「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」はアイルランドのロック・バンド、U2 1987年の5thアルバム『ヨシュア・トゥリー(The Joshua Tree) 』 からの1stシングルで、彼らにとって初の Billboard Hot 100の No.1(3週/年間15位)に輝いた作品です。
それまでアルバム『闘(WAR)』『焔(The Unforgettable Fire)』のヒットや、イギリスで新記録を樹立したチャリティー・シングル「Do They Know It's Christmas?」(過去ログ)への参加、スーパースターが居並ぶ世紀のチャリティー・コンサート『LIVE AID』に出演しローリング・ストーン誌の読者投票でベスト・パフォーマンス1位を獲得したように、この時点で既に人気・実力共に一目置かれる存在であったことは間違いありません。
しかし興味深いことに、U2 の1985年のコロラド州デンヴァー公演の主催者は彼らにこう助言したといいます。 “君たちのグループは今、多くの人にとって世界一の存在になったと思う。でも覚えておきな、君たちはまだ「Hey Jude」を生み出しちゃいないってことを…” 当時の U2 にとってアメリカでは1984年の「Pride (In the Name of Love)」の33位が最高であり、つまり“もう一皮剝けるにはそのぐらいの作品が必要”という意味だったのでしょう。 イギリスのビートルズがアメリカで受け入れられたたきっかけは「抱きしめたい」(過去ログ)ですが、アイルランドの U2 が出した答えこそまさに、「With Or Without You」だったわけです。 (実際「抱きしめたい」は当初よりアメリカ受けを狙って創作されたが、U2の『The Joshua Tree』もテーマ/サウンド共にアメリカ市場を狙ったものである)
「With Or Without You」の作詞はボノ/作曲はU2、プロデュースは前作『焔』に引き続きブライアン・イーノ(Brian Eno)とダニエル・ラノワ(Daniel Lanois)、ミキシング・エンジニアに『WAR(闘)』までのプロデューサーを務めたスティーヴ・リリーホワイト(Steve Lillywhite)が参加。 元々は1985年後半の『The Unforgettable Fire Tour』中に作成したラフデモで、その時点でジ・エッジは“ひどい”、アダム・クレイトンは“サウンドが感傷的過ぎる”と評していました。 翌年『The Joshua Tree』のセッションが本格化するも思うようなサウンドにならずプロデューサーもさじを投げメンバーの間では放棄も検討されていましたが、ボノと友人のギャビン・フライデーは本曲のヒットを信じコントロール・ルームでバッキング・トラックを確認していた所、別室からジ・エッジが最近手に入れたインフィニット・ギターのプレイが聞こえるとそれを気に入り、早速ジ・エッジが2つのテイクを録音、それが突破口となったそうです。
「With Or Without You」は U2 のツアーで頻繁に演奏され、識者・ファン共に評価の高い作品です。 Rolling Stone誌は1987年に【読者が選ぶ年間ベストシングル1位】/2010年に【The 500 Greatest Songs of All Time 132位】、ミュージック・ビデオも1987年のMTV Video Music Awardで【Viewer's Choice】を受賞、デヴィッド・ボウイや日本の宇多田ヒカル、GLAYもカバーするなど「One」に次いで2番目にカバーの多い楽曲です。 メディア使用も多く、日本ではドラマ『眠れる森』(1998)や『ソロモンの偽証 後篇・裁判』(2015)などで使用されました。
~ Story ~
See the stone set in your eyes その目の中で固まったままの石(たま) See the thorn twist in your side その苦悶に絡みつく棘(いばら)
いきなり難解な歌詞…【目の中に置いた石】?
物語は【I】【you】【she】の3者によって展開されますが、これはどういった関係性をイメージすればよいのだろう… 【I】は男性で【she】が女性であるなら、二人は“男女の仲”と想定できますが、【I】にとって【she】はむしろ“最愛”とはいえず“心ならず付き合っている”気配を感じます。 一方【you】はもっと謎で、性別を特定する手掛かりさえありません。 ただ【I'll wait for you】のようなフレーズを繰り返しているように、むしろ【I】にとって【you】が“最愛”である印象を抱かせるでしょう。
しかし…
With or without you, ah-ah あなたと共にあろうと、なかろうと I can't live with or without you 俺は生きてはゆけない…
【Joshua】とは旧約聖書『ヨシュア記』に登場するユダヤ人指導者の名前であり、【Joshua Tree】はアメリカ・カリフォルニア州にあるモハーヴェ砂漠に辿り着いた開拓者が、そこに生育するユッカの木(Yucca brevifolia)をヨシュアが天を仰ぐ姿に準え【Joshua tree】と名づけたもので(一帯は『ジョシュア・ツリー国立公園』として制定されている)、本アルバムの写真も1986年12月にメンバーが実際に当地を訪れ撮影しています。 『The Joshua Tree』はそうした概念に基づくある種のコンセプト・アルバムであり、2曲目である「終りなき旅」(過去ログ)と3曲目の「With or Without You」の歌詞を比較し、複合して考えると冒頭の難解なフレーズもイメージでき、ラブ・ソングとは別の物語が見えてくるでしょう。
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