I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「セパレイト・ウェイズ」ジャーニー

2017.01.27

category : Journey

Journey - Separate Ways (Worlds Apart)1 Journey - Separate Ways (Worlds Apart)2


Journey - Separate Ways (Worlds Apart) (1983年)



~ジャーニー、“WBC侍ジャパン・応援ツアー”!?~

1980年代を代表するアメリカのロック・バンド“ジャーニー (Journey)”が、2/1~2/7までの日程で日本公演を行います。
来日予定メンバーはニール・ショーン(G)、ロス・ヴァロリー(B)、ジョナサン・ケイン(Key)、スティーヴ・スミス(Ds)、アーネル・ピネダ(Vo)。
今回、特に注目すべきは最終2/7日本武道館での特別公演で、ここでは世界で初めて『エスケイプ』/『フロンティアーズ』の完全再現ライブが試みられるそうです。

それにしても今この時ジャーニーが来日してくれようとは、何とも粋な計らいですね♪



~概要~

「セパレイト・ウェイズ」は1983年の8thアルバム『フロンティアーズ (Frontiers)』の収録曲で、1stシングルとしてBillboard Hot 100で6週連続8位(年間38位)という、珍しいチャート・アクションを展開しました。
一方アルバム『Frontiers』も9週連続で2位という“むずがゆい”展開で、それもそのはず、彼らのNo.1を阻止したのは史上最高の売り上げを記録したマイケル・ジャクソンの『Thriller』がその座にどっかり居座っていたためでした。

以前紹介した「時への誓い」はバンド名“Journey(旅)”に関連したテーマの作品ですが、今回の「セパレイト・ウェイズ」も1982年の『the Escape tour』中にキーボードのジョナサン・ケインとヴォーカルのスティーヴ・ペリーによって創作され、レコード発表前に早くも同ツアーで観客に披露されました(正式なバージョンでは歌詞の一部が変更された)。


一方、その映像作品であるPVはジャーニーにとって初めての“振り付き”映像であり、ここでメンバーは“エア演奏”まで披露しています!
しかしマイケル・ジャクソンの完成度の高い映像が次々と世に発表され始めていた時代、このPVの演出や映像のカット割りが余りにワザとらしく、長年ミュージック・ビデオの“ネタ”扱いされてきた作品です。
聞くところによるとこの映像監督はCM制作を得意としていた人だそうで、メンバー…特にスティーヴ・ペリーは“俺たちは演奏者・歌手でありエンターテイナーであって、俳優じゃない!”と強い拒絶感を抱いていたといわれます。


1983年1月にリリースされた「セパレイト・ウェイズ」のハードでメロディアスな作風はまさに日本人好みであり、当時から日本の洋楽ファンの間で人気が高かったロック・ナンバーですが、本作の影響力の大きさを感じさせるのが同年6月に発表され一躍ALFEEをスターダムに押し上げた名曲「メリーアン」(オリコン年間30位/ザ・ベストテン年間9位の大ヒット!)。
やっぱり日本人はこういうサウンドが好きなのだなぁ…と再認識させられました。

しかし、作品発表当時以上に楽曲が日本で広く知られるきっかけとなったのが野球の世界一決定戦“ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)”中継(TBS)のテーマ曲として2009年から使用されていることでしょう。
そして今年、2月にジャーニーの来日公演を伴って3月からいよいよWBCが開幕いたします♪ 


 



~Lyrics~

Here we stand
二人は立つ…
Worlds apart
天と地ほど離れた世界に

作品のタイトルとなっている【separate ways】は“別々の道”で、サブタイトルにもなっている【worlds apart】は“天と地ほども懸け離れて”という意味があります。
“遠くて近きは男女の仲”とは言うけれど…?

ところで「セパレイト・ウェイズ」のPVには、映像に映っていない“物語”があります。
この撮影に際してメンバーはそれぞれの奥さんやガールフレンドは同行させない旨を確認していましたが、ヴォーカルのスティーヴ・ペリーの恋人だけはついて来てしまいました。
この恋人はスティーヴのソロ「Oh, シェリー」にも歌われるSherrie Swaffordという人ですが彼女は相当なやきもち焼きらしく、「セパレイト・ウェイズ」のPVでスティーヴが絡んでいるモデルの女の子にも嫉妬して彼女の降板を迫ったそうです。
そんなアツアツの二人は、その後…?


Troubled times
寄せては返す困難…
Caught between confusions and pain, pain, pain
混乱と、痛みの挟み撃ち

どんな理由があったかは知りませんが、何だかトンでもない目に遭ったみたいですね!?
ジャーニーの現実に照らし合わせていえば、当時ギタリストのニール・ショーンとベーシストのロス・ヴァロリーはツラい離婚を経験した上、別れた奥さんには相当な慰謝料を払わされたとか…。

 “Make America Great Again!”
ワタシならそんな女、“f●△k you!”とケツをまくって(威嚇して)やるがねぇ。

…アンタ、誰? 


If you must go
どうしても行くというなら
I wish you love
お前のために神の慈愛を祈ろう

恋人と袂を分かって去ろうとする相手のために、幸あれと祈ってあげられる…
そんな、懐の深い男でありたいものです。
でもこんな神サマのような男性、いるのかなぁ…。
そんな男性、知ってる人?

 シ~ン…
 悪魔のオマエが言うな!



~Epilogue~

【Lyrics】の項でニール・ショーンとロス・ヴァロリーの離婚について触れましたが実は、「セパレイト・ウェイズ」は傷心の2人を励ます意味も込めてジョナサン・ケインとスティーヴ・ペリーが書いたといわれます。
(…だとすると歌詞はちょっと微妙な気もしますが)

野球大会と失恋ソング…
曲調はともかく、歌詞を考えてみればおかしな取り合わせです。
でもその内容をよく読み解くと主人公は単に失恋に沈んでいるのではなく、“お前がどんな状況にあろうとお前の幸せを願い、そして心はお前のそばを離れない”と叫び、自分の挫けそうな心を奮い立たせているようにさえ思えます。


And if he ever hurts you
たとえ、いつか彼がお前を傷つける日が来ようと
True love won't desert you
この胸に灯る愛は、決してお前のそばを離れない
Nooooooooo

思い出してみてください…
ロックの基本精神は、“(どんな逆境であろうと)負けてたまるか!”であることを。
そしてスポーツの精神は“どんな時も全力を尽くす”であり、それは恋愛も同じです。
“勝敗が見えたから、次に気持ちを切り替えよう”よりは、どちらも本来あるべき姿とは言えないでしょうか?

たとえ負け試合だとしても、最後まで全力でプレーする…
きっと、人はそういう姿にこそ心を動かされるものなのだから。



「セパレイト・ウェイズ」

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「ジョアンナ」クール&ザ・ギャング

2017.01.20

category : Kool & The Gang

Kool The Gang - Joanna1 Kool The Gang - Joanna2


Kool & The Gang - Joanna (1983年)



~寛(ひろ)い心で~

元ビートルズのリンゴ・スターがトランプ大統領就任日に平和を訴える自身の楽曲「Now the Time Has Come」(Beatles「Yellow Submarine」の記事で紹介)の無料DLを行ったそうですが、彼が抱く危機感に共感を覚えるという方も多いのではないでしょうか?
不動産王ドナルド・トランプ氏がこれまで成功を築いてきたビジネスの世界は相剋によって“強者が弱者を併呑”することで己がより強大になったかもしれませんが、政治は“みんなが共存できるもの”でなければ成立し得ません。
“挙国一致の価値観”は差別を生み、差別は憎しみを、憎しみは暴力を、暴力は破滅をもたらします。

どうか世界の民主主義のリーダーであるアメリカが、平和裏に“寛容”を取り戻せますよう…。



~概要~

クール&ザ・ギャングの系譜は実に1964年にまで遡り、1969年にデビューしたアメリカのソウル/R&Bファンクのバンドです。
当初はリード・ヴォーカルを置かず、ジャズ・ファンクを中心とした曲を演奏していました。
70年代もそこそこヒット曲は出していましたが、バンドの転機となったのは1979年のジェイムス“JT”テイラーの加入です。
彼の加入により念願のリード・ヴォーカルを獲得、以降“新生”クール&ザ・ギャングはヒット曲を多く生み出してゆきます。

「ジョアンナ」は、1983年のアルバム『イン・ザ・ヒート(IN THE HEART)』の収録曲。
アルバムからは“彼ららしい”ノリノリなファンク・ナンバー「Straight Ahead」が1stシングルとしてカットされますがBillboard Hot 100でマサカの103位(この曲がヒットしないなんて、信じられない)!
続く2ndシングルとしてリリースされたのが“彼ららしくない”スローなバラード「ジョアンナ」で、Hot 100の2位(R&B1位/1984年の年間24位)と、1stシングルとは真逆の評価がなされました。

こうした、ファンク・バンドなのにその王道であるファンクが評価されず真逆のテイストがヒットしてしまうというのは案外よくあることで、同時代に活躍したロック・バンドTOTOやフォリナーの、ロックよりバラードばかりがヒットしてしまう例に似ています。
しかし「ジョアンナ」とTOTOの共通点は、それだけに止まりません。
TOTOというと歴代、「Angela」や「Lorraine」、「Goodbye Elenore」といった女性名を冠した曲が多いですが、1983年の「Rosanna」(過去ログ)では遂に“グラミー3冠”を獲得しています。

実は、「ジョアンナ」はクール&ザ・ギャングのギタリスト、チャールズ・スミスが持ち込んだ「Dear Mom」というナンバーが原曲でした。
ところがサックスのロナルド・ベルが、今は(「Rosanna」のような)ネーム・ソングがトレンドだと言い出したことから、それが女性名の「Joanna」に変更になったそうですよ! 

 



~Lyrics~

She gives me her love and a feeling that's right
愛と優しさを捧げてくれる、そうさ…
Never lets me down, especially at night
夜は、決して物思いさせたりしないひと

恋人や伴侶が愛と優しさを捧げるのは、当たり前…
…果たして、そうでしょうか?
少なくとも、それを受ける側がそれを当たり前と思ってしまったなら、あとは“減点”しかありません。
少しでもそれが足りないと、不満ばかりが募る…。

 …ところでさ、“決して僕をガッカリさせたりしない、特に夜”って、ドユコト?


She picks me up when I'm feeling low
沈んだ時、手を差し伸べてくれたひと
And that's why baby I've got to let you know
…だからこそ、君にこの想いを伝えたい

【low】と【know】の韻がいいカンジ♪
あと、【low】の時【pick up(拾い上げる)】してくれるという表現も気に入りました。
人に助けてもらうのはうれしいことですが、“人間関係の妙”はむしろその感謝の気持ちを相手に伝えた時にこそあるような気がします。
その時、彼はその想いをどんな風にして伝えたのだろう…。


We can do all night, so nice
君となら、夜も素敵に越えられる
We'll have it all and everything will be alright
二人なら、何だって手に入れ、上手くいく

“男と女が一晩中できる、とってもイイコト”って、何でしょう…
せっかくの美しいバラードだけに、“それ”を匂わせていいものか日本語に変換する上で意外と気を遣います。

 いいんじゃね?それが“funk”というものだもん!
 アンタが下世話なだけでしょ?



~Epilogue~

「ジョアンナ」は楽曲だけでも十分あったかいテイストのラブ・ソングですが、それを更にほのぼのとさせてくれるのが“Joanna's Diner”という小さなレストランを舞台としたPV。
しかし店内に入り、登場するジョアンナと思わしき女性は“髪に白いもの”が混じっていて、恐らくこの歌を聴いた殆んどの人が“期待”を裏切られたことでしょう(元歌となった「Dear Mom」の名残かも)!? 
そして、息子のように若く、甘いルックスと歌声の“JT”テイラーに導かれるように彼女は若かりし頃のよき思い出へと心を巡らせてゆきます…。


アメリカを象徴するイメージに“アメリカン・ドリーム”がありますがそれは一握りの覇者・勝者による夢物語であって、PVに描かれるジョアンナは恐らく若い頃の夢は叶わぬまま人生の半ばを過ごし、やがて近しい人以外に知られることもなく静かに人生の幕を下ろすであろう、彼の国の96%の人生を象徴する女性…。
(※実際にアメリカン・ドリームが叶う確率は約4%といわれる)

Joanna, I love you...
You're the one, the one for me

この世で唯ひとり
僕にとって、かけがえないひと


きらびやかな光が行き交う都会から遠く離れた町の片隅で、ひっそりと生きる…
勝者にとって、それは取るに足りない小さな人生かもしれない。
でもそんな人生にだって、彼女の生誕を祝い、その成長を喜び、心を交わし、愛し、愛され、その死を悲しむ人たちがいる。
彼女の人生は彼女ひとりだけの価値ではなく、彼女の幸せを願い、それを見守ってきた人たちの願いでもある。
そういうごく平凡な誰かの人生を、おおらかに励ます心…
ここにこそ、私の大好きなアメリカがある。



「ジョアンナ」

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「ランド・オブ・コンフュージョン~混迷の地~」 ジェネシス

2017.01.13

category : Genesis+

Genesis - Land Of Confusion1 Genesis - Land Of Confusion2


Genesis - Land Of Confusion (1986年)



~2017年は【相剋】の年?~

2017年の干支は十干(じっかん)が丁(ひのと)、十二支が酉(とり)で、“丁酉”(ひのと・とり)です。
丁(ひのと)は[火の弟]とも書き五行思想で“火の性質”を持ち、酉(とり)は“金の性質”を持ちます。
火と金を組み合わせると火は金属を熔かしてしまうので、火が金属に打ち勝つ[火剋金(かこくごん)]の関係。
つまり丁酉は一方が他方を打ち滅ぼす【相剋】の組み合わせであり、“相いれない二つのものが、互いに勝とうとして争う”意味となります。

古(いにしえ)の格言が現在の世界の風潮を予言しているようで、何だか胸騒ぎ…。



~概要~

「ランド・オブ・コンフュージョン~混迷の地~」は1986年に発表されたジェネシスの13thアルバム『インヴィジブル・タッチ (Invisible Touch)』の収録曲で、3rdシングルとしてBillboard Hot 100の4位(1987年の年間40位)を記録しました。
本作のシングル・ジャケットを見て、“何か”を思い浮かべた方もおられるでしょう…
このジャケットはビートルズの2ndアルバム『With the Beatles』のパロディーであり、本作以外にもこれまで多数の“迷作(?)”を生んでいます。

Genesis - Land Of Confusion3 Genesis - Land Of Confusion1

作詞は過去にご紹介した名作「The Living Years」の作者で、ギタリストのマイク・ラザフォード。
「Land Of Confusion」という“さも事情ありげ”なテーマを掲げた本作ですが、ヴォーカル・レコーディングの直前にマイクはインフルエンザにかかってしまい予定日までに作詞が完成されていなかったようで、当日も自宅で高熱を出して寝込んでいたところを訪れたフィル・コリンズに、枕元から“マイク自身が【confusion(混乱状態)】”で歌詞を口述して書き取ってもらった事情があったそうです。
しかしその内容はマイク本人が“こんなにも素晴らしい世界に生きているのに、僕ら(人間)の生み出すものは混乱ばかり”という気持ちを込めた大真面目なものとなっています。

パペット(puppet)を全編に用いた楽しいミュージック・ビデオはジェネシス一個というより80年代を代表する名作で、1987年のグラミーで“Best Concept Music Video”を受賞しました。
社会問題をテーマとしているだけあって世界の政治家のパペットが多数出演(別項参照)しており、その他ジェネシスのメンバーをはじめ数え切れないほどの有名人(…と、思われる)パペットが登場します(※以下、ビデオに登場するキャラクターや作品の名前は全て推定としてハナシを進めます)。
一例を挙げてみると音楽界からプリンス、ピート・タウンゼント、デヴィッド・ボウイ、ボブ・ディラン、ミック・ジャガー、ティナ・ターナー、マイケル・ジャクソン、マドンナ、「We Are the World」、映画界からレナード・ニモイ、『2001年宇宙の旅』、プロレス界からハルク・ホーガン、そしてスペシャル・ゲストとして教皇ヨハネ・パウロ二世がエレキ・ギターを披露していますョ! 

その他に、「Land Of Confusion」は80年代を代表するアメリカのドラマ『Miami Vice』シーズン5最終話「Freefal」に使用されました。
2006年にはアメリカのHMバンドのディスターブド (Disturbed)によってカバーされており、そのアニメMVにはジョージ・W・ブッシュ、プーチン、シラク、ブレアといった当時の各国首脳が登場し、その中には日本の小泉純一郎首相の顔もあります。

 



~Lyrics~

I must've dreamed a thousand dreams
もう千回も見ただろう
Been haunted by a million screams
百万の悲鳴にうなされる夢



壮大なストーリーを展開するPVは、実はその主人公を演じるロナルド・レーガンが俳優時代の1951年に主演したコメディー映画『Bedtime for Bonzo』のパロディーとなっています。
映画では、犯罪歴のある父をもつ心理学者のレーガンが学部長の娘と結婚するために[Bonzo]というチンパンジーに人間のモラルを覚えさせることで、遺伝より環境が重要であることを証明する(=結婚を許してもらう)というストーリーになっていて、後に大統領にまでなったレーガンがチンパンジーに翻弄される内容から、格好の“ネタ”にされた代物です。

そしてPVでは、レーガンが眠りに就いた夢の中でストーリーが展開してゆきます…。
(ちなみに、ベッドで彼の隣にいるのは奥さまのナンシー・レーガン)


Too many people
ひしめき合う人の群れが
Making too many problems
次々と、難題を生み出してゆく

夢の中では“多くの顔”が去来してレーガンを悩ませ、夢に魘(うな)された彼はあまりの寝汗でベッドが湯船のようになって溺れかけてしまいます!(“お約束”のアヒル隊長も登場♪ 
彼を悪夢へと引きずり込んでいたのはイタリアの独裁者ムッソリーニやイランの最高指導者ホメイニ師、ソ連最後の最高指導者ミハイル・ゴルバチョフ、リビアの独裁者カダフィ大佐…という錚々たる顔ぶれ。

当時現実でレーガンを最も悩ませたであろう要因はやはりソビエト連邦との“東西冷戦”であり、長年に亘る軍拡競争によって1980年代初頭までにソ連の軍事力はアメリカのそれを(量的に)凌駕するほどになっていました。
1983年3月の演説でレーガンはソ連を、自由を抑圧し対外膨張を図る“悪の帝国(evil empire)”と名指しで非難するまでに米ソ両国の緊張関係は高まっていたのです…。
(モスクワ、ロサンゼルスというそれぞれが開催するオリンピックのボイコット合戦を繰り広げたのも、この頃でした)


Ooh Superman where are you now
あぁスーパーマン、どこにいる?
When everything's gone wrong somehow
何もかもが悪い方へと向かう、こんな時に

PVの中で、世界の危機を救うべく(?)立ち上がったレーガンはスーパーマンに変身し、時に勇敢なカウボーイとなって奔走(迷走?)します。
やがて悪夢から目が覚めた彼は、ベッドサイドにある【NUKE(核兵器)】ボタンに手を伸ばし…!? 

核開発競争によってソ連は広島型原爆の約3300倍の破壊力をもつ超大型水素爆弾や、核攻撃を受けると自動で核ミサイルを発射する報復システムを開発するなど、たとえそれが一発の誤射であっても全世界を破滅させる全面核戦争を引き起こしかねない時代に突入しました。
このためレーガンはアメリカの国防予算を大幅に増額してミサイルやレーザーを搭載した衛星で敵ミサイルを迎撃する“スターウォーズ計画”を推進させ、両国の軍拡競争は宇宙空間にまでエスカレートしてゆきます。
しかし結果として、財政基盤の弱いソ連は破綻を起こし1991年12月の共産党解散を以って事実上崩壊、東西冷戦時代は一応の鎮静へと向かうことになります…。



~Epilogue~

間もなく、世界のリーダーであるアメリカ合衆国第45代大統領が誕生します…

その共和党ドナルド・ジョン・トランプ(Donald John Trump)氏が尊敬する政治家こそ、第40代アメリカ大統領ロナルド・レーガン氏です(※敬称は2度目以降略します)。
トランプは大統領選で“Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に)”を掲げ当選しましたが、この言葉は1980年の大統領選に於いて共和党候補のレーガンが使用していたものです。
レーガンが当選した背景には、前・民主党カーター政権が不況とイランのアメリカ大使館人質事件で有効な打開策を取れなかったことに国民が募らせた不満がありました。


“強いアメリカ”復活のために…

ノーベル平和賞を受賞した現アメリカ大統領バラク・オバマ氏の平和希求の理想と現実は、皮肉にも原爆を投下した国の元首として史上初めて被爆地・広島に“核フットボール(核兵器の発射ボタン)”を帯同させ訪問したことに象徴しており、同時にこれは“Yes We Can”に抱いたアメリカ国民の希望と失望にも重なります。

今回のトランプ当選の背景にも、自由貿易協定 (FTA)下での国内製造業の国外流出及び移民流入による雇用喪失や、オバマのロシア・中国・ISILに対する弱腰な印象の外交への不満を募らせた国民にトランプの“Make America Great Again”が心地よかったことは想像に難くありません。
しかし、トランプ一方的に宣言しながら費用を相手に支払わせるというメキシコ国境の壁に“理想と現実”はないのでしょうか…。


“逆らう者を力でねじ伏せる”ことこそ、強者の証…?

一方、トランプが就任前からその力を見せつけているのがツイッターによる投稿で、彼の一方的な“つぶやき”だけで世界の大企業トヨタから“今後5年間で100億ドル(約1兆1600億円)の投資”を引き出しました。
(※これについて経団連の榊原定征会長は“もともとあった計画と推測”と報じられていますが…?)

また先日、初の記者会見では、禍根をもつCNNに所属するテレビ記者の質問を“お前の組織は最低だ”“黙れ”“FAKE(偽)ニュースだ”と罵り全く受け付けなかった映像は日本でも何度も伝えられました。


好きな女優? 過大評価された女優?

2017年のゴールデングローブ賞で女優メリル・ストリープが名指しこそ避けたものの、障害ある記者を真似て茶化すような言動を取ったトランプについて“衝動的に人を侮辱するパフォーマンスを、公の舞台に立つ人間、権力のある人間が演じれば、あらゆる人たちの生活に影響が及び、他の人たちも同じことをしてもいいという、ある種の許可証を与えることになる”と自戒を促しました。
これに対し、トランプはすぐさまメリルを“最も過大評価されている女優の一人”と応じましたが…

彼は2015年8月の雑誌のインタビューでお気に入りの女優を問われた際ジュリア・ロバーツとメリルの名を挙げており、さらに“メリル・ストリープは素晴らしい女優だ。人としても立派だよ”と評していたそうです。


そして、核のボタンは“その男”に委ねられる…

かつて冷戦時代、アメリカは最大で約31,000発、ソ連は約45,000発の核弾頭を保有していたとされ、世界を破滅に導く全面核戦争の危機が囁かれていました。
そして、軍拡競争に敗れたソ連は確かに崩壊しました。
しかしその殆んどはロシアに引き継がれ、削減が重ねられた2016年3月時点でもアメリカ約6,970発、ロシア約7,300発の核弾頭を保有しており、しかもそのうち約1,800発が今も即時発射可能な状態に配備されているといわれます。

一方による核ミサイルの発射の知らせから、他方首脳が反撃の判断に許される時間は約10分…

オバマはこうした核兵器の常時臨戦態勢を解き、その役割を敵の核攻撃抑止のためだけに限定(敵が核兵器を使用、または使いそうな局面に限ってアメリカも使用)する“唯一の目的政策”の達成を目指していましたが、国防総省や安倍政権などの反対によりそれは果たせぬ夢に終わりました。

そして今週末、この即時発射可能な核ミサイルのスイッチが、選挙戦中“ISILによる対米攻撃には核で反撃する”と発言するトランプの手に引き継がれる…。


This is the world we live in
…これが、僕らの住む世界
And these are the hands we're given
でも、与えられしその手により
Use them and let's start trying
挑んでみよう
To make it a place worth living in.
世界を、住みよいものとするために



「ランド・オブ・コンフュージョン~混迷の地~」

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「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」ガンズ・アンド・ローゼズ

2017.01.06

category : Guns N' Roses

Guns N Roses - Sweet Child O Mine1 Guns N Roses - Sweet Child O Mine2


Guns N' Roses - Sweet Child O' Mine (1988年)



~スラッシュ、“奇跡”のGN'R復帰!!~

1987年のメジャー・デビューから30周年を迎えるアメリカのロックバンド、ガンズ・アンド・ローゼズ(以下GN'R)が1/21~29の予定で日本公演を行います。

GN'Rの日本公演は約4年ぶりですが、今回特筆すべきは1996年以来袂を分かっていたギタリストのスラッシュがバンドに復帰していることで、ヴォーカルのアクセル・ローズとの確執を知るファンにとってはまさに奇跡のプレゼントとなりました!
更に今回のツアーにはオリジナル・メンバーのダフ・マッケイガン(b)も参加しており(北米・南米ツアーでは散発的にスティーヴン・アドラー(dr)もゲスト出演)、1998年以降本当に久しぶりにGN'Rらしい顔ぶれが揃ったツアーといえます。

今回はGN'Rの復活を祝し、名曲「Sweet Child O' Mine」を特集いたします♪



~概要~

「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」はガンズ・アンド・ローゼズ1987年8月の1stアルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション(Appetite for Destruction)』の収録曲で、アルバムが異例のロング・セールスを展開する中、その1年後の翌年8月に3rdシングルとしてカットされ、Billboard Hot 100で2週No.1(年間5位)を記録しました。
また、この大ヒットにより本曲は1989年の『American Music Awards』で“Favorite Pop/Rock Single”を受賞、オールタイムでもローリング・ストーン誌“500 Greatest Songs of All Timeの198位”をはじめ各媒体で高い評価を得ている楽曲です。


リード・ギタリストのスラッシュによる印象的なギターは“80年代最も有名なギター・リフの一つ”で、ローリング・ストーン誌“The 100 Greatest Guitar Songs of All Timeの63位”にも選出されています。

メンバーとジャムセッションをしていた時スラッシュがドラマーのスティーヴン・アドラーとジョークを入れながらギターのウォーミングアップを始めたところ、すぐさまリズムギターのイジー・ストラドリンがそれに食いつきコードを加え、ダフ・マッケイガンがベースライン、スティーヴンがビートで呼応する…といった具合に、1時間もしないうちに当初の遊び半分とは“何か違うもの”となって曲が生まれていったそうです。
そして、一連の経過を2階で聴いていたアクセル・ローズもまたこれにインスパイアされて歌詞を書き始め、翌日の午後にはそれを完成させました。

また、「Sweet Child O' Mine」の創作に影響を与えたものとしてスラッシュは、ジェフ・ベックやクリーム、レッド・ツェッペリン、更にはマンフレッド・マンズ・アース・バンドの「Blinded by the Light」やGerry Raffertyの「Baker Street」を挙げています。
一方2015年、オーストラリアの音楽テレビ・チャンネル『MAX』は「Sweet Child O' Mine」が、1981年にAustralian Crawlが発表した「Unpublished Critics」との類似性を指摘しました。


PVはMTVでヘビー・ローテーションされ本曲の大ヒットに大きく貢献、年度末の『MTV Video Music Awards』でも“Best Heavy Metal Video”に輝いた名作です。
今回メインに提示したVEVOの映像はオリジナル(アルバムver.)から1分ほど短縮して編集されたものであり、特にスラッシュのギター・パートを大幅にカットしていることはファンにとってはかなり違和感があると思うので、本項で別途“フル・バージョンのPV”を追加させていただきます。

ちなみにこの映像に出演している女の子たちは何れも当時メンバーが付き合っていたガールフレンドたちであり、それぞれアツアツぶりを披露しているのですが…
イジー・ストラドリンだけは彼の愛犬(ロットワイラーという犬種;フル・バージョンの冒頭に出演)を連れて来ており、“とイチャイチャ”していますョ!? 


「Sweet Child O' Mine」は、1999年に映画『ビッグ・ダディ』のサウンドトラックのためにシンガー・ソングライターのシェリル・クロウによってカバーされました。
映画はゴールデンラズベリー賞に5部門ノミネート(うち最低主演男優賞を受賞)される評価でしたが、「Sweet Child O' Mine」を歌ったシェリルはグラミー “Best Female Rock Vocal Performance”を受賞しています。

 
 



~Lyrics~

She's got a smile that it seems to me
アイツの微笑みは
Reminds me of childhood memories
オレに幼い日の記憶を甦らせる

彼女の微笑みはどんなだろう…
きっとあなたも、妄想を膨らませたことでしょう。

実は、これは実在する女性がモデルとなっていて、それはこの人!

Guns N Roses - Sweet Child O Mine3 Guns N Roses - Sweet Child O Mine4

Her hair reminds me of a warm safe place
アイツの髪は、あたたかく安全な場所を思い出させる
Where as a child I'd hide
幼い頃、身を隠し

この美女はエヴァリー・ブラザースのドン・エヴァリーの娘さんで名前を Erin Everly といい、当時アクセルが付き合っていた恋人で、「Sweet Child O' Mine」はアクセルが彼女への想いを綴った歌だったのです。

この歌の他にもエリンに纏わる興味深いエピソードがあって、1989年10月にデヴィッド・ボウイがGN'Rのミュージック・ビデオ撮影現場を訪れた際、デヴィッドがエリンに“ただならぬ関心”を示したためアクセルは彼にパンチを食らわせ、セットから叩き出す事件があったといいます(デヴィッドが謝罪し、すぐに仲直りしたらしい)! 

アクセルは血の気の多い男ですが、よほどエリンに惚れていたのでしょう…。


Where do we go?
オレたち、どこへ行くのだろう
Where do we go now?
いま、どこへ向かってるというのか…

何やら深い意味がありそうな、なさそうな…
強い余韻を与えずには置かない最後の一節は、意外にもプロデューサーの“曲の最後にブレイクダウンを入れよう”という提案により、アクセルが何気なく呟いた一言から生まれました。


1990年4月28日、アクセルとエリンは遂に結婚の夢を実現させたものの、その僅か10カ月後には離婚…というドタバタ劇を演じてしまいました。
俺たちの中の子どもは最高の友達だった。
でもほかの時には、お互いの暮らしを粉々にぶち壊してしまうんだ…
” by Axl



~Epilogue~

一説によるとアクセルは幼いころ実父に棄てられ(家を出て行った)、義理の父には身体的虐待・性的虐待を受けた原体験があったため、人間不信で精神不安定な性格が形成されたといわれます。
そんなアクセルにとって信条的に許せないものが“幼児虐待”で、GN'Rの相棒スラッシュとの20年に亘る確執の発端は“その事”に対する認識のギャップだったという説さえあります。

スラッシュが1991年にマイケル・ジャクソンの「Black Or White」でギターをプレイしたことはあまりに有名ですが、当時GN'Rのマネージャーを務めていたダグ・ゴールドスタインは、“スラッシュがマイケルのトリビュート・コンサートに参加したことが2人の不仲の原因”と考えているようです。
何故ならアクセルは上記の原体験から幼児虐待が絶対許せない立場であり、この頃マイケルによる幼児虐待の噂があってアクセルはこれを有罪と信じていたため、彼の意向に賛成してくれるであろうスラッシュがマイケルを支持するかのような行動を取ったことは、アクセルを大いに失望させたというのです。


Sweet child o' mine
あぁ…
オレの心に甦る幼い記憶

Sweet love of mine
オレの心に灯る愛しい女

本来、人生で最も【sweet(愛しい)】な記憶に恵まれるべき幼少期…
しかし“[雷や雨]から身を隠すように過ごしてきた”というアクセルにとってそれは、必ずしもsweetな日々ではなかったことでしょう。
そして、幼少期に降り続いた[雷や雨]の記憶はやがて止むことない“暗黒の雲”となって心を覆い、外界にあるもの全てを黒く映し出す…。

【Sweet child o' mine(子どものように純粋で安らかな心)】
は幼い日に憧れた[晴れわたる青い空]であり、今もって辿り着きたい理想の境地。
でもきっと、それはアクセル一人の力だけで辿り着くことは不可能だったに違いありません。
…だからこそ、【Sweet love(=エリン)】を必要としたのでしょう。
(だからこそ、もっと大事にすべきだった…)


「Sweet Child O' Mine」
大人も、こんな風に誰かと交われたらいいのに…





「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」

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