I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と解説+エッセイでお届けします

STOP!
地球温暖化/気象災害激甚化
Lil Dicky - Earth
Lil Dicky - Earth1
Beatles & Solo
Please Please Me


With The Beatles


A Hard Day's Night


Beatles For Sale


Help!


Rubber Soul


Revolver


Sgt Pepper's


The Beatles


Yellow Submarine


Abbey Road


Let It Be


Magical Mystery Tour


Beatles(the other songs)


John Lennon


Paul McCartney


Wings


George Harrison


Ringo Starr


「ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」

2022.12.16

category : Christmas

Have Yourself A Merry Little Christmas (1944年)

78年前に生まれたクリスマス・スタンダード。まずは最も広く親しまれたフランク・シナトラver.

《解説記事を更新》いたしました。【続きはこちら>>】をクリックしてご閲覧ください。


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tags : 1944年 祈りのクリスマス 映画-60's  

comment(4) 

「愛はすべてを越えて」ルイ・アームストロング

2022.09.23

category : Louis Armstrong

Louis Armstrong - We Have All the Time in the World (1969年)

この世には表面的な美しさでも、富と栄誉でもない大切な何かがあることを“Satchmo”が歌う ♪

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tags : 1969年 バラード/Jazz 安らかな愛 映画-60's 007 

comment(4) 

「ホワイト・クリスマス」ビング・クロスビー

2020.12.14

category : Christmas

Bing Crosby - White Christmas (1942年)

発表から80年近く…時代が移ろうとも、変わることなく夢に描き続けられたクリスマスへの憧憬 ♪


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tags : 1942年 静かなクリスマス 映画-60's アカデミー歌曲賞 歴史的名曲 

comment(2) 

「スカボロー・フェア/詠唱」サイモン&ガーファンクル

2018.05.18

category : Simon & Garfunkel

Simon Garfunkel - Scarborough FairCanticle1 Simon Garfunkel - Scarborough FairCanticle2


Simon & Garfunkel - Scarborough Fair/Canticle (1968年)



~概要~

「Scarborough Fair/Canticle」はサイモン&ガーファンクル(以下S&G)1966年の3rdアルバム『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム(Parsley, Sage, Rosemary and Thyme)』に収録された作品です。
当初シングル・カットはありませんでしたが、1967年12月に「サウンド・オブ・サイレンス」と共にダスティン・ホフマン主演の映画『卒業(The Graduate)』のサウンドトラックに起用、翌1968年にシングル・カットがなされBillboard Hot 100で11位(年間89位)を記録しました。


タイトルにあるように「Scarborough Fair」「Canticle」という異なる2つの歌が対位法的(複数の旋律を、それぞれの独立性を保ちつつ互いに調和させて重ね合わせる技法)に構築された楽曲です。
「Scarborough Fair」のクレジットに【Traditional】とあるように、その着想は元々イングランド・ケルト地方に17世紀頃から伝わるバラッド『The Elfin Knight(エルフィンナイト/妖精の騎士)』に由来するといわれます。
『エルフィンナイト』では超自然現象や意味の通らない内容が描かれており、本作でも“継ぎ目も針仕事もなしにシャツを作れ”や“革の鎌で刈り入れろ”ほか【ナンセンス】なものが散見できます。

伝承歌という性質上、歌詞やその構成、メロディに多くの派生が存在し、S&Gの「スカボローフェア」に見られる歌詞は18世紀末にほぼ成立していたようです。
また、19世紀末頃の楽譜によると当時の「Scarborough Fair」のメロディは“陽気でユーモラス”なものだったそうで、S&G ver.の叙情的な旋律はイングランドのフォーク歌手イワン・マッコール(Ewan MacColl)らによる1960年のバージョンの系譜によるとされます。

イワン・マッコールver.の影響を受けたのがイングランドのフォーク歌手マーティン・カーシー(Martin Carthy)で、アメリカ人であるポール・サイモンがこのイングランドの古い民謡と出合ったのは、デビュー・アルバムが泣かず飛ばずでイギリスへ“逃避行”していた1964年にマーティンが歌うのを聴いたことでした。
その後S&Gがマーティンver.のアレンジの影響を受けた「Scarborough Fair/Canticle」をヒットさせることになりますが、S&Gのみクレジットされたことに長年マーティンは快く思っていなかったようです(2000年に和解)。
一方ポールより先(1962年)にイギリスに渡っていた“フォークの貴公子”ボブ・ディランもイギリスの伝統的バラッドとマーティン・カーシーに多いに感化されており、ボブの1963年の作品「北国の少女(Girl from the North Country)」の音楽的要素と歌詞の一部はマーティンver.「Scarborough Fair」から引用しています。


一方「Canticle」はS&Gによるオリジナルで、1965年にポールがイギリスで発表したソロ・アルバム『ポール・サイモン・ソングブック(The Paul Simon Songbook)』に収録された「The Side of a Hill」の歌詞の一部を引用・改変したものです(別項参照)。
邦題は「詠唱」となっていますが、これはオペラなどの“独唱曲(Aria)”や“単純な音程の繰り返しで祈り捧げる歌(chant)”といった意味の言葉で、【canticle】は“頌歌/しょうか(ode)”です。
頌歌は壮麗で手の込んだ抒情詩(韻律)の形式で、抒情詩(じょじょうし)は“詩人個人の主観的な感情や思想を表現し、自らの内面的な世界を読者に伝える詩”であることから、「Canticle」にはS&Gのそういうメッセージが込められた作品と思われます。
「Scarborough Fair/Canticle」の複雑なコーラスはライブでの再現が困難であるためか殆んど「Scarborough Fair」単体で演奏されているようですが、1968年の『アンディ・ウィリアムス・ショー』ではアンディを加えた3人で「Canticle」を含めた再現を確認できました。


 
 



~Lyrics~

Are you going to Scarborough Fair?
スカボローの定期市をお訪ねですか?
Parsley, sage, rosemary and thyme
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム…

Simon Garfunkel - Scarborough FairCanticle3

【Scarborough】は、イングランド北部ノース・ヨークシャーの北海海岸沿いにある人口5万人ほどの町で、イングランド東海岸の主要な観光地の一つです《写真》。
「Canticle」に描かれるような緑の丘がとても美しく、北海に突き出した岬の断崖の頂にはスカーバラ城跡があります。
一説によるとこの町の名前は、10世紀ごろ当地に入ったヴァイキングの[Thorgils Skarthi]によって開かれた【borough(自治都市)】からだとか…。

近世まで、感染症など病気の原因はミアスマ(μίασμα/瘴気・悪い空気)であると考えられていたため、強い香りを放つハーブ類は予防効果があると信じられ重宝されてきました。
1630年、南フランスのトゥールーズでペストが大流行した際、病死した人々から盗みを働いて荒稼ぎした泥棒たちがいて、彼らは自分たちが“ペストに感染しなかったのはセージ、タイム、ローズマリー、ラベンダーなどを酢に浸して作った薬を塗って感染を防いだ”と証言したとされ、この酢は【4人の泥棒の酢(Four thieves vinegar)】として有名です。


On the side of a hill in the deep forest green
あの丘の斜面、深い森の緑
War bellows blazing in scarlet battalions
唸りを上げる戦争、燃え立つ深紅の大軍

「Canticle」の歌詞で、敢えてここは非連続のセンテンスを並べました、
「Canticle」はポール・サイモンが創った反戦歌「The Side of a Hill」を改変したものですが、「Scarborough Fair」には“そうした要素”はなく、何故ポールがこの二作品を一つに重ねたかは不明です。

ただ、その背景にはベトナム戦争への反戦感情があったであろうことは想像に難くはありません。
戦争とは、政府が国民の命の喪失を省みず強力な破壊兵器を用いて大量の人間を殺すという、極めて異常で非日常的な状態のことです。
当然そこには、ごく普通の平和な日常から戦争へと転換される瞬間があるわけですが、歴史を紐解くとその多くは何の脈絡もなくある日突然発生するのではなく、“戦争とは一見平和な日常が営まれる傍らで幾つか小さな予兆を重ね一歩ずつそこへ近づいてゆくもの”である気がします。
戦争は発生してから騒いでも遅いのであり、だからこそポールは“何気ない平和の中にその兆しを見逃すな”と、敢えてこうした表現を選択したのかもしれません。

 
The Side of a Hill / Simon & Garfunkel - Scarborough Fair (from The Concert in Central Park)



~“犠牲の精神”の分からない人間は、社会をよくすることができないのか?~

最近、国民に衝撃を与えている学生アメリカンフットボールの定期戦で発生した「悪質タックル問題」。
このニュースに接したとき、私は直ぐさまこの春から正式教科となった小学校の道徳の教科書に取り上げられている『星野君の二塁打』という題材への懸念と重なりました。

内容を簡単に説明すると…
“少年野球の試合で監督の送りバントの指示に従わず自己判断で打ちに行ったところタイムリー二塁打となってチームを勝利に導いた星野君が、試合後チームの輪(※原文ママ)を乱したとして監督から次の試合の出場禁止を告げられた…”
という話で、そこから【規則を尊重する態度を身につけさせる】ねらいの題材となっています。

この題材が生徒の個人評価を伴う正式教科となった道徳の教材として不適切なのは、「チーム勝利へ決定的貢献をした星野君」と「監督の指示に従わなかった星野君」という意見の割れる難しい論点を提示しているにも拘らず、政府(教科書)は最初から後者を断罪する監督を【正当】としているため、教師もその結論に沿って授業を展開し生徒を評価しなければならないことです。
組織の上位者の指示に従うことは誰も基本的に異論は無いと思いますが、もしも今回のアメフットのように上位者に「相手つぶせば出してやる」「できませんでしたじゃ すまされないぞ」と理不尽を命じられたら、これに従うことが道徳的に正しいといえるのでしょうか?

組織の上位者といえど人間であり欲に目が眩むこともあれば、判断を誤ることだってあります…

だからこそ彼らが迷走を始めた時、下位者がこれに盲従せず事実に基づいて自らの良心に従い善悪の判断し迷走を制御できる知性を備えていることが、組織のリスク回避のためにとても重要なはずです。
しかし非常時に知性を発揮するためには常日頃から一人ひとりが自分の頭で考え、行動する訓練が重ねられている必要があり、ただ規則や上位者に従ってさえいればよいという精神風土の下では、その知性は育まれません

それが欠如する組織だからこそ起こり得た現象が今回の「悪質タックル」であり、4月の大相撲春巡業で市長が土俵上で倒れた際「救命処置に駆けつけた女性看護師を退けるアナウンス」であり、政府与党と省庁で常態化している汚職の本質と思います。


そして、『星野君の二塁打』を道徳教科書の教材とした背景には隠された“本当のねらい”があると私は考えます。
道徳教材という性質上、通常であれば物語のクライマックスの部分に読者に教材のねらい(本作では「規則の尊重」)に誘導する“ある種の感動”が用意されているはずですが、本教材には読者に「やっぱり規則は守らないといけないな…」と強く思わせる根拠がありません(とても弱い)。
むしろ多くの読者の印象に残るのは、星野君の活躍を評価した子どもに対し監督が熱く反論する場面…

ぎせいの精神の分からない人間は、
社会に出たって、社会をよくすることなんか、とてもできないんだよ


確かに、映画『アルマゲドン』のラスト・シーンのように自分が犠牲になって他者を生かそうとする行為は感動を覚えます…
でも、それは自分以外の他者に強要されるべきものではないし、強要されて行った犠牲は美徳とは全く異質の“別モノ”です。

普通ならここまで目くじらを立てることもないのですが、監督の言葉は現在この国の政権を握っている安倍晋三首相及び彼の支援団体【日本会議】の思想の“コアな部分”であり、現にこうした思想が国民の内心を罪に問う『共謀罪法』や、近い将来日本の世論を形成する子どもたちの価値観を左右する『教育基本法』と道徳の教材に色濃く反映されているのです。
【滅私奉公】の心掛けは奇特で立派ですが、政府が国民にそれを求める時、国民はよほど注意を払うべきであることは、この国を含むあらゆる世界の歴史が証明しています。



~Epilogue~

メディアではあまり報じられていませんが、私には最近特に気になる案件がもう一つあります。
自衛隊の関連団体に、『隊友会』という組織があることをご存知でしょうか?
隊友会は自衛隊退職者など約7万2000人を正会員とするOBの互助会組織ですが、他方で防衛及び防災関連施策等に対する各種協力や調査研究・政策提言などの事業を行っている公益社団法人でもあります。
その隊友会について今月、支部組織『東京都隊友会』が憲法改定を求める署名活動を行い、“その送付先を自衛隊東京地方協力本部”としていたことが報じられました。

一般に公益社団法人が政治活動を行うことは禁じられていませんが、言うまでもなく自衛隊員は【自衛隊法第61条】で“選挙権の行使を除く政治的行為をしてはならない”と定められており、改憲運動という政治的行為のために自衛隊の施設を提供することは問題があり、このことについて都隊友会の担当者も“うかつだった”と認めています。
ただ、調べてみると更に問題なのが、この隊友会は単なる自衛隊退職者による団体ではなく、現役自衛隊員約17万人が「賛助会員」として組織に組み込まれていることです。
【賛助】とは“事業の趣旨に賛成して力ぞえをすること”であり、言葉どおりに解釈すると“自衛隊が改憲運動の趣旨に賛成して力ぞえをするのか?”という疑念が浮かびますが、防衛省は“現役隊員は署名の集約に一切、関わっていない”と説明しています。

しかし、【上意下達】が鉄の掟の自衛隊が元上官からの頼み事を“それは違法です”と断れるのか、人事権を握る安倍首相の宿願でもある改憲の協力を拒むとどうなるか…想像してみてください。

防衛という特殊な事業を主としていることを考えると“隊友会にとって政府は極めて重要な顧客”であり、その顧問や相談役には自衛隊OBの自民党議員が名を連ねます。
2013年の参院選では公益法人である隊友会が自民党・佐藤正久参議院議の選挙活動で現金を配って支援した疑いが浮上し、公選法違反(買収)で逮捕者も出るなど、隊友会は極めて政治的で特定政党寄りの団体であるようにも見えます。


こうした自衛隊OBと現役自衛官で構成される隊友会の政治スタンスを知ってみると、4月に民進党の小西洋之参院議員が防衛省・統合幕僚監部指揮通信システム部に勤務する30代の3等空佐から敵対的態度で罵倒された事件の背景に何があったのか、腑に落ちました。
基本的に戦後の日本の政治システムは、戦前の軍部の強い政治介入によって捻じ曲げられ大戦争を招いた反省から、自衛隊は【文民統制】によって政治への参与が厳しく制限されてきましたが、隊友会という公益社団法人の看板を借りることで実質的に政治的行為を行うことが可能となっているといえるのでしょう。
これは憲法上、護憲義務のある安倍首相が日本会議など任意団体の看板を借りて改憲運動を推し進めているのと同じ手法でもあります(隊友会は日本会議とも連携した運動を展開している)。

隊友会は偕行社(大日本帝国陸軍の元将校・軍属と自衛隊元幹部の親睦組織)らとの連名で提出した「平成29年度政策提言書」の中で改憲の必要性を主張し、1-(4)では国民の国防意識の高揚が極めて重要であるとし、憲法に“国民の国を守る義務の明記”を提言しています。

しかし戦前の太平洋戦争へ突入した原因の一つは、軍事拡大のための予算増大の賛同を得ようと国民の国防意識に火を点け煽った軍部が、予想以上に大きく燃え広がった国民の戦意高揚がプレッシャーとなって無謀なアメリカとの開戦に踏み切らざるを得なくなったことだったはずです。
愛国心や国防意識の高揚は自衛隊の予算獲得には役に立つかもしれませんが、それは裏を返せば近隣国への敵愾心の高揚であり、それによる関係悪化と軍拡競争が本当に戦争を招くことになりかねません。
あれほどの惨禍を代償として得た教訓を忘れ、同じ過ちを繰り返してはならないのです。


Never think that war, no matter how necessary,
いかに必要であろうと、いかに正当化できようとも、
nor how justified, is not a crime.
戦争が犯罪だということを忘れてはいけない  Ernest Hemingway

平和な今だからこそ、改めて心に刻み直そう。



「スカボロー・フェア/詠唱」


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tags : 1968年 フォーク 反戦 難解 コーラス 映画-60's  

comment(6) 

「ラヴ・ミー・テンダー」エルヴィス・プレスリー

2018.03.02

category : Elvis Presley

Elvis Presley - Love Me Tender1 Elvis Presley - Love Me Tender2


Elvis Presley - Love Me Tender (1956年)



~エルヴィス「Love Me Tender」清志郎~

「Love Me Tender」は言わずと知れた“King of Rock and Roll”エルヴィス・プレスリーの有名曲ですが、これには【元歌】があるってご存知だったでしょうか?
しかも、エルヴィスの「Love Me Tender」を元歌とした有名な日本語カバーまであるのです。
それこそ、“ザ・キング・オブ・ロック”忌野清志郎率いる伝説のロック・バンド・RCサクセション。
今回は【同じ曲なのに全く違う】、この二つの作品を特集いたします。

【2011.3.11】を決して忘れない…。



~概要~

日本で“ミスター”と言っただけで国民の多くがプロ野球の長嶋茂雄選手を思い浮かべるように、アメリカで“the King”で通用する存在こそエルヴィス・プレスリーです。
そのエルヴィスのデビューは1954年(55年までにインディーズで5枚のシングルをリリース)、そしてメジャーのRCAレコードに移籍した1956年には「Heartbreak Hotel」でいきなり大ブレイク、ここから“the King”伝説が始まります。

この年だけで既に4曲の全米No.1シングルを量産していたエルヴィスは、ミュージカル西部劇『やさしく愛して(Love Me Tender)』(当初のタイトルは『The Reno Brothers』)で映画デビューすることが決まり、劇中で彼は「Love Me Tender」を含む4曲を歌いました (End title version) 。
映画はアメリカ南北戦争(1861-1865)の頃を舞台としており、そうした経緯からか1861年にウィリアム・ホワイトマン・フォスディック作詞/ジョージ・R・プールトン作曲のアメリカ民謡「オーラ・リー (Aura Lee)」を、『王様と私』のケン・ダービー(Ken Darby)が歌詞を書き換え「Love Me Tender」が生まれました。

1956年9月9日、エルヴィスは『エド・サリヴァン・ショー』に初出演し「Love Me Tender」を披露すると、翌日には100万枚を越える予約が殺到したそうです。
9月28日にシングルが発売され、11月3日からBillboard chartsで5週No.1(年間15位)に輝いていますが、「Love Me Tender」に首位の座を奪われたのもエルヴィス自身の「Hound Dog/Don't Be Cruel」で、同一歌手によって1位が受け継がれたのは史上初の出来事であり、この間彼によって達成された【16週連続No.1】も歴史に残る大記録となりました。

また、「Love Me Tender」はナット・キング・コールやフランク・シナトラ、バーブラ・ストライサンド、ノラ・ジョーンズほか多くのミュージシャンにカバーされており、ローリング・ストーン誌【The 500 Greatest Songs of All Time 437位】にランクされました。
ちなみに、私が特に気になったジェイムズ・ブラウンver.は、予想通り原曲を留めてはいませんでした!?

 
 



~清志郎、 親会社・東芝に一世一代の大喧嘩?~

数多くカバーされた「Love Me Tender」の中でもとりわけ異色なのは、日本のロック・バンドRCサクセションの日本語カバーver.です。
論より証拠、出だしの歌詞をオリジナルと重ねてみると…

Love me tender, Love me sweet
何 言ってんだー、ふざけんじゃねぇー
Never let me go
核などいらねー



オリジナルの世界観を全く反映しない、強烈なプロテスト・ソングです(protest;抗議)! 

1988年、本作の作詞者でありRCサクセションのヴォーカリストでもある忌野清志郎(2009年に死去)は反戦・反核をテーマとした洋楽カバー・アルバム『COVERS』とシングル「ラヴ・ミー・テンダー」を制作、発売予定日まで明記して全国に告知をするも、所属レコード会社からの命令によって急遽発売中止となる騒ぎが起きました。
諦め切れない清志郎は、古巣キティレコードから作品の発表にこぎ着けますが…。

実は、RCサクセションの所属レコード会社とは『東芝EMI』であり、親会社『東芝』は日本を代表する原子力関連メーカーだったのです!



~2017年、名門・東芝の株式上場廃止危機の背景にある日本の危うさ~

2017年、東芝は原子力事業の巨額損失が仇となって株式上場廃止の危機に追い込まれました。
その大きな要因は2006年に適正価格の3倍の約54億ドル(約6370億円)の高値で買収したアメリカ原子力関連企業ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニー(WEC)が、2017年に1兆4000億円もの損失を出して経営破たんしたことでした。
ただそもそも原発事業自体、1979年の「スリーマイル島原子力発電所事故」や1986年の「チェルノブイリ原子力発電所事故」の事故リスクの甚大さを鑑みて基本的に商売として成立が難しくなっており、WECもアメリカとイギリスの間でたらい回しにされていた会社でした。

更には2011年に発生した東日本大震災及び「東京電力福島第一原発事故」によって日本国内での「原発の安全神話」は崩壊し、世界中が原発の危険性を確信したことを考えると、この破綻は自明の理であるように思えます。
しかし世界が震撼した福島第一原発事故発生直後でさえ、東芝・佐々木則夫社長(当時)が“(原発市場は)縮小というより、増えるのではないですか”(日経ビジネス11年8月29日号)と強気でいられたのは何故でしょう?


【“国策”の名の下に、沈みゆく東芝】

原発関連の情報を調べていると度々出てくる言葉に「国策」がありますが、やはり東芝問題でも例外ではありません。
国策…つまり「国家の基本的方針の下に進められる政策」であり、中には「経産省が東芝に“買え”と後押しした」という指摘もあります。

経済産業省は原子力政策を所管する国家機関であり、もちろんそれは「内閣の意思決定の下に行使される」という前提です。
特に2006年から現在までの(第1次~第4次)安倍内閣は経産省との結びつきが強く(安倍氏の祖父・岸信介元首相は戦前の商工省出身)、この間経産省出身の官僚として内閣総理大臣秘書官を務め、原発推進・再稼働ほか数々の安倍内閣の政策を立案し「影の総理」とも囁かれるほど重要な役割を果たしてきたのが今井尚哉氏でした。
今井氏の叔父・今井敬氏は日本原子力産業協会理事長(元経団連会長)であり、安倍家と今井家は岸信介氏の時代からの関わりであることを考えても、この政権にとって「原発推進が如何に外せない政策」であるかが窺えます。

第1次安倍内閣が発足すると、経産省は『エネルギー白書2007』で「原子力立国」「2030年以降も総発電電力量の30%~40%」「原子力産業の国際的展開を推進」など打ち出しており、世界でお荷物扱いされていたWECを東芝が相場の3倍の高値で買収したのも、この頃です(東芝の粉飾決算が始まったのもこの頃とされる)。
また、当時の東芝関係者は「周囲が“本当に大丈夫か”と不安視する案件でも、佐々木社長の後ろ盾と、今井氏とも繋がっている彼(WEC買収の担当者)に“国策だ”と言われると、誰も言い返せません。財務部門もストップをかけられなかった」と証言したとされます。


【“総理のご意向”では、世界に通用しない】

「政府が右というを左と言えぬ」「総理のご意向」「忖度」「神風が吹いた」「国策捜査」という近年の流行語も、これらが安倍首相に直接関わりのあった人たちから出た言葉であることを複合して考慮すると、今この国の政治でどのような運営がなされているのかは明白です。

しかし「総理のご意向」や「国策」は国内で通用しても、国外では全く通用しません
その最たる例こそ「原子力産業の国際的展開を推進」であり、福島第一原発事故発生直後は「原発は危険」という直感的反応でしたが、近年もはや世界は「脱炭素(再生可能エネルギー)こそ一獲千金の大ビジネスチャンス」と我先に投資先を競っている時流となっています。
「石油王ロックフェラー兄弟ファンドが化石燃料への投資から撤退」し環境ビジネスへの投資先を探し、世界一のCO2排出国が100基の石炭火力発電所の建設を中止して「風力・太陽光発電をここ5年で4倍に増やし再生可能エネルギー世界一となった中国」、石油大国アラブ首長国連邦が「太陽光パネルで2.6円/kWh(日本の石炭火力の1/5のコスト)の発電を実現」させているのです。


【日本国民の税金で「全額債務保証」してまで、外国の原発を造る必要性?】

東日本大震災直後、私は“資源に乏しく原発の危険性が証明された今だからこそ、日本が世界に先んじて再生可能エネルギーを進めるべき”と確信しましたが、先んじて動いたのはむしろ諸外国の方で、中国が4倍に増えた一方、日本は2016年の時点で'11年比+4.3%しか増えていません
何故なら、日本は安倍内閣の「2030年も電力の約2割を原発で賄う」方針により、新規中小事業者がいくら自然エネルギー発電を申請しても役所が書類で、既存大電力会社が“(実際は空きがあるのに原発用の容量を確保しておくため)送電網に空きがない”と撥ね付けているとの調査報告があります。

原発の輸出についても「東芝がダメなら日立&三菱重工」と、日立製作所の中西宏明会長を次期経団連会長に担ぎ、安倍首相はいまだ原発を売り込もうと彼らを連れて世界を飛び回っています。
しかも時代遅れとなった原発の不利を埋めるためか海外での原発新設に対し日本の3メガバンクと政府系金融JBICが融資を行い、さらに事故などによる貸し倒れの際には「日本政府(=日本国民の税金)が全額債務保証」するという特約まで付けているというのです(何兆円単位です!)。

空母の時代に戦艦大和、格安航空の時代にリニア新幹線、自然から電気が作れる時代に原子力発電
無用の長物に見合わぬ巨額投資…ツケは、それを許した国民が払わされるのです。



~原発のリスクは、あらゆる災害と切り離して考えられない~

2011年(平成23年)3月11日に発生した【東日本大震災】。
地震の規模M9.0は国内に於いてこの100年で最大、世界でも5番目に当たります。
天災は人命や自然、社会、財産、生活…あらゆるものに甚大な被害を及ぼしますが、この地震が史上類を見ない震災となったのはINESレベル7という最悪の【原子力発電所事故】を伴ったものだったからです。
2018.2.27現在も7万3000人の方が避難生活を強いられ、増え続ける福島第一原発構内の放射性物質を含んだ汚染水はあと5・6年で満杯となり、先月の世論調査で福島県民の66%が放射性物質に不安を感じている現状は、この震災が未だ終わっていないことを指し示しています。

しかし地震列島である日本に於いて、懸念すべきは既発の地震だけではありません。
政府の地震調査委員会が最近発表した長期評価における地震発生確率の変更で、特に気になったものを掘り下げてみました。


南海トラフ巨大地震

地震の規模 : M8~9
地震発生確率: 30年以内に70~80%程度

Elvis Presley - Love Me Tender3

南海トラフは静岡から四国にかけての太平洋側に存在する深さ4000m級の海溝《写真・左》で、これまでもM8クラスの大地震が約100~200年周期で発生しています。
西日本の太平洋側に沿うように長く伸びた海溝であることから東海・東南海・南海との連動型に発展することも想定され、2012年に内閣府は想定最大死者数:32万3000人と発表しました。
更に、付近には日本最大級の断層[中央構造線断層帯]《写真・右》が走っており、2016年の熊本地震(M 7.3)はこの断層で、過去に中央構造線断層上にある愛媛・大分・京都で連動して地震が発生しました。
また、静岡県浜岡原発は南海トラフ付近に、鹿児島県川内原発と愛媛県伊方原発は中央構造線断層帯上にあります。

[3.11]の約半年前に地震による原発事故が迫っていると警鐘を鳴らしたジャーナリストの広瀬隆氏は、西日本の原発大事故がもたらす被害について、次のように指摘しています。
台風は西から東へ偏西風の流れに沿って進みますが、原発の大事故のときに放射能が流れやすい進路も同じ。川内原発と伊方原発から偏西風の向きに放射能が流れれば、日本列島全域が汚染される


千島海溝沿い(十勝沖▽根室沖▽色丹島沖及び択捉島沖連動)地震

地震の規模 : M8.8以上
地震発生確率: 30年以内に7~40%

Elvis Presley - Love Me Tender4

上の数字は3つの領域が連動した場合のもので、個別では十勝沖M8.0-8.6(7%)、根室沖M7.8-8.5(70%)、色丹島沖7.7-8.5(60%)。
私がこの海域を着目する理由は、近くに[六ヶ所再処理工場]があるからです(ほかにも核施設が多い)。
六ヶ所再処理工場は青森県下北半島のつけ根にある上北郡六ヶ所村にある日本原燃が所有する核燃料の再処理工場で、ここには全国54基の原発から発せられた使用済み高レベル放射性廃棄物が3年前の時点で2827トン運び込まれほぼ満杯状態となっています。

福島第一原発の事故は、吉田昌郎所長が“東日本壊滅”を想定した史上最悪レベルの事故でした。
(風向きで放射能の8割が太平洋に運ばれるなど、偶然と幸運の連続によって結果的に被害が少なく済んだ)
六ヶ所再処理工場は全国54基の原発から排出された13年分の放射性廃棄物が蓄えられており、上記・広瀬隆氏の言葉を借りればこの再処理工場で大事故が起これば、日本が終るそうです。



~Epilogue~

安全性でも、経済性でも極めてリスクの高い原子力発電。
30年前、息子(清志郎)がそれを訴えるも、親(東芝)は耳を貸さず突き進み、やがて東芝は進退きわまり存亡の危機に陥りました。
[バブル崩壊]のように経済的失敗は後で取り返すことも可能ですが、放射能災害は経済的損失に止まらず人命や国土・郷土を半永久的に失う可能性があります。

今、世界はその事に気づき脱原発・脱炭素(再生可能エネルギー)へと加速しているのに、福島第一原発事故を体験した当の日本人だけ何故それができないのでしょう?
安倍政権の支持者の少なからず“大東亜戦争(太平洋戦争)は間違った戦争ではない、負けていない”と考えているそうですが、そのために精力を注いで過去の汚名を返上できたとしても、現在の世界から“19・20世紀型の発電から転換できない国”と批難され新エネルギーの競争に負けたのでは何の意味もありません

いくら理屈をこねても
ほんの少し考えりゃ 俺にもわかるさ
 ~清志郎

ガチガチ頭の親(安倍政権)が過ちを認めず、自ら悔い改めることができないなら、
子(国民)がそれを果たさないと、この国はやがて滅びます。
取り返しのつかないダメージを被る前に…。



「ラヴ・ミー・テンダー」


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tags : 1956年 偉大な曲 フォーク 映画-60's  東日本大震災 原発 

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