I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と解説+エッセイでお届けします

STOP!
地球温暖化/気象災害激甚化
Lil Dicky - Earth
Lil Dicky - Earth1
Beatles & Solo
Please Please Me


With The Beatles


A Hard Day's Night


Beatles For Sale


Help!


Rubber Soul


Revolver


Sgt Pepper's


The Beatles


Yellow Submarine


Abbey Road


Let It Be


Magical Mystery Tour


Beatles(the other songs)


John Lennon


Paul McCartney


Wings


George Harrison


Ringo Starr


「007 ゴールドフィンガー」シャーリー・バッシー

2019.02.01

category : Soundtracks

Shirley Bassey - Goldfinger2 Shirley Bassey - Goldfinger1


Shirley Bassey - Goldfinger (1964年)



~概要~

「007 ゴールドフィンガー」はタイトルのとおり、1964年公開(イギリス)のスパイ映画007シリーズ第3作『007 ゴールドフィンガー(Goldfinger)』の主題歌です。
007ではメイン・タイトルで時代を象徴する歌手による主題歌が流されるのが名物の一つですが、シリーズ開始当初は「ジェームズ・ボンドのテーマ」などインストゥルメンタルが充てられており、ヴォーカルをフィーチャーした曲は本作が最初でした。

「Goldfinger」を歌ったシャーリー・バッシーは1956年にデビューしたイギリスの女性歌手で、英国内では立派なキャリアを重ねていたものの世界的には殆んど無名といえる存在でした。
しかし「Goldfinger」がBillboard Hot 100の8位(1965年の年間51位)をはじめ、世界的なヒットを遂げたことにより一躍その名を知らしめることとなり、その後も『007 ダイヤモンドは永遠に』『007 ムーンレイカー』と007のテーマ曲を歌った歌手のうちで唯一3作の主題歌を務めています。

「Goldfinger」の作曲/指揮はシリーズでお馴染みジョン・バリー(John Barry)で、作詞はアンソニー・ニューリー(Anthony Newley)/レスリー・ブリカッシィ(Leslie Bricusse)、プロデュースはビートルズで時の人となっていたジョージ・マーティン
作曲に当たってジョン・バリーは映画監督ガイ・ハミルトンからジャズのスタンダード・ナンバー「Mack the Knife」のような曲を要望されており、そのため本作の敵役【Goldfinger】を紹介する形式を採って、この言葉に合わせてメロディが創作されました。
原曲を作詞者の2人や俳優のマイケル・ケインに聴かせたところ、一様にオードリー・ヘプバーン1961年の主演映画『ティファニーで朝食を』の主題歌「Moon River」(過去ログ)との類似が指摘されたため、一部手直しを加え完成させています。


映画芸術遺産の保護・前進を目的とする機関 AFI(American Film Institute)は『AFIアメリカ映画100年シリーズ』の一環として、2004年に【アメリカ映画主題歌ベスト100】を発表しており、「Goldfinger」は53位に位置づけられました。
2008年にはジェームズ・ボンドを題材とした映画作品より、「ジェームズ・ボンドのテーマ」「恋の面影(Look of love)」(※)、そして本曲が『グラミーの殿堂(Grammy Hall of Fame)』入りを果たしています。
(※「Look of love」は1967年にボンド・シリーズのパロディとして制作された映画『007 カジノロワイヤル』の主題歌で、ダスティ・スプリングフィールドが歌唱)


 



~ He's the man, the man with the Midas touch ~

「Goldfinger」は映画に登場する敵役【Auric Goldfinger】をテーマとして歌詞が描かれていますが、彼を物語る冒頭のフレーズは特に興味深いものがあります。

Goldfinger
ゴールドフィンガー
He's the man, the man with the Midas touch
触れたすべてを黄金に変える男

このフレーズは、映画に於いてボンド・ガールの一人がゴールドフィンガー(正確には彼に命じられた手下)に全身を金粉で塗られ窒息死するというエピソードから着想を得たと、作詞者は語っています。
【the Midas touch】は“何でも金(かね)にしてしまう能力”を表す慣用句で、これは『ギリシア神話』に登場するプリュギア王ミダース(Μίδας)が豊穣の神ディオニューソスに授かった、“触ったもの全てを黄金に変える能力”に由来するものです。
一方、ミダースは音楽の神アポローンの竪琴の演奏を評価しなかったため怒りを買い、アポローンに耳をロバの耳にされてしまいました。
(ちなみに、山下達郎も「Midas Touch」という曲を2005年に発表しています)

ミダースは国民にその事を知られまいと帽子を被って耳を隠して暮らしますが、彼の髪を切る理髪師には隠し果(おお)せるものではありません。
秘密を固く口止めされた理髪師は本当のことを誰にも言えず苦しみ、人知れず草原で穴を掘ってそれを吐露することがせめてもの慰みでした。
やがて草原は深い葦の群生地となり、風がそよぐたびに葦が「王様の耳は、ロバの耳」と囁き、噂は国中に広まります。
ミダースは秘密を漏らした犯人を捜し出して殺そうとしますが果たせず、心を改め本当のことを公表したためアポローンは彼を許し人間の耳を与え、国民の信頼を得た…という話です。

言うまでもなく、後半部分は『イソップ童話』をはじめ世界各地に派生した「王様の耳はロバの耳」の物語で、日本でも“大切なのは真実を言う勇気”をテーマとした寺山修司・作の劇団四季ミュージカルが有名でしょう。
もっとも、映画のゴールドフィンガーは人を騙して金儲けを重ね、忠実な部下でさえ時限爆弾を仕掛けた部屋に閉じ込めて逃走する…といった卑劣漢で、最後まで心を改めることはありませんでしたが…。



~【spy】はあなたの日常を音もなく監視し、主の利益に資するよう工作する~

【spy】は非合法活動であり、それゆえ秘密裏に他人の情報を盗み出し、自らの犯罪の痕跡を残さず誰にも真実を悟られぬよう任務を完了させなければなりません。

もしあなたの所有する個人情報や日常生活、思想信条、企業秘密などありとあらゆる情報が、誰かに[spy]されていたとしたらどうでしょう?
ここからは、あなたの日常が政府機関によって[spy]され、この2月20日からその監視・統制が無限大に強化されることになるかもしれない…という話です。


Tカード情報令状なく捜査に提供 規約明記せず、当局は保秘 2019/1/20 共同通信

コンビニやレンタルショップなど約6700万人が入会・利用している「Tカード」が会員規約に捜査当局への情報提供を明記せず、氏名・住所・電話番号といった登録時の会員情報や購入履歴・レンタルビデオのタイトルなど利用情報を、裁判所の令状なしに捜査当局へ提供していることが、内部資料や捜査関係者への取材で明らかになりました。
また、個人情報保護法第23条には「個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」と規定していますが、当局は情報を得たことを本人に知られないよう事業者側に【保秘】を徹底していたことも判明しています。

ただ、個人情報保護法第23条には「法令に基づく場合」など4項目の例外もあり、元特捜検事の前田恒彦氏は「こうした捜査方法は、必ずしも違法ではない」という表現をしています。
本来は憲法第35条に基づいて「捜索又は押収は令状により、これを行ふ」べきですが、互いの手間(特に事業者にとって無益な負担)を省くために正式な手続きを取らず、優先して守られるべき顧客情報が最も安易に外部組織に提供されている悪しき慣習は、調査員が直接行うルールを「郵送調査」で済ませていた勤労統計不正問題の根底にある“何か”と、どこか通じるものがあるような気がします。


総務省 IoT機器に無差別侵入し調査へ 前例ない調査に懸念も 2019.01.25. NHK NEWS WEB

報じられたNHKのニュースに、私は衝撃を覚えました。
(記事は既に削除されているので、リンクは『NHK 政治マガジン』)
何故なら、政府機関が

①日本国内の約2億のグローバルIPアドレス(IPv4)を対象として
②想定されるIDとパスワードを実際に入力して無差別に侵入を試み
③セキュリティ対策の不十分な機器の通信履歴等の電磁的記録を作成して
④当該電気通信事業者へ通知、対象機器のユーザーに注意喚起し対策の実施を促す

…という、これまでに類を見ない大掛かりな調査・施策を行うというのですから!
これは総務省と情報通信研究機構(NICT)がインターネットプロバイダと連携し、サイバー攻撃に悪用されるおそれのあるIoT機器の調査及び当該機器の利用者への注意喚起を行う取組「NOTICE」を2月20日から実施する、というものです。

インターネット(IPv4)はパソコンに限らずスマホや家電、あらゆる社会インフラに重要な役割を担うようになった一方、それを阻害するサイバー攻撃も増えており、その対策が遅れているというのが現状でしょう。
そういう意味で今回政府が対策に乗り出そうとすることは評価すべき一方、原発推進やカジノ誘致、次代の基幹産業を育成せず旧態依然とした産業構造を守旧し、人口減少を食い止めぬまま浪費して後世への借金を回す…といった安倍政権の打ち出す方策は“いつも何かがズレて”います。
社会システムのセキュリティを強化するならそこが守られるよう集中的に対策を施せばいいし、個人に対策を促したいならプロバイダを通してユーザーに一定水準以上のパスワードを要件にすれば済む話で、「2億台の機器に無差別侵入」というのはやり方が明らかに異常です。

そもそも今回NICTが行う「IDとパスワードを入力して他人の機器に侵入」は、『不正アクセス禁止法』が禁じる不正アクセスそのもの第二条4)です。
そのため政府は昨年5月に法律を一部変更し、「NICTが行う不正アクセス=特定アクセス行為」として5年間認める『電気通信事業法及び国立研究開発法人情報通信研究機構法の一部を改正する法律』を成立させました。
しかし言葉の言い換えでこの政府機関による不正アクセスがたとえ違法を問われなくなったとしても、「通信の秘密は、これを侵してはならない」と定める日本国憲法第21条に反することに変わりはありません。


写真、職歴、家族、出身校・・・ 辺野古反対派市民の情報ズラリ 2019.1.28.毎日新聞

今年1月28日、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡り、防衛省沖縄防衛局から委託され海上警備を担っていた警備会社が、移設に反対する市民ら60人の個人情報を顔写真付きで「反対派リスト」を作成していたことが報じられました。
リストは沖縄防衛局調達部次長の指示により警備会社が作成した事が判明しており、この警備会社は公安警察出身の元警視総監が顧問として天下りしている会社
防衛省(軍事力)・法務省(法の支配)・警察(諜報・国民統制)・経産省(カネ)は「力の支配」を重視する安倍内閣の「寵愛四天王」であり、現内閣官房副長官も警備・公安出身の杉田和博氏です。



~Epilogue~

自分には関係がない…
そう思われる方があるかもしれません。
しかし「国を意のままに操りたい者」にとって、あなたが何を考え、「味方か敵か」を判別することは、私たちが想像する以上に重要な情報です。

絶大な国家権力を濫用して国民世論の大多数が反対する法案の強行採決を繰り返し、民意を力でねじ伏せる手法を厭わない政府の下で、警察による「Tカード」のデータ収集を軽視すべきではありません
その発想は、戦前の日本が軍や警察による国民監視を行使し自由な思想・言論を封じた歴史と酷似しており、現代はITによるビッグデータとAIを用いることでもっと容易に思想・言論統制ができてしまうからです。
あなたが何気なく借りたビデオや購入した本、立ち寄る施設などの履歴は「あなたの人物像や日常生活を示す鏡」であり、絶大な政府権力に繋がる警察が令状取得を経ず6700万人もの「映し鏡」を気軽に手に入れることが可能な状態にある危険性を国民は認識するべきです。

また、「インターネット機器2億台に無差別侵入」についても、本来違法犯罪であり、違憲です。
「特定アクセス行為」を実行するNICTはNHKの取材に対し、「目的以外のデータを得たりすることは一切無い。セキュリティーの弱い機器が見つかった場合、内部に侵入はしますが、機器の種類を特定するなどの通信は一切行わない」と答えていますが、「目的のデータを収集する」「機器の種類を特定する以外の通信を行う」ことは否定しておらず、そもそも国民はその言葉の真偽を検証することができません。

もしもその特権を悪用する気なら、あなたの「PC・スマホ内の全データを取得」して資産や思想・信条、人間関係、病気や人に言えない秘密も手に入れることができ、それを元に「扱いの差別」をしたり、あるいは「弱みで懐柔・脅迫して意に従わせる」ことも可能です。
真っ先に狙われるのは野党などの「政敵」や権力支配を監視する報道機関や言論人、内部統制のための自党や官僚で、当人だけでなく家族の弱みで脅迫されたら殆んどの人は政府に異論を唱えることができなくなるでしょう(既に相当支配が進んでしまっている気もしますが…)。


そんな状況下で、私たちができること…。
まずはインターネット機器のパスワードなどを複雑なものにし、必要ない限りPCのリモートデスクトップ機能をOFFにすることです。
プロバイダと連携し、XKeyscore(エックスキースコア)という秘密兵器を駆使する相手に意味などないかもしれませんが…。
(【XKeyscore】の恐ろしさについては、過去ログ「プライベート・アイズ」へ)

そして最も大事なことは、「嫌なことは“No!”と言動で表すこと」です。
たとえ警察官であっても、確たる容疑もなく他人の家に無断で、もしくは拒否を無視して解錠・侵入し、勝手に家内を捜索することをありがたく受け入れる人などいないでしょう。
「特定アクセス=不正アクセス」であり、一般国民にとって著しい人権侵害以外の何ものでもありません。
その目的が本当に「東京オリンピックの対策強化」であるなら…
“なぜ政府系機関による不正アクセスを5年間継続するのか?”
「国民の安心・安全のため」であるなら…
“開始2週間前なのに、なぜ事前にメディアを通じて広報し国民に高度なパスワードを啓発・実行させないのか?”

【spy】は非合法活動であり、それゆえ秘密裏に他人の情報を盗み出し、
自らの犯罪の痕跡を残さず誰にも真実を悟られぬよう任務を完了させるものだからです。




「007 ゴールドフィンガー」


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tags : 1964年 R&B 映画 007  

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「ドント・ウォリー・ベイビー」ザ・ビーチ・ボーイズ

2018.07.23

category : Beach Boys

Beach Boys - Dont Worry Baby1 Beach Boys - Dont Worry Baby2


The Beach Boys - Don't Worry Baby (1964年)



~概要~

「ドント・ウォリー・ベイビー」は1964年3月2日にリリースされたビーチ・ボーイズの5thアルバム『シャット・ダウン・ヴォリューム2(Shut Down Volume 2)』に収録された作品です。
【-Volume 2】と題されていますがビーチ・ボーイズは過去にそのようなタイトルのアルバムを出してはおらず、「Shut Down」は1963年の4thアルバム『Little Deuce Coupe』の収録曲でした。
同年、キャピトル・レコードが同曲をはじめとする様々な歌手のホット・ロッド曲から成るコンピレーション・アルバム『Shut Down』を発売したことから、その続編的な意味合いを込めたネーミングともいわれます。

5月11日にシングル「I Get Around / Don't Worry Baby」としてシングル・カットされ、「Don't Worry Baby」はB面ながら単体でBillboard Hot 100の24位を記録しました。
チャート上、中ヒットに過ぎない本曲ですがビーチ・ボーイズの中でも名曲の誉れ高い作品の一つであり、『ロックの殿堂』“500 Songs that Shaped Rock and Roll”や『ローリング・ストーン誌』“500 Greatest Songs of All Time 178位”などにも選ばれています。
日本では「ドント・ウォリー・ベイビー」の表記が一般的と思いますが、当初は「気にしないで」という邦題が付けられていたようです。


ブライアン・ウィルソンと、友人でDJのRoger Christianの共作で、1963年にブライアンがラジオで聴いたロネッツ(The Ronettes)の「Be My Baby」(過去ログ)に感銘を受けて創作を始めたものです。
ブライアンによると「Be My Baby」のエッセンスを把握するために1000回以上聴いたそうで、素人が聴いてもそういうエッセンスを感じ取ることができると思うので、それを意識して聴き比べてみるのも面白いでしょう。

「Don't Worry Baby」のオリジナルのリード・ヴォーカルはブライアン・ウィルソンですが、ご存知のように彼はこのあたりからあまりツアーに同行しなくなったため、その後は弟のカール・ウィルソンらがヴォーカルを務め、近年はアル・ジャーディンの息子マット・ジャーディンがヴォーカルを務めています。
何とかブライアン本人のヴォーカルの映像はないかと探した所、唯一【1981年のライブ音源】を発見しました(ただし、ファルセットがかなり苦しそう…)!


カバーは「雨にぬれても」(過去ログ)のB. J. トーマスによる1977年のバージョンが、Hot 100の17位を記録しています。
ブライアンも歌われることを望んだというロネッツのロニー・スペクターは1999年、愛娘カーニー&ウェンディのグループ【ウィルソン・フィリップス】は2012年にそれを実現させました。
また、ブライアンの功績を讃えて催された2001年の『An All-Star Tribute to Brian Wilson』で「Don't Worry Baby」を歌ったのは、ビリー・ジョエルでした。
日本では、山下達郎デビュー前1972年の自主制作アルバム『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』の一人多重録音ver.が何といっても秀逸です(ただし、さすがにコーラスは素人くさい)。


 
 



~Lyrics~

But I keep thinking
もうずっと考え続けているんだ
Something's bound to go wrong
何か‘間違い’が起こるんじゃないか、って

彼には、もうずっと胸に積み上げた【Something】があります。
それは【go wrong(間違った方向に進む)】ことが【bound to(運命にある)】ような感覚…
果たして、彼に“運命づけられた間違い”とは?


I guess I should've kept my mouth shut
僕ときたら、黙っていればいいのに
When I started to brag about my car
すぐに車自慢を始めてしまう

本作には【drive】や【race】など、【car】に関連する単語がいくつか登場します。
男性の自慢話というと過去の武勇伝にモテ自慢…それと、“愛車自慢”!
車を愛好する男性を恋人や夫とする女性にとっては、時間と労力、お金…あらゆる情熱を惜しみなく愛車に注ぐ彼の態度に対してつい、“私と車、どっちが大事!?”が出てしまうこともあるでしょう。

ビーチ・ボーイズというとサーフィンのイメージで有名ですが、もう一つの大きなテーマが【ホットロッド】
自動車大国アメリカではクラシック・カーをベースに改造を競う【Hot rod】の文化があり、1/4マイルの加速を競う[ドラッグレース(Drag race)]や形の奇抜さを競う[ファニーカー]などがあります。




And makes me realize
その言葉で、迷いを断ち切ってくれる
And she says "don't worry, baby"
“心配いらないわ”

主人公本人も【I can't back down(手を引けない)】と言及しているように、恐らく彼は止められないでしょう。
距離が短いとはいえカー・レースであり、改造車ですから安全は保障されません。
…となると最後は神頼みならぬ、“彼女頼み”!

でもまぁ…同様なテーマを扱った「Highway Star」(過去ログ)と違って、この曲のテンポで走っている限り事故には至らないで済むかもしれませんが? 



~Epilogue~

本作品のテーマは、ブライアンがロネッツに感銘を受けて「Be My Baby」のような歌を創ることを思案した際、一方でこれに見合う歌が自分に創れるか不安がっていた所、当時彼の恋人だったMarilyn(1964年12月に結婚;ウィルソン・フィリップスのCarnie & Wendyの母)が“Don't Worry Baby”と励ましてくれたことに由来するそうで、ブライアンはその時の気持ちをこの歌の主人公に重ねていたのでしょう。

Beach Boys - Dont Worry Baby3 Brian, Carnie, Wendy, and Marilyn Wilson

主人公は自動車レースに魅入られ、その結果起こり得る悪い結末に運命的な不安を抱き、恋人に“Don't Worry Baby”と言ってもらうことで安心を得ています。
確かに、信頼している人に“心配ない”と言ってもらうとネガティブな気分が後退し【安心】を得ることはできますが、実際に危険を防ぐ確たる対策を施さない限り【安全】は得られるものではありません(最大の安全は、レースを止めること)。
だからこそ彼女も、本心としては“大切な人を失いかねない危険な行為を一刻も早く止めて欲しい”と思っていることでしょう。

しかしレースを止めさせることも、車への対策を施す知識もない彼女が、大切な人の命を守るために何ができるというのか…
彼女は、一計を案じました。

And if you knew how much I loved you
私がどれほどあなたを想っているかを知れば
Baby, nothing could go wrong with you
あなたに‘間違い’を起こさせるものはないでしょう?

“安全運転だけでは、レースには勝てないでしょう。
でも安全運転を全うできなかった者に、決して勝利が微笑むことはない…”

【女神】とは、傍らにいて常にあなたを見守っている存在であり、[魔]に魅入られそうになったその瞬間、あなたを正しい道へと導くものをいうのかもしれません。



「ドント・ウォリー・ベイビー」


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「マイ・ガール」テンプテーションズ

2018.02.23

category : ~1960年代

The Temptations - My Girl1 The Temptations - My Girl2


The Temptations - My Girl (1964年)



~心を引きつけるもの~

[名は体を表す]といいますが、Beatlesの【beat(拍子)】はまさに[言い得て妙]です。
ではTemptationsの【temptation】はどんな意味が込められているかというと、“心を引きつけるもの”。
よく【music】の三要素はリズム(律動)/メロディー(旋律)/ハーモニー(和声)といわれますが、“心を引きつけるもの”が含まれていなければ【音楽】は名乗れません。

ドキドキしたりハラハラしたり、心躍ったりほっこりさせられたり…
「My Girl」は、きっとあなたに素敵な【temptation】を届けてくれるでしょう。



~概要~

テンプテーションズは1961年にモータウンからデビューした黒人5人組のソウル・コーラス・グループですが、当初しばらくはヒットに恵まれませんでした。
転機の一つは1963年にミラクルズ(The Miracles)のスモーキー・ロビンソンが楽曲提供&プロデュースに関わるようになったことで、1964年初頭には「The Way You Do the Things You Do」を初めてメジャー・ヒットさせています。
もう一つは1964年にメンバーのエルブリッジ・ブライアント(Elbridge Bryant)に代わって加入したデヴィッド・ラフィン(David Ruffin)の存在で、スモーキーはコンサートでの彼の歌声に感動、彼の声にぴったりの曲を書くことができたら大ヒットになると予感してデヴィッドをリードとしたシングルを制作することに決めました。

そうしてスモーキーがミラクルズのロナルド・ホワイトと共作で書き上げたのが「マイ・ガール」で、Billboard Hot 100のNo.1(1965年の10位)に輝きました(2ndアルバム『The Temptations Sing Smokey』に収録)。
また、デヴィッドの後任として1968年に加入したリード・シンガーはデニス・エドワーズですが、その彼がこの2月に髄膜炎による合併症のため亡くなったとのことで(享年74)、ここに追悼いたします。

作者であるスモーキー・ロビンソンをはじめオーティス・レディング、ローリング・ストーンズ、スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソンほか数多くの大スターにカバーされた楽曲であり、ローリング・ストーン誌【The 500 Greatest Songs of All Time 88位】にもランクされています。
数あるカバーの中でも私にとって印象的だったのは、ホール&オーツが1985年に元テンプテーションズのデヴィッド・ラフィンとエディ・ケンドリックスと共演を果たした『Live at the Apollo』のステージで、まるで子供のようにはしゃいでいるダリルとジョンが忘れられません。

 
 



~映画『マイ・ガール』~

「My Girl」というと、きっと多くの人にとって印象深い(あるいはこれで本曲を知った)と思われるのが1991年に公開された映画『マイ・ガール(My Girl)』でしょう。
1971年の名作『小さな恋のメロディ』を意識したか同じ11歳の少女と少年との淡い恋物語となっていて、少女役にアンナ・クラムスキー、少年役には前年に『ホーム・アローン』で大ブレイクしたマコーレー・カルキンが出演しています。

映画の大ヒットを受けて「My Girl」のシングルも再リリースされており、Billboard AC27位/UK 2位というリバイバル・ヒットを記録しました。
映画とタイアップしたPVも制作されており、テレビでテンプテーションズの白黒の映像を視ていたマコーレーの家にメンバーが訪れ、歌を披露する演出となっています。

 



~Lyrics~

I've got sunshine on a cloudy day.
曇りの日にも輝くお陽さまを手に入れたよ
When it's cold outside I've got the month of May.
外が寒くても、心は5月

作詞のスモーキー・ロビンソンはご存知ブラックミュージック界の大御所で、モータウンの設立時の副社長でした。
ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランから“現代アメリカ最高の詩人”と評された人物でもあり、心模様を【May】と表したのも素敵ですが[day][say][way]と、尽(ことごと)く韻を踏んでいるのもサスガです。

その彼をして“sleeping giant(眠っている巨人)”と言わしめたのが1964年にテンプテーションズに加入したばかりのデヴィッド・ラフィンで、スモーキーは彼の声を“芳醇でまだしわがれていない比類なき声”と形容しました。
(デヴィッドはローリング・ストーン誌【100 Greatest Singers of All Time 65位】にもランクされている)


I've got so much honey the bees envy me.
ミツバチが羨(うらや)むほどの甘い蜜を手に入れたよ
I've got a sweeter song than the birds in the trees.
木々の鳥の囀(さえず)りよりも、甘い歌を

「My Girl」は、【一生に唯一人の女性を見つけた男性の悦び】を描いた歌ですが、実は同年スモーキーが書いた「My Guy」という作品もあります。
「My Guy」は【女性が男性への愛の忠誠を誓う】内容で、モータウンの女性歌手メアリー・ウェルズ(Mary Wells)が歌唱し、Billboard Hot 100の2週No.1を記録しました。

ちなみにメアリーの方が年齢的に下ですがいち早くスターの地位に上っており、モータウンのコンサートではテンプテーションズが彼女のバック・コーラスを務めていたこともあったそうです。


My girl (my girl, my girl)
Talkin' 'bout my girl (my girl).

愛しいあの娘の話をしているからさ

【girl】は“若い女性”ですが、【My Girl】は“恋人”のニュアンスがあります。
ミラクルズは元々ハイスクールの友人らで構成されたコーラス・グループ(当時は[The Matadors]と名乗っていた)で、メンバーのEmerson "Sonny" Rogersが徴兵され、代わりに妹のクローデット(Claudette Rogers Robinson)が加入しました。

クローデットとスモーキーは1959年に結婚、「My Girl」は彼女への愛情から着想を得ていますが、歌詞は彼女個人に捧げたものでなく、世界の全ての女性に向けて書かれたものだそうです。



~Epilogue~

もうすぐ、【ひなまつり】。
少し前、ニュースを検索をしていたところ…

綾瀬はるかの『世界平和』の夢を笑うな!

という見出しがあり、何事かとアクセスしてみると、彼女の“世界平和”発言を【笑い話にするような論調】で、あるサイトが配信していたというのです。
兎にも角にも、事実を確認するために他の配信先や元データ(動画)で確かめてみたところ、映画『今夜、ロマンス劇場で』(現在公開中)の初日舞台あいさつで司会者に【現在実現して欲しい夢】を問われ、それに対する綾瀬はるかと共演者らの応答をレポートした記事で、指摘された配信元は彼女の“夢は世界平和”発言に[周囲はあ然][閉口]したと報じる内容でした。
そして、周囲をあ然とさせたという彼女の発言とは…



オリンピックも開催中ですし、世界平和です。
皆さんがいつも健やかに過ごせる、そんな世の中になればと思います



[閉口]どころか、世間一般とかけ離れた芸能界のトップで活躍するスターがこのような感覚を保たれていることに、私はとてもうれしい気持ちになりました。
(※[あ然][閉口]は配信元編集者独自の形容表現であり、私が動画で見た限り出演者の言動に悪意は無く、現場の雰囲気を表すのにこれらが適切な言葉だったかは疑問が残ります)

ご存知のように綾瀬はるかは【天然】という定評がありますが、今回の発言にあるような雑念のない天然ぶりこそ、彼女が性別・世代を問わず広く愛される所以でしょう。
でも、彼女のこの発言は単なる性格に由るものではなく、生育や家族、仕事としての経験に裏付けられているようです。


綾瀬はるかは広島県広島市出身で、その芸歴で特筆すべきは10年以上に亘って広島や戦争に関するドキュメンタリーに継続して関わっていること、東日本大震災後に福島を舞台とした大河ドラマ『八重の桜』に出演していることです。
その過程に於いて被爆者や被災者と呼ばれる人たちの元を訪ね、彼らの生の声に多く接してきました。

とりわけ彼女の大伯母は原爆で若くして亡くなっており、その妹である祖母から当時の災禍の話を聞き、“私も長く生きとらんから。あんた、忘れんようにね。戦争なんか起こさんように、女性がしっかりせなだめなんよ。女性の力で戦争を起こさんいうことをせなだめよ”と、託されたそうです。
(詳細は、こちらのサイト

I guess you'd say
きっと、あなたは問うだろう…
What can make me feel this way?
“何がそんな気持ちにさせるの?”って

祖母から託された“平和”への願い…
女雛の間に脈々と受け継がれし、永久不変の魂



「マイ・ガール」


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comment(10) 

「エヴリー・リトル・シング」ビートルズ

2018.01.26

category : Beatles & Solo

Beatles - Rock Roll Music1 Beatles - Every Little Thing


The Beatles - Every Little Thing (1964年)



~Every little thing we made~

ウォークマン、トランジスタラジオ、VHS、CD、DVD、Blu-ray
乾電池、液晶つきポケット電卓、移動電話、フラッシュメモリ
シャープペンシル、クオーツ腕時計、光ファイバー、内視鏡…

日本人はこれまで、実に多くの[小さなもの]を世に生み出してきました。
そして近年、私たちの[小さなもの]への探究心が【新たな分野】に向けられています…。



~概要~

「Every Little Thing」は、1964年12月4日に発売されたビートルズ4作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ビートルズ・フォー・セール(Beatles for Sale)』の収録曲です。
世界的にシングル・カットの記録はありませんが日本では「Rock and Roll Music」(過去ログ)のB面としてリリース、85万枚の最高売り上げを記録しました。

通常【レノン=マッカートニー】はリード・ヴォーカル=主な作者であるのに対し、「Every Little Thing」のリード・ヴォーカル=ジョン・レノン、作者=ポール・マッカートニーという極めて例外的な作品です。
ビートルズはヴォーカルのダブルトラック(重ね録り)を多用していたのでヴァースはジョンのダブルトラックのように聴こえますが、耳を澄ますとポールのユニゾン(ジョンと同じ音で歌っているが殆んど判別できない)も入っており、逆にコーラス部分ではジョンが抑えてポールの声が前面に出ています。
また、例外的といえば本曲では打楽器に[ティンパニ]が取り入れられているのも斬新です(もちろん、リンゴ・スターが演奏)。

本曲の噂として【ジョージが寝坊で遅刻したためリード・ギターを含む全てのパートをジョンが弾いている】というのがあります。
一説によると本曲について、ポールが1964年に“the electric guitar riff was played by Lennon, rather than by George Harrison”と言及したとされており、『Beatles for Sale』のライナーノーツでも渋谷陽一が“ジョージが録音に遅れてきたので彼のギターが入っていない。だからジョンのギターがリードの替わりもやっていて…”と解説していることから、そのように広まったのでしょう。
ただしレコーディング・セッションの記録を調べてみると「Every Little Thing」の録音は1964年9月29日(テイク1〜4)と30日(テイク5〜9)の2日間に分けて行われており、遅刻という理由によってジョージが2日間・計9テイクのセッションに全く参加していないというのも、常識的に考えて不自然な話です(本曲のマスターは最終第9テイクといわれる)。

「Every Little Thing」のカバーとしてはイギリスのロックバンド・イエス (Yes) の1969年のデビュー・アルバム『イエス・ファースト・アルバム』でのバージョンが有名で、ただしこれが「Every Little Thing」と判るまで1′40″以上要するでしょう。
また、後のカーペンターズとなるリチャード&カレンがThe Richard Carpenter Trio名義でインストゥルメンタル・カバーした貴重な未発表音源も存在します。


 
 



~Lyrics~

When I'm walking beside her
あの娘と並び歩いていると
People tell me I'm lucky
みんなに、運が良いって言われる

Beatles - Every Little Thing2

もしも写真のような女の子と並んで歩いていたら、みんなにさぞ羨ましがられることでしょう…
でもその幸せ者とは、歌の作者ポール本人です!
この女性はイギリスの女優ジェーン・アッシャー(Jane Asher)で、ビートルズ時代のポールと5年間交際していました。

当時ポールはジェーンの実家に居住しており、「Every Little Thing」はこの家の音楽室から生まれています。


I remember the first time
出逢った頃を思い返してみても
I was lonely without her
彼女がいないと淋しくて…

ポールとジェーンが出逢ったのは1963年、BBCラジオの対談でした。
それをきっかけに二人の交際は始まりますが、翌1964年はビートルズがアメリカで大ブレイクを果たして世界を飛び回る多忙を極めた年であり、旅先での淋しい気持ちをジェーンへのラブレターとしてポールが書いたのが彼の初期の名曲「All My Loving」(過去ログ)です。

そんな状況下で書いた「Every Little Thing」がポールからジェーンへのメッセージであることは誰が見ても明白ですが、この歌のリードをジョンに譲っているのは何故だろう…?


Every little thing she does,
あの娘がしてくれる
She does for me, yeah
ちょとしたこと、一つひとつ

【Every Little Thing】というと、日本のみなさんは真っ先に「Time goes by」の【ELT】を思い浮かべるでしょう。
一方、ビートルズ・ファンはこのユニット名を聞くと、必ず本曲のことを連想するはずです。
ELTの名前の由来について調べてみると[ビートルズの楽曲『Every Little Thing』を由来]といった記述が散見できるものの、メンバー自身または所属先による言及は(今回の検索では)発見できませんでした。
ただ、wikiには創設メンバーの五十嵐充が[中学初期にTHE BEATLESに夢中]という記述があったので、少なくとも彼はビートルズを通して「Every Little Thing」という言葉を認知していた可能性があります。

また、スティングが在籍したロック・バンド【The Police】の1981年の作品には「Every Little Thing She Does Is Magic」という楽曲があり、ここまでフレーズが同じだと…!?





~Epilogue~

先日、『NHKクローズアップ現代+』の「#くいもん小さくなってませんか 食の“スモールチェンジ”裏事情」を視聴しました。
実は私自身、何年も前から実感して気になっていたテーマであり、それが最近SNSで話題となっているというのです。

既定量減で判り易いのは500g入りのヨーグルトが400g(-20%)、1Lのパック飲料が900ml(-10%)になったり、それ以外でも一般加工食品や菓子類・缶詰・飲料・調味料などあらゆる食料品の減量が報告されています。
食料品以外でも昔は700mlだったボディソープ(ボトル)が500ml前後(-29%)、ティッシュペーパーが200組⇒160組(-20%)など身近な商品が小さくなっています。


アベノミクスは日銀に異次元金融緩和させ世の中に出回るお札を異次元に発行させる【円安誘導政策】であり、円の価値が下がるので外国人にとって日本が割安となり日本の商品や日本株・日本旅行が買い易くなる反面、国内では原油や原料・外国の商品は割高で輸入することを強いられます。
普通に考えると原材料費が増えた分を商品の小売価格に上乗せすればよいのですが、近年国内で見られる現象は値上げを抑えて内容量(または品質を落とす)を減らす【商品の小型化】です。

でも何故、国内では値上げではなく【商品の小型化】が採られるのでしょうか…
理由は単純です。
それは、【消費者の所得が下がり続けている】からです。

Beatles - Every Little Thing3 『NHKクローズアップ現代+』より

これは[G7各国の名目賃金の推移]ですが、グラフを見ると一目瞭然です。
2000年からの16年間で【各国が1.4倍前後に上昇しているのに対し、日本だけ賃金が低下】しています。
それは、これまで右肩上がりで成長を続けた衣料品最大手ユニクロが2015年に値上げ路線に転じて売り上げを減少させ、2年で方針を撤回させたことからも明らかで、現実を無視して無理矢理値上げしても個人所得が増えない限り高いものを買えるはずがありません。

大企業やお金持ちが空前の内部留保や資産を増やす一方、2000万人を超す非正規労働者の7割が年収200万円未満4割が100万円未満/3割が100-200万円)という実態があります。
労働者=消費者であり、彼らを安く使うのは経営者にとって目先の利益ですが、利益を分け与えなければ彼らは商品やサービスを消費せず、次世代の消費者を育むこともできません。
次世代を育むことのできない社会に、未来はないのです。

#くいもんみんな小さくなってませんか日本

それは、決して【小さなこと】ではありません。




「エヴリー・リトル・シング」


続きはこちら >>

tags : 1964年 ピュアな愛 コーラス ビートルズ・フォー・セール 

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「ベイビーズ・イン・ブラック」ビートルズ

2017.04.14

category : Beatles & Solo

Beatles - Babys In Black1 Beatles - Babys In Black2


The Beatles - Baby's In Black (1964年)



~ポール・マッカートニー日本武道館公演~

2015年4月の『Out There! Tour』から2年ぶりに、ポール・マッカートニーが日本へ帰ってきます♪
今回のポールの来日というと、昨年大晦日の第67回NHK紅白歌合戦に彼が映像で出演し“2017年、日本に行くからね”というサプライズ・メッセージを発表したことが日本中の話題となりましたが、追加となった4月25日(火)の日本武道館公演もポール本人のサプライズとして3月9日に届けられたものでした。



前回の武道館公演当時、本ブログでは“1966年のビートルズ公演のセット・リストの再現”を期待し「I'm down」(過去ログ)を特集しましたが、フタを開けてみると意外にも“当時の再現”に対するポールのこだわりはなかったようで、残念ながら通常の『Out There! Tour』のセット・リスト(「ペイパーバック・ライター」(過去ログ)と「イエスタデイ」が該当)以外にビートルズ公演で演奏された曲はありませんでした。

しかし、本ブログでは性懲りもなく2017年武道館公演直前特集として、ビートルズ公演のセット・リストの1曲「Baby's In Black」をご紹介いたします!



~概要~

「ベイビーズ・イン・ブラック」は1964年12月4日に発売された4枚目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ビートルズ・フォー・セール(Beatles for Sale)』の収録曲です。
本作はビートルズのアルバムの中ではカバー曲も多く一般的に地味なイメージがある作品ですが、当ブログではこれまで「Eight Days a Week」や「Mr. Moonlight」、「Rock and Roll Music」の3曲を取り上げており、こうしてみるとなかなかインパクトのあるナンバーが揃っていると思いませんか?

レノン=マッカートニー作品はその名に反し実はどちらか一方だけによる創作が多いですが、「抱きしめたい」(過去ログ)などジョンとポールが終始2人でヴォーカルを分け合うものは本当の共作(貢献度が同等)の場合が多く、2人で歌い通す「Baby's In Black」は数少ない“リアル Lennon–McCartney”の一つです。
あまりロックっぽくない6/8拍子の楽曲をジョンとポールが同時に1本のマイクでヴォーカル録音した臨場感あるハーモニーが全体に豊かな色彩を添えており、どちらがメインのメロディーかの問いに対し、ポールは“どちらもメインさ”と答えています。

「Baby's In Black」はシングル・カットこそなかったものの、アルバム・リリース後1965年6月のヨーロッパ・ツアーからビートルズ最後の公演となる1966年8月29日のサンフランシスコ・キャンドルスティック・パークでのコンサートまで演奏され続けたセットリスト曲で、もちろん日本公演でも披露されました。
その間1965年にアメリカのハリウッド・ボウルで演奏されたライブ音源は1996年にアンソロジー・プロジェクトの一環としてリリースされたマキシ・シングル「Real Love」や、ビートルズ唯一の公式ライブ・アルバム『The Beatles at the Hollywood Bowl』が2016年に初CD化された際のボーナス・トラックに収録されています。



 
 



~Lyrics~

Oh dear, what can I do?
あぁ…一体、どうすればいいっていうの?
Baby's in black and I'm feeling blue
愛しい君は黒い服、僕の心はブルーなんて

【black】と【blue】の対比が効いています。
でも、彼女はなぜ黒を着るのでしょう…。

黒は重厚感や高級感、存在感があり、強さや神秘性を与える色のイメージ効果があります。
反面、無彩で光を反射せず色を吸収・遮断するので、絶望・孤独・恐怖など暗い(マイナスの)気持ちの象徴です。


She thinks of him and so she dresses in black
アイツのことで頭がいっぱいで、君は黒を纏(まと)う
And though he'll never come back, she's dressed in black
決して戻っては来ないのに、黒を纏う

彼女は「恋の奴隷」に? 
“あなた好みの女”になるため、黒を纏うというのでしょうか…。

確かに黒を纏った女性は“ミステリアス&セクシー”なイメージで、それを望む男性も多いでしょう。
でも、彼が決して戻っては来ないのに着続ける理由とは?



~Epilogue~

「Baby's In Black」は、ビートルズに纏(まつ)わる一人の女性がモデルになっているといわれます。
ジョンが美術を学んだリヴァプール・カレッジ・オブ・アートの親友で、1960年ごろビートルズのベーシストとして一時在籍したスチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)という人がいますが、彼の当時のガール・フレンドだったアストリッド・キルヒヘル(Astrid Kirchherr)です《写真》。

二人はビートルズのハンブルク巡業で出逢い、恋に落ちます(アストリッドはドイツ人)。
程なくスチュアートは単身ドイツに残り画家を志し、アストリッドと婚約することになりますが、1962年4月10日に脳出血のため21歳の若さで亡くなってしまいました。

I think of her, but she thinks only of him
僕は君で頭がいっぱいなのに、君はアイツのことばかり
And though it's only a whim, she thinks of him
ただの気まぐれなのに、アイツのことばかり…


しかしアストリッドがビートルズに与えた影響は、「Baby's In Black」だけではありません。
彼女はファッションやデザインに鋭い感覚の持ち主で、彼女が恋人であるスチュアートに施した[moptop]の髪型や彼に着せた[round neck]のジャケットは後に【マッシュルーム・カット】【襟なしスーツ】としてビートルズのヴィジュアル・イメージに大いに貢献した、というのがファンの間での定説となっています。
ただし、アストリッド本人によると[moptop]は当時既にドイツの男の子の間で流行しており、その髪型を大いに気に入ったスチュアートが彼女にカットしてもらったのが実情で、[round neck]のジャケットも彼女の洋服を借りて彼がステージで着用したのが始まりだったそうです。
これに対し、当時革ジャン&リーゼント(いわゆる典型的な不良スタイル)がトレードマークだったビートルズのメンバーは、そんなスチュアートのスタイルを“ママのジャケット”とからかったといいます。

彼女がもたらしたものはそれに止まらず、当時アストリッドは写真家の卵でハンブルク時代のビートルズを被写体として多く撮影していますが、彼女の写し出すモノクロの“half shadow(半影)”スタイルが斬新で、それを大いに気に入っていたビートルズは2ndアルバム『With the Beatles』のアルバム・ジャケットにこの手法を用いました(撮影はロバート・フリーマン)。
また、『With the Beatles』と並びアート・デザインとして人気のビートルズの7thアルバム『Revolver』のジャケット・デザインを手掛けたクラウス・フォアマン(後にマンフレッド・マンのベーシスト)も、アストリッドとの縁によるものです(彼女の元恋人)。

Beatles - Babys In Black3 Beatles - Babys In Black4 Beatles - Babys In Black5


23歳の女性にとって婚約者と死別することは、それを経験したことのない者の想像など決して及ばぬ辛い悲しみであることでしょう。
しかし、同じく“唯一無二”の親友を失ったジョンはアストリッドに対し“生きるか死ぬかはっきりしろ、悩む余地なんてないだろ?”と声を掛けたといいます。
かなり際どい言い回しですが、“生きなきゃならないのだから、前を見ろ”という彼なりの叱咤激励でした。

斯(か)くしてジョンの“愛のムチ”が功を奏したかは定かではありませんがアストリッドはその悲しみを乗り越え、スチュアートの死から5年後(1967年)にビートルズのライバルだったロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズでリンゴ・スターの後任ドラマーとなったGibson Kempと結婚を果たしました。

アストリッドはビートルズとの関係を、こう振り返っています…
“私が彼らと築いた最も大切なもの、それは[友情]です。”



「ベイビーズ・イン・ブラック」


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tags : 1964年 フォーク・ロック ビートルズ・フォー・セール 

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