I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「イエロー・サブマリン」ビートルズ

2016.09.30

category : Beatles & Solo

Beatles Yellow Submarine1 Beatles Yellow Submarine2


The Beatles - Yellow Submarine (1966年)



~リンゴ・スター来日~

ビートルズ・メンバーのリンゴ・スターが今月24日~11月2日にかけて、“His All Starr Band”を引き連れて3年ぶりの日本公演を行います!
毎回“豪華な友人”の参加が恒例となっている今回のメンバーにはスティーヴ・ルカサー〈G・Vo/TOTO〉、トッド・ラングレン〈G・Vo〉、グレッグ・ローリー〈Key・Vo/元ジャーニー〉、リチャード・ペイジ〈B・Vo/Mr.ミスター〉、グレッグ・ビソネット〈Dr/ローリング・ストーン誌・歴史上最も偉大な100人のドラマー52位〉、ウォーレン・ハム〈Sax・Perc/元カンサス〉が参加の予定です。

7月7日に76歳となり、8月14日には“ひいおじいちゃん”となったリンゴにとって全曲を歌いドラムを叩くことは無理と思われますが、その分頼もしい友人たちが彼をサポートしてくれることでしょう。
でももちろん、「イエロー・サブマリン」ではリンゴが魅せてくれると思いますけどネ?



~概要~

「Yellow Submarine」は1966年8月5日にビートルズが発表した7作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『リボルバー(Revolver)』の収録曲で、同日「Eleanor Rigby」との両A面シングルとしてカットされ、全英チャート4週No.1という大ヒットを遂げました。
アメリカでは8月8日に「Eleanor Rigby」をB面としてリリースし9/14にBillboard Hot 100で2位(年間96位)を記録したものの、このころ全米はジョン・レノンの“キリスト教発言騒動”の真っ最中(8月11日にジョンが釈明会見)で、1位になれなかったのはその反感があったためともいわれます。
同年6月にツアーで来日したばかりの日本では、これを記念しシングルに武道館公演の写真が使われました。

リード・ヴォーカルを務めたリンゴにとってビートルズ時代唯一のシングル曲であり、まさに彼のイメージを象徴する楽しくてハッピーな名曲です。
作詞・作曲の殆んどはポール・マッカートニーで、歌詞の一部をジョンとフォーク歌手ドノヴァンが手伝っています。
前回の「Twist & Shout」で“1stアルバム『Please Please Me』はたった十数時間で全14曲のレコーディングを完了した”とお話しましたが、さまざまな効果音を駆使し(例えば“ブクブク音”は水を張った鍋にジョンがストローで息を吹き込んで泡立てた音)オーバーダブ(多重録音)を重ねた「Yellow Submarine」1曲だけでそれ以上の録音時間が費やされました。
“贅沢仕上げ”はそれに止まらず最後のコーラスにはジョージ・マーティンやブライアン・エプスタイン、ジェフ・エメリック、マル・エバンス、ニール・アスピノールといったビートルズのスタッフに加えジョージ・ハリスンの恋人パティ・ボイド、ローリング・ストーンズからミック・ジャガーとその恋人マリアンヌ・フェイスフル、ブライアン・ジョーンズが参加しています。

「イエロー・サブマリン」といって忘れてはならないのは1968年に制作されたビートルズのアニメ映画『Yellow Submarine』のテーマ曲という側面で、1969年1月17日にはそのサウンドトラック・アルバム『Yellow Submarine』も発表されました。
この映画自体はヒットしなかったものの(メンバーも音楽以外ほとんど映画には関与していない)アート性に対する評価は高く、後世“黄色い潜水艦”のヴィジュアル・イメージはこの映画によって確立されたといえるでしょう。
ビートルズの故郷にあるリバプール・ジョン・レノン空港のターミナルには、このアニメにインスパイアされた51 feet(15.62 m) × 15 feet (4.57 m)スチール製の黄色い潜水艦のオブジェが2005年から設置されており(1984年のリバプール・インターナショナル・ガーデン・フェスティバルのため制作され移設)、観光スポットの一つとなっています。

「Yellow Submarine」はビートルズのツアーで演奏されたことはなく、後年リンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドの定番曲として披露されてきた作品です。
ビートルズのアメリカ進出50周年を記念した、2014年のグラミー賞によるトリビュート・コンサート『The Night That Changed America: A Grammy Salute to the Beatles』では「With a Little Help from My Friends」(過去ログ)「Hey Jude」(過去ログ)でリンゴとポールが共演、「イエロー・サブマリン」では舞台で歌うリンゴをポールが応援する…といったファンにとっては涙モノの場面が見られました。

 
 



~Lyrics~

In the town where I was born
街の外れに
Lived a man who sailed to sea
船乗りがひとり

…エっ!訳が全然違う? 
実はこの日本語のラインは、1982年に「Yellow Submarine」を日本語カバーした民謡歌手・金沢明子の「イエロー・サブマリン音頭」の冒頭部分です。

“ビートルズを音頭に”というマサカの取り合わせで当時話題を呼びましたが、この企画の仕掛け人の一人は“音頭好き”で知られるあの大滝詠一で、日本語歌詞は当代随一の作詞家・松本隆が担当しました。
当時ビートルズの楽曲著作権保護が強化され歌詞の変更が世界的に認められなくなっていたものの、この曲を聴いたポールは例外的に許可を与えたという逸話があります。




Everyone of us (Everyone of us) has all we need (Has all we need)
ここにいる誰も、すべてが足りている
Sky of blue (Sky of blue) and sea of green (Sea of green)
空は青いし、海は緑色に輝いている

「イエロー・サブマリン」の殆んどはポールによる発想であるものの、【Sky of blue and sea of green】のラインはドノヴァンのアイデアだそうです。
この作品は【the land of submarines】をテーマとしているにも拘らずポールはそのビジュアル像をほとんど描けていませんでしたが、ドノヴァンによってそれが補てんされたといえるでしょう。
…でも、潜水艦の楽園が“暗い海の底”ではなく“青い空と緑色の海”というのも、ちょっと意外?

ちなみに、このフレーズでリンゴの歌唱の後を浮かれたように合いの手を入れている(カッコ内の部分)のは誰だか、もうお分かりですね? 


Full speed ahead, Mr. Boatswain, full speed ahead!
おっさんが、屁こきまっせ。僕ちゃんの屁!
Full speed it is, Sgt.!
助けてビリーさん
Cut the cable, drop the cable!
おっぺけぺえ・・・おっぺけぺえ
Aye, sir, aye!
あー、さっぱりやね
Captain, captain!
けぶん、けぶん

…私が、とうとうイカレてしまったと思わないでくださいね?
これは、英語なのに日本語のように聴こえるという有名な“空耳”です。

この一節は中間の会話部分で1行目がポール、2行目がジョン、3行目はリンゴによるものですが特にポールとジョンはブリキ缶を介して話し潜水艦内の交信を演じているので直接耳では英語がよく聴き取れませんが、何故か“日本語の方がハッキリ聴こえる”かもしれません。
それにしても、“おっさんが○○”って…? 



~Epilogue~

「Yellow Submarine」は当初、ポールが子ども向けをイメージして創作を始めた作品であり、歌詞にはわざわざ短い単語を用いています。
そのため戦争の兵器である潜水艦を明るい黄色にし、曲調もマーチを取り入れながら楽しくほのぼのとしているのでしょう。
でもあまりに内容が素直過ぎたため、素直じゃない大人たちは“反戦歌”や“ドラッグの歌”、“潜水艦で暮らす主人公=ツアーでホテルに缶詰め状態のビートルズ”、果ては“ポール死亡説”の一端にもこじつけたりもしました。


この論争の真偽はともかく、「Yellow Submarine」を歌うリンゴは正真正銘の平和主義者であり、彼のトレード・マークといえば“ピース・サイン”です。
アルファベットの[V]の形を作ることからVictory(勝利)を意味する“Vサイン”とも言われますが、1960年代にベトナム戦争や核兵器への反対から拡がった平和運動の象徴とされたのがピース・マーク(Peace symbols)やピース・サインで、当時ロック・スターの間でも流行したもののその後“Love & Peace”の衰退と共にこのサインを示すスターも殆んどいなくなった昨今、なお“ピース”し続けているのはリンゴぐらいかもしれません。
ピース・サインは使い方や国によっては“侮辱”や“性的表現”を表すサインでもあるので、外国人の前で使うのは要注意。  インド人にとっては“ウ◯コしたい”のサインだとも言うぞ…?

そして自身の誕生日である今年7月7日、リンゴは“Peace & Love”イベントを催しました。
また、9月21日の『国際平和デー(ピースデー)』には、非暴力を訴える国連やソーシャル・メディア・キャンペーン『#HugForPeace』と提携し新曲「Now The Time Has Come」を発表しています。

 


…そんな彼が歌う「Yellow Submarine」だからこそ、
作品には“特別な意味”が含まれているような気がしませんか? 

We all live in a yellow submarine
この“小さな地球船”に暮らす、僕ら
Yellow submarine, yellow submarine
みんな明るく、楽しくいこう…



「イエロー・サブマリン」

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「ツイスト・アンド・シャウト」ビートルズ

2016.09.23

category : Beatles & Solo

Beatles - Twist Shout1 Beatles - Twist Shout2


The Beatles - Twist & Shout (1963年)



~at the Hollywood Bowl / Eight Days A Week~

2016年9月は、ビートルズ・ファンにとって実り豊かな秋となりました!
まずは9月9日、ビートルズ解散後1977年にアナログ盤として発売されこれまでCD化されていなかった“ビートルズ唯一の公式ライブ・アルバム”『The Beatles at the Hollywood Bowl』が、最新リミックス&リマスターによって遂に初CD化が実現したことです。

そして9月22日、ロン・ハワード監督を迎え制作されたビートルズ公式ドキュメンタリー新作映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK』が全国公開されました。
「Eight Days A Week」はもちろんビートルズの楽曲(過去ログ)から採られたものですがこれは当時の彼らが“あり得ないほど忙しかった”ことの象徴であり、この映画はそうしたビートルズのめまぐるしい日々をライブ映像を中心に構成したドキュメンタリーです。

まずは、その2作品のプロモ映像からどうぞ♪

 



~概要~

「ツイスト・アンド・シャウト」はビートルズのイギリス盤公式オリジナル・1stアルバム『Please Please Me』の収録曲であり、イギリスでは1963年7月12日に4曲入りEPとしてカットされNMEで2週連続4位・MMで2位を記録しました。
アメリカでは「抱きしめたい」(過去ログ)で“ビートルズ旋風”発生後の1964年3月2日にシングルとしてリリース(B面は「There's A Place」)、Billboard Hot 100で4週連続2位(年間40位)と悔しい結果に終わっていますが、これは全く同じタイミングで彼らの「Can't Buy Me Love」が5週連続No.1に君臨し続けていたためです。

ジョン・レノンのけたたましい“shout”はまさにビートルズを代表するロック・ナンバーといえる作品ですが作者はレノン=マッカートニーではなく、バート・ラッセル・バーンズとフィル・メドレーです。
「Twist And Shout」は、まず1961年にフィル・スペクターがプロデュースするThe Top Notesという新進ヴォーカル・グループに提供されたものの、作者のバート・ラッセル・バーンズはこの出来ばえに“歌を台無しにした”と不満を示し、1962年にR&Bグループのアイズレー・ブラザーズ (The Isley Brothers) を自らがプロデュースする形でレコーディングし直し、Hot 100の17位とヒットさせました。

ビートルズver.はアイズレー・ブラザーズに影響を受けたコーラスやスタイルが施されており、彼らがデビュー直後の1962年12月にハンブルクのスター・クラブの興行で早くもレパートリーとして取り入れています(『Live At The Star-Club In Hamburg, Germany; 1962.』に収録)。
1stアルバム『Please Please Me』はたった1日(十数時間)で全14曲のレコーディングを完了したといわれますが、「Twist And Shout」はその最終曲でした。
この日ジョンは風邪のためのどの調子が悪く牛乳や喉飴でケアをしながらの参加であり、激しいシャウトを求められる本曲を最後に回す配慮がなされたとはいえ、マスター音源となったテイク1(最後にある【Lyrics動画】を参照)で既にジョンは声が割れており、テイク2で気合いを入れるためシャツを脱いで頑張りましたがこの時もはや彼の声は使い物にならないほど嗄(か)れていたそうです。

 



~進化し続けた「Twist And Shout」~

恐らくファンの方にとって、「Twist And Shout」は“コンサートのオープニング・ナンバー”というイメージが強いことでしょう。
しかしそれは1964~65年頃のことで、1963年のツアーではラスト・ナンバーでした。
前述のとおり「Twist And Shout」はビートルズのオリジナルではないにも拘らず、デビュー直後の1962年から1965年8月のツアーの殆んどで演奏されており、そのことから考えると“ビートルズのコンサートに欠かすことのできないナンバー”といった方がより正確なようです。

1963年のレコードver.や同年のライブ演奏ではイントロのギターの後すぐにジョンのヴォーカルが入っていたのに対し、1964年頃のツアーでは、間奏やクロージングで用いていた“ジョン⇒ジョージ⇒ポールのAh...♪”をイントロにも導入してワクワク感が増し、ヴォーカルや演奏もよりエキサイティングになっており、私は特に後者の方が好きです。

ビートルズは1964年8月と1965年8月の2度、ロサンゼルスのハリウッド・ボウル(野外音楽堂)で公演を行っており、そのどちらでも「Twist And Shout」が演奏されました。
このうち『The Beatles at the Hollywood Bowl』に収録されている「Twist And Shout」の音源は1965年8月30日のもの《右》ですが、今回の検索では“1964年8月23日の演奏を舞台袖から撮影した映像”《左》を発見したので、マニアの方はぜひ1965年のものと比較しながらお楽しみください♪

 



~Epilogue~

「ツイスト・アンド・シャウト」というと、後世まで語り草となっている有名なエピソードがあります。

1963年、「Please Please Me」に端を発した一連の大ヒットにより国中がビートルズに夢中となっていたイギリス。
その11月4日、エリザベス女王やアン王女ら王侯貴族が多数列席する王室主催の音楽演奏会『The Royal Variety Performance』に、ロック・バンドとして歴史上初めてビートルズが招かれ演奏した舞台でのことです。
「From Me To You」-「She Loves You」-「Till There Was You」と歌い継ぎ、ジョンが最後の曲を次のように紹介しました…。


For our last number I'd like to ask your help.
The people in the cheaper seats clap your hands.
And the rest of you, if you'd just rattle your jewellery.

We'd like to sing a song called Twist And Shout.


ラスト・ナンバーでは、みなさんの助力をお願いします。
安いお席の方は手拍子を…
そのほか(高い席)の方々には、宝石をジャラジャラと鳴らしていただけたら幸いです。

それでは、「ツイスト・アンド・シャウト」!



この気の利いたジョークに対し7千人の観衆は沸き立ち、エリザベス女王はさすがの度量と気品の笑みで応え、翌日以降新聞は6日間この話題でもちきりとなり、国民の40%がこの番組を視聴したといわれています。
それにしても、ジョークが決まった後のジョンの“どや顔”… 

しかしこのジョークはアドリブではなく数週間前から準備して、事前に関係者の了解も得た上でのものでした。
…ただし、当初彼が思いついたバージョンには“[jewellery(宝石)]の前に【fucking】の一語”(おなじみ放送禁止の卑語)が入っていたそうで、さすがにこの案はマネージャーのブライアン・エプスタインに却下されていたものの、ジョンの性格をよく知るブライアンは、当日(ジョンが)禁句を言い出すのではと最後の瞬間まで気が気ではなかったそうです。

…でももし“その一語”を入れていたらこのハナシは伝説ではなく、タブーとして葬り去られていたかも? 



「ツイスト・アンド・シャウト」

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「セプテンバー」アース・ウィンド&ファイアー

2016.09.12

category : Earth, Wind & Fire

Earth, Wind Fire - September1 Earth, Wind Fire - September2


Earth, Wind & Fire - September (1978年)



~9月21日、何かが起こる!?~

ディスコを象徴するファンク・バンドとして日本でも人気の高いアース・ウィンド&ファイアー(以下EW&F)が、現在来日中です(~9/22)。
リーダーのモーリス・ホワイトが2月に他界するなど今年はEW&Fにとって試練の年となりましたが、その長年の功績が認められ『第58回グラミー賞』では“特別功労賞生涯業績賞”が授与されました。
現在もバンドはフィリップ・ベイリー(vo/etc.)、ヴァーダイン・ホワイト(b;モーリスの弟)、ラルフ・ジョンソン(vo/perc)を中心に精力的にライブ活動を続けており、フィリップの“ジュニア(息子)”も参加しているそうです。

でも世界中で競争率が高いであろう“この時期”せっかく来日してくれたのに、プラチナ・チケット必至の“9月21日”に公演が行われないのはナゼだろう…?



~概要~

デビューから8年が経ちアルバムを出せばプラチナ・セールスの常連となっていたアース・ウィンド&ファイアーは1978年、それまでのキャリアの総決算として初めてのベスト盤『The Best of Earth, Wind & Fire Vol.1』をリリースしました。
このベスト盤には未発表の新曲も含まれており、そのうちの一つビートルズのカバー「Got to Get You Into My Life」を1stシングルに、そして今回特集する「September」は2ndシングルとしてカットされBillboard Hot 100の8位(1979年の年間78位)を記録しています。

「September」はまさに1970年代後半のディスコ・ブームを象徴するファンキーなダンス・ナンバーであり、彼らのキャリアに欠かすことのできない代表曲です。
作者はメンバーのモーリスとアル・マッケイに加え、作詞にはEW&Fが所属するコロンビア・レコードで広告やライナーノーツの仕事をしていたアリー・ウィリス《Epilogue》の項も参照)が初めて参加しています。
(彼女は後に「Boogie Wonderland」や「Sunday Morning」などにも貢献)
そのアリーの参加が決まる以前、彼女がスタジオのEW&Fに会いに行った際ちょうど彼らが作曲していたのが「September」で、そのイントロのギターを少し聴いただけで“この曲、間違いなく大ヒットする!あぁ神様、どうか彼らが私と仕事をしたいと思ってくれますように…”と願望したそうです。

「September」が特筆すべきは、ただ単にディスコ・ブームでヒットした流行歌ではなく、発表から40年近く経った今日も新しい世代に求め愛され続けていることにあるといえるでしょう。
数々のカバーやサンプリング、映画やドラマ(続・平成夫婦茶碗)のテーマ曲、CM、ゲーム、スポーツ選手のコール・ソング…など様々な形で起用されてきました。

その大きな理由は「September」のミュージック・ビデオで顕著に表れており、MTV未開局でMVがまだプロモーションとしての価値が開拓されていなかったこの時代から、加工技術を駆使し残像をフィーチャーした映像を制作するなど、こうした新しいもの・面白いものへの積極的な探求心が3年後「レッツ・グルーヴ」(過去ログ)に結実したといえるでしょう。
こうした姿勢はマイケル・ジャクソン(カテゴリ)のそれと共通するところであり、時代を越えて愛され続ける要因なのだと私は思います。

 



~Lyrics~

Our hearts were ringing
二つのハートは響きあい
In the key that our souls were singing.
二つのソウルは調子を合わせ歌う

英語で心臓の拍動音を調べてみると【thump-thump(θʌ́mp;サンプ)】【bang-bang】【pit-a-pat】といった例が挙げられていますが、どれもちょっと日本人にとってはピンとこないイメージです。
言葉の意味と音の響きから勝手に解釈し敢えて日本語表現に当てはめてみるとしたら、thumpは鈍くぶつかる音なので[ドクドク]、bangは叩く音で[バクバク]、pit-a-patはパタパタしてるので[トクトク]…という感じでしょうか?(※あくまでも個人のイメージです)

もしもこのフレーズのようにときめきを表すであろうring(ベル音)なら、【jingle(チリンチリン)】…?
でも拍動音っぽくないし、私にはやっぱり日本語の[ドキドキ]が一番しっくりきます♪ 


Ba de ya - dancing in September
9月にダンスしただろう?
Ba de ya - never was a cloudy day
雲ひとつない、あの夜のことさ

心を合わせるといえば、“共同作業”でしょう!
否が応でも、一つの目的を達成するために気持ちやタイミングを合わせないと上手くいきません。
ダンスは必ずしも共同作業ではありませんが、一人で踊るより誰かと呼吸を合わせ時々アドリブを入れたりなんかした方が圧倒的に楽しいものですよね?

しかも互いに体を密着させられるし!  まったくコイツは…。


Now December found the love we shared in September.
9月に響きあわせた恋は、12月に愛を実らせた
Only blue talk and love
甘いささやきと、愛を交わす

ファンク・ミュージックというと大抵どこかに“下ネタ”が含まれるものですが、この洗練されたファンクにも!?
訳では一応キレイにまとめてありますがここでの【blue】は[憂鬱]ではなく、スラング的に“エッチな意味合い”が含まれると考えられます。

この曲は「September」というタイトルですが、【Now December】とあるように現在の時制は12月です。
しかし、EW&Fには「December」という曲が存在することをご存知でしょうか?
これは2014年のホリデイ・シーズンにリリースしたアルバム『Holiday』の中に収録された作品で、“【September】の部分を【December】”にして“21日を25日”にした替え歌となっています。 





~Epilogue~

モーリス・ホワイトと共に作詞に当たったアリー・ウィリス《概要》の項を参照)は、モーリスの言葉の意図をよく理解できず何度も彼と問答を交わしたといいます。

 “コーラスの【Ba de ya】って、意味を持たないんじゃありません?”
 …“いや、それこそがいい所なんだ。きっと、みんなそこを思い浮かべる。”

 “どうして9月21日なのですか?”
 …“特別な意味はない。たとえそれが現実であろうとなかろうと、それは言えない。”

何だか『論語』のやりとりみたいですが、実際に作詞の共同作業の前にモーリスの考え方を理解するためアリーは東洋哲学の本を読まされ、それには数カ月を費やしたといいます。
そして全てを終えた彼女は、自分なりの“答え”を見つけることができました。

“たぶん9月21日は、歌い易かったからじゃないかな…?
モーリスとのレッスンで学んだ大切なことは、歌詞は音楽の【groove(楽しい部分)】を妨げてはならないということ。究極的に重要なのは【the feel(感じること・触れること)】ね。”



Do you remember
ねぇ覚えてる?
the 21st night of September?
9月21日の夜のことを

“その夜”を感じ、あなたもゆったりとした時間をお楽しみください♪ 



「セプテンバー」

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「ムーン・リバー」オードリー・ヘプバーン

2016.09.09

category : Soundtracks

Audrey Hepburn - Moon River1 Audrey Hepburn - Moon River2


Audrey Hepburn - Moon River (1961年)



~中秋の名月~

2016年の“八月十五夜(十五夜)”は、9月15日(木)。
…ということで、今年もここで“月”の名曲をご紹介いたします。
でも今週は全国的に雨模様が続き、月曜の時点で15日木曜の予報は…。

一方、今年の夏は空梅雨から記録的猛暑の流れがあり“嫌な予感”がしていたところ、やはり“その修正のやり方は乱暴”なものであり、8月末からの台風は各地に大きな被害をもたらしました(ただし利根川上流8ダムの貯水量は9/9現在、平年比103%に回復)。
穏やかな秋となるよう、願いを込めて…。



~概要~

オードリー・ヘプバーンはアメリカン・フィルム・インスティチュート (AFI)の“最も偉大な女優3位”にも数えられるハリウッド女優であり、スレンダーで妖精のような美しさとかわいらしさを併せ持つ彼女は日本でも特に女性の憧れとして長く愛され続けました。
『ローマの休日』(1953年)、『麗しのサブリナ』(1954年)といった彼女の魅力を最大限に引き出す運命の作品とめぐり合い、一躍大スターへの階段を駆け上がったことは誰もがご存じのことでしょう。
そして1961年、再びオードリーのキャリアを語る上で欠かせない作品と出あうことになります…。

「ムーン・リバー」は、1961年のオードリー主演映画『ティファニーで朝食を(Breakfast at Tiffany’s)』の(非公式の)主題歌です。
作詞;ジョニー・マーサー/作曲;ヘンリー・マンシーニによって創られた楽曲であり、劇中では3つのバージョンを聴くことができます。
1つは主人公ホリー(オードリー)がニューヨーク5番街にある宝石店『Tiffany & Co.』の前で朝食のパンを食べる有名なオープニングでのインストゥルメンタルver.、2つ目はホリーが劇中で歌う歌詞ありver.、3つ目はオリジナルをアレンジした「Moon River Cha Cha」です。

このうちヘンリー・マンシーニ楽団による“1つ目”の「Moon River」がシングル・カットされBillboard Hot 100の11位、これらを収録した『ティファニーで朝食を』のサウンドトラックはアルバム・チャートBillboard 200でNo.1を記録し90週間ランク・インする大ヒットとなりました。
これを受けて「ムーン・リバー」は“アカデミー歌曲賞”、グラミーでも“最優秀レコード賞”・“最優秀楽曲賞”・“最優秀編曲賞”という最高の栄誉を受賞しました。

ただし、この輝かしい栄誉には本記事の主役である“オードリーの歌唱ver.”は含まれてはいません。
何故なら、オードリーが劇中で歌った「ムーン・リバー」はサウンドトラック・アルバムには含まれていなかっただけでなく、その後もずっと正式な音源としてレコードやCDに記録されなかったためラジオでも流れづらく、一般的にはカバーの一つであるアンディ・ウィリアムスver.の方が有名になるという現象を生みました。
しかしオードリー死後の1993年、彼女が劇中で歌った「ムーン・リバー」はベスト盤CD『Music from the Films of Audrey Hepburn』に初めて収録され、2004年にはオードリーの「ムーン・リバー」が映画音楽の歴史的名曲として『アメリカ映画主題歌ベスト100』の4位に選出されています。


 



~Lyrics~

I'm crossing you in style
いつの日か、きっと
someday
胸を張って、川の向こうへと辿り着きたい

 

OPで、ホリーが『Tiffany & Co.』のショー・ウインドウ前でパンを食べるシーンが浮かびます…。
『Breakfast at Tiffany’s』というタイトルは、“ティファニーで朝食を食べる身分になりたい”という主人公ホリーの願望を象徴するものです。
ちなみにこのシーンでオードリーが身につけているジバンシィのシンプルな黒のカクテルドレス (Little black Givenchy dress of Audrey Hepburn)は、“史上最も有名なドレス”といわれているのだとか!

“玉の輿”を夢みて近くの安アパートに暮らし、精一杯のオシャレをしてティファニーのショー・ウインドウを見つめるホリーですが、そのたったガラス一枚の向こうの世界はどう映っていたのでしょう。
このシーンで流れる歌詞のない「ムーン・リバー」は、どこか彼女を見守っているかのようにやさしい…。 


We're after the same rainbow's end
ふたりひとつの“虹の終わり”を追い求めたい
Waiting round the bend
その“入口”で待っていて

1行目は【pot of gold at the end of the rainbow(虹の先が地面に接する所に黄金入りの壺がある)】という伝説に基づいた表現と思われます…。
そして、二人は“同じ見果てぬ夢【the same rainbow's end】”を追い求める同志です。
【bend】は[曲がり目]のことですが、私は“虹の入り口”と解釈しました。

ホリーの当初の【rainbow's end】は、きっと“誰にも縛られない自由”と“Breakfast at Tiffany's”でした。
でもそれは彼女ひとりのための夢であり、実際ポール(ジョージ・ペパード)に求愛されても“人は誰のものでもないわ。私は、誰の鳥籠にも入らない”と突っぱねています。
その心の氷を解かすのも、最終的にやっぱり彼の言葉だったわけですが…。


My huckleberry friend
私のハックルベリー・フレンド
Moon river and me
あなた、そして私…

【huckleberry】は一般にマーク・トウェインの小説『トム・ソーヤーの冒険』で主人公の“相棒”として登場するハックルベリー・フィンと認識されていますが、作詞者ジョニー・マーサーの自伝によると“幼少のころ一緒に川下りをした彼の友人”をイメージしたものだそうです。
【Moon river】も、ジョージア州サバンナにあるジョニー・マーサーの実家の下を流れる“The Back River”をイメージしたものとされます。

何れにしても、作詞者ジョニー・マーサーにとって“Moon River”は幼少期に起源する現在進行形の大切な想いを象徴するものなのかもしれません…。



~Epilogue~

『ティファニーで朝食を』原作者のトルーマン・カポーティは主人公ホリー役にマリリン・モンローを据えることを条件に映画化を承諾したといわれます。
原作でのホリーは娼婦であり、“セックス・シンボル”と称されたマリリンこそ適役と思われましたが当の本人に拒否されてしまい、その代役として浮上したのがおよそそれに似つかわしくないオードリーでした。
ところがそのオードリーにも“娼婦の演技はできない”と言われ、“娼婦ではないホリー”として脚本が書き換えられた経緯があったそうです。


一方「ムーン・リバー」作曲者のヘンリー・マンシーニはマリリンをイメージした曲がどうしても浮かばず悩んでいたものの、主役がオードリーに替わった途端メロディが自然に浮かんできたといいます。
“「ムーン・リバー」はオードリーに出会ってメロディが浮かび、オードリーの声域に合わせて創ったんだ…”

そういう経緯があったせいか、オードリー自身も「ムーン・リバー」をとても気に入っていました。
彼女が劇中で歌うシーンは今でも歴史に残る名シーンとして認識されていますが、映画の制作過程に於いてある日、配給元 パラマウント映画の社長が“あの歌(オードリーが歌うシーン)は削った方がいい”と言い出し、これに対してオードリーが“いいえ、絶対削らせません”と断固食い下がったためこのシーンが残されることになったというエピソードがあります(感情論はともかく、歴史に残る名シーンと評される程のものを嗅ぎ分けられない映画会社社長の嗅覚というのも、どうかと思う)。

マンシーニは言います…
“この曲はその後千回以上も録音されたけれど、いつもオリジナルを聴きたくなる。オードリーは心を込めて歌っていて、歌詞に魂が感じられるんだ。彼女の歌う「ムーン・リバー」が一番好きだ”

マンシーニはこの曲でオードリーと出逢って以来、33年間ずっと彼女に片想いをしていたという説もあります《写真》。
もしこれが本当だとしたら「ムーン・リバー」は“一人の男の、手の届かぬ女への慕情”であり、その“主人公はマンシーニ”“【Moon River】はオードリー”だったという仮説も成立し得るのかもしれません。
そして彼はオードリーがこの世を去った翌年、1994年に彼女の後を追うように70年の人生を終えています。

最後にご紹介するのは1961年に作者であるマンシーニとジョニー・マーサーが録音したデモver.
マンシーニのオードリーへの想いを歌詞に重ね合わせ、お聴きください…。

Audrey Hepburn - Moon River3  

Moon river, wider than a mile
Moon River...きらめく川面が、1マイル彼方まで広がっている
I'm crossing you in style someday
いつの日かきっと、胸を張って川の向こうへと辿り着きたい…



「ムーン・リバー」

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「愛という名の欲望」クイーン

2016.09.02

category : Queen

Queen - Crazy Little Thing Called Love1 Queen - Crazy Little Thing Called Love2


Queen - Crazy Little Thing Called Love (1979年)



~クイーン+アダム・ランバート武道館公演 2016~

フレディ・マーキュリーの死、ジョン・ディーコンの引退を乗り越え、今年でデビュー43年目…
アダム・ランバートという新たな世代のヴォーカリストを加え、クイーンは31年ぶりに日本武道館に帰ってきます(9/21~23)!
武道館はクイーンが初来日公演を行った思い出の地であり、今回も全3公演が武道館であることからもその拘りが伝わってくるようです。

そこで本記事では彼らの来日を記念し、今回のツアーのセットリスト曲でもある「Crazy Little Thing Called Love」を特集いたします♪



~概要~

「愛という名の欲望」はイギリスのロック・バンド、クイーンにとって初の全米No.1を達成した記念すべき作品であり、最大級のヒット曲です。
クイーンはそれ以前にも「Bohemian Rhapsody」や「We Are the Champions /We Will Rock You」といった日本でもお馴染みの強力ナンバーを幾つも発表していますが、意外にもアメリカで頂点に立ったシングルは一枚もありませんでした。
そのため本作はそれまでの“重厚かつ繊細な音作り”を捨て、徹底的に“アメリカ人好みのテイスト”を盛り込んで創作されたものの、当初その思惑は意外な形で自らの足を引っ張ることになります…。

まず、「Crazy Little Thing Called Love」は1979年10月5日にリリースされ2位を記録するなどイギリスでは順調な滑り出しを見せていますが、今回“本命”だったはずのアメリカでは販売元のエレクトラ・レコードの反対でシングル・カットさえされませんでした。
このまま埋没してしまう危機を救ったのはアメリカのラジオ局で、彼らがイギリスから輸入された音源を次々と流したことから人気が広まっていき、約2カ月遅れの12月7日にようやくアメリカでもシングルが発売される運びとなります。
リリースされるや翌年2月からBillboard Hot 100で4週No.1(1980年の年間6位)を記録する大ヒット、デビューから7年を経てクイーンはついに念願の全米No.1の称号を手に入れることとなりました。
(この後、本作が収録されたアルバム『ザ・ゲーム(The Game)』も初の全米No.1)

アメリカを意識しただけあってロカビリー(1950年代にアメリカで発祥)へのアプローチが試みられており、フレディの歌声もまるでロカビリー界の大スター、エルヴィス・プレスリーばりの低音と“巻き舌”になっています。
当時こうしたオールディーズ(ネオロカビリー)に人気再燃の兆しがありましたが、これにはエルヴィスの死(1977年)も大いに影響があり、エルヴィスの大ファンであるジョン・レノンも1980年の復帰作「スターティング・オーヴァー」で“巻き舌”を披露していました。
しかしこれについてクイーンのロジャー・テイラーやブライアン・メイは、“ジョンの復帰は「愛という名の欲望」に触発されたため”と言及しているそうです。

作詞・作曲はフレディで、クイーンがレコーディング・セッションのためドイツのミュンヘンに滞在した際生まれました。
歌詞はフレディが宿泊していたヒルトン・ホテルの泡風呂に入浴中に思いつき、直ちにギターとピアノで作曲したそうです。
その後スタジオでのリハーサルでフレディがリズム・ギターを弾きながらメンバーに歌って聴かせたところ彼らもそれを気に入り、これによって“初めてフレディのギター演奏がが正式にレコーディング”されることとなりました。

その後1985年の『ライヴ・エイド』ほか、ライブでフレディがギターを弾きながら「愛という名の欲望」を歌うスタイルは定番となり、彼の亡き後もポール・ロジャースアダム・ランバートによってステージで歌い継がれました。
また、フレディの死後の1992年4月20日には、残されたクイーンのメンバーが中心となりロンドンのウェンブリー・スタジアムで『フレディ・マーキュリー追悼コンサート』が催され、本作品はロバート・プラントによって歌われました。


 

 



~Lyrics~

This thing called love, I just can't handle it
愛ってヤツは手に負えない
This thing called love, I must get round to it
何とかしなきゃならないけれど

主人公がどうして“手に負えない”と言っているのかは後に譲るとして、フレディが色っぽいおネエさまたちにセクシー・ポーズで挑発されたり、シャツを引き裂かれ翻弄されているPVが今みても面白い♪
ほかにもフレディの目が真っ赤になったり、床から手が出て手拍子する“ビミョ~”な演出…
こういうのって普通の人がやってもバカバカしく映るだけなのに、フレディやマイケル・ジャクソンがやると許せるというか、たちまち“エンターテイメント”に早変わり!
“持ってる人”って、ありますよね…? 


It swings (woo woo)
スウィングしたり
It jives (woo woo)
ジャイヴしたり

【swing】も【jive】も、リズムやダンスに関連づけられる言葉です。
[赤ちゃん]が[スウィング]したり[ジャイヴ]したり、[クラゲみたいにゆらゆら揺れて]いる…
それを想像しただけでも楽しく癒やされそうですが、そんなイメージを“リアル”にするとこんなカンジ? 




She gives me hot and cold fever
この心をホットにも、コールドにも狂わせ
Then she leaves me in a cool cool sweat
その心はクールな汗とともに、オレを置き去りするのさ

ここは【hot】【cold】【cool】を並べた表現が面白いので、そのまま用いました。
[hot=熱い][cold=冷たい][cool=涼しい]と定義すると、この二人のカンケイが見えてくるでしょ?
主人公がなかなか覚悟できずにいるキモチ、わからないでも…。 



~Epilogue~

最新のニュースによると、フレディが少年時代に住んでいた家にブルー・プラークを設置する除幕式が9月1日に執り行われ、当時から彼の友人としてここに通っていたブライアン・メイも祝福に駆けつけたことが伝えられています。《写真》
【blue plaque】とは、イギリスで“人類の繁栄と幸福に重要かつ積極的な貢献をした”と認定された人物(死後20年または生後100年経過が条件)がかつて住んだ家、もしくは歴史的な出来事があった場所に設置される青色の銘板で、今回フレディのプラーク制作の過程がクイーンによって動画として公開されています。

そのプラークを前に、ブライアンはこんな心境を語ったそうです。
“とても奇妙な気分だよ。約50年前、ここは僕らのたまり場で、今はこうしてブルー・プラークを披露しているんだもの。でも嬉しい反面、悲しさもある。フレディは今もここにいて、まだ創作活動をしているべきだった…。(要旨/詳細

Queen - Crazy Little Thing Called Love3 


I kinda like it
何やら、心惹かれてしまうんだ
Crazy little thing called love
愛という、ちっちゃくてクレイジーなものに

【crazy】は[熱狂する]とか、[夢中になる]といったさまを形容する言葉です。
そして時に、人はそれを[頭がおかしい]とか、[気が狂ってる]とまで言い及ぶことさえあります。
【crazy】は身を破滅させる危険が伴う一方、悩ましく心を惹きつける魅力も併せ持つことがあります。
やがて、危険を乗り越えた者だけが[素晴らしい]とか、[最高]と称えられる…
【crazy】ほど、フレディ・マーキュリーを形容するに相応しい言葉はないと思いません? 


9月5日、ブルー・プラーク認定に続きもう一つスゴいニュースが飛び込んできました!
今年9月5日はフレディの70回目の誕生日に当たりますが、これを記念してイギリスの国際天文学連合小惑星センターが、フレディが亡くなった1991年に発見された17473番目の小惑星(Asteroid17473)を“Freddiemercury”と命名したことを発表したそうです。《詳細

命名証書を発行した国際天文学連合のジョエル・パーカー氏は、こう言葉を添えています。
“フレディ・マーキュリーは〈僕は空を跳びまわる流星だ〉と歌った。それがますます本当のことになった。たとえ空を跳びまわるFreddiemercuryを見られなくても、間違いなく空にいる。歌のように〈エクスタシーの中を漂って〉、何千年も…”(※この言及は「Don't Stop Me Now」を指している

“Crazy little thing called Freddie”
普通、天国に行ってしまった人に対しては“安らかに眠りたまえ(rest in peace)”の言葉を捧げるものですが、フレディに限ってはどこに行っても【crazy】と呼ばれているのかもしれませんね? 



「愛という名の欲望」

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