I Wish~洋楽歌詞和訳&解説

80年代の洋楽ロック・ポップス&ビートルズを中心に、歌詞の和訳と解説+エッセイでお届けします

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エリック・カルメン「オール・バイ・マイセルフ」

2024.02.09

category : Eric Carmen

Eric Carmen - All By Myself (1975年)

この世に“昼と夜”があるように、“愛”があるからこそ“孤独”もまた人生の逃れ得ない宿命

《解説記事を更新》いたしました。【続きはこちら>>】をクリックしてご閲覧ください。


~ Lyrics ~

Writer(s): Eric Carmen, Sergei Rachmaninoff /訳:Beat Wolf

若い頃…
誰かが必要など、思いもしなかった
色恋だって、ただの酔狂
そんな日々は、過ぎ去った

ただ一人で生きる…
友人すべてに思い廻(めぐ)らせ
ダイアルを廻してみるけれど
誰も家にいない

[Chorus]
All by myself
一人ぼっちでいたいわけじゃない
All by myself
“自分が全て”として生きてゆくなんて
もうこれ以上…

確かであるとは、難しい
時に、僕はあまりに不確かで
愛は、あまりに遠く不明瞭
魂の救いが取り残される

[Chorus]

若い頃…
誰かが必要など、思いもしなかった
色恋だって、ただの酔狂
そんな日々は、過ぎ去った

All by myself
一人ぼっちでいたいわけじゃない…



~ 概要 ~

「オール・バイ・マイセルフ」は1975年11月にリリースされたエリック・カルメンのソロ・デビュー・アルバム『サンライズ(Eric Carmen) 』からの1stシングルで、ミラクルズ「Love Machine」/フォー・シーズンズ「December, 1963 (Oh, What a Night)」に阻まれNo.1を逃したもののアメリカで100万枚以上を売り上げ、Billboard Hot 100で3週連続2位(1976年間40位)を記録(Cash Box誌では週間No.1を達成)した彼の代表曲です。
両誌は“ロックの魅力を網羅した見事なロック・バラード”、“3人のビージーズのうち少なくとも2人のヴォーカル・パワーを捉え、ポール・マッカートニーの作詞能力も持ち合わせている”と絶賛しました。

本曲にはアルバム・バージョンとシングル・バージョンがあり、前者は途中2分半程のピアノ・ソロが含まれた7分超の大作で、後者はその部分が短縮されたものになっています。


作者はエリックに加え、20世紀初頭のロシア帝国出身の作曲家/ピアニスト/指揮者セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフの名がクレジットされており、これは本曲にラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番ハ短調 作品18第二楽章」が引用されていることに由ります。
エリックによると、1945年のイギリスの恋愛映画『(逢びきBrief Encounter)』のアクセントとしてラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が使われていたのを聴き、このメロディーを取り入れて詩を書いたそうです(※1974年に同作のテレビ映画がリメイクされている)。

当時アメリカでラフマニノフの楽曲はパブリックドメインであったため、エリックは著作権が存在しないと考え引用しましたが、米国外では依然として保護されており、ラフマニノフ財団から連絡を受け、同じくラフマニノフを引用した「恋にノータッチ」共々印税の12パーセントを財団が受け取ることで合意しました。
一方、コーラス部分にも過去の楽曲からメロディーの引用がありますが、こちらは1973年にラズベリーズのために書いた自作曲「Let's Pretend」からのもので、問題はありません。


スタンダードとも呼べる名曲のためカバーも多く、フランク・シナトラやトム・ジョーンズ、シェリル・クロウ、シャリース・ペンペンコなどが取り上げましたが中でも有名なのが1996年のセリーヌ・ディオン ver.でしょう。
「トゥ・ラヴ・ユー・モア」「ビコーズ・ユー・ラヴド・ミー」などを収録し彼女の出世作となった4thアルバム『FALLING INTO YOU』からの4thシングルとして Hot 100で4位を記録しました。

日本でも1990年代にトヨタ・ソアラ、2000年代にダイハツ・コペンなどしばしばCMソングに使用されたので、ご記憶の方も多いでしょう。
ちなみにエリック・カルメンが1984年に書いた楽曲「パラダイス~愛のテーマ」(歌:アン・ウィルソン&マイク・レノ)は同年に大きな話題となった映画『フットルース』とドラマ『金曜日の妻たちへII 男たちよ,元気かい?』のテーマ曲として人気を呼んだように、彼は特に日本人好みのメロディーが持ち味の作曲家といえます。


 
 



~ Story ~

When I was young I never needed anyone
若い頃…誰かが必要など、思いもしなかった
And making love was just for fun
恋だって、ただの酔狂

この詞は、ラズベリーズ時代の3年間にエリックが出逢い、交際した女性たちとのことを念頭に書かれたとも言われます。
ラズベリーズは1970年にエリックらがハイオ州クリーブランドで結成したパワー・ポップ・バンドで、ビートルズ、ビーチボーイズ、スモール・フェイセスを融合した音楽性を専門家から高く評価され、またティーンエイジャーのアイドル的な存在としても人気がありました(ジョン・レノンも【Raspberries】のロゴ入りTシャツを着るほど、彼らのファンだった)。

人気ロック・スターという職業は一般人ではあり得ないほどモテるのは、この記事を読んでいるあなたもご存じのとおりですが…
だからといって、“とっかえひっかえ”していいというワケではありません! 
1975年にラズベリーズが解散し同年に本曲を創作しているので彼自身の現在を描いたものでないとして、恋愛を“遊び”として浪費している【自分の未来への不安】でしょうか?


I think of all the friends I've known
友人すべてに思い廻(めぐ)らせ
But when I dial the telephone
ダイアルを廻してみるけれど

2行目は“電話をする”がわかり易いですが、“ダイアルを廻す”に拘ってみました。
【dial】は[目盛とポインタをそなえた表示盤]で、時計や秤(はかり)やスピードメーター、とりわけ“回すダイアル”といえばラジオや錠、そして【電話機】です(ここでの【dial】は動詞)。


TOPPOP: Akiko Kobayashi - Koi ni Ochite (Fall In Love)

エリック・カルメンの楽曲「パラダイス~愛のテーマ」に続く、翌1985年の『金曜日の妻たちへIII・恋におちて』主題歌となった小林明子「恋におちて -Fall in love-」で【ダイヤル回して手を止めた】…に“秘めたる感情”が込められたように、歌曲にしばしば描かれる【電話を介した恋愛物語】
(ダイヤル式の)電話では番号を一つひとつ回すたびにダイヤルが戻るまでの“待ち時間”があり、その短い時間の中で心が揺れ、“ドラマ”が生まれました。

しかし恋を浪費し愛を育まなかった主人公には、更に過酷な運命が…?


Céline Dion - All By Myself




~ Epilogue ~

セルゲイ・ラフマニノフとエリック・カルメン…
ラフマニノフは1873年生まれのロシア人で、当時最も偉大なピアニストの一人であり、ロシア古典音楽におけるロマン主義の最後の偉大な代表の一人と評される作曲家です。

一方、エリックは1949年生まれのアメリカ人ですがロシア系ユダヤ人移民家族の出身で、幼少から叔母やクリーブランド・シンフォニー・オーケストラのメンバーからピアノやチェロを仕込まれ“その道”へ進むはずだった人だったので、ラフマニノフへの親しみは浅からぬものがあったでしょう。
(1960年代に多感な時期を過ごした少年の例に漏れずビートルズやローリング・ストーンズに夢中になり、ロックンロールに目覚め運命が変わった)

“幸せであることの燃料は、惨めであることの燃料ほど多くない。僕にとっては、惨めであることが曲作りの大きなきっかけになる。僕は、モーツァルトがかなり幸せだった時期の素晴らしい作品の多さにいつも驚かされる。その時期の彼の音楽は、幸福感を反映している。一方、ラフマニノフが交響曲第2番やピアノ協奏曲第2番を書いていた時期が幸せだったとは思えない。それらのメロディーの苦悩や怒りは、桃源郷から出てくるものではないと思う” エリック・カルメン

エリックは「オール・バイ・マイセルフ」に関連するラフマニノフの楽曲をそう言及し、またラフマニノフ自身は1941年の『The Etude』誌のインタビューにおいて、自らの創作における姿勢について次のように述べています。

“私は作曲する際に、独創的であろうとか、ロマンティックであろうとか、民族的であろうとか、その他そういったことについて意識的な努力をしたことはありません。私はただ、自分の中で聴こえている音楽をできるだけ自然に紙の上に書きつけるだけです。…私が自らの創作において心がけているのは、作曲している時に自分の心の中にあるものを簡潔に、そして直截に語るということなのです” セルゲイ・ラフマニノフ

ラフマニノフは1895年に『交響曲第1番 ニ短調』(作品13)を完成させるも、2年後の初演が酷評され自信喪失により殆ど作曲ができない状態に陥り、その苦境の中で書き上げた数少ない作品のひとつである歌曲『運命』(作品21-1)も1899年にレフ・トルストイの不興を買い、同年ロンドン・フィルハーモニック協会のピアノ協奏曲の作曲依頼でも再び強度の精神衰弱におそわれるなど、当時彼はうつ病を患っていたといわれます。
1900年にニコライ・ダーリ博士の治療により精神が快方に向かった彼は翌年にかけて楽曲を完成させ、自身の出世作となるピアノ協奏曲第2番を誕生させました。

“夜明け前が一番暗い”は案外、本当なのかもしれません。 



Eric Carmen - All By MySelf

最後までお読みいただき、ありがとうございました ♪
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tags : 1975年 バラード/ピアノ 孤独 哀愁 CM曲 クラシック  

コメント

こんにちは。

この曲は車のメモリーに入っていて数日に1回は聴いているかもしれません。
典型的なバラードですね。それにしても何歳くらいでこういう境地になるんでしょうか?笑)

2024.02.11  忠      編集

「Eric Carmen」のソロデビュー盤「サンライズ」は針が擦り切れる程、聴いていたわが青春の思い出の名盤です。このアルバムで最も知られているのはやはり「オール・バイ・マイセルフ」、クラシックの巨匠ラフマニノフを作品モチーフとしてセリーヌ・ディオンもカヴァーした名曲でしたね!そしてRWの青春時代で濃厚に刻まれている涙溢れる名曲「恋にノータッチ(Never Gonna Fall In Love Again)」でした!「もう2度と恋なんかしない・・」。当時、小生の傷心(片想いの彼女にふられた)を癒してくれた哀愁曲は「オール・バイ・マイセルフ」と並ぶラフマニノフの両雄作品です。アルバム表題の「サンライズ「はラズベリーズ解散で落ち込んだ彼が「トンネルの向こう側にはやがて光が見えるはず!」と未来志向で歌い上げた曲でした。「すてきなロックン・ロール(That's Rock N Roll)」は軽快なロックナンバー。翌年にショーン・キャシディがカバーして全米3位のヒットになっていましたね。LAST曲は「エブリシング」、深い余韻と情緒に溢れた隠れた超名曲だと思います。

2024.02.12  ローリングウエスト  編集

忠さん

この曲はドライブ向きじゃないと思いますが、高級車乗っているナイスミドルなら合うでしょう。デビュー直後なので20代半ばかと思います。(笑)

2024.02.12  Beat Wolf  編集

ローリングウエストさん

青春の思い出ですか…でも青春にしてはかなり重苦しい歌です。ただ青春だからといってすべてがバラ色なわけでなく、悲しいことだってありますよね。むしろ当時日本はフォークソングブームで暗めな曲が流行っていたので自然に受け入れられたでしょう。80年代でこれくらい重苦しいと言えば中島みゆきでしょうか…。当時はよく言えば明るく、悪く言えば軽い風潮がありました。「すてきなロックン・ロール」もかなり軽いですけどね。80年代は完全にビリー・ジョエルの時代の印象でしたが、エリック・カルメンも後半に復活したのは見事でした。

2024.02.12  Beat Wolf  編集

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