I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と解説+エッセイでお届けします

STOP!
地球温暖化/気象災害激甚化
Lil Dicky - Earth
Lil Dicky - Earth1
Beatles & Solo
Please Please Me


With The Beatles


A Hard Day's Night


Beatles For Sale


Help!


Rubber Soul


Revolver


Sgt Pepper's


The Beatles


Yellow Submarine


Abbey Road


Let It Be


Magical Mystery Tour


Beatles(the other songs)


John Lennon


Paul McCartney


Wings


George Harrison


Ringo Starr


「恋することのもどかしさ」ポール・マッカートニー

2017.04.21

category : Beatles & Solo

Paul McCartney - Maybe Im Amazed1 Paul McCartney - Maybe Im Amazed2


Paul McCartney - Maybe I'm Amazed (1970年)



~ポール・マッカートニー ワン・オン・ワン ジャパン・ツアー2017~

23日(日)19:09、ポール・マッカートニーが羽田空港に到着、いよいよ25日からポールの来日公演が始まります!
今回は日本武道館と東京ドームでの4公演のみの予定ですが、愛妻家の彼らしくナンシー夫人を同行し、いつもの元気な笑顔をみせてくれました。

ワン・オン・ワン ジャパン・ツアーについてはポール本人から日本のみなさんにたくさんのメッセージが届けられているので、ご本人にご紹介いただきましょう♪
(…それにしてもただのプロモ動画なのに、いちいち演出が派手!?

 



~概要~

「恋することのもどかしさ」はポール・マッカートニーが1970年4月17日に発表した1stソロ・アルバム『ポール・マッカートニー(McCartney)』の収録曲です。
当時のシングル・カットはありませんでしたが、その後ポールが結成したウイングス(Wings)のワールド・ツアーで演奏され、そのアメリカ公演の模様を記録した1976年のライブ・アルバム『Wings Over America』から「Maybe I'm Amazed」のライブver.がシングルとしてリリース、US Billboard Hot 100で10位を記録しました。
(このバージョンは日本でもシングル・カットされましたが、それには「ハートのささやき」という1970年と異なる邦題が付けられていました…《写真》)

『McCartney』は、1970年4月10日のポールの“ビートルズ脱退表明”以前に制作されたものであり、収録曲は何れも彼がビートルズ在籍時に創作したものです。
しかしレコーディングの多くは音楽スタジオでさえないポール所有の別荘で、しかも楽器演奏とプロデュースを殆んど彼一人で行った荒削りなサウンドであったため、アルバム自体は当時の評論家から酷評されました。

一方「Maybe I'm Amazed」はロッド・スチュワートが在籍したフェイセズが1971年にカバーするなど評価が高く、ローリング・ストーン誌も“The 500 Greatest Songs of All Timeの338位”と、極めて高い評価を与えています(ビートルズ以外でランクインするポールの唯一の曲)。
ポール自身も“このアルバムで最高の作品”と認めているお気に入りで、ウイングス時代から彼のツアーの殆んどで演奏されてきたセット・リストの常連曲です。

時代を超えて愛され続ける要因には、ビートルズ時代に培った「The Long And Winding Road」の“哀愁”と、「Helter Skelter」の“熱情”を一つの作品の中で両立する至難を具現させていることにあるといえるのでしょう…。
こうした至難は、その対極にあるテイストを難なく歌いこなすポールのヴォーカリストとしての表現力の豊かさがあって初めて成立するものであり、それこそが甘いだけのバラードにはないこの曲の魅力となっているのです。

 
 



~Lyrics~

Baby, I'm amazed at the way
驚いてる
you love me all the time
どんなときも、僕を愛してくれる君に

“驚かせる”というと【surprise】が一般的ですがこれは特に“予期しないことで驚かせる”ことを意味し、辞書によると【amaze】は相手がおろおろしたり途方に暮れたりするくらいの驚きを与える“びっくり仰天させる”と定義されています。

「All My Loving」や「And I Love Her」ほか、ビートルズ時代のポールによる数々のラブ・ソングが捧げられた女優ジェーン・アッシャーとは1967年のクリスマスに婚約まで至っているものの、それから僅か約7ヶ月後には婚約破棄という結果に終わってしまいました。
たぶんポールがリンダを生涯の伴侶に選んだ最大の要因はこの【you love me all the time】で、それに対しジェーンはポールの妻であることより女優である自分に価値を置いていたといわれます。
(もっとも、ジェーンの側からすると別れた原因はポールの浮気 


Who's in the middle of something
もやもやした何かの中で
That he doesn't really understand.
“答え”を見出せず、彷徨っているだけの

1967年末~1970年頃、ポールに“もやもや”を与えていたのはジェーンとの破局だけではありませんでした。

『サージェント・ペパーズ~』で“史上最高”の評価を得るもののそれは同時に次作以降への重荷を背負うことであり、ますますバンドとしての結束を必要としていた時にマネージャーのブライアン・エプスタインを亡くし、これによりそれまで彼が担ってきたメンバー間の調整やビジネス経営、著作権の管理など、実に多岐に亘る問題を彼ら自身が突き付けられることとなります。

しかし、その何れも上手く回ってはゆかず…。


you pulled me out of time,
君が、時間の外へと連れ出し
You hung me on the line
境界線にいる僕を見守り続けてくれたこと

そんな内憂外患な【time】から逃れるためにポールはこの時期“浮き名”を流すようなことも重ねていたようですが、所詮それらは一時凌ぎにしかなりませんでした。
何故なら、【on the line】にいる人を一時的に【pulled me out of time(時間の外へと引き出す)】ことはできても、最後まで【hang on(手放すことなくじっと見守る)】ことは誰にでもできることではないからです。

しかし、とうとうポールはその相手を見つけました…。 



~Epilogue~


ポールの苦悩…
それは1969年9月20日、ビートルズの長年の相棒ジョン・レノンの一言に極まりました。
この日ビートルズの4人はキャピトル・レコードとの契約更新のサインのためアップル社で会していますが、その席上で“小規模なギグからコンサートを再開したい”というポールの提案に対し、ジョンはこう言い放ちました…

お前はアホか?…もうたくさんだ、俺は辞める!

ジョンによる“脱退宣言”は契約違反のため公にはされなかったものの、これ以降彼がビートルズとしてスタジオに戻ることはありませんでした。
この事件によって、誰よりもビートルズ存続を強く願い続けてきたポールの希望は完全に断たれ、そのあまりのショックに彼はスコットランド・キンタイア岬にある自宅農場に3カ月もの間引きこもり、外部との関係を閉ざしてしまいました(このことが都市伝説“ポール死亡説”の一因となる)

僕は不安になり、偏執症になっていた。
役立たずに思え、何をしたらよいかもわからなくなってしまっていた。
夜は眠れず朝はいつまでも起きず、ひげも剃らず、ウィスキーに手を伸ばしただぼーっとしていたんだ…



Paul McCartney - Maybe Im Amazed31

そんなポールを救ったのは、1969年3月12日に結婚式を挙げたばかりの新妻リンダでした。
本来なら大スターの妻として都会で華やかな生活を送るべきところ、彼女に待っていたのは絶望に沈む夫との慣れない田舎暮らしで、ネズミは出てもお湯は出ない掘っ立て小屋での隠遁生活だったのです。

しかしリンダは衣服を着飾ったり立身出世よりも自然や動物と接することを愛し、自由で自然なスタイルの生き方を望み、家族のために世話をすることを厭わない人で、この時の田舎暮らしも“家族にとって、最良の時だった”と語っているそうです。
そんなリンダがそばで見守っていてくれたからこそポールは安心して“落ち込みに専念”し、そして立ち上がることができたのでしょう。

Baby, I'm a man,
…そうさ、僕はただ一人ぼっちの男
And maybe you're the only woman who could ever help me.
そして君は、それを救い得るただ一人の女


 ありがとうリンダ、君と出逢えて本当によかった…

…あなたにも、ポールの声が聞こえてきませんか?
(※リンダ・マッカートニーは1998年4月17日、乳癌のため天国へと旅立ちました…)



「恋することのもどかしさ」


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comment(12) 

「ディス・ワン」ポール・マッカートニー

2017.03.10

category : Beatles & Solo

Paul McCartney - This One1 Paul McCartney - This One2


Paul McCartney - This One (1989年)



~ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンの誕生日を祝う~

去る2月25日、ポール・マッカートニーはTwitterに《写真・右上》を投稿しました。
この日は旧友・故ジョージ・ハリスンの誕生日で、以下のような言葉を添えています。

“My lovely friend George! Still celebrating his birthday.
Lucky to have had him in my life.”

僕の素敵な友人、ジョージ!今も彼の誕生日を祝っている。
僕の人生に彼がいてくれたのはラッキーだった。


一方、3月9日(木)には【#ThrowbackThursday #tbt】(“木曜日は、思い出の画像を投稿しよう”という意味)のハッシュタグに、以下のような画像を付けて投稿しました。

Paul McCartney - This One3

 “Sir” Paul McCartney ♪ 



~概要~

「ディス・ワン」はポール・マッカートニー1989年の8thソロ・アルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート(Flowers In The Dirt)』からの2ndシングルで、イギリスでは1stシングル「My Brave Face」と同じ18位とそこそこヒットしましたが、アメリカBillboard Hot 100では94位と、ポールらしからぬ散々な成績に終わりました。
ただしアルバム自体は全英No.1に輝くなど好調で、80年代では1982年の『Tug of War』に次ぐ評価を得た作品といえるでしょう。
近年ポールは次々と旧作の“アーカイヴ・コレクション”をリリースしていますが、その第10弾としてこの3月24日に『Flowers In The Dirt』が発売されることになっています。

「This One」で特筆すべきといえばその“インド志向”で、ビートルズ・ファンが懐かしさを感じるサウンドにはポール自らが奏でるインド弦楽器“シタール”があります。
また、その志向は「ディス・ワン」のシングル・ジャケットやPVを見れば一目瞭然で、これらに登場する横笛を吹く白鳥に乗った青い肌の少年はヒンドゥー教の“神聖さ、愛、知、美の神”クリシュナであり、映像の中でポールとリンダは慣れない(?)あぐらをかいて瞑想しています。
ただし、ビートルズ時代インドでの修行を真っ先に逃げ出した前科のある彼はじっと瞑想などしていられるはずもなく、“目蓋に創意”(上で紹介の写真)を凝らすなど、全く世俗を忘れることができていません! 

『Flowers In The Dirt』はポールが成田空港での“あの事件”以来約10年ぶりにワールド・ツアーに復帰するきっかけとなった作品で、「This One」もその1989年9月からのツアー『The Paul McCartney World Tour(通称;ゲット・バック・ツアー)』で演奏されました。
その後ポールは何度もワールド・ツアーを重ねていますがあまりにヒット曲が多いポールのセット・リスト入りは至難であり、恐らくその後一度も演奏されたことはないと思われます。
ただし今回は『Flowers In The Dirt』の再発プロモのお陰で当時の貴重な音源も公開されていたので、それらも併せてお楽しみください。


 
 



~Lyrics~

The Swan Is Gliding Above The Ocean,
神さまをその背に乗せ
A God Is Riding Upon His Back
海に上を優雅に飛びゆく白鳥

「This One」の創作の経緯を、ポールは次のように語っています(要約)。

【this one】という言葉から【this swan】が浮かび、白鳥というとインドで見掛けたクリシュナのポスターを思い出したんだ。彼がピンクのユリを持ち白鳥に乗って澄んだ池の上を漂っているその絵はとてもスピリチィアルで、心を落ち着かせるものがあった。僕は特定の宗教は信仰していないけど、ああいう絵からはいい瞬間が得られるね

…って、きっかけは“ダジャレ”かいっ!? 


Did I Ever Take You In My Arms,
これまで君を腕の中に抱いて
Look You In The Eye, Tell You That I Do,
その瞳を見つめ語りかけたこと、あったかな

ポールによると、「This One」は“基本的にはラブ・ソング”だそうです。
ビートルズ時代は恋人ジェーン・アッシャーへ宛てて数々のラブ・ソングを書いてきた彼ですが、結婚後は愛妻のリンダ一筋!
ポールとリンダの“おしどり”ぶりは、ロック界でも有名でした。
果たして、本作はリンダへ宛てられたもの…?


Did I Ever Open Up My Heart
心を開いて
And Let You Look Inside.
この胸の内を見せたことが…

一方で、ポールはこの歌を“【後悔】がテーマ”と説明しています。
どんな時に後悔するかについて彼は[口論]を挙げており、冷静になって“君の方が正しい”と言えなかったことを悔いているそうです。

ポールの仲違いというと真っ先にジョン・レノンとのことを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、それはビートルズ解散の前後数年のことで、彼が“…でもしばらくして僕からジョンに電話をするようになって、最終的にはまた仲良くなれたんだ。ジョンに赤ちゃんが生まれて僕も育児中だった頃は、子育ての話もよくしたよ”と語るように、ジョンが亡くなるまでにポールが何度も彼を訪ねるほどの関係を取り戻していたそうです。



~Epilogue~

ジョンとは比較的早く関係を修復できたポールでしたが、同じく法廷で争った元ビートルズのジョージ・ハリスンとは十数年経ってもなかなかきっかけさえ掴めませんでした。
僕は幸運だった。ジョンが死ぬ直前には親友に戻れたから。
でもジョージは最後までジョンと話をしなかったから、とても悔やんだと思うんだ…


しかしこれは、当時ジョージと仲直りを果たせぬままだったポールにとっての悔いでもありました。
“だからこの曲を作った。いま言わなければもう言えないかもしれない。だからいま好きだよって言おうって…”


There Never Could Be A Better Moment
でもそれに相応しい瞬間って外にないんじゃないかな
Than This One, This One.
今、この時を於いて

…そう、「This One」にちりばめられた“インド”は、インドの文化に傾倒しヒンドゥー教徒でもあったジョージへの、ポールからの“サイン”だったのです!
直接この曲がきっかけとなったかは分かりませんが、ポールのこの思いは1993年からの『The Beatles Anthology』プロジェクトに於いて、天国のジョンを含めたビートルズ4人の共演が実現したことに結実します。
ご存知のようにその後まもなくジョージは癌を発症、2001年11月29日に58歳の若さで亡くなってしまいますが、群がるマスコミを遠ざけ家族と静かな最期の時を過ごせるよう国外の別荘を提供したのもポールだったといわれます。
ポールは語っています…。

過去を振り返り、未来を夢みる人が多いけど、今を大事にしてない。
生きているこの瞬間をもっと大切にすれば、人生がよりよいものになる気がするんだ


This One(今、この瞬間)… 



「ディス・ワン」


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「パイプス・オブ・ピース」ポール・マッカートニー

2015.12.11

category : Beatles & Solo

Paul McCartney - Pipes Of Peace1 Paul McCartney - Pipes Of Peace2


Paul McCartney - Pipes Of Peace (1983年)



~ポールの平和への願い~

今年12月5日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン・シアターでジョン・レノン生誕75周年を記念するイベント『IMAGINE:John Lennon 75th Birthday Concert』が、ジョン・フォガティ(元CCR)、スティーブン・タイラー(エアロスミス)、ランドン・フラワーズ(キラーズ)、ウィリー・ネルソン、シェリル・クロウ、そしてオノ・ヨーコらによって催されました(実際のジョンの誕生日は10月9日)。
「Imagine」や「Happy Xmas (War Is Over)」「Give Peace a Chance」など、“Peace”というとジョンのイメージが強いと思いますが、一方のポール・マッカートニーも平和を願う心では負けていません!

…その発想は、いかにもポールらしいものですけどね? 



~概要~

「パイプス・オブ・ピース」は1983年のアルバム『Pipes Of Peace』に収録された、そのテーマ曲です。
前作『Tug of War』と対を成すアルバムであり、『Tug of War』の二元的対立への問いに答える作品となっています。
この2つのアルバムは今年新たにリマスターした音源と未発表音源・映像を加え、“豪華再発シリーズとして10月に再発売されました(「Say Say Say」の新映像は当時紹介しました♪)。

アルバムからはまずマイケル・ジャクソンとの「Say Say Say」が先行してカットされ世界的大ヒットとなりましたが、「Pipes Of Peace」はイギリスでの2ndシングル(B面は「So Bad」)としてリリースされ、こちらは全英No.1を記録しました。
ポールはビートルズで17曲、ウイングスで1曲、スティーヴィー・ワンダーとの「Ebony and Ivory」やフェリー・エイドでの「Let It Be」などのコラボで5曲の全英No.1シングルを保持していますが意外にも純粋なソロ名義としての1位獲得曲は他に無く、現時点でこれが唯一の全英No.1です。

一方アメリカでは「So Bad」がA面(B面は「Pipes Of Peace」)として発売され、Billboard Hot 100で23位を記録しています。
ちなみに「So Bad」ではビートルズの同僚リンゴ・スターがドラムを叩いており、この曲のPVにも出演して話題となりました。
リンゴ・スターといえば、先日“ジョン・レノンのギターが3億円”というハナシをしましたが、12月初めのオークションに於いて「シー・ラヴズ・ユー」などでリンゴがプレイしたラディック社製のドラムセットが約220万ドル(約2億7000万円)で落札されたそうですよ!

1984年に自身が脚本・主演を務めた『ヤァ!ブロード・ストリート』を発表したことからも分かるとおり当時映画にも色気を持っていたポールは、「パイプス・オブ・ピース」のPVにも並々ならぬ情熱を注いで制作しています。
「Pipes Of Peace」のレコーディング映像に映るポールは“いつになくサッパリした髪型”をしていますが、これはPVで彼が演じる役柄のために短く切ったためだそうです。
その甲斐あってこの映像は私もお気に入りの一本ですが、その詳細は記事の後半にて…。 

 
 



~Lyrics~

I Light A Candle To Our Love
愛のキャンドルに、火を灯そう
In Love Our Problems Disapper
ぬくもりで、きっと僕らの問題も消えてなくなる

何事も、それで解決できたら誰も苦労しない…
いかにもポールらしい楽観的な考えですが、物事の道理とは案外単純明快です。

問題は、憎しみ合っている同士がどうやって互いを思いやる気持ちになれるか…
…その答えは、この歌の中にちゃんと記されています!
これもポールらしい答えの出し方ですが、意外にも既にこれが“実戦”で証明されているらしい!?
(これも後ほど


Help Them To Learn (Help Them To Learn)
子どもたちに教えてあげよう
Songs Of Joy Instead Of Burn, Baby, Burn (Burn, Baby Burn)
戦火の歌でなく、喜びの歌を

戦争が起きると当該国では反戦歌や戦意を萎えさせる歌は禁止され、軍歌など戦意を煽る勇ましい歌が推奨されます。
“世界で最も有名な軍歌”といえばビートルズの「All You Need Is Love」のイントロにも使われたフランス国歌ラ・マルセイエーズ(La Marseillaise)」がありますが、その歌詞をみるとお洒落なパリのイメージとは正反対の忌まわしい言葉のオンパレード!(こんな歌詞を子どもに歌わせるの??

戦争が如何に醜いものかを物語る、好例です…。


Help Them To See (Help Them To See)
みんなに教えてあげよう
That The People Here Are Like You And Me (You And Me)
人は、誰もが君や僕と同じなんだって

戦争指導者は国民に人を殺す罪悪感を失わせるため(戦争に賛同させるため)、敵への憎しみを煽り相手の人間性を否定するプロパガンダを駆使するものです。
太平洋戦争に突入した日本はアメリカ・イギリスを“鬼畜”、アメリカは日本を“Yellow Monkey(黄色い猿)”と互いを人間以下の動物と蔑視しました。
[※鬼畜は、餓鬼(強欲な死者)・畜生(人間以外の生物)の略語]

怖いのは、戦争が始まってしまうとこの歌のような訴えは力ずくで排除されてしまうこと。
本当に国民を虐げているのは、誰…?



~Epilogue~

「パイプス・オブ・ピース」の楽曲を聴いているととても“ほんわか”していて、歌詞やPVを知らなければこの作品が“反戦歌”であると誰も思わないのではないでしょうか?
そういう意味からすると、この作品は楽曲とPVが一体となって初めて本当の意味を成すのだと思います。

PVの映像が戦場を舞台としているのは一目瞭然ですが、冒頭には“FRANCE,1914 Christmas Day”と記されていることにお気づきのことでしょう。
つまり、この映像は1914年に発生した“第一次世界大戦”のいわゆる“西部戦線”が舞台であり、その年のクリスマスに最前線で生じた“クリスマス休戦(Christmas truce)”の史実に基づいています。
1914年8月、ベルギーおよびルクセンブルクを撃破したドイツ軍はフランス北部に侵攻、パリまで70キロに迫るもそこから一進一退となり両軍塹壕を造築し長期戦の様相を呈し始めていたその年の暮れ…

Let Us Show Them How To Play The Pipes Of Peace
僕らにパイプの手ほどきさせておくれ
Play The Pipes Of Peace
共に、平和のバグパイプを奏でよう

クリスマス休戦は、フランドル地方に展開する一部の英・独軍の間で生じました。
ある戦線ではクリスマス・イブの夜、ドイツ兵が塹壕の中でクリスマス・ツリーを飾り「きよしこの夜」を歌っているとイギリス兵たちも呼応するように同じ歌を歌い、夜が明けると両軍の兵士がそれぞれ塹壕を出て停戦状態が生じたといいます。 (ポールの“答え”がちゃんと実戦で通用したでしょ?
その間両軍の兵士たちは合同で戦死者を埋葬したり食料や酒・タバコなど交換したり、記念写真を撮ったりサッカーの試合をするなどしてクリスマスを祝ったそうです。
停戦は正式なものではなく現場の判断でなされたものであり両国上層部もこのような非公式の停戦を今後認めないと厳命したため、以降1918年の終戦(公式の停戦)まで戦いは休みなく続けられました。



クリスマス休戦については2005年に当該国である仏・独・英による合作映画『戦場のアリア(Joyeux Noël』でも描かれていますが、PVでポールは英・独双方の兵士の二役をこなしています。
確かに、ここで起こったことはごく例外的でありその後も彼らは“共にサッカーした相手と戦争”し続けました。
…でも、きっと思ったはずです。

“俺、何でアイツと殺し合わなきゃならないんだ…?”


それから百年を経た今日、そのフランスで同時多発テロ事件が発生し、テロとナショナリズムの対立が世界に連鎖し広がっています。
しかし、こうした“現在のヨーロッパと中東に横たわる禍根は第一次世界大戦から生まれた”といっても過言ではありません。
この戦争でイギリスは、オスマン帝国のアラブ人勢力に対し帝国への反乱の見返りに彼らの地域の独立を認める約束(フサイン=マクマホン協定)を交わした一方で、ユダヤ商人から資金援助を得るためユダヤ人のパレスチナへの入植を支援する約束(バルフォア宣言)をしてしまい、今日にも至る“パレスチナ問題”となりました。
また、この戦争でイギリスがフランス及びロシアと交わした密約(サイクス・ピコ協定)によって彼らの利害でオスマン領分割の国境線を引いてしまったため、“クルド人問題”など同じ民族が複数の国に分断されたままの状態が今なお続いています。

テロとナショナリズム…
歴史を省みると、戦死者1,600万人・戦傷者2,000万人以上をもたらした“第一次世界大戦はテロへの報復から始まりました”
たった一つのテロが報復を生み、互いの同盟国が参戦し、あるものは融資先が敗戦国になっては困ると参戦し、そうして誰も予想しなかった大戦争へと発展したのです。

彼らは、自分がそんな危うい綱渡りをしていることに気づいているだろうか?
まずは、なぜ自分に敵意が向けられるのかを相手の立場になって冷静に考えてみること…
答えは、そこから見つかるような気がします。

But All In All We Soon Discover
だけど、大抵すぐに気づくものさ
That One And One Is All We Long To Hear
一個と一個が合わさって、みんなの願いとなることに


大切な人を失った人にも、やさしいクリスマスが訪れますよう… 



「パイプス・オブ・ピース」


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tags : 1983年 ポップ 平和 ほっこり ポール・マッカートニー 

comment(6) 

「セイ・セイ・セイ」ポール・マッカートニー&マイケル・ジャクソン

2015.10.16

category : Beatles & Solo

Paul McCartney Michael Jackson - Say Say Say1 Paul McCartney Michael Jackson - Say Say Say2


Paul McCartney & Michael Jackson - Say Say Say (1983年)



~'Say Say Say [2015 Remix]'~

ポール・マッカートニーが、故マイケル・ジャクソンとデュエットした「Say Say Say」の未公開音源に基づくMVを新たに制作し、10月6日に映像をお披露目しました!

これは10月2日の『パイプス・オブ・ピース』豪華再発盤リリースに合わせて公開されたもので、音源のリミックスはマドンナのプロデューサーも務めたスパイク・ステント、映像はレディー・ガガを手がけたライアン・へフィントン。
MVにはポールもマイケルも登場しませんが、マイケル・ファンには嬉しい“大増量”でお楽しみいただけます♪





~概要~

「セイ・セイ・セイ」はポールが1983年10月31日に発表したアルバム『パイプス・オブ・ピース (PIPES OF PEACE)』からの先行シングルで、Billboard Hot 100で6週連続No.1(2位も4週キープ/1984年の年間3位)を記録した大ヒットであり、現在までポールにとって最後のHot 100でのNo.1です(生涯通算29曲)。
『スリラー』で一躍時の人となっていたマイケルはこの曲の大ヒットにより“7曲/年のTop10ヒット”を達成したことになり、これは1964年にビートルズによる“11曲/年のTop10ヒット”を記録して以来の快挙でした!

また、「Say Say Say」はHot 100のオール・タイム“Hot 100 55th Anniversary: The All-Time Top 100”でも40位にランクされており、この統計に於いてBillboardでマイケルが記録した生涯最大のヒットということになります。
(ポールはウイングスとして「Silly Love Songs」36位、ビートルズとして「Hey Jude」10位が最高ランク)

作品は1981年5月、マイケルが休暇を兼ねてロンドンのポールの家に遊びに行った際、“一緒に曲を作ろう”というマイケルの提案がきっかけでした。
一般にポールが歌っているパートをポールが作詞・作曲、マイケルのパートはマイケルが創ったといわれていますが、ポールの伝記を書いた作家レイ・コールマンの“詞の大半はマイケルが書いた”という言及もあるようです。
マイケル渡英の際、二人はもう一つのデュエット曲「The Man」(『パイプス・オブ・ピース 』収録)も作曲・レコーディングしており、今回ご紹介の動画にはこの時ポールの自宅にホームステイしたマイケルが一家と過ごす貴重な映像が編集されています。

元々『パイプス・オブ・ピース 』の収録曲の多くは前作『タッグ・オブ・ウォー』に収められる予定(当初二枚組の構想)であったため「セイ・セイ・セイ」のプロデュースも引き続きジョージ・マーティン、エンジニアにはジェフ・エメリックというビートルズ時代のスタッフらによって1983年2月にオーバー・ダビングされました。
演奏はパーカッション、シンセサイザー、ギター、ベースなどほとんどポールが一人でこなしていますが印象的なハーモニカは、さすがに彼ではありません(Chris Smith)!
ちなみに「Say Say Say」シングル盤のB面は「コアラへの詩(Ode To A Koala Bear)というちょっと想像し難いタイトル(?)の作品で、この曲は当時も『パイプス・オブ・ピース 』未収録であったばかりかデジタル・リマスター盤再発時もボーナス・トラックに追加されず、これまでシングル盤でしか聴くことのできないレアな音源でしたが、今回の“豪華盤”に初めて収録されました。

ポールとマイケルが大活躍する楽しいミュージック・ビデオは「今夜はビート・イット」のボブ・ジラルディ監督が務め、ポールの奥さまリンダ・マッカートニーとマイケルのお姉さんラトーヤ・ジャクソン、そして当時日本でも活躍したプロレスラー、バッドニュース・アレンも“参戦(マイケルと腕相撲)”しております!

 



~Lyrics~

Say, say, say what you want
何が欲しいか、言ってごらん?
But don't play games with my affection
でも、僕の好意を弄んだりしないで

MVはポールは怪しげなドリンクを路上販売しマイケルが試飲を名乗り出、筋肉隆々の大男を腕相撲で打ち負かすというシーンから始まりますが掲げてある『Mac and Jack』の看板は、ある時は“wonder potion(奇跡の薬)”の行商人(?)、またある時は舞台で踊り・歌い・口からテープも出す“vaudeville show(ボードビル・ショー)”一座に早変わり!
“バッジを付けたコワい人”がやって来たところで、ボヤ騒ぎに紛れてトンズラ…
(だけど、稼いだお金は、ちゃんと孤児院に寄付♪)
…というストーリーになっています。 

意識したワケではないですが、ここ3記事のテーマは何れも“オンナに弄ばれるオトコ”?


All alone, I sit home by the phone
一人っきり、家で電話のそばに座り込み
Waiting for you, baby
君の声を待っている...baby!

マイケルの【baby!】絶叫の後の、ポールの(baby~♪)…
ポールはビートルズ時代からコーラスで“合いの手”を入れる天才でしたが、ジョンに勝るとも劣らぬ“相棒”を得て生き生きしています!
きっとポールは、こんな風に自分の実力を引き出してくれる相棒とバンドで思いっきりハジけることを、生涯渇望し続けたことでしょう。

一方マイケルは晩年のイメージからするとまだあどけなさを感じるほど若く、彼が電話のそばで待っている姿を想像するだけで心が癒されそうなほど魅力に溢れています…。


Just look at my face
この顔を見てごらん?
These tears ain't drying
あふれる涙は、乾くことがないんだ!

MVではこのフレーズの瞬間、ポールとマイケルの顔のアップ(ポールが髭を剃っている)になっていますが、
3:40過ぎに【You know I'm crying…】に続いて編集されている“ピエロ顔”を、ここに入れて欲しかったなぁ…。
このピエロ顔には“涙”もメイクされていて、二人が何とも言えない魅力的な表情をしているのです♪

“ポールの髭”といえば…
シェービングする前のポールのヒゲはうっすら青みがかっていて、コレがまた何とも“ペテン師”っぽい胡散臭さを演出!? 



~Epilogue~

この歌は、彼女への“Say, say, say”に始まり、主人公の“pray, pray, pray”で締めくくられる物語。
【pray】は相手の応答に関わらず自己完結できる行為であり、そう考えてみると楽しい曲調とは裏腹に案外せつない歌です。
(ボン・ジョヴィの「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー」と殆んど同じ状況なのにノリが軽いのは、ポールの人柄!?)

“遠い処にいるあなた”は、いま何を考え、どんな夢を見ているの…? 

誰かにフラれた経験をお持ちの方なら、覚えがあるはず。
相手の心の内を知る手段として“Say, say, say”は有効な手段ですが、互いが近くに位置するほど“五感でそれを感じる”ことができます。
でも、相手が背を向け遠ざかって行ってしまった場合それを感じることもできず、“届け先のない想い”は心の中で巡らせるしかありません。

あなたは、元気でいるだろうか…

僕は、今日も“あなたの声”を待っている。
届けるべき想いを、心で温めながら…

I pray, pray, pray every day
毎日お祈りしているんだ
That you'll see things, girl like I do
僕のみる夢を、いつか君も見ることを…



「セイ・セイ・セイ」


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tags : 1983年 ポップ/ファンク  ポール・マッカートニー 名作MV 

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「スパイズ・ライク・アス」ポール・マッカートニー

2014.02.20

category : Beatles & Solo

Paul McCartney - Spies Like Us1 Paul McCartney - Spies Like Us2


Paul McCartney - Spies Like Us (1985年)


~Prologue~

ロシアのソチで催されるオリンピックも、いよいよ終盤に入りました。
今日はちょっと視点を変え、旧ソ連を舞台とした私の大好きなコメディー映画の主題歌をご紹介いたします。
歌も映画もかなりクダけた作品なので、そこのトコロは寛大なココロでお楽しみくださいネっ♪


~概要~

「スパイズ・ライク・アス」は1985年12月公開(日本は1986年)ジョン・ランディス監督のスパイ・コメディー映画『スパイ・ライク・アス(Spies Like Us)』の主題歌としてBillboard Hot 100で7位(1986年・年間92位)を記録、世界一のヒット・メーカーで知られるポール・マッカートニーにとって現在のところ最後のBillboard Top 10シングルです。
…とはいうもののこの曲は映画のサウンド・トラックには含まれておらず、当初ベスト盤を含むポールのアルバムにも収録されなかったため、案外入手困難な曲でした(現在は『プレス・トゥ・プレイ』のボーナス・トラックに収録)。
スパイ映画といえば1973年にポールは映画『007 死ぬのは奴らだ』の主題歌を担当していて、『Spies Like Us』は映画・楽曲共にこのシリーズのエキスを汲みつつパロディーしているカンジがあります。

当時ポールはポリスの『Synchronicity』やフィル・コリンズの『No Jacket Required』をヒットさせた売れっ子プロデューサーのヒュー・パジャムと組んでいたため彼のサウンドが色濃く反映されていますが、一方でこの頃ビリー・ジョエルの「素顔のままで」で有名なフィル・ラモーン「ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー」で仕事を共にしていて、「スパイズ・ライク・アス」ではこの二人の名プロデューサーによる共同作品となっています。

また、キーボードとバック・コーラス以外のヴォーカル、ギター、ベース、ドラムスは全てポール一人で演奏し録音されました。


~映画は“ドリフ・コント”のオンパレード!?~

映画の主演は人気コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』のチェビー・チェイスと『ゴーストバスターズ』のダン・エイクロイドで、この二人のキャスティングというだけでコメディー好きの私はワクワクしてしまいます!
また、ジョン・ランディス監督&ダン・エイクロイドといえば1980年の『ブルース・ブラザーズ』のコンビであり、脚本をダンが手掛けているという点でもこの映画の“血脈”がしっかりと受け継がれているといえるでしょう。

アメリカ国務省に勤務する落ちこぼれ2人がスパイとして敵地・ソ連に潜入し、KGBやアフガニスタン解放軍の追撃を振り切って“特別任務”を果たす活躍を描いたストーリー。
過酷な任務も、得意の“口八丁手八丁”で巧みに乗り越える2人の珍道中に反し、その背後に秘められた陰謀は当時現実の世界を覆っていた核戦争の脅威と重なっていて、全体のコメディー調を引き締めています。
…とはいえ、この映画の本質は“笑い”であり、そのツボは上記ダン・エイクロイド作品や『ポリスアカデミー』といった笑いがお好きな方には特にオススメですが、個人的には日本の“ドリフ・コント”に近い感覚もあります♪


~ビートルズ・ファンが泣いて喜ぶPV~

PVはジョン・ランディスがそのまま監督を務め、映画シーンに加えポールとチェビー&ダンによる撮り下ろし映像で構成されています。
もともとこの映画の主題歌選定に当たり、ランディス監督自らがポールに依頼したそうですが、なぜポールほどの大物がこうした(ドタバタ)コメディーの主題歌など引き受けたのか…?

それは、PVを見ると一目瞭然!
この映像でポールは積極的にギャグ・ネタに参加しているし、一緒になって“おフザケ”を楽しんでいる様子が伝わってくるでしょう?
しかも映像の最後には、“ポールでなければオチにならない、ビートルズ・ファンが泣いて喜ぶネタ”まで仕込まれています♪
でもあんまりシゲキテキ過ぎて、イギリスでは“放送禁止”になってしまったようですが!?
イギリスでは、音楽家の組合に属していない人〔ここではチェビー&ダン〕が音楽をパフォーマンスした映像を放送しないというルールがあるそうです)


~Lyrics~

曲調を聴いても分かるとおり情感を味わう詞ではなく、直感を楽しむべき作品です。
そのため歌詞は“随所に韻を踏ませた言葉選びの妙”が施されており、まるでラップみたい!
英語の韻の楽しさをそのまま和訳再現することは不可能ですが、何とかそのフィーリングに近づけようと無理してみました。
また、ここでは映画の名シーンと合わせて語りたいと思います…。

We get there by hook or by crook
引っ掛け捻じ曲げ、たどり着く
We don't do a thing by the book
教科書なんて、クソくらえ

見事に韻を踏んでるでしょ♪
まさに2人は型破りなスパイですが、その“片鱗”は登用試験から歴然でした。
会場にアヤシゲなナリで現れたり、その場で試験官にワイロを持ち掛けたり…?




Oh when things get tough
キビしいピンチになったなら
Guys like us act rough
オレたち、ちょっとムチャします!

コレも、見事な韻!
試験シーンと同じくらい好きなのが、“訓練シーン”
一見道理に適っているようで、どっかムチャクチャ…。
それにしても、“高速で長く水上に留まるテスト”とか“垂直ショック耐久テスト”って、
一体どんな危機を想定してるの!?




~Epilogue~

1991年12月25日の“ソ連崩壊”によりこの映画に描かれたような世界核戦争の恐れは遠ざかったにも拘らず、今もスパイ行為の暗躍は止まる事を知りません。
人的な諜報活動や破壊・工作活動は元より、情報通信やインターネットの普及を逆手に取った盗聴やサイバーテロ、サイバー戦争など、その脅威はむしろ私たちの日常にも入り込んでいます。

昨年世界を揺るがしたアメリカ中央情報局(CIA)及び国家安全保障局(NSA)の局員エドワード・スノーデンによる、“アメリカは同盟国メルケル独首相を盗聴している”という衝撃的なリークで明らかなように、
“そこに利害がある限り、スパイ行為に対象外はない”と考えた方が良さそうです。

人ごとのように思うかもしれませんが、上記したとおり“日本もこの対象外ではありません”。
スノーデンが所属した“NSAは軍傘下の通信傍受専門の情報組織”であり、日本にあるアメリカ軍基地内(一説には三沢基地といわれる)には“エシュロン(Echelon)”と呼ばれる通信傍受システムが併設されているといわれます。
もちろんアメリカ軍及び政府がこの存在を公式に認めることはありませんが、“エシュロンはありとあらゆる無線・短波無線・携帯電話・インターネット回線を傍受できるシステム”であり、それが事実なら私達一般人のやり取りを含む日本のありとあらゆる情報がアメリカの監視下にあることとなるのです。

アメリカが同盟国である日本に諜報を行う最大の標的は経済であり、その情報や技術を傍受しアメリカの国益とする狙いがあります。
実際、1995年に行われた“日米自動車交渉”ではNSAが日本側交渉団の電話を盗聴していたとニューヨーク・タイムズが報じた過去もあり、現在進められているTPPの関税交渉は大丈夫なのでしょうか…?

ナンだか、シビアなまとめになっちゃったっ! ゴメンよぉ…。



「スパイズ・ライク・アス」


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