I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

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「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」ビートルズ

2020.11.30

category : Beatles & Solo

The Beatles - Strawberry Fields Forever (1967年)

ジョン・レノン案内によるマジカル・ミステリー・ツアー!ビートルズのベスト・ソングの一つ ♪

《解説記事を更新》いたしました。【続きはこちら>>】をクリックしてご閲覧ください。


~ Lyrics ~

Writer(s): Lennon–McCartney /訳:Beat Wolf

[Chorus]
よかったら連れて行ってあげよう
僕もストロベリー・フィールズに行くつもりだから
そこには、リアルなものなど存在せず
あてなく彷徨うこともない
ストロベリー・フィールズは永遠の世界

目を閉じれば生きることは容易い
誤解は、すべて目に映るものからもたらされる
ひとかどになるのは困難でも、やがてすべて解き明かされる
僕には、さほど問題でもない

[Chorus]

“僕の木”には誰もいない
それが高かろうと、低かろうと
君が波長を合わせられなくとも、構わない
僕には、さほど悪いことでもない

[Chorus]

いつも、いや時々考える…それこそが僕なのだと
でもそれは、夢うつつに過ぎない
"no"と考えようと、 "yes"を意味しようと、すべて捻じ曲がっている
僕は、人と違っているのだ

[Chorus]

Cranberry sauce...



~ 概要 ~

「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」は1967年2月17日、ビートルズがイギリスで発表した14枚目のシングルで、「ペニー・レイン」(過去ログ)との両A面という豪華なカップリングでありながら全英2位止まり、1963年の「From Me to You」から続いていた全英での連続No.1(11曲)を達成できなかった4年ぶりの作品となりました。
アメリカでは少し早い2月13日、「ペニー・レイン」のB面として発売され、Billboard Hot 100で8位を記録しています。
当時のチャート成績はビートルズとしては凡庸ですが、本曲は専門家・音楽誌及び後世に亘るファンから“ビートルズのベスト・ソングの一つ”と評されており、以下がその代表的な例です。

ローリング・ストーン誌『オールタイム・グレイテスト・ソング500』76位(2003年)
ローリング・ストーン誌『グレイテスト・ビートルズ・ソングス100』3位(2010年)
ニュー・ミュージカル・エクスプレス誌『ビートルズ究極の名曲ベスト50』1位(2020年)

本曲は元々アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の初期テーマ“幼年時代”をモチーフとして同アルバムに収録されるべくレコーディングされたものの、レーベル側から新しいシングルを求められ、「ペニー・レイン」と共にシングルとして回された経緯があります。
このため英パーロフォンのオリジナル・アルバムには収録されておらず、米キャピトルが1967年11月27日に企画発売したサウンドトラック/シングル既発売曲編集盤『マジカル・ミステリー・ツアー(Magical Mystery Tour)』で初めてアルバムに収められました。


「Strawberry Fields Forever」の作者/ヴォーカルは、ジョン・レノン
当時アメリカ・イギリスではLSDなどの<サイケデリック(psychedelic;幻覚剤の)による幻覚作用を表現したロックが流行、ジョンも1966年の『リボルバー』で「She Said She Said」「Tomorrow Never Knows」など発表していますが、同年8月29日にコンサート活動を停止させ、本格的にレコーディング・アーティストへの移行を図った第一弾となる本曲のセッションでは、より多くの楽器や編集技術が試みられ5週間/45時間を費やしサウンドが構築されました。

【第1テイク】

1966年11月24日に録音された第1テイクは最終ver.に比べ極めてシンプルなアレンジで、ジョージ・ハリスンによるスライドギターが特徴的です。
イントロなしでヴァース1→ヴァース2→サビへと繋がる構成となっており、ドスの効いた最終ver.に比べジョンのヴォーカルやメンバーのコーラスがまろやかで、初めて耳にした方はその素朴な味わいと、方向性の違いに驚かれるでしょう。

 
Take 1 / Take 7

【第7テイク】

11月28‐29日に試みられた第7テイクでは当初よりの方向性が劇的に変わり、“耳馴染みのある音”へと近づいています。
イントロからのメロトロン(ポール・マッカートニー)がフィーチャーされ、続いてサビのフレーズから入るジョンの深みのあるダブルトラック・ヴォーカルなど、最終ver.の序盤約1分はこの第7テイクから編集されました。
最終ver.のような大仰な“加工”が施されていない分、写真や映像で知るストロベリー・フィールドの鬱蒼(うっそう)とした静けさのイメージと符合し、本曲をジョンの“幼少の思い出に対するノスタルジー”と解釈するなら、第7テイクがベストだと個人的には思います。

【第26テイク】

12月8日、ジョンはプロデューサーのジョージ・マーティンに“ブラスとストリングスを加えた違うラインナップで録音し直したい”と申し出、新たな方向性が試みられます。
ここでは4本のトランペットと3本のチェロに加え、ボンゴやティンパニ、タンバリン、ギロ、マラカス、スワルマンダル(Swarmandal;インドのテーブルハープ)といった多様な楽器を投入、パレードに合うほどテンポが速められ、更にテープの逆回転など編集技術を駆使した第26テイクが12月21日に完成しますが…。

 
Take 26 / Paul McCartney, George Harrison - Strawberry Fields Forever (Get Back Sessions)

【最終ver.】

12月22日、ジョンはジョージ・マーティンに“よく考えてみたら元のシンプルなテイクもいいね。元のテイク(第7テイク)と激しいテイク(第26テイク)をつなぐことできない?”と言い出し、マーティンは“キーもテンポも違うから無理だよ”と断ると、ジョンは“君ならできる!”と押し切ったそうです。
しかしこれはジョンがミキシングの素人ゆえの暴言であり、技術的な法則をひっくり返すような無茶な要求を押し付けられたマーティンとエンジニアのジェフ・エメリックは困り果てました。

ただし、こうしたジョンの無茶な要求は優秀な技術者の才能を引き出し常識を覆す“革命”を度々もたらしており、可変速度コントロールによりキーの低い第7テイクの速度を5%上げ、キーの高い第26テイクの速度を5%下げることにより、奇跡的にキーとテンポの異なる2つの音源を繋ぎ合わせることを成功させています。
その繋ぎ目2コーラス目の【Let me take you down, 'cause I'm going to】の、【I'm】と【going】の間ですが、果たして…? 



~ Story ~

Let me take you down, 'cause I'm going to
よかったら連れて行ってあげよう
Strawberry Fields
僕もストロベリー・フィールズに行くつもりだから

【Strawberry Field】は、1936年から2005年まで『The Salvation Army』(キリスト教プロテスタントの慈善団体)がリヴァプール郊外のウールトンで運営していた戦争孤児院
ジョンは幼少の頃すぐ近くに居住し、よくここに出掛けては施設の子どもたちと遊んでいたそうです。
両親には育てられず母の姉ミミおばさんの家で暮らしていたジョンにとって、通じるものがあったのかもしれません…。

そして恐らく、ファンが本曲に抱くビジュアル・イメージは十中八九、当地の“鬱蒼とした木々を背景にした赤いペンキの門扉”でしょう。
これは、施設側の方針により内部公開が長く許可されてこなかったことによりますが(2019年9月に初めて一般開放)、ジョンにまつわる文献の多くに“塀をよじ登って(入っていた)”とあるので、メディアだけでなく地域住民も気軽に出入りできる施設ではなかったのかもしれません。




No one I think is in my tree
“僕の木”には誰もいない
I mean it must be high or low
それが高かろうと、低かろうと

PVも、“一本の木”がフィーチャーされていますが…
もちろん、ストロベリー・フィールドにも“大きな木”がありました。

上の動画の当時の関係者によると、当地の庭にはとても大きな木があり、ジョンは仲間と一緒に来てはその太い枝に腰掛けて女の子たちに口笛を吹いてちょっかいを出していたそうです。
つまり施設にとってジョンは“招かれざる客”であり、実際、施設側は彼の振る舞いについて学校やミミおばさんに苦情を出していたようで、ミミおばさんもジョンに対し“彼らが貴方を吊るしてしまう(hang)”と、出入りを禁じていたそうです(そんなことを素直に聞くジョンではないと想像…)。


Cranberry sauce...
クランベリー・ソース

曲のアウトロでジョンが唐突に囁く言葉…
クランベリー・ソースは、クランベリーの実で作るゼリー状のソースですが、当時これが“I buried Paul(ポールを埋葬した)"”と聞こえると話題になり、“ポール・マッカートニーは1966年11月に死亡していた”という都市伝説『ポール死亡説』の根拠の一つとされました。

もちろんこれは【Cranberry sauce】であり、とんだとばっちりのポールも“ジョンは全く突拍子もないことを言うんだよ。何か感じた時には口に出す人だと心得ていないと、「えっ!?」ってなっちゃうんだ”と解説しています。



~ Epilogue ~

「Strawberry Fields Forever」は1966年9~10月、ジョンがリチャード・レスター監督の映画『ジョン・レノンの 僕の戦争(How I Won the War)』の撮影でスペインのアルメリアに滞在中着想した作品で、その創作過程を辿ると、一般的な本曲のイメージとは異なる側面が見えてきます…。

ジョンはその創作をアコースティック・ギターとポータブルレコーダーで始めており、ここで録音されたデモ音源は一部のブートレッグ盤で確認することができます。
本曲最終ver.のクライマックスというと、やはりタイトルにも掲げられる【Strawberry Fields】が含まれるサビ(コーラス)のフレーズが浮かぶでしょう。
一方、このデモはまさにギターを弾き語りしながら短いフレーズを作曲してゆく過程を記録していますが、その【Take 1】によると、“創作された最初の歌詞フレーズ”はサビではなく、ヴァース2の部分です。

That is you can't, you know, tune in, but it's all right
君が波長を合わせられなくとも、構わない
That is I think it's not too bad
僕には、さほど悪いことでもない

1966年当時ジョンに生じた出来事から連想するのは、同年3月の『キリスト発言』で世界中から激しい非難・ボイコットを受けたこと、多くの人が理解できないであろうナンセンスな映画『ジョン・レノンの 僕の戦争』に出演し、その最中に本曲が創作されたことです。
本曲の当初のタイトルは「It's Not Too Bad」であり、“(大衆が)tune in(同調)しなくても、僕にはさほど悪いことでもない”というフレーズから作品が着想されたことを考慮すると、それまでとは違うメッセージが浮かび上がってくるでしょう。

 
The Beatles - It's Not Too Bad - Demo Take 1 / Demo Take 3

No one I think is in my tree
“僕の木”には誰もいない
I mean it must be high or low
それが高かろうと、低かろうと

そして【Take 3】では、定まっていなかった一つ上の歌詞が形作られてゆきます。
このフレーズについて、ジョンは“僕の人生はすべて人と違っていた。僕ほど[hip(先を行ってる?)]な奴はいない。天才か、狂人のどちらか…”と、1980年に言及しています。
天才であれ、狂人であれ、大衆である凡人に理解してもらえない“ジョンの孤高、あるいは孤独の心情”が本作品の隠れた(本当の)テーマであるのかもしれません。

そういう視点でPVを見ると、[僕の木?]に登ったのがポールだったことも、“ジョンの孤独を理解できる唯一の存在”を暗喩しているようにも思えてきます。
ジョンが遺した言葉Paul was the first love of my life, Yoko was the second.は、そうしたポールとの関係性を裏づけているといえるのでしょう。


 
The Beatles - It's Not Too Bad - Demo Take 4 / Demo Medley Take 5

ここまでの仮説を複合すると、【Take 4】でサビのコードと一部の歌詞が形作られ、【Take 5】で初めて【Strawberry Fields】の言葉が出現する…という流れも必然だったように思えてきます。

過去ログ「ペイパーバック・ライター」でも触れたように、ジョンは幼少の頃から自分が人と違う才能を持っていることを自覚していた反面、人がそれを認めてくれないことに疑問を抱いていました。
“余所(よそ)行きの仮面”を被り人気を得たビートルズ前期から、“アクの強い本質”が表れ始めた中期、それと共に拡大した“大衆との乖離”を痛感した時、ジョンの心に“幼少期の乖離の記憶”が甦り、それがストロベリー・フィールドへと向かわせたのかもしれません。


ジョン自らが“ビートルズでの自身最上”と評し、誰もがその功績を高く認めた名曲「Strawberry Fields Forever」…

しかしジョンは本曲の最終ver.について満足しておらず、いつか録音し直したいと考えていたとも言われています。
異例の長時間を費やしたレコーディングを終えた時、プロデューサーのジョージ・マーティンが発したとされる“私が考えていた感じとはちょっと違うけど、これでオーケーにしよう”から推察するなら、この時点で必ずしも“やり尽くした”わけではなく、ジョンにとっては不満を残しての“切り上げ”だったのでしょう。
彼にとって本曲は一般的な名曲ではなく、“本当の自分の世界を表した特別な曲”だったのです。

That is I think I disagree
僕は、人と違っているのだ

それこそが、私の大好きな“ジョン(先駆者)の魂”…
いつか天国に行けたなら、きっと“本当の最終ver.”を聴かせてね?



「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」

最後までお読みいただき、ありがとうございました ♪
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tags : サイケデリック 偉大な曲 名作MV マジカル・ミステリー・ツアー 

コメント

「ストロベリーフィールズ・フォーエバー」は、まさにビートルズのサイケデリック期における傑作!ポップ史上屈指の名曲の一つですね!テープ逆回転や変速、珍しい楽器の使用、凝った多重録音など、ビートルズが過去にレコーディング・スタジオで学んだ ありとあらゆる知恵・技術がこの一曲に集約されています。「ペニー・レイン」とともに「マジカル・ミステリー」の代表曲ですが、名盤「サージェント・ペパーズ」にも収録されていてもいい曲です。映画の評価はボロカス時でしたが,このアルバムは、聴き込めば聴き込む程、全楽曲がポップセンスと実験的精神に溢れています。あらゆるジャンルの音楽を取り込もうとした雑食性、アート表現など、当時の時代を切り拓いた素晴らしい挑戦だったと思います。中期サウンドの先進的な試み、クラシック音楽を融合させた功績はやはり昨年亡くなった名プロデューサー「ジョージ・マーティン」による功績は50年以上経っても色褪せないと思います。

2020.12.03  ローリングウエスト  編集

ローリングウエストさん

さすがにお詳しく、私がコメントするまでもないくらいですね。
現代ではデータ処理で何とでもできることですが、ありがたみがありません。
昔の人は自分の頭で考え苦労したと思いますが
それだけに達成した時の喜びは比べようもないでしょう。
ジョージ・マーティンが本当に良い仕事をしたと思います。

2020.12.03  Beat Wolf  編集

恥ずかしながらこの曲も聴いたことがある・・・・という程度です。最初は「ストロベリー・フィールズって何?」っていうところから分かりませんでした。ネットで調べたり、上の解説を読んでやっと少しだけ分かりました。
たまたま「博士と狂人」という本を読んでいますが、ジョン・レノンは「天才か、狂人のどちらか」なのではなく「天才であり、かつ狂人」というのが相応しいのかもしれません。あるいはビートルズ自体がポール・マッカトニーの才能とジョン・レノンの天才的狂気の結晶だったのかもしれません。

2020.12.05  忠      編集

忠さん

忠さんのご指摘はどれも的を射ています。
ファンでもその本質に気づかない人もいれば
少しの知識でそこにたどりつける人もあります。
まさにジョンは「天才であり、かつ狂人」です。
ジュリアード音楽院を首席で卒業してもジョン・レノンにはなれません。
でも無名のジョンは、そこに入学さえできないでしょう。
そこが面白いところです。

2020.12.05  Beat Wolf  編集

こんばんは!
この曲に関しても色々な諸説がありますね。
しかしこの時代にこれだけの曲を作り上げたビートルズはやはり素晴らしいと思います。
ブログを拝見させて頂きこれだけのテイクがあることも知りませんでした。
ビートルズは唯一ゲットバックセッションのブートを持っていますがマニアでないと全てを聴くのは非常にキツイです(笑)
オフィシャルでアウトテイクも限られているので、こういった形で何方が紹介しないと分からないので
とても面白い内容でした。
ありがとうございました。

2020.12.08  blackmore1207  編集

blackmore1207さん

でも考えようによっては世界一のレコード売り上げによる資金と
アイデア次第で面白い革新が可能だった時代にも恵まれたかもしれません。
今だったらコンピュータ上で簡単に処理できるでしょうけど…。

このブートはマニアにとって非常に興味深いと思います。
これほど謎の多い名曲の作曲過程が記録されているのですから。
私もイメージが変わりました。

2020.12.08  Beat Wolf  編集

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