I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と詳しい解説でお届けします♪

「トゥルー」スパンダー・バレエ

2017.10.06

category : 1980年代

Spandau Ballet - True1 Spandau Ballet - True2


Spandau Ballet - True (1983年)



~不都合な[true]と、好都合な[false]の駆け引き?~

【true(真実の)】には“好都合なもの”もあれば、“不都合なもの”もあります。
2017年7月、「True」のヒットで知られるスパンダー・バレエが選択したのは、私たちにとって“不都合なtrue”でした。
それは、“このバンドとはもうパフォーマンスしない”と、ヴォーカルのトニー・ハドリーが脱退を宣言してしまったからです。

心を偽って現行を続けるか、それとも心の真実のままに新しい道を進むか…
人生を左右する判断は、誰にとっても難しいものです。
政治の世界に於いても…。



~概要~

スパンダー・バレエは1981年にデビューしたイギリスのニュー・ロマンティック系バンドで、本国では当初より人気を博しています。
1983年の3rdアルバム『True』のタイトル曲「True」は初めて全英No.1(4週/年間6位)に輝いただけでなく、アメリカでも初ヒットとなりBillboard Hot 100で4位(年間92位)まで上昇、世界21カ国で1位を遂げた彼らの代表曲となりました。
楽曲はバンドのギタリスト、ゲイリー・ケンプが書いたもので、歌詞は当時彼が熱を上げていたAltered Imagesのリード・シンガーだったクレア・ローガン(Clare Grogan)との関係を題材としており、ゲイリーによると“二人はプラトニックだった”と語っています。
スパンダー・バレエ自体の人気は以降、下降線でしたが1984年のバンド・エイド「Do They Know It's Christmas?」や、翌年の『Live Aid』にも参加しました。


「True」はカバーやサンプリングに使用されることも多く、1991年にP.M.ドーン(P.M. Dawn)が本曲をサンプリングした「Set Adrift on Memory Bliss」はオリジナルも成し得なかった全米No.1を達成し、2005年にネリーも同様の手法で「N Dey Say」という作品を発表しました。
こうしたカバーの多さが示すように、2015年のイギリスのテレビ局の調査でも“1980年代のお気に入り曲の10位”にランクされるなど、息の長い人気を得ています。

また、意外な思い出を告白しているのが小泉今日子で、当時運転免許を取ったばかりの彼女は一人でドライブをするのが好きで、「True」をカセット・テープでよく聴いたそうです。
実はこのテープ、当時のボーイフレンドが編集してくれたものだそうで、それを聴いて“秘めたる恋”の淋しさを温めたといいます。
彼女が44歳となった2010年のある日、ドライブ中のFMから「True」が流れ、胸がキュンとなりました。
しかしそれはもはや恋ではなく良い思い出となっていることに気づき、時が過ぎたことを実感したのだそうです。

 

 



~Lyrics~

Take your seaside arms and write the next line
君の入り江へと導いておくれ…きっと次の一行を描き出すから
Oh, I want the truth to be known
あぁ、本当の気持ちを知ってもらいたい…

「True」はバンドのギタリスト、ゲイリー・ケンプが書いた作品ですが、これはロシア出身の作家ウラジーミル・ナボコフの1955年の小説『ロリータ(Лолита - Lolita)』にインスピレーション受けており、クレア・ローガンに本をもらったことがきっかけでした。

中でも[Take your seaside arms]と[With a thrill in my head and a pill on my tongue]はこの小説の一節からの引用だそうです(部分的に変更しているらしい)。
正直[your seaside arms(あなたの海岸の腕)]の解釈については全く確信が無く、小説の内容も知らないのでフォローのしようもありません。
イメージとしては“二人にとって特別な[arm(腕のような形をした)]海岸”というイメージを抱いていますが…。


Listening to Marvin (All night long)
(一晩中)マーヴィンを聴いていると
This is the sound of my soul
これは、僕の心の声…

[With a thrill in my head and a pill on my tongue]が張りつめた神経を解きほぐしてゆく…
そのセンテンスに続く部分です。
ここに登場する【Marvin】は「What's Going On」で有名なアメリカの歌手マーヴィン・ゲイのことであり、彼へのオマージュが込められていると言われています。
楽曲自体も1960年代のモータウン・テイストとなっており、トニー・ハドリーのソウルフルなヴォーカルと合わせてこの年代を代表する“ブルー・アイド・ソウル”作品です。



~【理不尽な政治運営】が招いた【理不尽な選挙戦】~

圧力によって歪められた岩盤が耐え切れず地震を引き起こすように、大きくて無理矢理な衝撃を突然与えるとそれに比例した大きな反発力が生じるのは、物理に限らない道理です。
一国の総理大臣である安倍晋三氏本人が疑惑の当事者である【森友・加計学園への国政私物化疑惑】について、憲法53条に基づいて開催する義務のある臨時国会で、一連の疑惑を“謙虚に、真摯(しんし)に説明責任を果たす”はずだった安倍首相が国会の冒頭で宣言したのは疑惑に対する説明ではなく、【天皇の国事行為の権限に乗じた衆議院解散(憲法7条)】でした。

この変事を好機到来とばかりに、昨年就任した現職の東京都知事であり今年7月の都議選で自らが代表として率いた[都民ファーストの会]を大勝利に導いた小池百合子氏が9月、急遽自らを代表とする国政政党【希望の党】を立ち上げ世間をアッと驚かせたのは記憶に新しい所です。
しかしその理不尽な衆院解散を震源とする余震は、9/1に新しく党首を迎えて結束を新たにしたばかりの民進党をも揺るがし、両党首の合意により【野党第一党・民進党が解党し、実績も党是さえ定まっていない希望の党に合流】するという前代未聞の事件へと発展、続く小池氏の“リベラル派は排除”発言は反発を生み更なる分裂を誘発しました。


紛らわしい[リベラル]と[保守]、[左]と[右]…

これらを政治的な概念として捉える時とても曖昧であるだけでなく、多くの矛盾を内包しており誤解を招き易い区分といえます。
たとえば【リベラルliberal】は“自由な、偏見のない”という意味で、日本では自由民主党が英語名[Liberal Democratic Party of Japan]を名乗っていますが自らは保守と称しており、現在の政党で一般にリベラルと呼ばれるのはそれと対照的な共産党・社民党・立憲民主党(今回、枝野幸男氏が結成した新党)です。
リベラルは“個人の自由や権利を尊重する立場”であるため福祉政策を重視(旧民主党の“コンクリートから人へ”は有名ですね?)するのは世界共通ですが、リベラル先進国である北欧では消費税25%は当たり前であるのに対し、日本のリベラル政党の多くは消費税を上げるのに消極的です(人気取りの側面もあるし、それ以前に日本の借金が多過ぎる)。
また、[保守]は“現状の制度や思想を維持する立場”ですが日本の保守政党は何れも[改憲]を訴え、リベラル政党が[護憲]を唱えています。

[左][右]の思想は、[平等な社会][保守・愛国]という一見全く異なる概念ですが、国民に対する大義名分が違うだけで、“全体のため個人の自己犠牲を求める【全体主義】の思想”という意味で同質です。
権力者に絶大な権限を与え迅速な意思決定と大きな成果を得ることも可能である反面、権力者が余程公正な心の持ち主でなければ支配側だけが不当に利益を得る汚職の温床になりがちで、更にその性質上【独裁】を生み易いため、歴史的にもソ連や中国の文化大革命、後者はナチス・ドイツや戦前の大日本帝国といった政策の過ちによる大惨禍を招くことがあります。



~嘘いつわりのない、真の民主主義を目指して~

今回の[小池の乱2(勝手に命名)]で改めて痛感させられたのは、保守系議員の多さです。
あれだけ安倍政権による安保法や共謀罪法、森友・加計疑惑などで民意に反する政治運営に国民がうんざりさせられたにも拘らず、いざ選挙となると新たに増えるのが安保法や共謀罪法の発想に賛成の立場の保守系政党や議員であることに、失意を抱かざるを得ません。
何故なら、これまででさえ国民の大半が“No!”を突き付けた法案も、議席の2/3を占める与党+保守政党が“Yes”といって何度も強行採決を許してしまっているのに、それに抗する中心だったリベラル系の民進党が無くなり安倍首相とほぼ同じ思想信条の小池氏の意向で統一された希望の党が加わったら、かつて以上の議会軽視の専横が行われる懸念があるからです。
あるいは、選挙で民意が選択したはずの政権が確定されず、選挙後に各保守系政党(+公明党)間で主導権争いが始まり、連携・連立・分裂・合併などの末に有権者が想定し得なかった政権が成立してしまう可能性さえあります。

このように近年民意が政治や議席に反映されない違和感は、“4割の得票率で7割の議席を与える【小選挙区制】”の問題点と重なります。
よく選挙区間の[一票の格差]についての判決がニュースになりますが、“1位以外の投票が死票となってしまう現在の小選挙区制”も早急に見直されるべきではないでしょうか…。


民進党の前原誠司代表は今月9/28の党両院議員総会で“民進党の衆院議員は、離党したうえで希望の党に公認申請を行う”と発表、その後合流先の希望の党・小池代表の発言や[民進党議員の排除リスト]が出回り、結果民進党は3つに分裂しました。
こうした結果について前原氏は“すべて想定内”とコメントしており、小池氏の証言からも、彼は小池氏が全員を受け入れるつもりがないことを承知で民進党を解党し希望の党へ合流させる方針を出したと思われます。
前原氏は9/27のパーティーで“どんな手段を使っても安倍政権を終わらせる”と演説していますが、このやり方は彼自身が批判している安倍氏の手口と何が違うのでしょう?

一方小池百合子氏は、調べるほど安倍首相に劣らぬ”欺瞞の匂い”を感じます。
希望の党の綱領によると“寛容な改革保守政党を目指す”とあり、衆院選の目玉公約の一つに“2030年までに原発ゼロ”とあります。
しかし小池氏とヘイト(人種差別など)団体との関わりの疑惑と、都知事の慣例としてこれまで続いてきた関東大震災時の朝鮮人虐殺事件犠牲者への追悼文の送付を拒否したという事実、希望の党公認のための政策協定書にわざわざ[外国人に対する地方参政権の付与に反対する]条項を入れていることは、果たして寛容な保守と呼べるのだろうか…?
また、彼女にはこれまで脱原発に熱心に取り組んできたという経歴はなく、むしろ福島第一原発事故の数カ月後の時点で“再稼働のためのロードマップを作れと主張”したという記事がありました。
現在も彼女は東京電力の4番目の大株主である東京都の知事として、先日報じられた柏崎刈羽原発の再稼働について反対を提案できる立場にあるにも拘らずそれを行使していないこと、2003年に雑誌『Vоice』で“軍事上、外交上の判断において、核武装の選択肢は十分ありうる”との発言があります。


私たちの社会生活に於いて、その最も根幹にあるものは【true(真実の)】です。
どんなにオイシイ儲け話も、詐欺師に大金を預けたりはしません。
政治もそれと同じで、どんなに崇高な理念を持ち、どんなに魅力的な政策を並べようと、嘘をついたり公権力を私物化したり、人を差別し邪魔者を陥れたりする人間に、私たちの大切な生命と財産、憲法が保障する権利を預けるべきではありません。
今回の衆院解散の経緯や選挙後に起こり得る政界の混迷を考えると本当にバカバカしくて係わりたくなくなりますが、そんな腐った政治状況だからこそ私たち主権者がこれを正すための一票を投じなければならないと思うのです。
これまでの選挙だって、半数の棄権した人たちが投票してくれていたら全く違っていたはず…。

どうかこの選挙を、印篭の出ない水戸黄門にしないでください。
私たちの一票こそが、印篭です。
悪代官は、それを最も恐れています。



I know this much is true
これこそが真実



「トゥルー」

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「トゥー・トライブス」フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド

2017.08.11

category : 1980年代

Frankie Goes To Hollywood - Two Tribes1 Frankie Goes To Hollywood - Two Tribes2


~ “終戦の日”の思い ~

8月のこの時期は“お盆”や“終戦の日”など、今は亡きご先祖や昔のことに思いを致すもの…
故郷で懐かしい顔ぶれと再会し、穏やかにその時を過ごしたいと願っておられた方も多いと思いますが、今年は“あの国”がそうさせてはくれないようです。

でも昔、日本はアメリカに無謀な戦争を仕掛け多くの人命を失い、国土の大半は焦土となりました。
そして、人と人が憎しみ、争うことがどんなに醜いか…
「Two Tribes」が教えてくれるでしょう。



~概要~

フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド(FGTH)はバグルス/イエスのトレヴァー・ホーンに見出され1983年にデビューしたイギリス・リヴァプール出身のバンドで、過激な歌詞と先鋭的なサウンド、凝った映像で短命ではあったものの強烈なインパクトを残しました。

「トゥー・トライブス」は日本でも知名度の高いデビュー曲「Relax」に続く1984年6月発売の2枚目のシングルで、全英9週連続No.1という金字塔を打ち立て、これは1980年代最長のNo.1となっています。
また、2015年のITV“favourite 1980s number one in a poll”の投票では14位にランクされるなど、長く国民に親しまれている作品です。
一方アメリカでは、PVが“アレ(後述)”のためかBillboard Hot 100で43位と、期待外れに終わっています。
当時最先端のサウンドを構築したのはプロデューサーのトレヴァー・ホーンによる功績で、シングルは12インチを含む7種類のミックスがリリースされ、イギリスだけで200万枚近くのセールスを挙げました。

「Two Tribes」のインスピレーションの起源は1981年12月に公開された映画『マッドマックス2(Mad Max2:The Road Warrior)』の中での【when two great warrior tribes go to war】というラインからの引用だそうで(未確認)、楽曲自体は翌1982年にイギリスBBCの名物ラジオ番組『Peel Session』に出演した際すでに披露されています。
“【Two Tribes(2つの部族)】が戦争しても何の得にはならない”という明確な反戦メッセージは、当時約6万発の核兵器(2014現在は約9000発)を保有していたアメリカとソ連を中心とする“東西冷戦”への批判であり、1984年の『アイヴァー・ノヴェロ賞』(ソングライター・作曲家のための賞)で“Best Song Musically and Lyrically”も受賞しています。

また、「Two Tribes」というと楽曲以上にPVが人気で、80年代の名作ミュージック・ビデオの企画では高頻度で紹介される作品です。
制作したのはエイジアの「Heat Of The Moment」(過去ログ)やハービー・ハンコックの「Rock It」、ポリスやデュラン・デュランの多くのPVで斬新なアイデアを発表し80年代を代表する映像ディレクターと評されたゴドレイ&クレーム(Godley & Creme)で、ここでもそれを如何なく発揮しています。
「Two Tribes」の歌詞には【On the air America】(⇒映画『Love is On the Air』で初主演)や【I modelled shirts by Van Heusen】(⇒アパレル・メーカー『Phillips-Van Heusen Corporation(PVH Corp)』の宣伝キャラクターに起用)など、ロナルド・レーガンの経歴を匂わせるキーワードが組み込まれていること、作品のテーマが東西冷戦であることから当時アメリカ大統領だったレーガンとソ連の最高指導者コンスタンティン・チェルネンコが直接対決するというパロディーになっています。


 
 



~When two tribes go to war... ~

2017年8月、北朝鮮情勢が一触即発の状態に達しています…

金正恩総書記就任以降北朝鮮は核・ミサイル開発を加速させ、日米韓は安保法整備や合同軍事演習・経済制裁・国連決議などの圧力を形成し、これに対抗しようと試みてきました。
近年北朝鮮による日本の排他的経済水域(EEZ)への弾道ミサイル落下はもはや常態化していましたがこの10日、“中距離弾道ミサイル[火星12]4発を島根・広島・高知上空を経由し、アメリカ空軍及び海軍基地のある米領グアム島周辺30~40キロの水域(接続水域)に向けて着水させる作戦計画を今月中旬までに完成し、発射待機態勢を維持したまま金正恩朝鮮労働党委員長の命令を待つ”旨を表明しました。
(※恐らくこれは前日8/9、アメリカが北朝鮮の弾道ミサイル発射基地への先制・精密爆撃のためのB1戦略爆撃機をグアム基地に配備させたことその他への対抗措置と思われる)

これを受けてのトランプ大統領のツイッターでの一々の応答は“省略”するとして、元海上自衛隊海将・伊藤俊幸氏ら日本の専門家の多くは“接続水域にミサイルを撃ち込まれたらアメリカは迎撃する”とみているようです。
(※但し接続水域にあたる海域は国際法上は[公海]で、法的には“本件の迎撃は正当な自衛とはいえない”

もちろんアメリカは北朝鮮と水面下で交渉を継続していると伝えられていますが積年かけて合意できなかった相手との交渉が今回に限って上手くいく保証はなく、8月21日から予定される米韓合同軍事演習が予定どおり実施されるようだと合意形成に失敗した可能性が高く、これを口実として北朝鮮はミサイルを撃ってくるという最悪のシナリオへと足を踏み入れてしまうことも考えられます。


また、平和裏に北朝鮮問題を解決するために不可欠なのが北朝鮮の唯一の軍事同盟国・中国です。
元々中国は“朝鮮半島の核化には絶対に反対”であり、“(米韓、朝)どちら側の武力的挑戦(戦争)にも反対”で、“朝鮮半島の緊張について、平和的手段をもって解決されるべき”との立場を主張してきましたが、8月11日に共産党機関紙・人民日報傘下の『環球時報』は、以下のような踏み込んだ見解を表明しています。

北朝鮮が先に米国に向けてミサイルを発射し、米国が反撃した場合、中国は中立を保つ。
米国と韓国が先制攻撃を仕掛けた場合、中国は阻止する。 (←“武力で”とは言っていない?)

一方、マティス米国防長官は14日、“北朝鮮が米国をミサイル攻撃すれば直ちに戦争に発展する恐れがある”と述べています。
ミサイルを撃つと直ちに体制崩壊への戦争となり、しかも同盟国である中国も味方してくれないという状況下で、果たして北朝鮮はこのままミサイルを発射するのでしょうか…。



~Epilogue~

…翻って、私たち日本はどうなるのでしょう?

安保法成立で集団的自衛権の行使が可能(※但し違憲の疑いに変わりはない)となった日本は、10日の衆院安全保障委員会で小野寺五典防衛大臣が“北朝鮮のミサイルが米領グアムに向けて発射された場合(武力行使の)新3要件に合致すれば(イージス艦による)迎撃可能”といった旨の答弁をしています。
つまりその行使については国際法違反(自国領土・領海外での迎撃)や技術的な問題があるため可能性は低いものの、アメリカに要請されれば実行せざるを得ないという含みなのかもしれません。
しかしこれを実行した場合、自国が武力攻撃を受けたわけでもなく当該国(アメリカと北朝鮮)で武力衝突が生じる前に日本が北朝鮮の所有物に対し攻撃を加えることは【先制攻撃】とみなされる可能性(戦争の始まりとなる可能性)があり、この国が戦後70年大切にしてきた【専守防衛】の精神とは相反する領域に足を踏み入れることになります。

そうした国の防衛任務を担う防衛省は今年、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に参加した陸上自衛隊の活動記録【日報】の隠ぺい問題で世間を騒がせ、この影響を受け防衛大臣と防衛事務次官・陸上幕僚長のトップ3人が辞任に追い込まれるという前代未聞の不祥事がありました。
【森友学園問題】【加計学園問題】など相次ぐ疑惑の連発に安倍総理は内閣の改造を断行、“深く反省し、謙虚に、丁寧に一つ一つ結果を出していく”と国民の前で誓ったことは記憶に新しい所です。
…しかし今月8日に公表された『2017年版の防衛白書』(防衛省・自衛隊の1年間のできごとなどを記載)には日報問題について一切記載せず、10日の参議院外交防衛委員会でも小野寺防衛大臣が“日報問題の再調査は必要ない”と答弁するなど、組織腐敗の究明をせず、問題を無かったことにしようとする彼らの本質は何も変わっていないように見えます。

北朝鮮情勢が緊迫する中、こうした政府の腐敗を追及している場合ではないとお考えの方もおられるでしょう。
しかし戦争へと向かいかねない今だからこそ、軍事を担う防衛省や自衛隊の最高指揮官であり安全保障を統括する安倍首相の権力運営が適正か、国民がしっかり注視する必要があると思うのです。
何故なら、そうした権力者による不都合な事実の隠ぺいや不正な情報操作・統制の積み重ねを許すとどれほど深刻な事態を引き起こすか、72年前の敗戦は教えてくれています。


今回の事態の最終決断を下すことになるトランプ大統領“戦争が起きるなら向こうでやる。大勢が死ぬが、米国ではなく向こう側で死ぬ”と発言していますが、権力者とは古今東西そんなものです。
“戦争を始めるのは権力者”であり、“真っ先に生命・財産・自由を奪われるのは一般市民”と相場が決まっているため、権力者は他人事として安易に戦争を始めてしまうのです。

戦争とは、自国民のみならず同盟国、敵国それぞれの人間の命を同時に奪うこと…
他人(ひと)の痛みがわからない人間に、国民の命を預かる資格はありません。

When two tribes go to war
2つの部族が戦争へと突き進んだ時
A point is all you can score
得られるのは、たった1ポイント

 “それでも戦争したいなら、他人をアテにせず戦いたい当人同士が気の済むまで殴り合え!”



「トゥー・トライブス」

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「ウォーキング・オン・サンシャイン」カトリーナ&ザ・ウェイヴス

2017.05.12

category : 1980年代

Katrina The Waves - Walking On Sunshine1 Katrina The Waves - Walking On Sunshine2


Katrina & The Waves - Walking On Sunshine (1985年)



~心に輝く一つの太陽~

カトリーナ&ザ・ウェイヴスとかいわれて耳慣れない方も多いかもしれませんが、曲名やバンド名は知らなくても歌を聴けば思い出せることって、よくあるでしょう?

実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」は、『ザ・一発屋 2リターンズ われらが青春の日々』という企画盤CDにも収録されていた作品。
“一発屋”というカテゴリに入れられていることについて不本意に思われる方もおられるでしょうが、時代の流れと共にいずれ褪せゆく宿命にある流行文化の中に於いて、たとえ一つでも人々の心にインパクトを与えることができたというのは、考えてみればとても名誉なことです。

この時代に流行した幾つかの文化を思い出しながら、お楽しみください…。



~概要~

「ウォーキング・オン・サンシャイン」を歌っているカトリーナ・レスカニックはアメリカ人ですがお父さんの仕事の関係で1976年頃からイングランドに移住、程なくボーイフレンドのヴィンス・デ・ラ・クルーズらとバンド活動(Mama's Cookin')を始めます。
1981年頃ドラムスのアレックス・クーパーが過去に所属していた【The Waves】の中心人物だったキンバリー・リューを勧誘し、その後バンド名も【Katrina & The Waves】となりました。

1983年、彼らはLPを制作しレコード会社に売り込むも、契約してくれたのは大西洋を越えたカナダのマイナー・レーベルAttic Recordsだけでした。
同年カナダで発売されたこのデビュー・アルバムは『Walking on Sunshine』といい、タイトルからわかるように実は「ウォーキング・オン・サンシャイン」はこの時初めて発表された作品です。
(このアルバムにはバングルスが1984年にカバーすることになる「Going Down to Liverpool」も収録)

更にもう1作キャリアを重ね1985年、ついにアメリカ大手キャピトル・レコードと契約、カナダ時代の2枚のアルバムから10曲を選曲しリミックスしたのがアルバム『Katrina and the Waves』でした。
もちろん「Walking on Sunshine」もこれに収録されましたが、この時点で「Going Down to Liverpool」と共に新しくレコーディングし直され、本曲は1stシングルとしてリリース、Billboard Hot 100で9位(年間75位)と大ヒットを記録しています。

しかし日本の多くの方が知る彼らの活躍は恐らくここではなく、1987年に“あの映画”の挿入曲として起用されたことではなかったでしょうか?
その映画とは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で当時世界のアイドルとなっていたマイケル・J・フォックス主演のコメディー映画『摩天楼はバラ色に(The Secret of my Success)』です。
このサウンドトラックにはナイト・レンジャー(主題歌「The Secret Of My Success」)やパット・ベネター、バナナラマなど錚々たる顔ぶれが揃っているにも拘らず、恐らく多くの人にとって最も印象的に残っている曲は「Walking on Sunshine」だったかもしれません。
(但し、本曲は『摩天楼はバラ色に』のオリジナル・サウンドトラックには収録されていない)

 



~Lyrics~

I used to think maybe you loved me,
あなたは私を好きかも…って思っていたけれど
now, baby, I'm sure
今じゃ、確信してる

『摩天楼はバラ色に』の主人公ブラントリー(マイケル・J・フォックス)は就職に困って遠い親戚のおじさんが社長を務める会社のメール・ボーイとして採用されますがある日、社内で絶世の美女クリスティ(ヘレン・スレイター)と出逢い一目惚れしてしまいます。
ブラントリーは何とか彼女とお近づきになろうとするも、何せ自分はブルーカラーの下っ端、相手は会社の重役で洟(はな)もひっかけてもらえません。
そんな彼にとっての、“起死回生”とは…? 




And I just can't wait till the day
…だからその日を待ちきれなかったの
when you knock on my door
あなたがこの扉をノックしてくれるまで

一方“待ちきれなかった”のは、美しさを持て余し気味の社長夫人。
ブラントリーが彼女の運転手に配置されると彼を気に入り、熱烈にアタック!
…あれっ、でもこの二人の関係って…!? 




I feel alive, I feel the love,
生きてる…愛してるって実感する
I feel the love that's really real
本物の愛を

「Walking on Sunshine」は、劇中ではブラントリーが社内で“二足のわらじ”を履き替え走り出した場面で使われています。
一方“私生活”でも“二刀流”が形成され始めるなど、戦士に昼も夜も休息の暇などありません。
“The Secret of My Success”は、こうした彼の弛みない努力が実を結んだ成果だったというワケです…。

…ホンマかいな? 





~Epilogue~

映画『摩天楼はバラ色に』は、大都会での成功を夢みる一人の青年が“裸一貫”から大成功を手にするサクセス・ストーリー。
その秘訣について、主題歌「The Secret of My Success」は次のように語っています。

The secret of my success is I'm living 25 hours a day
成功の秘密は、“1日に25時間生きること”

どこかで聞いたようなフレーズですが“努力”を代弁したある意味ベタな回答で、実際劇中の主人公が公私に亘って“二刀流”を繰り広げるさまは、まさに歌のとおりです。


一方、「Walking on Sunshine」の主人公は“自分は愛されている”という確信によって、心が躍っているような印象を受けます。
しかしそれに反してPVに描かれる空は“曇天”で、一人半袖で笑顔を振りまきロンドンの街を闊歩するカトリーナ以外のメンバーは厚ぼったいコートの襟を立てて、何だか寒そうです。
(それにしても、カトリーナの“アメカジ+【CONVERSE】”ファッションに心が躍る方も多いのでは? 

この点はよく指摘されるギャップですが、現実のお天気には曇りや雨、雪の日もあれば嵐の日もあります。
雨の日もあるからこそ、“人智”の大切さがあるような気がします。


Now I'm walking on sunshine, whoa
今、お陽さまの光を浴びて歩いてる...
And don't it feel good
それって、ステキじゃない?

空に輝く太陽は、お天気次第
“心の中のSunshine”は、あなた次第



「ウォーキング・オン・サンシャイン」

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「ユー・スピン・ミー・ラウンド」デッド・オア・アライヴ

2016.10.28

category : 1980年代

Dead Or Alive - You Spin Me Round1 Dead Or Alive - You Spin Me Round2


Dead Or Alive - You Spin Me Round (Like a Record) (1984年)



~急逝、ピート・バーンズ~

1980年代、バブル時代を象徴するイケイケなダンス・ミュージックとして日本人の記憶に刻まれるデッド・オア・アライヴのヴォーカリスト、ピート・バーンズ(Pete Burns)が10月23日に心不全のため亡くなりました(享年57)。
同時代に活躍し、何かと比較されることの多かったカルチャー・クラブのボーイ・ジョージは“胸が張り裂けそうだ。彼は本物の偉大なる変わり者(※)の一人で、僕の人生の大きな一部だった。信じられない…。”とコメントしています(※【eccentrics;変わり者】の言い回しには、“この二人だからこそ言い合えるもの”がありそう…)。

今日は、ピート・バーンズに追悼を込めてお送りいたします。



~概要~

デッド・オア・アライヴは1980年にゴシック・ロック・バンドとしてイギリスでシングル「I'm Falling/ Flowers」でデビューを果たしていますがそれを含め数年間はヒットを出せていませんでした。
転機となったのがKC&ザ・サンシャイン・バンドの有名なダンス・ナンバー「That's The Way [I Like It]」をカバーしたことで、これが1984年に全英22位まで上昇し初めてのヒット曲となります。

同年11月、ダンス・ユニットに転身した彼らは「You Spin Me Round (Like a Record)」をリリースすると、チャートを17週かけてじわじわ上昇し、翌年3月にとうとう全英No.1にまで到達しました。
この余波は国内に止まらず世界に波及、カナダやアイルランド、スイスでもNo.1を獲得する大ヒットとなり、8月にはアメリカBillboard Hot 100でも11位を記録しています。

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」の特徴的な打ち込みビートを聴いて1980年代後半に世界的ブームとなったユーロ・ビートのサウンドを思い起こす方も多いと思いますが、それもそのはず、本曲はそのユーロ・ビートの仕掛け人であるストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)のプロデュース作品であり、SAWにとっても最初の全英No.1ヒットでした。
この大ヒットを駆って85年5月には本曲を収録した2ndアルバム『Youthquake』が発売され全英9位を記録、Billboard 200も31位まで上昇しています。
ちなみに【Youthquake】は1960-70年代に若者に広がった、体制に対する反抗と過激主義に基づいた“若者の反乱”のことで、彼らのバンド名【Dead Or Alive】といい、その思想背景が窺えます。

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」にインスピレーションを与えた楽曲についてピート・バーンズはルーサー・ヴァンドロスの「I Wanted Your Love」を挙げており、ギターはワーグナーの「Ride Of The Valkyries」に基づいているともいわれます。
デッド・オア・アライヴとワーグナー…
何の接点もなさそうな2人ですが、いわれてみると意外な共通点!?

 
 



~You Spin Me Round (Like a Record)~

「ユー・スピン・ミー・ラウンド」は、お目当ての相手が儘(まま)ならず恋に焦(じ)れる男の物語。
イケイケな曲の勢いの割には意外とウブな一面が隠されていて、私は何だか“ピート自身のキャラと実像のギャップ”を想像してしまいます。
ダンス・ナンバーなので詞のストーリー自体は深いものではありませんが、テーマに関連する“【spin】は軸を中心にすばやくクルクル回転する”イメージで、コマの回転やスケートのスピンが直感的です。
それを【record】に喩えるのはいかにもミュージシャンらしいですが、21世紀の日本の若者にレコードの回転という喩えは理解してもらえるでしょうか…。


You spin me right round, baby
キミは、ボクの心を釘づけにして目眩(めまい)させる
Right round like a record, baby
まるで、レコードのように

レコードのようにぐるぐる回す…

直訳すれば“ただそれだけの意味”しか持たない言葉ですが、少しだけ妄想を働かせるとちょっと面白いことに気づきます。
ストーリーからは、主人公が意中の人にゾッコンなのに、肝心のお相手には“多くの中の一人”としか認識してもらえず苦悩している様子が伝わってきます。

レコードはプレーヤーの軸にその身を固定して回転させて初めて真価を発揮するものであり、それは宿命です。
恋も、意中の相手という軸に心を固定しストーリーを展開させるものですが、それは必ずしも想いのままになるものでもなく、だからといって相手のそば(軸)から容易に離れることもできずその周りをぐるぐると回り続ける…

人生とレコードって、意外に似てる…? 



~ピート・バーンズの生涯~

ピート・バーンズはリヴァプール生まれで、お母さんは人目を引くほどオシャレでとても美しい人だったそうです。
しかし彼女はイギリスの風習に馴染めず(ドイツ系ユダヤ人)アルコールに溺れ精神を病むようになったため、ピートも十分な母の愛情を受けることができず生育したといわれます。
そのためかは定かではありませんが、ピートは少年時代から自分の容姿に強いコンプレックスを持ち、顔に絵の具を塗ったり化粧をしたり、髪を染め眉毛を剃って奇抜なファッションに身を纏(まと)ったため周囲から浮いた存在だったようです。

デッド・オア・アライヴとして人気を欲しいままにしてからも自分の顔へのコンプレックスは消えることはなく、お金があるだけその望むままに“究極の変身”である整形手術に依存するようになっていきました。
最初は鼻を整形する程度であったもののそれがエスカレートし、いつしか収入のほとんどを整形費用につぎ込むようになり、度重なる手術の失敗による炎症、果ては失明の危機や腎不全、腸障害など重篤な後遺症が次々と彼を苛(さいな)みました。
治療費を捻出するため貯蓄を使い果たし3億円の自宅も売却、更には楽曲の著作権まで売り払ったそうです。
(亡くなる1年前には自己破産に追い込まれていたと報じられる)
11/1追記;ピートは財産を全く残しておらず葬儀代にも事欠くありさまだったそうですが、ボーイ・ジョージが全ての費用の負担を申し出、無事執り行われることになったようです(詳細)。

しかしそれでもピートは整形依存を止められず、担当医からは“もう顔が元に戻ることはない”と告げられていたにも拘らず手術を重ね、近年の彼の写真は痛々しくて私には直視できません。
今年初めのピートの発言によると彼はこれまで300回以上の整形手術歴があるらしく、それによって命の危機すら経験しながらも“完璧なルックスを手に入れるための整形を止められないだろう”と語っていたそうです。

Dead Or Alive - You Spin Me Round3 Pete Burns 1959-2016
ケミカルピーリングやボトックスは定期的にやっている。習慣になっているんだ。人々は何年かおきに部屋の模様替えをするだろう?僕の整形もそれと同じ。顔を変えるのは、新しいソファーを買うようなものなんだ


ピート・バーンズが旅立った先に、身も心も安らかなる世界がありますよう…。  R.I.P.



「ユー・スピン・ミー・ラウンド」

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tags : 音楽 Lyrics 和訳 洋楽 

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「夢見るトレイシー」トレイシー・ウルマン

2016.04.22

category : 1980年代

Tracey Ullman - They Dont Know1 Tracey Ullman - They Dont Know2


Tracey Ullman - They Don't Know (1983年)



~They Don't Know~

あなたは、トレイシー・ウルマンをご存知でしょうか?
トレイシーはミュージカル出身のイギリスの女優ですが日本では知名度は決して高くはないと思うので、まずは彼女がどんな人物かを手っ取り早く知るのに最適の動画をご用意いたしました。
“登場するのはトレイシーただ一人”の映像になっているので、迷いは無いハズですよ♪




…えっ?
ますます正体がわからなくなった!? 



~概要~

トレイシー・ウルマンは元々ダンスを学び16歳でミュージカル女優としてショー・ビズの世界を歩み始めますが、その才能がより高く評価されたのはユーモアたっぷりな話術やモノマネなどを含めた複合的なタレント性でした。
1980年代初頭からBBCのコメディ番組で人気を獲得し、81~82年頃にはイギリスでお馴染みの存在となっていたのです。

1983年にはその人気に目を付けたレコード会社と契約、デビュー曲「涙のブレイク・アウェイ(Breakaway)」は全英4位の大ヒットを記録します。
この曲は1964年のアーマ・トーマスがオリジナル(作者はジャッキー・デシャノン)ですが、トレイシーver.は楽曲的にもヴィジュアル的にも日本のおニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」の“ヒント”になったとか、ならなかったとか…? 

続く2ndシングルが「They Don't Know」で、全英2位とデビュー曲から更にランク・アップさせると翌84年にはアメリカにも人気が飛び火しBillboard Hot 100で8位(年間71位)という最大のヒットを記録することになります。
楽曲はシンガー・ソングライターのカースティ・マッコール(Kirsty MacColl)が1979年に発表したもので、彼女のバージョン(音源は記事最後の“Lyrics動画”でどうぞ♪)は当時Music Weekのエアプレイ・チャートで2位まで上昇したもののレコード販売業者のストライキに遭いシングルが適切に販売されず残念ながらセールスには結びつきませんでした。
1983年にトレイシーがこの“幻のヒット曲”をカバーすることになりますが、トレイシーver.にはそのカースティがバック・コーラスとして参加しています。

ビリー・ジョエル「Uptown Girl」(過去ログ)やポール・キャラック「When You Walk in the Room」(過去ログ)のような60’sのハート・ウォーミングなポップ・テイストを受け継いだ「夢見るトレイシー」はJ-Popと相性が良く、1987年に女性デュオ“BaBe”がデビュー・シングル「Give Me Up」(これも洋楽カバー)のB面として日本語カバー(作詞;森雪之丞)しました。
…サスガに本人の名前の入った邦題は継承されておらず、「THEY DON'T KNOW ~悲しみは朝の雫のように~」というサブ・タイトルが示すように原作とは正反対の失恋ソングになっています。
でもBaBeの2ndシングルが「I Don't Know!」というタイトルなのは、偶然?(これも作詞は森雪之丞)

 



~Lyrics~

You've been around for such a long time now
アナタはこれまでずっとそばにいてくれたというのに
Oh, maybe I could leave you but I don't know how
アタシ、お構いなしだったかもしれないね…でもどうすればいい?

相手と離れるきっかけがあって、改めてその存在の大切さに気づいたというストーリーでしょうか…
幼なじみだと、よくありそうな展開?
同じ頃、日本ではあだち充の漫画が流行っていました。

♪ 呼吸を止めて一秒 あなた真剣な目をしたから…


And I don't listen to the guys
ほかの連中の言うことなんて、聞きたくもない
Who say that you're bad for me
アナタはアタシを不幸にするとか

…相手の人、彼女の周囲の評判は芳しくないようです。
確かにPVの彼は、彼女そっちのけで自分の髪型やヒゲばかり気にしているようにも見えますが…。
でも相手が大金持ちだったなら、きっとみんなも“こっちから襲ってでもモノにしなさい”と逆のことを言うのかもしれませんネ!
PVの最後に登場する“彼”のように? 

トレイシーはこの頃ポール・マッカートニー主演の映画『ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards to Broadstreet)』に出演しており、これはその縁でのサプライズだったと思われます。
2013年、ポールの「Queenie Eye」のPVにはジョニー・デップやメリル・ストリープなど多数の豪華ゲストが参加していますが、トレイシーもその中の一人でした。

 


Baby, there's no need for living in the past
過去という時間に生きる必要なんてない
Now I've found good loving, gonna make it last
今ここに、素敵な最後の恋を見つけたんだもの

過ぎ去った時間の中に生きる…
現在が満ち足りている人は、過去に想いを巡らそうなどとは思いません。
この瞬間に心をとどめることが、一番の幸福なのですから。
だからこそ人は、“それ”を見つけたいと願う…。



~Epilogue~

ところで、突然ですが現在のドイツの首相をご存知でしょうか?
…そう、米経済誌フォーブスが昨年まで5年連続で“世界一影響力ある女性”の1位に選出しているアンゲラ・メルケル氏です。

 そこで、クエスチョン! 本物のメルケル首相は、どれでしょう?

Tracey Ullman - They Dont Know3Tracey Ullman - They Dont Know4

実は、このうちの2つはトレイシー・ウルマンです!
冒頭の動画に加え、彼女の立ち位置がおワカりになったでしょう?




トレイシーが、ウディ・アレンの妻役を演じた2000年の映画『おいしい生活(Small Time Crooks)』

前科歴のある自称“天才犯罪者”レイ(ウディ)が新たな銀行強盗を計画、地下トンネルを掘る目的で銀行近くの空き家を借り、カモフラージュとしてそこで妻フレンチー(トレイシー)にクッキー店を開かせます。
強盗は未遂のまま失敗したものの想定外にクッキー店が当たり、二人は念願の大金持ちに!
しかし生活の変化により互いの価値観にズレが生じ、夫婦はパートナー以外の相手に癒やしを求めるようになってゆきます。
やがて二人の“おいしい生活”は突然の破産によって呆気なく失われますが、それによって夫婦は“本当に大切なもの”を取り戻す…というストーリー。

'Cause they don't know about us
だってあの人たち、二人のことわかってない
And they've never heard of love
ホントの恋を、知りもしないんだもの

わかってないのは、きっと他人だけじゃない。
恋は、試練を乗り越えることで一歩一歩ホンモノに近づいてゆくもの…。



「夢見るトレイシー」

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