画『Imagine』でも取り入れられており、その影響から本曲が再び世界的に脚光を浴びる結果につながって楽曲発表から17年経って初めてBillboard Hot 100で80位にチャート・インしています。
また、1998年にはジョンの未発表音源を集大成したCD4枚組ボックス・セット『John Lennon Anthology』の中にも本曲のアウトテイクが収められ、私はこのバージョンがオリジナルに劣らず好きです。

 
 



~Lyrics~

I was dreaming of the past
昔のことを夢で見ていたら
and my heart was beating fast
胸の鼓動が乱れ打ち

出だしから、いきなり意味深発言です。
でも【the past】っていつ、どんな思い出を指しているのでしょう…。

ヨーコは、“ジョンが(過去に)私と寝た男のリストを作っていた”と語っているそうですが、だとしたらそれを夢で見てジョンがうなされていたってコト!?
そういえば、以前にも“オトコがリストを作った曲”があったような…。
正解は、コレ♪ 


I was trying to catch your eyes
その視線を独り占めにしようとしていた
I thought that you were trying to hide
“君が姿を隠そうとしてるんじゃないか?”って

さらにヨーコによると、ジョンは一緒に暮らすようになってから彼女に全ての時間そばにいることを求め、男性用トイレの中にまで帯同させられたといいます。
これは、“少しでも目を離すとヨーコが他の男と何処かへ行ってしまうのではと恐れていた”という理由らしいのですが…。

“ジョンのリスト”の話はともかく、これはホントだと思います!
レコーディング・スタジオ内にベッドを運び込んで、そこにヨーコを常駐させた人ですから…。


I was shivering inside
心は震えていたんだ
I was shivering inside
ぶるぶると…

…一方、ポールは“僕についての歌だ”と言及しています。
彼によると、ジョンはよく“みんなマッカートニーのバンドワゴン(パレードの先頭を走る楽隊を乗せた車や馬車)だ”と言っていたそうで、つまりビートルズはポールの引き立て役で、ジョンがポールに嫉妬していたと解釈しているようです。

でもヨーコにしろ、ポールにしろ、何だか自分に都合のいい解釈をしているような…? 


~Epilogue~

最後に、私Beat Wolfの抱いている勝手な解釈をお聞きください。

ポールは“ジョンは僕に嫉妬”、ヨーコは“ジョンはヨーコの身の回りにいる全ての男に嫉妬”してると解釈しているようですが、私は少し違っています。
基本的にはヨーコ説と同意ですが、私には冒頭の[I was dreaming of the past昔のことを夢で見ていたら)]が引っ掛かって仕方ありません。
ジョンが嫉妬深い男であることは周知の事実であるものの、問題は“彼が何故(病的ともいえるほど)そんなに嫉妬深くなってしまったのか”です。
そこには、彼の幼少からの生い立ちが深く関与しているのではないかと…。
(“I was dreaming of the past=昔ヨーコが男に抱かれた夢”じゃダメなのか? 


ジョンの父・アルフレッドはジョンが2歳のころ妻子を置いて姿をくらまし、これに伴い母ジュリアも他の男性の所で暮らすようになって、ジョンは彼女の姉メアリー(ミミ伯母)夫婦に預けられながら近くにある母の家とを互いに行ったり来たりして幼少期を過ごします。
こうした複雑な生育環境がジョンにとってトラウマとなっていたことは1970年の「Mother」に綴られているとおりですが、さらに彼の心に深い傷を与えたのが母ジュリアの突然の事故死であり、当時17歳だったジョンはその葬儀の間じゅう伯母ミミのひざに顔を埋めたままというほど取り乱していたそうです。

人生に於いて何度、ジョンは愛すべき人に置き去りにされてきたことだろう…


Oh my I didn't want to hurt you
あぁ…君を傷つけたかったわけじゃない
I'm just a jealous guy
ただ、僕がやきもち焼きなだけ

ジョンが大人になってからも度々その悪夢に苛まれることがあったとするなら、
何となく“やきもち”の理由も解るような気がします…。



「ジェラス・ガイ」

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「イエロー・サブマリン」ビートルズ

2016.09.30

category : Beatles & Solo

Beatles Yellow Submarine1 Beatles Yellow Submarine2


The Beatles - Yellow Submarine (1966年)



~リンゴ・スター来日~

ビートルズ・メンバーのリンゴ・スターが今月24日~11月2日にかけて、“His All Starr Band”を引き連れて3年ぶりの日本公演を行います!
毎回“豪華な友人”の参加が恒例となっている今回のメンバーにはスティーヴ・ルカサー〈G・Vo/TOTO〉、トッド・ラングレン〈G・Vo〉、グレッグ・ローリー〈Key・Vo/元ジャーニー〉、リチャード・ペイジ〈B・Vo/Mr.ミスター〉、グレッグ・ビソネット〈Dr/ローリング・ストーン誌・歴史上最も偉大な100人のドラマー52位〉、ウォーレン・ハム〈Sax・Perc/元カンサス〉が参加の予定です。

7月7日に76歳となり、8月14日には“ひいおじいちゃん”となったリンゴにとって全曲を歌いドラムを叩くことは無理と思われますが、その分頼もしい友人たちが彼をサポートしてくれることでしょう。
でももちろん、「イエロー・サブマリン」ではリンゴが魅せてくれると思いますけどネ?



~概要~

「Yellow Submarine」は1966年8月5日にビートルズが発表した7作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『リボルバー(Revolver)』の収録曲で、同日「Eleanor Rigby」との両A面シングルとしてカットされ、全英チャート4週No.1という大ヒットを遂げました。
アメリカでは8月8日に「Eleanor Rigby」をB面としてリリースし9/14にBillboard Hot 100で2位(年間96位)を記録したものの、このころ全米はジョン・レノンの“キリスト教発言騒動”の真っ最中(8月11日にジョンが釈明会見)で、1位になれなかったのはその反感があったためともいわれます。
同年6月にツアーで来日したばかりの日本では、これを記念しシングルに武道館公演の写真が使われました。

リード・ヴォーカルを務めたリンゴにとってビートルズ時代唯一のシングル曲であり、まさに彼のイメージを象徴する楽しくてハッピーな名曲です。
作詞・作曲の殆んどはポール・マッカートニーで、歌詞の一部をジョンとフォーク歌手ドノヴァンが手伝っています。
前回の「Twist & Shout」で“1stアルバム『Please Please Me』はたった十数時間で全14曲のレコーディングを完了した”とお話しましたが、さまざまな効果音を駆使し(例えば“ブクブク音”は水を張った鍋にジョンがストローで息を吹き込んで泡立てた音)オーバーダブ(多重録音)を重ねた「Yellow Submarine」1曲だけでそれ以上の録音時間が費やされました。
“贅沢仕上げ”はそれに止まらず最後のコーラスにはジョージ・マーティンやブライアン・エプスタイン、ジェフ・エメリック、マル・エバンス、ニール・アスピノールといったビートルズのスタッフに加えジョージ・ハリスンの恋人パティ・ボイド、ローリング・ストーンズからミック・ジャガーとその恋人マリアンヌ・フェイスフル、ブライアン・ジョーンズが参加しています。

「イエロー・サブマリン」といって忘れてはならないのは1968年に制作されたビートルズのアニメ映画『Yellow Submarine』のテーマ曲という側面で、1969年1月17日にはそのサウンドトラック・アルバム『Yellow Submarine』も発表されました。
この映画自体はヒットしなかったものの(メンバーも音楽以外ほとんど映画には関与していない)アート性に対する評価は高く、後世“黄色い潜水艦”のヴィジュアル・イメージはこの映画によって確立されたといえるでしょう。
ビートルズの故郷にあるリバプール・ジョン・レノン空港のターミナルには、このアニメにインスパイアされた51 feet(15.62 m) × 15 feet (4.57 m)スチール製の黄色い潜水艦のオブジェが2005年から設置されており(1984年のリバプール・インターナショナル・ガーデン・フェスティバルのため制作され移設)、観光スポットの一つとなっています。

「Yellow Submarine」はビートルズのツアーで演奏されたことはなく、後年リンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドの定番曲として披露されてきた作品です。
ビートルズのアメリカ進出50周年を記念した、2014年のグラミー賞によるトリビュート・コンサート『The Night That Changed America: A Grammy Salute to the Beatles』では「With a Little Help from My Friends」(過去ログ)「Hey Jude」(過去ログ)でリンゴとポールが共演、「イエロー・サブマリン」では舞台で歌うリンゴをポールが応援する…といったファンにとっては涙モノの場面が見られました。

 
 



~Lyrics~

In the town where I was born
街の外れに
Lived a man who sailed to sea
船乗りがひとり

…エっ!訳が全然違う? 
実はこの日本語のラインは、1982年に「Yellow Submarine」を日本語カバーした民謡歌手・金沢明子の「イエロー・サブマリン音頭」の冒頭部分です。

“ビートルズを音頭に”というマサカの取り合わせで当時話題を呼びましたが、この企画の仕掛け人の一人は“音頭好き”で知られるあの大滝詠一で、日本語歌詞は当代随一の作詞家・松本隆が担当しました。
当時ビートルズの楽曲著作権保護が強化され歌詞の変更が世界的に認められなくなっていたものの、この曲を聴いたポールは例外的に許可を与えたという逸話があります。




Everyone of us (Everyone of us) has all we need (Has all we need)
ここにいる誰も、すべてが足りている
Sky of blue (Sky of blue) and sea of green (Sea of green)
空は青いし、海は緑色に輝いている

「イエロー・サブマリン」の殆んどはポールによる発想であるものの、【Sky of blue and sea of green】のラインはドノヴァンのアイデアだそうです。
この作品は【the land of submarines】をテーマとしているにも拘らずポールはそのビジュアル像をほとんど描けていませんでしたが、ドノヴァンによってそれが補てんされたといえるでしょう。
…でも、潜水艦の楽園が“暗い海の底”ではなく“青い空と緑色の海”というのも、ちょっと意外?

ちなみに、このフレーズでリンゴの歌唱の後を浮かれたように合いの手を入れている(カッコ内の部分)のは誰だか、もうお分かりですね? 


Full speed ahead, Mr. Boatswain, full speed ahead!
おっさんが、屁こきまっせ。僕ちゃんの屁!
Full speed it is, Sgt.!
助けてビリーさん
Cut the cable, drop the cable!
おっぺけぺえ・・・おっぺけぺえ
Aye, sir, aye!
あー、さっぱりやね
Captain, captain!
けぶん、けぶん

…私が、とうとうイカレてしまったと思わないでくださいね?
これは、英語なのに日本語のように聴こえるという有名な“空耳”です。

この一節は中間の会話部分で1行目がポール、2行目がジョン、3行目はリンゴによるものですが特にポールとジョンはブリキ缶を介して話し潜水艦内の交信を演じているので直接耳では英語がよく聴き取れませんが、何故か“日本語の方がハッキリ聴こえる”かもしれません。
それにしても、“おっさんが○○”って…? 



~Epilogue~

「Yellow Submarine」は当初、ポールが子ども向けをイメージして創作を始めた作品であり、歌詞にはわざわざ短い単語を用いています。
そのため戦争の兵器である潜水艦を明るい黄色にし、曲調もマーチを取り入れながら楽しくほのぼのとしているのでしょう。
でもあまりに内容が素直過ぎたため、素直じゃない大人たちは“反戦歌”や“ドラッグの歌”、“潜水艦で暮らす主人公=ツアーでホテルに缶詰め状態のビートルズ”、果ては“ポール死亡説”の一端にもこじつけたりもしました。


この論争の真偽はともかく、「Yellow Submarine」を歌うリンゴは正真正銘の平和主義者であり、彼のトレード・マークといえば“ピース・サイン”です。
アルファベットの[V]の形を作ることからVictory(勝利)を意味する“Vサイン”とも言われますが、1960年代にベトナム戦争や核兵器への反対から拡がった平和運動の象徴とされたのがピース・マーク(Peace symbols)やピース・サインで、当時ロック・スターの間でも流行したもののその後“Love & Peace”の衰退と共にこのサインを示すスターも殆んどいなくなった昨今、なお“ピース”し続けているのはリンゴぐらいかもしれません。
ピース・サインは使い方や国によっては“侮辱”や“性的表現”を表すサインでもあるので、外国人の前で使うのは要注意。  インド人にとっては“ウ◯コしたい”のサインだとも言うぞ…?

そして自身の誕生日である今年7月7日、リンゴは“Peace & Love”イベントを催しました。
また、9月21日の『国際平和デー(ピースデー)』には、非暴力を訴える国連やソーシャル・メディア・キャンペーン『#HugForPeace』と提携し新曲「Now The Time Has Come」を発表しています。

 


…そんな彼が歌う「Yellow Submarine」だからこそ、
作品には“特別な意味”が含まれているような気がしませんか? 

We all live in a yellow submarine
この“小さな地球船”に暮らす、僕ら
Yellow submarine, yellow submarine
みんな明るく、楽しくいこう…



「イエロー・サブマリン」

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「ツイスト・アンド・シャウト」ビートルズ

2016.09.23

category : Beatles & Solo

Beatles - Twist Shout1 Beatles - Twist Shout2


The Beatles - Twist & Shout (1963年)



~at the Hollywood Bowl / Eight Days A Week~

2016年9月は、ビートルズ・ファンにとって実り豊かな秋となりました!
まずは9月9日、ビートルズ解散後1977年にアナログ盤として発売されこれまでCD化されていなかった“ビートルズ唯一の公式ライブ・アルバム”『The Beatles at the Hollywood Bowl』が、最新リミックス&リマスターによって遂に初CD化が実現したことです。

そして9月22日、ロン・ハワード監督を迎え制作されたビートルズ公式ドキュメンタリー新作映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK』が全国公開されました。
「Eight Days A Week」はもちろんビートルズの楽曲(過去ログ)から採られたものですがこれは当時の彼らが“あり得ないほど忙しかった”ことの象徴であり、この映画はそうしたビートルズのめまぐるしい日々をライブ映像を中心に構成したドキュメンタリーです。

まずは、その2作品のプロモ映像からどうぞ♪

 



~概要~

「ツイスト・アンド・シャウト」はビートルズのイギリス盤公式オリジナル・1stアルバム『Please Please Me』の収録曲であり、イギリスでは1963年7月12日に4曲入りEPとしてカットされNMEで2週連続4位・MMで2位を記録しました。
アメリカでは「抱きしめたい」(過去ログ)で“ビートルズ旋風”発生後の1964年3月2日にシングルとしてリリース(B面は「There's A Place」)、Billboard Hot 100で4週連続2位(年間40位)と悔しい結果に終わっていますが、これは全く同じタイミングで彼らの「Can't Buy Me Love」が5週連続No.1に君臨し続けていたためです。

ジョン・レノンのけたたましい“shout”はまさにビートルズを代表するロック・ナンバーといえる作品ですが作者はレノン=マッカートニーではなく、バート・ラッセル・バーンズとフィル・メドレーです。
「Twist And Shout」は、まず1961年にフィル・スペクターがプロデュースするThe Top Notesという新進ヴォーカル・グループに提供されたものの、作者のバート・ラッセル・バーンズはこの出来ばえに“歌を台無しにした”と不満を示し、1962年にR&Bグループのアイズレー・ブラザーズ (The Isley Brothers) を自らがプロデュースする形でレコーディングし直し、Hot 100の17位とヒットさせました。

ビートルズver.はアイズレー・ブラザーズに影響を受けたコーラスやスタイルが施されており、彼らがデビュー直後の1962年12月にハンブルクのスター・クラブの興行で早くもレパートリーとして取り入れています(『Live At The Star-Club In Hamburg, Germany; 1962.』に収録)。
1stアルバム『Please Please Me』はたった1日(十数時間)で全14曲のレコーディングを完了したといわれますが、「Twist And Shout」はその最終曲でした。
この日ジョンは風邪のためのどの調子が悪く牛乳や喉飴でケアをしながらの参加であり、激しいシャウトを求められる本曲を最後に回す配慮がなされたとはいえ、マスター音源となったテイク1(最後にある【Lyrics動画】を参照)で既にジョンは声が割れており、テイク2で気合いを入れるためシャツを脱いで頑張りましたがこの時もはや彼の声は使い物にならないほど嗄(か)れていたそうです。

 



~進化し続けた「Twist And Shout」~

恐らくファンの方にとって、「Twist And Shout」は“コンサートのオープニング・ナンバー”というイメージが強いことでしょう。
しかしそれは1964~65年頃のことで、1963年のツアーではラスト・ナンバーでした。
前述のとおり「Twist And Shout」はビートルズのオリジナルではないにも拘らず、デビュー直後の1962年から1965年8月のツアーの殆んどで演奏されており、そのことから考えると“ビートルズのコンサートに欠かすことのできないナンバー”といった方がより正確なようです。

1963年のレコードver.や同年のライブ演奏ではイントロのギターの後すぐにジョンのヴォーカルが入っていたのに対し、1964年頃のツアーでは、間奏やクロージングで用いていた“ジョン⇒ジョージ⇒ポールのAh...♪”をイントロにも導入してワクワク感が増し、ヴォーカルや演奏もよりエキサイティングになっており、私は特に後者の方が好きです。

ビートルズは1964年8月と1965年8月の2度、ロサンゼルスのハリウッド・ボウル(野外音楽堂)で公演を行っており、そのどちらでも「Twist And Shout」が演奏されました。
このうち『The Beatles at the Hollywood Bowl』に収録されている「Twist And Shout」の音源は1965年8月30日のもの《右》ですが、今回の検索では“1964年8月23日の演奏を舞台袖から撮影した映像”《左》を発見したので、マニアの方はぜひ1965年のものと比較しながらお楽しみください♪

 



~Epilogue~

「ツイスト・アンド・シャウト」というと、後世まで語り草となっている有名なエピソードがあります。

1963年、「Please Please Me」に端を発した一連の大ヒットにより国中がビートルズに夢中となっていたイギリス。
その11月4日、エリザベス女王やアン王女ら王侯貴族が多数列席する王室主催の音楽演奏会『The Royal Variety Performance』に、ロック・バンドとして歴史上初めてビートルズが招かれ演奏した舞台でのことです。
「From Me To You」-「She Loves You」-「Till There Was You」と歌い継ぎ、ジョンが最後の曲を次のように紹介しました…。


For our last number I'd like to ask your help.
The people in the cheaper seats clap your hands.
And the rest of you, if you'd just rattle your jewellery.

We'd like to sing a song called Twist And Shout.


ラスト・ナンバーでは、みなさんの助力をお願いします。
安いお席の方は手拍子を…
そのほか(高い席)の方々には、宝石をジャラジャラと鳴らしていただけたら幸いです。

それでは、「ツイスト・アンド・シャウト」!



この気の利いたジョークに対し7千人の観衆は沸き立ち、エリザベス女王はさすがの度量と気品の笑みで応え、翌日以降新聞は6日間この話題でもちきりとなり、国民の40%がこの番組を視聴したといわれています。
それにしても、ジョークが決まった後のジョンの“どや顔”… 

しかしこのジョークはアドリブではなく数週間前から準備して、事前に関係者の了解も得た上でのものでした。
…ただし、当初彼が思いついたバージョンには“[jewellery(宝石)]の前に【fucking】の一語”(おなじみ放送禁止の卑語)が入っていたそうで、さすがにこの案はマネージャーのブライアン・エプスタインに却下されていたものの、ジョンの性格をよく知るブライアンは、当日(ジョンが)禁句を言い出すのではと最後の瞬間まで気が気ではなかったそうです。

…でももし“その一語”を入れていたらこのハナシは伝説ではなく、タブーとして葬り去られていたかも? 



「ツイスト・アンド・シャウト」

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comment(6) 

「ロック・アンド・ロール・ミュージック」ビートルズ

2016.06.24

category : Beatles & Solo

Beatles - Rock Roll Music1 Beatles - Rock Roll Music2


The Beatles - Rock & Roll Music (1964年)



~ビートルズ来日50周年~

6月29日は“ビートルズ記念日”
1966年の6月29日、ビートルズが初めて羽田空港に降り立ったことを記念して制定された日本だけの記念日です。
今年はそれから“50周年”ということで、殊更注目を集めていますね♪

…それにしても、先週末の“イギリスのEU離脱”は世界を動揺させました!
実はこの6/28・29、ビートルズ来日50周年記念コンサート『THE TRIBUTE』が予定されており、それにゲスト出演する“ジョン・レノンの妹(異父妹)”ジュリア・ベアードさんが来日中で、彼女は今回のEU離脱について“兄はインターナショナルな人だったから、もし生きていれば残留を支持したはず”と、言及したそうです。



~概要~

「ロック・アンド・ロール・ミュージック」は1964年12月4日に発売されたビートルズ4作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ビートルズ・フォー・セール(Beatles for sale)』に収録された作品です。
英・米ともにシングル・カットはありませんがフィンランドやノルウェー、オランダ、オーストラリアなどで発売され、とりわけ日本ではビートルズ最高の85万枚を売り上げました。

ビートルズが敬愛する黒人歌手チャック・ベリーが作詞・作曲し1957年にBillboard Hot 100で8位を記録した楽曲のカバーであり、ここではジョン・レノンがリード・ヴォーカルを務めています。
オリジナルのチャック・ベリーが抑揚を抑えたクールな歌唱であるのに対し、ジョンはまさに“エキサイト”しており感情に訴え掛けてくるようです。

ビートルズはコンサートのオープニング曲として歴代「I Saw Her Standing There」や「Twist and Shout」など激しいロック・ナンバーを好んで選曲してきましたが、1966年のツアーでは本作品が選ばれており、この年初来日を果たした日本武道館公演のOPを務めたのも「Rock and Roll Music」でした。
このうち、武道館公演初日(6/30)では通常よりキーを下げ短縮したバージョンが披露され、この音源は1996年にリリースされた『The Beatles' Anthology 2』に収録されています。

本作品はビートルズ以外にもビーチ・ボーイズ、REOスピードワゴン、ブライアン・アダムスなど錚々たる顔ぶれにカバーされるロックのスタンダードであり、オリジナルのチャック・ベリーver.はローリング・ストーン誌“500 Greatest Songs of All Time 128位”にランクされ、ロックの殿堂“500 Songs that Shaped Rock and Roll”入りを果たしています。
また、カバーではありませんか今回Youtubeで見つけた音源にはビートルズの「Rock and Roll Music」とレッド・ツェッペリンの「Rock And Roll」をマッシュアップ(※)させた作品があり、マッシュアップ好きの私にはタマラナイ1曲♪
(※mashup;2つ以上の曲から片方はボーカルトラック、もう片方は伴奏トラックを取り出してそれらをもともとあった曲のようにミックスし重ねて一つにした音楽の手法

 
 



~Lyrics~

It's got a back beat, you can't lose it
強烈なバック・ビートを、もう放せない
Any old time you use it
いつだって、そうするさ

【back beat】は“騒がしいしっかりとした拍子”を意味し、ロックの大きな魅力の一つです。
ビートルズはデビュー前、ハンブルクで公演を行っていた頃からこの曲をレパートリーとしていました。

「Rock & Roll Music」に魅せられたビートルズ…
ハンブルク時代の彼らの活動と人間模様を描いた1994年の映画に『Backbeat』という作品がありますが、まさにこの一節から採られています。


 


Don't care to hear them play a tango
タンゴや「イン・ザ・ムード」
And In The Mood they take a mambo
マンボなんて、聴きたくないし

この歌に列挙されているロック以外のジャンルのファンの皆さん、ゴメンナサイ!
これは“ロックが一番”という歌なので、作者に成り代わりお詫びを申し上げます。

ここで記される【In The Mood】は一般的な文章の一部でなく“曲名”と解釈していますが、実際それを意味するかは不明です。
「In The Mood」というと1939年にグレン・ミラー楽団によって大ヒットしたジャズの超有名曲が真っ先に浮かび、どんな名曲であってもナマイキ盛りの若造に掛かってはそんな言い方になるのかもしれません。
あなたは“若かりし頃”、どうでした? 


It's way to early for a congo
コンゴにはちょっと早い
So keep a rocking that piano
やっぱり、ロックなピアノを刻み続けよう

【congo】は上の[tango-mambo-]の流れと思われますが、正直【way to early for a congo】の真意はよくわかりません(たぶん韻を重視しただけで、深い意味はない)。

一方、ビートルズの「Rock & Roll Music」で大きな魅力となっているのが、ファンキーなピアノ・プレイ
ここでのプレイヤーには諸説あって、アルバムのライナーを担当したDerek Taylorは“ジョン&ポールとジョージ・マーティンが一つのピアノで演奏”、『ザ・ビートルズ レコーディング・セッションズ』の著者Mark Lewisohnは“ジョージ・マーティン”、エンジニアを務めたGeoff Emerickは“ポール”だと言っています。



~Epilogue~

『日本史上、最も国民を騒がせた来日』をランキングしてみるとすれば、それはマシュー・ペリー(黒船来航)、ダグラス・マッカーサー(GHQ最高司令官)、そして“ビートルズ来日”ではないでしょうか?
来日前から政治家が目くじらを立て、右翼団体が排斥運動を起こし、時事討論番組では音楽に知識も興味もない人々がビートルズを論じ、地域や学校は子どもたちをコンサートへ行かせまいとあらゆる手段を講じる…。

来日すると、ビートルズを国民から徹底的に隔離するため空港や高速道路を封鎖して彼らをホテルへ送迎、東京オリンピック開会式級の8千人を越える警官と9千万円の費用を投じ警備に当たったそうです。
さらに、コンサート中も武道館内には8,500人の観客に対して約2,000人の警官(+警備員)が会場を指導・監視に当たったためビートルズとしては例外的に静かなコンサートとなりました。

この厳戒態勢について、警備の指揮を執った当時の警視庁警備課長さんは次のように語っています。
現場の下見に武道館を訪れた際ビートルズ・ファンの女子中学生らがたむろしていて、彼女らに話を聞いてみると【足の1本くらい折れてもいいからステージに飛び上がってキスしたい】と言うわけ。こういう女の子らが来るなら何が起きるかわからないと思い、それが警備の全てを決定した。”(要約)

…でもちょっと写真をご覧ください、警官がみんな“白手袋”をしているでしょ?
白手袋は通常皇室・国賓護警時にしかしないものですが、この時は女の子たちに怪我をさせないよう、警官一人ひとりに彼女らを大切に扱う気持ちを徹底させるよう敢えて指示したそうです。
少しやり過ぎではあったものの、そこには“日本人らしい思いやりの心”が込められていました…。

Beatles - Rock Roll Music4 Beatles - Rock Roll Music3


Just let me hear some of that rock and roll music
ロックン・ロールを聴かせてよ!
Any old way you choose it
君だって、それがいいだろう?

…かつて“ロックは若者の象徴”でしたが、今は当のポール・マッカートニーも74歳を迎え、現代の若者からは「Rock and Roll Music」のような心湧き立つロックン・ロールが聴こえてこないような気がします。
昔、私が抱いていた“演歌はおじさん・おばさんの音楽”という偏見と同じ感覚で、若者たちはロックを捉えているのだろうか…。

音楽の“ジェネレーション・ギャップ”ならまだいいのですが、EU離脱に対するイギリスで生じたそれには少し考えさせられます。
今回の国民投票では18~24歳までの若者の70%余りが残留に投票したのに対し、65歳以上の高齢者の60%が離脱に投票したそうです。
ガーディアン紙のサイトに掲載された、“投票権が与えられていない10代の女の子”の言葉があります。
16、17歳の声は聞いてもらえなかった。90歳の人の方が、私たちの残りの人生を決める力が強いなんて!

難しい問題です…。



「ロック・アンド・ロール・ミュージック」

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