「アナザー・デイ・イン・パラダイス」はフィル・コリンズ1989年の4thアルバム『バット・シリアスリー(…But Seriously)』からの1stシングルで、Billboard Hot 100で4週 No. 1 (1990年の年間7位)に輝いたと同時に、これによって彼は4曲連続 No. 1の偉業も達成させました。 『バット・シリアスリー』は“世界で一番忙しい男”の1980年代を締めくくる作品ですが、この年代に彼はソロとジェネシス合わせて8作のオリジナル・アルバムを発表してその全てが英・米で Top 10 内というのは、改めて驚くほかはありません。
作者はもちろんフィル自身、コーラスには Crosby, Stills, Nash & Young のデヴィッド・クロスビーが参加しており、1991年の『第33回グラミー賞』では2人による本曲のパフォーマンスが披露されました。 そのグラミーに於いて「Another Day In Paradise」だけで4部門にノミネートされており、主要4部門の一つ【最優秀レコード賞(Record of the Year) 】を受賞しています。 また、同様に1990年のイギリス『Brit Awards』でも【British Single of the Year】を獲得しました。
フィル・コリンズというと「You Can't Hurry Love」(過去ログ)や「Two Hearts」のお茶目なキャラクターが印象的で、たとえ政治・社会問題をテーマとする楽曲であっても「Land Of Confusion」(過去ログ)のようにインパクトあるエンターテイメントに昇華させるアイデアとサービス精神が持ち味といえますが、「アナザー・デイ・イン・パラダイス」ではこうした娯楽性は一切封印され、まさに『…But Seriously』な作品となっています。 PVでもそうした“真面目さ”が貫かれており、冒頭で青い地球がセピア色に変化すると、路上生活者の困窮する写真や【One Billion People Have Inadequate Shelter】【3 Million Homeless In America】【100 Million Homeless Worldwide】といった問題の切実さを訴える映像も込められ、【グラミー最優秀ミュージック・ビデオ:短編部門】にもノミネートされました。
~Lyrics~
She calls out to the man on the street 道端で女性が男に呼び掛けている "Sir, can you help me? “旦那様、お助けくださいまし
「Another Day In Paradise」は、路上生活で各地を転々としている女性に焦点が当てられた物語。 ただ、フィルによると当初からホームレスをテーマとするつもりで創作が始められたものではなく、ピアノを弾いて作曲していると、自然と口からこぼれたのが【She calls out to the man on the street】のフレーズだったといいます。
「Another Day In Paradise」がリリースされた西暦1989年は、日本の元号・平成元年という新しい時代の幕開けでもありました。 中国では【天安門事件】が発生し、欧州でも【ベルリンの壁崩壊】、米ソ首脳間で【冷戦の終結】が宣言され、日本でも【天皇の崩御/即位】、10月に【三菱地所がロックフェラー・センターを買収】、12月29日には[【日経平均株価が史上最高値38,957円44銭を記録】するなど、まさに激動の年でした。
「Another Day In Paradise」は、ホームレスという社会問題をテーマとして扱っていますが、本当の主人公は歌詞中の【He】で、“【社会問題を見て見ぬふりする大衆】こそ、より深刻な社会問題”の趣旨であると、私は解釈しています。 つまり一つひとつの社会問題も大事であるが、社会を構成する大衆がそれに関心を示さず“自分に関係ない”と見て見ぬふりをする風潮は、あらゆる社会問題の誘因となる、ということです。 以前見たNHK『難問解決!ご近所の底力』で、落書きに困っている商店街がみんなで協力し徹底的に落書きを消して町をきれいにする活動を行ったところ落書きされなくなった、という例がありました。 恐らくこれは地域の多くの人が清掃に参加したことが大きく、多くの人が落書き行為に対してはっきり“No!”の意思を示したことで、落書きをする側に対し大きな抑止効果となったからではないでしょうか…。
本曲の大半はリズムボックス【ローランドCR-78】によって生成された単調で静かなサウンドですが、後半劈(つんざ)くように入ってくるドラムス(ファンは“magic break”と呼んでいる)を号砲とするかのように、それまで抑えていたフィルの感情が堰を切って溢れ出し、悲鳴へと移り変わるさまが聴き所となっています。 フィルは当初ジェネシスの作品として提供するつもりでしたが、メンバーから“シンプル過ぎる”と反対されとりやめました。 また、本作プロデューサーのヒュー・パジャム(Hugh Padgham)は80年代以降フィルやジェネシス、ポリスやスティング、ポール・マッカートニーなどのヒット作の多くに携わるなど名プロデューサーとして有名ですが、彼にとってもその名声を得る第一歩となったのが「In The Air Tonight」でした。
ただし、本曲が特に広く知られるようになったのは作品発表から3年後、1984年にアメリカのドラマ『特捜刑事マイアミ・バイス(Miami Vice)』のサウンドトラックに起用されてからでしょう。 「In The Air Tonight」が使用されたのはその第1回(パイロット版)、『血闘サブマシンガン!巨大組織を叩きつぶせ!(Brother's Keeper)』です。
物語序盤からソニー・クロケット刑事は警察の内部情報が麻薬密輸組織に流れている疑念を抱いており、終盤でその犯人が自分と長年家族ぐるみの付き合いをしてきた仲間であったことが判明します。 絶対の信頼を寄せていた仲間の裏切りへの怒りと、彼が“売った”情報によってソニーの相棒が命を落とした哀しみを背負い、後に“新たな相棒”となるニューヨークの刑事リカルド・タブスと共に麻薬密輸組織摘発へと乗り込む道中に「In The Air Tonight」が流れます。 無機質に回り続けるタイヤ、黒いボディーに流れゆく街の光、愛車が主人の心を映し、彼を覆う暗闇「In The Air Tonight」…“MTV Cops”として人気を獲得した同シリーズの魅力を集約した屈指の名シーンです。
~Lyrics~
Well if you told me you were drowning, ところで、溺れるお前が助けを求めてきたとする I would not lend a hand …だが俺は、お前に手を貸さないだろう
「In the Air Tonight」で最も印象的なこのフレーズはロック界でも有名な都市伝説の一つとなっていて、いろいろ“尾ひれ”がついています。 その一つを紹介すると、“少年時代のフィルが誰かを溺れさせている男を(救助できないほど)遠くに発見し、後年探偵を雇って犯人を見つけ出すと「In the Air Tonight」を初演する彼のコンサートへ無料で招待し、終始その男にスポットライトを浴びせた”…という話。
この伝説は世代をも超える影響力を持っているようで、2000年にエミネムは「Stan」の歌詞の中に【You know the song by Phil Collins "In the Air Tonight" / About that guy who coulda saved that other guy from drowning】とこの場面を参照し、“(この歌のように)君は僕を溺死から救える(のに見殺しにしようとしている)”と、ストーリーを展開させています。
And I've been waiting for this moment for all my life, oh Lord ずっと待ち続けたこの瞬間... Can you feel it coming in the air tonight, oh Lord, oh Lord お前も、それを感じるだろう?
もちろんこうしたあらゆる都市伝説の類いを否定する一方でフィルは、これを1980年に“離婚した妻への‘たくさんの怒り’、‘たくさんの絶望’、‘たくさんのフラストレーション’”であることを認めています。 一説によると奥さんは【ペンキ塗りの男性】と恋仲になって出て行ってしまったらしく、その後フィルが「In the Air Tonight」を作曲し、イギリスのテレビ番組『Top of the Pops』に出演した際、“ある仕掛け”をして奥さんへの強烈な反撃を試み、彼女に“私へのメッセージだと、すぐに分かったわ”と言わしめたそうですが…
実際の映像で確認してみると、確かに“キーボードの横”にそれを示す【ブツ】があるっ!!
~I can feel it coming in the air tonight, oh Lord~
「ランド・オブ・コンフュージョン~混迷の地~」は1986年に発表されたジェネシスの13thアルバム『インヴィジブル・タッチ (Invisible Touch)』の収録曲で、3rdシングルとしてBillboard Hot 100の4位(1987年の年間40位)を記録しました。 本作のシングル・ジャケットを見て、“何か”を思い浮かべた方もおられるでしょう… このジャケットはビートルズの2ndアルバム『With the Beatles』のパロディーであり、本作以外にもこれまで多数の“迷作(?)”を生んでいます。
作詞は過去にご紹介した名作「The Living Years」の作者で、ギタリストのマイク・ラザフォード。 「Land Of Confusion」という“さも事情ありげ”なテーマを掲げた本作ですが、ヴォーカル・レコーディングの直前にマイクはインフルエンザにかかってしまい予定日までに作詞が完成されていなかったようで、当日も自宅で高熱を出して寝込んでいたところを訪れたフィル・コリンズに、枕元から“マイク自身が【confusion(混乱状態)】”で歌詞を口述して書き取ってもらった事情があったそうです。 しかしその内容はマイク本人が“こんなにも素晴らしい世界に生きているのに、僕ら(人間)の生み出すものは混乱ばかり”という気持ちを込めた大真面目なものとなっています。
パペット(puppet)を全編に用いた楽しいミュージック・ビデオはジェネシス一個というより80年代を代表する名作で、1987年のグラミーで“Best Concept Music Video”を受賞しました。 社会問題をテーマとしているだけあって世界の政治家のパペットが多数出演(別項参照)しており、その他ジェネシスのメンバーをはじめ数え切れないほどの有名人(…と、思われる)パペットが登場します(※以下、ビデオに登場するキャラクターや作品の名前は全て推定としてハナシを進めます)。 一例を挙げてみると音楽界からプリンス、ピート・タウンゼント、デヴィッド・ボウイ、ボブ・ディラン、ミック・ジャガー、ティナ・ターナー、マイケル・ジャクソン、マドンナ、「We Are the World」、映画界からレナード・ニモイ、『2001年宇宙の旅』、プロレス界からハルク・ホーガン、そしてスペシャル・ゲストとして教皇ヨハネ・パウロ二世がエレキ・ギターを披露していますョ!
その他に、「Land Of Confusion」は80年代を代表するアメリカのドラマ『Miami Vice』シーズン5最終話「Freefal」に使用されました。 2006年にはアメリカのHMバンドのディスターブド (Disturbed)によってカバーされており、そのアニメMVにはジョージ・W・ブッシュ、プーチン、シラク、ブレアといった当時の各国首脳が登場し、その中には日本の小泉純一郎首相の顔もあります。
~Lyrics~
I must've dreamed a thousand dreams もう千回も見ただろう Been haunted by a million screams 百万の悲鳴にうなされる夢
壮大なストーリーを展開するPVは、実はその主人公を演じるロナルド・レーガンが俳優時代の1951年に主演したコメディー映画『Bedtime for Bonzo』のパロディーとなっています。 映画では、犯罪歴のある父をもつ心理学者のレーガンが学部長の娘と結婚するために[Bonzo]というチンパンジーに人間のモラルを覚えさせることで、遺伝より環境が重要であることを証明する(=結婚を許してもらう)というストーリーになっていて、後に大統領にまでなったレーガンがチンパンジーに翻弄される内容から、格好の“ネタ”にされた代物です。
その共和党ドナルド・ジョン・トランプ(Donald John Trump)氏が尊敬する政治家こそ、第40代アメリカ大統領ロナルド・レーガン氏です(※敬称は2度目以降略します)。 トランプは大統領選で“Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に)”を掲げ当選しましたが、この言葉は1980年の大統領選に於いて共和党候補のレーガンが使用していたものです。 レーガンが当選した背景には、前・民主党カーター政権が不況とイランのアメリカ大使館人質事件で有効な打開策を取れなかったことに国民が募らせた不満がありました。
“強いアメリカ”復活のために…
ノーベル平和賞を受賞した現アメリカ大統領バラク・オバマ氏の平和希求の理想と現実は、皮肉にも原爆を投下した国の元首として史上初めて被爆地・広島に“核フットボール(核兵器の発射ボタン)”を帯同させ訪問したことに象徴しており、同時にこれは“Yes We Can”に抱いたアメリカ国民の希望と失望にも重なります。
今回のトランプ当選の背景にも、自由貿易協定 (FTA)下での国内製造業の国外流出及び移民流入による雇用喪失や、オバマのロシア・中国・ISILに対する弱腰な印象の外交への不満を募らせた国民にトランプの“Make America Great Again”が心地よかったことは想像に難くありません。 しかし、トランプが一方的に宣言しながら費用を相手に支払わせるというメキシコ国境の壁に“理想と現実”はないのでしょうか…。
This is the world we live in …これが、僕らの住む世界 And these are the hands we're given でも、与えられしその手により Use them and let's start trying 挑んでみよう To make it a place worth living in. 世界を、住みよいものとするために
「リヴィング・イヤーズ」は1988年の2ndアルバム『Living Years』からの2ndシングルとしてリリースされ、Billboard Hot 100でNo.1(89年・年間31位)に輝いた他、オーストラリア・カナダ・アイルランドで1位を記録しました。 日本では高嶋政伸主演のドラマ『HOTEL』第2シリーズ主題歌として、1992年に島田歌穂(『がんばれ!!ロボコン』のロビンちゃん)が「FRIENDS」というタイトルでカバーしているので、そちらをご記憶の方もあるかもしれません。
この作品は作者のマイク・ラザフォードとB. A. ロバートソンの実体験が組み込まれており、出版者やレコード会社の影響力を排除し公平公正に楽曲や作曲家を審査をすることで知られるイギリスで非常に権威の高い『アイヴァー・ノヴェロ賞(Ivor Novello Awards)』で、“Best Song Musically & Lyrically”(1989年)を授賞しました。 また、1996年には「雨にぬれても」や「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」など多数の名曲を輩出した著名な作曲家バート・バカラックによって、“この10年で最も優れた詞の一つ”と評されました。