I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「ホワット・イット・テイクス」エアロスミス

2017.03.31

category : Aerosmith

Aerosmith - What It Takes1 Aerosmith - What It Takes2


Aerosmith - What It Takes (1989年)



~スティーヴン・タイラー、初のソロ公演~

世界的なロック・バンド“Aerosmith”のヴォーカリスト、スティーヴン・タイラーがその長いキャリアで初となるソロでの単独公演を日本で行います(4/8、4/11)。
“現役3大ロック・スター”といっていいポール・マッカートニーやミック・ジャガー、エリック・クラプトンから比べると少し若いものの、それでも3月26日に69歳を迎えたスティーヴン。
昨年(7月)はエアロスミスの盟友ジョー・ペリーがジョニー・デップやアリス・クーパーらとのユニット“Hollywood Vampires”のコンサート中に倒れ、地元の病院に搬送されたというニュースが世界に衝撃を与えました(当初は心停止と伝えられたものの、脱水症と疲労が原因だった)。

いつまでも日本を忘れず現役で来日してくれるのはうれしいことですが、“このクラス”になるとまず無事に公演が遂げられることを何より願ってしまう…。
(2014年のポールの日本公演直前での緊急入院騒ぎもあるし)



~概要~

「ホワット・イット・テイクス」はエアロスミス1989年の10thアルバム『パンプ(PUMP)』の収録曲で、3rdシングルとしてBillboard Hot 100の9位(1990年の91位)まで上昇しました。
エアロスミスといえば1998年の映画『アルマゲドン』の主題歌「I Don't Want to Miss a Thing」が特に有名ですが本曲もそうした切ないテイストのバラードで、スティーヴン&ジョーに加えてバンド外のソングライター、デスモンド・チャイルドが共作者として参加しています。
デスモンド・チャイルドは前作『Permanent Vacation』で「Dude (Looks Like a Lady)」や「Angel」の作曲に携わった人であり、本作でも複数楽曲を提供するなどエアロスミス復活の立役者の一人です。
また、同じころ彼はアリス・クーパーの『Trush』のプロデュースを担当しており、その縁からかブラッド・ウィットフォード以外の4人のメンバーもそのアルバムのレコーディングに参加しています。

アコーディオンやビートルズの「A Day in the Life」風のピアノ、アコースティック・ギターなどをフィーチャーしたハード・ロック・バンドらしからぬソフト・サウンドであり、ライブではスティーヴンがアカペラで歌い始める演出もなされてきた作品です。
こうした情感たっぷりでありながらの爽やかテイストは“エアロスミス史上最高のバラード”とファンからの評価も高く、日本の人気ロック・ユニットB'zも1991年のアルバム『IN THE LIFE』で“アメリカのロック・バンドを意識した(稲葉)”というロック・バラード「憂いのGYPSY」を発表し話題を呼びましたが、その“影響力”の大きさを感じさせます。
しかしB'zほど明白ではないものの、Mr.Childrenの「終わりなき旅」や「Everything (It's you)」にも“同じ系譜”が垣間見えるように、エアロスミスが「What It Takes」で確立したスタイルが1990年代J-Rock全盛の雛型の一つであったと言っても過言ではないのでしょう。


ミュージックビデオは2種類あって、一つはテキサス州ダラスにあるカントリー・ダンス・ホール『Longhorn Ballroom』で撮影された映像で、これは今回のメイン動画に掲載いたしました。
もう一つはアルバム『パンプ』の制作過程を撮影したビデオ作品『The Making of Pump』に収録された映像で、こちらは本項に紹介いたします。

 



~Lyrics~

Girl, before I met you I was F.I.N.E. Fine
おまえに出逢うまで、こんなんじゃなかった
but your love made me a prisoner, yeah my heart's been doing time
おまえの愛が俺を虜にし、心は囚われたまま

実はここでの[F.I.N.E.]は本作『パンプ』収録の「F.I.N.E.」という曲に引っ掛けており、[heart's been doing time]も前作『パーマネント・ヴァケイション』の「Heart's Done Time」との関連によるものと考えられます。
また、この部分以外にも[leave your life to the toss of the dice]は『パンプ』の「Love in an Elevator」の歌詞に関連させています。

こういう“お遊び”を見つけるのも、ファンにとっては楽しいものです ♪


It was easy to keep all your lies in disguise
おまえにとって嘘を装うなど、いと容易いこと
'Cause you had me in deep with the devil in your eyes
だって、その瞳の中の悪魔に魅入られた男が相手なのだから

【催眠】は“意識レベルから批判能力を除外する潜在意識レベルに誘導すること”ともいわれるそうですが、この場合もそれと似ているのかもしれません。
つまり元々“特定の願望”を潜在意識に持っている人は常にその願望を叶えたいと思っているわけで、その気持ちが強いほどそれを実現させる(あるいはその可能性を信じられる)外的刺激に誘導され易いというわけです。

 …まぁオレたちの世界じゃ、常識だけどね?


You spent me up like money,
おまえは銭金のように俺を浪費し
then you hung me out to dry
干上がらせた

【money】の喩え…
…だからといって、干上がらせてはいけませんね!?
お金の使い方の表現に消費・投資・浪費がありますが、簡単に図式化すると[消費]は支払=効果、[投資]は支払<効果、[浪費]は支払>効果、といった概念でしょうか…。
でも、どんなお金持ちも浪費ばかりではいつか破産するように、愛情も浪費ばかりではやがて破綻を来します。

そんなふうに求めてばっかりじゃ…”って、JUDY AND MARYも言ってるし? 



~Epilogue~

「I Don't Want to Miss a Thing」と並び、
エアロスミスの最高傑作バラードの一つに数えられる「What It Takes」…

「I Don't Want to Miss a Thing」は、本来“目の前の君があまりに愛おしくて、一瞬たりとも目を離したくない”という微笑ましいラブ・ソングですが、どうしても映画『アルマゲドン』で娘の命を守るために自ら死地へと赴く父(ブルース・ウィリス)の心情と重なってしまうため、究極的な切なさを覚えてしまいます。


Tell me what it takes to let you go
おまえを忘れるために、どうすればいい?
Tell me how the pain's supposed to go
この胸の痛みを消し去るため、どうすれば…

一方、「What It Takes」は“別れた君があまりに愛おしくて、一瞬たりとも心から離れない”切なさでしょうか…。
その苦しさから逃れるため、【what it takes(何が必要?)】と問い掛けているわけです。

ある者は、“飲んで、飲んで、飲みつぶれて寝むるまで飲んで”
またある者は、“泣いて、泣いて、泣きつかれて寝むるまで泣いて”…(河島英五「酒と泪と男と女」

 …あなたは、どっち派? 

また、『好きだった人を忘れるために有効な手段』(NTTドコモ「みんなの声」)についてのアンケートによると1位は“次の恋をする”(10682票)、2位は“連絡先を削除”(3172票)、3位は“忙しくする”(2775票)という結果で、“思いっきり泣く”は4位でした(ただし“酒を飲む”は圏外で、有効な手段ではない?)。

この結果を大別すると凡そ相手との“物理的接触を断つ”こと、“思い出す機会を断つ”ことが有効なようで、
つまり本気で忘れたいならこの2つを断つことが必要と考えられますが…


Tell me that my lovin' didn't mean that much
俺の愛など、大した意味もなかったと
Tell me you ain't dyin' when you're cryin' for me
たとえ俺のために涙することがあろうと、死ぬほどの苦しみもないと言っておくれ…

ナンダカ、彼は一筋縄ではいかなそう…? 



「ホワット・イット・テイクス」

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「ジョニー・B.グッド」チャック・ベリー

2017.03.24

category : ~1960年代

Chuck Berry - Johnny B Goode1 Chuck Berry - Johnny B Goode2


Chuck Berry - Johnny B. Goode (1958年)



~Charles Edward Anderson Berry 1926-2017 R.I.P.~

ビートルズやローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズをはじめ多くのミュージシャンに多大な影響を及ぼしたアメリカのロックン・ローラー/ギタリスト、チャック・ベリーが3月18日に亡くなりました(享年90)。
彼の遺したものの大きさは、その訃報を受けたポール・マッカートニーの“one of rock 'n' roll's greatest poets”、リンゴ・スター“Mr. rock 'n' roll music”、ブライアン・ウィルソン“a big inspiration!”、ロッド・スチュワート“It started with Chuck Berry.”、キース・リチャーズ“One of my big lights”…という追悼の言葉が物語っています。

また、ツアー中のジーン・シモンズとボン・ジョヴィは、それぞれの公演でチャックの代表曲の一つ「Johnny B. Goode」をパフォーマンスし、彼の冥福を祈りました。

 



~概要~

「ジョニー・B.グッド」はチャック・ベリー1958年のシングルでBillboard Hot 100の8位を記録、翌年3rdアルバム『Chuck Berry Is on Top』に収録された作品です。
作詞・作曲はチャック自身、彼の創作を代表するキャラクターとなった本作の主人公ジョニー・B.グッドは「Bye Bye Johnny」(ローリング・ストーンズもカバー)、「Go Go Go」、「Johnny B. Blues」といったほかの作品にも登場しています。

一方、ロックン・ロールを象徴するギター・フレーズとして多くのミュージシャンに引用されたイントロはチャックの創作ではなく、ジャンプ・ブルースを代表する歌手ルイ・ジョーダン(Louis Jordan)1946年の曲「Ain't That Just Like a Woman (They'll Do It Every Time)」でギターを弾いた Carl Hogan のコピーといわれています。

本作はローリング・ストーン誌“500 Greatest Songs of All Time”7位、同誌“100 Greatest Guitar Songs of All Time”1位にも選ばれるロックン・ロールのスタンダード・ナンバーの一つであり、エルヴィス・プレスリーやビーチ・ボーイズ、ジミ・ヘンドリックス、AC/DC、プリンスなどロック界を代表するスターたちがカバーしています。
ジョン・レノンが“ロックン・ロールに別名を与えるとすれば‘Chuck Berry’だ”と言及するほど彼を敬愛して止まないビートルズは彼の「Roll Over Beethoven」や「Rock & Roll Music」(過去ログ)を正式にレコーディングしているものの、「Johnny B. Goode」はそれが為されてはおりません。
ただし1960年代前半にBBCラジオで定期的に行っていたスタジオ・ライブでこれを披露しており(ヴォーカルはジョン)、この音源は1994年に発売された『Live at the BBC』に収録、またジョンは後年アメリカの人気トーク番組『マイク・ダグラス ショー』で憧れのチャックとの共演が実現しています。


そして、多くの人にとって「Johnny B. Goode」の魅力を再認識させられたのがマイケル・J・フォックス主演の1985年の映画『Back to the Future』ではなかったでしょうか?
ここではチャックのバージョンを背景に流すのではなく主人公マーティがダンス・パーティで歌唱する形が採られていますが、マイケル・J・フォックスのパフォーマンスが圧巻で、このシーンで本曲を知り、好きになった方も少なくないはずです(ただし実際の歌とギター音源はポール・ハンセンという人のもの)。

また、この映画はマーティが1985年から1955年にタイムスリップするというストーリーとなっていますが、創作と現実を巧みに織り混ぜた“小ネタ”が秀逸です。
1955年は現実にチャックが「ジョニー・B.グッド」を発表する3年前という設定であり、劇中では未来からやって来たマーティが歌うこの曲に閃きを覚えたマーヴィン・ベリーというギタリストが従兄弟のチャック・ベリーに演奏の模様を電話で生中継するシーンが組み込まれており、“「ジョニー・B.グッド」はマーティの歌からチャックにもたらされた”というジョークとなっています。

加えてここでマーティはチャックの代名詞でもある“ダックウォーク”のパフォーマンスを披露していますが、調子に乗った彼はベンチャーズのクロマティック・ラン奏法(テケテケ)やピート・タウンゼントのウインドミル奏法、ジミ・ヘンドリックスの背面弾き、エドワード・ヴァン・ヘイレンのライトハンド奏法、果ては機材を破壊する未来の過激なパフォーマンスにまで発展させてしまい、会場全体の冷たい視線を浴びてしまうことになります。
その場を後にする彼が放つ“みんなにはちょっと早かった。君たちの子供は気に入るよ”の捨てゼリフは、日本人にとっては植木等の“お呼びでない?お呼びでないね…”を思い起こさせる親しみ易いオチではないでしょうか…? 

 
 




~Lyrics~

Deep down in Louisiana close to New Orleans,
ルイジアナをずっと南に下り、ニュー・オーリンズの程近く
Way back up in the woods among the evergreens
枯れることもない緑の森へと道を遡ると

ルイジアナ(州)とかニュー・オーリンズ(都市)といわれてもピンとこない方も多いと思いますが、【evergreen(常緑樹)】が物語るようにアメリカ南部・メキシコ湾に面した温暖で水が豊かである一方で標高が低く、有名な2005年の“ハリケーン・カトリーナ”上陸の際は1,500人以上の死者を出しました。
また、ニューオーリンズは“ジャズの発祥地”とされ、ジャズ以外にもさまざまな音楽が息づいている土地柄です。


There stood a log cabin made of earth and wood,
土と丸太の掘っ建て小屋があって
Where lived a country boy named Johnny B. Goode
ジョニー・B・グッドってカントリー・ボーイが住んでいる

“【log cabin(丸太小屋)】に土?”と疑問に思い確認のため調べてみたのですが、確かに土も使うようです。
丸太小屋はアメリカでは開拓精神の象徴で、その建築法を新大陸に伝えたのはスウェーデン人でした。
私は丸太だけで組み立てると思い込んでいましたが、木材の隙間を埋めるために泥や木屑などを用いたりするそうです。

日本では[ログハウス(log house)]の名称が一般的ですが、英語ではより小さなものを【log cabin】として区別されており、ジョニーの暮らしぶりが詳しく伝わってきます…。


Oh, the engineers would see him sitting in the shade,
機関士たちにとっても、それはいつもの光景
Strumming with the rhythm that the drivers made.
機関車との“リズムの協奏”に

【driver】というと運転手が一般的ですが、ここは“(車・列車などの)駆動輪”を想像しました。
【strum】は“軽くかき鳴らす”という意味で、ジョニーがギターの名手になれた背景にはこうした日々の“機関車相手の猛特訓”があったからなのかもしれませんね? 

先に“ニュー・オーリンズは音楽の町”ということをご紹介しましたが、このように日常何気ない生活の音一つひとつが音楽に繋がっているとしたら、当地に暮らす人々の音楽への“おおらかな愛着”を伝えているようで、とても素敵なフレーズに思えました。



~Epilogue~

チャック・ベリーはミズーリ州セントルイス生まれで両親は建設請負業と教師という中流家庭に育ち、美容・理容の資格を取得するなど学歴に相違点はあるものの、「ジョニー・B.グッド」はチャックの人生の断片を織り交ぜた創作であるといわれています。
彼は1953年にジャズ・ピアニストのジョニー・ジョンソン(Johnnie Johnson)率いるバンドに加入していますが、タイトルの一部である【Johnny】は彼に由来するもので、ちなみに後年ジョニー・ジョンソンは自ら「Johnnie B. Bad」という作品を発表しました。
また、それに続く【B.】は自身の[Berry]、【Goode】はチャックが実際に住んでいたセントルイスの通り[2520 Goode Avenue]から採られているそうです。


それから、間もなく60年…
チャックに憧れロックの世界に足を踏み入れたポール・マッカートニーやミック・ジャガーが70代半ばにして今も世界を駆け巡り、そして90歳のチャック自身も今年6月16日にニュー・アルバム『CHUCK』のリリースを控え、新曲「Big Boys」の音源を公開しており、ここでの彼のギターと歌声はとても90歳とは思えません!

「ジョニー・B.グッド」が“今これからの少年”を主人公としていたように、当初ロックは若者の夢と希望を代弁するものでしたが、[創造者]であるチャック自らが更なる道を拓いてくれたことによりロックは“90歳でも現役でいられる”ことが証明されました。
時代は変わり、移ろうのがその宿命であるとはいえ、それは同時に古い時代の常識を打ち破る“新たな可能性”をもたらすものでもあります。
それは、私たちが少年の日に芽生えさせた夢を90歳になっても抱き続けることができるという希望であり、また難病・パーキンソン病を患ったマイケル・J・フォックスを再びステージに甦らせることでもあるのです。


Go, Johnny, go, go...
Johnny B. Goode

この作品は、そんなあなたへの応援歌
あの日芽生えた夢を、いつまでも大切に…




「ジョニー・B.グッド」

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「レディオ・ガ・ガ」クイーン

2017.03.17

category : Queen

Queen - Radio Ga Ga1 Queen - Radio Ga Ga2


Queen - Radio Ga Ga (1984年)



~3月22日は“放送記念日”~

3月22日は、1925年(大正14年)にNHKラジオ第1放送がラジオの仮放送を開始した“放送記念日”。
携帯端末でテレビが見ることができる今日、ラジオというと少し時代遅れな情報媒体のイメージさえありますが、あなたは“ラジオがどのような仕組みで音声という情報を運んでいるか”ご存知でしょうか?

 “そんなの考えたこともないョ…”

…そう呟いたのは、カレだけ? 


~概要~

「レディオ・ガ・ガ」はクイーン1984年の11thアルバム『ザ・ワークス(The Works)』からの1stシングルでアメリカBillboard Hot 100で16位、イギリスで2位、そして世界19カ国でNo.1を獲得する世界的大ヒットとなった作品です。
フレディ・マーキュリーが歌うこの曲の作者はメンバーのロジャー・テイラー(Dr)で、これが彼の記念すべき初ヒット・シングルとなりました。
1980年にシンセサイザーを導入したクイーンにとってもはやこの便利な機材は無くてはならないものとなっており、ロジャーもRoland Jupiter-8とドラムマシンを使って作曲したそうです。
当時はメンバーがそれぞれソロ作品を試みていた時期でもあり、当初ロジャーは自身のソロ用にと「Radio Ga Ga」の創作を始めましたが、これを聴いたメンバーは大ヒットを予感しジョン・ディーコンはベースラインを、フレディ・マーキュリーはトラックを再構成し歌詞やハーモニーに手を加えクイーンの作品として完成させました。

MTV Video Music Awardにノミネートされたプロモーション・ビデオを制作したのはデヴィッド・ボウイやAC/DCの一連の映像で有名なデヴィッド・マレット(David Mallet)で、彼はQueen & Davidの「Under Pressure」やクイーンの「Bicycle Race」、フレディの「I Was Born to Love You」も手掛けた人。
このビデオで特徴的なのは1927年のドイツのSFモノクロ・サイレント映画『メトロポリス(Metropolis)』を編集していることですが、これはマレットが普通のバンド演奏シーンによる内容とは違う映像を構想していた折、フレディからメトロポリスのコンセプトの提案があったことによります。
これには、同年に映画音楽の巨匠ジョルジオ・モロダーが無声である1927年の『メトロポリス』に自らが作曲したロック調の音楽を編集した映画を制作したこと、そのサウンドトラックにフレディが「Love Kills」という曲で参加したことが関係しているようです。

もう一つ、このPVの特徴として挙げられるのは“サビのフレーズで拳を高く掲げ、群衆と一体となって合唱・拍手するパフォーマンス”です。
ロジャーによるとこのパフォーマンスは“映画メトロポリスに登場する労働者たちの心のコントロールを描写するもの”でしたが、一部の音楽評論家から“極めてファシズム的”と批判されました。
しかし翌年のLIVE AIDでクイーンは観衆と一体となってこのパフォーマンスを再現し他を圧倒する支持を獲得したことで、以来彼らのライブでは欠かせない“お約束”となっています。
(ただし病状の悪化により、フレディが演じたのは1986年の『マジック・ツアー』が最後)

 
 



~Lyrics~

I'd sit alone and watch your light
一人じっと座り、その光源を見つめ続けたあの頃…
My only friend through teenage nights
十代の夜、君は僕のたった一人の友だった

この時代のティーンエイジャーの夜の過ごし方というと、居間で歌番組やドラマを見た後、自室でマンガやラジオを楽しむ…といった流れが典型だったのではないでしょうか?
でも各自がインターネットやテレビ、ゲーム、音楽に接続できるパソコンやモバイルを常に所持している現代のティーンエイジャーはどうなのだろう…
ラジオが友だちより人間の友だちの方が良いとはいえ、帰宅してからも同じ友だちとの繋がりを確かめ合わねばならないとしたら、ちょっと息苦しいかも?

一人ゆったりラジオと気のおけない時間を過ごしたあの頃…。


You gave them all those old time stars
古い時代のスターたちのことや
Through wars of worlds invaded by Mars
火星人襲来による世界戦争

このラインは、2005年にもスティーヴン・スピルバーグ&トム・クルーズでリメイクしたことでも話題を呼んだH・G・ウェルズ原作の『宇宙戦争(The War of the Worlds/1898年)』を言及していると思われ、同作品は1938年にアメリカで“ラジオ・ドラマ”としても放送されました。

この物語は火星人が地球を侵略するSF(サイエンス・フィクション)ですが、それを知らずラジオを聴いた多くのリスナーが現実のニュースと勘違いしパニックを起こす騒ぎがあったそうです。
この事件がきっかけとなりラジオでフィクションを放送する際に一定の規制を課す法律が制定されましたが、一説によると当時“新メディア”であったラジオの台頭に危機感を抱いた新聞各社が事態を煽り立てて騒ぎを大きくしたとか、しないとか…?


All we hear is Radio ga ga
ラジオが“ga ga...”って叫んでる
Radio goo goo
“goo goo...”って魅惑してる

【Lady Gaga】の名前の由来となった、あまりに有名な一節。
レディー・ガガは本名;[Stefani Joanne Angelina Germanotta]といいますが、デビュー・アルバムのプロデューサー、ロブ・フサーリが彼女の声のスタイルをフレディ・マーキュリーに準え、彼女をスタジオに迎える際の入場曲として「Radio Ga Ga」を歌い、それをメールで「Lady Gaga」とミスして送ったところ彼女が大いに気に入り、以来その名前を名乗るようになったそうです。

ちなみに「Radio Ga Ga」の由来は作者ロジャー・テイラーの幼い息子さんがラジオを聴いていて【Radio caca】と言ったことにあります。
それを[caca(うんち)]じゃマズいからと、ロジャーが【gaga(夢中になった)】に変更したのが「Radio Ga Ga」でした。
韻を踏んだ他の言葉も実はちゃんと意味があって、【goo-goo(色っぽい)】【blah-blah(などなど/おしゃべり)】…といった具合です。



~Epilogue~

新聞や雑誌、ラジオやテレビ、そしてインターネット…
私たちは日頃、さまざまな媒体を通して実に多くの情報を得ています。
新聞はローマ帝国や中国の唐時代、ラジオ放送は1920年(アメリカ)、テレビ放送は1935年(ドイツ)、インターネットは1990年代前半(一般利用)にサービスが始まり、古いメディアは新しいメディアに領域を奪われながらもこれまで何とか共存を遂げてきました。

今回の主役であるラジオは、当時既存の新聞に比べ“無線の電波により遠方まで音波を運ぶ”という点で極めて革新的なメディアでした。
そもそも電波と音波はそれぞれ性質や周波数がまったく異なっており、これを組み合わせるために生み出された変調方法こそお馴染みのAM(Amplitude Modulation;振幅変調)やFM(Frequency Modulation;周波数変調)で、今ではやや時代遅れの感があるこの方法も、改めて考えてみると日進月歩の科学技術の世界の中で100年経っても使われ続けているのですから、むしろ凄いとさえ思えます。

「Radio Ga Ga」はもう30年以上前の作品ですが、本作が言及しているとおりこの時点で既にラジオは時代遅れを指摘されていました。
しかしこの頃音楽を聴き始めた私にとっては、まさにラジオに“gaga(夢中になった)”でした。
確かにインターネットはキーワードさえ入力すれば対象への膨大な情報へと導いてくれるし、Youtubeに接続すればすぐにでも好きな曲を聴くこともできるでしょう。

You had your time, you had the power
君は時代を築き、強い力があった
You've yet to have your finest hour
でも最も素晴らしい時を迎えるのは、まだこれからさ
Radio...

“ラジオにgaga”だった頃、私は未知なる音楽をラジオで貪(むさぼ)るように探し求めていました。
でもラジオで放送される曲は必ずしも私の好きな曲ばかりではなく、好み以外の曲にも随分と時間を費やされました。
ただ後で思うと、だからこそ元々好みの曲調だけでなく未知の領域にある“いろいろなテイスト”に触れる機会が与えられた気がするのです。
ネット検索は極めて効率が良い反面、“キーワードさえ知らないものは調べようがない”という盲点があります。
しかしラジオは他人の選曲によるため“回り道はするけれど、だからこそ思わぬ出あいがある”のがメリットなのです。

“…なぁんだ、それだけ?”と思われたかもしれませんが、それが音楽だけなら趣味の問題で済むものの、“自分の興味・知識ある分野の範囲しか知らないし、それ以外は興味もない”というネット検索特有の習性は、社会情勢に対する認識や人格形成に於いてはどうでしょう?
特に、人生で最も多くの知識や技能、人格形成を育むべき大事な成長期に“好きなものしか見ないし耳を傾けない”という習慣を身につけてしまうのは、その後の人生に悪影響を及ぼす気がします。


“急がば回れ”もいいじゃない?
人は、思わぬ出あいにこそ胸を躍らせる
ラジオは、そんな“gaga”をたくさん与えてくれる
“I Wish”も、そんな出あいを届けたい…



「レディオ・ガ・ガ」

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「ディス・ワン」ポール・マッカートニー

2017.03.10

category : Beatles & Solo

Paul McCartney - This One1 Paul McCartney - This One2


Paul McCartney - This One (1989年)



~ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンの誕生日を祝う~

去る2月25日、ポール・マッカートニーはTwitterに《写真・右上》を投稿しました。
この日は旧友・故ジョージ・ハリスンの誕生日で、以下のような言葉を添えています。

“My lovely friend George! Still celebrating his birthday.
Lucky to have had him in my life.”

僕の素敵な友人、ジョージ!今も彼の誕生日を祝っている。
僕の人生に彼がいてくれたのはラッキーだった。


一方、3月9日(木)には【#ThrowbackThursday #tbt】(“木曜日は、思い出の画像を投稿しよう”という意味)のハッシュタグに、以下のような画像を付けて投稿しました。

Paul McCartney - This One3

 “Sir” Paul McCartney ♪ 



~概要~

「ディス・ワン」はポール・マッカートニー1989年の8thソロ・アルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート(Flowers In The Dirt)』からの2ndシングルで、イギリスでは1stシングル「My Brave Face」と同じ18位とそこそこヒットしましたが、アメリカBillboard Hot 100では94位と、ポールらしからぬ散々な成績に終わりました。
ただしアルバム自体は全英No.1に輝くなど好調で、80年代では1982年の『Tug of War』に次ぐ評価を得た作品といえるでしょう。
近年ポールは次々と旧作の“アーカイヴ・コレクション”をリリースしていますが、その第10弾としてこの3月24日に『Flowers In The Dirt』が発売されることになっています。

「This One」で特筆すべきといえばその“インド志向”で、ビートルズ・ファンが懐かしさを感じるサウンドにはポール自らが奏でるインド弦楽器“シタール”があります。
また、その志向は「ディス・ワン」のシングル・ジャケットやPVを見れば一目瞭然で、これらに登場する横笛を吹く白鳥に乗った青い肌の少年はヒンドゥー教の“神聖さ、愛、知、美の神”クリシュナであり、映像の中でポールとリンダは慣れない(?)あぐらをかいて瞑想しています。
ただし、ビートルズ時代インドでの修行を真っ先に逃げ出した前科のある彼はじっと瞑想などしていられるはずもなく、“目蓋に創意”(上で紹介の写真)を凝らすなど、全く世俗を忘れることができていません! 

『Flowers In The Dirt』はポールが成田空港での“あの事件”以来約10年ぶりにワールド・ツアーに復帰するきっかけとなった作品で、「This One」もその1989年9月からのツアー『The Paul McCartney World Tour(通称;ゲット・バック・ツアー)』で演奏されました。
その後ポールは何度もワールド・ツアーを重ねていますがあまりにヒット曲が多いポールのセット・リスト入りは至難であり、恐らくその後一度も演奏されたことはないと思われます。
ただし今回は『Flowers In The Dirt』の再発プロモのお陰で当時の貴重な音源も公開されていたので、それらも併せてお楽しみください。


 
 



~Lyrics~

The Swan Is Gliding Above The Ocean,
神さまをその背に乗せ
A God Is Riding Upon His Back
海に上を優雅に飛びゆく白鳥

「This One」の創作の経緯を、ポールは次のように語っています(要約)。

【this one】という言葉から【this swan】が浮かび、白鳥というとインドで見掛けたクリシュナのポスターを思い出したんだ。彼がピンクのユリを持ち白鳥に乗って澄んだ池の上を漂っているその絵はとてもスピリチィアルで、心を落ち着かせるものがあった。僕は特定の宗教は信仰していないけど、ああいう絵からはいい瞬間が得られるね

…って、きっかけは“ダジャレ”かいっ!? 


Did I Ever Take You In My Arms,
これまで君を腕の中に抱いて
Look You In The Eye, Tell You That I Do,
その瞳を見つめ語りかけたこと、あったかな

ポールによると、「This One」は“基本的にはラブ・ソング”だそうです。
ビートルズ時代は恋人ジェーン・アッシャーへ宛てて数々のラブ・ソングを書いてきた彼ですが、結婚後は愛妻のリンダ一筋!
ポールとリンダの“おしどり”ぶりは、ロック界でも有名でした。
果たして、本作はリンダへ宛てられたもの…?


Did I Ever Open Up My Heart
心を開いて
And Let You Look Inside.
この胸の内を見せたことが…

一方で、ポールはこの歌を“【後悔】がテーマ”と説明しています。
どんな時に後悔するかについて彼は[口論]を挙げており、冷静になって“君の方が正しい”と言えなかったことを悔いているそうです。

ポールの仲違いというと真っ先にジョン・レノンとのことを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、それはビートルズ解散の前後数年のことで、彼が“…でもしばらくして僕からジョンに電話をするようになって、最終的にはまた仲良くなれたんだ。ジョンに赤ちゃんが生まれて僕も育児中だった頃は、子育ての話もよくしたよ”と語るように、ジョンが亡くなるまでにポールが何度も彼を訪ねるほどの関係を取り戻していたそうです。



~Epilogue~

ジョンとは比較的早く関係を修復できたポールでしたが、同じく法廷で争った元ビートルズのジョージ・ハリスンとは十数年経ってもなかなかきっかけさえ掴めませんでした。
僕は幸運だった。ジョンが死ぬ直前には親友に戻れたから。
でもジョージは最後までジョンと話をしなかったから、とても悔やんだと思うんだ…


しかしこれは、当時ジョージと仲直りを果たせぬままだったポールにとっての悔いでもありました。
“だからこの曲を作った。いま言わなければもう言えないかもしれない。だからいま好きだよって言おうって…”


There Never Could Be A Better Moment
でもそれに相応しい瞬間って外にないんじゃないかな
Than This One, This One.
今、この時を於いて

…そう、「This One」にちりばめられた“インド”は、インドの文化に傾倒しヒンドゥー教徒でもあったジョージへの、ポールからの“サイン”だったのです!
直接この曲がきっかけとなったかは分かりませんが、ポールのこの思いは1993年からの『The Beatles Anthology』プロジェクトに於いて、天国のジョンを含めたビートルズ4人の共演が実現したことに結実します。
ご存知のようにその後まもなくジョージは癌を発症、2001年11月29日に58歳の若さで亡くなってしまいますが、群がるマスコミを遠ざけ家族と静かな最期の時を過ごせるよう国外の別荘を提供したのもポールだったといわれます。
ポールは語っています…。

過去を振り返り、未来を夢みる人が多いけど、今を大事にしてない。
生きているこの瞬間をもっと大切にすれば、人生がよりよいものになる気がするんだ


This One(今、この瞬間)… 



「ディス・ワン」

※本記事はYoutube上で「This One」のPVが視聴できることを前提に編集しましたが、公開当日になって突然動画が視聴不可となってしまい、Youtube動画は現時点で掲載できません。

検索の結果、こちらのサイトで視聴可能ですので、ご希望の方はそちらでご覧下さい。


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「パワー」ジョン・ホール

2017.03.03

category : 1970年代

John Hall - Power1 John Hall - Power2


John Hall - Power (1979年)



~震災から6年~

2011年に発生した東日本大震災から、間もなく6年になろうとしています。
多くの人の命を奪い、故郷を破壊し、人生を変えてしまった災害…
そして、6年が経とうとする今現在も全国で約12万3000人の方が避難生活を余儀なくされているそうです。
2017.2.13現在/復興庁

また最近の報道では、原発事故のあった福島県から全国各地に避難している生徒が“放射能が来た”とか“放射能がうつる”といったいじめを受けている実態が次々と報じられており、放射能から物理的に遠ざかることはできてもその悪夢を断ち切ることの難しさを物語っています。
放射能問題は果たして想定外の“天災”か…それとも、人間の心に巣食う“人災”?



~概要~

「パワー」は、ジョン・ホール1979年の3rdソロ・アルバム『Power』のタイトル曲です。
ジョン・ホールは1973年にデビューしたアメリカのロック・バンド“オーリアンズ(Orleans)”のメンバーとして活躍し、1977年にソロへと転身しました。

バンド脱退の一因となったのが彼の反原発運動への参与であり、ニューヨーク州セメントン(Cementon)のハドソン川沿いに進められていた原子力発電所建設を止めることでした。
ジョンらの危惧は1979年3月28日にペンシルベニア州スリーマイル島にある原子力発電所で発生した重大な原子力事故(国際原子力事象評価尺度;レベル5)で現実のものとなり、彼をはじめ志を同じくするジャクソン・ブラウンやグラハム・ナッシュ、ボニー・レイットらが中心となってミュージシャンによる反原発活動『MUSE(Musicians United for Safe Energy)』を立ち上げます。

同年9月19~23日、MUSEはニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで『No Nukes concerts』を開催、CSN(クロスビー、スティルス&ナッシュ)やブルース・スプリングスティーン、ジェームス・テイラー、カーリー・サイモン、チャカ・カーン、ドゥービー・ブラザーズほか多数のミュージシャン仲間が参加し、最終日は20万人もの観衆が押し寄せました(メイン動画はこの時の映像)。
その歴史的イベントのテーマ・ソングとなっていたのがジョン・ホール作曲による「Power」だったというわけです。
そして、このイベントが影響を及ぼしたかは定かではありませんが、結果として以後アメリカでは現在まで1基の原発も新規で建設されてはいません。

2011年、日本での東日本大震災発生を受け、MUSEは32年ぶりに再集結しコンサートを開催、日本の津波・原子力災害救済のための資金を募ってくれました…。

 



~福島第一原子力発電所事故に学ぶべき教訓~

 そもそも、この原発事故の問題点とは何だったのか、まとめてみました。

低人口地帯を設けなくても原発建設を許可

福島第一原子力発電所の建設が計画された当時(営業運転開始は1971年)日本はまだ原子力発電に対するノウハウを殆んど持っておらずアメリカの原子炉やルールを輸入していますが、その導入には致命的な問題がありました。
核兵器の原料でもある原子力は非常に危険なものであるため、“アメリカの立地審査指針は原発の周囲に必ず低人口地帯を設けることを義務付けています”が、これを国土の狭い日本に適用させると条件を満たす建設地が無くなるため“日本では事実上低人口地帯を設けなくても建設を許可”するように変更されています。


敷地地盤高を35m⇒10mに削って建設+非常用電源を地下に設置

福島第一原子力発電所の所在地は、元々海岸に面した標高35mの台地でしたが、他の電源との競争に勝つため“コストを優先し標高10mまで掘削し施設が建設”されました。
また、原子炉の契約先であるアメリカGE社(ゼネラル・エレクトリック)のプラント規格では、“電源喪失時の非常電源となるディーゼル発電機が海側の地下に設置”されていたにも拘らず、元東京電力副社長の証言によると“誰も長年その事に気づかなかった”といいます(実際、震災時もそのまま地下に置かれていた)。


安全性に問題のある原子炉を、耐用期限を2度延長して使用し続けた

福島第一原発1号機から5号機までの原子炉はアメリカGE社の【マークⅠ型】ですが1975年に重大な事故につながる欠陥が見つかり、GEの技術者も会社に逆らい辞職してまでこの原子炉の使用停止を世界に訴え掛けましたが、福島第一原発は使い続けました
それに加えて第一原発では原子炉の耐用年数30年を超えて独自で期限を40年に延長、震災の発生した2011年に更に10年の使用延長許可が下りた矢先の事故でした。


“想定外”の津波?

標高10mの海岸にある福島第一原発は震災時、14~15mといわれる遡上高の津波に飲まれ、大事故を起こしました。
この大きな津波について当時東京電力は“想定外”を強調しましたが、実際は2002年に地震調査委員会の“三陸沖から房総沖にかけての日本海溝付近ではどこでもマグニチュード8クラスの地震が起きる可能性がある”との評価結果を踏まえ、2008年に福島県沖で明治三陸地震と同規模(M8.2-8.5)の地震が発生した場合の津波を自社内で試算、“遡上高15.7m”という結果を得ていました
しかしこの試算結果が設備改修などに反映されることはなく、更に2011年3月7日に保安院に報告されるまで公表されず、皮肉にもその4日後に震災が起きました…。


 参照

NHKスペシャル シリーズ原発危機『安全神話~当事者が語る事故の深層』
NHK ETV特集 『原発事故への道程』(前後編)文字起こし



~Epilogue~

ここまであれこれと原因を追及してきましたが、私が原発に反対する最大の理由は“原発があまりに嘘で塗り固められた政策”だからです。
原発導入を強引に推し進めた自民党、直接の利益を得る企業や研究者、有力な天下り先を得る官僚などいわゆる“原子力ムラ”の人たち…。

彼らの利益実現のためにはより多くの原子力発電所の建設が必要不可欠であり、それには“極めてリスクの高い原発を絶対安全”と偽らねば立地を引き受ける者などあろうはずもありません。
絶対安全を謳った政府と省庁は“安全対策に力を入れると原発が安全でないと自ら認めることになる”として本来最優先すべきシビアアクシデント(過酷事故)への対策を十分に考慮せず、監督者である国のその姿勢は原発運用の安全対策に余計なコストを求められない電力会社にとっても好都合…
“神話”は、こうした利害のために創り上げられました。


国際原子力事象評価尺度 (INES) において、最悪のレベル7(深刻な事故)と判定された福島第一原子力発電所の事故
それさえも、現場の当事者からすると“偶然と幸運の連続によって救われた結果”だったといいます。
その当事者とは、事故時第一原発の所長として現場を指揮しその2年後に食道癌で亡くなった吉田昌郎氏。
事故の現実について何も知らず、今も震災前と変わらぬ日常を当たり前のように過ごしている私たちですが、当時の現場は事故原因さえ分からずほとんど彼らが制御できない深刻な状況に陥っていたものの、“東京電力の対応とはほとんど無関係に、いつしか沈静化していった”のだそうです。

吉田氏によると、もしもこの幸運がなかったら東日本全体が放射能に覆われる“東日本壊滅”を想定したそうで、事実、当時の菅直人首相に提出された近藤駿介原子力委員長からの『最悪シナリオ』には、東京や首都圏住民の避難についての言及がなされており、菅氏本人も“最悪5000万人の避難が必要となる可能性があった”と証言しています。


There's so much to gain and so much to lose
得るものは大きいけれど、失うものもまた大きい
Everyone of us has to choose
だからこそ、みんなで選ぶべきことなんだ

一瞬で都市を灰燼(かいじん)と化し得る[Power]…
その“平和利用”に於いて、私たち現役世代は[gain(利益)]を受けることもできますが、それは“もの言わぬ未来世代への[lose(損失)]のつけ回し”の上に成り立っています。
そして、あなたは“その恩恵が日本壊滅のリスクとの引き換え”であることを、ご自覚でしょうか?

“世界で最も厳しい安全基準”を強調し原発再稼働を急ぎ、新たな高速炉“第2のもんじゅ”の始動を推し進める安倍政権…
危うく東日本を壊滅させかけた福島第一原発や、1兆円もの血税をムダにしたもんじゅの失敗に、彼らは何を学んだのだろう?
地震大国の上、国土が狭く人口密度も高いこの日本で、彼らの言葉は“新たな神話創造”としか響きません。
福島第一原子力発電所事故に私が学んだこと、それは…

この国に
“嘘で塗り固められた政治”も、“トイレのないマンション”も要らない。





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