I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と解説+エッセイでお届けします

STOP!
地球温暖化/気象災害激甚化
Lil Dicky - Earth
Lil Dicky - Earth1
Beatles & Solo
Please Please Me


With The Beatles


A Hard Day's Night


Beatles For Sale


Help!


Rubber Soul


Revolver


Sgt Pepper's


The Beatles


Yellow Submarine


Abbey Road


Let It Be


Magical Mystery Tour


Beatles(the other songs)


John Lennon


Paul McCartney


Wings


George Harrison


Ringo Starr


「クライング・ナウ」ジャーニー

2022.02.18

category : Journey

Journey - Who's Crying Now (1981年)

【cry】を内包したテイストは日本人の琴線と相性良く、80年代J-Pop/Rockの雛型と言える楽曲

《すべての記事を更新》いたしました。【続きはこちら>>】をクリックしてご閲覧ください。


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tags : 1981年 AOR せつない愛 偉大な歌手 泣きのギター 新型コロナ  

comment(6) 

「ハート悲しく」マーティ・バリン

2018.10.05

category : Jefferson Airplane/Jefferson Starship/Starship

Marty Balin - Hearts1 Marty Balin - Hearts2


Marty Balin - Hearts (1981年)



~概要~

マーティ・バリンは1960年代後半にカウンター・カルチャーの象徴にもなったアメリカのロック・バンド【ジェファーソン・エアプレイン(Jefferson Airplane)】の創設者の一人でもあったシンガーソングライターです。
1981年に1stソロ・アルバム『恋人たち(Balin)』を発表、ここから生まれた自身最大のヒット曲が「ハート悲しく」でした。
Billboard Hot 100での最高位は8位ですが年間では41位と、トータルとしてロング・ヒットを記録しています。

作者のJesse Barishは70年代初めからマーティの友人であり、1978年にジェファーソン・スターシップ時代のマーティが歌ってヒットさせた「Count on Me」(全米8位)の作者でもあります。
Jesse Barishは後年自身のアルバム『Farther Sun』で「Hearts」をセルフ・カバーしており、この“あっさり味”はマーティver.と異なるテイストですが甲乙つけ難い魅力を感じました。

「ハート悲しく」のライナーノーツ(日本盤)の解説は、現在も?2歳で現役バリバリの音楽評論家・湯川れい子さんが務めていましたが、その中で彼女が本曲を“まるで日本人のために書かれたみたい”と評したように、歌謡曲との親和性を感じるテイストであり、実際に同年10月第3週付よりオリコン週間シングル・チャート(洋楽部門)で7週連続1位に輝くヒットを記録しました。
そうした風潮は大衆に限らずプロである歌手も同様で、アイドル歌手・河合奈保子が1982年2月のライブ・アルバム『NAOKO IN CONCERT』で男女の立場を逆にした日本語カバーを披露し、同年7月には稲垣潤一が1stアルバム『246:3AM』でカバーしています(日本語詞:湯川れい子)。


 
 



~Lyrics~

Is everything all right?
万事、うまくいっている?
I just called to say how lost I feel without you
君なしで途方に暮れる男の気持ちを伝えようと、電話したんだ

別れた相手からの電話…
あなたは、“その話”をどう受け止めるでしょう…
“逆転”できる可能性は?

ところで、【I just called to say...】のフレーズに覚えがありませんか?
…そう、スティーヴィー・ワンダー の名曲「心の愛」の原題が「I Just Called to Say I Love You」でした。
伝えたい内容は変わらないのに、ずいぶん印象が異なるものです…。 


Miles away
でも何マイルも離れ
I really can't believe I'm here and how I still care about you
僕はこんな所で、まだこんなにも君を気に掛けているなんて…

歌詞だけだと何となく過ごしてしまう部分ですが、PVを見るとまさに【I really can't believe】!
何故なら…映像でマーティのいる【here】って、“離れ小島にある牢獄”なのです!! 
マジで“こういうストーリー”なのか、PVだけの“ネタ”なのかは分かりませんが…。
(“過去という時間の囚われ人”の意味かもしれない)

その外観から、恐らくこの牢獄はクリント・イーストウッドの映画にもなった【アルカトラズ島刑務所】で、赤い吊り橋はゴールデン・ゲート・ブリッジ…つまり舞台はサンフランシスコ・フィッシャーマンズワーフ周辺と思われます《地図》。
同島刑務所は連邦刑務所時代は凶悪犯を収容する施設として“脱獄不可能”とまで言われる要塞でしたが、施設の老朽化で1963年に閉鎖され、その後サンフランシスコの観光名所として解放されています。

Marty Balin - Hearts3


'Cause each and every day
来る日も、くる日も…
I think of all the words I never said and all the chances that I had to
口に出せなかった言葉や、生かせなかったチャンスへの想いが込められた歌

【say】は最も簡単な伝達手段ですが、時として“最も難しい伝達手段”でもあります。
そんな時、文章なら口にできない心の内も素直に表すことができたりします。
昔の人は短歌や俳諧にしてみたり、シンガーソングライターなら気の利いた歌?

まぁ、思ったことを形にすることが逆効果をもたらすこともありますが…。



~Epilogue~

9月27日、76歳でこの世を去ったマーティ・バリン。
死因は明らかにされていませんが、彼は2016年に心臓の手術を行い、同年・医療ミスでニューヨークの病院を訴えていたという情報もあります。

当時・河合奈保子や稲垣潤一がカバーするほど「ハート悲しく」が日本で愛されていたことは先にお伝えしましたが、実は彼ら以上の“大スター”も本曲をカバーしています。
それは、今や誰もが知るあの国民的スター【嘉門雄三】で、1982年3月に洋楽カバーを集めたライブ・アルバム『嘉門雄三 & VICTOR WHEELS LIVE!』で歌唱されました(※5曲目)。

これに止まらず、嘉門雄三はよほど本曲を気に入っていたのか、同年リリースした「チャコの海岸物語」や「夏をあきらめて」では、まるで「ハート悲しく」を彷彿させるサウンドを展開…
と書けば、この嘉門雄三なる人物が誰か、おわかりでしょう? 

…そう、その男の本名は【桑田佳祐】、もちろんこの2曲はサザンオールスターズの作品です!
(嘉門雄三は変名で、敬愛する茅ヶ崎の大先輩・加山雄三に因(ちな)み、【嘉門】姓は「チャコの海岸物語」の営業回りを手伝った事務所の後輩・嘉門達夫に受け継がれる)

 


また、稲垣潤一のデビュー曲は「雨のリグレット」ですが、当初「ハート悲しく」でデビューさせようという案もあったそうです。
この2曲の作詞を務めたのは湯川れい子さんですが、マーティがプロモーションで来日した際彼女が“これは「ハート悲しく」にインスパイアされて出来た曲”と言って「雨のリグレット」をプレゼントした所、彼はこれを大いに気に入って自分でもオフコースやもんた&ブラザーズのレコードを買い集めたといわれます(「雨のリグレット」の作曲者はオフコースの松尾一彦)。
その後マーティは日本で「雨のリグレット」の英語カバー「Regrets of the Rain」を含むミニ・アルバムをリリ-スしたり、KBCバンドやジェファーソン・スターシップとしてオフコースのカバー「Sayonara」や「Yes Yes Yes」を発表するなど、J-POPを愛した人でもありました。


Hearts can break
引き裂かれる二つの心
And never mend together
一つ手を取り合うこともないままに
Love can fade away
愛は褪せてゆく

マーティと私は非常に深い愛を共有しており、彼の存在によって永遠に私は満たされることになるでしょう…” (彼が亡くなった後に発表された、奥さまによる声明の一部)

R.I.P. Marty Balin 



「ハート悲しく」


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tags : 1981年 AOR せつない愛 日本で人気 

comment(2) 

「夜の囁き」フィル・コリンズ

2018.09.07

category : Genesis+

Phil Collins - In The Air Tonight1 Phil Collins - In The Air Tonight2


Phil Collins - In The Air Tonight (1981年)



~概要~

看板であるピーター・ガブリエルが去ったジェネシスを、より大きな成功へと導いたフィル・コリンズ。
本作はそんな彼にとって、輝かしいソロ・キャリアの第一歩となるデビュー曲です。
「夜の囁き」は1981年2月発表のフィルの1stソロ・アルバム『夜の囁き(Face Value)』の先行シングルとして同年1月9日にカットされ、全英2位/アメリカBillboard Hot 100では19位を記録しました。
シングルはジョン・レノンの「Woman」に全英1位を阻まれたものの、アルバムは全英初登場No.1を達成し、274週チャート・インという超ロング・セラーに輝いています。

フィルは80年代に“世界で一番忙しい男”と称されましたが、その数年前のこのころ既にスケジュールは過密で、ジェネシスのアルバムをおよそ年1枚発表しながら、こうしてソロとしても並行し創作していました。
『夜の囁き』の作品群は比較的インターバルの長い『そして3人が残った』(78年)~『デューク』(80年)までの合間に創作の起源があるとされていますが、この期間はフィルの私生活にとって大きな変化があった時期でもあります。
当時彼は1975年に結婚した妻アンドレアとの間に夫婦問題を抱え、1980年2月に離婚に至っており、本作に重苦しさが漂っているのはこのためです。

本曲の大半はリズムボックス【ローランドCR-78】によって生成された単調で静かなサウンドですが、後半劈(つんざ)くように入ってくるドラムス(ファンは“magic break”と呼んでいる)を号砲とするかのように、それまで抑えていたフィルの感情が堰を切って溢れ出し、悲鳴へと移り変わるさまが聴き所となっています。
フィルは当初ジェネシスの作品として提供するつもりでしたが、メンバーから“シンプル過ぎる”と反対されとりやめました。
また、本作プロデューサーのヒュー・パジャム(Hugh Padgham)は80年代以降フィルやジェネシス、ポリスやスティング、ポール・マッカートニーなどのヒット作の多くに携わるなど名プロデューサーとして有名ですが、彼にとってもその名声を得る第一歩となったのが「In The Air Tonight」でした。

意味深な歌詞はスタジオのセッションの中で、感情のままを口に出して即興的に歌ったもので、録音したそれを後で聴き直し正式に歌詞として書き留めたそうです。
PVもそんなフィルの感情を投影してか全体的に暗いモノクロが基調で、彼の姿からは強い“孤独”と“怒り”を感じ取ることができるでしょう。
前半の真っ暗な部屋で独り悶々と不健全なエネルギーを貯め込んでいる姿と、後半ドアがたくさんある空間を探し回り、4番目のドアを開けるとサウンドが爆発し、“何かが起こった”ことを想起させます。


ただし、本曲が特に広く知られるようになったのは作品発表から3年後、1984年にアメリカのドラマ『特捜刑事マイアミ・バイス(Miami Vice)』のサウンドトラックに起用されてからでしょう。
「In The Air Tonight」が使用されたのはその第1回(パイロット版)、『血闘サブマシンガン!巨大組織を叩きつぶせ!(Brother's Keeper)』です。

物語序盤からソニー・クロケット刑事は警察の内部情報が麻薬密輸組織に流れている疑念を抱いており、終盤でその犯人が自分と長年家族ぐるみの付き合いをしてきた仲間であったことが判明します。
絶対の信頼を寄せていた仲間の裏切りへの怒りと、彼が“売った”情報によってソニーの相棒が命を落とした哀しみを背負い、後に“新たな相棒”となるニューヨークの刑事リカルド・タブスと共に麻薬密輸組織摘発へと乗り込む道中に「In The Air Tonight」が流れます。
無機質に回り続けるタイヤ、黒いボディーに流れゆく街の光、愛車が主人の心を映し、彼を覆う暗闇「In The Air Tonight」…“MTV Cops”として人気を獲得した同シリーズの魅力を集約した屈指の名シーンです。


 



~Lyrics~

Well if you told me you were drowning,
ところで、溺れるお前が助けを求めてきたとする
I would not lend a hand
…だが俺は、お前に手を貸さないだろう

「In the Air Tonight」で最も印象的なこのフレーズはロック界でも有名な都市伝説の一つとなっていて、いろいろ“尾ひれ”がついています。
その一つを紹介すると、“少年時代のフィルが誰かを溺れさせている男を(救助できないほど)遠くに発見し、後年探偵を雇って犯人を見つけ出すと「In the Air Tonight」を初演する彼のコンサートへ無料で招待し、終始その男にスポットライトを浴びせた”…という話。

この伝説は世代をも超える影響力を持っているようで、2000年にエミネムは「Stan」の歌詞の中に【You know the song by Phil Collins "In the Air Tonight" / About that guy who coulda saved that other guy from drowning】とこの場面を参照し、“(この歌のように)君は僕を溺死から救える(のに見殺しにしようとしている)”と、ストーリーを展開させています。

 

And I've been waiting for this moment for all my life, oh Lord
ずっと待ち続けたこの瞬間...
Can you feel it coming in the air tonight, oh Lord, oh Lord
お前も、それを感じるだろう?

もちろんこうしたあらゆる都市伝説の類いを否定する一方でフィルは、これを1980年に“離婚した妻への‘たくさんの怒り’、‘たくさんの絶望’、‘たくさんのフラストレーション’”であることを認めています。
一説によると奥さんは【ペンキ塗りの男性】と恋仲になって出て行ってしまったらしく、その後フィルが「In the Air Tonight」を作曲し、イギリスのテレビ番組『Top of the Pops』に出演した際、“ある仕掛け”をして奥さんへの強烈な反撃を試み、彼女に“私へのメッセージだと、すぐに分かったわ”と言わしめたそうですが…

実際の映像で確認してみると、確かに“キーボードの横”にそれを示す【ブツ】があるっ!! 



~I can feel it coming in the air tonight, oh Lord~

昼の光は、それがどんな形をし、どんな色をしているか明らかにし、夜の暗闇はそれを覆い隠します。
しかしどんな暗い闇に身を潜めようと、形や色はわからなくても、そこに存在する“真実”まで秘匿するのは容易なことではありません。

I can feel it coming in the air...
何故なら、空気の中にそれを感じることができる…


【闇に覆われた『安倍晋三宅火炎瓶投擲事件』の真実とは?】

2000年6月(~8月)に発生した、『安倍晋三宅火炎瓶投擲事件』をご存知でしょうか?
山口県下関市にある安倍氏の自宅や地元事務所が、暴力団らによって放火された事件です。
一面的に見れば安倍氏は被害者ですが、その背景にある真実はメディアによって長年秘匿されてきました。
まずは、その概要をご紹介いたしましょう(※詳細はリテラを参照)。

事の始まりは1999年4月の下関市市長選に際して、安倍氏子飼いの江島潔氏を当選させるため、安倍事務所が「わしは安倍先生の熱心な支援者」と公言する土地ブローカー(仲介人)のK氏(前科8犯/暴力団関係者)に、対立候補への選挙妨害工作の協力を依頼したことです。
安倍事務所のS秘書とK氏は選挙の半年前と選挙期間中の2回、「対立候補は北朝鮮国生まれ」などデマ情報のビラを何万部も各家に投函し、江島氏が当選しました。
しかし「見返り」を巡って両者は対立、怒ったK氏は福岡の暴力団組長らに報復を依頼し安倍氏自宅などへの放火が実行された…という背景があるとされています。

しかし被害者である安倍氏側には事前に「明確なトラブル」を抱え放火犯の特定は容易であったにも拘らず、実際に犯人が逮捕されたのはそれから3年も経った2003年になってのことで、それも他県の福岡県警による暴力団一斉摘発捜査の過程から偶然に本件が明るみになったのがきっかけでした。
何故なら所管の山口県警は当初から本件の事件化に消極的で、背景には安倍氏側に「事件化すれば安倍事務所による選挙妨害工作が白日となり、安倍氏の政治生命さえ危うくなる」事情があり、安倍氏のT筆頭秘書(元山口県警・警視)を通して「山口県警の捜査方針に影響を与えた」ともいわれます。

ただ、この時点で「安倍事務所による選挙妨害工作」についての根拠が証言にとどまっていたため『噂の真相』など、ごく一部のメディアしか報じませんでした。
第1次安倍政権が誕生した直後の2006年10月、『共同通信』が拘留中のK氏に面会、【安倍氏のT筆頭秘書とK氏が交わした念書】の存在を確認し【双方が事実を認める】段階までこぎ着けたものの、官邸からの嫌がらせを恐れた上層部の判断で記事は差し止められたことにより、現在に至るまで殆んど報じられることがありませんでした。


【2018年、安倍事務所による選挙妨害工作の物的証拠「念書」の公開】

ところが今年5月、『噂の真相』時代から本件を追い続けてきたジャーナリスト・山岡俊介氏が、13年の刑期を終えて出所したK氏の取材に成功し、【安倍氏のT筆頭秘書の署名・捺印入りの3通の念書】の現物を確認できたことから、自らの運営するサイト『アクセスジャーナル』で告発に踏み切りました。
ポイントは、以下のとおりです(※詳細はリテラを参照)。

《念書は、正確には「確認書」×2、「願書」×1》

「確認書」は発言・日時などの合意確認書? もう1枚はK氏からの要望書らしい…。
(「(対立候補者名)潰しの件(S秘書よりの依頼)安倍代議士に報告し、代議士含めK氏とお話をさせて頂きたいと思っておりますと言われた事。」に着目)

「願書」はT筆頭秘書からK氏への願書で、「K氏・安倍代議士(1対1)で話合いする事、勝手ながら決めさせていただきました。大変お忙しい中、お手数おかけいたしますが、安倍事務所へお越し頂けますよう、何卒、宜しくお願い申し上げます。」と書かれています。

つまり、
「対立候補者潰しの件でK氏と安倍氏が1対1で話合う段取りを決めたので、安倍事務所へ来られたし」
…というT筆頭秘書署名・捺印入りの書類
が、今回出てきたのです。

 
左の動画は山岡俊介氏による解説、右はK氏の証言の一部。


【告発者二人は、「その後」…】

この念書については、これまでK氏は「これがあるかぎり絶対に捕まらん」と関係者に漏らしていたとされ、裁判でも一切、念書のことは持ち出さなかったそうです。
山岡俊介氏の取材の後、K氏は山岡氏の仲介で『週刊新潮』のインタビューにも応じる予定でしたが突如新潮の取材を断り、途中から連絡が取れなくなってしまったといいます。
安倍氏側から「何らかの接触」があったか、「命のお守り」でもある念書を公開してしまった以上…?

更に気になるのは、一連の告発を続けてきた山岡俊介氏が8月7日夜、新宿アルタ横の階段から転落し、右肩骨折/頭部7針を縫う重傷を負ったと報じられています。
命に別条はなかったというものの、果たして…。



~今も、昔も変わらない“構図”~

今回、20年近い昔に起きた『安倍晋三宅火炎瓶投擲事件』とその背景を調べてみて、近年世間を騒がせた『森友学園事件』と“似た構図”に思えました。
K氏と籠池理事長という“同じ匂いの人”と組んで悪事を働き、不都合になったら“シッポ切り”して、怒った彼らの“反撃を喰らう”…。


“似た構図”といえば、ここでもやっぱり『加計学園』に行き着いてしまうことです。
安倍氏が下関市市長選で不正な選挙妨害工作してまで“えこひいき”した江島潔氏は、安倍首相と同じ下関市に由来があり、互いの父も同じ自民党の派閥「清和会」に属した古くからの間柄。
2009年まで下関市長、2013年から参議院議員に転身していますが、その間2010年からは加計学園系列の「倉敷芸術科学大学」の客員教授を務めました。

“同じ構図”は安倍首相の側近中の側近・萩生田光一元官房副長官にも当てはまり、落選中の2009年から加計学園系列の千葉科学大学で、また元首相補佐官の井上義行参議院議員も退官後に千葉科学大学で、それぞれ浪人中に同大学の客員教授として迎え入れられています。

もちろん加計学園が一方的に安倍首相に奉仕しているのでは決してなく、千葉科学大学学長の木曽功氏は内閣官房参与、木澤克之・元加計学園監事は最高裁判事に就任、さらに加計学園系列への国・自治体からの補助金が176億円にも上るといわれ、これら「彼らの個人的恩義の代償は何れも国民の税金で払われている」のです。


また、下関市市長選での安倍事務所による対立候補への選挙妨害工作と“似た構図”を思わせるのが、近年「確信犯でデマやヘイトを流す汚い選挙」です。
今年2月の名護市長選での「内地から2000世帯移動」や、6月の新潟県知事選で「候補者が[拉致問題は北朝鮮の創作]と言った」など、およそ根拠のない悪質なデマが常態化しているのは、“ボス”の戦い方に倣ってのことでしょうか…。


そして【安倍支配の本質】と言ってもいい“同じ構図”は、「警察を飼い馴らしそばに置く」こと。
警察の捜査手法や能力を知るOBや高官を厚遇してそばに置いておくと、彼らの手の内を事前に知って「作戦」を立てられるし、万が一自らが捜査の対象になりそうな時でも、彼らを抑え、事件をもみ消す「最強の番犬」となってくれます。
近年の森友・加計疑惑でも見られた、たくさんの証拠が出たのに結局「警察・検察が事件化しない」ことで逮捕・起訴という致命傷を免れ、未解決のままうやむやにして有権者の倦怠・忘却を待つ…といった手口は、まさに『火炎瓶投擲事件』の真相をもみ消した手法そのものです。
「警察は際立った強制力を持った組織」であり、「法の番人」の名の下に安倍首相に逆らう不埒者を排除する手足にもなり得ます。

警察を子飼いにするメリットはそれに止まらず、情報収集や捜査活動のプロである彼らの能力はさまざまな局面に重宝します。
とりわけ安倍首相が重用しているのが杉田和博内閣人事局長北村滋内閣情報官という2人の警察官僚。
2人が属した『内閣情報調査室(内調)』本来「内閣の重要政策に関する情報の収集・分析」が職務ですが、安倍政権下では内閣の重要政策に関係ない街頭演説での「ご当地ネタ」の収集であったり、現在行われている自民党総裁選では対立候補の石破茂・元幹事長の講演会など公式の発言に加え、非公開の場での発言まで収集していると報じられます。
内調の活動は選挙に止まらず、「知人と会食の場で漏らした安倍首相への不満で更迭」された森本康敬・韓国・釜山の総領事や、意見が対立した前川喜平・前文科次官を「退官後も私生活を監視」していたのも、内調や公安警察ではないかといわれています。



~Epilogue~

今回の総裁選に際して、「正直、公正」をスローガンに掲げ立候補した石破茂元幹事長。
これに対する自民党の反応は、石破支持を表明した竹下派の吉田博美参院幹事長の「相手を個人的なことで攻撃するのは非常に嫌悪感がある」が象徴しています(実は吉田氏は安倍首相に近い人物)。
しかしこれは安倍首相周辺で起きた数々の疑惑が「安倍氏自身の嘘、えこひいき」に基づいて生じたと考えられるからであって、問題に1年以上費やした先の国会終了後の世論調査「森友・加計問題に納得せず75%(納得14%)」が指し示すとおり、一般国民との認識がズレているのは安倍首相を支持する自民党の方です。

自民党はこうした石破氏の投げ掛けを「野党みたいな批判」と非難していますが、まるで他人事です。
これは「自民党の総裁にかかった疑惑」であり「自民党自身が解決する責任の問題」であり、政権外にあって他党である野党の問題ではありません。
自民党が自らの責任を果たそうとせず、国の統治システムに悪影響を及ぼしているから野党や国民が批判しているのに、責任を他人に転嫁しているだけです。
当たり前の組織であるなら、いつまで経っても自らの疑惑を晴らせず問題解決できない組織のトップに対し、内部から自浄作用を働かせ責任を取らせるものですが、こんな状況にあってさえ「安倍さんしかいない」と三度目の神輿を担ごうというのですから、国政与党としてあまりに心許ないといわざるを得ません。

しかし余人はともかく、お伝えしているように安倍晋三氏はそれが事実なら犯罪の数々を犯した容疑のある人物です。
警察・検察が事件化しなかったため、あるいは警察・検察・国税庁・暴力団…あらゆる手段を用いてメディアや事件関係者の口を封じてきたために逮捕を免れてきた疑いがあります。
法治国家に於いて“法の番人”が「正直、公正」の魂を捨て、時の最高権力者に阿(おもね)り、番犬として“飼い主の敵”を取り締まり始めたらどのような末路を迎えるか、戦前のこの国の歴史が指し示しているはずです。

国民の約0.8%(自民党員)が賢明な判断を下すことを、残り99.2%の国民は願っています。



「夜の囁き」


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tags : 1981年 ニューウェイヴ 男の主張  ヒュー・パジャム マイアミ・バイス  

comment(4) 

「スリッピング・スルー・マイ・フィンガーズ」アバ

2018.05.04

category : ABBA

ABBA - Slipping Through My Fingers1 ABBA - Slipping Through My Fingers2


ABBA - Slipping Through My Fingers (1981年)



~概要~

「スリッピング・スルー・マイ・フィンガーズ」はスウェーデンのポップ・グループ“ABBA”1981年11月の8th(最終)アルバム『The Visitors』の収録曲です。
作者はメンバーのビョルン・ウルヴァースとベニー・アンダーソン、リード・ヴォーカルはアグネッタ・フォルツコグ。
一部を除きシングル・カットはなく、南米盤『The Visitors』にはスペイン語ver.も収録され、スペイン語圏でシングルもリリースされたそうです。
“母と娘の物語”をイメージさせる歌詞ですが、実際にビョルンとアグネッタの娘さんからインスピレーションを得て生まれた作品です。

日本では同年夏にコカ・コーラが販売促進用の企画として“スーパー・レコード”(写真左/非売品)を製作しています。
当時はコカ・コーラの瓶の王冠や缶のプルタブが“くじ”になっていて、それを集めると特別な賞品がもらえるというイベントがよくありましたが、これもその一つです。
このスーパー・レコードの企画にはアバ以外にもノーランズやドゥービー・ブラザーズ、三原順子、クリスタル・キングが参加しており、シングル盤は未発表曲の赤いカラー・レコード(裏面がピクチャーディスク仕様)、LPは独自選曲による編集盤となっていました。

「Slipping Through My Fingers」は、1999年に始まったABBAのヒット曲から成るミュージカル『マンマ・ミーア!(Mamma Mia!)』の構成曲の一つでもあります。
2008年にはメリル・ストリープを主人公とした同映画が公開され、あの『タイタニック』を凌ぐイギリス史上最高のヒットを記録しました(後に『アバター』がその記録を更新)。


 



~Lyrics~

Schoolbag in hand, she leaves home in the early morning
通学かばんを手に、朝早く家を出るあの子
Waving goodbye with an absent-minded smile
ぼんやり笑顔で、行ってきますと手を振っている

「Slipping Through My Fingers」は、1973年に生まれた自身の長女Linda Elin Ulvaeusが7歳の時に学校へ行く姿をビョルンが見て創作したものだそうです。

子どもは好きなもの・興味のあるものに対する集中力が極めて高く、反面その瞬間それ以外の事象(路上での安全など)に対する集中力が【absent(不在の、欠けて)】になりがちです。
大人だと訓練されていて、そのとき何を優先すべきかある程度意識分散でコントロールできますが、子どもは興味次第の所もあるので切り替えがまだ上手くありません。
その辺りが“ぼんやり”に見えて、親にとっては心配になってしまうところでしょう…。


I'm glad whenever I can share her laughter
あの子と笑いを分け合うことが、いつだって私の喜び
That funny little girl
しあわせの笑みを誘う、小さな天使

一方、ビョルンとアグネッタは1978年末頃には別れを決意し1980年7月に離婚しているので、この曲が創作された頃は彼らにとってかなり難しい時期だったことでしょう。

『The Visitors』が発表される1か月前の1981年10月にアグネッタは『Nu tändas tusen juleljus』というスウェーデン向けのクリスマス・アルバムをリリースしていますが、これが実は娘リンダとのデュエット・アルバムでもありました《写真》。
このアルバムは後年CDとして再リリースされ、1990-2000年代にかけてベストセラーにもなったそうです。

ABBA - Slipping Through My Fingers3 



~2018年は“ABBAの年”!~

1982年の解散から36年が経つ2018年、今年はアバにとって解散以降最大の年となりそうです。

一つは、解散以来初めて4人がスタジオ入りして2曲の新曲を発表する予定である、ということ。
そのうち「I Still Have Faith in You」はメランコリックな曲だそうで、12月にアメリカと英国で放送されるテレビ番組内で“デジタルABBA”によって披露される予定となっています。
もう1曲の「Don’t Shut Me Down」はダンス・ミュージックではないがアップテンポな曲だそうで、2019年からの開催が計画されているABBAtarsなるホログラム・ツアーで聴くことができそうです。

もう一つはアメリカ・イギリスなどで7月20日、日本では8月24日から新作映画『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー(Mamma Mia! Here We Go Again)』が公開予定となっていることです。
タイトルのとおり2008年の映画『マンマ・ミーア!』の続編で、10年後の現在と、ドナがソフィの父親候補3人と出会った青春時代を描く内容となっています。
前作のキャストに加えて今作では若きドナ役を『シンデレラ』のリリー・ジェームズ、そして私が特にぶったまげたのがドナの母親役にあのシェールが出演するというのです!
(まさか、Tバックで歌わないでしょうね…?(御齢7×歳) 



何れにしても、今年はABBAから目が離せません!



~Epilogue~

映画『マンマ・ミーア!』は、シングル・マザーとして仕事と子育てに奮闘した母ドナ(メリル・ストリープ)と、一人娘ソフィ(アマンダ・サイフリッド)の物語。
ソフィが結婚式を挙げる日、母が娘のドレスの着付けを手伝う場面でドナが「Slipping Through My Fingers」を歌います。



ママは苦労したわ。子育てもホテルも何もかも1人で…
自分を育てるため、20年間苦労を一人で背負ってきた母を案じる娘。
でもそれでよかった。こんなに幸せだもの…”
娘の言葉に、長年の【苦労】を【幸せ】だったと答える母。

エスコートしてくれる?
バージン・ロードを実の父親にエスコートされることを夢みていたソフィは、その役目を20年間苦楽を共にした母ドナにお願いすることに決めました。
うれしさが込み上げ、何度もそれに頷くドナ。
母娘の心が、一つになった瞬間…。

Sometimes I wish that I could freeze the picture
写真みたいに、この瞬間を凍らせられたらいいのに…


自身の娘が学校に通う姿を見て作品を書いたビョルンは、「Slipping Through My Fingers」について次のように語っています。
親だったらみんなこの感覚に覚えがあるんじゃないかな?
たとえ子どもたちと起きている時間の全てを一緒に過ごしたとしても、まだ何か取り逃がしている気がすること
…”

Each time I think I'm close to knowing
ようやくそこに近づいたと思うたび
She keeps on growing
あの子はもっと先へと成長し
Slipping through my fingers all the time
いつだって、私の指からすり抜けていってしまう…

そんな“想い”もあったのだと、“あの頃”気づいてあげられた子どもはあまりいないでしょう。
でも成長を遂げた今なら、それを埋め合わせてあげられるかもしれません。 



「スリッピング・スルー・マイ・フィンガーズ」



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「アンダー・プレッシャー」クイーン&デヴィッド・ボウイ

2018.04.20

category : Queen

Queen David Bowie - Under Pressure1 Queen David Bowie - Under Pressure2


Queen & David Bowie - Under Pressure (1981年)



~概要~

「アンダー・プレッシャー」はイギリスのロック・バンドのクイーンと、同シンガー・ソングライターのデヴィッド・ボウイにより1981年10月26日にリリースされたコラボレーション・シングルで、全英No.1/アメリカBillboard Hot 100で29位を記録、クイーンにとって1975年の「Bohemian Rhapsody」以来2曲目/デヴィッドは1980年の「Ashes to Ashes」以来3曲目の全英No.1でした。
アルバムはクイーンが1981年11月の『GREATEST HITS』(英国盤には未収録)と1982年の『Hot Space』、デヴィッドは1995年にリマスターした『Let's Dance』のボーナストラックに収録されています。

フレディ・マーキュリー&デヴィッド・ボウイという稀代のヴォーカリストによるデュエットは、2007年にBBC Radio 6 Musicで<BEST MUSICAL COLLABORATIONS 3位>に選ばれた名作です。
また、近年二人のヴォーカル・パートのみを抜き出したアカペラver.が話題を呼び、改めてその素晴らしさが見直されました。

「Under Pressure」でもう一つ特筆すべきといえばジョン・ディーコンによる“ベース・リフ”で、2011年のMusicradar.comの一般投票による<The 25 Best Basslines of All Timeで4位>にランクされました。
一度聴いたら頭にこびりつくこのベース・ラインについて、ジョン自身は“デヴィッド・ボウイの創造”と言い、そのデヴィッドは“僕が参加する前に書かれていた”と回顧しています。


奇跡のコラボレーションのきっかけはクイーンがスイス・モントルーにあるスタジオ『Mountain Studios』でレコーディングした際、近隣に自宅を構えていたデヴィッドがある夜クイーンを訪ねたことでした。
みんなで遊び半分に曲を演奏していたところ“一緒に曲を書こう”となって、本格的なセッションに発展していったそうです。

こうして始まったクイーンとデヴィッドによるジャム・セッションですが、ギタリストのブライアン・メイによると必ずしも和やかなレコーディングではなかったといいます。
ハードだったよ。だって、僕らはみんな生意気だしデヴィッドは強引なところがあって、フレディとデヴィッドは意見が衝突したんだ…”

このセッションでは他にも何曲かレコーディングされており、『Hot Space』に収録されることになる「Cool Cat」にもデヴィッドがバック・ヴォーカルに参加しましたが、その出来にデヴィッド自身満足できず、残念ながらこのバージョンのアルバム収録は見送られました。


「Under Pressure」はデュエットという性格上、両者によるライブでの共演は実現しておらず、クイーンのセットリストとして演奏されました。
一方デヴィッドは自身のライブでほとんど歌うことがありませんでしたが、1992年の『フレディ・マーキュリー追悼コンサート』(本項のはリハーサル映像)で遺されたクイーンのメンバーと、ユーリズミックスのアニー・レノックスとのコラボでパフォーマンスを披露しています。

元々偶発的に生まれたコラボレーションであるためか両者出演によるプロモーション・ビデオは制作されておらず、公式PVは『吸血鬼ノスフェラトゥ』や『戦艦ポチョムキン』など著作権切れ映画の映像が編集されています。
また、1990年に700万枚を売り上げ全米No.1に輝いたヴァニラ・アイスの「Ice Ice Baby」は、「Under Pressure」のベース・ラインをサンプリングした作品として有名です。


 
  



~Lyrics~

These are the days - it never rains but it pours
These are the days - どしゃ降りの日々
People on streets - people on streets
People on streets - 路上の人々

【it never rains but it pours】は“降れば必ずどしゃ降り”と訳され、“悪い事は続く”という広い意味合いのことわざとしても解されます。
【people on streets】は歌詞中に何度も使われており、日本語版wikiには“この曲の最初のタイトルは「People on Streets」であった”とありました(ただし、その根拠は付加されていない)。

一方、英語版wikiによると「Under Pressure」は元々ドラマーの“ロジャー・テイラーが書き始めた「Feel Like」が原曲”とされています。
デヴィッドとのセッションが始まった時点で「Feel Like」は未完成で、当初フレディ・マーキュリーが中心となってメンバー全員で創作が進められ、その後デヴィッドも歌詞面で重要な貢献があったようです。
ちなみにロジャーは1998年のソロ・アルバム『Electric Fire』で「People On Streets」という曲を発表しており、なかなか面白い作風となっています。

 


Under pressure that burns a building down
Under pressure! 建物は焼き尽くされ
Splits a family in two
家族は二つに裂かれ

【under pressure】は、“物理的または精神的に加圧・強制された状態”のことです。
【people on streets】といい、とても重苦しい言葉が並びますが、このラインからすると本作品は内戦か戦争を背景としているのでしょうか…
何れにしても、風や川がそうであるように、力の作用は“上から下へ”働きます。



~ Under Pressure ~

森友学園事件に於いて、「省庁の中の省庁」財務省が学園側に“トラック何千台も使ってごみを撤去したと説明していいか”と「反社会勢力まがいの口裏合わせ」を求め…

加計学園問題に於いて当時の柳瀬唯夫首相秘書官が、自身の「首相案件」発言の記録が次々と発見された後も“記憶の限り会っていない”と「無理筋な嘘」を押し通し…

日報隠ぺい事件に於いて、防衛省が「自衛隊員の命懸けの活動で積み上げた記録」である“日報を破棄した”という「ありえない自己存在否定の嘘」をつく…

官僚たちはなぜこんな【リスクに見合わない見え透いた嘘】をつかなければならないのでしょう?


これまで歴代首相は、政治とのあるべき中立性への配慮からそれぞれ人事権を抑制的に行使してきましたが、安倍首相はそれを取り払って自らの人事権を最大限まで拡大、“公僕”たる官僚人事をはじめ“法の番人”内閣法制局長官や“通貨の番人”日銀総裁、“憲法の番人”最高裁判事、“公共放送”NHK会長(直接的には会長を選任する経営委員)などに介入し大幅に支配力を強化しました。
私が特に懸念するのは【法の支配】の崩壊で、日本国憲法はこの“専断的な国家権力の支配を排し、権力を法で拘束するという基本的原理”が採用されていますが、これらの機関に政府の利害が含まれてしまうと専断的な国家権力を助長してしまうことになります。
2015年の『安全保障関連法案』は、まさに異例の内閣法制局長官人事(※)によって法制局の伝統的憲法解釈を強引に変更させて提出されたもので、憲法学者の85%が違憲と判断し、国民の大半が反対した中で強行採決によって成立させました(※内閣法制局は内閣の下で法案や法制についての審査・調査等を行う機関)。

安倍首相の政治力の最大の源は選挙の勝利であり、47%の得票で74%の議席を獲得できる“小選挙区マジック”による常勝を背景に、自民党内は安倍氏に異論さえ挟めず、弱小野党相手の国会はもはや議会の体を成していませんでした。
与党であり続けることは絶大な【立法権・行政権・国家予算の配分権を独占】することであり、必然的に安倍首相の下にその利権に与(あずか)ろうとする者があふれ返り、献金及び政権支援と引き換えに政権は【厚労省のデータを改ざん】してまで経団連の要望【裁量労働制】の実現を目指します。


また、安倍政権の本質は【友好・忠誠を誓う者に特別待遇】を与えることであり、安倍首相の腹心の友が経営する加計学園が特例的に認可と補助金を受けた事例が象徴的です。
その加計学園に認可を与えた【国家戦略特区制度】は従来の規制を大幅に緩め岩盤規制を打ち抜く突破口とするために安倍内閣が創設した制度ですが、それは“議長を務める安倍首相自らの予算配分特権を増やすための制度”であるともいえます。
こうした安倍首相による特別待遇は多くの“お友だち希望者(⇒安倍応援団)”を引き寄せ、森友学園の籠池理事長は加計学園への特別待遇に倣(なら)おうと昭恵夫人に近づいたといわれます。

一方で【敵対・不忠者に苛烈な仕打ち】を与えるのもこの政権の特徴であり、私的な会食で安倍首相を批判して更迭された外交官や、獣医学部新設に反対した前川喜平文科省前次官に対する読売新聞の作為的報道や文科省からの圧力問題をご記憶の方も多いでしょう。
こうした敵対・不忠者に対する苛烈な仕打ちを見せつけることで、政権に盾突いた者がどうなるかを官僚たちに理解させるというわけです。



~Epilogue~

安倍政権下で発生した森友学園事件や加計学園問題、自衛隊日報隠蔽事件…(以下、あり過ぎて省略)

そもそもの問題は、学校を新設または運営能力の不足するこれらの学校法人が前例ない特別待遇で認可されていたり、南スーダンPKO日報の一部に「戦闘」と記載されていた、個別の事案でした。
しかしこれらの問題が単なる各個の問題ではなく“一連性”と深刻さを感じてしまうのは、広く省庁に亘って官僚が組織的に【文書改ざん・破棄】【隠ぺい】【データ捏造】【虚偽答弁】…といった異常な手段を連発してまで事実を隠そうとする現象が見られたことです。

…何故?

何故なら、そこには安倍首相の縁故者が特別待遇を受けるという“我田引水”的事案であり、片やちょうどそのとき「南スーダンPKOの自衛隊部隊の派遣延長」や安全保障関連法に基づく新任務「駆け付け警護」の是非が国会で焦点となっていたため、事実を隠すことが政権の利益だった…のでしょう。


…何れにも共通するもう一つは、“間接証拠はたくさんあるのに直接証拠が出てこない”ことです。
ただ、安倍首相の系譜を辿ると“同じ匂い”のする言葉が残されています。

“政治資金は濾過機を通ったきれいなものを受け取らなければいけない。問題が起こったときは、その濾過機が事件となるのであって、受け取った政治家はきれいな水を飲んでいるのだから関わり合いにならない。政治資金で汚職問題を起こすのは濾過が不十分だからです”

安倍晋三首相の敬愛する祖父、岸信介元首相の有名な言葉です。
簡単に言うと“汚れた金は濾過機できれいにしてから使いなさい”という教訓ですが、岸氏自身満州のアへン密売で巨万の富を築きその後何度も汚職疑惑が浮上したものの、何れも結局シッポは掴ませませんでした。
私には、岸氏の孫である安倍首相の周辺で現在起こっていることとあまりに共通点があるように思えてならないのです。

“汚い仕事は部下に忖度で実行させれば、自分は汚れることはない。
汚れた濾過機は交換すればいい”
 (※安倍首相の周辺で起こっていることに対する個人的なイメージ表現です)


政治家や官僚は、【国民から預かった権力】を行使することが特別に許されています。
【公】とは“私有でないこと”であり、優秀な官僚に政治家の不徳の尻拭いのため“トラック何千台も使ってごみを撤去したと説明していいか”という情けない無理筋なつじつま合わせを考えさせたり、公文書という歴史の改ざんの片棒を担がせるのは止めてください。

「このままでは自分1人の責任にされてしまう」「冷たい」というメモ
を残して死んでいった近畿財務局職員…

「公務員」も「公文書」も国民全体の大切な財産であり、政権のための使い捨ての濾過機ではありません。
これらの問題を野放しにする事はこれから更に無理筋な嘘や改ざんを膨らませねばならない路であり、恐らくその終着は“破裂(国家破たん級の事態)”です。
その悪路を断ち切ることができるのは、当事責任者である与党と省庁が党益・省益を捨てて一致団結して自浄意思と能力を示す以外にありません。
国民の未来のために…。

Courage is grace under pressure
勇気とは、窮地に陥ったときにみせる、気品のことである  Ernest Miller Hemingway



「アンダー・プレッシャー」


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tags : 1981年 デュオ ニューウェイヴ 抑圧・統制  

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