I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「サティスファクション」ローリング・ストーンズ

2017.07.07

category : Rolling Stones

Rolling Stones - (I Cant Get No) Satisfaction1 Rolling Stones - (I Cant Get No) Satisfaction2


The Rolling Stones - (I Can't Get No) Satisfaction (1965年)



~ローリング・ストーンズ記念日~

7月12日は、“ローリング・ストーンズ記念日”。
1962年7月12日、当時【The Rollin' Stones】を名乗っていた彼らがロンドンにあるナイトクラブ『マーキー・クラブ(Marquee Club)』で初めてのギグを行いました。

「カム・オン」でレコード・デビュー(1963年6月)を果たす約1年前のことで、その顔触れはミック・ジャガー(vo)、キース・リチャーズ(g)、ブライアン・ジョーンズ(g)、エルモ・ルイス(g)、イアン・スチュワート(key)、ディック・テイラー(b)、ミック・エイヴォリー(dr)と、まだ未確定でした。

でもその彼らが55年経った2017年現在も“転がり続けている”とは、誰ひとり予想しなかったでしょうね?
…現在、平均年齢73歳! )



~概要~

「サティスファクション」は1965年6月6日にアメリカでリリースされたローリング・ストーンズのシングルで、彼らにとって記念すべき初の全米No.1曲であり、Billboard Hot 100で4週連続No.1(年間3位/イギリスでは2週1位)を記録しました。
アルバムは同年7月発表のアメリカ盤『アウト・オブ・アワ・ヘッズ(Out Of Our Heads)』に収録されましたが、シングル曲をアルバムに含めない慣習のイギリス盤には収録されていません。

ストーンズはデビュー1年後の1964年にはイギリス国内で1位獲得が当たり前の存在にまでなっていましたが、さすがにアメリカは敷居が高く、本国ほどの成績を挙げることができていませんでした。
当時の彼らの最大の弱点はオリジナル曲や“自作曲に乏しい”ことで、多くをカバー曲に頼らざるを得なかった点にあったといえます。
そのためこの頃の作品は独自な個性が十分反映できておらず、消化不良感が否めませんでした(ビートルズも「Love Me Do」はそんな感じがある)。
しかし1965年5月に“ジャガー/リチャーズ”によって創作された「サティスファクション」は半世紀以上経った現在でも“これぞストーンズ!”といえる独自性に到達しており、ミック自身も“この曲が俺達を一介のロック・バンドから巨大な怪物バンドに変えた”と語っています。

その大きなインパクトとして第一に挙げられるのは何といってもキース・リチャーズによるギター・リフで、1965年5月にアメリカ・ツアーで訪れたフロリダ州クリアウォーターのホテルの一室で生み出されたものです。
独特なギター音の歪みはギブソン製マエストロのファズ・ボックス型エフェクターを使用したもので、この【FZ-1 Fuzz Tone】は1962年に発売されたものの当初あまり売れず、「サティスファクション」のヒットにより4万台以上を売り上げる大ヒットとなりました。
楽曲については、キースがギター・パートと【I can't get no satisfaction】のフレーズを、それ以外の歌詞とヴォーカル・パートをミックが創作したといわれています。


「サティスファクション」はローリング・ストーンズの代表曲であるだけでなく後世多くのミュージシャンに影響を与え、ローリング・ストーン誌“The 500 Greatest Songs of All Time 2位”にも選出されています。
アレサ・フランクリンブリトニー・スピアーズなど大物がカバーしていますが特に著名なのはアメリカのソウル歌手オーティス・レディングで、1965年のアルバム『Otis Blue』でカバー、ストーンズも同年ライブでオーティスの「I've Been Loving You Too Long」をカバーし、ライブ・アルバム『Got Live If You Want It!(US盤)』に収録しました。

オーティスver.は特にキースのお気に入りで、彼はストーンズver.もオーティスのようなアレンジにしたかったといわれます。
そのせいかキースがボブ・ディラン(過去ログ)に“俺は「サティスファクション」を書けただろうが、お前には俺の「廃墟の街(Desolation Row)」は書けないだろう”と貶され、キースは“オーティス・レディングは俺の「サティスファクション」はカバーしたが、お前の「廃墟の街」はしてないぜ”と反論したというエピソードがあるそうです。


P.S.
本項右上の2016年のライブ映像では6'40"あたりでミックがキースにヒップ・アタック⇒それにキースが反撃し“バトル勃発”!
…という演出がお楽しみになれますよ♪ 

 
 



~Lyrics~

I can't get no satisfaction
満足できるものなど、何もない

歌詞は基本的にミックが書きましたが、このフレーズだけはキースのアイデア…
ですが、チャック・ベリー1955年の「Thirty Days」に【If I don't get no satisfaction from the judge】のフレーズがあり、そこからの引用ではないかとミックは指摘しています。
(デビュー当初ストーンズはチャック・ベリーのカバーを多用していた)

こういう正規ではない言語表現はアメリカの黒人文化では広く浸透しているものであり、R&Bに傾倒しチャック・ベリーの大ファンであるキースにとって、この言葉遣いこそが“blues”だったのかもしれません。


And he's tellin' me more and more
次から次と並べ立てる
About some useless information
ものの役にも立たぬ情報

一方、【I can't get no satisfaction】というキーワードを託されたミックにとって満足できなかったものとは、“アメリカのラジオやテレビ”だったようです。
よもやストーンズの曲を流す番組まで【useless(役に立たない)】とは言わないでしょうが、確かにメディアで流される情報の大半は娯楽内容であるかもしれません。

まぁ…どんなありがたい念仏も、お馬さんには役に立たない音でしかないこともあるでしょうが? 


How white my shirts can be
“シャツがこんなに真っ白に!”って
But he can't be a man 'cause he doesn't smoke
…でも奴は、喫煙者でもなければ

…こんなCM、50年以上経った今現在でもやってますよね? 
私は喫煙者でないので意識したことがありませんが、やはり煙草は匂いだけでなく衣服に“ヤニ汚れ(黄ばみ)”が染みついてしまうようです。

…でもご安心を!
“ハ○ターなら、シャツがこんなに真っ白になります!”
(すっかりCMみたいですが、リンク先は広告ではなく『ヤニ汚れの落とし方』のコツが書かれています)

…ちなみにミックは大げさなCMを嫌ってこの歌のネタにしたという説もありますが、嫌うどころかそれを積極的に取り入れ、後に“ミックは商売上手”としても知られています♪



~Epilogue~

最後にもう一つ、「サティスファクション」についてのエピソードをご紹介いたしましょう。

キースがあのギター・リフを生み出した1965年5月6日の夜、ギターの演奏をテープに録音しながら創作を始めたもののいつの間にか眠ってしまい、翌日音声を聴いてみるとそこには“約2分間のリフと、40分のいびき”が記録されていたそうです!
しかし夢うつつで創ったそのリフがあまりにマーサ&ザ・ヴァンデラスの「Dancing in the Street」(1985年にミックもカバー)と似ていたため、そのことをキース自身かなり心配していたといわれます。

他のメンバーやスタッフみんながこの曲のシングル化に賛成だったにもかかわらず最後までキース一人が反対し、リフについてもギターではなくホーン・セクションで多重録音することを主張していました。
転機はギブソン社からファズ・ボックス型エフェクターのサンプルが送られてきたことで(※別項参照)、それによってギター・リフに“あの独特の歪み感”が生まれましたが、それでもキースはホーン・セクションに拘り続けました。
しかしマネージャーのアンドリュー・ルーグ・オールダムはこのファズ・エフェクターの音源をベストと判断、キースの許可を得ず強引に6/6にシングルとしてリリースしてしまったのです(結果としてこれは英断?)!

当然自分の意向を無視されたキースは怒り、悔しがりましたが曲が大ヒットしオーティスやアレサがカバー(※別項参照)するなど高い評価を得たこともあって気持ちも変わってゆきました。
しかし、本曲にはチャック・ベリーの歌詞引用(※別項参照)など複数の著作権がらみの“爆弾”を抱えていたことを考えると、彼が「サティスファクション」のシングル化に反対だった気持ちもわからないでもありません。
ただし…

どの道、作者であるミック&キースらに「サティスファクション」の著作権料は入ってきません!

彼らからその権利を奪ったのは「Dancing in the Street」の作者でもチャック・ベリーでもなく、この年ストーンズが節税対策に雇った会計士アレン・クライン(Allen Klein)。
(細かい話は省きますが)ストーンズは騙されて“「サティスファクション」を含む1969年までの全ての楽曲の権利をクレインに搾取されてしまった”のです。
(ちなみに、ビートルズの版権を他者に売り渡したのもクライン!)


I can't get no satisfaction
何もかも、満足できないものばかり
'Cause I try and I try and I try and I try
何度も、何度もやってみたけれど
I can't get no, I can't get no
得られるものなど、何一つない

“そんな恨み節”にも聴こえてきませんか…? 



「サティスファクション」

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comment(6) 

「ブルースはお好き?」エルトン・ジョン

2017.06.30

category : Elton John

Elton John - I Guess Thats Why They Call It The Blues1 Elton John - I Guess Thats Why They Call It The Blues2


Elton John - I Guess That's Why They Call It The Blues (1983年)



~エルトン・ジョン、先輩ポール・マッカートニーの道を辿る?~

今年、70歳の仲間入りを果たしたエルトン・ジョン。
しかしその1ヶ月後には南米ツアーの最中に“有害かつ稀な細菌の感染”のため2日間集中治療室で治療を受け、その後も1か月以上療養に専念するなどファンを心配させました(6月からツアーに復帰)。

また、エルトンは今秋公開予定の映画『キングスマン:ザ・ゴールデン・サークル』への出演が決まっており、この辺りの経緯は同じく70代のロック・スターでツアー中に南米でウイルス感染し日本公演などをキャンセル、その後映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』(日本公開は7/1)に出演するなどますます精力的に活動を続けるポール・マッカートニーと経緯がソックリではありませんか!?

“70代現役”はファンにとって至上の喜びですが、ファンをハラハラさせるのはロック・スターである彼らの本能なのかもしれませんね? 

 



~概要~

「ブルースはお好き?」は1983年の17thアルバム『トゥー・ロウ・フォー・ゼロ(Too Low for Zero)』の収録曲で、Billboard Hot 100で4位(1984年の年間33位)を記録、エルトンにとっても約3年ぶりのTop10ヒットでした。
1970年代中頃まで“最もイケてた男性歌手”だったエルトンも、本作発表時36歳…
若さと美貌が輝くカルチャー・クラブやデュラン・デュランが持て囃され、圧倒的なインパクトの音楽とダンスで世界を魅了した“マイケル・ジャクソンの『Thriller』が最もイケてる”とされた時流は、エルトンが寵児とされた時代とはあまりに様変わりしていました。

一方、ここ数年のスランプを払うかのようなエルトンの成功には、明確な理由がありました。
このアルバムでは70年代のエルトンを支えた“エルトン・ジョン・バンド”の面々が全員復帰し、デビュー以来のパートナーとして数々の名曲を創作してきたバーニー・トーピンが全作詞を手掛けていたからです。

同年にはエルトンと同じ70年代に大活躍し“ピアノマン”の代表格でもあるアメリカのビリー・ジョエルが、流行のポップ/ロックを取り入れながら1950年代の音楽をモチーフとした『An Innocent Man』で大成功を収めたように、エルトンの「ブルースはお好き?」も50年代風のハートウォーミングなテイストを再現した作品でした。
そして、情感豊かなエルトンのピアノとヴォーカルの間に入ってくる“やさしいハーモニカ”は、やはり70年代を代表する大スターのスティーヴィー・ワンダー
エルトンとスティーヴィーは2年後の「愛のハーモニー」でも協演しています。

また、エルトンとビリー・ジョエルというとピアノマンとしての実績もファン層も重なっているため、二人の間にはライバル関係や対抗心があるだろうと多くの人も想像したと思いますが、実際ビリーはエルトンに対するライバル意識があったことを告白しています(エルトンはギルバート・オサリヴァンをライバルに挙げたことがある)。
そんな二人も、1994年から2010年まで(日本公演は1998年)長年に亘ってパートナーシップを結んだジョイント・ツアー『FACE TO FACE』で、「ブルースはお好き?」の協演が実現しています。

 
 



~Lyrics~

Don't wish it away
涙に暮れる心をいっそ取り去ってしまいたいとか
Don't look at it like it's forever
いまの悲しみが永遠に続くなんて、思っちゃいけないよ

ストーリーの冒頭からいきなり【it】が使われていて(itこそが重要な意味の主体であるだけに)戸惑ってしまいますが、作品のタイトルが「I Guess That's Why They Call It The Blues」であることを思い起こせば、それが何であるか察することができるでしょう。

でもこの時エルトンのリアルな人生はその真逆で、『Too Low for Zero』のレコーディング・エンジニアを務めたRenate Blauelという女性と出逢い、翌年には結婚にまで至っています。
4年後の1988年には離婚してしまいましたが…。


And while I'm away
僕が離れている間
Dust out the demons inside
心の中の悪魔は追い払っておくんだよ

いわゆる【魔が差す】とは、悪魔が心に入り込んだように一瞬の判断や行動を誤ること…
でもそれは自分と別人格の悪魔が心を操ったせいではなく、元々心の中に棲んでいる“もう一人の自分”が何かの拍子で表出することです。
彼らは[囁き]や[誘惑]といったあらゆる手段を用い、あなたの良心の呪縛を緩めようと働きかけてきます…。
 …エヘッ?

作者バーニー・トーピンによると、この詞は彼が本国を離れカリブ海モントセラト島で奥さまToni Russo(女優レネ・ルッソの姉妹)へのラブ・レターのつもりで書いたものだそうです。
この言葉の裏に隠されているバーニーの本心とは…?


But more than ever I simply love you
でもね…いま僕は、これまで以上に君が愛しい
More than I love life itself
自分の人生そのものより、ずっと…

この作品で最も情熱的なメッセージであり、誰もがこんな言葉を言われてみたいことでしょう…

でも作者バーニー本人は、この部分について後悔していると語っています。
理由は、“僕自身はこんなこと決して言わない”からだそうです!
…こんな決定的な言葉を後で引っ込められても、困ってしまいますが? 



~Epilogue~

「ブルースはお好き?」を素直にラブ・ソングに解釈する一方、作者であるエルトン・ジョンとバーニー・トーピンの友情物語と思える節もあります…。

エルトンとバーニーは1967年、それぞれリバティ・レコードの新人募集に応募した縁からコンビが誕生、現在まで50年創作を重ねた史上屈指のソングライター・チームです。
しかし1970年代中頃までに築いたトップ・スターとしての地位は二人の肉体、精神、友情をも破壊し、1976年を最後に一旦コンビを解消しています。

その後しばらく二人は互いに縛られることなくそれぞれの活動を続けたものの、成果は双方ともにコンビを組んでいた頃の輝きに遠く及びませんでした。
約7年を経た1983年、アルバム『Too Low for Zero』で二人はコンビを完全復活させバーニーが全ての詞を書いていますが、タイトル曲の「Too Low for Zero」(ゼロさえ遠いほど落ち込む)や「I'm Still Standing」からは二人がバラバラだった頃の苦衷をイメージさせる主人公の姿が描かれています。

こうした二人の経緯を振り返ってみると、「I Guess That's Why They Call It The Blues」が“エルトンとバーニーが離別していた7年”と不思議なほど符合して思えてくるのです。
いつもそばにいた頃は余りにもそれが当たり前過ぎて意識することもなく、離れてみて初めて互いの存在のかけがえなさに気づく…
今年3月に行われた『エルトン70歳の誕生日とバーニーとの共作50周年』を祝うパーティーの席上で、バーニーは次のように語っています。

あえて言わせてもらうけど、こんなにも、お互いが、そしてお互いのクリエイティブが同調するようなソングライターを探すことは非常に困難なことなんだ…”

【blues(憂うつ)】そのものは好ましいものではないけれど
【blues】を味わった時、人は本当に大切なものが何かを知るのかもしれない…


Just stare into space
…ただ星空を見上げ
Picture my face in your hands
その掌の中に僕の顔を浮かべてごらん?

もうすぐ7月7日
天上の二人が、無事に願いを遂げられますように…。 



「ブルースはお好き?」

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comment(8) 

「恋する二人」ビートルズ

2017.06.23

category : Beatles & Solo

Beatles - I Should Have Known Better1 Beatles - I Should Have Known Better2


The Beatles - I Should Have Known Better (1964年)



~ビートルズ記念日~

6月29日は、“ビートルズ記念日”。
ビートルズが羽田空港に降り立った日です(公演は6月30日~)。
今年は“『サージェント・ペパーズ』50周年”ということで何かと話題豊富ですが、最近は難しいネタばかり扱っていたので、このくらいシンプルな方がいいでしょう?

今日は、心置きなくお楽しみください♪



~概要~

「恋する二人」はビートルズ1964年のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!(A Hard Day's Night)』の収録曲です。
同アルバムのA面(前半7曲)はビートルズ初主演同名映画のサウンドトラックとなっており、「恋する二人」は乗り込んだ[列車内でビートルズがトランプをするシーン]、もう一つは[最後のライブ・シーン]で使われています。
本アルバムからは何といっても「A Hard Day's Night」(過去ログ)と「Can't Buy Me Love」が世界的大ヒットを遂げていますが、イギリスでは「I Should Have Known Better」のシングル・カットはなく(1976年に「Yesterday」のB面としてリリース)、アメリカでは「A Hard Day's Night」のB面曲としてBillboard Hot 100で53位、日本ではA面(B面は「I'll Cry Instead」)として4位(ミュージック・マンスリー洋楽チャート)を記録しました。

「I Should Have Known Better」の作者はジョン・レノンで、ヴォーカルも彼によるダブル・トラックです。
他にはジョージ・ハリスンの12弦ギターとジョンのハーモニカが印象的でフォーク・ロック調のテイストとなっていますが、これはジョンがボブ・ディランの『The Freewheelin' Bob Dylan』(過去ログ)の影響を受けたことによるもので、この頃彼はかなりディランにカブレていました。
また、本曲はモノラルとステレオ・ヴァージョン(メイン動画)の2種類があり、イントロのジョンのハーモニカでモノラルは同じフレーズを2度繰り返すのに対し、ステレオは2度目の最後に“溜め”が入ります。

ライブは1964年10月から僅か1カ月足らずのイギリス・ツアーでセットリスト入りしただけなのでyoutube上にも見当たらず、今回は“デモ音源”と“BBCでのスタジオ・ライブ”を見つけました。
また、興味深いカバーとしてはビーチ・ボーイズが1965年のアルバム『Beach Boys' Party!』で取り上げており、これもまた楽しいテイストなのでご紹介いたします。

 
 



~Lyrics~

Whoa, oh, I never realized what a kiss could be
気づかなかった、キスがこんなに素敵だったこと
This could only happen to me
まるで、幸せを一人占めした気分

この歌の魅力は、何といってもこの“素直さ”といってよいのではないでしょうか?
作者のジョンもこの歌を“この映画のベスト3に入る”と、お気に入りの曲だったそうです。
当時ジョンがそう思っていたであろう相手はもちろん、奥さまのシンシア。

ところが1980年になると、ジョンはこの曲について“貶(けな)すほどではないけれど、ただの歌さ”と評したといわれます! 
(もちろん、この時の奥さまはオノ・ヨーコですが…)


That when I tell you that I love you, oh
“I love you”ってささやくと
You're gonna say you love me too, oh
“I love you”って返してくれる

人は、“現在の自分が未熟な過去の進化形”であると思いたいもので、若い頃に抱いた価値観を“未熟”と捉えがちです。
でも私は、若い頃のジョンが書いたこの歌も40歳の彼の作品と同様“いいもの”があるように思えてなりません。

むしろ“このフレーズのこと”って、若い頃は湧きあがる心のまま言葉にすればよいだけですが、年を重ねるほど心に意識を刻んでおかないと互いを結びつけているのが“そういう感覚”であることさえ忘れてしまうような気がします…。



~Epilogue~

記事を編集していて楽しいことの一つは、“思わぬトリビア”に出あった時。
今回発見して思わず笑ったのは、映画『A Hard Day's Night』のテレビ版でビートルズの日本語吹替を担当した声優さんについてです。
だって…

Beatles - I Should Have Known Better3 を Beatles - I Should Have Known Better4 Mr.BOO!(声は広川太一郎さん)

Beatles - I Should Have Known Better5 の声を Beatles - I Should Have Known Better6 うっかり八兵衛(高橋元太郎さん)

…が担当したというのです! すんごいギャップでしょ? 


話を本筋に戻します…

映画『A Hard Day's Night』の撮影に入った時、ビートルズ4人のうち3人は実生活でも既に妻や恋人をもつ“恋する二人”でした。
しかしこの映画によって“残りの一人”も運命の人と出逢い、そしてまさに「恋する二人」の仲間入りを果たすこととなります。

Beatles - I Should Have Known Better7

その二人とは、ジョージ・ハリスンパティ・ボイド
パティはこの映画で同じ列車に乗り合わせた女子学生の一人を演じていますが、「恋する二人」の撮影の頃にはすでにジョージと“特別な仲”になっていたのかこのシーンで他の女の子たちが金網の外に隔てられているのに対し、彼女だけはビートルズと同じ金網の中に置かれています(ポールの近くに座っている)。
このパティこそ後のハリスン夫人であり彼に「Something」を創作させ、その親友エリック・クラプトンに「Layla」(過去ログ)と叫ばせた伝説の女性です。

ジョージがインド文化に傾倒していたことは有名ですが実はパティも元々東洋神秘学に関心があり、ジョージがヒンドゥー教の神学者マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーと会うことを勧めたのも彼女だったといわれます。
しかしその後ジョージは益々宗教へとのめり込み、その事が著しく彼の性格を変えて“取り返しがつかないほど彼女を遠ざけた”として二人の離婚の一因となってしまいました。
後にパティがジョージとの離婚を悔やむ結果となったことを考えれば、「I Should Have Known Better」はジョージとパティの出逢いの予言であり、“どんな時もその気持ちを忘れずに”という神さまから二人へのアドバイスだったようにも思えてきます。


I should have known better with a girl like you
もっと、ちゃんと気づくべきだった
That I would love everything that you do
君が何かするたび、胸がときめこうとしてたこと

出逢った頃も、歳月を重ねた後も、その大切さに変わりはありません。



「恋する二人」

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comment(10) 

「プライベート・アイズ」ダリル・ホール&ジョン・オーツ

2017.06.16

category : Daryl Hall & John Oates

Daryl Hall John Oates - Private Eyes1 Daryl Hall John Oates - Private Eyes2


Daryl Hall & John Oates - Private Eyes (1981年)



~“Private Eyes”しないことが長続きの秘訣?~

どんなに美しいハーモニーを奏でても、サイ○ン&○ーファンクルみたいに“顔も見たくない”二人はいます。
また、それと同じくらい素敵なハーモニーを50年近く重ねたホール&オーツでさえ、バラバラで活動した時期がありました。
でもダリルとジョンを見ていると、90年代に最盛期を過ぎて以降はH&Oに縛られることを第一とせず、それぞれが音楽を楽しむことに重点を置いて活動を続けてきたものの、“結果としてその長い歳月の大半はH&Oだった”…というような歴史だったのではと想像しています。

二人は私生活で必ずしもベッタリではないとも聞くし、あまりお互い“Private Eyes”しないことが長続きの秘訣なのかもしれませんね?



~概要~

「プライベート・アイズ」は1981年の10thアルバム『Private Eyes』のタイトル曲で、1stシングルとしてBillboard Hot 100の2週連続No.1(1982年の年間44位)に輝きました。
前作『Voices』からのNo.1「Kiss on My List」(過去ログ)を彷彿とさせるポップ性は当時のH&Oの音楽性を象徴するテイストであり、それに加えてイントロからのギター(G.E.スミス)&キーボードはインパクト抜群で、そういう系統の楽曲・サウンドの中では最も完成度の高い作品と言ってよいかもしれません。
日本では2001年にSONYのデジタル・カメラ CyberShot DSC-P5のテレビCMに起用されてリバイバル・ヒット、ご記憶の方も多いでしょう。

クレジットには[Daryl Hall, Sara Allen, Janna Allen and Warren Pash]とあり、ダリル・ホールによるとダリルとその恋人サラ・アレンが歌詞、ダリルがコードに関与していますが大半はサラの妹ジャナとロサンゼルスのミュージシャンのウォーレン・パッシュの貢献だそうです。
元々はウォーレン・パッシュが自身のバンドのために書き始めた作品で、その後ジャナのソロ用にと模索をしていたところダリルが気に入って彼らが歌うこととなりました。

しかし作品は当初「I Need You To Need Me」というタイトルで創作が試みられていたものの、ウォーレン・パッシュ自身中々満足できずにいたようです。
アイデアが煮詰まった時は気分転換が有効であるように、彼にインスピレーションを与えてくれたのはロサンゼルスの通り[Ventura Boulevard]で見掛けた映画の看板でした。
その映画こそ1980年の『The Private Eyes』であり、タイトルが示すようにシャーロック・ホームズをネタにしたパロディー作品のようです…。

 
 
 2つ目のライブ映像では、桑田佳祐が“乱入”しています!



~Lyrics~

I see you, you see me
君を見る僕、僕を見る君…
Watch you blowin' the lines
でも僕は、君のしくじりを見届けようとしているのさ
When you're making a scene
…醜態を演じるのをね

恐らく元々のタイトル「I Need You To Need Me」は、ここに入っていたのでしょう。
何だか主人公はイジワルな感じがしますが、ここの【lines(台詞)】は彼女の【lies(嘘)】と深く関わりがありそうです。

【watch】は、“(対象に何が起こるかわからないと連想されるため)じっと見る”概念。
彼を【Private Eyes】にさせたのは…?


The senses will show to my heart
二つの目が心に伝えようと
When it's watching for lies
その嘘に目を光らせていることを

ここの【sense】は“感覚”ですが、「Private Eyes」なのでテーマに沿った表現にしてみました。
【Private(私的な/人目に付かない)】な【Eyes】なので、主人公が“何を/どんな風に”じっと見ているか、想像つくでしょ? 

一方、【private eye】には“私立探偵”という意味もあります。
これは19世紀、エイブラハム・リンカーンの暗殺計画を未然に防いで名を挙げたアラン・ピンカートンという人が設立した『ピンカートン探偵社』のロゴに描かれた【the eye(誰もピンカートンの目から逃れられないという意味)】に由来しているそうです。
Daryl Hall John Oates - Private Eyes3


Slip on into any disguise
どんな姿に身を窶(やつ)してでも
I'll still know you
君のこと、知りたい

彼は“イジワル”なんかじゃなく、実は…?

楽しいPVは、メンバーが【Private Eyes】に早変わり♪
でも彼らのファッションはといえばロング・トレンチコートに中折れ帽、オマケにその手にはルーペって…
イマドキこんな探偵っているの? 

そのせいかダリル本人もこの映像を“俺たちまるでアホな操り人形みたい”と評しており、その経緯についてジョンは“ツアーのリハーサルを終えた朝4時、ツアー・バスを外に待たせて撮影したんだ。[そういう顔]して映っているだろう?”とフォローしています。
でも巷では[そういう顔]がウケて(?)PVはMTVでヘビー・ローテーションとなり、本曲の大ヒットに貢献しました。



~Epilogue~

6月15日、ついに【改正組織犯罪処罰法(テロ等準備罪/共謀罪)】が成立しました。

共謀罪の対象となる“[277の罪]を審査するための参院での審議時間は僅か18時間弱(1つの罪あたり4分弱)”、これで国民が理解できるはずなどないことは、提案主体である金田勝年法務大臣自身が満足に答弁できない現実からも明白です(加えて、“大事な審議の殆んどを放送しない公共放送”NHKもどうかしてる)。
それにしても議会の2/3を持ち会期末は目前で黙っていても成立させることができるのに、わざわざ“特に緊急を要する案件に限り(本件の何が緊急?)”国会での委員会審査を省略できる(国会法56条)【中間報告】という非常手段を用いて法案を成立させるやり方は、目的を果たすためなら手段を選ばず、保身のためなら躊躇なく非道も実行する安倍政権の本質を象徴しています。


法律が成立してしまった以上、重要なのは“共謀罪がどれほど私たちの生活に関与してくるか”です。

共謀罪の対象は懲役4年以上の犯罪(窃盗、 収賄、傷害、詐欺、恐喝など)ですが、日弁連は“共謀罪が成立しない犯罪の方がごく限られたものであると言っても過言ではない”と指摘しています。
また、普通の法律は[既遂]で処罰するのに対し“共謀罪は2人以上の者が[行為]を行わなくても犯罪を話し合って[合意]するだけで処罰するもの”であり、この[合意]を立証するのはかなり難しいため捜査機関による日常的な通信傍受や会話の傍受が拡大し、著しい監視社会へ繋がると懸念されています。
これらの“通信傍受には裁判所の令状が必要”ですが…

現実は、私たちが想像する遥か先まで監視社会が既に進んでいます。

2013年にアメリカ政府による大量無差別監視の方法と実態を暴露したことで話題を呼んだアメリカ国家安全保障局(NSA)及びCIAの元局員、エドワード・スノーデン氏。
その彼が持ち出したNSAの機密文書について、今年4月にアメリカのインターネットメディア『The Intercept』は“2013年の段階でNSAのネット監視ツール【XKEYSCORE】が、日本政府(第二次安倍政権)に提供されていた”と報じました。

XKEYSCORE(Xキースコア)】はインターネット利用者が使うほぼすべての情報を監視・収集できる極秘高性能検索エンジンで、このプログラムを使うと“個人が何を検索し、どんなニュースを読み、どの政党を支持しているか、愛する人の名前や、明かしたくない性癖までをも個人を特定して容易く把握でき”、更には“個人のパソコンやスマートフォンにアクセスし、遠隔操作でカメラを起動し、盗撮や盗聴をすることも可能”だといいます。
アメリカでは自国内でこうしたシステムを使ってテロとは関係ない一般市民を大量無差別に監視してきた事が大きな社会問題に発展しましたが、安倍政権が現在このシステムを運用しているとしたら(※その証拠は不明であり決してその存在を認めることはない)、それは“裁判所の令状を取らず通信傍受している可能性”を意味します。


共謀罪で本当にテロは防げるのか?

安倍政権は共謀罪の大義名分として“テロ対策”を第一に挙げていますが、本当でしょうか…
【愛国者法 (Patriot Act)】の名の下に一般市民への情報監視を無制限に拡大してきたアメリカNSAの監視効果について、大統領と上院によって選ばれた専門家による検証委員会は2014年1月、“盗聴プログラムが対テロ捜査の成果に具体的に役立ったケースは一件もなかった”新たなテロ計画の発見やテロ攻撃の阻止に直接役立ったケースも発見できなかった”と報告しています。

既に共謀罪(凶徒の結社罪)が整備されているフランスは市民のインターネット動向を分析するソフトウエアのインストールをインターネット会社に義務づけ、個人所有のコンピュータのリアルタイム監視のために警察が家宅侵入することまで合法化しましたが、その後も数々のテロを防ぐことはできませんでした


テロを止めることができないのに、監視プログラムはなぜ存続するのか?

…その問いに対し、NSAの当事者だったエドワード・スノーデン氏は次のように答えています。
“それは、テロ対策以外のことに役立つから。”
外交スパイ、経済スパイ、世論・社会心理操作、調査報道ジャーナリスト・内部告発の妨害、私的濫用…
“監視は最終的に、権力に抗する声を押しつぶすために使われていく。”


   

安倍政権は共謀罪で“一般人が対象になることはありえない”とか“恣意的乱用はありえない”と説明しますが、私は全く信用していません。
これまで安倍氏は、自身に掛けられた“数々の権力の恣意的乱用疑惑”について国民に誠実に説明するどころか、[中間報告]のような更に強い権力で封じ込める手法で問題の収束を図ってきた実績があるし、今回新たに【共謀罪の運用】について強い懸念を覚えざるを得ない事実が判明したからです。

2015年1月に発生した[ISILによる日本人拘束事件]で、ジャーナリストの後藤健二氏ら2人の日本人がISILに拘束されている最中でありながら、安倍首相がエジプトで“ISILと戦う国に2億ドルの支援を約束する”と演説し、その後2人は殺害されました。
これについて『報道ステーション』でコメンテーターを務めていた古賀茂明氏が“安倍氏の言動が誘拐犯を刺激し2人の殺害に繋がった”という非難と、“多くの日本人はイスラムを敵視していない”というメッセージを伝えるべきとして[I am not ABE]のプラカードを掲げ、それがきっかけで彼が報ステを含む全てのテレビ(地上波)から干された騒ぎをご記憶の方もあるでしょう。
古賀氏降板の背景には彼の発言に激怒した“官邸によるテレビ局への圧力があったため”と囁かれていましたが、その実行者は菅義偉官房長官の当時の秘書官だったN氏であったことが、古賀氏の近著で明かされています。

また、安倍首相と非常に近しい間柄の元TBS記者が2015年4月に起こした準強姦事件で、“所轄署が逮捕状まで取った案件であるにも拘らず本庁の警視庁刑事部長が介入しそれを取り下げさせたという異例の処置”が先月一部で報じられましたが、この警視庁刑事部長も菅官房長官の秘書官から転身したばかりのN氏でした。

…そして、国民にとって決定的に残念なことは、共謀罪というパンドラの箱を預かり実際に運用を任される部局の最高責任者(警察庁組織犯罪対策部長)こそ、“数々の権力の恣意的乱用疑惑”を抱えたN氏(2016年8月~)であるということ!


   

共謀罪を整備し、高度なシステムを駆使して市民を大量無差別に監視しても、テロを防ぐことはできません。
何故なら、組織的犯罪集団は盗聴されているとわかっている電話で犯行を共謀しないし、自分の命と引き換えの自爆テロ犯なら尚更、そして単独犯(ローンウルフ)はそもそも共謀しないからです。
その[網]に引っ掛かる殆んどは、テロなど考えもしない無防備な普通の市民ではないでしょうか…。

でも、テロ対策へ採るべき手段は監視だけではありません。
そもそも“テロとは何らかの不満や憎しみによって引き起こされる暴力”であり、その原因を緩和することこそ有効なテロ対策だと私は考えます。
理不尽・不公正に起因する貧困や差別、えこひいき、抑圧…をできるだけ取り除くこと”です。

しかし残念ながら、安倍政権は“その逆”ばかり行い、憎しみを煽るような政権運営を重ねているように見えます。
弱者を侮り、これを力で無理やりねじ伏せると一時的に支配することは可能ですが、その憎しみは蓄積し、いつか思わぬ牙をむく…それがテロです。

ささやかな市民の平和な私生活を“疑いの目”で監視するより
差別や憎しみを育まない公正な政治を実行することこそ、最大のテロ対策ではないでしょうか?




「プライベート・アイズ」

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tags : 音楽 Lyrics 和訳 洋楽 

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「ラヴァーズ・コンチェルト」サラ・ヴォーン

2017.06.09

category : ~1960年代

Sarah Vaughan - A Lovers Concerto1 Sarah Vaughan - A Lovers Concerto2


Sarah Vaughan - A Lover's Concerto (1966年)



~6月の花嫁は幸せになれる?~

“6月の花嫁は幸せになれる”という【June bride】の伝説はローマ神話の女神[Juno]に由来するといわれますが、日本の6月は【梅雨】の時期でムシ暑いし雨が多いしで、肌感覚からすると“何でこんな季節にわざわざ大事な式典を?”と思ってしまいます。
これに対しジューン・ブライド発祥の地ローマでは6~8月は1年で最も降水量の少ない時期で、農作業の繁忙期を過ぎて区切りがよいということなどから6月の結婚は人気があるようです。
(ちなみにアメリカ西海岸もこの時期雨が少ない)

でもそんな日本でジューン・ブライドの風習が受け入れられたのは、日本人にとってロマンティックな西洋文化への憧れが根底にあるせいでしょう。
一説によるとこの風習を日本で広めたのは[ホテル業界]で、梅雨の時期に減る挙式を増やすためのアイデアだったそうです。
日本人がロマンチストなのか、お仕事熱心な国民性なのかはあなたの判断にお任せするとして…? 



~概要~

「ラヴァーズ・コンチェルト」というと、日本でも音楽の教科書に掲載されるなど親しみ深い洋楽曲の一つです。
(“あ~めのしずく~♪”…でしたっけ?)
作者はアメリカのソング・ライター、サンディ・リンザー&デニー・ランドル(Sandy Linzer and Denny Randell)による作品ですが、“聴き覚えのあるメロディー”には原曲があります。
原曲となっているのは18世紀のオルガン奏者クリスティアン・ペツォールト(Christian Petzold)の『メヌエット』「ト長調 BWV Anh. 114」(かつてはJ.S.バッハの作とされていた)で、これをリンザー&ランドルがアレンジして歌詞をつけたのが「A Lover's Concerto」です。

「A Lover's Concerto」は1965年にアメリカのガール・ポップ・グループ、ザ・トイズ (The Toys) のために生み出されました。
トイズver.はBillboard Hot 100で2位と、彼女らにとって最大のヒットとなったものの「サティスファクション」でブレイクした直後のローリング・ストーンズの「Get Off of My Cloud」にNo.1を阻まれてしまいました。
ちなみに同じ週では4週No.1を記録したビートルズの「Yesterday」が首位を陥落し3位に付けており、“相手が悪かった”と言えますが、年間成績では「A Lover's Concerto」が32位で「Yesterday」38位、「Get Off of My Cloud」の65位を上回っています。

親しみやすいメロディーの「A Lover's Concerto」はシュープリームスなどのカバーがありますが特筆すべきは日本での人気で、1966年に金井克子、1967年に尾崎紀世彦、その後もザ・ピーナッツや桑田佳祐、薬師丸ひろ子らが取り上げています。
しかし日本で最も認知されているといえばやはりサラ・ヴォーンのバージョンであり、ドラマでは『不機嫌なジーン』、CMでは『三菱シャリオグランディス』ほか多数でサラの「A Lover's Concerto」が長年使用されてきました。

サラ・ヴォーンは主に1940年代~50年代に輝かしい成功を収め、“女性ジャズ・ヴォーカリスト御三家”とも評される伝説の黒人ジャズ・ボーカリストです。
…なので「A Lover's Concerto」のイメージでサラ・ヴォーンにアプローチすると全く的外れになってしまうため要注意ですが、彼女は案外ビートルズやカーペンターズのような楽曲も厭わないジャズ・シンガーでもあります。
「A Lover's Concerto」は1966年のアルバム『Pop Artistry of Sarah Vaughan』に収録されており、Billboard Hot 100でも63位を記録しました。

 
 



~Lyrics~

How gentle is the rain
何てやさしい雨だろう
That falls softly on the meadow
やわからかに、そっと草原に降っている

ハッピー・ソングといえば圧倒的に“”のイメージですが、「A Lover's Concerto」はいきなりそれを覆しています。
“雨であらねばならない理由”はストーリーの続きを読めばすぐわかるものの、“softly(柔らかに)落ちる雨”のイメージには困りました。

いわゆる【天気雨】を仮定して“音もしないほど粒が細やかでまばらな雨”を想像しましたが、こういう雨は[落ちる]ような表現が相応しいのか確信が持てなかったのです。
虹が出ている時の雨って、どうでしたっけ…? 


Birds high above in the trees
木立の高く、鳥たちは
Serenade the flowers with their melodies oh oh oh
美しい調べで花々にセレナーデを捧げてる

【Serenade】は特定の音楽形式のことではなく、“恋人や女性を称えるために夕方(または夜)屋外で演奏・歌唱される音楽”をいいます。
…なので、この場面の情景は明るい昼間ではなく、少し日が傾いた時間帯であるのでしょう。

愛を語るために歌が上手になったといえば、やっぱりさんですよね♪
ほかに“愛の歌い手”というとカエルさん、虫さん、…ブヒッ? (…キミ違うでしょ?


Be always true to me
いつも私だけを想い
Kept it stay in your heart eternally
いつまでも、どうかその心のままで…

…まさに、【June bride】にぴったりな歌♪
そしてこの歌は『タモリ倶楽部』[あの名物コーナー]に紹介されたことでも有名です。

2行目…
Kept it stay in your heart eternally
 “金粉してるよ ハゲてんのに…”

 そりゃぁ50年も共に暮らせば“ぬり”も厚くなるし、髪は薄くなるでしょ?




~Epilogue~

本作のテーマを構成する【concerto】は、ソロ演奏者(ピアノなど)とオーケストラという異なる要素で合奏された[協奏曲]です。
語源は【concertare】で、ラテン語では“競争する”、イタリア語では“協力する”という相反する意味が含まれており、[協奏曲]とは“異なる要素を持つもの同士(ソロとオーケストラ)が互いに競い合い、協力しあう演奏形態”を意味しています。

そして、歌詞を構成する【rainbow】もまた、[雨][太陽(光)]という異なる要素によって創り出される自然界の芸術です。
虹は、太陽の光が空気中の水滴によってプリズムの原理で屈折・反射された光のスペクトルで、雨と光以外にも観察者の位置条件(太陽と反対方向の空を向く)が揃わないと目視できません。


「A Lover's Concerto」~“愛する二人の協奏曲”

私たち人間も、[男性][女性]という二つの異なる要素で構成されています。
両性はいわゆる“ついてるもの”が違うだけでなく脳そのものが異なっており、それが故にモノの感じ方や考え方など差異が生まれるといわれます。
異質との交わりは不可解や労苦を伴うものですが、異なる音や雨と光がその困難を乗り越え音楽や虹をもたらすように、男性と女性の間にも[新たな恵み]を育むことができるはずです。

そして、それを実現させる唯一の根源こそ、【愛】
それは[永遠の愛]などという大仰なものではなく、自分が発している音、相手から伝わる音に日々耳を傾け、それを確かめ合い、調整しながら二つのものを一つにまとめ上げること。
異質の音の集まりが、そうして一つの美しい音楽へと創り上げられるように…。

And if your love is true
その時もし、想いが変わらぬ真実であったなら
Everything will be just as wonderful
生涯は、この上ない素敵なものとなる

愛とは、日々の小さな【concerto[協奏]】。
それを重ねた終着にこそ、[永遠の愛]があるような気がします。



「ラヴァーズ・コンチェルト」

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