I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と解説+エッセイでお届けします

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Lil Dicky - Earth1
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Beatles(the other songs)


John Lennon


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George Harrison


Ringo Starr


「クラブ・トロビカーナ」ワム!

2020.07.06

category : Wham! & George Michael

Wham! - Club Tropicana (1983年)

ワンダーランドを満喫するジョージとアンドリュー。私たちがそれを取り戻せるのは一体いつ?

《解説記事を更新》いたしました。【続きはこちら>>】をクリックしてご閲覧ください。


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tags : 80's ダンス ドラマ 新型コロナ  

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「ワン・モア・トライ」ジョージ・マイケル

2016.12.30

category : Wham! & George Michael

George Michael - One More Try1 George Michael - One More Try2


George Michael - One More Try (1988年)



~ R.I.P. George Michael 1963-2016 ~

既に報じられているとおり、イギリスを代表する男性歌手の一人ジョージ・マイケルが現地時間12月25日のクリスマスに急逝しました(享年53)。
2015年12月31日のナタリー・コール、明けて1月10日のデヴィッド・ボウイの相次ぐ死に幕を開けた波乱の2016年はその後も多くのスターの魂を天に召還し、最後まで落ち着きを取り戻すことはありませんでした。
⇒2016年に亡くなったスター一覧

しかし一連の動揺は収まるどころか、12月27日には『スター・ウォーズ』の“レイア姫”キャリー・フィッシャーが(享年60)、更にはそのキャリーの実母で女優・歌手のデビー・レイノルズが娘の死の翌12月28日に亡くなる(享年84)という訃報の連続に驚かされた方も多かったことでしょう。
当ブログのキャパではその全てをカバーすることはできませんが、改めてその冥福を心よりお祈りいたします。



~概要~

「One More Try」は1987年10月30日発売、ジョージ・マイケルの1stソロ・アルバム『フェイス(Faith)』の収録曲です。
ご存知のようにジョージは1980年代中頃までに世界的アイドルに上り詰めたイギリスのポップ・デュオ“ワム!(Wham!)”の中心人物でした。
ところがその人気絶頂を極める中、彼は自らワム!を脱ぎ捨て“本当の自分”を求めて歩き始めたのです…。

ワム!の一連の作品の殆んどはもちろんジョージの自作によるもので、その弾けるポップ性と若さ溢れるエネルギーがキラキラしたオーラとなって多くの人々を魅了してきました。
しかしワム!の解散から僅か1年でリリースされたジョージの1stソロ・アルバム『Faith』は、その輝かしいイメージを全く覆すテイストのものでした。
そこにはかつてのキラキラ感はなく、“まるで黒人”といっていい粘っこくてコクのあるブラック・ミュージックで占められていたのです。
最小限のリズムとキーボードのみでシンプルに編曲されたバラード「One More Try」もその例外ではなく、そこに漂うゴスペルのインスピレーションが主人公の心情を極限まで表現しているように思えます。

「One More Try」は1988年4月にシングル・カットされると、5thシングルという不利な条件をモノともせずBillboard Hot 100で3週No.1(年間11位)を記録しました。
また、同時に本曲はAdult ContemporaryとHot R&B/Hip-Hop SongsチャートでもNo.1を達成しており、特に白人男性歌手によるR&Bチャート1位は、以後2007年のロビン・シック(Lost Without U)まで20年近く成し遂げる者が現れませんでした。
日本ではソニー・ウォークマンのCMにPVがそのまま使われていたので、曲・映像共にご記憶の方も多いでしょう。

一方、あまりにブラック・ミュージックに傾倒(アメリカ寄り)し過ぎたせいかジョージの本国イギリスではアメリカほど歓迎はされておらず、当時の彼としては物足りない8位に終わっています。
しかし白人のジョージが作曲し歌唱した本曲は後世、Divineやビヴァリー・ナイトなど黒人歌手によってカバーされており、彼らに歌い継がれることこそ、彼にとって望むべき栄誉だったといえるのかもしれません。


 



~Lyrics~

'Cause teacher
何故なら、teacher...
There are things that I don't want to learn
僕には学びたくないことがある

これは、教師と生徒の物語なのでしょうか…
教師は教えるのが仕事、生徒は学ぶのが仕事ですが、あなたはどんな学生でした?
正直、私は“学びたくないことがある”というより、“学びたくないことだらけ(あまり興味が湧かなかったという意味で)”でしたが…。

特にこの物語の主人公が学んだと思われる“事柄”については教科が設けられていないどころか、むしろ“教師はその事柄を生徒に学ばせまいとしていた”ような…? 


And the last one I had
そして、最後にあなたから授かったもの…
Made me cry
それは、叫ばずにいられないほどの悲しみだった

教師が生徒に、最後に授けるものといえば“卒業証書”!
…ではないようですね?
生徒が教師に恋心を抱くというのはよくあることと思いますが、それに応じるわけにいかないというのも教師という職業です。

カリキュラム上、教師と生徒の別れは宿命ではあるものの若人には新たな出逢いが用意されており、その悲しみは通常“良い思い出”として昇華される?


For an uptown boy
山の手育ちの坊やにとって
Whose teacher has told him goodbye, goodbye, goodbye
あなたにさよならを告げられたことは…

ところで、少し捉え方を変えてみましょう…
【teacher】は言うまでもなく教師ですが、辞書には[物事を教えてくれる抽象概念を擬人化したもの]ともあります。

ここはイメージを拡げて、teacherを“知識・経験豊かな少し齢の離れた年長者”としてみたらどうでしょう?
二人の別れの背景には、いろんなストーリーが膨らみそうです…。



~Epilogue~

作者であるジョージ・マイケルは自身の「One More Try」について、次のように評しています。
僕の高傑作であり、5年後・10年後の僕はバラードによって記憶されているだろう…

更に彼は、ワム!時代に発表した「ケアレス・ウィスパー」と比較して、以下のような言及を加えています。
多くの人は「Careless Whisper」が好きだと言うけれど、僕個人にとっては感情的な意味は何も持たないんだ。多分、人生の中の何か別の時期に生まれた曲だからだと思う。一方「One More Try」は僕の心に極めて近い位置にあるバラードなんだ。みんな「Careless Whisper」と「One More Try」を比べるけれど、僕には比較の対象にすらならないんだ

「One More Try」の歌詞のほとんどは、感傷的な言葉で埋め尽くされています。
しかし最後の一行でようやく、弱々しいながら【one more try】という前向きな言葉が登場し、これがそのまま作品のタイトルになっていることから、それが“この時点での彼の結論”だったといえるのでしょう。


I'm so cold Inside
心の奥まで寒くてたまらない
Maybe just one more try
それでも、もう一度挑んでみるか…

「One More Try」を構成する音楽的要素[ゴスペル]は、近代アフリカから奴隷としてアメリカ大陸に強制連行され、独自の言語・宗教を剥奪された黒人らにとっての苦しみ・悲しみの淵で救いとなった福音(神のことば=God spell)を表現する手段として生まれた音楽です。
ゴスペルを歌うことが彼らの励みであり、それに接した人々をも勇気づける…

ジョージは自らの凍えそうな心を、ゴスペルに救いを求めていたのかもしれません。
自由も故郷も、人としての尊厳さえも奪われ奴隷を強いられた人々の深い悲しみと、自らのままならない現実への失意を重ねて…
そして、その絶望の中にも新たな光を見出した彼らの英知への憧憬と、彼自身が迎える明日への希望を込めているようにも思えます。


One More Try...
生きることは苦しいけれど、でも生きているからこそ、それは叶えられる



「ワン・モア・トライ」


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tags : 1988年 バラード/soul せつない愛 名作MV CM曲 

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「フリーダム」ワム!

2016.01.01

category : Wham! & George Michael

Wham! - Freedom1 Wham! - Freedom2


Wham! - Freedom (1984年)



~Freedom...?~

明けまして、おめでとうございます。

新年の第一回目の作品は、ワム!の「フリーダム」。
タイトルに「Freedom」を掲げながら、“全然自由じゃない”主人公の物語です。
普通にポップ・ソングとして聞き流しても十分楽しい曲ですが、今回はそのギャップに着目して“大人テイスト”に仕上げてみました。



~概要~

「フリーダム」は、ジョージ・マイケルがデビューのきっかけとなったポップ・デュオ“Wham!”時代の1984年にリリースした作品です。
ジョージはソロになった1990年にも同名のタイトル「Freedom! '90」を発表していますが、これは全く別の作品。
ワム!は1984年に「Wake Me Up Before You Go-Go」で一躍世界のアイドルに上り詰め、「フリーダム」はその2ndアルバム『メイク・イット・ビッグ(Make It Big)』からの3rdシングルで全英3週No.1、Billboard Hot 100は3位(1985年・年間76位)を記録しました。

このころ日本でも人気急上昇の彼らは『マクセル・カセット・テープ』CMに起用され、「フリーダム」の別ver.をパフォーマンスしています。
また、シュワシュワっとポップなノリで“Freedom”と歌っているせいか、近年も『キリン FREE』CMに起用されたことをご記憶の方も多いでしょう。

作者はジョージ自身で、「Freedom」について次のように語っています。
オリジナルは19歳の時に書いたんだ。当時はまだ自分の才能に気づいてなかったので、こんな曲ができたのが信じられなくてぞくぞくした。だけど、この曲をきっかけにライターの道を真剣に考えるようになったんだ。
…ちなみに「Freedom」のメロディの一部は、後年ソロとして大ヒットすることになる「Faith」のオルガンのイントロにも使用されています。

ワム!はこの曲がヒットして間もなく解散してしまうのでライブ映像は口パクのテレビ出演モノが貴重であり、“音のみ”だと1986年ウェンブリー・スタジアムでのファイナル・コンサートの音源が残されています。
ジョージにとってソロ転向=路線変更でもあるので以降「Freedom」は演奏されないだろうと私は思い込んでいましたが、今回発見しました!
かなりスローであるものの、コレはこれでいいかも?


I don't need your freedom
キミの自由なんて、無くしてしまいたい…
Girl all I want right now is you
今のボクには、キミこそ望むすべてなんだ

1行目は訳というより、主人公の本音をコトバにしてみましたっ!
そこのカノジョ、一途なカレの気持ちを解ってあげてね?

MVは1985年にワム!が中国公演を行った時の映像を編集していますが、当時の中国で“I don't need your freedom”はシャレにならない!? 


 
 



~2016年、日本の“freedom”が危ない?~

昨年末、予(かね)てより危惧していた『報道ステーション』古舘伊知郎・『NEWS23』の岸井成格・両氏の降板が遂に発表されました(共に今年3月まで)。
昨年3月にはNHK『ニュースウォッチ9』の大越健介氏が降板しており、“この3人は何れも官邸の不興を買っていたとされるキャスター”であり、これを“たまたま(偶然)”時期が重なったと言われても、偶然が三度重なる【偶然×偶然×偶然】の奇跡的な確率を信じる根拠を、私は知りません。

Wham! - Freedom3

特に岸井氏は安全保障関連法成立前後にかけて繰り返し“安保法案は廃案にすべき”とハッキリ主張しており、11月にはその岸井氏を名指しで“私たちは、違法な報道を見逃しません”と批判する全面広告《写真》が産経(11/14)・読売(11/15)新聞に掲載されていたのをご存知の方も多いでしょう。
広告主は『放送法遵守を求める視聴者の会』という団体で、“公権力とは関係を一切もたない非力な一国民としての運動”とする主張に反し代表呼びかけ人の作曲家・すぎやまこういち氏は“『安倍総理を求める民間人有志の会』の発起人”、同呼びかけ人の渡部 昇一氏は“『取り戻せ、日本を。 安倍晋三・私論』の著者”、同事務局長の小川榮太郎氏も“『約束の日 安倍晋三試論』の著者”であり、どう見ても中立の一市民ではなく安倍首相の積極的支持者及び利害関係者です。
また、同団体の呼びかけ人7名のうち4名は「汚れた英雄」ローズマリー・バトラーの記事でお伝えした安倍氏と密接な関係を持つ保守主義(右翼)団体『日本会議』の活動に参加しているという構図。

官邸が表だって動けない部分の活動を、安倍首相の積極的支持者らで構成する任意団体『日本会議』に計画・運営させ、憲法改定運動を広める『美しい日本の憲法を作る国民の会』、政権に批判的な言論・報道を封じる『放送法遵守を求める視聴者の会』という“安倍首相とは関わりない一国民を装った別働隊”が計画を実行する…というコト?

そもそも“権力者は国民を自分の意のままにコントロールしたい欲望を常に抱いている”ものであり、“その抑圧から国民の権利・自由を守る盾の役割を果たしているのが『憲法』”です。
また、1950年に施行された『放送法』には国家権力に支配・利用された戦前の反省を元に“放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。(第3条)”という条文を入れ、国家権力の介入から独立を担保しています。
官邸が岸井氏の言論に直接抗議するとこの法規に触れる恐れがあるため、“一国民”の名を借り新聞広告で…
…という筋書きは、妄想? 


しかし残念なことに、安倍政権によるメディアへの“影響力”は増すばかり。
就任記者会見で会長自らが“(放送内容について)日本政府と懸け離れたものであってはならない”と発言しているNHKの最近のニュース番組を視聴して感じるのは、安倍首相周辺の動向を伝える割合が非常に多くなったこと…(宣伝効果によって、支持率維持に貢献?)。

また、昨年の大河ドラマ『花燃ゆ』は安倍首相の地元が舞台であり、彼の敬愛する吉田松陰とその妹・文を主人公とした物語ですが、一方でこのドラマは文とその義兄であり後の夫となる小田村伊之助(楫取素彦)の物語でもあります。
調べてみるとこの小田村伊之助なる人物は、安倍首相と同郷で『日本会議』の副会長であり歴史教科書も出版している明成社の社長・小田村四郎氏のご先祖に当たることが判明しました!
“なぜ松陰の妹が主役?”の疑問… 

さらにこのドラマが昨年放送された背後には、真田幸村の没後400年(1615年没)にあたる2015年に『真田丸』を放送する計画が内定していたものの、“安倍首相への配慮が優先された”という説もあります。

…公共放送を私物化しているのは、誰 


一方、元旦深夜に放送されたテレビ朝日の『朝まで生テレビ!』では、“自民党の区議会議員(東京都大田区)大森昭彦氏が、その肩書きを伏せて一建築板金業経営者として番組を参観しアベノミクスの波及効果に対する意見を述べた”ことが発覚し、ネット上では“ヤラセではないか”と大炎上になっているそうです。

大森議員はテレビ朝日関係者と長い交流歴があり、番組側から依頼を受け出演”したそうで、それが本当なら番組側は彼の素性を知った上で建築板金業経営者として出演依頼したことになり、政治的な思惑の疑念も内包するという意味でNHK『クローズアップ現代』のやらせ事件以上の大問題であり、公共放送の責任が問われるべきとしたらこうした事例ではないのでしょうか?



~Epilogue~

自由が奪われるのは、何も“強制”によってだけではありません。
独裁者として有名なドイツのアドルフ・ヒトラーは、国民の圧倒的な支持を得て国家元首にまで上り詰めた政治家です。
当時、第一次世界大戦の敗戦による多額の賠償と世界恐慌による困窮に苦しんでいたドイツ国民は、打開策を打ち出せないドイツ社会民主党政府に失望し、強い指導者を求めていました。
一身に国民の期待を集めたのは、“議論ばかりで何も決められない民主主義に代わって、強力な独裁政治・ファシズムこそがドイツを救う”と、強く民衆に訴えた国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)を率いるヒトラーでした。

ヒトラーというと天才的な演説を思い浮かべるかもしれませんが、決して弁舌だけで熱狂的支持を集めたわけではありません。
政権を握ったヒトラーは失業者対策としてアウトバーン(高速道路)など公共事業を推し進め600万人を数えていた失業者を300万人に減少させ、庶民が自動車を所有できる大衆車開発のため国営企業フォルクスワーゲン社を創設し、週休2日・週40時間労働や福利厚生施設を促進、政権発足から5年で国内の工業総生産を2倍・税収を3倍に押し上げ、ドイツは世界に先駆けて恐慌を脱したのです。

これによってヒトラーは1934年の国民投票で89.93%という支持率を得るなど、国民の支持も絶頂に至ります。
しかしこの間、憲法を事実上無効化し立法権を全てヒトラーに委ねる『全権委任法』(1933年)、ユダヤ人から公民権を剥奪する『ニュルンベルク法』(1935年)など後に悲劇の元凶となる法律が次々と可決されていったにも関わらず奇跡的な経済成長に酔いしれる国民は関心を寄せず、懸念すべき現実にも目をつぶりました
やがて国民は民族共同体の構成員としてその指導者であるヒトラーに絶対の忠誠を誓うことが義務づけられ、ドイツは1939年に自ら破滅への戦争へと足を踏み入れることになるのです…。


…おわかりでしょうか?
ヒトラーは暴虐を尽くしただけでなく、一方で国民には“多くのアメ玉”を与えました。
国民はアメ玉が欲しいばかりにその暴虐を見て見ぬふりし、口を噤(つぐ)んだのです。
ヒトラーの“狂気”があったからこそドイツは経済危機からいち早く脱することができたといえますが、そもそもコントロールできないからこそ狂気であり、そうした末路は世界のあらゆる歴史が証明しています。

歴史は受験のための知識の羅列ではなく、先人の失敗に学ぶ教訓です。
私は、安倍政権下で違憲法強行成立、原発再稼働、沖縄米軍基地問題、マイナンバー…といった国民の関心が高く大多数が懸念し反対する法案・政策が、それを覆す結論ありきで次々と強行に決められているにも関わらず内閣支持率が5割近くあるということに強い違和感を覚えています。
もしも支持率の数字に不正なく本当に国民の半分がこの内閣を支持しているとするなら、この違和感はドイツ国民がヒトラーを支持した歴史を省みずにはいられません。

当時を経験したドイツの人たちは、どんな教訓を学んだのでしょう…
最後に、そのナチス・ドイツ下で敗戦を迎えた牧師マルティン・ニーメラーが残した一篇の詩をご紹介します。


彼らが最初共産主義者を攻撃したとき

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった




「フリーダム」


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tags : 1984年 ポップ せつない愛 自由 CM曲  

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「ファストラヴ」ジョージ・マイケル

2014.03.12

category : Wham! & George Michael

George Michael - Fastlove1 George Michael - Fastlove2


George Michael - Fastlove (1996年)


~10年ぶりの新作発表!~

レコード・セールス1億2000万枚を誇るスーパースターでありながら、近年は薬物使用や交通事故など私生活でのスキャンダルばかりが目立ち、果ては2011年に肺炎のため一時意識不明の重体にまで陥ったジョージ・マイケル。
しかしその約9ヵ月後のロンドン・オリンピック閉会式では、見事なパフォーマンスで復帰をアピールしファンを安心させてくれました(新曲を歌ってバッシングを浴びましたが…)。

それ以来となる新作はナンと10年ぶりのアルバムで、オリジナルとしてはソロ6作目となる『Symphonica(シンフォニカ)』が今月発売される予定です。
このアルバムでは2013年3月に79歳で亡くなったグラミー賞14回受賞の名プロデューサー、フィル・ラモーンビリー・ジョエル「素顔のままで」など)との共同プロデュース作品で、彼にとってはこれが遺作となってしまいました。
先行シングルとなっている「Let Her Down Easy」は「Wishing Well」などのヒットで知られるテレンス・トレント・ダービー(現サナンダ・マイトレイヤ)のカバー曲となっていて、なかなかアート性の高いバラードですよ♪

「Let Her Down Easy」


~概要~

「ファストラヴ」は1996年の3rdアルバム『オールダー(Older)』に収録され、2ndシングルとしてBillboard Hot 100で8位(年間62位)を記録しました。
イギリス・オーストラリア・イタリアでNo.1に輝いており、全英シングル・チャートとしては現時点で最後のNo.1となっています。
1990年代前半、ジョージは所属レーベルのソニーと泥沼の係争騒ぎを起こしていて、移籍を経てのソロ3作目は2ndアルバムから約6年の歳月が流れていました。
(それにしても、ソニーは“マイケル”という名の人物とは相性が悪い!?

音楽的には強烈なR&Bダンス・ビートが根底になっていますが、その素となっているのがパトリース・ラッシェン1982年の「Forget Me Nots」(23位/Hot 100)で、特に後半には彼女のヴォーカルもサンプリングされています。
ちなみにこの影響か、「ファストラヴ」がヒットした翌97年には映画『メン・イン・ブラック』で主演のウィル・スミスが歌ったラップの主題歌にもパトリースの「Forget Me Nots」がサンプリングとして使われました。

ミュージック・ビデオは当時よく話題に挙がった“バーチャル・リアリティ(Virtual Reality)”をテーマとした映像になっていて、登場するセクシーなダンサーらはジョージにリモコンで操られる“仮想現実”という設定ですが…
その、“ジョージ自身も実はバーチャル・リアリティだった”というオチが最後に用意されていますよ!
また、登場するダンサーが装着しているヘッドホンのロゴが、“FONY”となっているのは、何やら上記因縁と関係アリ!?


~Lyrics~

Looking for some education
僅かばかりの啓発でいい
Made my way into the night
夜に、俺の望みを叶えておくれ

冒頭の部分で、“education”という言葉を選んでいる所にセンスを感じます。
たぶんこの歌で主人公は相手に“救い”を求めていると思われ、それが“education”であり“affirmation(肯定)”であるわけです。

educationは一般に“教育”という意味で知られますがちょっと“公”なカンジがして、主人公の心情を察すると
ここではもっとプライベートな教えを求めているのだと思いました。
“啓発”は、“人が気づかずにいるところを教え示して、より高い認識・理解に導くこと”とあるので、この場面で抱いた私のイメージに最も近い言葉だったのです。


You could help to ease my mind
君なら、この心を救ってくれる
Baby, I ain't Mr. Right
“Mr. Right”なんか、なれないこの俺を・・・

和訳には敢えて入れませんでしたが、“Mr. Right”は“結婚相手として理想的な男性”という意味です。
主人公が、そんな生き方はできないと自覚していると考えれば、彼の背景にある苦悩もうっすらと見えてくるのではないでしょうか…。


My friends got their ladies And they're all having babies
友達はみんな、女と子どもを得ているが
But I just wanna have some fun
俺は、僅かな慰みさえあればいい

“男の背景にあるもの”が、さらにクローズ・アップされています。
周りがごく普通の家庭の幸せを築いてゆくのを、彼はどんな想いでこのように綴っているのでしょう。
“主人公=ジョージ自身”と想定すると、その本当の意味が理解できる…?


~Epilogue~

“Fastlove”は、恐らく“fast food(即席料理)”に基づいた造語と思われます。
“fast”は速いという意味が一般的ですが“次から次へと歓楽を追う”という意味もあり、
Fastloveは“刹那的・享楽的な恋”と理解することもできるでしょうか…。
私が今回、loveに“恋”という日本語しか充てなかったのは、“愛に、刹那的・享楽的はない”と捉えるためです。
こうした使い分けができると思えば、日本語もなかなかクールな言語でしょ?

一方で主人公はそうした恋の営みを、“bad love”と認識しているようです。
恋は刺激を求めるもので、愛は安心を求めるものだとしたら、人は最後は安心に辿り着きたいものなのかもしれません。
でも人に安心を与えるというのは容易いものではありませんし、それぞれに抱えた“事情”というものもあります。

Had some bad love
僅かばかりのbad love…
Some fastlove is all that I've got on my mind
僅かなfastloveさえ、あれば…

果たして、「Fastlove」とは…?


「ファストラヴ」
)


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tags : 1996年 ダンス/R&B セクシー 名作MV 

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Author:Beat Wolf
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