J.D. Souther - Go Ahead And Rain (1984年)~J.D.サウザー日本公演~ 5月20日にニュー・アルバム
『Tenderness』 をリリースしたJ.D.サウザーが、
6月8日より 日本公演を行います。
デビューから30年間で4枚のアルバムしか発表していない彼ですが、2008年からの7年間では4枚のアルバムを発表しており、2012・2014年にはカーラ・ボノフとのジョイント・ツアーで来日するというするという近年の変心ぶり!
今回、同時期にボズ・スキャッグスの来日もありますが直近のセットリストでは“アノ曲”は演奏されていないので(日本ではやるかもしれない)、梅雨の季節にぴったりな「Go Ahead And Rain」を選んでみました♪
VIDEO ~概要~ J.D.サウザーは本名を“John David Souther”といい、1970年代にイーグルスや
リンダ・ロンシュタット に楽曲提供するなどウエストコースト・ロックを語る上で欠かすことのできないソングライターで、2013年には
『Songwriters Hall of Fame』に殿堂入り も果たしました。
一方、自身の歌手活動はというと上記のように寡作な人で、シングルに至っては生涯で3曲しか記録が残っていません!
このうち特に有名なのは、日本でも80'sオムニバスCDによく編集される
「You're Only Lonely」 でしょう。
その生涯たった3曲のシングルのうちの一つが「優しき雨に」であり、
Billboard Hot 100では104位 という記録が残っています。
ヒットこそしなかったものの「You're Only Lonely」に全く引けを取らない楽曲であり、ロイ・オービソンばりの“ドリーミー・ヴォイス”がとっても心に優しい…。
「Go Ahead And Rain」は1984年の4thアルバム
『Home by Dawn』 (これも“Billboard 200で203位”というビミョ~な数字)に収録、このアルバムの
バック・ヴォーカルにはドン・ヘンリーやリンダ・ロンシュタット、ティモシー・B・シュミット らJ.D.に所縁の豪華な顔ぶれがゲストとして参加しています。
ところで、実は私がこの曲を知ったのはごく数年前のことで、当時ブログで交流のあった方に紹介されたのがきっかけでした。
そのブログ『I Will』は現在限定公開にしているので一般の方は目にすることはできませんが、かといってとても素敵な曲であり埋もれさせてしまうのはあまりに惜しい作品なので、今回このブログで取り上げることにしたのです。
願わくばこうした“古くも隠れた佳曲”が、時代を超えて人々の心に継がれますように…。
下の映像は
2011年のライブ で、1984年のオリジナルが“春の雨”を思わせるほんわかテイストであるとすれば、こちらは“秋雨”の円熟した趣きを味わうことができます。
また、画質・音質に難があるためメインからは外しましたが当時の貴重な
オリジナルPV も発見できたので、この機会にどうぞ♪
VIDEO VIDEO ~Lyrics~ I don't know how どうして君は you go on with your sorrows 悲しみを背負い続けるというの? 「優しき雨に」の詞は、とても難解です。
ここは【why】を用いてくれれば自然ですが【how】なので“方法”を問うていることになり、文章的な不自然さに加え彼女が置かれている状況の複雑さも背景にあるのでしょう。
想像するなら、彼女の悲しみは他人に因るものではなく自らの意思(または宿命)に基づくものであり、彼もその理由は承知している…。
その上で、“どうやって(一人で)乗り越えるというの?”という問いなのかもしれません。
But then I don't know how だけど、僕もわからない I can sit here and give you advice dying for home ここで、家に殉じるアドバイスを君にできるだろうか… 彼女の背負った悲しみとは、何なのか…
【die for】が“熱望”では悲しみとはいえないし、“家のために死ぬ”というのも、今時…?
ただ、彼女の家庭は“彼女がいないと家族生活(家計?)が成り立たず、恋とか結婚どころではない”と仮定すれば、彼女の不可解な部分も理解できるかもしれません。
Cause you're the face I always see だって目を閉じ、夢の中の君は when I close my eyes and dream いつだって“その顔”なんだもの… 主人公と彼女の関係は、謎だらけです。
彼は、彼女の背負った悲しみを知っていてアドバイスまでしようとしているのに相手の名前さえ知らなかったり、二人はおやすみを言える物理的環境にありながら彼女の心理的条件がそれを許さない…。
( 案外、“家庭内別居夫婦の物語”だったというオチでは?) …この歌に、オチは要りません!
ちなみに、【face】は“しかめっ面”といった意味もあり、どこか距離を置いている彼女の心情が描かれていると思われます。
~Epilogue~ 水は絶えず“行く先”を求め、巡っている… ある時は“海”として地表の大半を覆い、やがて目に見えぬ姿となって大空へと舞い上がり“雲”を成す。
滴(しずく)へと成長する頃、終に“雨”として再び地上に目見(まみ)える。
“流れる水は腐らず” … 巡りは、水の宿命 雨は、憂鬱ばかりでは決してない。
知らずのうちに溜まった澱みを洗い流し、生きとし生けるものへと生を運ぶ。
人の心も、それと同じ。
胸に生まれた“小さな憂い”が全身を巡り、姿を変えて成長し、終に“滴”となって目から零れ落ちる…
“溢れるもの”が滞るとそれは澱み、やがて心も生を失う。
心は、巡らせることで生を保つ その流れを、止めてはならない… 特別な人間関係に“笑いの共有”は欠かすことのできない要素であるけれど、それと同じくらい“涙への共感”は大切なもの。
むしろ“思いっきり笑える相手”は得ることはできても、“思いっきり泣ける相手”を見つけることは容易ではない。
涙は、自分の弱さを晒(さら)すことにも繋がるものだから…。
人の心が降らせる雨は、時としてあまりに“しょっぱい”。
でもその塩辛さを全部洗い流すためには、誰かの助けが要る。
Won't you do what your little heart is trying to say 小さな胸に溢れる言葉を、吐き出すように Baby go ahead and rain on me “雨”を僕に降り注ぎ、前へと踏み出してごらん 人は、独りで涙を枯らすことはできても 一人では、心に残った塩辛さを洗い流すことはできない …
「優しき雨に」 VIDEO 続きはこちら >>
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