I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「上を向いて歩こう」坂本九

2015.07.31

category : ~1960年代

Kyu Sakamoto - Sukiyaki2 Kyu Sakamoto - Sukiyaki1


Kyu Sakamoto - Sukiyaki (1963年)



~没後30周年・特別企画~

Billboard史上、Hot 100でNo.1を達成した唯一の日本人である坂本九さん。
その彼が飛行機事故で突然に亡くなったのが、1985年8月12日でした(享年43)。

今回は坂本さんの没後30周年特別企画として、日本の歌である「上を向いて歩こう」を特集いたします。
通常とは異なる編集となりますが、2回に分けて記事を完成させますので、どうかお付き合いください。
(※以下、敬称を略します)



~Prologue~

坂本九(きゅう)は1941年12月10日、神奈川県川崎市にある荷役請負業の社長の第9子として生まれ
“九(ひさし)”と名付けられます(両親の離婚により、その後の本名は“大島九”)。
エルヴィス・プレスリーのファンだった九少年はエルヴィスの物マネを得意とし、高校在学中の1958年に当時ロカビリー・バンドとして活動していた“ザ・ドリフターズ”の一員として一時在籍しました。
翌1959年6月に「題名のない唄だけど」(ビクター)でレコード・デビュー、1961年10月1日までにシングル9枚のキャリアを築き上げました。

一方、当時既に放送作家・脚本・作詞(1959年の「黒い花びら」で第1回日本レコード大賞を受賞)など幅広い活躍を遂げていた永六輔は、『日米安全保障条約』の改定を巡り世論や議会の反対を押し切って成立させようとする自民党・岸信介内閣に民主主義の危機を感じ、この頃担当していた脚本の仕事を降板してまで抗議行動(いわゆる『60年安保闘争』)に参加していました。
5月に新条約案が衆議院で強行採決されると闘争は一層激しいものとなり、同年6月には機動隊との衝突により女子大学生が命を落とし、10月には永が慕っていた政治家が右翼少年に刺殺されるという事件が発生、彼を深く悲しませることになります。
そんな折、作曲のパートナー中村八大(はちだい)から“歩く歌”の詞を依頼され、永は心の中にある思いのすべてを「上を向いて歩こう」に込めたのでした…。



~ウへッフォムフフィテ、アハルコフホフホフホフ…!?~

永の書いた「上を向いて歩こう」の歌詞を受け取った中村はこの作品を、かつて自身が作曲を担当したロカビリー映画『青春を賭けろ』(「黒い花びら」が主題歌)に出演していた坂本九に歌わせることを思い描いて曲作りを進めたそうです。
1961年7月21日、『第3回中村八大リサイタル』で「上を向いて歩こう」がお披露目されることになりますが、坂本自身も当日になって初めて楽譜を渡されたため、その時の戸惑いをこう後述しています…

“あの曲を貰った時はどうしようかって思った。だってメロディに対して恐ろしく歌詞が少ない。
最初、間違いかと思ったくらい。…で、いろいろ考えてああいう歌い方をしたんです。
八大さんは、僕ならプレスリーみたいに歌うだろうと思っていたらしいから。”



 ウへッフォムフフィテ、アハルコフホフホフホフ…

 何なんですか、あれは!? もっと歌の上手い人に歌って欲しい。日本語を大切に歌って欲しい!
リハーサルを聴いた永六輔が怒って中村に抗議すると、中村は泰然として答えました。

 あれでいいんだよ。あれがいいんだ…。



~お茶の間の「上を向いて歩こう」から、世界の「Sukiyaki」へ~

1961年8月19日、「上を向いて歩こう」は永と中村が構成・音楽を担当するNHKのバラエティ番組『夢であいましょう』でTV初披露、その後も2ヶ月間同番組の“今月のうた”としてお茶の間で親しまれ支持を獲得してゆきました。
同年10月15日にレコードが発売されると待ち侘びたかのように大ヒットを記録、音楽雑誌『ミュージック・ライフ』では11月~翌年1月まで1位を継続したという統計もあるそうです(当時まだオリコンが存在せず、売り上げなど詳細なデータは不明)。
一年の締めくくりを『第12回NHK紅白歌合戦』初出場という最高の幕切れで終えた坂本でしたが、運命とは時として小さな偶然からもたらされるものであり、その先に夢も及ばない“世界への扉”が用意されているなど、この時誰が予見できたでしょう…。


“小さな偶然”は、まずイギリスへと扉を結びます。
1962年、パイ・レコードの社長ルイス・ベンジャミンが日本を訪れた際、お土産で貰った日本のレコードの中にあった「上を向いて歩こう」を気に入り、所属ジャズ楽団のケニー・ボール&ヒズ・ジャズメンにインストゥルメンタルとしてカバーさせることを思いつきました。

タイトルが「Sukiyaki」になった理由は諸説あって、ベンジャミンが来日の際印象に残った食べ物が“スキヤキ”だったという説や、イギリス人が知っている日本語だからという説もあります。
この時ケニー・ボールはトランペットに“おまる”を併用させて悲しみを表現したそうで、それが功を奏したか(?)彼のver.は全英チャートで10位を記録しました。


続いて扉は、いよいよ“運命の地”へ…
アメリカ西海岸の北端、ワシントン州にあるパスコという小さな町の“小さな偶然”から始まります。
ある日、ラジオ局のDJリッチ・オズボーンの元に、“日本のペンフレンドに貰った”という番組リスナーから、坂本九が歌う「上を向いて歩こう」のレコードが送り届けられました。
オズボーンがこれを番組で紹介した所問い合わせが殺到、またたく間にワシントン州全体に人気が広まります。
これを聞きつけたキャピトル・レコードが配給権を獲得、改めて「Sukiyaki」として1963年5月3日に正式に全米へ向けてリリースされました。

Billboard Hot 100では6月15日付から3週連続No.1、Cash Box誌では4週連続No.1の大ヒットを記録し、“英語以外の言語でHot 100 のNo.1に輝いた史上2番目の曲”(現在まででも6曲のみ)となりました。
ちなみに、これまでYMOや松田聖子、倖田來未や宇多田ヒカルなど日本を代表するミュージシャンがアメリカに挑んではいますが何れも成功には至らず、辛うじてヒット(Top40入り)といえるのは1979年ピンク・レディーの「KISS IN THE DARK」(37位)のみです。

 



~歴代の名曲として、世界で愛され続ける「Sukiyaki」~

「Sukiyaki」の大ヒットを受けて1963年8月に坂本が渡米した際、空港には3000人を超えるファンが彼を出迎えたそうで、これは「抱きしめたい」が大ヒットし初めてビートルズが渡米した時に肩を並べる数字ですから、Kyu Sakamotoの人気はオドロキという外はありません!
この時、坂本はテレビ番組『Steve Allen Show』に出演しており、その貴重な映像を紹介いたします。

1964年5月、「Sukiyaki」はRIAAのゴールドディスク(当時は100万枚以上)に認定されていますが本作品の人気はアメリカ一国に限らず、約70ヵ国でリリースされ世界総売り上げはナンと1300万枚以上に及ぶといいます!
この数字はホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」(1500万枚)、ビートルズの「I Want to Hold Your Hand」(1200万)に肩を並べる次元であり、つまり「Sukiyaki」は日本語で歌われたハンデがあるにも拘らず世界の中でこれらと同等に認識されている歌なのです。

また、この曲が世界中で愛されている本当の証はインストゥルメンタルはもちろん、英語やスペイン語、ドイツ語、クロアチア語、フランス語、デンマーク語、ポルトガル語、北京語、広東語、台湾語…といった多言語で、実に多種多様にカバーされていることです。
この中で特に有名なバージョンといえば、黒人の女の子2人をフィーチャーした1981年の“A Taste of Honey”ver.でしょう。
歌詞はメンバーの Janice Marie Johnsonによって英語に書き換えられており、“失恋の悲しみ”を歌った内容になっているほか“琴や着物”を起用して和テイストで彩り、Hot 100でも3位(年間22位)と大ヒットしました。
さらに1994年には、このバージョンをカバーしたR&B男性ヴォーカル・グループ“4 p.m”ver.もHot 100の8位(1995年の年間48位)を記録しています。
もちろん日本でも美空ひばりをはじめ数え切れないほどカバーが存在しますが、独自色があり歌詞が彼自身の生き方に重なるRCサクセション(忌野清志郎)ver.が印象的です…。

 



~“冬”は、上を向いて歩きたくない?~

ところで、「上を向いて歩こう」は、春…夏…秋…と、わざわざ季節を一つひとつ挙げて詞が綴られているにも拘らず、“冬だけが触れられていない”ことにお気づきの方も多いでしょう。
確かな理由は不明ですが(永六輔本人が“冬が嫌いだから”という説もあるらしい)、実は“冬”の項もあるのです!
もちろんオリジナルには秋までしかありませんが、それは1962年公開の“映画『上を向いて歩こう』の中”に存在しています。

この映画は坂本九ほか高橋英樹、浜田光夫、吉永小百合らそれぞれに問題を抱えた若者がそれを乗り越え歌うフィナーレの「上を向いて歩こう」が重要なテーマとなっており、撮影が冬だったことから舛田利雄監督が作詞者・永六輔に“冬の日”の作詞を依頼したそうです。

思い出す 冬の日 ひとりぼっちの夜…
(“冬の日”のセンテンス全体は、動画でお確かめください)





~Epilogue~

1985年8月12日に発生した“日本航空123便墜落事故”は、坂本さんを含む520名の人命を奪った日本史上最悪の航空機事故でした。
坂本さんはこの日、元マネージャーの選挙応援のため大阪へと向かう予定がありチケットを求めるも満席で希望の便が取れず、事故機に乗り合わせています。
実は、彼は2歳に満たない1943年、空襲を逃れるためお母さんと疎開で乗り合わせた列車が川に転落し110名が死亡するという大事故(常磐線土浦駅列車衝突事故)に遭っていますが、直前に別の車両に移っていたために災難を免れるという強運の持ち主でもありました。
この出来事を“笠間稲荷神社のご加護”と信じる彼は、飛行機事故当日も笠間稲荷のペンダントを身に付けていたそうですが…。


上を向いて歩こう

悲しげだけれど、心を惹かずには置かないフレーズ…。
“うつむいた”悲しみの詩は星の数ほどあるけれど、“上を向いた”悲しみの詩はあまり聞いたことがない。
きっとそれは、“人生そのもの”を象徴している気がする。

涙がこぼれないように

僕にだって、覚えがある。
人は、いつか悲しみと遭遇しなければならない。
どんなに孤独に苛まれようと、大切な人がそばにいてくれた昨日に戻ることはできないんだ。
“涙”が止まらなくても、“歩く”ことは止められない。
それが、“生きる”ということだから。

上を向いて歩こう

どんなに淋しくたって、見上げた空の彼方にいつも“あの人”が微笑んでいてくれるから…。 



「上を向いて歩こう」

最後までお読みいただき、ありがとうございました♪
関連記事
スポンサーサイト

tags : 音楽 

コメント

最近、小学生にピアノで弾きたい曲を聞いたらこの曲を言った子がいました。この曲は、映画「コクリコ坂から」で使われていたので、小さい子たちでも知っているんですよね。No.1を達成した唯一の日本人。スゴイことですよね。

2015.07.31  g-clef  編集

g-clefさん

とてもシンプルな歌なので、子どもにも解り易いですよね。
でも、世代を超えて一緒楽しめる曲って貴重です♪

私もリアルタイムではないので
どんなきっかけでこの歌を知ったか覚えていませんが
年をとるほど、歌詞の深さに気づかされます。

2015.08.01  Beat Wolf  編集

プレスリーの歌い方とは、初めて聞きました。
そう思って聞くと、面白い(*^_^*)

いい歌ですよね☆
涙が出そうな時に、思い出します・・・。

2015.08.01  ☆dct☆  編集

いろいろ思い出し・・・。

こんにちは。はじめまして。『野の花日記』のマリコと申します。

坂本九さん、亡くなってから30周年になるんですね。
私は、笑顔いっぱいのニキビ顔の少年のような九ちゃんしかイメージできません。
でも、ご存命であれば、私と殆ど同年代でいらしたのだと驚いています。

明治生まれの既製服販売業(ブディック)を営んでいた亡き父が、ドーナツ盤の『上を向いて歩こう』を買ってきて、都はるみさんの『アンコ椿は恋の花』と交互に店で流していたのを思い出しました。

ハンサムだった父の笑顔も懐かしいです。

1985年の夏、御巣鷹の尾根に墜落した日航機事故は坂本九さんを含め520名もの方が亡くなり、その様子がテレビで詳しく報道され、とてもショックでした。

永六輔さんのエピソードにも、当時、地方の小さな市で、若き日の私が『安保反対闘争』ジグザグデモに参加したことも思い出されます。
永六輔さん、ソラマメのようなお顔をして喋り方もとても個性的な方でした。
当時の私たちの世代にとっては憧れの方でした。


安保闘争で、「岸信介退陣」を求めて国会突入し、機動隊に殺されたのが東大生の樺美智子さんです。
娘が高校生の頃、『友へ―樺美智子の手紙』を読んでいました。

演説中に右翼少年に殺された浅沼次郎先生、日本の政治にとっては大きな損失でした。
犯人の山口少年は事件後自殺しています。
浅沼先生にお会いしたことがありますが、体の大きな優しい方でした。

今の日本の状況は当時の政治状況に酷似していると思ってます。

長々といろいろ書いてしまいました。
勝手ながらリンクさせていただいて居ります。よろしくお願いします。

2015.08.02  マリコ  編集

Re: タイトルなし

この歌の「しゃっくり」するような歌い方はプレスリーや
ロカビリーの歌い方の特徴です。

いい歌です☆
涙が出そうな時でも、頑張ろうって思えるような♪(*^_^*)

2015.08.02  Beat Wolf  編集

Re: いろいろ思い出し・・・。

こちらこそ、はじめまして。

坂本さんの思い出は、お父さまの思い出と重なるのですね。
私にとって彼のイメージは「優しいお父さん」というイメージでした。
それだけに、そんな絵に描いたような幸せな彼に訪れた悲劇は、ショックでした。

永六輔さんの若き日の武勇伝は、今回知りましたが
マリコさんは、当時のことをよくご存じのようですね。
当時の安保闘争のこと、知れば知るほど孫の安倍首相のやり方は
彼の祖父にそっくりで、法案が成立する前後に何が起こるかわかりません。
でも大多数の民意に反する「砂の城」は、築いてもすぐに崩れると思います…。

2015.08.02  Beat Wolf  編集

悲しい時に聴くと癒される曲ですね。
前向きになれます(^^)
kissのコンサートでは必ず歌ってますよね。
日本を代表する曲だとわかります。

2015.08.04  きり  編集

きりさん

そうですね。
「上を向いて歩こう」です!
(「足元にはご注意」ですが?i-277

KISSの動画、載せようとも思いましたが
スペースがいっぱいなので止めました…。

2015.08.05  Beat Wolf  編集

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 
PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
プロフィール

Beat Wolf

Author:Beat Wolf
ジャンルを問わず、音楽が大好き♪
初めての方でも楽しんで頂けるブログを目指しています…。



この人とブロともになる

Beat Wolf 関連サイト
☆姉妹ブログ
『I Will』

☆YouTubeチャンネル
BeatWolf ~♯洋楽Lyric&和訳♪

管理画面
参加ランキング
最新記事
Artists
リンク
このブログをリンクに追加する
☆『相互』をご希望の方は、お気軽に♪
最新コメント
QRコード
QR

Copyright ©I Wish~洋楽歌詞和訳&解説. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.

FC2Ad