I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「ワン・モア・トライ」ジョージ・マイケル

2016.12.30

category : Wham! & George Michael

George Michael - One More Try1 George Michael - One More Try2


George Michael - One More Try (1988年)



~ R.I.P. George Michael 1963-2016 ~

既に報じられているとおり、イギリスを代表する男性歌手の一人ジョージ・マイケルが現地時間12月25日のクリスマスに急逝しました(享年53)。
2015年12月31日のナタリー・コール、明けて1月10日のデヴィッド・ボウイの相次ぐ死に幕を開けた波乱の2016年はその後も多くのスターの魂を天に召還し、最後まで落ち着きを取り戻すことはありませんでした。
⇒2016年に亡くなったスター一覧

しかし一連の動揺は収まるどころか、12月27日には『スター・ウォーズ』の“レイア姫”キャリー・フィッシャーが(享年60)、更にはそのキャリーの実母で女優・歌手のデビー・レイノルズが娘の死の翌12月28日に亡くなる(享年84)という訃報の連続に驚かされた方も多かったことでしょう。
当ブログのキャパではその全てをカバーすることはできませんが、改めてその冥福を心よりお祈りいたします。



~概要~

「One More Try」は1987年10月30日発売、ジョージ・マイケルの1stソロ・アルバム『フェイス(Faith)』の収録曲です。
ご存知のようにジョージは1980年代中頃までに世界的アイドルに上り詰めたイギリスのポップ・デュオ“ワム!(Wham!)”の中心人物でした。
ところがその人気絶頂を極める中、彼は自らワム!を脱ぎ捨て“本当の自分”を求めて歩き始めたのです…。

ワム!の一連の作品の殆んどはもちろんジョージの自作によるもので、その弾けるポップ性と若さ溢れるエネルギーがキラキラしたオーラとなって多くの人々を魅了してきました。
しかしワム!の解散から僅か1年でリリースされたジョージの1stソロ・アルバム『Faith』は、その輝かしいイメージを全く覆すテイストのものでした。
そこにはかつてのキラキラ感はなく、“まるで黒人”といっていい粘っこくてコクのあるブラック・ミュージックで占められていたのです。
最小限のリズムとキーボードのみでシンプルに編曲されたバラード「One More Try」もその例外ではなく、そこに漂うゴスペルのインスピレーションが主人公の心情を極限まで表現しているように思えます。

「One More Try」は1988年4月にシングル・カットされると、5thシングルという不利な条件をモノともせずBillboard Hot 100で3週No.1(年間11位)を記録しました。
また、同時に本曲はAdult ContemporaryとHot R&B/Hip-Hop SongsチャートでもNo.1を達成しており、特に白人男性歌手によるR&Bチャート1位は、以後2007年のロビン・シック(Lost Without U)まで20年近く成し遂げる者が現れませんでした。
日本ではソニー・ウォークマンのCMにPVがそのまま使われていたので、曲・映像共にご記憶の方も多いでしょう。

一方、あまりにブラック・ミュージックに傾倒(アメリカ寄り)し過ぎたせいかジョージの本国イギリスではアメリカほど歓迎はされておらず、当時の彼としては物足りない8位に終わっています。
しかし白人のジョージが作曲し歌唱した本曲は後世、Divineやビヴァリー・ナイトなど黒人歌手によってカバーされており、彼らに歌い継がれることこそ、彼にとって望むべき栄誉だったといえるのかもしれません。


 



~Lyrics~

'Cause teacher
何故なら、teacher...
There are things that I don't want to learn
僕には学びたくないことがある

これは、教師と生徒の物語なのでしょうか…
教師は教えるのが仕事、生徒は学ぶのが仕事ですが、あなたはどんな学生でした?
正直、私は“学びたくないことがある”というより、“学びたくないことだらけ(あまり興味が湧かなかったという意味で)”でしたが…。

特にこの物語の主人公が学んだと思われる“事柄”については教科が設けられていないどころか、むしろ“教師はその事柄を生徒に学ばせまいとしていた”ような…? 


And the last one I had
そして、最後にあなたから授かったもの…
Made me cry
それは、叫ばずにいられないほどの悲しみだった

教師が生徒に、最後に授けるものといえば“卒業証書”!
…ではないようですね?
生徒が教師に恋心を抱くというのはよくあることと思いますが、それに応じるわけにいかないというのも教師という職業です。

カリキュラム上、教師と生徒の別れは宿命ではあるものの若人には新たな出逢いが用意されており、その悲しみは通常“良い思い出”として昇華される?


For an uptown boy
山の手育ちの坊やにとって
Whose teacher has told him goodbye, goodbye, goodbye
あなたにさよならを告げられたことは…

ところで、少し捉え方を変えてみましょう…
【teacher】は言うまでもなく教師ですが、辞書には[物事を教えてくれる抽象概念を擬人化したもの]ともあります。

ここはイメージを拡げて、teacherを“知識・経験豊かな少し齢の離れた年長者”としてみたらどうでしょう?
二人の別れの背景には、いろんなストーリーが膨らみそうです…。



~Epilogue~

作者であるジョージ・マイケルは自身の「One More Try」について、次のように評しています。
僕の高傑作であり、5年後・10年後の僕はバラードによって記憶されているだろう…

更に彼は、ワム!時代に発表した「ケアレス・ウィスパー」と比較して、以下のような言及を加えています。
多くの人は「Careless Whisper」が好きだと言うけれど、僕個人にとっては感情的な意味は何も持たないんだ。多分、人生の中の何か別の時期に生まれた曲だからだと思う。一方「One More Try」は僕の心に極めて近い位置にあるバラードなんだ。みんな「Careless Whisper」と「One More Try」を比べるけれど、僕には比較の対象にすらならないんだ

「One More Try」の歌詞のほとんどは、感傷的な言葉で埋め尽くされています。
しかし最後の一行でようやく、弱々しいながら【one more try】という前向きな言葉が登場し、これがそのまま作品のタイトルになっていることから、それが“この時点での彼の結論”だったといえるのでしょう。


I'm so cold Inside
心の奥まで寒くてたまらない
Maybe just one more try
それでも、もう一度挑んでみるか…

「One More Try」を構成する音楽的要素[ゴスペル]は、近代アフリカから奴隷としてアメリカ大陸に強制連行され、独自の言語・宗教を剥奪された黒人らにとっての苦しみ・悲しみの淵で救いとなった福音(神のことば=God spell)を表現する手段として生まれた音楽です。
ゴスペルを歌うことが彼らの励みであり、それに接した人々をも勇気づける…

ジョージは自らの凍えそうな心を、ゴスペルに救いを求めていたのかもしれません。
自由も故郷も、人としての尊厳さえも奪われ奴隷を強いられた人々の深い悲しみと、自らのままならない現実への失意を重ねて…
そして、その絶望の中にも新たな光を見出した彼らの英知への憧憬と、彼自身が迎える明日への希望を込めているようにも思えます。


One More Try...
生きることは苦しいけれど、でも生きているからこそ、それは叶えられる



「ワン・モア・トライ」

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「ハート・オブ・マイン」ボビー・コールドウェル

2016.12.23

category : Bobby Caldwell

Bobby Caldwell - Heart of Mine1 Bobby Caldwell - Heart of Mine2


Bobby Caldwell - Heart of Mine (1988年)



~“ミスターAOR”来日~

“ミスターAOR”と称されるアメリカのミュージシャン、ボビー・コールドウェルが来年1/25-2/2に東京・大阪のBillboard Liveで来日公演を行います。
AORというとクリストファー・クロスやボズ・スキャッグス、TOTO、シカゴなど1980年前後に活躍が顕著だったミュージシャンらが代表的であり、彼らの音楽は本国に劣らず日本で人気が高く、さらに近年も頻繁に来日公演を行うなど永く愛され続けているジャンルです。
ボビー・コールドウェルも彼らに引けを取らずの人気ぶりで、近年ほぼ毎年のように来日し前回公演は今年7月の公演でした。

今夜は、日本で広く愛された大人の歌をお楽しみください。



~概要~

「ハート・オブ・マイン」は、ボビー・コールドウェル1988年の5thアルバム『Heart of Mine』の収録曲です。

この作品はもともと、友人であるボズ・スキャッグスに“「Harbor Lights」(彼の1976年のアルバム『Silk Degrees』の収録曲)みたいなバラードを書いてくれないか?”と依頼されたのがきっかけで、共作者の一人にはシカゴのジェイソン・シェフも名を連ねています。
この約束はボズの1988年のアルバム『Other Roads』で果たされており、「Heart of Mine」はその1stシングルとしてBillboard Hot 100で35位まで上昇し彼の復活に大いに貢献しました。

ボビーver.は当時シングル・カットこそされなかったもののアルバムは200万枚の大ヒット、日本のジャズ系音楽雑誌『ADLIB(アドリブ)』で1989年に最優秀アルバムに選出されています。
また、「Heart of Mine」を広く世間に知らしめることとなったのは後年フィリップモリス社のたばこパーラメント(PARLIAMENT)のCMに起用されたことで、同社の戦略イメージである“ニューヨークの夜景”と「Heart of Mine」の大人のほろ苦い恋を思わせる“都会的テイスト”がマッチして日本で大ヒット、他にも「Stay with Me」や「Come to Me」も起用される人気ぶりとなりました。
ちなみにボビー自身ニューヨーク・マンハッタンの芸能一家の生まれで、彼の洗練された音楽やファッションは幼くして自然に身についたものなのでしょう。

 



~Lyrics~

One day I may
いつの日か、この僕も
find true love that will last forever and ever
永遠に続く本当の愛に辿り着くかもしれない

2行目の“永遠に続く本当の愛”という非常に明確な願いに対し、その実現性を示す1行目の【One day】や【I may】の心許なさ…
それが、主人公の現状をすべて物語っているかのようでもあります。
でも簡単に“永遠”を口にする(大仰な)西洋的表現よりも、日本人にとってはこの位の方が自然で受け止め易いかもしれません。


Till then I'll spend
その時まで、ずっと
a lifetime wishing us together
ふたりが共にあることを、生涯懸けて祈り続けるつもり

まだ“契り”さえ交わしていない相手に、生涯を捧げる覚悟の主人公…
こういう一途なオトコより、(“条件”の揃った)浮気なオトコの方が遥かにモテるのが世の中というものでもあります。
でも、たとえ契りを交わした二人であっても、その気持ちをお互い生涯持ち続けることは至難であることに変わりはありません。
むしろ契約に縛られる分、そっちの方が苦しいという声も…?


I never thought she'd say goodbye
…なのに別れを告げられるなんて、思いもしなかった
And I'll never understand the reason why
そしてこの先も、決して理解できないだろう
その理由なんて…


彼が切ないのは、既に別れを告げられた相手に生涯を捧げようとしているところ…。
こういうストーリーって、必ずしも結末を明確にする必要のない歌曲だからこそ描けるのではないでしょうか?
小説や映画が得意とするのは“右に振られ左に振られ…でも最後は明確な結論が出る”というストーリーで、“フラれた後もずっと想い続ける”という結末は描き辛いに違いありません。

でも“本当の愛とは、相手の状況に係わらず想いを貫く、その愚直さにある”ような気がしないでも…。
 くびれたウェストがポッコリになり、フサフサの髪がツルツルになってもか?



~Epilogue~

「Heart of Mine」のユニークなところは、主人公が“どうすれば彼女を思い出すのを止めてくれる?”と自分の心に問い掛けている点にあるような気がします。

私たちが生きるのに不可欠な血液を全身に送り出す役割を果たしている心臓は、私たちの意思とは別に作用します。
基本的に心臓の筋肉を構成する細胞は自発的に規則正しく拍動する性質をもっており、これに脳神経系が必要に応じて拍動数を増減させて調整しています。
しかも心臓は神経を切断しても、あるいは体外に取り出しても、適当な状態に置けばしばらくの間は一定のリズムで自発的に拍動を続けることができるほどの強い生命力を持っているのです。

視・聴・嗅(きゅう)・味・触など、感覚器からの情報に対する直感的な反応は喜び・怒り・哀しみ・楽しみ・憎しみ(六情)など“感情”を形成します。
一方、感覚器からの直感だけでなく社会的条件など概念的な思考を加えた“理性”はしばしばこれと小さな胸の中で対立し、私たちの心を悩ませることがあります。


Heart of mine
わが心よ
How will you keep from dying
どうすれば、“君”は死にゆくを逃れ
Stop reministing
思い巡らすことを止めてくれるだろう

想い巡らすは、苦しい
想い巡らさぬは、もっと苦しい
どんな瞬間も、心は拍(う)つことを止めたりしない
あなたが、いまを生きようと望む限り…



「ハート・オブ・マイン」

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「ザ・クリスマス・ソング」ナット・キング・コール

2016.12.16

category : Christmas

Nat King Cole - The Christmas Song1 Nat King Cole - The Christmas Song2


~ザ・Christmas Song~

“クリスマス”といえば欧米の主要な宗教であるキリスト教を代表する行事の一つですが、こと“クリスマス・ソング”に関してはキリスト教国ではない1990年代頃までの日本の方が旺盛に新作が創作されていたような気もします。
(近年は日本でも印象的な新作が生まれていないようにも思えますが…)
…とはいえ、由緒・伝統あるクリスマスにはノスタルジックなテイスト漂うゆったりとした古い歌が実によく似合うものです。

今回ご紹介する「The Christmas Song」も70年以上前に生まれた作品であり、まさにタイトルの如く21世紀の現在も変わらずアメリカ国民に愛され続けているクリスマス・ソングです。
どうぞ、素敵な歌声と共に最後までごゆっくりとお過ごしください。 



~概要~

「ザ・クリスマス・ソング」はフランク・シナトラと並ぶアメリカ・ジャズ界の巨人であった歌手/作曲家メル・トーメ(Melvin Howard “Mel” Tormé)と、当時彼とコンビを組んでいたソングライター、ロバート・ウェルズ(Robert Wells)が1945年に共作した作品です。
楽曲自体はほんの40分で出来上がったものの最初のレコーディングはそのメル・トーメではなく、1946年6月にナット・キング・コール率いる“The King Cole Trio”による最少編成でのシンプルなものでした。
しかしこの音源は所属レーベルであったキャピトル・レコードの反対に遭い発表は叶わず、40年以上経った1989年にようやく初公開されています。

1946年8月、初めてレコードとして発売されることとなる音源が“The King Cole Trio with String Choir”によって録音、その名が示すとおりここで初めてストリングス(弦楽四重奏およびハープ)が編成されました。
このバージョンは同年11月に78回転盤(蓄音機用レコード)としてリリースされ、ポップス/R&Bチャートの双方で大ヒットという成果を残しています。
1953年11月には、初めて磁気テープを使用しネルソン・リドルのフル・オーケストラを加えた3度目の録音が78回転SP盤(10インチ)/7インチ45回転盤の双方で発売されました。

1961年3月、ナットの初期のヒット作をステレオで再録音するという企画のアルバム『The Nat King Cole Story』のため、「The Christmas Song」は4度目のレコーディングが試みられ、アレンジは1953年ver.とほぼ同じだったものの円熟味を増したナットのヴォーカルとステレオ録音ということから、現在まで最も知られているのがこの1961年ver.です(1991年にはデジタル・リマスターが施された)。


ナットの“ベルベット・ヴォイス”があまりにも有名な「The Christmas Song」ですが同じ“ベルベット(The Velvet Fog)”の称号を持つこの曲の作者メル・トーメ自身が歌ったバージョンも忘れてはなりません。
それ以外にもクリスマスのスタンダード・ナンバーである本作はフランク・シナトラやビング・クロスビーといった“いかにも”な大物たちが競ってカバーしていますが、ここではナットの愛娘ナタリーとイタリアのテノール歌手アンドレア・ボチェッリがデュエットした映像と、ナットに負けない美声のアーロン・ネヴィルver.をご紹介いたしましょう。

でもリストの中にはこの曲のテイストとは正反対のイメージの意外な大物もカバーしていて、特に興味を引いたのがジェームス・ブラウンとボブ・ディラン!
強烈な個性をもつ彼らがこのスタンダード・ナンバーを歌うと、果たして…? 


 
 



~Lyrics~

Chestnuts roasting on an open fire
暖炉で炙(あぶ)られる栗
Jack Frost nipping at your nose
鼻を凍えさせるジャック・フロスト

【Jack o' Frost】は冬になると現れるというイングランドの民間伝承に登場する“霜の妖精”で、笑い声をあげて寒気をふりまき、怒ると人間を凍らせたりする恐ろしい存在とされ、霜や厳寒の擬人化表現でもあります。

1945年7月、「The Christmas Song」の作者の一人ロバート・ウェルズはカリフォルニアの焼けるような夏の暑さにウンザリし、気分だけでも涼しくなろうと寒い冬のことを思い浮かべノートに書いたのが、このフレーズを含む最初の4行だったそうです。
(…ということは、寒いこの時期はクリスマス・ソングより「あー夏休み」がいい!? 


Yuletide carols being sung by a choir
聖歌隊はユールタイドの賛美歌を唱え
And folks dressed up like Eskimos
人々は、エスキモーの装い…

ここにも、“極寒”を想起させる【Eskimos】…

【Yuletide】は、古代ヨーロッパのゲルマン民族・ヴァイキングの冬至祭だったユール(北欧語: jul、英語: yule)がキリスト教伝来によって名実共にクリスマスと一体化しそれに【tide(季節)】をくっつけた言葉で、つまり“クリスマスの季節”という意味です。
ちなみにクリスマス・シーズンというと、日本ではハロウィン明けから12/25までというイメージですが、アメリカでは“感謝祭(11月第4木曜日)”後から年を越して“1/6(公現祭)”まで続きます。


Tiny tots, with their eyes all aglow
目を輝かせたちび助たちは今夜
Will find it hard to sleep tonight
きっと、お利口になんか寝付きやしない

クリスマスの意味について日本とアメリカでは結構ギャップがあるように思えますが、[ちび助たち]にとっては日本もアメリカも変わりないようです!
子どもたちにとってクリスマスはサンタでありトナカイであり…そして最大の意味は“ソリに積んでいるもの”の中にあるに違いありません。
(…あなた自身も、覚えがあるでしょ? 

でもクリスマスの季節がやってくると街全体が飾り付けやイルミネーションに彩られ、そしてあちこちで聴こえてくるクリスマス・ソング…
たとえ92歳になろうと、きっと私はこの素敵な雰囲気に胸を躍らせていることでしょう♪



~Epilogue~

“Merry Christmas”

日本でもこの季節になると、子どもから大人までごく普通に交わすほどこの英語の挨拶は浸透しています。
しかし日本にその慣習をもたらせたアメリカ(特にニューヨーク)では近年、公共で“Merry Christmas”が使われなくなってきています(代わりに“Happy Holidays”が使われている)。
宗教心の薄い多くの日本人にとってあまり意識しないことかもしれませんが【Christmas】は[Christ(キリスト)]の降誕を祝う[mass(ミサ/祭儀)]を意味する言葉であり、キリスト教以外の信徒に対する配慮がなされたためといわれます。

病を治す薬が命を奪う毒となるように、どんな美しい言葉でさえ悪意を込めて用いれば人を傷つけてしまうものであり、つまりは言葉を使う人次第なのです。
それだけに、近年アメリカで“Merry Christmas”が使われなくなったというのはちょっと残念な感じがします。
何故なら、通例使われる【Merry Christmas】は[I wish you a merry Christmas(あなたの楽しいクリスマスを願っています)]の気持ちを込めたものであり、そこに悪意は伴いません。
【Merry Christmas】の言葉のもつ精神こそが“あなたの幸せ”、そして“あなたの隣人の幸せ”を思いやることに繋がり、街の飾り付けやクリスマス・ソングにもその精神が反映されて、この時期特有の“クリスマスの幸福感”を醸し出す根源であると思うからです。

異教徒であれ、異国人であれ、異民族であれ、その言葉に込められた精神に差別はない…
…そう、私は信じています。
だから今年も、この記事の先にある誰かとその想いを分かち合うため、この言葉を贈ります。

Although it's been said many times, many ways
使い古された言葉ではあるけれど…
Merry Christmas to you
“あなたにとって、素敵なクリスマスでありますように”



「ザ・クリスマス・ソング」

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「ウインター・ソング」ドリームズ・カム・トゥルー

2016.12.09

category : Christmas

Dreams Come True - Winter Song1 Dreams Come True - Winter Song2


Dreams Come True - Winter Song (1994年)



~20年愛され続けた日本のクリスマス・ソング~

今秋スバル『Newインプレッサ』のCM(愛でつくるクルマ篇)にDREAMS COME TRUEの「LOVE LOVE LOVE」が起用され気になっていましたが、11月28日からはクリスマス期間限定(愛で選ぶクルマ クリスマス特別篇)で同じくドリカム「雪のクリスマス ‐ VERSION‘16」が流れています。

クリスマス・ソングが流れる頃、クリスマスまでその雰囲気がとても楽しくて、それが過ぎると年末年始の“片づけなければならないこと”に追われ、正月明けは現実に戻らねばならない憂鬱との闘いが待っている…
…何だか、毎年その繰り返しのような気がするのは私だけ? 





~概要~

「Winter Song」は1994年1月7日に発売されたドリカム14作目のシングルでオリコン週間1位(年間19位)、98.6万枚を売り上げました(オリジナル・アルバムには未収録)。
ご存知のとおり本曲は1990年のシングル「雪のクリスマス」が元歌であり、作詞が吉田美和&Mike Pela、作曲が吉田美和&中村正人による作品です。

CDリリース1ヶ月後の2月14日には本曲のMVが収録された“VHS”が発売され、デビュー20周年に当たる2009年にはこのビデオが“DVD”化されました。
1998年、ソニー「SONY “MD” WALKMAN」CMソングに起用され(出演;奥菜恵)、それに伴って「Winter Song」に2曲を加えた“マキシシングル(12cmCDシングル)”として再リリース、1994年盤と合わせ本曲は4年11か月をかけて売り上げ100万枚を達成しました(オリコンの集計では最も時間のかかったミリオン・シングル)。
これによって「Winter Song」は、B'zの「Real Thing Shakes」に次いで“ミリオン・セールスを達成した史上2例目の(日本人歌手による)全英詞シングル”となっています。
(余談ですが「Winter Song」の歴史を振り返ってみるとVHS、MD、マキシシングル、DVD…と、記録メディアの移ろいを思わせられます)

これ以外にも本曲はタイアップが多く、1993年に映画『めぐり逢えたら』(日本版)、1996年に映画『7月7日、晴れ』、2014年には『ホンダ・オデッセイ』CM(DANCING SNOWFLAKES VERSION)に起用されてきました。
また、英語詞であることからエリック・マーティン(MR.BIG)やボーイズIIメンら、海外の歌手にもカバーがみられます。

 …それと、やっぱりこの季節はオルゴール♪ 

 
 



~Lyrics~

The dusk is gaining ground, lights flicker all around
街灯が ともる頃に
And as I walk the lonely street, the snow is falling ever faster
降る雪が少し粒の大きさ増した

出だしのフレーズですが、ここはちょっと「雪のクリスマス」の冒頭と重ねてみました。
(⇒「雪のクリスマス」歌詞

…日本語ver.は凄く短いでしょ?
「Winter Song」は、単に「雪のクリスマス」を英訳しているのではなく、情景や心情がより詳しく描かれた内容となっています。
あるいは作詞者・吉田美和自身のその4年間の成長が、表現に豊かさを与えているのかもしれません…。


Looking to the sky, I wonder where you are,
空を見上げ、あなたを想う…“いま、何処に?”
The way you came into my life, filling every day with laughter
あなたと出逢ってからの私は、毎日が笑い声に満ちていた…

Wikiによると、吉田美和は“降らせ物(上から大量に物が降ってくるもの)に弱く、大量に物が降ってくるとすぐに泣いてしまう性質がある”のだそうです。
このことから察すると、彼女自身に“雪降る夜空を見上げ、あなたを想う…”特別な思い出があるのかも?

でも特別な思い出がなくとも“音もなくふわふわと舞うように降る雪”(低温状態ほど美しい)は時が止まったような神聖さがあり、感受性の強い人はそれだけでも想いが溢れてしまうことでしょう…。


Almost blind by the snowflakes on my face
視界を奪うほどに舞い降りる雪の粉たち
Despite the chill I feel the warmth of your embrace
この寒さにも、あなたの腕のぬくもりが包んでくれているみたい

「雪のクリスマス」も「Winter Song」も、雪に対する描写や表現に豊かさを感じさせますが、これは作者である吉田美和が北海道出身であることと無縁ではないはずです。
一口に雪といってもその形状にはいろいろあって、雨と雪が混ざって降る“霙(みぞれ)”、結晶が柔らかい固体の“雪”、直径5mm以上の氷の粒“雹(ひょう)”、5mm未満の氷粒“霰(あられ)”、ごく小さな氷の結晶“細氷(さいひょう/ダイヤモンドダスト)”などに分類されます。

…あなたならこの場面、どんな【snowflakes(雪片)】を想像しますか?



~Epilogue~

「Winter Song」は雪の降る寒い夜、空を見上げ遠くにある愛する人に想いを巡らす歌です。
ただし、その相手についてLyricsは【Tonight wherever you are..】と、オリジナルの「雪のクリスマス」は【たとえあなたが誰といても】と言及しています。
そんな背景を考えると、彼女の一途な想いにはちょっと“複雑な事情”もありそうです…。

クリスマス・ソングはキリストの生誕や家族の絆を意識させることからハッピーで穏やかな作品が多いですが、一方で山下達郎の「クリスマス・イブ」や昨年特集した「I'll Be Home for Christmas」のように、“さみしいクリスマス”を歌ったせつない名曲も数多くあります。
みんなが幸福感を覚える時期だからこそ、その喜びを分かつべき誰かがそばにいない孤独…。


しかし「Winter Song」は、そんな孤独を歌った作品とは一線を画するものがあるように思えます。
見方によっては“終わった恋を追いかけているだけ”に映るかもしれませんが、たとえそれが現実に叶うものでなかったとしても誰かを好きであるという感情が心に灯っているということは、人が生きてゆく上でとても大切なことです。
もしも彼女が一つの失恋に絶望しているだけだったなら、この作品に描かれる冬の情景は全く違ったものとなっていたことでしょう…。

恋の“好き”や家族に抱く“好き”は特別な感情であって、失ったからといってそれを補うに足る存在などそう簡単に見つかるはずなどありません。
時に、人はその苦しみから逃れるため“好き”を捨て去ろうとしますが、それは“生きる喜び”を自分で引きちぎるに等しい行為です。
「Winter Song」の主人公は自分の心の中に宿った“好き”を無理に引きちぎったり相手に押し付けたりせず、ただ純粋に好きな人を想い、それを心の糧としているような気がします。
それこそ、この歌が広く共感され、長く愛し続けられてきた理由なのではないでしょうか…。


I want to show you everything I see,
私の見るもの、感じるもの…
the way I'm feeling
その全てをあなたに届けたい

冬の夜空は、他のどの季節よりも美しく、時に白く小さな結晶を私たちにもたらします。
たまには暖房を離れ、夜空を見上げてみませんか? 



「ウインター・ソング」

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「ジェラス・ガイ」ジョン・レノン

2016.12.02

category : Beatles & Solo

John Lennon - Jealous Guy1 John Lennon - Jealous Guy2


John Lennon - Jealous Guy (1971年)



~I'm just a jealous guy...?~

先ごろ、ジョン・レノンとオノ・ヨーコがビートルズ解散後の1971年にポール・マッカートニーとその妻のリンダへ宛てた非難の手紙が約30000ドル(約330万円)で落札されたと報じられました。
この年ジョンとポールは“ビートルズが残した負の遺産”を法廷で争っただけでは飽き足らず、それぞれのソロ作品上でも激しく互いを批判し合っていたのは有名な話です。

今回の報道を知った時、ジョンがポールに宛ててメッセージしたとされる「How Do You Sleep?(眠れるかい?)」を反射的に思い浮かべましたが、正直これは“詩というより子どものケンカ”なので、もっとジョンの魅力を伝えるに相応しい“Jealous Guy”を選曲いたしました…。



~概要~

「ジェラス・ガイ」は、1971年に発表されたジョン・レノンの2ndアルバム『イマジン(Imagine)』の収録曲です。
当時シングル・カットはされておらずジョンの死後、1981年に東芝EMIが日本独自の追悼シングルとして発売しました。
また、同年にはイギリスのロック・グループであるロキシー・ミュージックがやはり追悼としてシングルをリリースしており、彼らにとって初の全英チャート1位獲得曲となっています。

本楽曲はビートルズ時代の1968年、インド滞在中に創作されたものがベースになっており、この時点からメロディーは「Jealous Guy」と同じであるものの、歌詞はヒンドゥー教に由来する超越瞑想の創立者マハリシ・マヘシ・ヨギの思想に影響されたものとなっており、タイトルも「Child of Nature」でした。
しかしすぐにジョンがマハリシに失望したためか、完成度に満足できなかったかは不明ですが同年発表の『ホワイトアルバム』のリストからは除外されています。
さらにこの曲は1969年1月の“Get Back Session”でも試みられたもののこれも『Let It Be』の選曲から漏れてており、結局その一部は2003年発売の『Let It Be... Naked』のボーナスCD『Fly on the Wall』に収録されました。

その後「Child of Nature」は、ソロとなったジョンが1971年にメロディーをそのまま生かし歌詞を書き換えて「Jealous Guy」としてようやく完成させました。
「Jealous Guy」は1988年にジョンの自伝的映画『Imagine』でも取り入れられており、その影響から本曲が再び世界的に脚光を浴びる結果につながって楽曲発表から17年経って初めてBillboard Hot 100で80位にチャート・インしています。
また、1998年にはジョンの未発表音源を集大成したCD4枚組ボックス・セット『John Lennon Anthology』の中にも本曲のアウトテイクが収められ、私はこのバージョンがオリジナルに劣らず好きです。

 
 



~Lyrics~

I was dreaming of the past
昔のことを夢で見ていたら
and my heart was beating fast
胸の鼓動が乱れ打ち

出だしから、いきなり意味深発言です。
でも【the past】っていつ、どんな思い出を指しているのでしょう…。

ヨーコは、“ジョンが(過去に)私と寝た男のリストを作っていた”と語っているそうですが、だとしたらそれを夢で見てジョンがうなされていたってコト!?
そういえば、以前にも“オトコがリストを作った曲”があったような…。
正解は、コレ♪ 


I was trying to catch your eyes
その視線を独り占めにしようとしていた
I thought that you were trying to hide
“君が姿を隠そうとしてるんじゃないか?”って

さらにヨーコによると、ジョンは一緒に暮らすようになってから彼女に全ての時間そばにいることを求め、男性用トイレの中にまで帯同させられたといいます。
これは、“少しでも目を離すとヨーコが他の男と何処かへ行ってしまうのではと恐れていた”という理由らしいのですが…。

“ジョンのリスト”の話はともかく、これはホントだと思います!
レコーディング・スタジオ内にベッドを運び込んで、そこにヨーコを常駐させた人ですから…。


I was shivering inside
心は震えていたんだ
I was shivering inside
ぶるぶると…

…一方、ポールは“僕についての歌だ”と言及しています。
彼によると、ジョンはよく“みんなマッカートニーのバンドワゴン(パレードの先頭を走る楽隊を乗せた車や馬車)だ”と言っていたそうで、つまりビートルズはポールの引き立て役で、ジョンがポールに嫉妬していたと解釈しているようです。

でもヨーコにしろ、ポールにしろ、何だか自分に都合のいい解釈をしているような…? 


~Epilogue~

最後に、私Beat Wolfの抱いている勝手な解釈をお聞きください。

ポールは“ジョンは僕に嫉妬”、ヨーコは“ジョンはヨーコの身の回りにいる全ての男に嫉妬”してると解釈しているようですが、私は少し違っています。
基本的にはヨーコ説と同意ですが、私には冒頭の[I was dreaming of the past昔のことを夢で見ていたら)]が引っ掛かって仕方ありません。
ジョンが嫉妬深い男であることは周知の事実であるものの、問題は“彼が何故(病的ともいえるほど)そんなに嫉妬深くなってしまったのか”です。
そこには、彼の幼少からの生い立ちが深く関与しているのではないかと…。
(“I was dreaming of the past=昔ヨーコが男に抱かれた夢”じゃダメなのか? 


ジョンの父・アルフレッドはジョンが2歳のころ妻子を置いて姿をくらまし、これに伴い母ジュリアも他の男性の所で暮らすようになって、ジョンは彼女の姉メアリー(ミミ伯母)夫婦に預けられながら近くにある母の家とを互いに行ったり来たりして幼少期を過ごします。
こうした複雑な生育環境がジョンにとってトラウマとなっていたことは1970年の「Mother」に綴られているとおりですが、さらに彼の心に深い傷を与えたのが母ジュリアの突然の事故死であり、当時17歳だったジョンはその葬儀の間じゅう伯母ミミのひざに顔を埋めたままというほど取り乱していたそうです。

人生に於いて何度、ジョンは愛すべき人に置き去りにされてきたことだろう…


Oh my I didn't want to hurt you
あぁ…君を傷つけたかったわけじゃない
I'm just a jealous guy
ただ、僕がやきもち焼きなだけ

ジョンが大人になってからも度々その悪夢に苛まれることがあったとするなら、
何となく“やきもち”の理由も解るような気がします…。



「ジェラス・ガイ」

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