I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「イフ・ノット・フォー・ユー」オリビア・ニュートン=ジョン

2015.04.24

category : Olivia Newton-John

Olivia Newton-John - If Not For You1 Olivia Newton-John - If Not For You2


~オリビア・ニュートン=ジョン45周年~

“メジャー・デビュー45周年”を迎えたオリビア・ニュートン=ジョンの5年ぶりとなる日本公演が、現在進行中です。
4/30までの通常公演に加え、5/2には“すべての福島県の友達のために一生懸命歌います”というオリビアからのメッセージが込められた震災追悼のための福島公演『Pray For Fukushima』も予定されています。

記録を見る限り2012年からの『Summer Nights』ツアーが今年も継続されているようで、日本公演はこのセットリストに従うと想定して「イフ・ノット・フォー・ユー」を選曲しました(福島公演は少し変わるかも?)。
まだ初々しいオリビアの貴重な映像も用意しているので、そちらもお楽しみに♪



~概要~

「イフ・ノット・フォー・ユー」は、オリビアの黄金期を支えたプロデューサーのジョン・ファーラーとの出発点といえる同名1stアルバムからの1stシングルで、初めてイギリスで7位と大ヒットをを記録したほか、初めてアメリカBillboard Hot 100で25位(ACチャートでは3週No.1)とヒットした作品です。
独特な音の揺らぎを持つ“スライド・ギター”をフィーチャーしたアレンジが施されており、オリビアの“カントリー”イメージの原点ともいえるでしょう。

一方、楽曲はボブ・ディラン1970年のアルバム『New Morning』に収録された作品であり作詞・作曲もボブ・ディラン、オランダのチャートで30位という記録が残っています。
セッション初期にはジョージ・ハリスンも参加しており、その音源は1991年に『The Bootleg Series Volumes 1–3 (Rare & Unreleased)』として公開されました。
また、この縁からジョージ・ハリスンもビートルズ以降初となる同年のソロ・アルバム『All Things Must Pass』の中で「If Not For You」をカバー、ここでスライド・ギターが初めて用いられ歌詞も一部書き換えられしており(後述)、オリビアver.はジョージver.の影響を受けた作品といえるでしょう。
翌年、ジョージ主催のチャリティ『バングラデシュ難民救済コンサート』にはボブ・ディランも参加していて、本番では演奏されなかったものの二人が生ギターだけで「If Not For You」を演奏するリハーサル映像が残されています。

オリビアは当時各国のテレビ局を回ってプロモーションしていたようで、ネット上にも当時の映像が見られます。
残念ながらどれも口パクですが、ごく初期の初々しいオリビアの映像はとても貴重ですね♪

 
Bob Dylan-George Harrison-Olivia Newton John / The Concert for Bangladesh Rehearsal

 
Germany, TV Show "Disco-71" / french tv in july 1971



~Lyrics~

Babe I couldn't even find the door
私は、扉を見つけることも
I couldn't even see the floor
足元を見定めることさえ叶わなかった

【door】と韻を踏む【floor】…
【扉】の意味するところは何となく想像できると思いますが、【floor】は何を指し示すのでしょう?

しっかりした【床】があるからこそ、真っ直ぐ立っていられる…
床のない足元、それはまさに“綱渡り”のようです。
“doorは希望”とすれば、“floorは安心”…
どちらか一つ欠けても、穏やかな人生にはならないでしょう。


Babe the night would see me wide awake
夜は安らぎをもたらさず
The day would surely have to break
ひとり、暗闇に取り残されたまま
And it would not be new
夜明けを迎えなければならない

オリジナルのボブ・ディランはこのラインを、[baby, I'd lay awake all night / Wait for the morning light / To shine in through]と歌っています。
ジョージのカバーでは上のように書き換えられていますが、この間どんな心境の変化があったのでしょう?

ボブver.は“眠らずに夜明けを待つ”、ジョージ&オリビアver.は“眠れぬまま夜明けを迎える”というニュアンスの違いを感じますが、修正後の方が切ない状況のような気がします。
夜が明け一日が動き始めるのに、自分だけが暗闇に取り残されてしまったような、そんな“孤独”…。


The winter would hold no spring
春は訪れず、冬が居座ったまま
Couldn't hear a robin sing
コマドリの歌声は木霊せず

作者ボブ・ディランはアメリカ人なので【robin】は本来スズメ目ツグミ科の“コマツグミ(American Robin)”を指しているのかもしれませんが、オリビアはイギリス生まれなのでスズメ目ヒタキ科の“ヨーロッパ・コマドリ(European Robin)”を充てました。
日本でもコマドリ(スズメ目ツグミ科)は“日本三鳴鳥”の1つに数えられる美声の持ち主ですが、ヨーロッパ・コマドリも“春の到来を告げる鳥”として非常に愛されています。

イギリスではこれまで国鳥が定められていなかったことからそれを選定しようという動きがあるようで、現在オンライン投票が行われており(5/7まで)、ヨーロッパ・コマドリはその優勝候補だそうです!
(1961年のタイムズ紙の人気投票では、1位に輝いている)

 
ヨーロッパ・コマドリ / 日本のコマドリ



~Epilogue~

If not for you
もし、あなたがいなかったなら
I just wouldn't have a clue
きっと、私は手掛かりさえ見つけられずにいる

あなたの人生を振り返り、そんな風に思える人のことを思い出してみてください。
今も時間を共にしている人、今は離れ離れにある人、今はあの世に旅立ってしまった人…
どんな方にも、必ず思い浮かぶ人がいるはずです。

人生とは自分一人だけで運命が決まるものではなく、誰かの助けなしには曲がり切れないターニング・ポイントが度々用意されています。
深い地の底に眠る“石”が、誰かによって深い地の底から見出され、丹念に磨きをかけられることで初めてダイヤモンドの眩い輝きを放つように…。


そんな劇的な運命ではなくとも、あなたがいま生きているのは少なからず誰かの助けが及んでいるからです。

お日さまが、いつもあたたかい陽射しを届けてくれているように…
お星さまが、いつも静かな瞬きで航路を導いてくれているように…

彼らは自分の作用について、一々アピールなんてしないでしょう。
でも、それがあなたにとってどんなに不可欠なことだったか想いを至らすことができた時、胸いっぱいに“特別な感情”が溢れているはずです。

“If not for you...”

その言葉にこそ、“まだ磨かれていない宝石”が秘められているのかもしれません。 



「イフ・ノット・フォー・ユー」

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「アイム・ダウン」ビートルズ

2015.04.17

category : Beatles & Solo

The Beatles - Im down1 The Beatles - Im down2


The Beatles - I'm down (1965年)



~武道館を“音楽の聖地”に変えた男~

前回は、ポール・マッカートニーのワールド・ツアー『Out There! Tour』のラスト・ナンバーをご紹介しましたが、今回は4月28日に用意された特別追加『日本武道館公演』を想定し、1966年のビートルズ武道館公演のラスト・ナンバー選曲してみました。

“音楽の聖地・日本武道館”の歴史の扉を開いたビートルズ…
その起源となったロックの魅力がちりばめられた「I'm down」、たっぷりご堪能ください♪



~概要~

あなたは、「アイム・ダウン」をご存知ですか?
この曲はビートルズの公式オリジナル・アルバムにもベスト盤にも収録されておらず、これをご存知の方なら一廉(ひとかど)のビートルズ・フリークを自認しておられることでしょう。
「I'm down」は1965年7月23日(UK)に10枚目のオリジナル・シングル「ヘルプ!」のB面曲として発表され、ビートルズ解散後の企画盤『Rock 'n' Roll Music』に収録されたのみで(未CD化)、1988年以降はレア音源を編集したアルバム『パスト・マスターズ Vol.1』に収められています。
一方で、れっきとしたレノン=マッカートニー作品(ポール作)でありリード・ヴォーカルもポール、B面ながらBillboard Hot 100では101位を記録しました。

ビートルズは1964年1月~65年7月のツアーではリトル・リチャードのロック・ナンバー「ロング・トール・サリー(のっぽのサリー)」でライブを締めくくっていましたが、これに代わり得るオリジナル・ソングを目指して作られたのが「I'm down」です。
65年8月からのアメリカ・ツアーに始まり、武道館公演を経て1966年8月29日にビートルズが公演旅行を止めるまでの約1年間、ラスト・ナンバーとしてライブに華を添えました

“ビートルズ屈指”の激しいロック・ナンバーで、まさにリトル・リチャードばりのポールのシャウトが実にカッコいいですが、とても“「イエスタディ」を歌った同じ人”とは思えませんよね?
でも実際には、「アイム・ダウン」は「イエスタデイ」や「夢の人」と同日にレコーディングされており、「イエスタデイ」のあの“静寂”と「アイム・ダウン」の“熱狂”という相反性を両立できる所がポールのヴォーカルの凄さであり魅力なのだと、私は思っています。
「I'm down」のマスターは“Take 7”ですが『Anthology 2』では“Take 1”が公開されており、ここではコーラスもなくジョンは“おとなしく”オルガンを弾いているものの、“Take 7”の頃にはコーラスが加えられジョンのオルガンもかなり“ハジけ”ていて、1:32頃には“バカ笑い(ジョン?)”が出るほどのお祭り騒ぎ!

また、1965年の全米ツアーで当時の世界記録となる観客動員55600人を挙げたシェイ・スタジアムのライブ(メイン動画では、リンゴがこの日“完全にキレてた”と振り返るジョンは既に無双状態で、オルガンを肘でメチャクチャに弾いたり、まるで子供のようにはしゃいでマスっ!!
(でもこの映像にこそ、ビートルズが人を魅了して止まない所以が溢れていると思う)

カバーはエアロスミスが1987年に『Permanent Vacation』で取り上げたものが有名で、スティーヴン・タイラーは2010年にもポールに対するトリビュートとして「ゴールデン・スランバーズ~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド」をパフォーマンスしています。


The Beatles - I'm down (live in Japan) 1966 投稿者 TheBeatles-Channel
 
I'm Down- The Beatles“Take 7” / Aerosmith - Houston 02-15-1988



~Lyrics~

You telling lies thinking I can't see
僕が気づかないだろうって、君は嘘をつく
You don't cry cos you're laughing at me
心の中で笑いものにして、涙も流さない

前奏なしにいきなり歌い出す、ビートルズお得意のパターン!
強いインパクトを与えることができる手法ですが、“ハズす”とその分ハズかしい…。
(カラオケもそうですよね?)

1966年のミュンヘン公演ではポールがこの歌詞をド忘れして、それをジョンが事前に教えてくれたにも関わらず何故か2番の歌詞から歌い出してしまい、頭が真っ白になったのか続くフレーズがシドロモドロになって自分で噴き出すさまをリンゴも大ウケしている貴重な映像が残っています! 
“『ロックの殿堂』入り” おめでとう、リンゴ♪ )

 The Beatles - I m Down Live in Germany


We're all alone and there's nobody else
二人っきりで他に誰もいないのに
You still moan, "Keep your hands to yourself!"
キミったら、いつまで経っても“触っちゃダメ!”

せっかくイチャイチャするチャンスなのに、“おあずけ”を食らうなんて…
男たるもの、シャウトせずにはいられません!
でも、それは人間だけの苦悩ではないようで…?




I'm down (I'm really down)
そりゃぁないよ
I'm down (Down on the ground)
地べたに打ちのめされるくらい、ヘコんじゃう

ビートルズの大きな魅力である“追っかけコーラス”♪
リードがなぞる感情を、バックがすかさずフォローするチームワークのよさが彼らの持ち味であり、特にツアーを中止するまでの中期(人間関係が壊れる前)は充実していました。

でもこの“トホホ感”…
男性のみなさんは、覚えアリ!? 



~Epilogue~

1966年6月29日午前3時39分、台風のため11時間遅れてビートルズは羽田空港に降り立ち、武道館公演は6月30日~7月2日にかけて計5回行われれました。
現在の『Out There! Tour』では39曲前後/約3時間に及ぶ盛り沢山なライブを構成しているポールですが、当時ビートルズが日本で演奏したのは僅か11曲/約30分で、そのセットリストは以下の通りです。

1. Rock And Roll Music
2.She's A Woman(過去ログ)
3. If I Needed Someone
4. Day Tripper
5. Baby's In Black
6. I Feel Fine
7. Yesterday
8. I Wanna Be Your Man
9. Nowhere Man
10.Paperback Writer(過去ログ)
11. I'm Down


ビートルズがコンサートを行うというとどの国でも大騒ぎになるものですが、武道館公演では安全のため1万人の観客に対し3千人の警官を配備する厳戒態勢が敷かれ、メンバー自身も宿泊先である東京ヒルトン・ホテル(現キャピトル東急ホテル)に“ほぼ”軟禁状態に置かれました。
この間退屈を持て余した4人は、日本のファンのため1枚のキャンパスに寄せ書きした絵画『Images of a Woman』の制作に励み、これをビートルズ・ファン・クラブ会長に贈っています。

The Beatles - Im down3 The Beatles - Im down4

以前、過去ログ「ハード・デイズ・ナイト」で劇中のポールが変装してファンから逃れるシーンを言及していますが、コレは“現実のポールが得意とする手口”であり、彼はツアーの時つけヒゲやカツラ、帽子といった七つ道具を旅行カバンにいつも忍ばせていたそうです。
この特技を用いたかはともかく、ポールは7月1日にホテルを抜け出して皇居を見物していますが、すぐに連れ戻されてしまいました。
むしろ“知能犯はジョン”で、その裏をかいくぐって原宿や麻布、青山を回り趣味の骨董品の買い付けに成功しています(『サージェント・ペパーズ~』のアルバム・ジャケットに写る“福助人形”は、この時購入したもの)。

The Beatles - Im down5 The Beatles - Im down6


…さて、ポールは49年ぶりに武道館で「I'm Down」を歌ってくれるかは分かりませんが、彼は人を喜ばせることが好きな人だから何か“仕掛け”を用意しているのではないでしょうか?
ジョンはその生き方や死にざまによってビートルズの伝説に、より鮮烈なインパクトを刻みましたが、
ポールは半世紀が過ぎた今なお、ビートルズの素晴らしさを直接後世に伝え続けています。

生きて、ビートルズを伝える…
それこそが、誰よりもビートルズを愛したポールが歌い続ける意味なのではないでしょうか? 



「アイム・ダウン」

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「ゴールデン・スランバーズ~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド」ビートルズ

2015.04.10

category : Beatles & Solo

The Beatles - Golden Slumbers2 The Beatles - Golden Slumbers1


The Beatles -
Golden Slumbers/Carry That Weight/The End
 (1969年)




~ビートルズ終幕のメドレー~

ポール・マッカートニーの“リベンジ公演”が、いよいよ目前に迫りました(4/21~)。
昨年はまさかのウイルス性炎症でのリタイアでしたがその後は70代とは思えない超人的な活動ぶりをみせているので、必ずや今年は雪辱を晴らしてくれることでしょう!
今回は一昨年と同じ『Out There! Tour』の一環であることからセットリストは基本的に前回と同じと想定し、そのラスト・ナンバーを選んでみました。

…それにしても、初々しい「Please Please Me」(過去ログ)から6年でこんなに成長するなんて!



~概要~

「ゴールデン・スランバーズ~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド」はビートルズが最後に制作したアルバム『アビイ・ロード(Abbey Road)』(イギリスで1969年9月26日発売・12作目の公式オリジナル・アルバム)のフィナーレを飾るメドレーです(正確には、“隠しトラック”「Her Majesty」が最後)。
3曲いずれもポールの手による作品で、リード・ヴォーカルもポール。
作品の性格上シングルとしてのリリースはありませんが非常に評価の高い楽曲で、ローリング・ストーン誌は“本作のB面のみで『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』に匹敵する”と形容し称えました。
一方でメンバーのリンゴ・スターは“B面のメドレーは僕らの最高傑作のひとつ”と賛同しているのに対し、ジョン・レノンは“あれはジャンク(ガラクタ)を集めただけ”と辛辣です(ジョンはこのメドレーにほとんど関与していない)!

ビートルズ末期の作品であり80年代はポール自身がツアーを行わなかったことから長年ライブで披露されることはありませんでしたが、1989年の『The Paul McCartney World Tour(通称;ゲット・バック・ツアー』のリハーサルでポールがこの曲を演奏したところスタッフが涙を流して喜んだことから、セットリスト入りが決まったそうです。
ポールにとってウイングス以来約10年ぶり(ソロとして初)となるこのツアーは1990年に日本でも東京ドームで6公演が催され、私はこの時の「ゴールデン・スランバーズ~」のライブでの素晴らしい再現にとても感動を覚えた思い出があります。

また、この曲は1997年にビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンが働きかけた『モントセラト島救済コンサート』でポールをはじめ、エリック・クラプトンやマーク・ノップラー、フィル・コリンズら豪華協演により披露されました。
カバーも数多く存在しますが、ここではジョージ・マーティンのプロデュースによるフィル・コリンズver.と、2010年に『ケネディ・センター名誉賞』受賞トリビュートでポールを目前に捧げられたスティーヴン・タイラーver.をご紹介いたします。

 
Live-1989-90 / George Martin, Eric Clapton, Mark Knopfler,Phil Collins,Robbie McIntosh,Ray Cooper join Paul in the closing of The Concert for Montserrat

 
Phil Collins / Steven Tyler



~「Golden Slumbers」~

ポールがピアノとヴォーカル、ジョージ・ハリスンがベース、リンゴ・スターがドラムを担当していますが、ジョン・レノンはこの時入院中でレコーディングには参加していません(詳細は過去ログ「カム・トゥゲザー」にて)。
「Golden Slumbers」は2010年、堺雅人主演の映画『ゴールデンスランバー』にも影響を及ぼし、斉藤和義が主題歌としてカバーしたことをご記憶の方も多いでしょう。


Golden slumbers fill your eyes,
やすらかな黄金色が夢を彩り
smiles awake you when you rise
やさしい微笑みが目覚めを促してくれる

趣ある一節ですが実はコレ、“殆んどパクリ”です! 
ポールの義妹ルース(父ジェームスの再婚相手の連れ子)に読んであげた絵本の中にイギリスの作家トマス・デッカーの「Golden Slumbers」という詩を見つけ、そこから“Golden slumbers kiss your eyes/Smiles awake you when you rise/Sleep, pretty wantons, do not cry/And I will sing a lullaby”の4行を殆んどそのまま引用しています。
ただし、17世紀の作品であるため法的問題は生じない…というワケです。



~「Carry That Weight」~

メドレー2曲目ですがここでもジョージがベース&リード・ギター、ポールがリズム・ギターという変則的な編成で、ジョンはかろうじてコーラスに加わっているようです。
当初ポールは“この部分”を「Golden Slumbers」の一部と捉えていたようで、途中から「Carry That Weight」として分けられました。

Boy you're gonna carry that weight
あぁ、君はその重荷を背負ってゆくんだ

Boy】とは、一体誰を指すのでしょう…
また、彼が背負わねばならない【that weight】とは?
that weight=ビートルズ解散】と仮定すると、早くからその言動を示してきたジョンに対するポールの非難という見方もできますが、現実その十字架を背負ったのは“脱退宣言”で一身にバッシングを浴びせられたポールの方だったといえるでしょう。


I never give you my pillow,
もう君に枕を与えることはない
I only send you my invitations
あとは、ささやかな招待状を送るだけ

これも意味深で、【pillow】や【invitations】は何を象徴している?
このフレーズは同じ『アビイ・ロード』B面に収録される“「You Never Give Me Your Money」の替え歌”になっていて、同曲がビートルズの設立した会社『アップル・コア』の財政難を言及していることから考えると、ここでの“【you】=アップル”という仮説も成り立つでしょう。
すなわち、“僕はもうアップルに楽曲を提供することは無いし、後は法的決着だけ。世間が騒いでいる最中にね…”
この予言通り(?)、4人はこの後アップルを巡ってドロ沼の法廷闘争を繰り広げることとなります。



~「The End」~

タイトルの如く、ビートルズの終幕を飾るに相応しいメンバー総掛かりでの演奏を繰り広げる壮大な作品です。
ここでは初めてリンゴのドラム・ソロをフィーチャーしただけでなく、ポール⇒ジョージ⇒ジョンの順に2小節×3回のギター・バトルが展開されていて、今回メインとしたCG動画では夢でしか見ることができなかったこの競演が映像として見事に再現されています♪ 
バンドが危機を迎えて以降ポールがライブに拘ったのは“こういうこと”なのだろうと、ひとり私は感慨に浸る思いです…。

また、「The End」はアウトテイク集『The Beatles' Anthology 3』にも収録されており、マスター・バージョンでは取り除かれた音を確認することができます。


the love you take,
愛とは、与えた分だけ
is equal to the love you make
受け取るもの…

連呼される【Love you...】は“ポールのビートルズ愛”か…それとも、離れゆく“ビートルズへの切なる片思い”?
私には、夢の中での彼の心の悲鳴とも思えます。

そしてこのフレーズ、みなさんどう思います?
私は以前、友人に“うんうん…そうとも言えないね(笑)”と論破された思い出がありますが、人生経験豊かなみなさんはいかがでしょう…
でもイコールであるかはともかく、あまりそれを意識し過ぎると人生が楽しくなくなるかも? 



~Epilogue~

「Home」...

もしも「Golden Slumbers/Carry That Weight/The End」というメドレーを1つの言葉で表すとしたら、私はそう名づけるでしょう。
ポールにとって“それ”は、帰るべき家のように大切なもの…
そう、もちろんそれは“ビートルズ”に外なりません。
デビュー当初とても仲が良かった4人も『サージェント・ペパーズ~』で人気・音楽的に世界の頂点を極め“燃え尽き症候群”に襲われると同時に、それぞれの願望にもズレが生まれていったのです。

ジョン ;公私の区別なく、ヨーコのことしか頭にない
ジョージ;独立して、制限なく自分の作品を発表したい
リンゴ ;ビートルズを続けたいけど、いがみ合いは耐えられない

これに対し、“ビートルズを、より発展させたい”と願うポールが対立するのは必然でしょう。
ジョンやジョージにとって、ポールがビートルズを存続させたいと懸命になるほどそれは彼らにとって障害であり、ポールにとっても彼の願望を危うくさせる彼らの言動が悩ましくてならない…。

そんなポールが、“かつての4人”を取り戻すために一番の薬として考えたのが、“ライブ”でした。
デビュー前後の頃はいつも4人揃って演奏しあれこれ話し合いもしたものでしたが、録音機材の発達によって一人で好きな時間に自分の分を録音しダビングすればちゃんとレコードができ上がる時代になり、特にツアーを止めてからはそれぞれがバラバラに行動することが多くなってしまったからです。
ライブだと4人が一堂に会さずにはいられないし、良い演奏のために協力が生まれるはず…
しかし、それはジョンやジョージにとっては“余計なお世話”でしかありませんでした。
もはやこの時4人をビートルズに踏み止まらせていたのは彼らの絆ではなく、“ただの紙切れ(契約書)”だったといえるでしょう。


Once there was a way,
かつて…
to get back homeward
そこには、家へと続く道があった

ポールが帰りたかった“家”…
それは、“私たちの家”にもあてはまるのかもしれません。
例えば昔、家族が居間で囲むようにして見たテレビを今はそれぞれの部屋で見ていたり、友達遊びの楽しさを覚えた子どもが団らんの時間にも家に帰らなかったり…
時代の流れや置かれた状況は無常と解ってはいても、それが“かつて”の光景として過ぎゆくのが忍び難く、危機感を覚えた誰かが“みんなでバ-ベキューでもやろうよ!”なんて言い出す…

この頃、ポールは“そんな誰か”だったのだと思います…。



「ゴールデン・スランバーズ~キャリー・ザット・ウェイト~ジ・エンド」

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「ホワッツ・ゴーイン・オン」マーヴィン・ゲイ

2015.04.03

category : Marvin Gaye

Marvin Gaye - Whats Going On1 Marvin Gaye - Whats Going On2


Marvin Gaye - What's Going On (1971年)



~What's Going On~

みなさんは、世の中の動きに「What's Going On ?」と思うことはありませんか?
…私は、連呼しまくりです!(笑)
特に、ここ最近は胸の“気持ち悪さ”が募る一方…

でも、この胸の痞(つか)えは“お医者様でも草津の湯でも治せない”でしょう…。



~概要~

マーヴィン・ゲイは1960~70年代のソウルR&Bミュージック界でもとりわけ重要な意味を持つ黒人歌手で、『ローリング・ストーン誌』“100 Greatest Singers of All Time 6位”にランク(※5位;ジョン・レノン/7位;ボブ・ディラン)されていることでもそれが想像いただけるでしょう。
60年代からモータウンの看板スターの一人として多くのヒットを生み出してきましたが転機となったのが1971年、アルバム『What's Going on』です。
ここでマーヴィンはモータウンの伝統としては異例の“セルフ・プロデュース”に初めて挑み、戦争や公害・貧困といった社会問題を全体のテーマに掲げた“コンセプト・アルバム”として昇華させました。

「ホワッツ・ゴーイン・オン」はそれを象徴するテーマ曲で、アルバムの先行シングルとしてリリース、Billboard Hot 100で2位(年間22位)を記録しました。
作品は戦争や不当に置かれた人々の苦悩をテーマとして扱っており、当時モータウンの社長ベリー・ゴーディJr.には“今まで聴いた最悪の曲だ。”とコキ下ろされたのに反し大ヒット、『ローリング・ストーン誌』“The 500 Greatest Songs of All Time 4位”に列せられる歴史的名曲として評価されています。

日本では当初「愛のゆくえ」という邦題が付けられていたようですが、後に「ホワッツ・ゴーイン・オン」に改められました。
カバーとしてはシンディ・ローパーver.が有名で、1986年のアルバム『True Colors』に収録されHot 100で12位を記録しました。
あと、私の好きなホール&オーツver.も併せてどうぞ♪

 
Cyndi Lauper / Hall & Oates, Japan 1991



~Lyrics~

Brother...
There's far too many of you dying

彼方は、兄と弟の早過ぎる死で溢れている

「What's Going On」は“反戦歌”として認識されることが多い作品ですが、その発想の基となったのはベトナム戦争に従軍した弟フランキーを通してマーヴィンが戦地での実態を知ったことでした。
しかし楽曲そのものは元々フォー・トップスのレナルド・ベンソンがモータウンの作家アル・クリーブランドと書いたもので、フォー・トップスで歌うことを他のメンバーに拒否されたためマーヴィンに託され、彼が詞・曲を手直ししたものです。

私は戦争の経験はありませんが、愛着も何もない異郷の地で家族と離れひとり死んでゆくのは、どんなに無念なことだろう…。


We don't need to escalate
これ以上、エスカレートさせないで
You see, war is not the answer
分かっているはず、戦争が正しい答えではないことを

ベトナム戦争の開戦を1960年12月とすれば、この時すでに10年以上経過していたことになります(終戦は1975年)。
戦争を始める決断や後方で指示するのは“父親世代”ですが、最前線で血を流すのはいつも“若者世代”。
特にアメリカ人にとってこの戦争は直接自国や家族を守るためのものではなく、戦っている兵士たちからすると“誰のため、何のために10年も戦い続ける?”という思いもあったことでしょう。

指導者は、そんな未来まで想像して戦争へと足を踏み入れたのだろうか…。


Picket lines and picket signs
ピケットライン(監視線)にプラカード…
Don't punish me with brutality
無慈悲なやり方で、不当に痛めつけないで

このラインは、原作者のレナルド・ベンソンが1969年5月15日に目撃したという“Bloody Thursday(血の木曜日)”に基づいていると思われます。
“何が起こってるんだ!?なぜ自分の子どもたちを暴行してるんだ…?”
目の前で起きている信じ難い現実のショックと危機感が、彼を突き動かしたのでしょう。

事件の発端となったカリフォルニア大学バークレー校にあった空き地“People’s Park”は、学生や市民が集会や公園として自由に利用していましたが、これを“共産主義支持者・抗議団体・性的倒錯者の安息所”と呼んで排除の機会を狙っていた当時のカリフォルニア州知事ロナルド・レーガン(後の大統領)が5月15日早朝から空き地を金属フェンスで封鎖、集会に訪れた学生ら約3000人と警備の警官との間で争いが生じ暴動に発展、群衆は6000人にも膨らみ州兵2700人も投入され、17日間に亘る闘争を繰り広げ双方数百人の負傷者と市民1人が死亡しました。
亡くなったのは学生で、警官の“散弾銃”使用によるものだったといいます。

しかしその1年後の1970年5月4日、今度はケント州立大学構内で催されたベトナム戦争反対の集会参加者に対し警備の州兵が発砲し4人の死亡者と9人の重軽傷者を出すという、同じような悲劇が繰り返されてしまいました(May 4th事件)。
こうした一連の事件については、サーフィンのイメージのビーチ・ボーイズさえ1971年に「Student Demonstration Time」(The Robins「Riot In Cell Block #9」の替え歌)で社会問題を訴えねばならない、時代の異様さが窺えます…。

 What's Going On A Cappella



~Epilogue~

What's going onどうしたの?

今回、私が「What's Going On」をテーマに掲げたのは、その言葉通りの感情を覚える出来事があったからです。
ご存知の方も多いと思いますが、3月27日のテレビ朝日『報道ステーション』でコメンテーターの古賀茂明氏が“官邸の圧力⇒テレビ局上層部の指示⇒番組プロデューサー&コメンテーター2氏降板”の実情を示唆する発言をしたことでした(ただし、官邸と局側は全面否定している)。

そもそも発端は1月23日の同番組で古賀氏が安倍首相を、対イスラム国有志国連合の有力なメンバーになるために米英と一緒になって武力行使も含めた外交政策を展開していると批判し、そうではない、日本人はイスラムを敵と思っていないし中東で戦争しようとも思っていない、日本人の大多数は安倍首相と違う考えだという世界へ向けた意思表示として“I am not ABE”を掲げるべきだと、発言したことに始まります。
これに対し番組放送中に官邸サイドから報道局幹部へ“連絡”が入り、担当プロデューサーと古賀氏の降板が決まった(…らしい)。

Ya, what's going on何が行われているの?

私がここで言いたいのは、“I am not ABE”問題ではありません。
政府官邸に、“言論統制”の強い意思を感じることです。
一連の問題は古賀氏が“圧力があった”と証言しているだけで、官邸もテレビ局も“無い”と口を揃えている(あったとしても認めるはずはない)ので、真相を確かめる手掛かりは限られています。
しかしこれまで残された複数の事実から、隠された彼らの真意をあぶり出すことは可能です。
まず、今回の騒ぎの中でそれを窺わせる2点…

3月27日の番組中で古舘伊知郎キャスターが古賀氏の降板に対し、楽屋を訪れ本人に“自分は何もできなかった。本当に申し訳ない”と謝罪したことを認めている(⇒負い目が無かったら、【何もできなかった】と詫びる必要はない)。
古賀氏にバッシングしたと名指しされた菅官房長官は3月30日の記者会見で、“放送法があるので、テレビ局がどのような対応を取るかしばらく見守りたい”とコメントをしている(⇒落ち度のあったテレビ局が、監督側に【法】と【どのような対応を取るか見守りたい】と突き付けられたら…)。

また、安倍内閣が発足以来の事実を2点振り返ってみると…

安倍内閣が提示した人事案に基づいたNHK経営委員が選任したNHK会長・籾井勝人氏は、“政府が右ということを左というわけにはいかない”と発言している(⇒説明不要、そのまんま!)。
昨年の衆院選の公示前(11月20日)、在京テレビキー局各社に対し自民党が出した『選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い』という文書の中で、“出演者の発言回数や時間、ゲストやテーマの選定、街角インタビューや資料映像”など細部までも言及し報道の仕方について要望している(⇒申入れの2日前の18日、安倍首相は各テレビ局のニュース番組に出演しているが、キャスターによる鋭いツッコミや街頭インタビューでの厳しい批判を浴び、激昂する場面も見られた)。
(※この影響で、選挙前の『朝まで生テレビ!』は当初各党議員と政治家以外のパネリスト数人が討論する構成であったが、直前に議員のみの出演に変更された)


Ah, what's going on一体、何が起きているというの…?

一例を挙げてみましたが、あなたはこの事実をどう捉えたでしょう?
これ以外にも“秘密保護法”や“解釈改憲”に異議を唱えたり、“反原発”だったり、安倍政権の政策に批判的な言動をしたジャーナリストやアナリストたちがこの間“何らかの理由”で次々と私たちの前から消えています。
官邸の意に反する報道や発言をして制裁・処分されたり、(政府と利害が一致する)スポンサーが降りてしまう事態を恐れメディアが国民に伝えるべき“報道”を自粛する…

このようなメディアの萎縮は、戦前を思い起こさせます。
当時のメディアは主に新聞とラジオでしたが、内閣直属の情報機関である“情報局”によって厳しく検閲され事実を歪めただけでなく、売り上げを伸ばすため自ら進んで対外強硬論を煽って国民を開戦支持に導く役割も果たしました。
つまり、政府とメディアが“同じ側”に立ち、利害を共有することは非常に危険なことであり、それが一蓮托生の関係になってしまったら今の脆弱な野党では彼らの暴走を止められません。
私たち一人ひとりが危機感を持って、しっかり彼らを制御してゆく以外には…。
政治とは、国民大多数の願いの具現であるはずですが、残念ながら現在の安倍政権は権力を握った安倍氏個人の望みを叶えるための営みとなってしまっているような気がします。
“権力の暴走の行く先はみんなの不幸”であると、この国は先の大戦で多大な命の代償を以って学びました。

忘れないでください…
“あなたの主権”こそ、それを制御でき得る最後の切り札であることを・・・。



「ホワッツ・ゴーイン・オン」

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