「遥かなる影」はカーペンターズ1970年の2ndアルバム『Close to You』(邦題は『愛のプレリュード』⇒『遙かなる影』に変更)からの1stシングルで彼らにとって記念すべき初ヒットとなっただけでなく、アメリカBillboard Hot 100での4週連続No.1(年間2位)をはじめオーストラリアやカナダで1位を記録するなど、彼らのキャリアを代表する大ヒットとなった作品です。 この活躍によりカーペンターズは第13回グラミーで8部門ノミネートされ“最優秀新人賞”を獲得、「遙かなる影」で“最優秀ポップ・パフォーマンス賞”を受賞し、2000年には「(They Long To Be) Close To You」はシングルとしてグラミーの殿堂入りを果しています。 楽曲はバート・バカラック(過去の作品;「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」)とハル・デイヴィッド(作詞)が1963年にアメリカの俳優/歌手リチャード・チェンバレンのシングルB面用に提供した作品で、オリジナルのタイトルはカッコなしの「They Long to Be Close to You」でした。
1964年にはディオンヌ・ワーウィックが、1968年にはバート・バカラック自身がカバーし、さらにこれをハーブ・アルパートにも歌わせようとしましたが本人は保留し、その彼の勧めでカーペンターズが「涙の乗車券」に続くシングルとして歌うことに決まっています(ハーブ・アルパートはカーペンターズが所属するA&Mレコードの社長でもあった)。 作品のタイトルがカッコ付きの「(They Long To Be) Close To You」に変更されたのはこの時点のことで、これはリチャード・カーペンターの“長すぎてインパクトに欠ける”という考えによるものだそうです。 ちなみに、原題「(They Long To Be) Close To You」と歌詞をどう訳してみても、「遥かなる影」にはなりません!
また、このころ既にリチャードはアレンジャーとして類い稀なる才能を見せており、それまでの「They Long to Be Close to You」の“まったり”したイメージを、ピアノのグリッサンド(鍵盤の上を指で急速に滑らせる奏法)などを用いて、より爽やかに洗練されたサウンドを実現させ本作を初めて商業的成功へと導きました。 一方、この歌で天性の歌声を発揮したカレンはその才能が認められる程に、彼女の望まぬ方向へと導かれることになります。 ステージで歌うカレンの姿をよく見たいと望むファンのため、大好きなドラムスを降りる決断を迫られたからです。 ドラムを叩きながら「遥かなる影」を歌う貴重な映像は、記事最後の“Lyrics動画”で見ることができます。
カーペンターズ以外にもフランク・シナトラやダイアナ・ロスら大スターがカバーするスタンダード・ナンバーですが、近年も『Glee Season 6』に起用されるなど現在も人気の高い作品です。 また、興味深いのは日本の“Cubic U”という歌手のカバーで、彼女は翌年「Automatic」でセンセーショナルを巻き起こすことになる14歳の“宇多田ヒカル”その人でした。
~Lyrics~
Why do birds, suddenly appear? なぜだろう… あなたが近くにいると、決まって Every time you are near 鳥たちが姿を現す
On the day that you were born, the angels got together あなたが生まれた日、天使たちは集い And decided to create a dream come true “究極の夢”の創造を決めた
きっと“究極の夢”とは、彼のことなのでしょう。 ここでいう【a dream come true】は特定個人の夢ではなく、恐らく【birds】や【stars】【girls】ほか、“ありとあらゆるものが愛しさを覚える存在”として創造されたのが彼なのだと、私は解釈しています。 それを具体的に補完しているのが、続くセンテンス…
So they sprinkled moon dust in your hair そして、あなたの金色の髪にはムーンダスト Of gold and starlight in your eyes of blue 青い瞳には、スターライトをちりばめた
…いくらみんなに愛される存在と言っても、男性像としてはキラキラし過ぎ? でも思い出してください、この作品は当初“男性が歌う歌”として創られたのです。 つまり、本来このように天使に美しさを与えられたのは女性であり、“美しい=みんなに愛される”根拠となっていたのではないでしょうか? それは、女性であるカレンが歌うカーペンターズver.で【the girls in town】と歌っている部分を、オリジナルのリチャード・チェンバレンver.では【the boys in town】と歌われていたことが物語っています。
Just like me, they long to be きっと、願いは私と同じ Close to you あなたのそばにいたい…
「(They Long To Be) Close To You」は単独では“彼らはあなたのそばにいたいと強く願っている”という他人事のようなタイトルで、省略されている【Just like me】があって初めて主人公の心情が窺えるカタチになっています。 ただ、彼がみんなに愛される存在であることを主人公はどう思っているのでしょう? 微笑ましく思っているのか、不安・不満に思っているのかは文脈だけでは特定できる要素は見当たらないため主人公の“本当の気持ち”がつかめず、聴き手もすんなり感情移入できません。 カーペンターズ以前この曲がヒットしなかったのはそのためではないかと思うのですが、それに主人公の本音を添えたのがカレンのヴォーカルであり、リチャードのピアノ・アレンジだったと思うのです。
「トップ・オブ・ザ・ワールド」はカーペンターズの中でも屈指の有名曲ですが、元々は1972年6月に発売された4thアルバム『ア・ソング・フォー・ユー(A Song for You)』の収録曲でした。 このバージョンは現在よく耳にするものに比べギターがよりカントリー・タッチかつコーラスもシンプルで、リチャード・カーペンター自身当初シングル的価値があると認識してはいませんでした。
…という部分が、私は大好きです。 仏教に“諸行無常”の言葉があるように、人生に於いて今日という日が幸せであったとしても明日もそれが保障される理(ことわり)はありません。 だからこそ今日の幸せに感謝し、新たな一日を大切にしたいという気持ち… それこそが、“Top Of The World”へと導いてくれる秘訣なのかもしれません。