I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と解説+エッセイでお届けします

「ソー・マッチ・イン・ラヴ」ティモシー・シュミット

2018.06.29

category : Eagles & Solo

Timothy B Schmit - So Much in Love1 Timothy B Schmit - So Much in Love2


Timothy B. Schmit - So Much in Love (1982年)



~概要~

「ソー・マッチ・イン・ラヴ」は、元イーグルスティモシー・シュミット(Timothy B. Schmit)が1982年に映画『初体験/リッジモント・ハイ(Fast Times At Ridgemont High)』へ提供した作品で、シングルとしてもBillboard Hot 100の59位まで上昇しています。
日本では1983年2月からPioneerのミニコンポ【Vibration】のCMにも使用され、話題を呼びました(別項参照)。
アルバムは1982年の『初体験/リッジモント・ハイ』サウンドトラック、84年の1stアルバム『Playin' It Cool』に収録されています。


「So Much in Love」は元々1963年にアメリカのソウル・ヴォーカル・グループであるザ・タイムス(The Tymes)のデビュー曲であり、Hot 100のNo.1(1週/年間11位)にも輝いた楽曲で、当時の邦題は「なぎさの誓い」とされていました。
ザ・タイムスは同年4月に地元フィラデルフィアのラジオ局『WDAS-FM』後援のオーディションを受けており、その頃はまだザ・ラティニアーズ (The Latineers) と名乗っていました。
見事オーディションに合格すると、彼らはCameo-Parkway Recordsと契約を結び、とんとん拍子でデビューの機会が与えられていますが、その決め手になったのが後に「So Much in Love」として世に知られることになる楽曲だったそうです(別項参照)。

「So Much in Love」は同年の1stアルバム『So Much In Love』《冒頭の写真・右》に収録され、1957年ジョニー・マティスのカバー曲「Wonderful! Wonderful!」もHot 100で7位に達するなど好調な滑り出しで、アルバムもBillboard 200の15位を記録する目覚ましい活躍を見せた一年となりました。


公式・非公式さまざまなカバーがなされている楽曲ですが、ほかに有名なのは1988年にサイモン&ガーファンクルのアート・ガーファンクルがアルバム『Lefty』でカバーしたバージョンで、ACチャートで11位を記録しました。
また「So Much in Love」はヒューイ・ルイス&ザ・ニュースが好んでライブに取り入れていることでもお馴染みの歌で、テレビ朝日系列の音楽番組『ベストヒットUSA』では小林克也が“(収録中)勝手に歌い出した”として番組で紹介したことをご記憶の方もあるでしょう。
オリジナル以外で最大のヒットに至ったのは1993年のR&Bヴォーカル・グループAll-4-Oneで、Hot 100の5位(1994年の年間28位)を記録しています。


 
 



~Lyrics~

As we stroll along together
君と寄り添う散歩
Holding hands, walking all alone
手を繋いで、二人きり

本曲はザ・ラティニアーズ(ザ・タイムス)のジョージ・ウィリアムズ(George Williams)によって創作された作品で、オーディション当時「As We Strolled Along」と呼ばれていました。
それをプロデューサーのビル・ジャクソンが気に入って彼らの合格の決め手となったと言われますが、リリース前にビルがタイトルを「So Much in Love」とするなど手直しをして、ロイ・ストレイジスのアレンジによってデビュー・シングルの完成に至っています。


As we stroll by the sea together
君と一緒に海辺の散歩
Under stars twinkling high above
ずっと高くで星たちがきらきら見守っている

誰もいない海、波の音、満天の星…
デートには最高のシチュエーションですね。

ザ・タイムスver.の特徴の一つは“波の音”を入れたことで、これもプロデューサーのビル・ジャクソンのアイデアによるものだそうです。
ヴォーカル・エコーがよく効いていて、“お風呂”で気持ち良さそうに歌っているようにも…?


So much love have we two
あふれる愛が二人を結ぶ…
Just can't wait to say "I do"
もう君の“I do”を待ちきれない

「So Much in Love」は基本的に現在形で書かれていますが、【We will vow】とあるように“ここだけ未来形”が使われています。
【aisle(教会の通路)】とか【vow(誓う)】…ときて“I do 待ち”ですから、どんな場面か察しがつくでしょう?

どんなに美しい曲も、“この場面”だけは使用を避けた方がよいというものがありますが、「So Much in Love」には一点の曇りもありません!
このジャンルにありがちな“ジャーン!”的な派手さはありませんが、【so much love】にあふれています ♪



~Epilogue~

So Much in Love ...

ザ・タイムスの“スタンダード感”やヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの“ほっこり感”、アート・ガーファンクルの“さすがの安心感”、All-4-One の“スイーツ感”もいいですが、私はやっぱりティモシー・シュミットver.の“純粋感”が一番のお気に入りです。
最初に聴いたのがティモシーだったというのもあるかもしれませんが…

当時、ちょうど初めて本格的なオーディオを買うことを決め、どういうのを選ぶかあれこれ探求していた時期でした。
そんな最中にテレビに流れてきたのがPioneerのミニコンポ【Vibration】のCMであり、ティモシーの「So Much in Love」だったのです。
私はそれまで【バラコン(別単品でオーディオを構成)】を基本路線として雑誌やカタログで情報収集していましたが、このCMの影響で一時ミニコンポに心が傾きかけた思い出があります。

「So Much in Love」は間違いなく一瞬にして私の心を捉えた曲ですが、CMの映像もまるでアメリカの青春映画のワンシーンのようで、心を惹きました。
未知なる洋楽の世界に足を踏み入れようとしている少年の期待を膨らませるに十分過ぎるくらい…。

 


ティモシーの「So Much in Love」に刺激を受けたのは私だけではなかったようで、日本の歌手・山下達郎もその一人です。
元々彼のドゥーワップ好きは有名で、作品の多くにそうしたコーラスが取り入れられているだけでなく、1980年には日本では珍しい“ひとり多重録音”アカペラ・アルバム『ON THE STREET CORNER』まで発表するほどでした。
その後ティモシーの「So Much in Love」が発売、その日本盤レコードのライナーが“山下達郎も真っ青な多重録音によるコーラス”と解説していたことに触発され、遂に彼も「So Much in Love」をレコーディングすることを思い立ったとする説もあります(「So Much in Love」は'86年『ON THE STREET CORNER 2』に収録)。


So in love
恋しているんだ
In a world of our own
二人だけの世界の中

もうすぐ“七夕”…

ティモシーの「So Much in Love」はこの時節にぴったりと思い、選曲してみました。
でも今年は統計開始(昭和26年)以来初めて6月中に梅雨が明けたはずなのに(関東甲信地方まで)、今週はずっと雨模様で7/7(土)も全国的に雨の予報です。
一般に天気予報は外れたら困りますが、7/7の夜だけは神さまの“粋な計らい”で満天の星空を、と期待しているのは…私だけでしょうケド? 



「ソー・マッチ・イン・ラブ」


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「テイク・イット・イージー」イーグルス

2016.01.29

category : Eagles & Solo

Eagles - Take It Easy1 Eagles - Take It Easy2


Eagles - Take It Easy (1972年)



~Glenn Frey 1948-2016 R.I.P.~

アメリカの国民的ロック・バンド、イーグルスを創設し中心メンバーとして活躍したグレン・フライが1月18日、リウマチ性関節炎・大腸炎・肺炎から生じた合併症により亡くなりました(享年67)。
これについてイーグルスのマネージャーは、“グレンは15年以上リウマチ性関節炎の薬を服用していて、大腸炎と肺炎は薬剤の副作用だった”と言及しているようです。
また、長年の友人ボブ・シーガーは“11月から入院していた。最高の医師を探し当て、グレンには8人の専門家がついた。でも1ヶ月くらい前、手の施しようがなくなったんだ。”と病状を語っています。

グレンの死の翌日、イーグルスとともにアメリカを象徴するロック歌手であるブルース・スプリングスティーンは現在行われているツアーの中、急遽アコースティック・ギター1本で「Take It Easy」を演奏し同時代を生きた仲間に哀悼を捧げると、会場は大合唱と無数の光い包まれました…。





~概要~

「テイク・イット・イージー」は1972年5月1日にリリースされたイーグルスのデビュー曲で、彼らの1stアルバム『イーグルス・ファースト (Eagles)』に収録された作品です。
Billboard Hot 100では12位を記録、昨年ローリングストーン誌が行った“イーグルスのフェイバリット・ソング”読者投票で3位になるなどイーグルスの代表曲の一つであり、「Hotel California」と共にロックの殿堂『500 Songs That Shaped Rock and Roll』の楽曲でもあります。
日本では、テレビ東京系旅番組『田舎に泊まろう!』のテーマ曲としてもお馴染みですね♪

「Take It Easy」は元々1971年にジャクソン・ブラウンが1stアルバム『Jackson Browne』のために書いたものですが完成できず棚上げになっていた所、同じアパートに住み友人であったグレン・フライがこの曲を気に入りアドバイスして完成させた作品です(詳しくはLyricsの項を参照)。
発表はグレンがイーグルスで歌ったバージョンが最初ですが、ジャクソンも1973年に2ndアルバム『For Everyman』の中でセルフ・カバーしています。


ご存知のようにイーグルスはメンバーの不和などにより1982年に解散してしまいますが、1993年にはカントリー歌手トラヴィス・トリット(Travis Tritt)がイーグルスへのトリビュートとして「Take It Easy」をカバーし、Billboardのカントリー・チャートで21位とヒットさせました。
その際トラヴィスはイーグルスのメンバーにPVに出演してくれるようリクエストしており、ナンとこの要望は聞き届けられドン・ヘンリー、グレン・フライ、ドン・フェルダー、ジョー・ウォルシュ、ティモシー・B・シュミットらが映像にフィーチャーされています!

この共演がきっかけで友情を取り戻したイーグルスは1994年に再結成し、新曲4曲とMTVでのライブを収録したアルバム『Hell Freezes Over』を発表、このアルバムをサポートする大規模な世界ツアーは3年に渡って興行され、現在に至るまでバンド活動は継続されてきました。
さらに感慨深いのは、1998年!
この年イーグルスは『ロックの殿堂』入りを果たしていますが、その式典に於いて上記5名に加え創設メンバーであるバーニー・レドン&ランディ・マイズナーの2名が参加し、“歴代メンバーが勢揃いして「Take It Easy」と「Hotel California」を演奏した”ということです!!

…こう辿ってみると、イーグルスにとって「Take It Easy」が如何に重要な役割を果たしてきたかお解りでしょう?

 
 



~Lyrics~

Well, I'm running down the road
…そうさ、俺はあの道を駆け下り
tryin' to loosen my load
抱えた重荷の紐を解こうとしているのさ

この“譜割り(音符への歌詞の乗せ方)”のフィーリングはまさにジャクソン・ブラウンで、グレンが歌ってもジャクソンの顔が浮かびます。
【road】と【load】のような韻も効いていますが、「Take It Easy」が多くの人に愛されるのはこの譜割りが生み出す心地よさやカッコよさなのではないでしょうか…。

彼の抱えている“重荷”も、気になりますが? 


Well, I'm a standing on a corner in Winslow Arizona
…あぁそうさ、俺はアリゾナ・ウィンスローの街の一角に立っている
It's such a fine sight to see
何ていい眺め…

アリゾナ州はアメリカの南西、メキシコと国境を接する内陸にある州で、ウィンスローはかつて“The Mother Road”と呼ばれた国道66号線 (Route 66)の沿線にある小さな町。
映画などでよく見られる、果てしなく広がる荒野にどこまでも伸びる1本の道路だけが走ってるようなイメージ…?
そんな田舎町が舞台となったのは、この頃ジャクソンがアリゾナ州セドナ(Sedona)への旅行中にウィンスローで車が故障して何日か当地に滞在した体験からだそうです。

1985年に国道66号線が廃線となり町は観光収入の危機に陥りますが、住民の努力と創意によって「Take it Easy」に歌われた一節が再現された“Standing On The Corner Park”が造設され、ウィンスローの新たな観光収入源として町を助けています。


It's a girl, my Lord, in a flatbed
おぉ主よ、フラットベッド(トラック)に一人の女の子!
Ford slowin' down to take a look at me
そのフォードがこっちを見て、速度を落としてる

ジャクソンが上記【Well, I'm a standing on a corner in Winslow Arizona, It's such a fine sight to see】に続くラインに困っていた所、グレンが考案したのがこの部分です!
確かに真面目なジャクソンにはこんなフレーズは浮かばないカンジですが、このグレンのインスピレーションが入ることによって物語の情景に臨場感を与えたような気がします。
特に、続くフレーズ…

Come on, baby, don't say maybe
Come on, baby! “maybe(かもね)”なんて、言わないで?

…は私の一番のお気に入りで、【baby】と【maybe】の組み合わせは、このチャンスに懸ける主人公の心情を非常に生き生きとさせています。
“Standing On The Corner Park”で再現されているのはこの場面であり《写真》、多くの人にとってもこのシーンが最も印象的なのでしょう…。

Eagles - Take It Easy3 



~Epilogue~

“気楽にやる・のんきに構える”といった意味合いの【take it easy】は日常よく使われるフレーズで、私たち日本人にとっても耳馴染みのある英語です。
どちらかというと、相手を励ましたりリラックスさせようとする際に用いる良いイメージがありますよね?
しかしこの物語はヒッチハイカー(?)の青年が下心満載で道端に立ち、トラックを運転する女性を“Come on, baby!”と、彼女が車に乗せてくれるのを期待する不埒(ふらち)な構図のようにも映ります。
そんな場面で、彼に“take it easy❤”なんて言われたら、あなたならどうします?

We may lose and we may win though
上手くいくかもしれないし、いかないかもしれない…だけど
we will never be here again
この場を違えると、二人はもう二度と会えはしない

まぁ、女性が見知らぬ男を車に乗せるかはともかく…
旅先での出会いはその一つひとつがまさに“一期一会(いちごいちえ)”であり、通り過ぎた出会いが再びまみえることはまずないでしょう。
そう考えてみると、この青年の主張(下心?)も一理あるように思えてくるから不思議です。


グレン・フライとドン・ヘンリーがまだ別々のバンドで活動していた1970年頃、二人は顔見知りではあったもののレーベルのオフィスですれ違い、行きつけのクラブでも言葉を交わすことのない間柄でした。
無口でシャイなドンと、外向的で自信に溢れたグレン
正反対な彼らではあったものの、ドンは密かにグレンのカリスマ性に感心し、新たなバンドの構想を抱いていたグレンはドンの艶っぽいハスキーな歌声を“僕の秘密兵器”と呼び一目を置いていました。

ある晩二人はテーブルを共にし、グレンは“リンダ・ロンシュタットのバンドにドラマーとして参加しないか?”とドンを誘います。
ドンの答えは、“もちろん。”

…そう、これがイーグルスの始まりです。
もしもグレンが、ドンを“とっつきにくい奴”と声を掛けなかったら、この偉大なバンドは生まれていなかったかもしれません。
こうして考えてみると、この歌は“陽気なグレンの人生のテーマ・ソング”にも思えるし、“シャイなドンへの応援歌”のようにも思えてきます。
積極的な人も、消極的な人も…

Take it easy
とりあえず、やってみようぜ?



「テイク・イット・イージー」

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「ユー・ビロング・トゥ・ザ・シティ」グレン・フライ

2015.09.04

category : Eagles & Solo

Glenn Frey - You Belong To The City1 Glenn Frey - You Belong To The City


Glenn Frey - You Belong To The City (1985年)



~“ヘンリー=フライ”からの脱却~

前回のドン・ヘンリーに引き続き、今回もイーグルスのグレン・フライを特集いたします♪

イーグルスの名曲の大半はこの二人のコンビ“ヘンリー=フライ”によって生まれ歌唱されたわけですが、彼らの目標としたビートルズの“レノン=マッカートニー”と決定的に違ったのは、基本的に“ヘンリーが作詞、フライが作曲という分業によって一つの作品を完成させていた”ということです(レノン=マッカートニー作品の大半は、実際は共作ではない)。
そのため、バンドの解散はこの“名ソングライト・チームを互いに失う”ことに直結し、それぞれ新しいパートナーを見つける必要に迫られることになります…。



~概要~

グレン・フライはドン・ヘンリー同様、イーグルスが解散した1982年にソロとして1stアルバム『No Fun Aloud』を発表しています。
彼がドンに代わる“相棒”として選んだのがイーグルスの「Peaceful Easy Feeling」や「Already Gone」などに楽曲を提供していたジャック・テンプチン(Jack Tempchin)という人でしたが、この時点では決定的といえる成功は得られていません。
'84年に映画『ビバリーヒルズ・コップ』の主題歌「The Heat Is On」で初めての大ヒットを放つものの、これは全く他人の手によって書かれた作品でした。

同年グレンは2ndアルバム『The Allnighter』を発表、この中から「Smuggler's Blues」がこの年スタートした“MTV Cops”『Miami Vice』に起用(そのために作った?)されただけでなく、何と“(麻薬の)運び屋”として重要な役所でグレン本人も出演しています(シーズン1・#15「Smuggler's Blues」)!
これがBillboard Hot 100の12位を記録するヒットとなり、その年(1985)の『MTV Video Music Awards』ではグレンの役者ぶりが評価され(?)PVが“Best Concept Video”を受賞しました。
(ちなみに、この年「The Boys of Summer」(過去ログ)が“Video of the Year”、「What's Love Got to Do with It」(過去ログ)が“Best Female Video”を受賞)

『Miami Vice』でのグレン・フライの活躍は続き、シーズン2のためにグレン&ジャックが書き下ろしたのが「You Belong To The City」でした。
この曲はHot 100で2位(1985年の年間30位)を記録、グレンの「Smuggler's Blues」と「You Belong To The City」を含む『Miami Vice』はアルバム・チャートBillboard 200で11週No.1に輝くTVドラマのサウンドトラックとしては史上最大のヒットを記録しています。
「ユー・ビロング・トゥ・ザ・シティ」というと印象的なのが、イントロをはじめとする哀愁あるサックスの響きです。
これはBill Bergmanという奏者によるものですが、これを聴くと日本の「1986年のマリリン」を連想する人も多いのでは?

「ユー・ビロング・トゥ・ザ・シティ」のPVは2種類あって何れも『Miami Vice』と関連付けられおり、1つはグレン・フライを主人公にしたもの、もう一つはマイアミ・バイスの主人公ソニー・クロケット(ドン・ジョンソン)がフィーチャーされたものです。
今回は、ドン・ジョンソンの“匂い立つ色香”に目が眩みソニーver.をメインに選択しましたが、この項ではグレン・フルver.をご紹介しておきます。
また、「You Belong To The City」はペプシのCMにも起用されており、ここでもグレンとドン・ジョンソンは息の合った掛け合いを見せていますが実はこの二人、“イーグルス時代からの友人(悪友?)”なのだそうです♪

 
 



~Lyrics~

And down on the street
街路へと下り
Moving through the crowds through the midnight heat
人の群れを縫い、冷めることのない真夜中の熱を彷徨う

【heat】は熱帯夜というよりも“(眠らぬ街の)興奮”と私は解釈していますが、【heat】の抽象的な所が旨味でもあるのでそのまま“熱”としておきました。
人口が密集している都市部、特に歓楽街は時間の感覚がマヒするほど夜も煌々として人の数・動きも活発で、まさに“唸りをあげている”ようにも感じます。
あなたは、こんな風に真夜中の街を独り宛てもなく歩いたことがありますか…?


Nobody know where you're going
お前の行き先を知る者など、そこに一人となく
Nobody cares where you've been
何処から来たか、気に掛ける者もない

…でも、周りにどんなにたくさんの人がいようとその殆んどは“見知らぬ人”だし、通り過ぎる人の群れは“景色の一つ”に過ぎません。
それが、“人がいっぱいいるのに孤独を覚える都会という空間”です。

…まぁ、見知らぬ人に“何処行くの?”と声を掛けられても困りますけどネっ? 


'Cause you belong to the city
何故なら、お前は都会に生き
You belong to the night
夜の世界に身を置く男

“都市に対する帰属”なんて普段ほとんど意識もしない私ですが、それがどんなに恵まれていることか痛感させられる出来事がありました。
内戦が続くシリアなどからの難民が、遠く離れたヨーロッパへ多数流入している問題です。

ご存知のように2011年に始まったシリアの内戦は、その混乱に乗じて過激派組織ISILが勢力を拡大させるぐちゃぐちゃな戦況となっており、国際社会はこれを阻止できてはいません。
たとえISILを壊滅できたとしても、それで一番助かるのは元々の内戦の原因である“アサド・独裁政権”という笑えない構図…。

シリアの人々は、何処に帰属を求めればよいのだろう…。



~Epilogue~

「You Belong To The City」は『Miami Vice』のために書き下ろされた作品であることから、この歌はドラマの主人公ソニー・クロケットに向けてメッセージされていると仮定して、私はストーリーを構築しました。
ソニーは中南米との玄関都市マイアミで麻薬を取り締まる警察官ですがその手法の大半は“おとり潜入捜査(売人に偽装しての捜査)”で、普段の彼はヨットに住まいしヴェルサーチを纏(まと)いフェラーリを乗り回すなど警官というより見た目売人と同じような暮らしをしています。
彼には妻子があるものの、それが仕事とはいえ彼のそうした異常な世界に理解が得られず別居、後に離婚に至ってしまうのです。

そのため、常に社会の暗部の中に身を置いていること、犯罪者を捕まえるため囮(おとり)という“虚偽”を用いた捜査手法、明けても暮れても破天荒な毎日の繰り返しで家族を不幸にしてきた自分への葛藤…
お洒落で軽快なアクション・ストーリーの陰には、彼が抱える“生身の人間の苦悩”も込められています。


Concrete under your feet
無機なるコンクリートに根差し
It's in your blood, its in your moves
それがお前に流れる血の宿命、そして原動

海や山、空など自然が創り出す風景は何処か心をホッとさせるのに、コンクリートの造形物は芸術的な建築美を理解できても心が癒される感じがしないのは、何故?
自然豊かな森林を歩いていると、何層にも堆積した腐葉土と枯れ葉がふかふかして“生きている自然”を実感できるのに、コンクリートに囲まれた都会では踏みしめる大地に生命の力を想像することはできません。

そう考えると、私たちは知らずのうち自然によって心を癒されているのだと、改めて思いました。
でも都市にだって、コンクリートの僅かな隙間を縫って根を張り花を咲かせるタンポポのように、“生きることの意味”を教えてくれる自然があります。

“どこに生きようと、どんなに小さかろうと、僕らは精一杯生きるものなんだ”って…。



「ユー・ビロング・トゥ・ザ・シティ」

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「ボーイズ・オブ・サマー」ドン・ヘンリー

2015.08.28

category : Eagles & Solo

Don Henley - The Boys of Summer1 Don Henley - The Boys of Summer2


Don Henley - The Boys of Summer (1984年)



~The (Old) Boys of Summer?~

「The Boys of Summer」はタイトルの通り“夏”をテーマとした作品ですが、盛夏というより“晩夏”の味わい。
ただし、ドン・ヘンリーはあの「ホテル・カリフォルニア」の作者でもある人なので、オモテ向きのストーリーだけでなく“ウラネタ”も隠されているそうですよ!
…ウワサですけどネっ? 

ところでドン・ヘンリーは9月25日、15年ぶりとなる5thアルバム『Cass County』をリリースします(日本盤は10月2日)。
ミック・ジャガー、ミランダ・ランバート、ドリー・パートン、ヴィンス・ギルほか、ドンが音楽的にリスペクトするゲストが多数参加しているそうですがお友達のJ.D.サウザー同様、ファンは首が長くなければ務まらない?

 



~概要~

ドン・ヘンリーは1970年代を代表するロック・バンド、イーグルスの中心人物として活躍した人です。
バンドが活動停止中にスティーヴィー・ニックスとの「Leather and Lace」でソロ・デビュー、正式に解散した1982年には1stアルバム『I Can't Stand Still』を発表しました。

「ボーイズ・オブ・サマー」は1984年の2ndアルバム『ビルディング・ザ・パーフェクト・ビースト(Building the Perfect Beast)』からの1stシングルで、Billboard Hot 100の5位(1985年の年間53位)を記録した作品です。
これを受けて1985年のグラミーでは、本作品によって“最優秀男性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス賞”を受賞しました。
7月に紹介した「想い出のサマー」と並び“夏の定番曲”であり、2014年にBillboardスタッフが選んだオールタイム・ベスト『Top 30 Summer Songs』で11位、2013年のRolling Stone誌『Best Summer Songs of All Time』では19位、おなじみ同誌『The 500 Greatest Songs of All Time』でも416位にランクされています。

「The Boys of Summer」の作者はドン・ヘンリーとマイク・キャンベル(トム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズ)で、マイクは本作品のプロデュース/ギターも務めました。
「ボーイズ・オブ・サマー」といえば、とてもリズムが面白い曲でしょ?
この作品は元々マイクがドラム・マシン(the Linn Drum Machine)を用いて作曲したものの、トム・ペティのバンドでは使えそうもなく行き場を探していた所、ドンがその曲を気に入って是非レコーディングしたいと申し出てきたのだそうです。
また、パット ・ ベネターの旦那さんニール ・ ジラルドによると、パットの「Love Is a Battlefield」をレコーディング中にドンがスタジオを訪れ“そのリズム、僕も使っていい?”と許可を求められ承諾したという証言もあります(この2つの曲は共に“LM-2 LinnDrum”のリズムが用いられている)。

また、「ボーイズ・オブ・サマー」といえば忘れてはならないのが1985年の『MTV Video Music Awards』“Video of the Year(最優秀ビデオ賞)”ほか4部門を制したミュージック・ビデオで、1980年代を代表する名作です♪
バレーボールのブロックのように裸で跳びはねる夏の男たち、ドンの幼い頃を想起させるドラムを叩く少年、まるで冬のように寒そうに歌う“昔の少年”…
カラーが当たり前の時代になったからこそ、モノクロの映像が新鮮に見えたものです(ポリスの「見つめていたい」とか)。

 



~Lyrics~

I feel it in the air
漂う空気が告げている
The summer's out of reach
“夏”はもう、手の届かぬ所にあることを

あなたは、夏がお好きですか?

…私は、暑いのはニガテです! 
そんな私でも、夏の終わり頃はウンザリする暑さがピーク・アウトし日々の気温も好ましい方に向かうため、温度計の数値以上に涼しさを感じられるので結構好きだったりします。
意外にも別れが名残惜しい、フシギな季節…。


Your brown skin shinin' in the sun
太陽を浴び、輝く褐色の肌
You got that hair slicked back and those Wayfarers on, baby
髪を撫でつけ、Wayfarerをかけている

Wayfarer(ウェイファーラー)】は『Ray-Ban』の超人気モデルで、“ロックの象徴”としてボブ・ディランやマドンナ、日本では浜田省吾ほか、現在も世界中で愛されているサングラスです。
一方Ray-Banといえば“Aviator(アビエーター)!”という人も多いでしょう♪
こちらはマイケル・ジャクソン、トム・クルーズ(『トップガン』)、日本だと渡哲也…といったイメージ。
…あなたは、どっち派? 


Out on the road today, I saw a DEADHEAD sticker on a Cadillac
今日、通りでDEADHEADのステッカーを貼ったキャデラックを見た
A little voice inside my head said, "Don't look back. You can never look back"
脳裏で囁く声がする…“後ろを見るな、振り返っちゃいけない”

Don Henley - The Boys of Summer3【DEADHEAD】

この一節は、処分売りされている【DEADHEAD】のステッカーが貼られたキャデラック・セビルを見た、ドン・ヘンリーの実体験に基づいています。
【DEADHEAD(S)】は1967年にデビューしたアメリカの伝説的ロック・バンド“グレイトフル・デッド (Grateful Dead)”の熱狂的なファンのことであり、彼らのシンボルマークを指したりしますがこのマーク、ファンでなくてもTシャツやグッズで見覚えがあるのでは?《写真》
グレイトフル・デッドは1970年前後のヒッピーやサイケデリック文化・反体制派の象徴であり、当時アメリカの若者に絶大な人気がありました。

また、一般に【deadhead】は“役立たず・ 沈んだ(沈みかけた)流木”という意味もあり、キャデラック・セビルは1970年代前半、オイルショックを受けて低燃費指向に対応するために開発されたモデルです。
時を同じくイーグルスの一員としてロック界の頂点に君臨していたドンが、1980年代に入りバンドは解散、衆目はマイケル・ジャクソンのダンスへと移っていた時代、“役立たずの烙印を押された時代遅れのキャデラック”を目にして思うこと…
それこそまさに、“The summer's out of reach “夏”はもう、手の届かぬ所にある”だったのではないでしょうか…。



~Epilogue~

浮気な夏”と誰かが形容するように、夏はバカンス気分も相まって気持ちが浮かれるものです。
“非日常”と認識しているからこそ普段は施錠している“心の鍵”を期間限定で解き放ち、日常とは異なる世界を求めるのかもしれません。
やがて、夏の終わりと共に人々の“熱病”は冷め、潮が引くように元の日常へと戻ってゆく…


I can tell you my love for you will still be strong
僕は、変わらぬ愛を君に誓おう
After the boys of summer have gone
たとえ、夏の男たちは過ぎ去ろうとも…

…だけど、潮の流れに逆らい留まろうとする一人の男がいる
人気なく、空っぽになってしまった“夏”
もうそこに、彼の求める“夏”はいないのに…

“それ”は、永遠に彼の中で熱を放ち続ける
心を焦がすほど情熱を注ぎ、目も眩むほど輝いた“夏”
人は生涯に何度、そんな“運命”とめぐり逢えるのだろう…

“忘れられない”のではない
“夏”は、今も男の中に“生きている”… 



「ボーイズ・オブ・サマー」

最後までお読みいただき、ありがとうございました♪
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