~ Lyrics ~ Writer(s): Paul Weller /訳:Beat Wolf 半ば心の困窮、半ば暮らしの窮乏 降り出した雨…跪いて祈り、僕は言った “天よ、どうかこの魂を洗い清めください これまでどんなオファーも、感銘することがないのです” 家路半ば、半ば正気を失った心 どの店の飾り窓も同じに映り、僕は言った “人生を救うためのサインをお届けください この一瞬さえ、確かなもの一つないのです 今の僕には…” * 夜が明け、次第にかたちが見えてくる恐ろしさ それは、僕が生まれた日と変わらない 誰に頼まれたわけでなく留まり 来る日も来る日も、自らに誓う ** 背中を強く叩かれ人生がひっくり返り どん底にあるとき てっぺんに向かい、声の限り叫ぶ以外にない てっぺんに向かい、ありったけの声で叫ぶんだ Mm, we're gonna shout to the top... * **~ 概要 ~ スタイル・カウンシルは、中心人物である
ポール・ウェラー (vo/g)とミック・タルボット(key)を基本メンバーとして結成され、1983年にレコード・デビューしたイギリスのポップス/ソウル・グループです。
言うまでもなくポールはパンク/ニュー・ウェイヴ・バンドの
ザ・ジャム(The Jam)出身でQ誌【歴史上最も偉大な100人のシンガー】第76位 に位置付けられた存在であり、一方
ミック は1980年頃
デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ に参加していました。
「シャウト・トゥ・ザ・トップ」 は1984年10月にリリースされたスタイル・カウンシル
通算7枚目のシングル で、イギリス7位/オーストラリア8位を記録しました。
“サントラ・ブーム”が巻き起こっていた当時、マドンナ(Crazy for You)やジャーニー(Only the Young)など全米ヒットを複数輩出した1985年2月公開の
アメリカ映画『ビジョン・クエスト/青春の賭け』のサウンドトラック に本曲も起用されていますが、残念ながらアメリカでのヒットには至っていません。
本曲は元々SCのオリジナル・アルバムに未収録で、後に1985年の
2ndアルバム『アワ・フェイバリット・ショップ(Our Favourite Shop)』 のデラックス・エディションに収録されました。
冒頭に掲示したPV
でフィーチャーされている女性は
ディー・シー・リー (Dee C. Lee)と言ってSCのメンバーで、
当時ポールの恋人にして1987年に妻となる人 であり、それ以前もWham!のバック・シンガーを務め
「クラブ・トロビカーナ」 PVなどにも出演、その後ソロ歌手としてのキャリアも重ねているのでご存じの方もあるでしょう。
ちなみに1984年後半といえば、同年イギリスの音楽界最大の話題と言える
【バンド・エイド】 (エチオピアの飢餓救済チャリティー・プロジェクト)へポール・ウェラーも参加しており、本曲PVでサングラスによって見ることのできない彼の“美男”ぶりを
「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」 PVで拝むことができます。
SC以前ザ・ジャムでパンク・ロックの色彩が強かったポール自身は、元々黒人音楽に傾倒しスタイリッシュなスーツを着こなすなどパンクとは異なる志向を持った
“ブルー・アイド・ソウル” であり、ロキシー・ミュージックや
スパンダー・バレエ 、ジョー・ジャクソン、スウィング・アウト・シスター、
ジョニー・ヘイツ・ジャズ らに共通する
ソウルやジャズを取り入れた都会的で上品な大人向けの音楽性は日本でも人気が高く 、80年代の【シティ・ポップ】や90年代の【渋谷系】へと波及しました。
少し前の記事でMr.Children 「シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜」 と
エルヴィス・コステロ「レディオ・レディオ」 の関係について言及しましたが、
スキマスイッチ「全力少年」 はスタイル・カウンシルの影響を私に抱かせます。
旋律が覚え易くサウンドもお洒落なためメディアで使用されることも多く、『ビジョン・クエスト』以外にも2000年のイギリス映画『リトル・ダンサー(Billy Elliot)』や、フジテレビ系情報番組
『とくダネ!』OP曲、スバル 『インプレッサ スポーツ ワゴン』 CM曲 (カバー)などがあります。
VIDEO VIDEO VIDEO VIDEO ~ Story ~ I've seen all on offer and I'm not impressed at all これまでどんなオファーも、感銘することがないのです” I said now send me a sign to save my life “人生を救うためのサインをお届けください 不連続のライン…
お洒落なサウンドに、こんな“苦衷”が内包されていようとは思いもしなかった人も少なくないでしょう。
歌詞は直接的に言及されていないため、日本でもそのまま使われる英単語を敢えてそのままカタカナで表しましたが、本項で少し捕捉しておきます。
【offer】は仕事に対する“申し出”か、はたまた後の歌詞に関連するなら“店の飾り窓に売りに出しされるどれも同じような商品”か…何れにしても、
主人公がそれらに幻滅し【この一瞬さえ、確かなもの一つない】苦衷 にあることが想像されるでしょう。
だからこそ天に向かい跪き祈っているのであろうとして、彼が望んでいる【sign】とは内心を救う“啓示”か、それとも苦境を生じさせている根本を物理的にも救う“奇跡”か…。
That when you're knocked on your back and your life's a flop 背中を強く叩かれ人生がひっくり返り、どん底にあるとき And when you're down on the bottom there's nothing else but to shout to the top てっぺんに向かい、声の限り叫ぶ以外にない 歌詞が抽象的で解り辛いのに対し、
PVはその“真意”を具体的に指し示して います。
ポール・ウェラーは1984年、労働争議で長期間(85年3月まで1年間)ストライキを続けていた鉱山労働者を支援するためのアンサンブル【The Council Collective】を結成 し(ジミー・ラフィンやジュニア・ジスコムらと共に)チャリティ・12インチ・
シングル「Soul Deep」 をリリース、その売り上げを鉱山労働者や遺族へ寄付する活動 を行っています。
ストの背景にあるのは1984年3月にマーガレット・サッチャー英首相(保守党)が発表した採算性の低い炭鉱を閉鎖する政策で、
2万人の炭鉱労働者が失職、全国炭鉱労働組合もこれに抗議する大規模なストライキを行いましたが、サッチャー首相はストライキに参加している炭鉱労働者を“内なる敵(the enemy within)”と呼んで警官に厳しく弾圧 させました。
(【サッチャリズム】の影響は炭鉱に止まらず、
イギリスの失業率は1984年に第二次大戦以降最悪の12%、失業者は300万人を突破 している)
VIDEO Soul Deep (council collective single 12") ポールの本質を一言で表すならそれは【モッズ (Mod/Mods】 であり、
【modern(最新の)】 を追求するイギリスの
労働者階級 の若者の間で広まった概念・文化で、彼はザ・ジャム時代からそれを“かたち”として表し、その象徴として“The Modfather”と呼ばれ、オアシスなど世代を超えて多くのアーティストに影響を与えてきました。
もちろん政治的に労働党を支持し続けてきた一方、次のようにも語っています。
ポール・ウェラー、「俺たちを暗闇から救い出してくれる政党など存在しない」と語る これは2017年のアルバム『A Kind Revolution』に際しての言及で、
イギリスのEU離脱やトランプ政権の誕生、右翼勢力の勃興 といった政治状況を反映したものだと言います。
“
いかに人間性にはたらきかけるか、いかに我々全員にはたらきかけるかっていう観点で曲を書いた。もし世界がまったく変わってしまうとしたら、そして、その変化が必要不可欠であるなら、変化は愛や慈悲、人々同士の結束を通じてのものじゃなきゃならない。多くの人々を撃ち殺して、別のタイプの指導者を誕生させる革命なんて反対だ… ”
そして、次のように結んでいます。
“
その答えが必ずしも政治じゃなくてもいいと思う。俺たち人間の中にありさえすれば。 それこそが政治よりもはるかに大きな問題だ。俺たちを暗闇から救い出してくれる政党なんか存在しない。人民の中から生まれなければいけないんだ。でも、そんなの誰が予想できる? 俺たちに出来るのは、最大限変化に気を付けるよう努力して、最大限に素晴らしい人間であろうとするってことだけなんだ ”
“政治とは、無関心も含め人民の心がけの映し鏡” 、ということでしょうか…。
The Style Council Live - Shout To The Top VIDEO --------------------------------------------------------------------------------------
~ 2つの首相襲撃事件に見え隠れする「沈み続ける日本」の正体 ~ 昨年7月の『安倍晋三元首相暗殺事件』に続き発生した、今年4月の『岸田文雄首相襲撃事件』…
幸い死者こそ出なかったものの(聴衆ら2人が軽傷)、
「安倍氏の事件と同様に岸田首相の至近距離から爆発物の投げ入れを許す」 など、
元首相暗殺という歴史的大失態さえ“お灸”にならないこの国の機能不全 は、最早つける薬もありません。
(『森友・加計事件』~『統一教会問題』に至る
「自己修正・問題解決能力の決定的欠如」 、『コロナ対策』での
「同じ失敗を繰り返す学習能力の決定的欠如」 を鑑みると“必然”か…)
4/18の記者会見で
谷公一・国家公安委員長 は、岸田首相の事件の警護態勢について「
警察庁が事前に計画を確認し、
和歌山県警において必要な態勢を構築するなど、
必要な措置は講じられていた 」と評価していますが、当日の
「現場では手荷物検査が行われておらず」 、事件発生時の現場の映像を見ても
「警備は隙だらけで犯人の身柄を最初に取り押さえたのも地元の漁師」 です。
更に目を疑ったのは、爆発物が投げつけられた際、
岸田首相を警護していた警官が足元の「爆発物を人のいない駐車場側でなく、聴衆が集中している側へ蹴り寄せた」 ことです。
今回は“たまたま爆発物がすぐ作動せず(爆発したのは51秒後)威力も小さかった”ため大事には至らなかったものの、
聴衆は約200人いたとされ、もし正常な爆弾だったら聴衆を巻き込んだ大惨事 となっていたことでしょう。
(
※安倍元首の事件でも一発目が外れ、数秒猶予があったのに警護が対処できず2発目で安倍氏は亡くなった )
この点について4/20の国家公安委員会の会議でも委員から「聴衆の避難誘導は課題だ」との指摘があったそうですが、同日・
露木康浩警察庁長官 は定例記者会見で
「岸田首相への被害を防止できた」との評価 はあったものの、
“聴衆の安全・避難”についての言及は伝えられていません 。
しかし
『国民の生命を守るため税金で雇われた政府と警察』 が「(結果的に)岸田首相への被害を防止できた(から良かった?)」で済むなら
【同じ失敗を繰り返す学習能力の決定的欠如】 であり、「首相一人を守るために国民200人を犠牲にする警備が適切」と認識する(または認識を非公表)なら「大多数より一部少数を優先/行政評価の情報を隠蔽」で
【民主主義の決定的欠如】 です。
VIDEO 首相の足元に爆発物 警察官、体押し当て防護板 動画に克明記録 車が電車と衝突…「死んでもいいやと」フェンス突き破りわざと線路内に進入か 27歳女の“信じがたい動機” VIDEO これも結果として大事に至らなかったものの、ちょっと違えば大惨事となっていた事例…
2つの首相襲撃事件と5/4に発生したこの事件に共通 するのは、
犯人が何れも「逮捕・射殺されることを覚悟」の上で
「公然と犯行」していることで、それを決定的にさせた要因こそ
「人生がどうでもよくなり(自暴自棄)」 でしょう。
首相が狙われたというインパクトはとても強いため忘れがちですが、『附属池田小事件』(2001年)や『大阪個室ビデオ店放火事件』(2008年)、『京王線刺傷事件』(2021年)、『北新地ビル放火殺人事件』(2021年)などこうした
【拡大自殺】的な“狂行”の「犠牲となる多くは日常高いセキュリティ下に身を置く政治家でなく無防備な一般人」 です。
「人生どうでもいい」が「死んでもいい」に達すると恐れるものが無くなり
『どうせ死ぬなら…』 、
「他人を巻き込んでも構わない」「いっそ世のため逮捕・起訴されない悪人を道連れに…」と普通の精神状態なら思いもしない“狂行”に走り易く なります。
『民主主義』は「大多数を幸福にする政体」 であるとするなら、
「人生どうでもいい」に追い込まれる人を最小限に抑える環境(立法・行政・司法)を整備すること が、“全体の奉仕者”として雇われた公務員の尊い使命です。
(元禄時代の『赤穂事件』(忠臣蔵)のように、
公権力の不公正な行使が更なる犯罪を誘発させることが決してあってはならない )
一方
『資本主義』は“資本家主義” であり、「構造的に強者・富者と弱者・貧者の格差を拡大させる仕組み」であることから、公権力が耐久余力の低い弱者・貧者の「人生どうでもいい」を“暴発”させないよう十分な配慮が必要ですが、
日本の“全体の奉仕者(政治家・役人)”は「政治献金や組織票・選挙協力・天下り先などの“私的利益”の“見返り”として強者・富者を有利にする環境(立法・行政・司法)を整備する『反・民主主義』を志向 してきたため、
政策により国民への税金・保険料負担を重くし(2022年度の国民負担率47.5%で『五公五民』)実質賃金も低下 、国民の豊かさを表す
『一人当たりGDP』も日本は2000年の世界2位→22位(2021年)まで下落 してしまいました。
「国民多数でなく少数の富裕・支配層を尊重」は『反・民主主義』 であり、弱者・貧者を「人生どうでもいい」に追い込む「公権力の不公正な行使」ですが、そのレベルに止まらず、
「多くの反社会的勢力と結託」する“日本最大の反社会的勢力”と化しているのが『日本の全体の奉仕者(政治家・役人)』 です。
それを象徴するのがマルチ商法で国民に2100億円もの被害を与えた
『ジャパンライフ』 、そして霊感商法で1237億円の被害を与えた
『統一教会』 で、これほどの
大規模組織犯罪が長年放置され桁違いの被害にまで拡大したのは、岸信介-安倍晋三元首相を中心とする自民党および省庁・メディア幹部がこれと癒着し広告塔となり、警察の事件捜査にも介入したため で、それにより
暴発した被害者が起こしたのが『安倍元首相暗殺事件』 でした。
そして私が、「多くの国民に測り知れない怒りと憎しみを与える」と懸念してきたのが、
政府の「欺瞞に満ちたコロナ対処による疫病の蔓延」 です。
島国である日本は水際さえ“鉄壁”に固めウイルスを持ち込ませなければ国内の一般国民が感染する道理はなく、無駄な対策費用や規制も不要で安全に暮らせたのに、
政府が(コロナが蔓延してこそ莫大な利益を得る“悪魔”と結託し)水際の“鉄壁”を行わず国内にウイルスを持ち込ませたため、全国民が“見えない敵”と怯え戦う日常 を強いられ、
この3年で13.5万人の死者を増大 させました。
「コロナで人生を狂わされた怒り/大切な家族を失った悲しみ」はまさに“命の痛み” であり、これほど多数の人々に最大級の痛みを与え、コロナ対処を指示した責任者はその矛先が自分に向かうことを恐怖しないのだろうか…(だから情報を偽り誤魔化すのだろう)。
日本が数々の不祥事と積年の政策課題の何一つも解決できず、同じ過ちを繰り返し、世界の中での存在価値と国民の豊かさが沈降し続ける根本原因 は、
「権力者が責任を取らないで許される倫理観の決定的欠如」 にあると断言できます。
『権限=責任』 であり、
「失敗し成果を上げない権力者は速やかに交代し、成果を残し続けた者に権限」を任せば“より良い”レベルを維持できるのに、
この国の権力者は「責任の証拠を権力でもみ消し、責任は部下に押し付け、有権者が無能・嘘つきな代議士を交代させず権力の座に留まり続けられる」 ため、いつまで経っても同じ過ちを繰り返し続けるのです。
主権者の直接選択に加え、この国では三権分立によって
司法が「立法・行政の憲法違反を審査する責務」 を負っていますが、
内閣の人事権によって“実効支配”されているため「立法・行政の憲法違反が日常茶飯事」 となっています。
私たち国民が
「沈みゆく日本」を浮上させる手立ては唯一、「全体の奉仕者の志を持つ代議士を選ぶ」 ことだけです。
暴力という理不尽によって世の中を変えようとしても、それは軍隊・警察と武力を争う無謀であり、「無意味な自殺行為」に過ぎません。
そんな愚行より遥かに有効なのが、
「一般国民は大多数である強み」を生かす ことで、
「『億千万の瞳』で
権力者の嘘と不正を監視・注意 」し、
「嘘と不正を繰り返し
国民全体の利益に害する代議士を退場させる投票 」です。
だからこそ、その有効性を知っている
既得権益を“保守”したい【政官財】 がドラマ『相棒』や『日本沈没』、映画『シン・ゴジラ』、ドキュメンタリー『河瀬直美が見つめた東京五輪』など
一般大衆が見る映像作品の中に何気なく「支配層に異論することは悪」の“プロパガンダ”を紛れ込ませて世論工作 をしています。
“彼ら”の「権力・利権独占に対する執着」は、尋常ではありません。
私たち
国民一人ひとり が
「“邪な欲望”に支配されたこの国の舵取り」の現実を知り 、彼らに負けない
強い意志を持って根気強く“邪心”を矯正する具体的言動を続けない限り、「沈みゆく日本」に終わりは訪れない のです。
山上・木村が引いた日本の治安の崩壊。暴力は許されない!と叫ぶトップは不倫、パパ活、中絶・・・欲に溺れた政治家たち。元博報堂作家本間龍さんと一月万冊 VIDEO ~ コロナ・パンデミックに見え隠れする「沈みゆく国際社会」の兆候 ~ WHO 新型コロナ「緊急事態宣言」終了を発表(5/5)、 テドロス事務局長「これで新型コロナは心配ないというメッセージを国民に送ってはいけない」 5/5
日本政府 新型コロナ5類移行(5/8)から 前倒し、GW初日(4/29)にコロナ水際措置終了 WHOの「緊急事態宣言」は2020年1月、日本政府の「2類感染症相当指定」は同年2月で、私が最初にブログでコロナを取り上げたのは同1/24でした(
過去ログ「ユー・アー・ラヴ」ジャニス・イアン/映画『復活の日』 )。
同1月に
中国武漢でパンデミックが発生 し、かつて見たこともない程の急激な死者数と医療現場の惨状をご記憶の方も多いと思いますが、私がブログでコロナを取り上げた直接のきっかけは、「そんな被害をもたらしている
新ウイルスが発生したにも拘らず日本政府が武漢からの観光客を検疫もせず国内旅行を許可 し、
バスツアーの道中で陽性者が出ても、残り27人の同乗者を隔離せず予定どおり国内各地を観光させた 愚行」に“戦慄”を覚えたからでした(危惧したとおり、記事編集中に武漢客を乗せたバスの運転手が日本人初の陽性者となった)。
その時点で
既にコロナが「(極めて頻度の高い)無症状者も感染させる」という“既定の感染症法では対処できない性質”が報告されていた にも拘らず
安倍内閣がコロナを無理矢理2類 に入れ(
)、その後の
『ダイヤモンド・プリンセス号の集団感染』の対処に当たった厚生労働省の職員が船内での業務終了後、検査も隔離もされず職場復帰」 していたことが判明、少し前の
「武漢からチャーター便で帰国した邦人が“相部屋隔離” されていた件も含め、
“日本政府はコロナを封じ込める(=国民の命を守る)気がない”と確信 しました(そうでもなければこの信じ難い一連の愚行の理由が説明できない)。
(
2類だと無症状者を全て指定病院に入院させてすぐ満杯、5類だと未知ウイルスの対処を町医者に丸投げで大混乱、
必要なのは大量の無症状者を隔離できる法的根拠と収容できる施設の確保 。
コロナを無理に2類に入れたのは、「受診可否を政府の裁量下に置いて窓口を保健所に限定、
“国民への検査・医療提供”と“陽性者数(統計上の感染者)”を最小限にする目的 と推察)
【Google が掲げる 10 の事実;「4. ウェブ上の民主主義は機能する。 」??】 以来、私は数多くコロナに関連した記事を編集し、毎日のように
コロナ情報 をネットで調べてきましたが、ある時期から
表示される検索結果の“異変” に気づくようになりました。
例えば【ファイザー ワクチン 副反応】などを検索すると「政府・自治体など行政機関の発する情報」が上位を占め、「被害実態」など
“政府にとって不都合な情報”へのアクセスが困難 になったからです。
また、
病原体の感染力を表す概念に『基本再生産数(R0)』 (1人の感染者が平均して何人に感染させる可能性があるか)というのがあり、
過去ログ「民衆の歌(レ・ミゼラブル)」 でも紹介しました。
当時はデルタ株がコロナ最強のR0値で、その後デルタと比べても圧倒的に陽性者数が急拡大したオミクロン株が登場し、ずっと
Wikipedia(日本語版)の一覧比較できるページ に
オミクロンのデータが 掲載されるのを待っていたのですが、
1年以上経過しても何故か掲載されず 、疑念を抱いていました。
(オミクロンの陽性者数がデルタの数倍となったことから【デルタのR0;(5-9.5)×数倍】と仮定すると、一覧で
最もR0値の高い麻疹(12–18) を上回る可能性がある)
そして今回、検索エンジンから英語で調べたところ
「オミクロンのR0;平均9.5(5.5 ~ 24)はデルタの2.5 倍~数倍」 というデータを発見しました。
更に調べると、
GoogleとYouTube は2020年03月時点で「
新型コロナウイルスの関連情報を検索する日本のユーザーには 、新型コロナウイルスの正しい情報を得られるよう内閣官房新型インフルエンザ等対策室や厚生労働省、世界保健機関(WHO)といった
公的機関が提供する信頼性の高い情報へのリンクを表示する」対応を 取っていたことが判明しました(
なぜ“日本のユーザー”だけなのか…)。
確かに誰でも発信できるネット上にはデマの類いも多く、「“一般論として”適切な対応」とは理解しますが、私は発災以来膨大な数のコロナ情報に触れ、
『日本のコロナ対策』がどれほど“政官財と感染症ムラの邪な利権”のために「本来行うべき対策と真実を踏みにじられてきた」 かを知っているだけに、
彼らの発信を“信頼性の高い情報”などと評価できません。 (「東京五輪終了までコロナの空気感染を認めず被害を拡大」
「コロナ持続化給付金事業で電通と“組織ぐるみの犯罪的手口”により巨額の手数料を搾取する」 など、
コロナで多くの国民が苦しんでいる最中に、どうしてこれほどの“非道”を発想・実行できるのか… まさに“悪魔”としか言いようがない)
グーグルが中国検閲版の検索エンジン開発 「企業理念に反する」関係者がリーク Googleは中国進出を念頭に、共産党の検閲キーワードである人権、民主、信仰、平和的抗議などを表出させない
『情報統制版検索エンジン』 の開発を計画していた過去があります。
【政治権力と情報媒体…果たして、『情報統制』は中国だけ?】 NHKニュースウオッチ9 ワクチン接種後に家族が亡くなった遺族の談話を、コロナ感染死であるかのように映像編集 20230516
日本の“公共放送(大本営発表機関)”も、中国に負けていません。
記事によると、出演された遺族の方たちは
NHKの報道局員から「ワクチンで被害があったという人たちがいることも世の中に残して伝えていきたい」との取材依頼があり、
「取材でワクチン接種後に家族が亡くなったことや、国が現在もワクチン接種を推奨していることなどを語った」 ものの、
「放送ではワクチンについて一切触れられず、コロナ感染で家族を失ったような事実関係が全く違う内容となっていた」 そうです。
これはまさに、2021年12月放送の
NHK“捏造”ドキュメンタリー『河瀬直美が見つめた東京五輪』と同じ手口 です。
安倍晋三・内閣官房副長官(当時)の圧力により発生した
2001年の『NHK番組改変問題』以降 、NHKはこれまで同様の捏造を何度も重ねてきましたが、
「“捏造”がいつも政権の利益と合致している」のはそれが“偶然のミス”ではなく、“作為”である証左 でしょう。
特に今回酷いのは、思いがけなく家族を失ったご遺族の悲しみを利用し欺いたことです。
「政府の不都合な真実を隠匿」するためなら、苦しみ喘ぐ民を踏みつけにしても構わない…
そんな
「非道を行うから被害者に殺意を抱かせる程の恨みを買う」 ことを、政治権力(=公僕)は全く自覚していません。
国内のコロナは、安倍-菅-岸田政権の決定により海外から持ち込まれたウイルスによってもたらされた災厄であり、彼らの責任 です(責任を負えないなら、ウイルスを持ち込ませてはならない)。
それなのに
感染しても診療を拒否され、瀕死に追い込まれ、亡くなられた方とそのご遺族の悲しみと怒りが、どれほどこの国に潜在しているだろう…。 【WHO の『緊急事態宣言終了』と日本政府の『5類移行』は、「人類がコロナに打ち勝った証」なのでしょうか…】 『この世で最も尊いものは人の命』 とするなら、その最重要項目はパンデミック発災から
「現在までのコロナ死者687万人」 、
「2020-2021年の2年間の全世界の超過死亡者数が1820万人/同・日本の超過死亡者数11.1万人」 のデータ(※期間が不完全)であり、超過死亡のすべてがコロナ関連でないとしても、
2年間で
1820万人は第一次世界大戦の戦死者1600万人を上回るレベル です。
(
コロナは軽症・無症状が多いため検査されない割合が多く、この間の全世界の超過死亡者数(≒コロナ関連の死者)は当局発表のコロナ死者数の約3倍、
政府が検査を抑制した日本の超過死亡者数は当局発表のコロナ死者数の約6倍 にもなる)
【全世界の超過死亡者数1820万人をもたらした?『ウィズコロナ』】 発生以来、世界の多くの国々が採ってきたコロナ対処は
アメリカ・イギリスの主導した『ウィズコロナ』 であり、これは
「自然感染とワクチンによる集団免疫で感染・重症化を軽減」 し、
「できる限り社会と個人に規制を行わず病原体との共存を目指す」 ものです。
しかし人々が最初から未知の病原体の免疫を保有しているわけではなく、
免疫・ワクチン・特効薬もない未知の病原体に自然感染させることは極めてリスクが高い 上、集団免疫に足る大多数が自然感染/ワクチンが開発・普及するまで歳月を要するため、それまでの間
「“かなりの犠牲者”が出ることを覚悟の上での“非情の施策”」 であり、実際に
欧米各国は当初これを実行して
あまりの死者数に慌ててロックダウンに転換するなど、迷走を繰り返し
世界パンデミックに発展、
より感染力の強い変異株を次々と発生させたことで完成した
ワクチンの感染予防効果は限定的となってしまい、
超過死亡1820万人という
“21世紀最大の人災”を招いた と、私は評価しています。
「この世で最も尊いものは人の命」であるなら、
『防疫の鉄則』は「無からは何も生じない」原理に基づく『ゼロコロナ』 です。
ウィズコロナと真逆で
「病原体を生活圏や体内へ入れないよう物理的にシャットアウト」 し、
「短期集中で病原体を根絶し、コロナの無かった元の生活環境を取り戻すことを目指す」 対処であり、
社会・個人に対する厳しい活動制限と大規模な検査・隔離など不自由が伴うため「短期・一度きりの決戦」として準備・実行される必要 があります(何度も実行すること自体が失政の証であり、民衆が指示に従わなくなる)。
しかし“道理”として、また中国や台湾・ニュージーランドの事例からもわかるように、どれだけ
一国で頑張ってゼロを達成しても、国外でコロナがずっと蔓延している限り無期限で「短期・一度きりの決戦」を続けなければならず 、結局何れの国もゼロを諦めてしまいました。
『ゼロコロナ』は、全世界が一丸となって同時的に、不退転の覚悟でコロナ撲滅決戦を挑まなければ、成し遂げられるものではありません (厳格に行うほど短期で成功率も高く、緩くダラダラやると必ず失敗)。
それなのに、国際社会は、“戦う相手”を間違えて います…。
人命を最優先する
『ゼロコロナ』が“潰された”背景には、『米中の世界覇権争い』と『アメリカの商業・外交利益誘導工作』 があると、私は考えています。
第二次大戦以降、世界の覇者であり続けたアメリカとその座を狙う中国は近年、万事に於いて激しい争いを展開していますが、世界の人々の命が懸かったコロナ対処に於いてもその例外でなく、
「コロナ・ワクチン利権をほぼ占有したアメリカ」(コロナが蔓延し続けることが国益)が、「ワクチンを不要にするゼロコロナを掲げる中国」を叩き潰した のだと…。
(
中国がゼロコロナを止めるきっかけとなった
“全国同時的抗議デモ” は、ネットが統制されている当国で発生したことに違和感で、寧ろこういう“劇的な転換”は、これまでアメリカが反米政権に対し仕掛けてきた
『CIA工作』 の手口を想起させる…)
VIDEO 【解説】 中国「ゼロコロナ」政策への抗議とその取り締まり 私が懸念するのは、2年間で1820万人もの人命を失わせた
『21世紀最大の失政』に対し専門家やメディアから責任追及の声が挙がらず、「コロナに打ち勝った成功事例」のように後世へ伝えられようとしている風潮 です。
今回の
コロナ・パンデミックに於いて『行政』は、「防疫をワクチンに依存し過ぎ」 、
自らの職責である「ウイルス侵入・拡散の阻止、感染者の発見・隔離を怠り、寧ろこれを阻害」、それによってもたらされた「パンデミックのツケを医療現場と患者の自宅放置に押し付けただけ」 でした。
守るべきは多くの人の命、未来の命を救う教訓を後世に残すこと であり、コロナが未知のウイルスだった段階でいきなり人々に自然感染させ集団免疫を得ようとした“犯罪”の責任逃れではありません。
新型コロナはこれからどうなっていくのか?私たちは新型コロナとどのように付き合っていけば良いのか? 言うまでもなく
人間が『緊急事態宣言終了』『5類移行』に変えたからといって、新型コロナが地上から消えたわけでも、毒性が弱まったわけでもありません。 これは事実上の『規制撤廃』であり、
物理的・心理的に防疫が緩むことによって「ウイルスが体内に取り込まれやすい環境になる」 一方、「検査・医療が有料化で受診者減/患者を受け入れる病院側の採算性・院内感染リスク」を鑑みれば
「必ずしも医療サービスが気軽に受けられるようにはならない」 のではないでしょうか…。
私が新型コロナを季節性インフルエンザと同等に扱うべきでないと判断する理由の一つは
『際立った変異・感染力の強化速度』 です。
コロナは発生当初の 「野生型;R0=2.9 (2.4–3.4)」から「オミクロン株;R0=9.5(5.5 ~ 24)」まで
平均3.3倍/最大10倍感染力が強く なっており、これは「風邪(2-3)」や「季節性インフルエンザ1.3 (1.2–1.4)」とは感染力も、
「空気(エアロゾル)感染し、無症状者も感染させる」 特性も大きく異なります。
また、
コロナの『免疫異常・血液凝固作用』 は肺炎などの象徴的な症状のみならずウィルスが血液によって全身へ運ばれ長期間体内に留まり(long COVID)、たとえ普段は無症状であっても疲労や病気で抵抗力が弱まったとき活発化し、
さまざまな病気の原因・悪化因子 となります。
『ウィズコロナ』は「コロナとの無期限の戦い」 であるため、今後も新たな変異株が発生し続けるでしょう。
行政検査が行われず検査・受診が自己負担になると 先行した欧米のように、
日本も「統計上の陽性者・死者は激減」する ものの、検査判定されない無症状感染者が更にウイルスを拡散し、上記のような
体調不良や病気・死者を潜在的に増加させる と想像します(今後の超過死亡・総死亡者数の動向に注意)。
「新型コロナは自然と弱毒化していく」という言説もありますが、強毒化/弱毒化は偶然の産物であり、もちろん
「強毒化」もあり得ます 。
主流株の交代に必然性があるとすれば
「感染力が強まる」 で、または
オミクロンと全く別の変異を発生させた場合、それまで蓄積した免疫が効かず再びパンデミックに発展するかも しれません。
コロナ並みのパンデミック、10年以内に28%の確率で発生も-分析 果たして人類は、いつか再び見舞われるであろう次のパンデミックを、“よりまし”に対処することができるのでしょうか…。
下の動画
は、
コロナ対処を含め世の中がどのような“概念”によって動かされているのか を、児玉先生が解説してくれています。
かなり長いですが
それを知っておくことで世の中の出来事やその裏にある真実が見えてくる ので、お時間のある時、何回かに分けてご覧ください。
○The News ● コロナ2類→5類へ、人への投資 コロナで失敗続きの日本政府、大手マスコミを問う【児玉龍彦、金子勝、望月衣塑子、尾形聡彦】 VIDEO 最後までお読みいただき、ありがとうございました ♪
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