I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「ネバー・サレンダー」コリー・ハート

2019.02.15

category : 1980年代

Corey Hart - Never Surrender (1985年)


~概要~

コリー・ハートはカナダで30曲のTop 40 / アメリカで9曲のTop 40ヒットを持ち、世界での総売り上げが1600万枚に上るカナダの男性歌手です。
1980年代の活躍が顕著で、同じカナダ出身で同時期に活躍したブライアン・アダムスとよく比較された存在でした。

レコード・デビュー前の1980年、18歳の時に日本武道館で開催された第11回『世界歌謡祭』にカナダ代表として出場し「Trudy Blue」という曲を歌唱していますが、本選に進むことは叶いませんでした。
1983年にアルバム『First Offense』でデビューを飾ると、1stシングル「Sunglasses at Night」がいきなり全米7位を記録し、『グラミー賞』で【Best New Artist】にノミネートされています。

「ネバー・サレンダー」は、1985年の2ndアルバム『ボーイ・イン・ザ・ボックス(Boy in the Box)』からの1stシングルで、Billboard Hot 100の3位(年間44位)を記録した、コリーの代表曲です。
カナダでは9週No.1で年間2位に輝いたほか、カナダのグラミー賞に相当する『ジュノー賞(Juno Awards)』ではブライアン・アダムスの「Run to You」との争いに勝ち、【Single of the Year】を受賞しました。
PVは、父親に抑圧されくすぶっていた若者が夢を諦め切れず、嵐の夜に1枚の家族写真を持って家を出て都会へ旅立つ…といったストーリーになっています。


余談になりますが、当時コリーには映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年7月公開)の主人公マーティ・マクフライ役のオファーがありました。
スティーヴン・スピルバーグから脚本とスクリーン・テストの招待を受けていたものの、“音楽に専念したい”と辞退したそうです。
また、翌年の映画『トップガン』でも「Danger Zone」を歌って欲しいとのオファーがありましたが、“自作曲で”と望んだため流れています。


 



~ Never Surrender 母の訓え~

「Never Surrender」の作者は、コリー・ハート。
2012年のインタビューによると、インスピレーションはコリーのお母さんの言葉だったといいます。
一家は5人きょうだいでコリーは末っ子、しかし両親は彼が10歳の時に離婚してしまい、以後コリーは母と兄と暮らし成育しました。
そして“たとえどんなに困難で尻込みさせるものであっても、夢と自分自身を投げ出しちゃいけない”、というのがお母さんの訓えだったそうです。

また、コリーは第二次大戦時の英国首相ウィンストン・チャーチルの伝記の愛読者で、“Never Surrender”はナチス・ドイツの猛攻がイギリス本土まで迫っていた1940年6月4日、チャーチルが下院で徹底抗戦の覚悟を唱えた演説の有名な一節“we shall fight on the beaches, we shall fight on the landing grounds, we shall fight in the fields and in the streets, we shall fight in the hills; we shall never surrender.”にも由来するようです。


コリーの母への想いには、続きがあります…
2018年、コリーは「Another December」という曲を発表しており、ここで彼は幼少から授かったお母さんの言葉やあたたかい光を、56歳を迎えた今日のクリスマスに思慕する内容となっています。

Ah, rest in heaven...





~Epilogue~

競泳女子の池江璃花子選手が2/12(火)、自身のツイッターで「白血病」と診断されたことを公表し、日本中を驚かせました。
また、翌2/13(水)には国民からの多くの励ましのメッセージに対し「神様は乗り越えられない試練は与えない、自分に乗り越えられない壁はない…必ず戻って来ます」と感謝のツイートを投稿しました。
私は「まさか」という直感と共に、本人は相当なショックだったろうにその混乱の中で自ら病気を公にした彼女の勇気に驚かされた一方で、オリンピックのメダルを期待される世界一流のアスリートとはいえ18歳の少女が、自らの病気と向き合う以外に見ず知らずの人の声や自分の抜けた水泳界を気遣っていることに胸が痛みました。

白血病というと「血液のがん」ともいわれ、『世界の中心で、愛をさけぶ』のヒロインの少女の命を奪った病気として多くの方も強く印象に刻まれていると思いますが、実際の白血病は「急性/慢性」「骨髄性/リンパ性」などで病状も治療法も大きく異なるそうで(白血病の種類は極めて多い)、池江さんの場合・現時点で公表されているのは「白血病」だけであることから、専門の医師は「本人を診ずに、特定の個人に結び付けて病状を解説や推測するのは正しい姿ではない」と指摘しています。
また、池江さんの病気公表以来、骨髄バンクへの問い合わせや登録が増えている件についても、同医師は“骨髄提供には一定のリスクが伴うので、よく理解した上で協力していただきたい”とのことでした。


「水泳なんていい、とにかく長生きして」 2019.02.12.

白血病が公表された直後、池江さんのお祖母さまの言葉。
たとえ彼女が有名選手でなくても、世界一でなくても、かけがえのない大切な存在として無条件に愛している人だからこその言葉です。

一方で池江選手には「金メダル」や「世界記録」という大きな夢があり、それを最大の目標に人生の大半を生きて来られたはずで、たとえ一時的であるとしてもそれを止めなければならないというのは、彼女にとって呼吸をする鼻と口を塞がれたに等しい苦しみに違いありません。
現時点で彼女は「自分に乗り越えられない壁はない」と気丈な言葉を残していますが、水泳選手としては時間が止まったままであり、高い目標を掲げているが故、闘病生活が長くなるほど仲間やライバルから引き離されてゆく自分への焦りが強まってゆくのではないでしょうか…。

Cause no one can take away your right
誰にも奪い去ることなんてできない
To fight and to never surrender
君が苦難に立ち向かい、決して諦めないその権利を

アスリートは孤独といいますが実際は競い合う相手があり、対して病は競う相手のない本当に孤独な闘いです。
いま私が願うことは、これまでアスリートとして鍛え抜いた体力と精神力のすべてを注ぎ、この世にひとつしかないあなたの生命を脅かすものとの闘いに勝利すること。
…そしてきっと、お祖母さまを喜ばせてあげてくださいね。



「ネバー・サレンダー」


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「ガール・グッドバイ」TOTO

2019.02.08

category : TOTO

TOTO - Girl Goodbye1 TOTO - Girl Goodbye2


TOTO - Girl Goodbye (1978年)



~概要~

「ガール・グッドバイ」は、1978年の1stアルバム『宇宙の騎士(TOTO)』の収録曲です。
ここから大ヒットした「Hold the Line」をはじめ3曲がシングル・カットされましたが、本曲はこれに含まれませんでした。
ただしハードでメロディアス、スリリングなロック・ナンバーは人気が高くTOTOのコンサートの定番曲の一つで、ボビー・キンボール在籍時はもちろん、ジョセフ・ウィリアムズ在籍時もセットリストとして継承されてきた作品です。

作詞・作曲はTOTOの楽曲の大半を手掛けるデヴィッド・ペイチ。
イントロからの宇宙空間的な広がりを感じさせる印象的な【TOTOホーン】は、ポーカロ3兄弟の末弟スティーヴ・ポーカロによるシンセサイザーです。
本作は邦題が『宇宙の騎士』と掲げられていますがアルバムにそのようなタイトル曲は存在せず、ジャケットに【宇宙空間】が描かれてはいるもののアルバム全体にそうしたコンセプトも、それをテーマとした楽曲も他に存在しないので、本作の宇宙的な概念は「Girl Goodbye」のサウンドに起因しているのかもしれません。

ちなみに、TOTOを象徴するデザイン【剣】はこの1stアルバムから描かれていますが、何を意味するかご存知でしょうか?
デザインを担当したのはグレイトフル・デッド (Grateful Dead) のアルバム・カバーを幾つも手掛けたPhilip Garrisという人で、本作中の「Manuela Run」にある【You better watch that sword that's hanging over you】からのインスピレーションだそうです。
剣はTOTOのもつ[力強さ]と[エッジの効いたサウンド]を、諸刃は彼らの[多能]を象徴し、リングはレコードを、リボンは1979年の[国際児童年]をイメージしています。

また、メンバーが元々腕利きスタジオ・ミュージシャンと評されていたとはいえ、デビュー・アルバムにしてもはや完成の域に達しているバンドの見事なアンサンブルには、誰もが驚かされるでしょう。
変幻自在なボビー・キンボールのハイトーン・ヴォイスや、力強くスリリングなスティーヴ・ルカサーのギター、絶妙なタイミングで洗練されたフレーズを入れてくるデヴィッド・ペイチのピアノ、そして楽曲に唯一無二のグルーヴ感を生み出すジェフ・ポーカロ(ds)&デヴィッド・ハンゲイト(b)のリズム…
TOTOサウンドの真髄が凝縮したといえる一曲こそが、「Girl Goodbye」です。


 



~1979年・圧巻のライブ映像!~

とりわけデビュー当時のTOTOの真価を物語っているのが、1979年2月2日にオハイオ州クリーブランドにあるコンサートクラブ『The Agora』で行われたライブでしょう。
私はネットでしか映像を見たことがありませんが、海外では『Toto - 1979/1980』『Best Times』といったタイトルでDVD化もされているようです。
日本では1981年頃に東京12ch(現テレビ東京)で2週に亘って放送されていたようで、本項で紹介する映像には聞き覚えのある声のナレーションも入っています。

ライブには『宇宙の騎士』をはじめTOTOのサポートメンバーとして多くの活動に参加しているパーカッショニストのレニー・カストロ(Lenny Castro)と、シンディ・ローパー「True Colors」(過去ログ)ほか5曲の全米No.1ヒットの作者でもあるトム・ケリー(Tom Kelly)がギターに加わっています。
セットリストは『宇宙の騎士』からの楽曲を中心とした9曲で構成され、「Girl Goodbye」はそのオープニングを飾りました。
ライブではとかくヴォーカリストの出来不出来が明暗を左右しますがこの日のボビーは絶好調で、安心して音楽に入れ込むことができます。
演奏もメンバーが完全にノッた状態にあることが映像からも窺え、特にエンディングのスティーヴのギターの上昇フレーズに伴い、ドラムスのジェフによる立ち上がってシンバルを叩き割らんばかりのプレイは必見です!
重ねて言いますがコレ、まだ1曲目です…。 






~Epilogue~

あれから40年…
デビュー40周年を記念した『40 TRIPS AROUND THE SUN TOUR』で今月(2/14-27)、日本公演が行われます。

昨年11月にキャリア40年を総括する31枚組デラックス・ボックス・セット『ALL IN』がリリースされましたが、そのうちの一枚には1981-1984年時未完のレコーディング・セッション音源に、現メンバーが追加録音で補完して完成させた作品が5曲含まれています。
その1曲「Devil's Tower」が公開されており、ここでは初代ベーシストのデヴィッド・ハンゲイトと今は亡きジェフ・ポーカロの演奏を聴くことができます。
同曲は1981年に録音したドラム、ベース、ピアノ、オルガンとエレキ・ギターで構成される原曲に、今回ヴォーカル(スティーヴ)とギターを新たに加えているそうです。

一口に40年と言うものの、40年は人生の半分であり、20歳が還暦を迎える歳月です。
1978年はピンク・レディーが「UFO」を大ヒットさせ、キャンディーズが「微笑がえし」で解散した年ですから、かなりな時代ギャップを痛感します。
また、1977年は映画『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』が世界的に大ヒットした年(日本公開は78年)であり、「Girl Goodbye」の宇宙空間をイメージさせるサウンドもそんな影響があったかもしれません。

 

40年を経た現在こうして「Girl Goodbye」を聴いても、私は当時のTOTOの演奏に変わらぬ魅力を覚えるのですが、現在の若い世代にも通じるものがあるようです。
2016年、TOTO結成40周年を記念して「TOTOメドレー」のドラム演奏を披露したのは、当時13歳の女子中学生でした。
彼女は現在高校生プロドラマーとして活躍する佐藤奏(さとうかなで)さんで、この動画では「Girl Goodbye」(3曲目)の見事なドラム・カバーをみせてくれます。
ここでの彼女は大人顔負けのテクニックを披露しただけでなく、本当に楽しそうにプレイしており、ジェフ・ポーカロが自らの演奏で何より大切にしてきた“音楽の楽しさ”をちゃんと継いでいるところが、TOTOファンの私にとっても嬉しいことでした。

彼女ならこれからの40年、きっと“音楽の楽しさ”を後世に伝えていってくれるでしょう。



「ガール・グッドバイ」


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「007 ゴールドフィンガー」シャーリー・バッシー

2019.02.01

category : Soundtracks

Shirley Bassey - Goldfinger2 Shirley Bassey - Goldfinger1


Shirley Bassey - Goldfinger (1964年)



~概要~

「007 ゴールドフィンガー」はタイトルのとおり、1964年公開(イギリス)のスパイ映画007シリーズ第3作『007 ゴールドフィンガー(Goldfinger)』の主題歌です。
007ではメイン・タイトルで時代を象徴する歌手による主題歌が流されるのが名物の一つですが、シリーズ開始当初は「ジェームズ・ボンドのテーマ」などインストゥルメンタルが充てられており、ヴォーカルをフィーチャーした曲は本作が最初でした。

「Goldfinger」を歌ったシャーリー・バッシーは1956年にデビューしたイギリスの女性歌手で、英国内では立派なキャリアを重ねていたものの世界的には殆んど無名といえる存在でした。
しかし「Goldfinger」がBillboard Hot 100の8位(1965年の年間51位)をはじめ、世界的なヒットを遂げたことにより一躍その名を知らしめることとなり、その後も『007 ダイヤモンドは永遠に』『007 ムーンレイカー』と007のテーマ曲を歌った歌手のうちで唯一3作の主題歌を務めています。

「Goldfinger」の作曲/指揮はシリーズでお馴染みジョン・バリー(John Barry)で、作詞はアンソニー・ニューリー(Anthony Newley)/レスリー・ブリカッシィ(Leslie Bricusse)、プロデュースはビートルズで時の人となっていたジョージ・マーティン
作曲に当たってジョン・バリーは映画監督ガイ・ハミルトンからジャズのスタンダード・ナンバー「Mack the Knife」のような曲を要望されており、そのため本作の敵役【Goldfinger】を紹介する形式を採って、この言葉に合わせてメロディが創作されました。
原曲を作詞者の2人や俳優のマイケル・ケインに聴かせたところ、一様にオードリー・ヘプバーン1961年の主演映画『ティファニーで朝食を』の主題歌「Moon River」(過去ログ)との類似が指摘されたため、一部手直しを加え完成させています。


映画芸術遺産の保護・前進を目的とする機関 AFI(American Film Institute)は『AFIアメリカ映画100年シリーズ』の一環として、2004年に【アメリカ映画主題歌ベスト100】を発表しており、「Goldfinger」は53位に位置づけられました。
2008年にはジェームズ・ボンドを題材とした映画作品より、「ジェームズ・ボンドのテーマ」「恋の面影(Look of love)」(※)、そして本曲が『グラミーの殿堂(Grammy Hall of Fame)』入りを果たしています。
(※「Look of love」は1967年にボンド・シリーズのパロディとして制作された映画『007 カジノロワイヤル』の主題歌で、ダスティ・スプリングフィールドが歌唱)


 



~ He's the man, the man with the Midas touch ~

「Goldfinger」は映画に登場する敵役【Auric Goldfinger】をテーマとして歌詞が描かれていますが、彼を物語る冒頭のフレーズは特に興味深いものがあります。

Goldfinger
ゴールドフィンガー
He's the man, the man with the Midas touch
触れたすべてを黄金に変える男

このフレーズは、映画に於いてボンド・ガールの一人がゴールドフィンガー(正確には彼に命じられた手下)に全身を金粉で塗られ窒息死するというエピソードから着想を得たと、作詞者は語っています。
【the Midas touch】は“何でも金(かね)にしてしまう能力”を表す慣用句で、これは『ギリシア神話』に登場するプリュギア王ミダース(Μίδας)が豊穣の神ディオニューソスに授かった、“触ったもの全てを黄金に変える能力”に由来するものです。
一方、ミダースは音楽の神アポローンの竪琴の演奏を評価しなかったため怒りを買い、アポローンに耳をロバの耳にされてしまいました。
(ちなみに、山下達郎も「Midas Touch」という曲を2005年に発表しています)

ミダースは国民にその事を知られまいと帽子を被って耳を隠して暮らしますが、彼の髪を切る理髪師には隠し果(おお)せるものではありません。
秘密を固く口止めされた理髪師は本当のことを誰にも言えず苦しみ、人知れず草原で穴を掘ってそれを吐露することがせめてもの慰みでした。
やがて草原は深い葦の群生地となり、風がそよぐたびに葦が「王様の耳は、ロバの耳」と囁き、噂は国中に広まります。
ミダースは秘密を漏らした犯人を捜し出して殺そうとしますが果たせず、心を改め本当のことを公表したためアポローンは彼を許し人間の耳を与え、国民の信頼を得た…という話です。

言うまでもなく、後半部分は『イソップ童話』をはじめ世界各地に派生した「王様の耳はロバの耳」の物語で、日本でも“大切なのは真実を言う勇気”をテーマとした寺山修司・作の劇団四季ミュージカルが有名でしょう。
もっとも、映画のゴールドフィンガーは人を騙して金儲けを重ね、忠実な部下でさえ時限爆弾を仕掛けた部屋に閉じ込めて逃走する…といった卑劣漢で、最後まで心を改めることはありませんでしたが…。



~【spy】はあなたの日常を音もなく監視し、主の利益に資するよう工作する~

【spy】は非合法活動であり、それゆえ秘密裏に他人の情報を盗み出し、自らの犯罪の痕跡を残さず誰にも真実を悟られぬよう任務を完了させなければなりません。

もしあなたの所有する個人情報や日常生活、思想信条、企業秘密などありとあらゆる情報が、誰かに[spy]されていたとしたらどうでしょう?
ここからは、あなたの日常が政府機関によって[spy]され、この2月20日からその監視・統制が無限大に強化されることになるかもしれない…という話です。


Tカード情報令状なく捜査に提供 規約明記せず、当局は保秘 2019/1/20 共同通信

コンビニやレンタルショップなど約6700万人が入会・利用している「Tカード」が会員規約に捜査当局への情報提供を明記せず、氏名・住所・電話番号といった登録時の会員情報や購入履歴・レンタルビデオのタイトルなど利用情報を、裁判所の令状なしに捜査当局へ提供していることが、内部資料や捜査関係者への取材で明らかになりました。
また、個人情報保護法第23条には「個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」と規定していますが、当局は情報を得たことを本人に知られないよう事業者側に【保秘】を徹底していたことも判明しています。

ただ、個人情報保護法第23条には「法令に基づく場合」など4項目の例外もあり、元特捜検事の前田恒彦氏は「こうした捜査方法は、必ずしも違法ではない」という表現をしています。
本来は憲法第35条に基づいて「捜索又は押収は令状により、これを行ふ」べきですが、互いの手間(特に事業者にとって無益な負担)を省くために正式な手続きを取らず、優先して守られるべき顧客情報が最も安易に外部組織に提供されている悪しき慣習は、調査員が直接行うルールを「郵送調査」で済ませていた勤労統計不正問題の根底にある“何か”と、どこか通じるものがあるような気がします。


総務省 IoT機器に無差別侵入し調査へ 前例ない調査に懸念も 2019.01.25. NHK NEWS WEB

報じられたNHKのニュースに、私は衝撃を覚えました。
(記事は既に削除されているので、リンクは『NHK 政治マガジン』)
何故なら、政府機関が

①日本国内の約2億のグローバルIPアドレス(IPv4)を対象として
②想定されるIDとパスワードを実際に入力して無差別に侵入を試み
③セキュリティ対策の不十分な機器の通信履歴等の電磁的記録を作成して
④当該電気通信事業者へ通知、対象機器のユーザーに注意喚起し対策の実施を促す

…という、これまでに類を見ない大掛かりな調査・施策を行うというのですから!
これは総務省と情報通信研究機構(NICT)がインターネットプロバイダと連携し、サイバー攻撃に悪用されるおそれのあるIoT機器の調査及び当該機器の利用者への注意喚起を行う取組「NOTICE」を2月20日から実施する、というものです。

インターネット(IPv4)はパソコンに限らずスマホや家電、あらゆる社会インフラに重要な役割を担うようになった一方、それを阻害するサイバー攻撃も増えており、その対策が遅れているというのが現状でしょう。
そういう意味で今回政府が対策に乗り出そうとすることは評価すべき一方、原発推進やカジノ誘致、次代の基幹産業を育成せず旧態依然とした産業構造を守旧し、人口減少を食い止めぬまま浪費して後世への借金を回す…といった安倍政権の打ち出す方策は“いつも何かがズレて”います。
社会システムのセキュリティを強化するならそこが守られるよう集中的に対策を施せばいいし、個人に対策を促したいならプロバイダを通してユーザーに一定水準以上のパスワードを要件にすれば済む話で、「2億台の機器に無差別侵入」というのはやり方が明らかに異常です。

そもそも今回NICTが行う「IDとパスワードを入力して他人の機器に侵入」は、『不正アクセス禁止法』が禁じる不正アクセスそのもの第二条4)です。
そのため政府は昨年5月に法律を一部変更し、「NICTが行う不正アクセス=特定アクセス行為」として5年間認める『電気通信事業法及び国立研究開発法人情報通信研究機構法の一部を改正する法律』を成立させました。
しかし言葉の言い換えでこの政府機関による不正アクセスがたとえ違法を問われなくなったとしても、「通信の秘密は、これを侵してはならない」と定める日本国憲法第21条に反することに変わりはありません。


写真、職歴、家族、出身校・・・ 辺野古反対派市民の情報ズラリ 2019.1.28.毎日新聞

今年1月28日、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡り、防衛省沖縄防衛局から委託され海上警備を担っていた警備会社が、移設に反対する市民ら60人の個人情報を顔写真付きで「反対派リスト」を作成していたことが報じられました。
リストは沖縄防衛局調達部次長の指示により警備会社が作成した事が判明しており、この警備会社は公安警察出身の元警視総監が顧問として天下りしている会社
防衛省(軍事力)・法務省(法の支配)・警察(諜報・国民統制)・経産省(カネ)は「力の支配」を重視する安倍内閣の「寵愛四天王」であり、現内閣官房副長官も警備・公安出身の杉田和博氏です。



~Epilogue~

自分には関係がない…
そう思われる方があるかもしれません。
しかし「国を意のままに操りたい者」にとって、あなたが何を考え、「味方か敵か」を判別することは、私たちが想像する以上に重要な情報です。

絶大な国家権力を濫用して国民世論の大多数が反対する法案の強行採決を繰り返し、民意を力でねじ伏せる手法を厭わない政府の下で、警察による「Tカード」のデータ収集を軽視すべきではありません
その発想は、戦前の日本が軍や警察による国民監視を行使し自由な思想・言論を封じた歴史と酷似しており、現代はITによるビッグデータとAIを用いることでもっと容易に思想・言論統制ができてしまうからです。
あなたが何気なく借りたビデオや購入した本、立ち寄る施設などの履歴は「あなたの人物像や日常生活を示す鏡」であり、絶大な政府権力に繋がる警察が令状取得を経ず6700万人もの「映し鏡」を気軽に手に入れることが可能な状態にある危険性を国民は認識するべきです。

また、「インターネット機器2億台に無差別侵入」についても、本来違法犯罪であり、違憲です。
「特定アクセス行為」を実行するNICTはNHKの取材に対し、「目的以外のデータを得たりすることは一切無い。セキュリティーの弱い機器が見つかった場合、内部に侵入はしますが、機器の種類を特定するなどの通信は一切行わない」と答えていますが、「目的のデータを収集する」「機器の種類を特定する以外の通信を行う」ことは否定しておらず、そもそも国民はその言葉の真偽を検証することができません。

もしもその特権を悪用する気なら、あなたの「PC・スマホ内の全データを取得」して資産や思想・信条、人間関係、病気や人に言えない秘密も手に入れることができ、それを元に「扱いの差別」をしたり、あるいは「弱みで懐柔・脅迫して意に従わせる」ことも可能です。
真っ先に狙われるのは野党などの「政敵」や権力支配を監視する報道機関や言論人、内部統制のための自党や官僚で、当人だけでなく家族の弱みで脅迫されたら殆んどの人は政府に異論を唱えることができなくなるでしょう(既に相当支配が進んでしまっている気もしますが…)。


そんな状況下で、私たちができること…。
まずはインターネット機器のパスワードなどを複雑なものにし、必要ない限りPCのリモートデスクトップ機能をOFFにすることです。
プロバイダと連携し、XKeyscore(エックスキースコア)という秘密兵器を駆使する相手に意味などないかもしれませんが…。
(【XKeyscore】の恐ろしさについては、過去ログ「プライベート・アイズ」へ)

そして最も大事なことは、「嫌なことは“No!”と言動で表すこと」です。
たとえ警察官であっても、確たる容疑もなく他人の家に無断で、もしくは拒否を無視して解錠・侵入し、勝手に家内を捜索することをありがたく受け入れる人などいないでしょう。
「特定アクセス=不正アクセス」であり、一般国民にとって著しい人権侵害以外の何ものでもありません。
その目的が本当に「東京オリンピックの対策強化」であるなら…
“なぜ政府系機関による不正アクセスを5年間継続するのか?”
「国民の安心・安全のため」であるなら…
“開始2週間前なのに、なぜ事前にメディアを通じて広報し国民に高度なパスワードを啓発・実行させないのか?”

【spy】は非合法活動であり、それゆえ秘密裏に他人の情報を盗み出し、
自らの犯罪の痕跡を残さず誰にも真実を悟られぬよう任務を完了させるものだからです。




「007 ゴールドフィンガー」


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「愛に抱かれた夜」カッティング・クルー

2019.01.26

category : 1980年代

Cutting Crew - (I Just) Died In Your Arms1 Cutting Crew - (I Just) Died In Your Arms2


Cutting Crew - (I Just) Died In Your Arms (1986年)



~概要~

カッティング・クルー(Cutting Crew)は、イギリスのバンド【The Drivers】のニック・ヴァン・イード(Nick Van Eede;vo)がカナダ・ツアーをサポートしたカナダのバンド【Fast Forward】のケヴィン・マクマイケル(Kevin MacMichael;g)と出会い、“僕の音楽をわかってくれて、僕にない上品さと威厳を与えてくれるパートナーをずっと探し求めていた。ケヴィンがその人だと思った”と感じ、半ば強引にケヴィンを引き抜いてロンドンで結成したバンドです。
バンド名は、ニックがロック雑誌でクイーンのレコーディングについての記事の中に見つけた【Cutting Crew】([レコーディング・バンド]という意味で使われていた)の文字を気に入り、それを引用したとされています。

1986年7月25日、デビュー・シングルとなる「(I Just) Died In Your Arms」がイギリスでリリース、全英4位(年間44位)と絶好の滑り出しを見せ、同年11月には1stアルバム『Broadcast』を発表し同曲もこれに収録されました。
同曲のアメリカでの発売は1987年1月1日で、それから4カ月かけた5月2日に Billboard Hot 100の No.1(2週/年間32位)、ケヴィンの母国・カナダでも3週No.1(年間7位)に輝き、無名の新人バンドとして異例の快挙を遂げています。
その後も「I've Been In Love Before」が全米9位、アルバムも全米16位を記録するなど著しい活躍によりグラミーでは【Best New Artist】にノミネートされました。

日本では「愛に抱かれた夜」という邦題で【スズキ・カルタスGT-i】のCMソングに起用され、『第16回東京音楽祭』にも出場しました。
こうしたメディアの後押しを得て1987年にオリコン洋楽チャートで1位を記録する輝かしい成功を収めたものの、カッティング・クルーのセールスはその後急下降し1993年に解散、2002年にはケヴィン・マクマイケルが肺がんのため死去…
で、バンドの歴史は幕を閉じると思われましたが、2005年にニックを中心に再結成、2015年にもアルバムを発表するなど現在も活動を続けている模様です。


 
 



~Lyrics~

Broken hearts lie all around me
あたり一面、横たわる絶望と悲しみ
And I don't see an easy way to get out of this
ここから抜け出す平易な途が見えない…

「愛に抱かれた夜」というロマンティックな邦題ですが、メロディはセンチメンタルです。
歌詞はこのセンテンスが象徴しており、決して甘美な物語ではありません。

【a boy like me】な主人公が、【She's loving by proxy(代理)】な彼女に恋をし、【I'm a name on a list】として扱われる…
大人でも十分キツい状況ですが、少年だとまさに【Who would've thought】でしょう。


The curtains are closed, the cats in the cradle
閉められたカーテン、揺りかごの猫たち

定説があるわけではないのですが、本作には過去の名作を想起させるフレーズがいくつか見られます。
(バンド名の【Cutting Crew】も雑誌からの引用である)
アメリカのシンガーソングライター、ハリー・チェイピン(Harry Chapin)1974年の作品に「Cat's in the Cradle」というのがあり、もどかしい関係を暗示するかのように配置されているのが印象的です。
ちなみに、英語で【cat's cradle】はコレ!



ただし国際あやとり協会( ISFA )によると、[cat's cradle(猫のゆりかご)]が【あやとり】を指すようになった由来はまだ明らかになっていないそうです(【String figure】もあやとり)。


It must have been something you said
その瞬間、君は言い残しただろう…

アメリカのフォーク・シンガー/コメディアンのスマザーズ・ブラザーズ1964年のアルバムに『It Must Have Been Something I Said!』というのがあります。
このジャケットを見ると“ギターを粉々に破壊”した写真となっており、2つの要素から私はロック界の有名な【あの伝説】を思い浮かべてしまいました…(話は本筋から逸れますが)。

二人がホストを務めた『The Smothers Brothers Comedy Hour』は1960年代後半アメリカの人気番組で、イギリスのロックバンド、ザ・フー(The Who)をアメリカで一躍有名にした【事件】があります。
1967年9月17日、ザ・フーが同番組に出演し「My Generation」を演奏しましたが、例によってギタリストのピート・タウンゼントによる“儀式”がはじまったもののこの日はこれに止まらず、ステージが大爆発してメンバーは怪我を負い、出番待ちのベティ・デイヴィスも気絶するという放送事故が発生しました。
原因はバスドラムに仕込んだ閃光粉の想定外の爆発で、キース・ムーンが安全基準を超える量を使用したことでした。
これが全米に衝撃を与え、直後に発売された「I Can See for Miles」がキャリアで唯一全米 Top10 入りを果たすことになりますが…。

Cutting Crew - (I Just) Died In Your Arms3 



~Epilogue~

I just died in your arms tonight
“今夜(いま)、あなたの腕の中で天に召された”

命を失うことは人生最大の不幸ですが、それが生を授かった者の宿命であるなら、誰もが抱くせめてもの願いでしょう。

実は、本作の着想は作者ニック・ヴァン・イードの実体験にあったといいます。
…とはいっても、実際に誰かが死んだというエピソードではないので、【died】をそのまま“死んだ”と表すことは逆に違和感がありました。
邦題の「愛に抱かれた夜」はその辺りの【背景】を上手く汲んで詩的に表現したものと想像しますが、元々“I just died in your arms”はニックが恋人と愛を確かめ合った夜の最高潮で発した言葉”だったそうです(英語でいうところの【little death】【Orgasm】の境地)。

そこで、和訳の際【died】を“昇天”とすることを思いつきますが、これはどうも【キリスト教的には正しくない】ことが判明しました。
キリスト教用語の【昇天】は“イエス・キリストに対してのみ使用”される言葉で、プロテスタントでは“信者が死んだ場合は天に召される(呼び寄せられる)”という意味で【召天】を使うそうです(ローマ・カトリック教会では【帰天】)。
一般的な日本語としては人の死も、快感の最高潮も【昇天】で問題ない…というか、IMEで【召天】は変換候補に出ません)


物語で二人は別れる結末ですが、作品にインスピレーションを与えた女性とニックはその後1996年に結婚に至っています。
しかも二人には娘さんがいて、“1986年5月生まれ”なのだそうです。
誕生した時期から、“I just died in your armsの夜”が生命を宿したのだろうか…
寒い夜は、そんな妄想に抱かれて眠るのも悪くありません。 



「愛に抱かれた夜」


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「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」ポール・マッカートニー

2019.01.18

category : Beatles & Solo

Paul McCartney - No More Lonely Nights1 Paul McCartney - No More Lonely Nights2


Paul McCartney - No More Lonely Nights (1984年)



~概要~

「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」はポール・マッカートニー1984年の5thアルバム『ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards to Broad Street)』の収録曲です。
アルバムから唯一のシングルで、1984年9月24日にリリースされ US Billboard Hot 100 で6位(1985年の年間72位)、全英は2位(年間22位)を記録しました。
楽曲はポール自らが主演/脚本/音楽を務めた1984年のミュージカル映画『ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards to Broad Street)』の主題歌として創作され、1984年『ゴールデングローブ賞』[Best Original Song]、1985年『英国アカデミー賞』[Original Song Written for a Film]にノミネートされています。


「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」には【バラード編】「No More Lonely Nights (Ballad)」と【プレイアウト編】「No More Lonely Nights (playout version)」があり、本記事で主に扱うのは【バラード編】です。

【バラード編】は「Yesterday」や「My Love」に通じる甘くせつないバラードで、デヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイド)とエリック・スチュワート(10cc)がゲスト参加しており、特に間奏部やアウトロのデヴィッドによるギター・ソロは甘さ一辺倒を緩和する効果を与え、聴き所の一つです。
またバラード編は3種類あって、[アルバム ver.]は冒頭に雨音のSEとベースが入っており、[シングル ver.]はいきなりの歌い出し、「バラード/リプライズ ver.」は「No Values〜No More Lonely Nights (ballad reprise)」と表記され判り辛いのですがこのパートの終末部に入っている僅か十数秒ほどのストリングス・インストゥルメンタルで、「No Values」と次曲「For No One」の橋渡しとなっています。

意外に面白いのが、しっとりバラードをダンス調に変えた【プレイアウト編】です。
「No More Lonely Nights」のオリジナルは【バラード編】ですが、ポールらしいというか、やっぱり映画は素人というか…
実は、映画が出来上がって配給元の20世紀フォックスに見せた所、エンドロールに音楽がないことを指摘され、主題歌をアップテンポにしたものを入れたらと要望を受けて【プレイアウト編】が生まれました。
そのためかギター系、キーボード、ドラムスをポール一人で演奏しており、せつないはずのメロディを残しながらリズムを崩して楽しいダンス調に変える芸当をいとも簡単にやってしまう彼の音楽センスには、改めて驚かされるばかりです。


残念なのは、「No More Lonely Nights」がチャート的にも、楽曲的にもポールの80年代のベストに入る作品でありながら、恐らくツアーで演奏されていないことです。
80年代のの楽曲では「Coming Up」(過去ログ)が多用されるくらいで、後は89年からの【ゲット・バック・ツアー】で直近の『Flowers In The Dirt』の楽曲や「Ebony And Ivory」(過去ログ)が取り上げられたことはありますが…。
ポールにとって80年代は、“忘れ去りたい時代”? 


 
 



~『ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards to Broad Street)』~

1980年に【日本での麻薬所持による逮捕】と【ジョン・レノン暗殺】で幕を開けた80年代は、ポールにとって混迷の時代でした。
76歳を迎えた現在でも世界を駆け巡っている彼が、80年代という長い期間ツアー活動を殆んど行わなかったというのはかなり異常なことであり、それは音楽作品に対する彼のアプローチをも変化させた気がします。
以前からその方面への興味はあったともいわれますが、このタイミングで映画を試みたのには、そんな背景も影響していたかもしれません。


1982年11月、ポール自らが主演/脚本/音楽を務めるミュージカル映画『ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards to Broad Street)』がクランク・イン。
ミュージカル映画で最も大事な要素といえば【音楽】ですが、そこはギネスブックに【ポピュラー音楽史上最も成功した作曲家】として認定されたポール、何の心配も要りません!
ポールがポール・マッカートニーというミュージシャンを演じる物語であり、“僕の映画にビートルズの曲が入っていなければ観る人は納得しないだろう”と考え、解散後初めてビートルズの楽曲を再録音することを決め「Yesterday」「The Long And Winding Road」(過去ログ)ほか6曲を採用、ウイングスからも「心のラヴ・ソング」、近年のソロ3曲、新曲3曲ほか珠玉の名曲の数々をセルフ・カバー&新録しています。

また、ビートルズ・サウンドといえばメンバーのリンゴ・スターであり、プロデューサーのジョージ・マーティン&エンジニアのジェフ・エメリックで、彼らもこの企画に賛同し快く参加してくれました。
ただしリンゴは映画への参加は快諾したものの“1/2のビートルズはごめんだ”と、ビートルズ曲の演奏については固辞しています。
(※この辺がリンゴらしいのですが、ジョージ一人がのけ者になるようなことを嫌ったのでしょう)


豪華なのは、楽曲に限りません。
リンゴ以外でレコーディングに参加したゲスト・ミュージシャンはデヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイド)やエリック・スチュワート(10cc)、ジョン・ポール・ジョーンズ(元レッド・ツェッペリン)、デイヴ・エドモンズ、クリス・スペディング、スティーヴ・ルカサー/ジェフ・ポーカロ(TOTO)ほか、超豪華な顔ぶれでした。

ポールがミュージシャンという設定からライブ・シーンが満載ですが、中でもクライマックスは「心のラヴ・ソング」(過去ログ)でしょう。
ゲスト・プレイヤーはジェフ・ポーカロ&スティーブ・ルカサー、ルイス・ジョンソン(ブラザーズ・ジョンソン)で、劇中ではまっ白猫のような姿に扮して演奏しており、途中ムーン・ウォークで入ってくるダンサーはマイケル・ジャクソンにそれを教えたシャラマー(Shalamar)のジェフリー・ダニエルです。

 


“あの映画の失敗でポールも目が覚めた” ジョージ・ハリスン

一方、映画作品としての評価はジョージのそれが象徴しています。
本作は、ポールのニュー・アルバムのマスター・テープが行方不明になり、それを探索する物語であり、この発想自体はセックス・ピストルズ1977年のスタジオ・アルバム『勝手にしやがれ!!(Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols)』のオリジナル・マスター・テープが紛失した事件からヒントを得ているといわれます。
(同作のプロデューサー、クリス・トーマスはウイングスの『Back to the Egg』のプロデューサーでもある)

大命題は【(レコード会社乗っ取りを阻止するため)24時間以内にテープを発見すること!】であるにも拘らず、スクリーンの中のポールは歌や演奏に忙しく、(イメージの中で)19世紀の貴族となって優雅に舟遊びしています…。
ポールが企画したということで、ビートルズのテレビ映画『Magical Mystery Tour』を引き合いに出されることがありますが、『Magical Mystery Tour』を評価する一人として、両者は[似て非なるもの]と考えます。
『Magical Mystery Tour』は[ナンセンス]であってそもそも論理も果たすべき目的もありませんが、『ヤァ!ブロード・ストリート』は[24時間以内にテープを発見する]という明確な目的を謳いながらそれを果たそうとせず、別のことばかりやっているために生じる論理矛盾が不評の原因です。
しかも、【終幕の引き方】がそれにトドメを刺す…。 
(詰まる所、ポールが本当にやりたかったのは映画ではなく、ライブだったのでしょう)


…とまぁ、散々な書き方をしましたが、ファンにとっては“ここでしか聴けない(見られない)ポール”があるので貴重な映像集です。
私の宝物はサントラに収録されていない、ここでしか聴けない「Yesterday」!
たぶんこれはゲリラ的にやったのだろうけど、彼ってこういう仕掛けが好きですよね? 



~Epilogue~

「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」はメロディ・メーカー、ポール・マッカートニーの名に恥じない美曲ですが、この映画の主題といえるほどの共通点はありません。
劇中では物語の終盤、会社乗っ取り期限10分前の23:50ころマスター・テープを探して行き着いたブロード・ストリート駅で、ポールが“ひとりぼっち”佇むシーンに使われており、この場面にはよく馴染んでいます(※ブロード・ストリート駅は1986年に閉鎖された)。
しかしこのシーンは元々BGMもないままに編集が一旦終了しており、映画完成後の見直しの時点で物足りなさを覚えたポールがこの場面に合わせて書き下ろしたのが「No More Lonely Nights」だったそうです。




むしろ、私が一番好きな「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」は、PV ver. (メイン動画)です。
全般として映画と歌い手の歌唱シーンを編集したよくあるタイプの映像ですが、私が好きなのは歌が始まるまでの【前置き】の部分
前置きの長いPVは当時スーパースターの証で、これが災いしてTV放映の際この前置きの部分がカットされてしまうことも少なくありません。
しかし「No More Lonely Nights」に限って言うなら、【前置きこそがこの映像で最も大事】です。

冒頭でポールが一人コーヒーを作りながら電話を掛けるものの、相手は出そうにありません。
諦めて少し残念そうに受話器を置くと、コーヒーを持って口笛を吹きながら屋上へと上がり、朝日に向かってこう口ずさむのです…。

I can wait another day
また一日、待てばいい
until I call you
明日、君に電話するまで…

繋がらない電話にショックを受けたり絶望するでもなく、“少し悲しそう”なところが、逆に“その日常性”を感じさせます。
愛に、代わり得るものなどない…
「No More Lonely Nights」は、そんな誰かの心のささやきです。



「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」


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古い歌の“温故”から、歳月を重ねた“知新(いま思う・いま考える)”を綴ります。



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